『なるほど、これが柳生の剣。確かに、神速を謳われるだけのことはある――が、』
『お主の剣――いや、魂から迷いを感じる。剣に生きようとする格式高いクラシックと、迷いに迷う安いポップが混じり、不協和音と化しているでござる』
『残念だがお主の一刀……拙者には届かぬ』
『大人しく、紅桜を持つ男を渡すでござるよ――命までは取り申さん』
「――っ!!」
柳生家次期当主、柳生九兵衛は布団を跳ねのけ飛び起きた。
「…………夢……か……」
九兵衛は自分の右手――あの時刀を握っていた手を見つめる。
「僕の剣は……奴に届かなかった」
偶然出会った、女のような男――比内葵。そして、彼と彼と同化した刀を狙う攘夷志士『鬼兵隊』との出会いは、九兵衛にとって大きな変化をもたらした。
――トン、トン
部屋の障子の枠が、軽く二度叩かれる。
――九兵衛やい、大丈夫か?
続けて九兵衛の耳に入った声は、柳生家の歴史の中でも最強を呼ばれた男にして九兵衛の祖父。――柳生敏木斎の物だ。
「お、お爺様……。えぇ、どうぞ」
九兵衛が促すと、とても小柄な老人がそっと障子を空けて中に入る。
「すまんのぅ、夜更けに。ただ、厠に行く途中、お前が魘されているのが耳に入ってのぅ」
「……すみません、お爺様」
素直に頭を下げた九兵衛に、敏木斎は僅かに首をかしげてため息を吐く。
「変わったのう、九兵衛」
「そうでしょうか」
「うむ。度々来るお主からの電話の声とは違う……不安の様な物を感じる」
「…………」
「迷っておるのか?」
敏木斎の言葉に、九兵衛は俯くしかなかった。
それは、九兵衛の答えでもあった。
「お爺様。僕は、強さを手に入れるために旅に出ました」
「……うむ。言っておったの」
「自分の弱さ、自分の過去……そして、自分の『性』を振り切るため、ガムシャラに剣を磨いてきたつもりです」
本当の事であった。
強くなるため。誰よりも強くなるため。九兵衛は各地の高名な道場を周り、それらの道場主や師範代を打ち倒していった。
剣を交えるたびに業は冴え、速さは増し、向かう所敵はいない――そう思っていた。
「剣とは……強さとは、なんなのでしょうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ずしゃ……っ
血の一滴も流れず、十数名いた攘夷浪士の最後の一人が崩れ落ちる。
振るわれたのは、銀の刃ではない。
「う……っし。これで終わりか」
紅く輝く怪しい刃。紅桜を自身の腕の中に戻して、俺は一息吐く。今日の任務完了だ。
「また殺さなかったの?」
「悪いっすか?」
今まで気配も感じなかったのに、気が付いたら俺の後ろに女が立っている。
我らが鬼のドS人斬り副長、今井信女だ。
「いいえ。貴方がそうしたいならそうするといい」
「すみませんね。どうにも、やっぱり人を斬るのは苦手で……」
基本、俺が本気で斬るのは今の所鬼兵隊オンリーだ。
アイツらは……なんというかガチなのだ。
殺意というか殺気というか、そういう物が違うのだ。
正直、江戸にいる攘夷浪士は危ない行動を取る奴は多いが、ヤバいと感じる奴は少ない。いや、感覚的な話だが。
「それで? 今回の採点は?」
「60点。攘夷浪士に対して容赦なく攻め立てたのは良いけど、斬らなかったのはかつての仲間だったからじゃないかと思われる」
「それで半分超えてりゃ別にいいさ」
「1000点満点で」
「それどんなテストだ!?」
このドS女は相変わらずである。一応俺が罪人かどうかの採点官であるはずなのに、公正である気がまったくしないのはなぜだろうか。ドSだからかそうかそうか。
「貴方の剣、少し変わっている」
後は、時期に来るだろう回収の人員が来るまでコイツらを見張っておくだけだ。一応一通りは縛り終わったし、大丈夫だろう。
「前に言ったと思うけど、基本
「数か月でそれだけ剣振れるのならば十分」
そう言って、信女副長はふと思い当ったように少し首をかしげる。
「そういえば、貴方の右腕と出会う前まで、貴方何をやってたの?」
「板前」
「……板前?」
「地元の漁師相手に一膳飯屋をやってたんだよ。魚は安く譲ってもらってたし、畑持ってたしな」
従業員雇えるほど繁盛してたわけじゃないから、半ば屋台みたいな小じんまりとした飯屋だったけど。
「……ドーナツ作れる?」
「いや、あの……お菓子はちょっと」
「――――ちっ」
……このクソアマ許すまじ。
「おう副長。今度また稽古つけてくれやこるぁ。今度こそ、その頬に一発固いのぶち込んでやらぁ」
『おい待て、早まるな』
暴れた後なので小休止に入っていた紅桜が俺の頭の中に声を響かせる。
「じゃあ、一本も入れられなかったら一年貴方は私のドーナツ補給係で。はい決定」
もっと早く声を聞きたかった。
「あの……すみません、生意気言ったのは謝りますんで……あの、せめて一週間で勘弁してくれませんか?」
「駄目。一年」
紅桜、帰ったら柳生の道場借りて特訓しようぜ。九兵衛も稽古付けてくれるって言ってたし。
ちょっと不意撃ちの特訓しよーぜ。
『お前……』
止めたまえ。その憐れむような声を止めたまえ。
「ん?」
突然、袖の下に入れておいた携帯が震えだす。
この携帯にかけてくるのは二人。そのうちの片方は目の前にいる――となると、
「? 異三郎から?」
「みたいですね?」
あの人は基本電話はしてこない。全部メールだ。
ため息吐きながら携帯を開くと、やはり局長からだ。
「え~と、なになに……?『アオちゃん、いつもの任務お疲れ様だお。帰ってきたらノブたすと二人でのお仕事があるのでよろしく♪』……二人で?」
「…………それだけ?」
「みたいっすね」
念のためにメールをスクロールしてみるが、特に『追伸』やら『PS』という言葉は見当たらない。写メもなし。
それを伝えると、信女副長は小さくため息を吐き、
「ドーナツの補充係作るのが先延ばしになっちゃう」
「帰ってすぐに俺シバき倒すつもりだったんですか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ようするに、お忍びで外に出る姫様を護衛しろと?」
「そういう事です。貴方も庶民の出とはいえ一応我々エリートの一員という扱いなのです。これくらいはやってもらわないと困ります」
アンタエリート言いたいだけ違うんか。
いつも口に出そうになる言葉をグッと押さえて、先日習ったばかりの敬礼を返す。
「しかし、自分でいいんですか?」
一応、自分はまだ容疑が完全に晴れたわけではない、保護観察という身分だったはずだ。
「貴方と貴方の右腕たる紅桜さんの力は確かです。仮にそんじょそこらの不穏分子が襲ってきた所で返り撃ちにするのは容易いでしょうし、それに索敵警戒にも向いています」
「……アレですか」
「はい、アレです」
アレというのは、隠密作戦等で何度か見せた俺と紅桜の技で、要するに自由に形を変えられる金属生命体であったコイツの特性、そして取り込んだ機械刀の特性をフルに利用して、とてつもなく細い金属繊維に右手を変えて周囲に張り巡らす技である。
当初は、数で攻めてくる鬼兵隊に対抗するために紅桜と話し合って実際にやってみたのだが、敵を斬り裂ける程の硬度を細い状態で維持するにはいつもの倍以上の血液が必要となることが判明。
結果、建物に侵入する時の見えない目としての役割がほとんどとなり、完全に索敵用の技となっている。
「安心してください。貴方の体の特性はよく分かっています。エサ代がかかるんですよね?」
「エサっつったか? エサっつったなオイコラ」
「抜かりはありません。ちゃんと予算取っていますから、エリートですので」
「聞けよオラァ」
マイペースにとんでもねぇこと抜かす局長の後ろで、それを支える副長は呑気にドーナツ食ってやがる。ちくしょう。
信女副長超えたら、次はコイツの片眼鏡叩き割ってやる。
「それに、貴方だけではありません。信女さんも同行させます」
「まぁ、それは……」
それは当然だろう。むしろありがたい。
重要人物に攘夷浪士と疑っていた人間一人付けるなんてありえねぇ。
「理解頂いているようですが……なにせ将軍の妹君であらせられるそよ姫様です。仮に怪我でもしようものならば、貴方一人を斬り捨ててもこちらに類が及ぶのは避けられません」
今回はともかく、いざって時は責任全部俺におっ被せて斬るっていう宣言をされたと捕らえていいんだろうか。
「まぁ、特に危険はないとは思いますのでお願いしますよ。大丈夫です。貴方が万が一にもそよ姫を害そうとするのであれば、信女さんが斬ってくれます」
なんでそれ言ったし。なんでそれを今言ったし。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そしてそよ姫の警護として、ごく普通の町人の格好をしてそよ姫様――めっちゃいい娘だった――と共に街を歩き、そよ姫様のご友人とやらに会わせてもらい……
「よく見とくアルそよちゃん! これが私の必殺魔球213号じゃおんりゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「待って! チャイナさんお願いだから待って! それ文字通りの必殺ボールだから待っぶべはぅ――っ!!」
その友人に現在、殺されかかっております。
離れた所で他人の振りしてるノブたすマジ許さねぇ……