rikkaのメモ帳(短編・走り書き集)   作:rikka

53 / 58
一方通行if-④

 時刻は午前3時。

 豊富な知識を持つ学者や能力者、事前に授業という名目で訓練を受けた学生が多くいるにも関わらず、やはりというか少々予定時刻を過ぎ、しかしなお関わっている学生たちの士気は落ちず、誰もが作業を続けている。

 

「まったく……まさか先輩からこのような事を頼まれるとは思いませんでしたわ」

 

 とある廃ビルの屋上に、二人の女子学生が立っていた。出入り口は封鎖されていて、普通ならば入れない。

 それを可能にしたのは、二人の内小柄な方の、ツインテールの少女の能力だ。

 

「ごめんなさいね、白井さん。どうしても、見ておきたかったの」

 

 テレポーター――白井黒子よりも身長の高い、高校生くらいだろう眼鏡をかけた少女は、少し錆ついた手すりに体重をかけて、街の一角を見つめていた。

 

 数人の――おそらくレベル1クラスの『風力使い(エアロハンド)』が集まって、高所作業の邪魔になる強い風を防いでいるのが見える。

 その中で、ヘルメットを被った学生が、重機で作られた足場の上で、さらに命綱を付けた上でなにやら大声で情報を伝えながら作業をしている。

 

 その真下では、同じようにヘルメットを被った少年――ヘルメットに入りきらなかった白い髪が、それが誰かを物語っていた――が、恐らく落下などといったいざという時が発生した時に能力を発動させるつもりだろう。

 だからか、彼の周りには、彼に力を貸す人間の中でも特に高レベルの能力者が集まっている。

 同じLEVEL5の削板やテレポーターの結標などだ。

 

「固法先輩は、一方通行(アクセラレータ)様と仲がよろしかったのでしょうか?」

「? どうして?」

「いえ、これ(夜の抜け出し)もそうですが……わざわざこの学区からの下校監視に立候補していらしたので、なにか思い入れがあるのかと思いまして」

 

 眼鏡を直しながらキョトンとしていた固法は、「あぁ……」と返事というか相槌を打って、クスクス笑った。

 

「確かに知っている顔ではあるし、彼が良い人だって事は知っているけど……」

 

 肩をすくめてそう言う固法に、黒子も『そうですわね……』と肯定する。

 ゴミ拾いに協力するLEVEL5など、それこそ今ここにいるあの二人くらいだ。

 

「昔ね、私ここにいたのよ」

「? ここにですか?」

 

 第10学区は、厳密に言えばまだ稼働している学区である。研究サイドのみ、ではあるが。

 大半は使われず、このビルのように廃れてしまっているが、一部の研究施設は今も現役で稼働している。

 原子力関連の研究が最も行われているのは、実はこの第10学区だったりする。

 

「いっておくけど、貴女が考えているような事じゃないわよ? 研究者って柄じゃないしね」

「はぁ……ではどうしてここに?」

 

 研究サイドではない普通の学生には、まず用のない場所である。

 強いて挙げるならば、この学園都市で唯一の墓地くらいだろうか。

 

「ん……。まぁ、ちょっとね……」

 

 そういって固法がはぐらかしたのと同じタイミングで、唐突に点灯した車の光が視界に入る。

 ワゴンタイプの車を改造したのか、ステージのようになっている屋根上に、上半身はビキニに下半身はぶかぶかのズボンと変わった服を着た少女が、マイクを片手に叫び始めた。

 

 

『イヤッホーーーゥ! さぁさぁ遅くまで働いていた諸君! ついにその時が来たぜーーぇっ!!』

 

 

 元々下で作業している学生達の間では知られている顔なのか、休んでいた者や夜食を取っていた者が歓声をあげて彼女に向かって手を挙げていた。

 

 

『第10学区再開発計画! その第一歩がもうすぐ始まる! そのオープニングの指揮! この扶桑(ふそう)彩愛(あやめ)が務めさせていただきます! 文句はあるかい、リスナー共!』

 

 

 おそらくこう言う事に慣れているのだろう、明るい顔で叫ぶ少女――扶桑(ふそう)彩愛(あやめ)の挑発ともとれる言葉に、逆にテンションを高くする一同。

 なお、少女の後ろでは、なぜか金髪にピンクのモコモコした服を纏った10歳程の少女がマラカスを振り回している。

 

「最初に話を聞いた時は、なんかやだなって思ったの」

 

 大容量の蓄電器に貯められた電気を消費しながら、作業用の指向性ライトで手元を照らしながら作業をしていた学生が、自分が乗っている足場を支えている重機を運転している茶髪の学生に親指を立てている。

 

「この場所は……この街は、私にとって思い出の場所だったから」

 

 固法は、とことこと歩いて目的の場所まで行くと、そっとそこの手すりを撫でる。

 碌に灯りも通っていないためにかなり暗いのだが、固法の足取りはまるで見えているかのように迷いがなかった。

 

「ここが変わっちゃうの、なんかやだなって思ってたけど……」

 

 

『さぁっ! 只今現場責任者の浜面氏から報告が入りました! 今現在、修理は無事に完了! さぁリスナー共、準備はいいかなぁ!? 今日の仕事の総仕上げだぁ!!』

 

 

――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 

 

 きっと、誰もが自分達の生活に実感がなかったのだろう。

 そんな学生たちが、一つになっている。

 一人の『超能力者』がまとめる20名前後の人間。そこに、同じ位の数の年齢を問わない様々な協力者が集まっている。

 

 誰もが、楽しそうだった。

 心から、笑っていた。

 

「……うん。悪くない」

 

 それを見て、固法も同じように笑った。

 

「悪くないわね。……きっと、これから」

 

 

『浜面氏ーぃ! カウントはいいかな?! よぉし、それじゃあ行くよ! カウント! ダァーーーーーゥン!!』

 

 

「……固法先輩は、参加されないのですか?」

「この計画に?」

「ええ」

 

 

『10秒前! 9! 8! 』

 

 

「思い入れがあるのでしょう? ここに。さすがの私でも、それくらいは分かりますわ」

「……つまりは、昔の事なのよ。昔のあのころが大好きで、忘れたくないから……」

 

 

『5! 4!』

 

 

「手を出すんじゃなくて、眺めて……どこがどう変わっていくのか。しっかりと焼きつけておきたいの」

 

 

『3! 2! 1! ――ゼローーーーーォォッ!!!』

 

 

 カウントが終わるのと同時に、光が灯る。

 まずは風力発電施設の周囲の街灯が、そしてその周囲の建物が次々に。

 まるで打ち寄せる波の様に、サァーっと光が広がっていく。

 

 それを見て笑う周囲の学生と同じように――ではないが。

 ヘルメットを被った白い髪の少年が、小さく口の端を吊り上げていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、昼過ぎまですやすや御就寝?」

「週末だからいいだろうがよォ……芳川ァ。てかお前も同じだろうが」

 

 昨夜、いや今朝方までかかった作業は無事に終わった。

 発電設備の復興。

 本来ならば他の学区や、同じ第10学区の研究設備が整っているエリアから電力を回してもらえばよかったのだが、この再開発計画はあくまで『学生たちの手に寄る学区開発』という名目だ。

 協力者に芳川のような大人がいるとはいえ、可能な限り学生の手でリソースを作りだし、そのリソースを持って発展させなければならない。

 

「まぁ、昨日は――いえ、ひとまずお疲れ様。というべきかしら。しばらくは休めるんじゃない?」

 

 リビングの冷蔵庫から、一方通行(アクセラレータ)が買い貯めていた缶コーヒーを二本取り出し、一本を彼に向って投げる。

 アクセラレータはソファに腰を沈めたままそれを受け取り、いい音をさせてプルタップを開ける。

 

「ってこたァ……貝積(かいづみ)とそのブレーンも話に乗ったか」

「まったく、統括理事会との交渉なんて仕事、もうこれっきりにしてちょうだい」

「……悪かった。けど、任せられる奴もいなかったンだよ」

 

 芳川桔梗という女は、今一方通行(アクセラレータ)が住んでいる寮の部屋で、保護者として半ば共に住んでいる人間だった。

 言ってみれば、今現在一方通行(アクセラレータ)がもっとも信頼している存在ということである。

 

「今後しばらくはインフラ整備がメインになるけど、それと並行して学生寮の整備。新規の学校設立にその教員の選別」

 

 芳川が口にするのは、実質街の管理を任された一方通行(アクセラレータ)の仕事である。

 最下位まで落とされたとはいえ、一方通行(アクセラレータ)はこの街を象徴する7人の一人である。

 

 彼に課せられた義務の中には、もちろんその能力の解析、強化、応用があるのだが、一方通行(アクセラレータ)は一度それを『拒否』してしまった。

 そのため、この街で生きるために違う義務を背負う事になるのは、必然だった。

 

「加えて、チャイルドエラーや原石候補者の保護施設――の、ダミー施設の運営。その人員の選別まで回されたわよ。大丈夫?」

「あァ……貝積と協力体制を敷くために、そこに関しては力を貸す事を約束していたからな」

 

 原石。いわゆる能力開発を受けずに何らかの能力を持っていた人間達の事である。

 LEVEL5ならば第6位の削板軍覇がソレにあたる。

 未だに原理や力の作用も判明しておらず、その研究は学園都市でも多くの人間が従事している。

 統括理事の一人、貝積(かいづみ)継敏(つぐとし)もまた、原石に多大な興味と――そしてその行く末を心配している人間だった。

 

「……捨て駒にされかねないって分かってる? 一方通行(アクセラレータ)

「とォぜンだろォがよォ……。だからこの数カ月碌に眠れないまま動きまわって……あァ、ちくしょう。色々思い出したら腹立ってきた……」

 

 一方通行(アクセラレータ)の力を利用したい者。あるいは庇護下に入りたい者。

 そういう人間を上手い事捌きながら、どうにかスポンサーや協力者を見つけて交渉していくという、ある意味で脳筋な所がある一方通行(アクセラレータ)には苦行とも言える日々。

 

 それにある程度のキリが付きそうだと言う事で、一方通行(アクセラレータ)は顔に出さずともやや安堵していた。

 

「治安維持組織の一つを実質手中に収めた。完全に信用できるかっつったら……まァ、安心はできねェが比較的マシな連中だ」

「どこの部隊?」

「黒鴉だ」

「……あぁ」

 

 一方通行(アクセラレータ)と共に、しばらく書類漬けの生活を送っていた芳川はその言葉だけでどういう部隊か思い出していた。

 

「確か、小型の多脚戦車を装備した部隊だったかしら。LEVEL4の女の子が率いているっていう……名前は確か……」

「シャットアウラ=セクウェンツィア」

 

 かつての自分と同じく、限りなく闇に近い所にいるのだろう。

 

「能力は希土拡張(アースパレット)……レアアースを自在に操る能力って話だ。まぁ、方向性がそれなりに定まっているようだがなァ」

「……統括理事会に近い人達を懐に入れて大丈夫?」

「むしろ見えている地雷の方がありがてェもンだろ。それに、さっきも言った通り比較的信頼できる方だ」

 

 一方通行(アクセラレータ)からすれば、これから受け入れなければならない教師や研究者の方がよっぽど恐ろしいと考えていた。

 昔、自分の脳をいじくり、能力を使わせていた連中の狂気は、未だに彼の脳裏から消えていなかった。

 

「つーか腹減った……芳川、朝飯に行くぞ」

「もうお昼だけどね。ちょっと待って、手早く化粧済ませるから」

「急げよォ」

 

 隈が出来た目をこすり立ち上がる一方通行(アクセラレータ)に、同じく隈が出来た芳川が後に続く。

 そして、誰も居なくなったリビングのテーブルには、空になった二本の缶コーヒーと散らばった重要度の低い書類、そして写真立て一つが残されていた。

 

 まだ真新しい、おそらく買ったばかりなのであろう写真立て。

 その中には、ヘルメットを被った少年少女、白衣に舞台衣装、ボディアーマーといった学生らしからぬ衣服を着た様々な人間に囲まれた、白い髪の少年が面倒くさそうに頭を掻いていた。

 

 




あ、鉄装忘れてた。

なお、シャットアウラ=セクウェンツィアというのは劇場版『エンデュミオンの奇蹟』にて登場した重要キャラでございます。

※現在ここまで

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。