蓮SIDE
太正二十二年二月……私のラーメン屋は一年経ってもいつも通り、のらりくらりと何とか赤字にはならない程度に経営していた矢先のこと。
「あれ? 兄ちゃん今日はもう店仕舞いかい? 今日も食べに行こうかと思ってたんだが」
私がお店を閉店作業をしているところにひょこっと柴犬をつれた五十代くらいの男性が不思議そうに声をかけてきた。
彼は馴染みの常連さんの一人で、最近毎日のように食べに来てくれている。
「すいません ちょっと午後から約束がありまして……ご迷惑をおかけします」
私は通りすがりの常連さんに軽く頭を下げる。
いつもなら夕方頃から深夜にかけて営業しているのだが、今日は午前から午後までに時間をスライドさせる必要があった。
それはこんな手紙が私に届いたから。
【今日の午後、誰にも知られずに一人で大帝国劇場の支配人まで来てくれ 帝都に関わる大事な話しがある 大帝国劇場支配人 米田一基】
自分の口で伝えにくればいいのにわざわざ副支配人のあやめさんに持ってこさせるとは、米田さんは何を考えているのやら……。
まぁ米田さんには大変お世話になっているから無視することもできないから行くことは行きますが……。
私は店仕舞いを終え、大帝国劇場向かう。
大帝国劇場は歩いて十分もかからないくらいの場所にある……私は大帝国劇場入口付近で立ち止まり、帝都に聳え立つ巨大な劇場を見上げ、改めてそのしっかりとした素晴らしい建物だと実感した。
この大帝国劇場が帝都の看板と言っても過言ではない。
実際に全国から帝国歌劇団の舞台を見たいと公演期間中はいつも以上に人で溢れ変返っている。
私は大帝国劇場に足を踏み入れると、赤いカーペットが印象的なロビーが広がる。
舞台がやる度に見に来ていたものの、支配人室など呼ばれたことも行ったこともない私に道程が分かるはずもなく、辺りをウロウロとしていると、真っ赤な制服に身を包んだ受付嬢である榊原由里ちゃんが声をかけてきた。
「蓮さんいらっしゃい! 今日はどうしたんですか?」
「あぁどうも由里ちゃん、支配人室はどちらかな? 米田支配人と会う予定でね」
「支配人室ですか? ならこちらです、案内しますね!」
由里ちゃんはいつも明るく、噂好き。
いつも屋台では帝劇内での恋の噂話から政治や時事ネタまで、どこからそんな情報を仕入れたんだ?と思ってしまうほどの情報量を披露してくる。
情報収集能力はおそらく下手な情報屋よりも遥かに役に立つ。
「失礼します支配人 蓮さんをお連れしました」
由里ちゃんがノックすると「おう、通せ」との声が聞こえる。
私は由里ちゃんがドアを開いてくれたので、支配人室の中へと足を踏み入れた。
「では、私は失礼します ごゆっくり」
由里ちゃんがドアを閉め、立ち去ったのを確認すると私は米田さんに近づく。
今日に至っては立場が逆、大帝国劇場の支配人室に私がお邪魔する日だ。
不思議な感じがしながらも、手紙を米田さんに返却する。
「どういうつもりです? わざわざ手紙で呼び出さなくても屋台に食べに来てくれた時に言ってくれればよかったのに……で、帝都に関わる大事な話しとは何でしょうか?」
あんな意味深な手紙を寄越されたら、さすがに気になって仕方がない。
「なぁ蓮ちゃん、以前、時期が来たら隠し合いっ子はなしで本音で語り合うって話したの覚えてるか?」
「そう言えば、そんな話もありましたねぇ」
一年前……舞台の千秋楽が終わった際の打ち上げでラーメンを食べに来てくれた。
確かあの時はラーメンを無料にしてあげたっけ。
「今日は俺の全てをお前に見せるつもりだ ついてこい」
支配人室を出ると、米田さんは誰にも見られたくないのか、辺りをキョロキョロと誰もいないのを確認しながら足早にすすんでいく。
「米田さん、どこに行くつもりですか?」
「黙ってついてこい くれば分かる」
しかしどういうつもりだ?……帝国劇場内の女優やスタッフたちにも内密な話しなのだろうか。
「ここだ」
私が連れて来られたのは帝劇内の地下。
何故、こんなところに米田が連れて来たのか。
「こ、これは!?」
私は目の前に広がる光景に度肝を抜かれ、我が目を疑った。
「これは霊子甲冑!? どうしてここに!?」
日本初の軍用霊子甲冑で短期決戦型治安維持・対降魔戦闘兵器として開発されたらしいが、何故こんなものが大帝国劇場の地下なんかに!?。
「見ての通りだ……察しはついてんだろ?」
世界各国は人型蒸気の弱点である出力の問題をクリアするべく取り組み、 人間が多かれ少なかれ持つ精神エネルギー「霊子(霊力)」を使う霊子力機関が発明されると、 従来の蒸気機関と併用する「蒸気併用霊子機関」理論が確立された。
だが強い霊力を持つのは決まって少女だとデータも発表されている……。
「つまり、帝都を守る為に霊力の強い少女を集め、霊子甲冑に乗せて戦わせる……そう言うことですか」
「あぁそうだ 歌って踊って演技する歌劇団は仮の姿、本来は暗闇を華のように照らし、恐怖を迎え撃つ帝国華擊団が彼女たちなんだ」
それから米田さんはかつて自分が第一線で陸軍対降魔部隊を指揮していた頃の話しを始める。
「あの時は僅か四人だった……」
隊長である米田、後の帝国華撃団副指令となる藤枝あやめ、真宮寺さくらの父である真宮寺一馬、 そして霊子甲冑の考案者である山崎真之介の僅か4人で構成された特殊部隊は四百年間帝都に蔓延る「降魔」の討伐であったが、当時まだ霊子甲冑がなかったため生身の隊員が刀を持って対抗していた。
降魔には通常の兵器は効かず、唯一霊力を用いた攻撃のみが効果を挙げていたが降魔を倒すに足る程の霊力を持つ人間自体が非常に少なく、 その戦いは対降魔部隊には非常に辛いものであったらしい。
舞
部隊は降魔戦争にて隊員の真宮寺一馬の戦士、山崎真之介の失踪もあり解散。
構想を進め賢人機関に働きかけを行った米田の「華撃団構想」が実を結び総司令となったと言うのが真相だと米田は語る。
「米田さん、わたしあなたはを尊敬しています……数々の戦いで活躍し今では大帝国劇場の支配人だ ですがこんなのは間違っている 考え直してください」
帝都を守りたい米田さんの気持ちは痛いほど理解できるが、受け入れがたく、理解できないこともある。
それは女優たちを帝国華擊団の隊員にすること。
霊力が強いからと言って、彼女たちを戦場に駆り出すことには大反対だ。
彼女たちを私は妹のように思っているし、米田さんだって自分の娘だと、宝だと言ってたはずなのに……。
「俺だって本意じゃねぇよ……いつぞや言ったようにな、アイツらは俺の宝物、娘みてぇなもんだ だがな帝都を脅威から守るにはこうするしかねぇんだ!……分かってくれよ」
頭では理解できても、心では理解することがは到底できない。
何故、彼女たちが命を張らなければならないのか……。
「俺が戦えりゃ問題ねぇんだが、さすがに歳を取りすぎちまった……今の俺じゃ帝都どころか、直接アイツらを第一線で守ることはできんかもしれん だからお前を男と見込んで頼みがある……帝国華擊団に入って奴らを、そして帝都を守ってくれ!……頼む、この通りだ!」
米田さんは土下座を始めると、頭を地面に擦りつける。
「米田さん、頭を上げてください……」
私はそんな米田さんの姿を見ていられない。
「いや、お前が首を縦に振るまでは絶対に頭を地面からは上げねぇ!」
なるほど……この人は根っからの軍人か……。
軍人として帝都や人々を守りたい、その一心なのだろう。
だが父としてもまた彼女たち、華擊団の隊員たちにを失いたくはない。
しかし戦場に出るということはいつ命を落としても仕方のないことで矛盾する。
軍人として父として板挟みになった結果、きっと藁にもすがる思いで私を頼ったのだろう……。
こんなラーメン屋の若造に機密事項を私を信用し、全てを話してくれた。
なら、本当は胸にしまっておくつもりだった血塗られた私の宿命、そして過去についても話すのが筋と言うものだ。
「米田さん……あなたはジャンヌ・ダルクが聞いた神の声の話しをご存じですか?」
それは今から遠い過去の出来事……。