「その……葵……さんと呼べばいいのか?」
「頼むから普通にしてくれ……せめてもの情けをかけてくれ」
「あ、あぁ……」
畜生あいつらおかしいんじゃないのか。本当にあいつらエリートなの? 本当にあいつら警察なの?
ただのパーじゃねぇかクソッタレ。
「しかし、その、なんだ……似合っているぞ」
「殺せぇ! 殺せよぉ!」
九兵衛てめぇ! 顔赤くしてんなこと言ってんじゃねぇよクソがぁ!
「いや、すまん。だが……大丈夫なのか? 実質囮だろう?」
「ん? あぁ……まぁ、ただの下衆い野郎共なら別に怖くはねぇし、江戸に来てから飯は十分食ってるし増血剤まで支給されているから大丈夫。その気になれば紅桜も本気で暴れられる」
なお、その紅桜こと俺の右腕は俺の膝の上においたファッション誌をめくっている。
こいつ、俺が女の格好するってなった時、一瞬だけ俺の体の支配奪って信女――もう副長と呼んでやらねぇ――に大人しく拘束されやがったからな。
ちくしょう、今までお前の言うとおり女っぽく髪伸ばして整えてたって言うのにこのやろう。
「そうか……。あまり無理は避けるようにな? 家の者にとっても、お前の存在は大きい。……僕にとってもだ」
やめてよ。いきなりそういうしおらしいこと言うのやめてよ。なんか色々とやりづらいからさ。
「うん、まぁ……気をつけるよ」
「あぁ、そうしてくれ。……ところで、これからは私服でもそういう格好をするのか?」
「なんでちょっと嬉しそうに聞くんだコルァ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「それで葵さん、女の人の格好をする事になったんですか?」
先日のカブトムシの一件で知り合った、リーダーが住み込みで働いているお店、万事屋の面々。
その中で最近よく会うのが新八君だ。
隊の買い出し等で外に出る時にスーパー等で出会う。タイムセールの時間には必ずいるあたり、結構なやりくり上手なのだろう。
まぁ、リーダーこと神楽ちゃんはそういうの苦手そうだし、銀さんもそういう事には無頓着な気がする。
「えぇ、まぁ。どうにか足出すような着物だけは許してもらえました。最後の最後で勝ちは拾えたようです」
「いや何も拾えてませんよね。拾ったと言うより
言わないでくれよ新八君。本気で涙出そうになるからさ。
「それで、お仕事の方はどうなんですか?」
「……この一週間だけで検挙率トップになりました、痴漢とかの軽犯罪から暴行未遂犯まで幅広く……」
「……あの……なんか、すみません」
「いや、いいんです。おかげで松平公の覚えも良くなりましたし、見廻組の予備役としてなら割と早く自由になれそうですし」
「あぁ、そういえば葵さんって、攘夷浪士と間違われていたんでしたっけ?」
「ん、あぁ――じゃない。えぇ、そうなんですよ」
「大丈夫なんですか葵さん。言葉使いまで浸食されてますよ。カラー的に青からピンクに一直線ですよ」
「……すみません。女の格好してから、男言葉を使うとどこからか人斬り上司が刀抜いて斬りかかってくるものでつい――」
ホント、信女のヤツはどこで聞いているんだろうか。
最近では、おかげで俺も紅桜もえらく殺気に敏感になってしまった。
信女の奇襲の一撃を防いだ時はさすがのアイツもびっくりしてたな。
……そのあと道場送りにされて超ボッコボコにされたけど。
これまで碌に話をしなかった隊士たちが優しくしてくれてびっくりだよ。
同時に目も合わせてくれなかったけど。
なんで視線が下に向くんだよ。なんでスリットの方に向くんだよ。
アイツら今度機会を見て闇討ちしてやる。
「すいません、それ本当に警察なんですか? 真撰組並に性質の悪いチンピラに聞こえるんですか」
「待って、真撰組もあんな感じなの? そんな感じなの?」
「隊士の人は基本悪乗りが好きで、副長はマヨラーで、隊長格にドSがいて、局長はウチの姉のストーカーです」
近藤局長ーーーーーーぅ! 地味に江戸に来て尊敬できる人のトップ5に入ってたのにーーーーーぃ!!!
「……う、
――殺気!
咄嗟に飛び退くと、どこからか飛んできた脇差が今まで俺がいた地面に突き刺さる。
「――――ちっ」
信女ぇぇぇぇぇぇっ!!!
おっま、一般人の間近でも斬りかかってくるんかい!? 見ろよ、新八君超ビビって飛び退いちゃってるじゃん!
「緊急招集」
「それなら、せめてもうちょっと穏便に話しかけてくれませんか?」
白い制服と長い鞘。いつも通りの格好の信女は、軽く髪を掻きあげて地面の脇差を引き抜く。
「案件は?」
「立てこもり。誘拐された女性を非合法遊郭に売り払う
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「行っちゃった……。葵さん、本当に警察官なんだ……女装してるけど」
神楽ちゃんから『定春28号』と呼ばれていた人――正直、普通の格好していた時も普通に女の人だと思った人は、赤い髪を
恐らく、これから斬り合いになるのだろう。
神楽ちゃんは『弱っちいアルヨ、アイツ』とか言っていたけど、あの化け物カブトムシと素手で殴り合っていた時点で普通ではないだろう。
いや、そもそも話を聞く限り神楽ちゃんのそれなりに本気の剛速球を受け止めたようだし、やはり鍛えているのだろう。
なにせ、真撰組と双璧を成す江戸の二大警察、見廻組。そこに最初は小姓で入り、それが今では斬り込み役だと言うのだから。
「しかも割と常識人で、いい人だ。……女装してるけど」
手に持っているのは彼女――いや彼がくれた、とある食べ放題の焼肉店のサービス券だ。三人分。
自分が今世話になっている家ではまずこういうのは使わないから、使ってくれと別れ際に渡してくれた。
多分、神楽ちゃんの鋼鉄の胃袋を知っていたのだろう。
凄く助かる。食費的な意味で。
「……今度は、ウチに遊びに来て下さい」
なんとなく、なんとなくだが。
あの女装が似合う男からは、親近感の様な物が沸いたのだ。
だから、静かに彼の無事を祈った。
今度また、会えるように。
この日の夜のニュースには、見廻組による人身売買組織壊滅作戦の成功が大々的に報じられる事になった。
また、陰で密かに働く潜入捜査官がいる事も。