太正十一年……西暦にして千九百二十二年。
華やかな銀座の街にひっそりとチャルメラを吹きながら、屋台「らぁめん蓮」は今日もひっそりと営業している。
ちなみに、この店は決して繁盛しているわけではない。
忙しい時は大抵近くにある大帝国劇場で舞台期間中だけ。
何故ならば、肝心のラーメンの味がよろしくない……と言えば言い過ぎか。
良く言えば普通、悪く言えば特徴がない。
しかしこの屋台が営業していられるのはコアな常連客がいてこそ。
味が大したことはない……しかし屋台の店主が親身になり、話を聞いてくれる。
つまりラーメンより屋台の店主と会話するのが常連客の目的。
その常連客には大帝国劇場の舞台女優なども含まれている。
そして今日、支配人である米田一基が副支配人の藤枝あやめ、舞台女優の神崎すみれ、マリア・タチバナ、李紅蘭、桐島カンナを引き連れ、千秋楽の打ち上げにやってきた。
「皆さんお疲れ様です! 今回の舞台、本当に素晴らしかったです! それにしても、すみれさんはやっぱ華が別格でした!」
妖艶な色気を漂わせる紫色の着物を着ている神崎すみれは日本を代表する神崎重工の代表取締役社長・神崎重樹のひとり娘。
「当然ですわ なんせトップスタァの私が主演だったのですから!」
店主は勝ち誇ったように笑う、すみれに盛大な拍手を送る。
「マリアさんは凄い存在でしたし、紅蘭さんは母親感を上手く表現してたし、カンナさんはアクションカッコ良かったですよ!……と言うことなので、今日はラーメン無料で提供します!」
歓喜の声に店主は満面の笑みを浮かべる。
「随分と太っ腹じゃねぇか蓮ちゃん」
「うちが店を続けられてるのは、大帝国劇場様々ですから!」
お世辞ではない。
今回もこの舞台の期間中にかなり稼がせてもらった。
つまり大帝国劇場に来るお客さん、それ以外も舞台女優やスタッフたちがラーメンを食べに来てくれるおかげで今がある。
「ごちそうさま!」
ラーメンを食べ終え、舞台の反省から雑談まで一段落すると、夜遅いが故に目を擦る者もチラホラ。
舞台が終わったばかりだ……今までたまった疲れやプレッシャーから解放された部分もあるのだろう。
「そろそろ帰りましょうか」
「俺はもうちょっと飲んで行くよ あやめくんはみんなを連れて先に帰っててくれ」
こう見えて米田とあやめ以外、全員未成年なのだ。
あまり夜更かしは良くないと判断したのだろう。
そして皆が帰って、いつもなら陽気に自分語りをする米田が真剣な顔で店主に話しかける。
「なぁ? 蓮ちゃん、消えた黒き死神の伝説を知ってるか?」
「いえ、知りませんねぇ……」
消えた黒き死神の伝説は後世に語り継がれているいわばおとぎ話のような存在である。
その昔、高松蓮と言う凄腕の剣豪がいた。
彼はどの武将に仕えることはなく、全国を旅し、賊や悪い武将たちに迫害されていた村人たちを救う活動に専念していたのだ。
そして本能寺の変、関ヶ原の戦い、島原の乱などでどこからともなく現れると、凄まじい強さで辺りを血の海へと変えた。
それと同時期に北条氏綱の降魔実験の失敗により産み出された怪物に人々は恐怖するが、青き刃を持った黒き死神が怪物から人々を度々守っていたのだが、降魔が消えた直後、黒き死神は消えてしまい、またそれと同時期に高松蓮も歴史の表舞台から姿を消したのである。
「そういえば蓮はお前さんと同じ名前だなぁ?」
「その戦場の死神が私だと? 馬鹿馬鹿しい……伝説でしょ? まだ私は二十代前半ですよ? まず年齢が合わないでしょう……」
今は大正……その時代に生きていた人間がまだ二十代のはずはない。
「もう付き合い長げぇんだ……蓮ちゃんの過去について語ってくれてもいいんじゃねぇか?」
「私は見ての通り、ただのラーメン屋です それ以前のことはまた時期が来たら話しますよ」
店主は昔のことは話したがらない。
それが例えどんなに仲が良い相手ですら。
「いや俺の目は誤魔化せねぇぞ お前が只者じゃねぇことくらい顔見た時から気づいてたんだからよぉ 」
「私が仮に只者じゃなかったとして、何が言いたいんです?」
米田は何度も戦場の死線を潜り抜けた百戦錬磨の英雄。
大体その人の容姿を見ただけで、弱いか強いかくらいは分かってしまう。
「蓮ちゃん、お前から見てうちの女優たちはどうだ?」
「はい? そうですねぇ……失礼かもしれませんが、結構な頻度で来てくれますのでお客さんと言うよりも兄妹みたいな感じですかね」
「そう思ってんなら、アイツらを守ってやってくれねぇか? アイツらは娘同然 俺の宝みてぇなもんなんだ」
「まぁ私ができる範囲内でしたらいくらでも……でも彼女たちは誰かに狙われてるとかなら警察に行った方が早いのでは?」
店主もまた店に来てくれる、すみれたち女優が大好きだ。
だからきっちり彼女たちが困っていれば、無条件で力を貸すだろう。
「こちらも時期が来たら話す その時は隠し合いっ子はなしだぜぇ?」
店主は自分が呪われた宿命から逃れられない気づくのはまだ先になりそうだ。