「カブトムシ探しならカブトムシ探しだと最初に言ってくださいよ」
バケツ一杯のマヨネーズを地面に下ろし、右腕に意識を込める。別に意味はないけど、一気に血を抜かれるあの感覚には覚悟が必要なのだ。
「特徴としては……まぁ、とりあえず光ってるカブトムシを見つけ出せばいいんですね?」
「あぁ、まぁ、日の下でだけ光るという話なんだが……」
真撰組でのヘルプとして初仕事は、将軍様のペット探しだった。
松平公の無茶ぶりを一番受ける隊っていう噂は本当だったのね。
多分だけど、ある意味でライバル関係にある見廻組の人間である俺にはそこら辺を知られたくなかったんじゃなかろうか。
副長の土方さん、頭切れる上に中々用心深い所もあるみたいだし。
『普通に言いづらかっただけなのでは?』
その可能性もなきにあらず。
仮に逆の立場で『上の命令で虫採りやらされています』って言うのは抵抗がある。
個人でならともかく、隊全体でとか尚更だ。
『あの佐々木異三郎が、いつもの口調で「カブトムシを捜索してきて下さい」とか言ったら私は笑い転げる自信がある』
(俺もだよ)
「とりあえず俺の『腕』に頼むのでちょっと離れていてください」
あと、できればいつでも刀を抜けるようにするのも止めてください。
鬼の副長や他の隊士はともかく、後ろでカブトムシの着ぐるみ着込んだドSの方。
もう目が『斬らせろ。斬らせろ』って爛々と輝いているんですけど。
それに対して近藤局長はまったく身構えずに腕を組んで堂々としている。――全裸だけど。
笑って『おぉ、頼むよ!』と言ってくれる。いい人だ。やっぱいい人だ。――全身にハチミツ塗りたくってるけど。
(紅桜――頼む)
『あぁ。出来るだけ血液の消費は抑えるが覚悟はしておけ』
最初の頃は喧嘩というか互いに罵倒し合っていた右腕だが、やはり幾度も死地をくぐり抜けると変わるものだ。
紅桜は、俺の体調に能力を左右される事もあってかなり身体を気遣ってくれるし、俺も出来るだけコイツの希望には答えるようにしている。
ホント、奇妙な信頼関係が出来たものだ。
たまにコイツは容赦とか手加減という言葉をふっ飛ばすけど。
『――行くぞ』
右腕が、爆発する。
隊士の何人かが刀に手をかけるのが分かるがそれどころではない。
一気に身体の血が抜け、地面に片膝を突く。
「お、ご、ご……」
赤い糸が一気に広がり、それぞれが目となって周囲を探す。
カブトムシを見つける。糸で絡め取る。カブトムシを見つける。糸で絡め取る。クワガタムシを発見。キャッチ&リリース。カブトムシを見つける。糸で絡め取る。
『……血を代償にカブトムシを取り続ける私達は一体なんなんだろうな……』
(やめろぉ! それを深く考えるんじゃない!)
真撰組の面々が、築かれていくカブトムシの山を目にして「おぉぉぉぉぉっ!」っと感嘆の声を上げているが……なんだろう。こう、なんか……虚しい。あっ、
「見つけました。これですね」
今度は失った血液の一部が一気に戻ってくるような感覚に吐き気を我慢する。
そして、まるで解けていく編み物を逆再生するかのように右腕が戻っていく。その手の中にあるのは――黄金色に輝くカブトムシ。
それを虫籠の中にそっと収める。よし、これで任務完了。とりあえず動けるようになるまで体力を回復させて――
「うるぁぁぁぁぁぁっ! 人のカブトムシ横から取ってったビチグソ野郎はテメェかおんるぁぁぁぁぁっ!!!」
「リーダー!? なんでここにぶべらーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
その前に見覚えのある赤い服のちっちゃなリーダーにぶっ飛ばされた件について。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ナニアルカおまえら。税金もらって楽しくカブトムシ取りアルカ。暇人アルナ」
「いえ、あの……」
血を消耗しきった所にクッソ強烈な飛び蹴りを喰らって一瞬昏倒した俺は、監察の山崎さんに介抱してもらいながらリーダーの蔑みの視線に耐えていた。ちくしょう、俺真撰組じゃなくて見廻組……あぁ、でもやってる事は変わらねぇか。
いや、実は将軍のペット探してたんですって言おうとしたら土方さんに遮られたし。
「あの、すみません。大丈夫ですか?」
リーダーは、家族? の二人と一緒にカブト狩りに来たらしい。まぁ、夏だしねぇ。
そのウチの一人、お兄さん? の新八君が俺を気遣ってくれる。
保護者っぽい銀髪の天パさんがスルーしてんのはどういう事だオラァ。
「え、えぇ。ちょっと貧血気味なだけで」
「すみません。神楽ちゃん、ちょっと暑さもあってイライラしているみたいで……」
神楽ちゃん――麦わら帽子を被ったリーダーは、今はあのドS野郎とメンチ切り合っている。
マジすかリーダー。パネェっすリーダー。尊敬しますリーダー。一生付いていきますリーダー。
『お前、本気で言っているな?』
いやだってアイツだよ? 人斬りの才能とドSの才能っていう、混ぜちゃいけないものがミックスされた究極のSだよ? それと真っ向から張り合えるとか本気で尊敬するわ。
『……分からんでもないが』
(分かってくれたか)
『いや、分かりたくない』
身体はもっとも近い所にあるのに、相変わらず心の一部はいつもどおり遠い様で何よりだ。
「――というか、お前ポリ公だったアルカ? 定春28号」
「いや神楽ちゃん。28号って何? それに定春って……」
「この間そよちゃんと遊んでいた時に拾ったアル」
……拾った?
「神楽ちゃん! 駄目だよ人をペット扱いしちゃ!?」
……ペット?
『いや、あながち間違ってはいないだろう。人としての尊厳放り投げた奴が人を名乗れると思っているのか』
いや、俺が捨てたのは年上の尊厳だから。
まだギリギリ人を名乗れる位の尊厳は残っているから。
『捨ててしまえ』
おぉい紅桜ぁっ!!?
「でもちょうど良い所にきたアルナ。おい、28号! 29号の仇を討つ時が来たアルヨ!」
いつの間にか俺に後輩が出来ていたらしい。なお、既に殉職した模様。
え、殺したの? 沖田さん29号ブチ殺したの?
「29号って、この間のフンコロガシかぃ? 俺はなにもしてねぇよ。お前が興奮して勝手に握りつぶしたんだろうがぃ」
フンコロガシ!? 俺の後輩フンコロガシ!?
「ともあれ……そうかい、お前さん見廻組の犬ってだけじゃなくて、このチャイナにまで尻尾振ってやがったのかぃ」
……あの、沖田さん? 沖田一番隊隊長?
「テメェを斬る理由がまた増えたぜぃ。覚悟はいいな?」
「なんでっ!!!?」
おかしいい! 絶対この人おかしい! なんでリーダーをリーダーと仰いだだけでドS侍に斬られる理由ができんの!?
「上等アル! いけ、28号! あのクソ野郎のカブトムシ……なんだっけ、サド丸? を踏みつぶすアル!」
待って、リーダー待って。
え、俺の相手カブトムシ? 沖田さんも「言うじゃねぇか」とか呟いてるし。
え、いいの? カブトムシを潰すだけでいいの?
(……ねぇ、今刀になれる?)
『虫けら相手にわざわざ私を使うな! そもそも限界まで伸びたから現状私は身動きとれんぞ! 血液ポンプ役に徹してお前の体力回復を早めてやっているだけでもありがたく思え!』
なんというわがままな同居人だ。虫踏みつぶす感覚ってゴキブリに似ていそうだから嫌だったんだけど。
――しかたない。
「分かりました。色々と言いたい事はありますが、確かにリーダーはリーダー。その命令となれば可能な限り答えるのが部下の務め」
『そうやって『可能な限り』とこの場で宣言して逃げ道を作っておくあたりお前は本当にお前だな』
(うっさい、シャラップ)
とにかく、目の前の課題をこなせるだけこなしていけばいいんだ。
手に負えない時? 他力本願って実はいい言葉だと俺は思うんだ。
「へっ、わざわざチャイナのペット役を買って出るなんざぁ酔狂な奴でぇ。いいぜ」
いいんだ。
「どうせチャイナはまた挑んでくると思ってたからな。とっておきのを用意しておいたぜ」
そういってドS――もとい、沖田さんは奥から引っ張り出してきた。
「この――凶悪肉食怪虫カブトーンキング……サド丸22号をな!」
人よりもデカイ、あからさまにヤバい奴を。
「これで粉々にしてやるぜ」
……カブトムシってなんだっけ。
「ちぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんじ! リーダー、チェンジ! チェンジお願いします! これちょっと俺の手には負えません!」
「うるせぇぇ! 男は度胸じゃああ!」
「度胸じゃどうにもなんないですってこれ! だって目からビーム出してるもん! カブトムシなのにビーム撃ってるもん! ねぇちょっとリーダー聞いてる!!?」
「行くアル! 定春28号!」
あ、ダメだ。もう完全に観戦モードに入ってる。
隣で新八君や土方さん、近藤さんがいろいろツッコんでくれてるけど……まぁ、それが力になるわけもなく。
(紅桜さん。いや、紅桜様)
『さっきも言った通り、お前を立たせるので精いっぱいだぞ』
ですよね。
それじゃあ、今昆虫にあるまじき口を開いて俺を食べようとしているコイツを止める
『お前のリーダーが言っていたではないか』
(なんて?)
『男は度胸だと』
(……斬り落とそうかな)
先日紅桜から受けた提案がすごく魅力的な物に思えてくる。
そんな事を考えながら、俺は迫りくる角と口を目にして――
――森に、女の様な男の絶叫が響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……単なる物探しって聞いていたんだけど……どうしたの、その傷?」
「副長……いえ、ちょっとドSにムシバトルを挑まれまして。ただ、代わりに松平公にお褒めの言葉をいただいてきました」
「……どうしてそうなったの?」
「分からないっす」