【お試し連載】フューチャーカードバディファイト ~炎の剣士の輝跡~   作:巻波 彩灯

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 どうも、巻波です。今回の話は、一応閲覧注意です。
 ようやく残酷な描写のタグが仕事しているからです。といっても、そこまで仕事していると思いませんが。

 シリアス3回唱えれば、シリアスとなっているように努力しましたが、如何ほどに……では、後書きの方へまた会いましょう。


第3話:デザイア

 闘真は駅に降り立ち、改札を通り抜け、出入口へ向かう。汐と再び会う為に。

 駅を出た後、ふと空を見上げる。妙に外が暗いと思えば、空が曇っていた。今にも雨が降りそう。

「折りたたみ傘って、持っているのか?」

 ザンバソードが訊ねる。至って落ち着いた声音だが、表情は少し不安げだ。雨に濡れるのが嫌だからだろう。

 問いかけに闘真は「いや」と言いながら首を横に振る。デッキと財布ぐらいしか持ち物は基本的に持っていない。

 折りたたみの傘なんて持っている訳などある訳ないだろうと睥睨さえしていた。

「だよな。お前が傘持っている訳ないか」

 語調はそこまで残念がっている風には聞こえない。表情も諦観しているようにも見える。それなりに長い付き合いだからだろうか。彼が持っていない事は想定済み。だから、特に気に留めていないのだろう。

「にしても、天気悪ぃな」

 あまりにも悪天に呟く闘真。何となく胸騒ぎを覚える、まさか、あの占いが当たる訳が……脳裏に思い起こされる占いの結果、それを振り払い目的地へ歩いていく。何も起きない、そう決めつけて。

 

 とある公園――切谷はベンチに腰掛け、目を閉じて物思いに耽っていた。瞼の裏には高校生ぐらいの少女の顔が浮かぶ。

 青みがかった黒髪を長く伸ばし、切れ長が印象的な黄色の瞳。優しげに微笑む彼女は、額や頬に青痣をいくつも作っていた。いや、顔だけはない腕や足にも痣や生傷が散見される。日頃から暴力を受けているのは一目瞭然だ。

 それが唯一の家族と呼べる姉の姿。幼い頃に両親が離婚し、母親は切谷と彼女を捨てて家を出た。そして彼らはもう一人の住人で暮らす事に。

 彼らの父親だ。父親は彼らを養おうと必死に働くが、日に日に消耗し、やがて働けなくなるぐらいに体を壊す。そこからが地獄の始まり。自暴自棄になった父親は切谷達に暴力を振るうようになったのだ。

 姉は高校を中退して数々のアルバイトを掛け持ちしながら家計を支えていたのだが、彼女の行動が父親の癪に障ったのだろう。常日頃からストレスの捌け口として暴力を振るわれてしまう事に。

 それでも彼女は強かった。決して心折れず、父親からの暴力に耐えながら懸命にまだ幼かった切谷へ愛情を注ぐ。彼だけは真っ当な人生が歩みめるようにと願って。

 切谷自身も姉が好きだった。だから、彼女の願いを受け止めつつ、役に立てる事はないかと考えていた。

 けれど、その願いは脆くも崩れ去る。父親は遂に切谷にも暴力を振るうように。何度も頬を殴られ、時には壁に強く突き飛ばされた。あの時の痛みは忘れない。あの時の姉の悲しそうな顔を忘れられない。

 二人は父親からの暴力に耐えて過ごしている日々を過ごしていると、転機が訪れる。それは今日のように曇天が目立つ日の事。

 いつものように彼らは父親から殴られ、蹴られ、叩かれと好き勝手されていた。姉は依然と気丈に振る舞い、父親に反論する。

 この日ばかりは父親の機嫌が悪かったのか、一層荒れ狂い、終いには彼女を押し倒した。そして身ぐるみを剥がし、自分の欲望を満たし始める。

 まだ幼く純真だった切谷には衝撃的な光景。目の前にいる姉を助けるどころか、ただじっと眺めるだけ。彼女の声が今でも耳に残る。涙声で汚される事への恐怖、あるものに対する嫌悪感などが言葉となって耳朶を打つ。

 父親は自分の欲望を満たしたのか、姉から体を離して一旦姿を消した。部屋に残っていたのは切谷と姉だけ。

 彼女に何と声をかければ良かったのだろうか。むせび泣く彼女の背を見て、切谷は声を発する事ができなかった。

 そんな彼を察したのか姉は振り向き、微笑みかける。虚ろになりそうな瞳は、ただただ自身が愛情を向けている者へと精一杯の慈しみを注ぐ。

 何故だろうか、この時の姉の表情には理解できなかった。どうして、酷い目に遭ったのに自分へそのような感情を向けられるのか。姉の表情が理解できなかった時点で、自分の感情は壊れていたのかもしれない。

 すると、父親が戻ってきた。手に持っていたのは包丁。危機を知らせようと声を出そうとしても、喉から上がってくるのは空気だけ。口をぱくぱくとさせ、何も音を発さない。

 包丁が握られた手が振り上げられ、音もなく振り下ろされた。銀色は迷いなく姉の背中へ走り、肉を突き刺す。

 姉は何事かと思い、肩越しに父親の姿を認めた。もはや、彼はかつて真面目に仕事をして、子供達に愛情を注いでいた父親ではない。現実から目を背け、感情に身を任せるだけの禽獣そのもの。

 死期を悟った姉は切谷に顔を向け言葉を紡いだ。最期に彼女が伝えたかったのは何だっただろうか。何も聞き取れなかった切谷は、虚ろな瞳で微動だにしない姉を見つめるだけ。そこからの記憶は混濁している。

 気が付いたら、手に包丁を持ち、父親だったものを滅多刺しにしていた。気が済むまで刺したら、姉の亡骸に歩み寄り、光を失った瞳をまじまじと眺める。自分と同じ色をしているのに、どこか違う瞳。ただ綺麗だと感じていたのは確か。

 何を言いたかったのだろうか。生への渇望、助けてくれない事への怨嗟、弟に生きて欲しいとの願い。もはや、どうでも良い事だった。生の光を灯さない瞳に魅入られたから、自分を断罪して欲しいと姉に希求したから。

 それが彼の生きる理由となり、今日まで生きてきた。幾度も罪を重ねて――。

 

 過去を思い返し終えると、切谷は意識を耳元へ向ける。黒のイヤホンから流れる騒音は、部屋の中で誰かが暴れているようだった。人の声も聞こえる。ある程度、年を重ねた男女の声と少女の声。

 怒声と悲鳴。物が崩れる音と人を床や壁に叩きつける音。どう聞いても普段生活している環境音ではない。

 時折ノイズが入るのは、盗聴器の付近に物が叩きつけれているのか、電波が悪いせいなのか。どちらせよ、昨日公園で汐や闘真に出会う前に、彼女の家に忍び込んで安物の盗聴器を仕込んで損はなかったと。

 右手には小太刀が、いつの間にか握られている。鞘に描かれているのは、雷の中を飛ぶ鳥の姿。まるでその刀を示しているよう。

「さて、行くか」

 目を開け、立ち上がる。黄色の瞳は歪に光を反射させ、剣呑な輝きを宿していた。口元は獰猛に吊り上げられ、肉食獣のような相貌に。

 小太刀を右腰に差し、歩き出した。足取りは悠然と、それでいて楽しげに軽く。曇天を仰いで、切谷は呟いた。

「待っててくれ、姉さん。今、助けるから」

 まだあの頃の面影を見続けながら、彼は音の発生源へと向かっていく。

 

 目的地のマンションに辿り着いた切谷は、目指すべき部屋のベランダを見据える。周囲は誰もおらず、閑散としていた。

 夏休みに入っている時期、子供の姿があっても良いのだが、天気が悪いからか幼い声はイヤホンの外からは聞こえない。

竹俣兼光(たけのまたかねみつ)

 虚空に声をかけると、虎頭に黄色と黒の縞模様が印象的な剛毛、人の背などゆうに超えている背丈と筋骨逞しい体格を持つ獣人が姿を現す。甲冑を着ているが、身軽さを重視していてか軽装だ。腰には太刀を携えており、華美な装飾など一切見られない。質実剛健という言葉が似合う程に、実戦に重きを置いて装飾は可能な限り削ぎ落されている。

「何用だ?」

「あそこまで俺を運んでくれ」

「我は飛脚ではないぞ……だが、承知した」

 偉丈夫な竹俣兼光の肩に乗り、切谷は目的の部屋を見据えていた。よじ登れば、辿り着けそうな位置なのだが、時間はかけたくない。

 マンションの構造上、跳躍しながら登るのは些か面倒なのもあって、あえて相棒である竹俣兼光に頼む事に。

 頼まれた竹俣兼光は体を撓ませ、膝を曲げる。強く地面が蹴り出し、地面が抉りながら指示された場所まで一気に飛び上がり、切谷はベランダへ飛び移った。切谷が移動している間に竹俣兼光は役目を終えたと察し、カードに戻る。

 ベランダに降り立った切谷は右腰に差した小太刀を鞘ごと抜き、覿面にある硝子戸へ叩きつけた。割れる音が響く。

 鍵の近くに穴が開き、そこに手を突っ込んで開錠して、部屋の中へと入る、男女二人が驚愕の表情で見つめていた。

 黒髪の男性は汐と同じ緑色の瞳に彼女と似た目元から、恐らく父親だろう。女性の方は汐とよく似た茶髪を長く伸ばし、パーマがかかっていた。こちらは母親だと切谷は推察する。

「お邪魔するぞ」

 飛散した硝子を踏みしめながら、左手で柄を握り、抜刀する。銀に輝く刀身が晒され、触れただけでも斬られそうだ。

「お前、誰だ?!」

 父親は段平を持って部屋の中に入ってきた切谷に怯懦し、体を強張せる。辛うじて右手の人差し指で指す事はできたが、指先は震えていた。それでも構わず切谷は歩み寄っていく。

「少し話に来たんだ」

「だから、誰なんだ!? 目的は!?」

 問いかけをよそに切谷は隣の部屋を一瞥した。壁に寄りかかって座り込んでいる汐の姿を視認。体中に切り傷や痣が見受けられ、壁に頭を強く打ちつけたのか、ぐったりとして項垂れている。指一本も動かさないのは、気絶しているのか、意識はあるが動かせないのか。どちらにせよ、重傷だと窺える。

 一瞬間だけ重なる姉の姿。あの時は助ける事ができなかったが、今はできる。彼女を生かさなければ、誰が自分を殺してくれようか。

「これからの事を話しに来た」

「は?」

「後、人の事を指差すのは失礼だぞ」

 言葉と同時に左手を右下から切り上げ、一閃を奔らせる。小太刀が頭上で輝いている頃には、赤が一面に広がり、部屋全体を染めていく。床に人の手が落ちていた。誰の手なのか、何も言うまい。

 自身の手が斬り落とされた事に 父親はパニックに陥る。奥にいる母親も怯懦の表情を浮かべ、腰が砕けたかのようにへたり込んでいた。

「まだ話をしていないのに、何騒ぎ立ているんだ?」

 左手をもう一度振るい、血を払い落とす。獰猛な笑みを浮かべ、品定めをするような目つきで彼らを見つめていた。

 何を言えば、面白いか。何を話せば、土産になるのだろうか。少しだけ思考を巡らせる。意識を小太刀の方へ向けた。

 そういえば、彼らは汐の事を理解しているのだろうか。いや、両親だから理解しているはずだ。それでも疑問が湧いてくる。ならば、訊いてみるしかない。

「なぁ、汐って利き手どっちなんだ?」

 訊ねる内容が何故それなのか。一聴すると些細な事だろう。けれど、今の切谷にとって重要な事なのだ。

 姉の面影と自身の過去が混濁していく。瞳の奥に宿している光は歪に妖しく揺らめき、切谷の内面を示しているかのよう。

 質問したところで、パニックに陥っている相手がまともに答えられる訳がない。ただ現状を理解できず、返答にならない声を発するだけ。さらに顔から血の気が引いていくのが見て取れる。このまま放っておけば、失血死するのは避けられないだろう。

「右か左か、どっちが良い?」

 だが、切谷は問いかけ続ける。相手が返事できるかどうかに全く頓着していない。質問したら必ず返すものだと思っているから。目の前の状況など気にも留めてないのは火を見るよりも明らか。

 相手が死にそうだろうと自分の疑問の解決を優先させる彼は、情という情が欠落していると言わざるを得ない。男性の目には悪魔か化け物か……いずれせよ、切谷の事を人ならざるものとして映っているのは確かだろう。

 最後の力を振り絞り、父親は左手を動かし何かを示そうとした。声を発しても言葉にならず、立つ力もない。辛うじて片膝をついて倒れないようにするだけ。

「そうか、やっぱり左利きなんだな」

 彼の行動を切谷は答えだと受け取る。そして、小太刀を薙いだ。重たいものが地面に落ち、転がっていく音が寂静の中で響く。再び赤い雨が降り注ぎ、鮮血が部屋を満たす。父親の体は力を失い、倒れ伏した。まだ血がフローリングの床を染めている。しかし、父親は身じろぎもしない。頭部と体は綺麗に分かれてしまっているから。

 耳を劈くような悲鳴が部屋中に響く。声の主である母親は変わり果てた夫の姿を見て、何を思うか。そんなもの、切谷が知る由もないが。

 もう一度、汐の方を見る。相変わらず、彼女は壁に背を預け、項垂れていた。変わったとすれば、彼女の足元まで血が及んでいる事ぐらいか。

 彼女を見ながら思い返す。剣術を教える事になった日、木刀を手渡した際、彼女は左手で受け取って扱っていた事を。

 他にも左手で物を扱う事が多かった。ただすぐに右手に直していたのは、家庭の環境からだろう。いや、ここ最近の状況と言った方が正しいか。どちらせよ、答えが分かったのだから、その先の理由はどうでも良い。

 切谷は彼女にかつての自分を思い重ねる。母親が家を出ていくまでは、左手で物を扱う事を許されていたと。けれど、離婚してからは右手で扱う事を強要され、家の中では何としてでも不慣れな右手を使おうと努力していた。

 その頃を思い出し、切谷はある一つの答えに至る。この子は俺と同じだと。姉の面影を残しながら、俺と同じものを持っていると感じ取っていた。だからこそ、彼女には千鳥が相応しいと改めて考え、彼女なら俺を殺せると希望を強く抱く。

「あんたは、汐が何で本を読んでいたのか、知っているか?」

 またもや普遍的な質問をする。誰もが思うだろう、些事ばかりしか何故訊かないと。それは彼の自身と彼女を重ねる為。

 より自分を殺せるという確信を得たいが為に問いかける。断罪して欲しいと願いを裡に秘めて。

 しかし、母親もまともに答えられる状態ではない。いきなり夫が斬殺され、血に濡れた刀を向けられて平常でいられる方がおかしいだろう。余程、そのような状況に慣れていなければ、冷静に動ける訳がないのが道理。

 それでも口を開くが、空気が漏れるだけ。音はどこかへと消えてしまい、伝わらない。

「まっ、どうでも良いか」

 一向に返事が返ってこない事から切谷は興味を失う。次に母親が声を出そうと口を開いた瞬間、左手を突き出して小太刀を腔内へねじ込む。頸部まで切っ先は突き抜け、母親の目は大きく見開かれていた。それ以上の反応はない。

 小太刀を引き、力を失って前に倒れてきたところを頸部を撫で斬り、鮮血を溢れさせる。二度と動かない人間の出来上がりだ。

 切谷は無言で死体を眺めた後、部屋の奥まで歩を進め、違う部屋へと移動する。勉強机と椅子、ベッドと小さな本棚ぐらいしかない簡素な部屋の中で、一冊の本を見つけた。昨日、汐が持ち歩いていた本、見覚えがあるのはそれだけはない。

 かつて、自身も読んだ事がある児童小説だ。図書館で借りて、懸賞で当てたカードを栞代わりにしながら読み、父親に破かれないようにそのまま返却した覚えがある。巡り巡って、ここに辿り着くとは感慨深い。

 思わず返り血を浴びた手で本に触れる。当然ながら、本の表紙に血が付く。けれど、構わず手に取った。そして本を持ったまま移動し、汐の元へ歩み寄る。

 まだ息があるようだが、彼女も危ない状態なのは変わりない。頭を強く打ちつけただろうから。だが、電話している暇はないのも明白。ここまで来る前に相当騒いでいたから、誰かしら通報しているはず。自分からかける必要はないとも言えよう。

 となれば、急いで用を済ませる必要がある。切谷は左手に持っている小太刀をカード化し、汐の前に片膝を屈した。

 手に持っているカードは『名刀 千鳥』、かつて雷を切ったと言われ、「雷切」という異名を持つ刀。

 本を小脇に挟み、改めて向き合う。虚ろで焦点が合っていない緑の瞳が、目の前にいる切谷に気付いて懸命に彼の顔を見ようとしていた。

 切谷は彼女を見て、初めて会った日の事を思い出した。半年前の冬の日、寒さが厳しい中、公園で寝ていたところに汐から声をかけられた事を。

 寒空の下、公園で本を読もうとしている彼女に驚いたが、何となく会話を交わす内に情が移ってしまった。笑った顔が愛おしく思っていた姉の面影と重なり、余計に思い入れが強くなる。だから、このような行動を起こしたのだ。

 自分を断罪できる唯一の存在として生かしておく為に。そして、力をつけさせる為に。

 追憶から戻った後、柔らかな笑顔を向ける。いつも師匠と呼ばれて、応える面倒見の良い青年の姿。だが、先程小太刀を振るって両親の命を奪った畜生と同一人物という残酷な事実が、血まみれの服装から突き付けていた。

「生きていて、嬉しいよ」

 答えは返ってこない。大して期待していなかったから、別に問題はないと考えていた。むしろ、返答がなくて良かったぐらい。柔らかい語勢で言葉を継ぐ。

「これからはお前一人で空を飛べるようになる」

 汐の左手にカードを優しく握らせる。双眸はこれまで以上に優しく光を灯していた。けれど、やはり歪んでおり、真っ直ぐには照らしていない。向けるべきは覿面にいる者ではないから。

「強く生きろ」

 これまで以上に明瞭で力強い語気で吐き出された言葉。寂静の中で強く響く。この言葉に込めた想いは、重い。

 姉の面影を重ね、かつての自分を重ね、見つけた断罪してくれる存在。ようやく渇望を満たす人間が現れた。

 優しい笑みの裏に隠された歪んだ欲望は、歪な光を生み出す。姉が自分に向けた慈愛を注ぐように緑瞳を見つめ、もう一度「強く生きろ」と言葉を紡ぐ。

 伝えたい事を伝え終わった後、立ち上がって来た道を戻っていく。まだ向かうべきがある。次なる目的へ向かうべく、切谷は姿を消した。残ったのは、凄惨な光景だけ。

「……し、しょう……」

 微かに発せられた汐の声。誰の耳に届く事なく、どこかへと消えてしまう。やがて、彼女も力を失い、目を閉じた。

 

 一方、その頃の闘真達は案の定迷っていた。何となく昨日訪れた公園に行けば、汐に会えると信じているのだが、肝心の公園に辿り着かない。頼みの綱であるザンバソードもそこまで土地勘がある訳ではなく、さらには昨日と違う道を歩いているから余計に分からないのだ。

「ここ、どこだ?」

「俺に聞くなよ」

 いつも通りの会話。スマートフォンの画面に地図を映しても、現在地が分からない。それでも歩けば到着できるだろうという楽観的な考えで歩く。しばらく街を彷徨いながら、歩を進めていた。

「あれ? ここじゃねえか?」

 足を止め、闘真は右手側に視線を移す。先には昨日、汐がいた公園が。彼女が腰掛けていたベンチには、人影があった。

 短く整えられた黒髪、見ているだけ暑くなりそうな黒のロングコート、紺のシャツにジーンズ姿の男性が本を開いて目を落としている。その人物には見覚えがあった――切谷勇吾だ。

「おい、汐はどうしたんだよ?」

 闘真は読書中の切谷に近づいて声をかける。眉を顰め、訝しげに見ていた。彼女が必ずしもいるという訳でもないし、それどころか会って間もないから動向なんて分からないが、彼がいるならいてもおかしくはないだろうと。

 そもそも汐に用事があるから、彼女に会わないと意味がない。けれど、何かしらの違和感を覚える。彼が持っている本に既視感が芽生えていた。本について質問しようとしたところで、切谷が本を閉じて口を開く。

「お前が来るのを待っていた」

 言い終えると同時に立ち上がり、切谷は不敵な笑みを浮かべる。「これ、汐に返してくれ」本を手渡す。

「何でアンタが持ってんだよ?」

 疑問を口にしつつ受け取り、闘真は表紙に目を落とす。改めて、汐が持っていた本だと認めるが、血が付いている事に気付いて驚く。明らかに以前見た時はなかったものだ。そして、切谷にも目を向けると、黒のコートは分かり辛いがジーンズやスニーカーには血が付着している。異様な光景としか言いようがない。

「少し懐かしくて借りてきた。昔読んだ事ある本だからな」

 驚愕の表情を浮かべる闘真をよそに切谷は話を続ける。「まっ、ちょっと汚れてしまったけどな」軽い調子で言った。

 流石の闘真も「汚れすぎだろ。怒られるぞ」と至極真っ当な言葉で返す。「それで汐はどうしたんだよ?」語気は強くなり、顔を顰めて睨めつけた。脳裏には、最悪の事態が浮かぶ。約束を果たせなくなるという最も想像したくない事態が。

「汐の事は、これで話そう」

 懐からデッキケースを取り出す。一見何の変哲もないデッキケースだが、闘真は大きく驚く。「アンタ、ファイターだったのか!?」自身の嗅覚すら気付けなかった程の隠していた事に驚嘆したからだ。

「ああ、そうだ。とっとと始めよう」

 切谷は肯定してファイトの準備を促す。「お前なら、ファイトの方が話しやすいだろ?」口元に浮かぶ笑みは獰猛で、まるで悪魔か肉食獣かのよう。黄色の双眸は、光を歪めて反射し、炯々と輝いていた。

「お、おう……」

 珍しく困惑しながら闘真は準備する。切谷と対面して、胸騒ぎが大きくなるのを感じた。ワクワク感や高揚感は不思議と感じない。あるのは、危険を知らせる信号だけ。こんなにも楽しみだと思えない自分の感情に戸惑うしかない。

 今にも雨が降りそうな曇天の中、彼らの対話が始まる――。

 

 

「俺の全力を以って、お前の心の声を聞く! ルミナイズ、『ファイト・オブ・デュオローグ』!!」

「その研ぎ澄まされた刃は命を駆る歌を奏で、生きる意味を示していく! ルミナイズ、『絶命の刃生(じんせい)』!!」

「「オーブン・ザ・フラッグ」」

「ドラゴンワールド!」

 闘真の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン

 

「カタナワールド!」

 切谷の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:狂斬の刀獣 竹俣兼光

 

「俺から行くぜ! チャージ&ドロー!」

 闘真の手札:6→5→6/ゲージ:2→3

 

 手札を見ながら、闘真はある事を考える。何故、切谷がファイターである事を見抜けなかったのか、このタイミングでファイトをしようと持ち掛けてきたのか。疑問は尽きない。だけど、それはファイトしていけば分かるだろうと振り切り、目の前の事に集中する。

「キャスト、『D・Rシステム』を設置するぜ! 続けて、『ブーメラン・ドラゴン』をライトにコール!」

 闘真の手札:6→4/ライト:ブーメラン・ドラゴン/設置:D・Rシステム

 ライト:ブーメラン・ドラゴン/サイズ0/攻防2000/打撃1

 

 ブーメランの形状によく似たドラゴンが唸り声を発しながら姿を現す。「ブーメラン、ぶった切らん」と声を立てながら、攻撃体勢に入っていた。

「このままアタックフェイズを入るぜ。ブーメラン・ドラゴンにアタック!」

 尾を掴み、闘真はブーメラン・ドラゴンを投擲。風を切って、高速回転しながらブーメラン・ドラゴンは切谷に向かって進んでいく。生身で受け止められない程の質量と速度。けれど、切谷は余裕そうな笑みを浮かべていた。

「受ける」切谷のライフ:10→9

 微動だにせず、切谷はそのまま受けた。彼の体をブーメラン・ドラゴンの刃が切り裂く。だが、実際に切り裂いているというわけではなく衝撃を与えるだけ。それを分かっているのか、切谷が不敵に笑っている。しかも、不気味だ。

「ブーメラン・ドラゴンの効果でバトル終了時にブーメラン・ドラゴンを手札に戻す! そしてD・Rシステムの効果でブーメラン・ドラゴンが手札に戻ったからゲージ+1!」

 闘真の手札:4→5/ゲージ:3→4/ライト:ブーメラン・ドラゴン→なし

 

 勢いそのままに戻ってきたブーメラン・ドラゴンを受け止め、手札に戻す。

 何か違和感を感じる。心がざわつき、何かを知らせるかのよう。目の前にいる相手は、楽しんでいるとはまた違う感情を発しているのだろうか。しかし、まだファイトは始まったばかり。頭を緩く振って、考えている事を打ち消した。

「ターンエンド!」

 闘真の手札:5/ゲージ:4/ライフ:10/設置:D・Rシステム

 

「俺のターンか。ドロー、チャージ&ドロー!」

 切谷の手札:6→7/ゲージ:2→3

 

 剣呑な輝きを秘めながら、切谷はにやりと笑う。何か良いカードを引いたのか、それとも他に要因があるのか。

 闘真は彼の一手一足を事細かに注視し、裡にあるものを理解しようと努めていた。彼の態度が気に入ったのか、切谷はさらに口の端を吊り上げ、次の行動を起こす。

「キャスト、〈明鏡止水〉。デッキの上から3枚をゲージに置く」

 切谷の手札:7→6/ゲージ:3→6

 

 ゲージが増える。序盤から増やすという事はゲージを大量に消費するデッキだろうと、闘真は見当をつけながら動向を見守る。それよりも先程から浮かべている笑顔の奥の方が気になるところだが。

 闘真の心中など露知らずに切谷はさらに進めていく。瞳の奥で渦巻くは、歪な愛情と決意。

「そして、『数打の太刀』を装備」

 切谷の手札:6→5/切谷:数打の太刀

 

数打の太刀

カタナワールド

種類:アイテム 属性:日本刀/武器

攻3000/打撃2

「大量に作られた粗悪品の刀。切れ味は保証せん」

 

 左手に握られた太刀は輝きが鈍い。業物と呼ばれるものには程遠く、なまくらではないのは分かるにしても切れ味に甚だ疑問が残る。それでもれっきとした武器である事を誇示するかのように、切谷が振るった際の風を切った音は鋭かった。

 一連の行動を見て、闘真は切谷の持っている武器は実物なのではないかと推察。空を切った音が生々しい。そんな所感が胸の中を騒めかせている。今まで実体化したものとファイトしてきたが、今度はどう見ても違うと。

 デッキケースはどこをどう見たって、闘真が使っているものと同じ型のものだ。禍々しいデザインをしていなければ、妖しい気も発していない。けれど、どうして実体化していると言えるのだろうか。

「おい、闘真。どうした?」

 傍らにいるザンバソードが声をかける。普段なら笑っている相方が、いつになく真剣に見ているからだろうか。何かしらの異変を感じ取って、気遣うような声音で話しかけていた。

「……なぁ、あいつの持っているのアイテムって、本物に見えるか」

 一拍を置いた後、闘真はおもむろに口を開く。顔つきはいつものような笑顔を浮かべておらず、真剣そのもの。元々鋭い目つきがさらに鋭さを増していた。語調も鋭利で少しも楽しげに弾んでいない。

「何だ、藪から棒に。本物に見えなくはないが……いや、本物だったら、おかしいだろ」

「だよな、本物だったらおかしいよな。でも、本物に思えちまうんだよ」

「待て、アイツのデッキケース、どう見ても普通のものだぞ?」

 あまりにも突飛な発言にザンバソードは戸惑う。「それがどうして、実体化できるって言うんだ?」彼の言う事はもっともだ。何の変哲もないデッキケースではどうやっても実体を持たせる事はできない。

 それは闘真も理解している。だからこそ、不可解なのだ。本物だと感じてしまう事に。

 彼らの疑問は切谷までに波及する。そして、にやりと笑いながら彼らの会話に割って入った。

「俺自身がその実体化させる装置だって言えば分かるか?」

「ああ? お前が? そんな事できるかよ」

 唐突の返答に闘真は訝しげに眉を顰める。目の前にいる青年は何を言っているのだろうか、人間がアイテムを実体化なんてできるものだろうかと疑いの眼差しを向けていてた。しかし、内心ではそれが答えなのではないかと言う自分もいる。

 どちらにせよ、彼の言葉を待たなければ解明はされない。

「簡単に言えばこういう事だ」

 言葉を言い終えるか終わらないかのタイミング、切谷は太刀を投擲した。空気を貫き、風を切る音はとても粗悪品とは思えない。

 あまりの速さに闘真は目で追えず、一歩も動けなかった。傍らを通り過ぎる頃には、左頬に赤一文字が走り、血が流れ落ちる。振り返ると、太刀は背後にある巨木に突き刺さっていた。

「これで理解できたか?」

 穏やかで静かな語勢で語りかける切谷。表情も落ち着いていて、逆に怖いくらいだ。双眸は相変わらず剣呑な輝きを秘めている。彼の裡には果たして何があるというのだろうか。

「アンタ、何者だ……?」

 顔を切谷の方へ向き、闘真は問いかける。驚愕と疑惑が入り混じり、動揺をはっきりと示していた。鋭い目元は大きく開かれ、可能な限り覿面の人間を捉えようとしている。紛れもなく本物が横切ったが故に、どう受け止めて良いのか分からない。珍しく闘真の顔が緊張で強張っていく。

「俺は切谷勇吾だ。それ以下でもそれ以上でもない」

 悠然とした態度で切谷は答える。口の端は獰猛に吊り上がったまま。ファイトへの楽しみにより、闘真が理解を示してくようとしている事に喜びを感じているよう。双眸は炯々と輝いていた。

「んな事を訊いているんじゃねえ。何で実体化できるんだよ?」

 自分が知り得たかった情報を聞く事ができなかった為、闘真は苛立っている事を主張するかのように語気を荒くする。

 この前までのファイトはまだ理解できる。デッキケースの力があったから。けれど、切谷の場合はそうでない。自分自身の力で具現化したと言うのだ。理解に苦しむのは当然。それでも必死に呑み込もうと闘真は正面を見据えている。

「それは俺にも分からない。けど、実体化できるという事だけは分かる」

「答えになってねえぞ」

「さっきも言っただろ。何故、具現化できるかは分からない。分かるのは俺に守る力があるというだけだって」

「守る力……?」

 闘真は眉根を寄せ、目元を鋭く吊り上げた。「それって、どういう意味だよ?」語勢は鋭利で荒々しい。真剣な眼差しが切谷を射貫く。守るという単語で脳裏に浮かんだのは汐の顔。まさか、守る対象が彼女だとは思いたくない。

「お前なら分かるはずだ」

 それ以上は答えない。切谷は中断していたプレイを続行させる。闘真が考えている事を理解できると信じてだろうか。

「ライトに『狂斬の刀獣 竹俣兼光(たけのまたかねみつ)』をバディコール! ゲージ2払って、デッキの上から1枚をソウルイン! さらにバディギフトでライフを+1する!」

 切谷の手札:5→4/ゲージ6→4/ライフ:9→10/ドロップ(日本刀の種類):0→1/切谷:数打の太刀/ライト:狂斬の刀獣 竹俣兼光(ソウル:1)

 

狂斬の刀獣 竹俣兼光(たけのまたかねみつ)

カタナワールド

種類:モンスター 属性:刀獣/日本刀

サイズ3/攻7000/防2000/打撃2

■[コールコスト]ゲージ2を払い、デッキの上から1枚をこのカードのソウルに入れる。

■君のドロップゾーンにある《日本刀》が3種類以上あるなら、このカードの打撃力を+1する。

■[起動]【対抗】“鉄砲斬り!”君のドロップゾーンにある《日本刀が》5種類以上なら、相手の場のカード1枚選んで、ゲージ1と君の手札から《日本刀》1枚を捨ててよい。そうしたら、選んだ相手の場のカードを破壊する。「鉄砲斬り!」は1ターンに1回だけ使える。

[2回攻撃]/[ソウルガード]

「邪魔だな……斬るか」

 

 黄色と黒の縞模様が目立つ毛並み、人よりも高い背丈と筋骨逞しい肉体、身軽さを求める故に着込んだ甲冑は足軽のような軽装だ。虎頭の相貌、瞳は目の前の獲物を今すぐに狩りたいと言わんばかりに炯々と輝き、唸り声を発しながら獰猛な牙を覗かせる。右手に持っている刀は切谷が持っていたものと違い、鋭利な輝きを放ち、触れただけでも真っ二つに切れそうだと思わせるに充分。

「続けて、レフトに『悲刃の刀獣 今剣(いまのつるぎ)』をコール」

 切谷の手札:4→3/切谷:数打の太刀/レフト:悲刃の刀獣 今剣/ライト:竹俣兼光

 

悲刃の刀獣 今剣(いまのつるぎ)

カタナワールド

種類:モンスター 属性:刀獣/日本刀

サイズ0/攻2000/防1000/打撃1

■【対抗】[起動]君のターン時、場にあるこのカードをドロップゾーンに置いてよい。そうしたら、君のデッキの上から1枚をゲージに置く。この能力は1ターンに1回だけ使える。

「再び主人を殺したくない……」

 

 小柄な狐が姿を現す。狩衣を着て、手元の短剣を軽く振るう。刃は妖しく光り、見る者を魅了。しかし、狐の表情は悲しげで場に出る事を快く思っていないようだ。

「アタックフェイズ、まずは竹俣兼光でファイターにアタック!」

「承知……いざ、参らん!」

 納刀し、居合の構えを取る。そして地面を強く蹴り出し、神速の如き速さで闘真へと迫り立てていく。黄色の弾丸は音すら置き去りにして、一閃を奔らせた。

「受ける。ぐっ!」闘真のライフ:10→8

 攻撃を防ごうと咄嗟に出した右腕に衝撃が走る。まるで斬り飛ばされたかのような感覚に襲われるが、彼の右腕は健在。それでも尋常ではない衝撃だったのか、右腕を抑える。珍しく苦痛に顔を歪めていた。

「闘真、どうしたんだ?」

「何でもねえよ!」

 心配そうな相棒の声を怒鳴り立てるように闘真は返答。珍しくファイト中に声を荒げるが、痛みを誤魔化す為だ。

 実体ではないのに鋭利な痛みが走る。しかも、今までよりも痛い。だが、これぐらいでへこたれている場合ではないと歯を食いしばり、正面を睨めつけた。水色の双眸は闘志で強く輝いている。

「我の一閃を受けて、まだ戦意を保つとは……見所がある少年だ」

 にやりと静かに笑う竹俣兼光。低く発せられた声音は感嘆が混じり、眼光は鋭く、剣呑な光を宿らせていた。

 刀は再び鞘に納めており、もう一度放つ用意を整える。体を撓ませており、いつでも抜刀できるよう。

「もう一度、竹俣兼光でファイターにアタックだ!」

 切谷の指示と同時に抜刀。銀色は音もなく弧を描く。人の目では追えない刃が再度闘真へと迫る。竹俣兼光の表情が浮かべている獰猛な笑顔は肉食獣そのもの。双眸は獲物を狩る楽しみで炯々と輝いていた。

「キャスト、『ドラゴンシールド 青竜の盾』! 攻撃を無効化にして、俺のゲージ+1!」

 闘真の手札:5→4/ゲージ:4→5

 

 甲高い音が鳴り響き、金属同士がぶつかった事を知らせる。青い竜の頭を模られた盾が銀弧を防ぎ、闘真のデッキの上から1枚を導くようにゲージへ置く。闘真の顔は安心したかのように、少しだけ緊張を緩めた。

 剣撃を阻まれた竹俣兼光は不敵な笑みを崩さないまま素早く納刀し、軽快な動きで後退する。入れ替わるように切谷が飛び出し、肉薄しながら宣言。黒の疾風が猛烈な勢いで迫っていく。

「次は俺でファイターにアタック!」

「これは受ける!」闘真のライフ:8→6

 気付いた時には切谷の顔が目の前に。反射的に顔を庇うが、それが仇となる。切谷の右拳が鳩尾に叩き込まれ、呼吸が一瞬止まった。拳が離れた頃には体の芯に力が入らない感覚に襲われ、片膝をつく。鋭利で重々しい拳により、何とも形容しがたい痛みが走り、芯まで力が伝わらない。呼吸も乱れ、するだけで精一杯だ。

「闘真!? おい、切谷!」

 ザンバソードが駆け寄り、相方を気遣い、太刀を取りに行った切谷の背に荒げた声を立てる。義憤と驚愕が入り混じった双眸が射貫く。

 確かに平時は殴られてしまっても、文句は言えない行いをしているだろう、けれど、ファイト中、彼が卑劣な行為に走った事があっただろうか。いや、ない。

 相棒だからというのもあるが、いくら何でも目の前の行為は許されたものではないだろう。

 同時に殴り飛ばされようが蹴り飛ばされようが平然としていた頑健な少年が、ここまで崩れたのだから驚きは隠せない。このままではファイトができなくなるという懸念すら浮かべている程だ。

「……気にすんな。まだファイトは、終わってねぇ……」

 闘真は苦しげに声を絞り出して、ザンバソードを制する。けれど、瞳の奥にはまだ強い光が残っていた。闘志は消えていない。むしろ、切谷という男を知り得る為に対話する決意で漲っている。

「そうだ、まだファイトは終わってないぞ?」

 背後から切谷の声が。首筋に冷たく細長いものが軽く当てられていた。それが、先程投擲した太刀だと知覚すると、首筋から警鐘が鳴らされる。命の危機がすぐそこにあると。

 けれど、闘真は動揺せずに返す。「だったら、とっとと再開しようぜ」呼吸が落ち着き、語気を強めた。

「ああ、続けるさ。今剣でファイターにアタック!」

 太刀を闘真の首元から離し、切谷は悠然とした足取りで自身のファイターエリアと戻っていく。傍らで小さな弾丸が通り過ぎる。小柄故にすばっしこく、目で追うだけでも疲れそうだ。

「受けるぜ、っ!」闘真のライフ:6→5

 立ち上がり、闘真は腰を深く落としては腕を十字に交差して受け止める体勢を作る。同時に今剣が持つ短剣が右腕に刺さった。竹俣兼光に斬り飛ばされた時と比べて痛みはなく、衝撃もない。それでも闘真の表情は依然険しいままだ。

「今剣の能力を使う。今剣をドロップゾーンに置いて、俺のゲージを+1する」

 切谷のゲージ:4→5/ドロップ(日本刀の種類):1→2/レフト:今剣→なし

 

 今剣が消失すると、闘真の右腕に刺さっていた短剣も消える。それに伴って闘真も一旦構えを解くが、眉間の皺が寄ったままで険しい。いつも浮かべている楽しげな表情はなかった。

「どうした? 楽しそうじゃないな?」

「お前、ファイトしているつもりねえだろ」

「対話はしているだろう?」

「殺し合いの間違いだろ。吐き違えんな」

 これまで聞いた事のない低く冷たい声音。思わず、相方のザンバソードが大きく目を開き、闘真を見つめる。平時ならともかく、ファイト中にそのような調子で話すのは滅多にないからだろう。

 当の闘真は眼光鋭く眼前の切谷を睨みつける。「ファイトは、殺し合いの疑似体験じゃねえんだぞ」静かに凄んでいる語勢は、いつも楽しそうに笑っていた姿とかけ離れていた。

 ファイトが楽しいと思えなかったのは、自分が肉体的に苦痛を味わったからではない。もし苦痛が理由であれば、昨日のファイトなど楽しそうにしているはずもないだろう。

 切谷から感じるのは、ファイトを楽しむというファイターとして至極当然の感情ではない。強い者と戦い、命のやり取りを楽しむ感情だ。当然、彼らが使っているシステムでは人は殺せない。さらに言えば、実体化できる能力を持っているのは切谷だけ。殺し合いではなく、一方的な殺傷でしかない。

「違うな、殺し合いじゃない。俺はお前と対話しているんだ」

 否定の言葉が切谷の口が出る。「だから、こうして話しているんだろ?」吊り上がる口の端。不敵を通り越して、不気味でしかない。「俺はお前に伝えたい事があるからな」黄色の瞳は相変わらず光を歪ませていた。

 闘真は何も返答しない。確かに話はしている。けれど、これは望んだ形ではないのも確か。対話はしているが、嫌な予感は増すばかり。

「俺のターンはここまでだ。お前のターンだぞ」

 切谷の手札:3/ゲージ:5/ライフ:10/切谷:数打の太刀/ライト:竹俣兼光(ソウル:1)

 

 相変わらず、口元に獰猛な笑みを浮かべる切谷を見つめ、間を空けて開口した。

「……ターンもらうぜ。ドロー、チャージ&ドロー!」

 闘真の手札:4→5/ゲージ:5→6

 

 まだ答えが見えない。何故、突然ファイトを持ちかけたのか。汐の事ついても疑問がある。この場に彼女がいない理由。

 解明するには、彼から直接訊くしかないし、今は考えている場合じゃないと頭を緩く振って思考の海から脱する。

「まず、『竜王剣 ドラゴエンペラー』をゲージ1とライフ1払って、装備するぜ!」

 闘真の手札:5→4/ゲージ:6→5/ライフ:5→4/ドロップ(武装騎竜の種類):0→1/闘真:竜王剣 ドラゴエンペラー

 闘真:竜王剣 ドラゴエンペラー/攻6000/打撃2

 

 右手に握られた片刃の大剣は、竜王の魂を宿している事を示しているように輝く。さらに闘真の闘志にも呼応し、輝きが増す一方。けれど、輝きはどこか鈍い。まるで闘真自身の心を表しているよう。

「次はライトに『ブレイドウイング・ドラゴン』をコール! 続けてブーメラン・ドラゴンをレフトにコールだ!」

 闘真の手札:4→2/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン・ドラゴン/ライト:ブレイドウイング・ドラゴン

 ライト:ブレイドウイング・ドラゴン/サイズ1/攻防2000/打撃2/[移動]

 

 左手側にはブーメランに似た姿をしている竜が再び。低い唸り声を発し、戦意を高める。少し離れた場所には、赤い翼竜が翼を力強く羽ばたかせ、いつでも飛び込んでいける事を示す。

「さらに『Wピコピコハンマー・ドラゴン』をセンターにコール!」

 闘真の手札:2→1/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン・ドラゴン/センター:Wピコピコハンマー・ドラゴン/ライト:ブレイドウイング・ドラゴン

 センター:Wピコピコハンマー・ドラゴン/サイズ0/攻防2000/打撃1

 

 両手にピコピコハンマーを握り締めた小さな竜が眼前に現れる。可愛らしい見た目をしているが、これでも立派なモンスター。威勢良くピコピコハンマーを振り回して、やる気は充分。

「キャスト、『ドラゴニック・グリモ』! 手札を全て捨てて、カードを3枚ドロー!」

 闘真の手札:1→0→3/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン/センター:Wピコピコハンマー/ライト:ブレイドウイング

 

「アタックフェイズ! Wピコピコハンマーで、ファイターにアタック!」

 指示に合わせて、Wピコピコハンマーが飛び出す。小さな体躯で疾走し、肉薄してピコピコハンマーを振り下ろす。

 迫力もなく、威力もなさそうな攻撃だが、それでも精一杯の攻撃。ハンマーを振り下ろす手に迷いは感じない。

「受ける」切谷のライフ:10→9

 ピコピコハンマーを切谷は右腕で受け止める。可愛らしく高い打音が響く。だが、大した威力は出ていないが故に、切谷は平然としていた。一方のWピコピコハンマーは、たくさんハンマーを振り回した反動か、ひどく疲労している。

「Wピコピコハンマーの能力を使うぜ。Wピコピコハンマーをドロップゾーンに置いて、俺のゲージ+1!」

 闘真のゲージ:5→6/ドロップ(武装騎竜の種類):1→2/センター:Wピコピコハンマー→なし

 

 振り返って、闘真にサムズアップして消失するWピコピコハンマー。闘真もこの時は笑ってサムズアップで返す。

 険しい表情からいつもの楽しそうな相好に戻った事に安堵して、Wピコピコハンマーも笑っていた。

「次はブーメラン・ドラゴンでファイターにアタック!」

 覿面にいたWピコピコハンマーが消えるのを見届けた後、闘真は続けて宣言。先程の笑みは嘘のように消え、眼光に鋭さを増して眉根を寄せてながら、ブーメラン・ドラゴンを投げ飛ばす。

 彼の変化も気に留めず、ブーメラン・ドラゴンは対象を斬る事に集中。高速で回転しながら飛来していくそれを並の人間では受け止めきれないだろう。

「これも受ける」切谷のライフ:9→8

 切谷はにやりと笑い、太刀を振るった。左手一本で易々と受け止め、弾き返す。風を切る音から強勢である事は確かだったが、ものともしない膂力で簡単にブーメラン・ドラゴンの攻撃を捌いたのだ。

 攻撃を弾かれたブーメラン・ドラゴンは驚嘆と共に闘真の手札に戻る。闘真もザンバソードも驚きを隠せない様子で今でも信じられないと言葉が出そうだ。

「……ブーメラン・ドラゴンが手札に戻ったから、D・Rシステムの効果でゲージ+1する!」

 闘真の手札:3→4/ゲージ:6→7

 

「ブレイドウイングでファイターにアタックだ!」

 驚きで一瞬だけ忘我した後、すぐに切り替える闘真。彼の指示を聞いたブレイドウイングは飛翔し、威勢よく突撃していく。けれど、それを阻むようにもう一度銀色が走る。

「キャスト、『刀技 相抜(あいぬ)き』。デッキの上から3枚をドロップゾーンに置いて、ダメージを0に減らす」

 切谷の手札:3→2/ドロップ(日本刀の種類):2→3→4

 

刀技 相抜(あいぬ)

カタナワールド

種類:魔法 属性:日本刀/剣術

■相手のターン中、君が《日本刀》のアイテムを装備していて、君のセンターにモンスターがいないなら使える。

■[使用コスト]君のデッキの上から3枚をドロップゾーンに置く。

■【対抗】そのターン中、次に君が受けるダメージを0に減らす!

「相討ちを超えた誰も傷つかない境地、それが相抜き」

 

「さらにドロップゾーンの《日本刀》が3種類以上集まったから、竹俣兼光の打撃力を+1する」

 切谷のライト:竹俣兼光/打撃2→3

 

 ブレイドウイングが翼で斬撃を繰り出すと同時に銀弧が薙ぐ。幾度か火花が散った。太刀を振るう切谷の双眸は、自身に向けられた刃に喜びを感じて燦然と輝く。これが実体ならば、命の危機をもっと楽しめたとも言いそうだ。

 いずれにしてもブレイドウイングの翼は切谷の身に届かず、全て防がれる。ブレイドウイングは悔しそうな表情で後退。

「最後はドラゴエンペラーでアタック!」

 地面を強く蹴り出して、闘真は疾走する。そして、荒々しい剣撃で切谷を攻め立てていく。一閃は鋭利で力強い。

「受ける」切谷のライフ:8→6

 獰猛な笑みはそのままに、切谷は冷静に闘真の剣撃を捌く。金属が激しくぶつかり合い、甲高い音が響き、火花が散る。

 数合重ねて、鍔迫り合いへ。力の差は歴然だが、膠着状態。切谷が力を抜いているからだ。

「いつもみたいに楽しんでくれよ」

「てめえみたいな奴とファイトなんざ楽しめねえよ!」

「俺が人殺しだからか?」

「そうだよ!」

 闘真は切谷の返答に声を荒げる。「お前はファイトをファイトとして見てねえだろ!」感情が爆発する。瞳の奥は嚇怒の炎が揺らめていた。楽しいと思えるファイトは鎬を削り合う事ではあって、命を削り合うものではない。

 対面する相手は命をすり減らす事に楽しみを見出している。勝つ事が全てを通り越して、負ければ死ぬという思いが重ねた切っ先から伝わっていた。だから、闘真は叫ぶ。それはバディファイトではないと。

「その必要がどこにある? バディファイトのカードは元々命を削り合って生きてきたモンスター達だぞ?」

「それでもカードゲームに命のやりとりなんて必要ねえんだよ!」

 これまで以上に闘真は語勢を強くする。対話に命を賭ける必要はない。今まで実体化したモンスターやアイテムを扱っていたファイター達は、命を賭ける事や危機に晒す事に対して肯定的な感情はなかった。

 もちろん、デッキケースの力で感情を抑えられていたからというのもあるが。少なくとも切谷のように嬉々として命のやりとりを望む想いは感じなかった。

 それぞれの悩みに対する負の感情や純粋にファイトを楽しんでいた感情だけが、彼らから発されていたと思い返す。

「けれど、強さを求めるならば、時として命も賭けなければ得られない」

 切谷の声音が急激に低くなる。笑みも消え失せ、無表情で闘真の双眸を射貫く。「強さを求める事を忘れた奴は、死んだ方が良い」冷淡な口調、場の空気が一種にして凍えるよう。「強くなければ生きていけない」言葉は重々しく響いた。

「人の生き死にとバディファイトをごっちゃにするんじゃねえ!」

 語気を荒くして、闘真は反論。「んなもんの為にバディファイトを利用するじゃねえよ!!」憤りを露わにし、目尻をさらに吊り上げていく。強さを求める事はファイターたる者、ある意味必然だろう。けれど、そこに人の生き死にまで巻き込むのは、間違っていると闘真は強く否定する。

「バディファイトも与奪の手段だ」

 冷たく言い放った後、切谷は押し返した。力負けして尻餅をついた闘真を見下す視線は冷たく、無機質。もはや、人としての温かみなどなかった。冷淡な語調で次の句を継ぐ。

「どうするんだ? まだお前のターンは終わっていないぞ?」

 対して闘真は「分かっているよ!」と怒鳴りながら立ち上がり、手札から1枚を取り出して宣言する。

「ファイナルフェイズ! キャスト、『竜撃奥義 デュアル・ムービングフォース』! ゲージ2払って、お前に2ダメージ与えて、俺のライフを+2する!」

 闘真の手札:4→3/ゲージ:7→5/ライフ:5→7

 

 再びドラゴエンペラーを荒々しく振るう。しかし、ただ闇雲に振り回しているだけで隙だらけ。闘真自身もどこか冷静さを欠けており、怒りと焦りがあった。

「まぁ、これも受ける」切谷のライフ:6→4

 闘真と対照的に切谷は落ち着いて、自分の得物で一閃を払う。攻撃の空隙があるのに攻めないのは、まだ話しておきたい事があるからなのか、ただ単に手を抜いて煽っているからなのか。真意は切谷が次に発した言葉で判明する。

「丁度良い、汐の事も話そう」

「汐に何かあったのかよ!?」

 大きく動揺する闘真、一瞬だけ動きが緩慢に。それでもすぐに立て直し、銀弧を薙いだ。闘真の闘志に呼応して、片刃の大剣は輝きを増して視界すら奪う。

 何度目かの甲高い音。火花は相変わらず、激しく散る。

 輝きで一瞬見えなっても、切谷は何事もなく受け止めた。冷たい眼差しと眉一つも動かさない固い相好。紡がれる語調もどこか無機質だ。

「あの子には俺と同じ資質がある。だから、道を示した」

「っざけんじゃねえ!!」

 切谷の言葉に闘真は怒鳴り立て、ドラゴエンペラーを乱暴に振り回す。持ち主の怒気に反応して、ドラゴエンペラーも切っ先に熱を宿して湯気を発していた。双眸は嚇怒の意を示すかのように鋭利な光を放つ。

 汐に人殺しして欲しくて教えようと思っている訳ではない。ファイターとして純粋にファイトを楽しんで切磋琢磨したいという願望があって、彼女に教えようと思った。時として自分の欲望を優先して先延ばししたが。

 けれど、東京に来た意味のほとんどは汐にファイトを教える為。それも自分と同じように楽しんで欲しいから。

 それを切谷のような人間に歪まされたくない。命を賭ける事が楽しみになるような強さを求めるファイターになって欲しくないと。

「……お前なら、そう反応してくれると思ったよ」

 か細く呟かれた切谷の言葉。乱暴な風切り音と闘真の怒声でかき消され、闘真の耳には届いていない。しかし、切谷は大して気にしていない様子。むしろ、満足そうに柔らかく笑みを浮かべているぐらいだ。

 ひとしきり暴れた後、闘真は自身のファイターエリアに戻る。額から大量に汗が流れ落ち、肩で息をする程、疲れ切っていた。それでも威勢よく声を発する。

「ターンエンド!」

 闘真の手札:3/ゲージ:5/ライフ:7/闘真:ドラゴエンペラー/ライト:ブレイドウイング/設置:D・Rシステム

 

「俺のターンだな。ドロー、チャージ&ドロー」

 切谷の手札:2→3/ゲージ:5→6

 

「『雷切(らいきり)の太刀 竹俣兼光(たけのまたかねみつ)』を装備! 装備コストとして数打の太刀をドロップゾーンに置き、ゲージ2払う!」

 切谷の手札:3→2/ゲージ:6→4/ドロップ(日本刀の種類):4→5/切谷:数打の太刀→雷切の太刀 竹俣兼光

 

雷切(らいきり)の太刀 竹俣兼光(たけのまたかねみつ)

カタナワールド

種類:アイテム 属性:日本刀/武器

攻7000/打撃1

■君のドロップゾーンにある《日本刀》が4種類以上あるなら、装備できる。

■[装備コスト]君が装備している《日本刀》のアイテム1枚をドロップゾーンに置いて、ゲージ2払う。

■場のこのカードは能力を無効化されない。

■【対抗】“雷切の一閃!”君の場の《日本刀》のモンスターかアイテムが1枚で攻撃していて、相手が魔法を使った時、ゲージ2を払い、君の手札から《日本刀》1枚を捨ててよい。そうしたら、相手の魔法を無効化にして破壊する。「雷切の一閃!」は1ターンに1回だけ使える。

[2回攻撃]

「雷神を2度斬り、鉄砲をも斬ったこの切れ味……お前も感じてみるか?」

 

 鈍い輝きを放っていた太刀は消え失せ、新たに握られたのは触れただけでも真っ二つに斬られそうな名刀。拵えは質実剛健と言って良いほど、余計な装飾は削ぎ落され、機能美という別種の美しさを引き立てている。

 空気が異様な程、静けさを増す。一陣の風が吹き、軽く砂塵を巻き上げる。張り詰めた緊張感が場を支配していた。

「これで雷でも鳴れば、完璧なんだがな」

 重苦しい空気の中、切谷がおもむろに口を開く。空を仰ぎ、今でも雨が降りそうな曇天を見つめる。「雷切は二つある……だから、雷が落ちても良いんだよな」何気ないように一言を吐き出した。

「雷切? 二つあるって、どういう事だ?」

 意味が理解できないとザンバソードが訝しげに眉を顰めて、質問を投げかける。「それは汐の事にも関係あるのか?」激情に駆られた相棒と対象的に語調は落ち着ているが、どこか刺々しい。双眸も厳しさを増し、切谷を射貫く。

「この刀ともう一振りには、“雷切”という別名がある。その名の通り、雷を切った事から由来している」

 視線をザンバソードに向け、切谷は淡々と話を続ける。「雷神を切った刀が二振りもある。ならば、一振りは託して当然だろ?」静かに微笑みを浮かべるが、もはや悪魔と言っても差し支えない程、禍々しい笑み。

「それで汐に自分と同じ道を辿らせたいと……気味の悪い話だ」

 珍しく冷たく吐き捨てるザンバソード。苦虫を噛み潰したような相好で切谷を見据えていた。

 闘真でなくとも、切谷自身の事に憤りを感じるだろう。さらには目の前にいる人物が人間なのか、疑わしいぐらい気味の悪さを覚えて吐き気すら込み上げてきそうだと。言葉には出さないが、言いたげな雰囲気を醸し出している。

 切谷は「ああ、そうだ」と首肯し、「あの子は俺を殺せる」と確信めいた言葉を力強く吐き出す。今まで歪に光を反射していたのが嘘のように瞳の奥から強く真っ直ぐな光が走る。吊り上げた口元も自信に満ち溢れていた。

「正直、お前どうかしているぞ」

「俺からしたら、普通だと思うがな」

「それはお前だからだろ」

 対応するザンバソードの眉間に皺が寄っていく。理解できそうにないとも言いたげだ。もはや、対話する意味もないとも。それでもまだ切谷から視線を逸らさなかったのは、戦士たる者の戦意の表れか。

「ファイトを進めるぞ。俺のドロップゾーンに《日本刀》が5種類以上あるから、竹俣兼光のもう一つの能力が使う」

 鋭利な語勢のまま切谷は次の言葉を継ぐ。「手札から『破邪の刀獣 数珠丸恒次』を捨てて、ゲージ1払い、お前の設置魔法を破壊する」指示を受けて、竹俣兼光は自分の得物を納刀し、目を閉じる。一呼吸置いた後、刀を奔らせ、真空波を一文字に放った。

「【対抗】はねえ!」

 いつもの余裕はなく、焦りを声に滲ませて闘真は返す。目に捉えられない神速の刃が傍らを通り過ぎてフラッグをはためかる。虚空を斬ったかと思われるが、闘真が設置したD・Rシステムを破壊したのだ。

 

 切谷の手札:2→1/ゲージ:4→3

 闘真のドロップ(武装騎竜の種類):2→3/設置:D・Rシステム→なし

 

「キャスト、『百鬼閻魔帳』。手札を全て捨てて、カードを3枚ドロー」

 切谷の手札:1→0→3

 

「このままアタックフェイズに入る」

「ブレイドウイングをセンターに[移動]だ!」

 ブレイドウイング/ライト→センター

 

 赤い翼竜が闘真の覿面に羽ばたく。小柄が故に盾となりそうな雰囲気はないが、それでも我が身を全て投げ捨てる覚悟を双眸に宿している。

「まずは俺の竹俣兼光でセンターにアタック」

 言い終わるか終わらないかのタイミングで切谷は駛走し、黒の疾風となりてブレイドウイングへと迫り立てていく。銀一文字を閃かせ、風切り音が耳朶を打つ。

「【対抗】はねえ、破壊される!」

 ブレイドウイングは何度か切谷の剣撃を躱すが、一瞬体勢を崩してしまい、間隙を縫って奔る銀弧によって胴を二つ分けられてしまった。絶叫にも似た悲鳴が木霊し、赤い翼竜は姿を消す。

 

 闘真のドロップ(武装騎竜の種類):2→3/センター:ブレイドウイング 撃破!

 

「俺の竹俣兼光をスタンド、今度はファイターにアタックだ」

 間髪入れず、今度は闘真へと凶刃を振るう。剣速は音すらも消す程に速く、目にすら映らない。

「受ける! っ!?」闘真のライフ:7→6

 宣言と同時に闘真の眼前を衝撃波が横切り、切谷の一閃を弾き飛ばした。反応ができなかった闘真を守る為、ザンバソードが自らの得物で地面を叩きつけ、衝撃波を放ったのだ。

 衝撃波に阻まれた切谷は特に表情を変化させず後退する。黒のコートをはめかせ、左手に持つ刀を煌めかせる佇まいはまるで死神を彷彿させていた。

「……ありがとうよ」

「相棒を守るのは、当たり前だからな」

 互いに落ち着いた声音で言葉を交わす。先程の激情を抑えて、闘真は平静な相貌でザンバソードを一瞥。相棒も至って冷静な表情をしていたが、瞳の奥は敵意にも似た戦意を宿していた。対話すべき相手ではないと。

 再び切谷と目を合わせ、ドラゴエンペラーの柄を強く握り締める。どんな経緯があれ、とにかく今は勝つしかないと決意を固めて。

「次はモンスターの方の竹俣兼光でアタック」

 無言のまま竹俣兼光は地面を力強く蹴り出して、疾駆。黄色と黒の縞模様が目を引く剛毛を靡かせ、元来持っている剽悍な動きで地面を抉りながら、弾丸の如く迫り立ててる。目に止まらないどころか、映る事すら許さない。

「キャスト、青竜の盾で攻撃を」

「なら、【対抗】で俺が持っている竹俣兼光の能力を使う。ゲージ2払い、手札から『幻夢の刀獣 鬼丸国綱』を捨てて、お前が使った魔法を無効化にして破壊する」

 左手に持っている刀を右腰の鞘に納め、神速の如き速さで抜刀して真空波を放つ。闘真と猛虎の間に割って入る盾は、あっけなく二つに断ち切られ、役目を果たせなくなった。そして、竹俣兼光が薙いだ銀弧が闘真に迫る。

「ぐっ!」

 咄嗟にドラゴエンペラーを盾にして受け止める。両手に伝わる衝撃は生半可なものではなく、歯を食いしばって力を込めなければ、弾き飛ばれそうだ。

 痺れが走り、両手の感覚が鈍くなる。片刃の大剣を持つのも厳しいと感じるが、それでも低い唸り声は発しながら握り締める力を強めた。押し負けないように。

「見事だ」

 静かに竹俣兼光が口を開く。虎頭の双眸は、感嘆の意を示していた。「だが、まだ終わらんぞ」一旦大きくバックステップで距離を取り、次なる攻撃に移れるように体を撓ませる。獲物を逃すまいと力強い目つきで闘真を睨めつけていた。

 

 闘真の手札:3→2/ライフ:6→3

 切谷の手札:3→2/ゲージ:3→1

 

「竹俣兼光をスタンドして、もう一度ファイターにアタック」

 切谷の言葉と同時に、竹俣兼光は二度目の疾走。肩口から斬りつけようと刀を振り上げ、銀色が閃く。

 甲高い音が鳴り響き、火花が再び激しく散った。

「キャスト、『ドラゴ根性!』! 俺にダメージ1して、ライフ+3!」

 闘真の手札:2→1/ライフ:3→2→5→2

 

 再度、竹俣兼光の一閃を受け止める闘真。もう既に両腕は限界だが、それでも歯を食いしばって振るう。感覚という感覚はなく、酷い痺れにより、力を伝わり辛い。いつ手から滑り落ちてもおかしくはないが、闘志を滾らせて何度も襲い来る銀閃を弾く。

 闘真の闘志に呼応して、片刃の大剣は熱を放ち、輝きを増す。触れたら、大火傷を負いそうだと印象を与える。

「ふむ。倒しきれなかったか」

 切っ先を数合重ねたところで、竹俣兼光は立ち合いを切り上げて後退。刀を納刀し、次の行動をすぐに起こせるように体を撓ませて静かに待つ。

「ターンエンドだ」

 切谷の手札:2/ゲージ:1/ライフ:4/切谷:竹俣兼光/ライト:竹俣兼光(ソウル:1)

 

「……俺のターンだな。ドロー、チャージ&ドロー!」

 闘真の手札:1→2/ゲージ:5→6

 

 疲弊した様子でカードを引く闘真。平時の泰然とした姿はなく、ドローする手つきにも威勢はない。

 けれど、水色の瞳はまだ闘志の炎を燃やし、光を真っ直ぐ力強く放って眼前の相手を見据えていた。

「ブーメラン・ドラゴンをレフトにコールだ!」

 闘真の手札:2→1/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン・ドラゴン

 

「キャスト、ドラゴニック・グリモ! 手札を全て捨てて、3枚ドロー!」

 闘真の手札:1→0→3

 

 勝機を手繰り寄せられるか、緊張が走る。引いたカードの中には、ようやく相棒の姿が見えた。

 まだ運には見放されていない。そう思いながら、闘真は叫ぶ。

「相棒、行くぜ! 『超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン』をゲージ3払って、ライトにバディコール! バディギフトで俺のライフを+1!」

 闘真の手札:3→2/ゲージ:6→3/ライフ:2→3/ドロップ(武装騎竜の種類):3→4/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン・ドラゴン/ライト:超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン

 ライト:超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン/サイズ0/攻10000/防6000/打撃3/[貫通]

 

「キャスト、『居合の極意』。ゲージ1払って、ライトのモンスターをレストさせる」

 切谷の手札:2→1/ゲージ:1→0

 

居合の極意

カタナワールド

種類:魔法 属性:日本刀/剣術

■[使用コスト]ゲージ1払う。

■【対抗】相手の場のモンスター1枚をレストにする。

「鞘の中の勝……つまり刀を抜かずに勝てば、誰も傷つかない」

 

「くそったれ、やりやがる」

 ザンバソード右手側に躍り出ると同時に片膝を屈する。しかし、双眸は静かに闘志の炎を燃やし、燦然と輝いていた。切谷に対する敵意も体の奥から威圧するように発して、場が張り詰めていく。

「悪いな、俺もそう簡単に負けてられないんだよ」

 切谷も淡々とした語勢で答える。黄色の瞳に歪な光を宿したまま、静かに口の端を吊り上げた。

 まるで懐かしい友を受け入れるかのような優しげな笑みを浮かべて。対照的に左手に握られている太刀は、鋭利な輝きを放ち威嚇するよう。

 また場の空気が静まり返った瞬間、闘真が力強く声を発した。

「ドラゴエンペラーをドロップゾーンに置いて、『超竜剣 ドラゴデザイア』をゲージ2とライフ1払って装備!」

 闘真の手札:2→1/ゲージ:3→1/ライフ:2→1/闘真:ドラゴエンペラー→超竜剣 ドラゴデザイア/レフト:ブーメラン・ドラゴン/ライト:ザンバソード

 

超竜剣 ドラゴデザイア

ドラゴンワールド

種類:アイテム 属性:ドラゴン/武器

攻7000/打撃2

■君のライフが6以下で、君のドロップゾーンにある《武装騎竜》が4種類以上なら、装備できる。

■[装備コスト]ゲージ2とライフ1を払う。

■場のこのカードは相手のカードの効果によって破壊されず、手札に戻されない。

■【対抗】[起動]君の手札1枚を捨ててよい。捨てたら、君の場にいるサイズ3の《武装騎竜》をスタンドし、君のライフを+1!この能力は1ターンに1回だけ使える。

[貫通]

「欲望もまた一つの希望……その剣には持ち主の希望が込められている」

 

 新たな手にした大剣は、ドラゴエンペラーと同じく片刃。竜頭を模った鍔以外は目立つ装飾はない。刀身は銀色、ドラゴエンペラーとはまた違う鋭利な輝きを放つ。闘真の闘志に反応して、薄っすらとオレンジ色のオーラが刀身を包んでいる。

「やっぱり、そのカードはお前に渡っていたか」

 懐かしそうに柔らかな語調で切谷が口を開く。「お前にそのカードが渡って良かったよ」安堵したように紡がれる言葉。今いるのは狂気に満ちた死神ではなく、汐が「師匠」と呼び慕っていた優しげな青年だ。

「これ、お前のカードだったのかよ……!?」

 思いもよらない告白に闘真は激しく動揺する。目は大きく見開かれ、双眸も信じられないと言った様子で揺れていた。柄を握り締める力が弱くなり、ドラゴデザイアが纏っているオーラが乱れ、闘真の動揺を表しているよう。

 まさか汐からもらったカードが元々切谷のものだとは思いたくはない。ここまで来ると仕組まれているのかさえ考えてしまう。彼の計画に加担させられている感覚を覚えるが、頭を横に振って否定。その為にバディファイトをしている訳ではないと振り払い、覿面の切谷を見据えた。

「昔、雑誌の懸賞で当てたカードなんだ。その当時はバディファイトをやっていなかったけどな」

 闘真の動揺も気にせず、切谷は話し続ける。「汐の本も昔俺が借りた本で、あれにそのカードを挟んでいたんだ」淡々とした語調で告げられる事実。これには闘真もザンバソードも絶句するしかない。

「偶然が二度起これば、偶然ではなく奇跡だな」

 悠然とした調子で切谷は言葉を紡ぐ。微笑みは柔らかく、嬉しげに目を細める。先程の狂気に駆られた姿が嘘のようだ。

 けれど、左手の太刀は少しずつ禍々しいオーラを纏う。狂気が伝播しているように、妖しく燦然と輝いていた。

「さて、三度目の偶然は起こるかな?」

 次の瞬間、好青年の姿を消えて、狂気に満ちた死神に変わる。切谷の告げた言葉と同時に、彼が握っている竹俣兼光はさらに妖しく輝き、持ち主の狂気を表す。死神が浮かべている笑顔も禍々しく獰猛だ。

「……これ以上、胸糞悪い偶然なんて起こさせるかよ。ドラゴデザイアの能力を使うぜ」

 真っ向から闘真は吐き捨て、語気を強める。「手札を1枚捨てて、ザンバソードをスタンドして、俺のライフ+1!」オレンジ色のオーラに包まれると、ザンバソードは立ち上がり、身の丈もある大剣を威勢よく振るった。

 砂塵が巻き上がり、突風が吹き荒れていく様は風神のよう。木々が騒めき、危機を感じた小鳥達が次々と飛び立っていった。ひとしきり大剣を振り終わった後、切っ先を切谷に向け、臨戦態勢と映る。闘志を滾らせて。

 

 闘真の手札:1→0/ライフ:3→4

 

「アタックフェイズ! ザンバソードでファイターにアタックだ!」

「おらよ! こんでも喰らいやがれ!!」

 鈍重そうな武器や巨躯からは想像もできない程、軽快な動きで肉薄する。大剣を振り上げ、猛烈な勢いのまま押し潰すように振り下ろした。

 切谷や竹俣兼光と比べて鈍重な一閃だが、相手の足を止めるには充分すぎる程、巨大な刃が襲いかかってくるという迫力。並みの人間では気圧されて動けないところだろうが、切谷は不敵な笑みを浮かべて告げる。

「キャスト、『鬼道 おぼろ幻舞』。その攻撃を無効化にする」切谷の手札:1→0

 そのままザンバソードは得物で切谷を押し潰すが、手応えがない。舞い上がった砂塵が晴れた時、大剣の傍らに切谷が見上げていた。「残念だったな」語勢は至って平坦だが、にやりと笑い、歪んだ光を強く放つ。

 悔しげに唸りながらもザンバソードは後退する。「すまん」言葉短めに吐かれた謝罪の言葉。沈痛な声音が耳朶を打った。

「気にすんなよ、まだ終わってねえぜ」

 ようやく笑った闘真。相棒に心配かけさせまいと浮かべた笑顔は、まだ楽しげではない。けれど、ザンバソードを落ち着かせるには充分だった。「頼むぞ、相棒」ザンバソードの口から確かな信頼の言葉が紡がれる。

「任せろよ。次はブーメラン・ドラゴンでライトにアタックだ」

「さぁ、行ってこい!!」

 ザンバソードに投擲されたブーメラン・ドラゴンは、空気を切り裂いて唸りにも似た音を発しながら、虎頭の武人へ迫り立てていく。強靭な膂力で投げ出された強勢なブーメランはモンスターでさえ、まともに受ける事を避けたくなる程。

「ソウルガードだ」

 静かに紡がれる切谷の言葉。それを掻き消すような甲高い衝突音。

 真正面から竹俣兼光はブーメラン・ドラゴンを自らの得物で受け止めた。まともに衝突したのは一瞬で、直後に竹俣兼光の刀が折れてしまい、体を切り裂かれる。けれど、残像にすぎず、本体はブーメラン・ドラゴンを簡単に躱していた。

 ブーメラン・ドラゴンは竹俣兼光の残像を真っ二つにした後、勢いそのままに闘真の手札へと戻っていく。戻る際の表情は、実に悔しげだった。

 

 切谷のライト:竹俣兼光(ソウル:1→0)

 闘真の手札:0→1/レフト:ブーメラン・ドラゴン→なし

 

「最後はドラゴデザイアでライトにアタックだ!」

 改めて柄を握り締め、闘真は地面を強く蹴り出して疾走。決して速いという訳ではないが、迷いはない。

 荒々しい剣撃で攻め立てる。激しく火花が散り、金属同士が激突した音が響き渡った。

 洗礼された竹俣兼光の剣捌きに攻めあぐねてしまい、決定的な一撃を与える事ができない。

「見ての通り、【対抗】はない」

 ふわりと言葉が流れる。激しい攻防の中、竹俣兼光が一瞬だけ手を緩めた隙にドラゴデザイアの刃が肩口に走った。

 袈裟から肉や骨ごと断ち切り、竹俣兼光の体を二つに分けていく。「見事」静かに力強い声が耳朶を打つ。

 振り下ろしきった頃には虎頭の武人は姿を消しており、先には遊具や建物が見えた。

 

 切谷のライト:竹俣兼光 撃破!

 

「ターンエンドだぜ」

 闘真の手札:0/ゲージ:/ライフ:4/闘真:ドラゴデザイア/ライト:ザンバソード

 

「俺のターンか。ドロー、チャージ&ドロー」

 切谷の手札:0→1/ゲージ:0→1

 

 場の緊張感が増す。切谷が引いた一枚で勝敗が分かれるから。

 今、切谷の場にモンスターがいないものの、打撃力が2点以上のモンスターを出してしまえば闘真の負けが確定する。

 闘真達が固唾を飲んで彼の行動に注視。静寂が訪れる僅かな瞬間。緊張ばかりが張り詰めていく。

「キャスト、百鬼閻魔帳。手札を全て捨てて、カードを3枚ドロー」

 切谷の手札:1→0→3

 

 緊張という緊張などどこ吹く風のように、切谷の語勢は至って平静だった。表情も落ち着いているのが、逆に恐ろしく感じるぐらい。風が不穏な音を立てて、黒のコートをはためかせる。

「キャスト、明鏡止水。ゲージを+3し、さらに竹俣兼光をライトにコール。ゲージ2を払って、デッキの上から1枚をソウルイン」

 切谷の手札:3→2→1/ゲージ:1→4→2/切谷:竹俣兼光/ライト:竹俣兼光(ソウル:1)

 

 再び姿を現した虎頭の武人。右手に自身の名と同じ太刀を持ち、鋭利な双眸は力強く光を宿していた。

「さらにドロップにある日本刀の種類が3種類以上あるから、ライトの竹俣兼光の打撃力を+1する」

 切谷のライト:竹俣兼光/打撃2→3

 

 ライトにいる虎頭の剣士を認めた闘真は敗北を確信する。手札がないのは、火を見るよりも明らか。水色の瞳は、不思議なぐらい落ち着きを払い、乱れを感じさせなかった。ただ真っ直ぐと切谷と目を合わせて見据えているだけ。

「アタックフェイズ、ライトの竹俣兼光でファイターにアタック」

 指示を受けて、竹俣兼光は大柄な体に似つかわしくない剽悍な動きで疾駆する。肉薄した後に銀弧を薙いだ。

 音すら消える速度で銀色が闘真の体へ迫り立てていく。

「受ける! うぐっ!」闘真のライフ:4→1

 両手の痺れから反応が遅れ、胴から切り裂かれる。本物ではない為、本当に切り裂かれた訳ではないが、体の芯まで尋常ではない衝撃と痛みが走った。

 一瞬体の力を抜け、膝を屈しそうになる。まだファイトは終わっていないと自分を奮励し、歯を食いしばりながら踏ん張って眼前から目を逸らさない。負けが確定している現在でも、双眸は闘志で炯々と輝き、炎を絶やさないでいた。

 せめて堂々と全てを受け止める。闘真の胸中は、闘魂で満たされ、ファイターとしての覚悟を固めていく。

「……やはり、ファイターはお前にこそ相応しい」

 決して目を逸らさない闘真の強さを見て、切谷は小さな呟きを繰り返す。「お前ならば、あの子を強くしてくれるだろうな……」風に消えてしまう程、声は小さく闘真の耳には届かない。だが、気にする程でもないのも切谷だ。

「俺でトドメを刺す。何か言いたい事はあるか?」

「てめえの思い通りにさせねえ……絶対に!」

「そうか。なら、汐を頼んだぞ」

 言葉は後ろに流れ、黒の弾丸が空気を突き破って接近。今まで以上に速く強く地面を蹴り出して疾走して、平突きを繰り出す。狙いは闘真の胸元。確実に仕留める気だ。

 闘真は「受ける」と宣言するが、反応できない。為す術もなく、ただ自分に迫り立ててくる凶刃を見守るだけ。ザンバソードの怒号が聞こえるが、意味など成さない。

 走馬灯にも似た景色が脳裏に流れ、自身の死期を悟る。仮に汐が生きていたとしても、バディファイトを教えられないなと。

 けれど、銀色が闘真の体を貫く事はなかった。むしろ、何かによって弾き飛ばされ、黒のコートを翻す結果に。

「何が起きてんだ……?」

 体の力を抜いて流れに身を任せた故に、闘真は尻餅をついた。手元のドラゴデザイアはオレンジ色の光を激しく輝かせ、闘真の身を守るように雷を迸らせる。持ち主の危機に反応したのだろう。竜頭の瞳は緑色に光り、力を発している事を示していた。

「まさか、雷を切った刀が雷に弾かれるとはな」

 語調からは特に動揺している様子はないが、切谷は意外そうに見つめる。「これは驚いた。そのカード、意志を持っていたんだな」刀の熱を冷ますように左手を振るい、黄色の双眸は興味深そうにドラゴデザイアを注視。予想外な事だったらしく、目を丸くしていた。

「意志……それって、どういう事だよ?」

「そのままの意味だ。カードに意志があったから、お前は助かった。運が良かったな」

 右腰に差してある鞘に刀を納め、切谷は視線を闘真の方へ向ける。「それでも俺の勝ちには変わりない」背後に竹俣兼光が開いたゲートが出現する。「話したい事も話したから、俺は行く。達者でな」踵を返し、そのまま切谷と竹俣兼光は奥へと消えていく。闘真達はただ呆然と背を見届けるしかなかった。

 

 闘真のライフ:1→0

 

WINNER:切谷勇吾

 

 

 切谷達が立ち去った後、闘真は背中に汚れがつく事を厭わず、大の字になって寝転がった。そして、雨が降る。

 雨が降っても微動だにしない闘真。ファイトの疲労から動けないのもあるが。切谷が告げた言葉の数々が頭の中を駆け巡り、動く気力を奪っている。思考の整理、いや心の整理というべきか。まだ現実を受け止められないでいた。

 ザンバソードもそれを察しているらしく、「風邪引くぞ」とぐらいしか声を掛けない。ファイトの事は一切触れずに、箭内へ避難する事を促す。けれど、闘真は動かなかった。

 しばし闘真が雨に打たれ続けていると、誰かが近づく気配を感じる。雨音に紛れて、二人ぐらいの足音が耳朶を打った。

「大丈夫!?」

 女性が倒れている闘真に気付いて、駆け寄って顔を覗き込む。紅紫の瞳が不機嫌そうな相好をしている闘真を映していた。

 気遣いなど無遠慮に闘真は無言で体を起こす。女性を睥睨した後、視線を正面へ移して、切谷達の影を追う。まだ何を話せば良いのか、分からない。

「ここにいたら、風邪引くよ」

 無言で覿面を睨みつける闘真から心情を察したのか、女性は優しげな語調で促す。先程もザンバソードに言われたのだが、どうにもここから動く気力が湧かない。これ以上考えたところで仕方ないのだが、まだ頭が切り替わらず、さっきの事ばかりを追っている。

「闘真、汐の事もあるだろうが、今はここで止まっている場合じゃないだろ?」

 一向に動こうとしない闘真にザンバソードが穏やかな語勢で話しかける。「分からないなら、動くしかない。そうだろ?」相棒に向けた眼差しは優しく温和。彼もまた動揺があるだろうが、それを表に出さずに気遣うのは流石と言うべきか。

 ザンバソードに促されて、ようやく闘真は立ち上がる。改めて女性と対面すると、彼女はバディポリスの制服に身を包んでいた。近くに立っている薄茶髪の男性も同じくバディポリスを着ているが、腰に拳銃のようなものを携えている。彼は非ファイター隊員なのだろう。

「何があったかは分からないけど、お話なら聞くよ?」

 雨に濡れながらも女性の顔立ちは明るく、紅紫色の瞳は柔らかく温かみのある光を宿して、闘真を見つめる。口元に浮かべた微笑みも優美で穏やか。虫襖(むしあお)色のロングヘアーをお嬢様結びでまとめて、如何にも名家のお嬢様という印象を与える。

 闘真もまた可憐な女性に目を惹かれたが、決して彼女に見惚れた訳ではない。顔に見覚えがあったからだ。昔、バディファイトを教えてくれた人物に似ていると。

「何か私の顔に付いている?」

 女性の疑問に闘真は首を横に振って、「いや、何でもねえ」と否定する。恐らく気のせいだろうと思い、疑念を振り払った。

 その後、バディポリスの二人に促されるまま、闘真達は公園を立ち去る。まだ心は先程のファイトに囚われたまま。

 

「それで拾ってきたのが、コイツなのか」

 パトカーの車内、助手席に座る男性が口を開く。バックミラー越しに闘真の表情を確認している目つきは鋭い。

 先程女性と一緒にいた男性は運転席に座っており、助手席にいる男性は闘真達がパトカーに乗る際に合流したバディポリスの隊員。彼らは闘真達がいた公園の近辺で起きた事件を調べていたらしく、助手席の男性は事件現場に行っていた様子。そして、運転手と女性は近隣で他に被害がないか確認していたところを闘真と出会ったという。

「拾ってきたって、犬じゃないんですから」

 闘真と共に後部座席に座っている女性が苦笑いを浮かべながら返す。「正成先輩、口が悪いですよ」男性の名を呼んで、たしなめた。声音は至って優しい。バディポリスを務められるのか、少し疑問に思えてくる程に。

「清音のように育ちは良くないからな」

 正成と呼ばれた男性は、淡々とした口調で返答した。後部座席の方に顔を向けて、闘真と目を合わせる。

 七三に分かれた紫檀の短い頭髪、切れ長で吊り上がった翡翠の双眸に精悍な顔立ち。人を寄せつけなさそうな印象を覚えるが、不思議と話しかけられる親しみやすさがある。

 闘真は彼の顔を知っていた。バディポリスのエース、(くろがね)正成(まさなり)だと。バディファイト界隈では、名を知らない人間はいない程の有名人だ。ただ彼の顔もまた昔どこかで見たような気がする。それも幼い頃に。気のせいなだけかもしれないが。

「私はそこまで育ちが良くないですよ。一般家庭で育った身ですから」

 正成に清音と呼ばれた女性――梅平(うめひら)清音(きよね)は、やんわりと否定した後、「それと」と付け加えて「先輩、怖がらせちゃ駄目ですよ」からかうような調子で掣肘する。「先輩の顔は怖いんですから」僅かに漏れる笑い声は大人しく品を感じさせる柔らかい声だった。

「生まれつきなんだから、仕方ないだろ」

 眉一つも動かさず、正成は言う。「そいつだって、目つき怖いだろ」一言も話していない闘真にも飛び火させていく。

 巻き込まれてしまったが故に、闘真はやや不機嫌そうに正成の顔を睨みつけて、「俺も生まれつきだよ」苛立ちを少し含ませた語調で返した。

「お前もか、大変だな」

 他人事のように言い放つ正成だが、改めて闘真の顔をまじまじと見つめる。「お前、どこかで会わなかったか?」無愛想な相貌から紡がれた言葉は疑問だった。

「んだよ、唐突に」

 あまりにもいきなりの事で反射的に口悪く返答する闘真。傍らで清音がたしなめるが聞き流す。

 ついさっきまで同じ事を考えたのだから、もしかして会っているのかもしれないと考えるのだが、バディポリスの知り合いなどいないからあり得る訳ないと否定する。そんな偶然なんて起きないだろうから。

「お前の顔に何か見覚えがあるなと思ってな」

 相変わらず仏頂面で答える正成は、どうやら闘真の言葉遣いにはさほど気にしていない模様。「清音はどうだ?」疑念を解決する為に清音にも話を振った。

「私も見覚えが……でも、気のせいのような気もしますけど」

 彼女も闘真の顔を見つめる。優しげな眼差しは、闘真にとってどこか居心地の悪さを覚えさせた。

 ここまで温かみのある瞳を見るのは慣れていない。ついつい目を逸らしてしまう。吸い込まれそうな予感がするから。

「アンタらがテレビで見た事あるぐらいだぞ」

 きっと見間違いだと思い、闘真も否定の言葉を吐く。「アンタらとファイトした覚えがねえよ」語気は意外と穏やかで、いつもの刺々しさはない。最近の記憶を巡っても、彼らと思わしき人物と対戦した覚えがなく、気のせいだろうと。

 ふと、頭の片隅にバディファイトを始めた頃の記憶が甦る。他人を寄せ付けない性格から、孤立して誰一人として対戦してくれなかった頃。そんな中、優しげに声をかけてきた少女と対戦してくれた青年の姿を薄っすらぼんやりと思い起こす。

 まさか、この二人がその二人だと言う事はないだろう。闘真は思い浮かんだ記憶をそっと振り払った。流石にできすぎていると。

「そうか、聞いて悪かったな」

 そう言って、正成は顔を覿面の方に向けた。「もう一つ質問なんだが」と言い出し、冷淡な語調で次の句を継ぐ。

「あの近辺で起きた事件について、何か知っているか?」

 彼がいう“あの近辺”とは、切谷とファイトしていた公園の近くだろうと闘真は何となく推察する。そして切谷の身なりを思い出す。血まみれの衣服と血に濡れた汐の本。これらから導き出される答えに、胸をざわつかせる。

 せめて最悪な事態だけは避けて欲しいと願いながら、闘真は口を開いた。

「事件は分かんねえけど、関係していそうな奴なら知っている」

「誰だ?」

「……切谷勇吾って言う奴だ」

 いつも軽い調子で言う闘真が珍しく重々しい口調で名を言う。

 嫌でも思い出したくない。彼と対戦して思ったのは、二度と対戦したくないという気持ち。何故か、あそこまで楽しいと思わなかったファイトは初めてだと振り返る。それだけ彼の存在が禍々しいというのが分かる証拠とも言えよう。

「切谷勇吾って、昔捜査していた人じゃなかったっけ?」

 今まで黙っていた運転手が開口する。「確か、ファイターを狙った連続殺人で容疑にかけられた人だったはずだけど」正成を一瞥して質問を投げかけた。

「ああ、四年前ぐらいに挙がっていた名前だな」

 問いかけに答える正成。平静な語勢はそのままに「と言っても、資料でしか見た事がない」と付け足す。「俺達が高校生ぐらいの話だったはずだろ」バックミラー越しに清音の方に目を合わせる。相変わらず眼光は鋭い。

「四年前と言えば、それぐらいですよね」

 清音は首肯して、顔を闘真の方へ向け、「君はその人の事をどれぐらい知っているの?」穏やかな声音で問いかけた。

「詳しくは知らねえ」

 不機嫌な調子は変わらず、闘真は続ける。「分かるのは、汐の剣術か何かの師匠とバディファイターの皮を被った人殺しぐらいだ」いつもより低く重々しい語勢で吐き捨てた。彼を通して、強さを求めた先に見えた最悪の未来。汐にそのような道を辿らせたくないという思いが胸中を満たす。

「鳥田汐と仲良かったのか?」

 意外だと思ったのか、少し驚いたかのように正成は訊ねる。闘真も闘真で汐の名前が自分以外に出るとは思わなかった為、大きく目を見開く。さらには今にも身を乗り出して食いつきそうな勢いもあった。

「何で、アンタが汐の名前を知ってんだよ?」

「その子が、あの近辺で起きた事件の被害者だからだ」

 淡々と告げられた事実。ぼんやりとした疑念が確信へと変わる。切谷の言葉から汐は殺された訳ではないだろう。

 だが、胸の中から焦りを感じる。それを無理やりを抑えながら、闘真は詳細を知ろうと問いかけた。

「汐に何かあったのか!?」

「頭を強く打ったらしい。病院に搬送されている」

 語勢を荒げて闘真に対して、正成は一切平静を崩さないまま返答する。「それでなくとも傷だらけだったらしいしな」人づてで聞いた情報なのか、少しあやふやな論調。けれど、闘真を動揺させるには充分だった。

「おい、汐が病院って……!?」

 殺されている事はないと思っていたが、病院に搬送されたとなれば話は別。珍しく水色の瞳が不安で揺れていた。何かしら命に危機があったのだろうか。

 思い返されるのは、昨日の帰り際に交わした靖雫との会話。普段から暴力を受けているのではないかという疑問が、今さら脳裏に甦る。あの時は大して気にしていなかったが、今になって気になるとは。我ながら、虫の良すぎると自虐の念も心中にあった。

「安心しろ、生きている事は確かだ」

 特に表情を変える事なく、正成は淡々とした調子で言葉を継ぐ。「現場にいた人間に聞いた限りだけどな」当時の事情を眉一つも動かさずに話していく。「俺が現場に到着した時は、搬送された後だから、その先は知らない」先程まで淡々と話していたが、言い終わるまで段々少し投げやりな口調に。これ以上聞かれても困るとも言いたげだ。

 正成の話を聞いて、ひとまず闘真は安堵して胸を撫で下ろす。生きているなら、まだ大丈夫。約束は果たせると。

 そして汐の話で思い出した事があった。いつも使っているショルダーバックから、一冊の本を取り出す。切谷から預けられた汐の本。表紙は血で汚れて、本紙も雨に打たれたが故に紙本来の硬さが失われている。

「先輩、ダッシュボードから」

「手袋だろ? すぐに取り出す」

 隣にいる清音が事件に関連あるものだと察し、正成から手袋を受け取ると、すぐさま闘真から本を渡してもらう。そして真剣な眼差しで本を調べ始めた。

「君はどこでこの本を?」

 しばし本を調べていた清音が口を開く。双眸は真剣ながらも先程の優しげな光を灯しているまま。

 言わなくても構わないとも告げているように思えた。けれど、闘真は気にせず返答した。

「公園で切谷から。元々は汐の本なんだけどな」

 闘真の言葉を聞いて「被害者の……」と静かに呟いた後、清音は指の腹を顎に添え、本に目を落としながら考え込む。

 しばし沈黙が流れた。妙な緊張が車内に走る。けれど、それは僅かだった。

「ごめん、しばらくこの本預かっても良いかな?」

 清音が沈黙を破るかの如く開口。再び闘真に向けられた眼差しは、変わらず優しく温かみがある。

「汐に返すなら別に。俺のものじゃねえし」

 ぶっきらぼうだが、いつになく真剣な声音で返答する。「汐に返すって事ぐらいは約束してくれ」再度同じ事を告げた。

 大切なものなのかどうかは分からないが、大切そうに扱っていたと思い起こす。血で汚れている上、雨に濡れて変わり果ててしまったから、謝りにいかないとなとも思い立つ。ここまで他人に興味を持つ事なかったと、過去の自分を比べていた。

「分かりました。調べ終わった後、この本は彼女に返します」

 真剣な語調で清音は告げる。先程の砕けた言葉遣いではなく、丁寧な調子で話していた事から、彼女なりに重く受け止めているのだろう。自然と人を信用させようと思い起こさせる。闘真も彼女の事を信用する事にした。

「いや、そこまで汚れた本は受け取りたくないだろ」

 バックミラー越しで確認していたのか、正成が口を挟む。「せめて、新品にしてやれ」彼なりの気遣いなのだろうが、完全に雰囲気を壊していた。冷淡な口調がより一層無情に闘真達の心を突き刺していく。

「正成先輩」

 僅かに発せられた清音の言葉。静かな怒気を孕ませた呼びかけに、正成は閉口する。心なしか冷や汗をかいているようにも見えた。この時ばかりは闘真も傍らにいる清音に内心恐怖する。怒らせてはいけないと本能で察したから。

 また沈黙が流れる。降り注ぐ雨音が耳朶を打つ。そして何度目かの交差点を通る瞬間、正成が口を開いた。

「次哉、コンビニ寄ってくれ」

「今言うの!?」

 運転している薄茶色のツンツンとした短い頭髪が特徴的な青年――片石(かたいし)次哉(つぎや)は驚く。彼曰く、もうすぐバディポリスの本部に到着するとの事。だが、正成は構わず続ける。

「煙草が吸いたくなったから、コーヒーを買いに行きたい」

 彼の一言により、一旦近くのコンビニで休憩を取る事となった。雨が止む気配は、まだない。

 

 コンビニに駐車して、各々コンビニで用事を済ませる。闘真は軽食を買った後、正成に連れられ、喫煙所の付近まで付き合う羽目に。

「お前とは一対一で話したいと思ってな」

「バディポリスの本部でも良かっただろ」

「あそこだと部屋全面が禁煙なんだ。喫煙がてらに話せない」

 正成の言った理由に呆れて、闘真はため息を吐く。「んなどうでも良い話して、どうするんだよ?」胡乱げな目で正成を睨めつけていた。喫煙がてらの話でまともな話は出た覚えがない。関係のない話までしている余裕がないとも言える。

「少しだけ頭の片隅に入れておいて欲しくてな」

 紫煙をくゆらせ、正成は平静な口調で「それでもつまらん話には、変わりないから聞き流してくれ」と告げた。煙を吐き出す瞬間、闘真から顔を逸らし、虚空へと空気が流れる。屋外用の灰皿に灰を落とし、再び咥えて言葉を継ぐ。

「鳥田汐って子の……あの子にとっての一番の友達として接してやれ」

 ぞんざいな語調と裏腹に翡翠の双眸は真剣で、どこか悲しみを帯びていた。過去に似たような経験をしているかのように。

 だが、闘真は訝しげな表情で彼を見つめる。いきなり何の事だか分からず、真意を掴み損ねているからだ。何故、そのような言葉を言うのだろうか。不思議でしかない。

「恐らく犯人は、あの子に心の傷を深くして、俺達と同じような道を辿らせたいんだろう」

 返答や相槌がないまま正成は話を続ける。「俺は、あの子を過去に囚われせたくない」独白とも取れる言葉だが、闘真に向けられていた。静かな語勢には悲しみが幾分か混じる。過去を思い起こしているように。

「……俺達って、どういう意味だよ?」

 どのような末路を辿らせたいのかは分かっている。だが、俺達と付く意味が分からない。

 闘真は眉根を寄せて、静かに訊ねる。雨音に消されないように明瞭な声音で。

「俺もカードを具現化する能力を持っているからだ」

 冷淡に紡がれる言葉。闘真は大きくを目見開いて、傍らで煙草を吸っている声の主を見つめる。自分より遥かにある背丈、見上げる先は無愛想な相好で煙草を味わっている男の横顔だった。

 翡翠の双眸は平静のまま虚空を眺めている。眼差しはどこか遠い過去を見ているよう。

「現場にあったカードが意志を持っていた」

 相変わらず話が続いていく。「恐らく犯人は、意志のあるカードを具現化できると見立てている」彼の推察を聞いて、闘真は先程のファイトを思い出す。切谷が言っていたカードを具現化できるという能力。あれは嘘ではなかった。

 現に頬を切り裂かれ、出血している。今は血は止まっていて、手当てしてもらっているから問題ないが。

「あの力って、何なんだよ……?」

 まだ頭の整理が追い付かず、絞り出した質問は漠然としていた。どこに焦点を絞ればいいのか分からない。

 そんな闘真の心情を斟酌したのか、正成は静かに答えを言う。紫煙をくゆらせたままで。

「あれは過去に囚われた奴が発現する能力なんだよ」

 相変わらず表情が微動だに動かない正成だが、声音はどこか固い。「子供の頃に心に深い傷を負う経験した事が原因で発現する」滔々と詳細を語っていく。翡翠の瞳は、一切闘真に向く事なく遠くを眺めていた。「子供の内は余程の事がない限り発現しないが、成長して何らかの拍子で発現してしまう」煙を一旦吐き出し、灰を落とす。煙草は短くなっている。

「過去に囚われて弱者、それが俺達“カティヴム”だ」

 灰皿の上に煙草を止めたまま、強く響く言葉。聞き慣れない単語に、思わず眉根が寄ってしまう。何じゃ、そりゃとも言いたげな闘真の険しい顔つき。察してか正成も「“カティヴム”については、覚えなくていい」と告げ、次の句を継いだ。

「だから、あの子が未来に向かって歩めるように、お前が傍にいてやってくれ」

 今まで聞いた中で正成の声音が一番温かく優しい。けれど、翡翠の双眸は今まで以上に悲しそうに揺れていた。

「……約束、果たしてねえからな」

 了承の代わりに紡がれた闘真の言葉は雨音に消えていく。煙草も吸えないぐらいに短くなり、火が消される。

 話が終わった後、彼らは無言のままパトカーに戻り、バディポリス本部へ向かう。そして、事情聴取して解放されると、闘真の一日は終わった。

 

 数日後、闘真達はまた東京へ訪れていた。天候は前に訪れた時と比べて良好だが、曇天である事は変わりない。

「っで、改札で待っていりゃ良いんだっけ?」

 改札の近くで通行人の邪魔にならないように、闘真はとある人物を待つ事に。

 連絡が来たのは昨日、正成から汐の面会が許されたから病院に向かって良いと。ついでに彼の学生時代の先輩が案内するから、迷子になる心配もないとも告げられた。

 と言いつつも顔を知らない人物なのだから、反応に困るしかなかったが。ただその人物が汐と関わりがあるのは確かで、いち早く彼女の元へ駆けつけられたから、病室まで知っている事だろう。

 彼女が元気だったら、いよいよ教えられるなと気持ちが高まる。奥には切谷と正成の言葉が飛び交っていた。それでも自分は汐と約束を果たすんだと振り払い、少しの間柱に寄りかかって待つ。

 すると、辺りを見回しながら、こちらに近づいてくる女性の姿が。汐とよく似た赤みがかった茶髪を首元で切り揃え、吊り上がった露草色の瞳が気の強そうな女性と印象付ける。

 目が合った瞬間、女性は闘真の元へ歩み寄った。白のブラウスにジーンズといったシンプルなファッションでまとめ、元々闘真より背が高いかつパンプスを履いている影響から、実際の身長より高く見える。耳にはシンプルなデザインのピアスが煌めく。

「君が、正成の言っていた相楽闘真君だね?」

 女性の声音は思いの外優しく、闘真は少々面食らう。けれど、すぐに切り替えて「ああ、そうだけど」無愛想な語勢で言いながら首肯。汐にどことなく似ているのに、少し声音が違うだけで調子が狂るう。

「アンタが、案内人って奴か?」

 眉根を寄せながら、闘真は目の前の女性に質問を投げかけた。語調は荒々しさはないが、言葉遣いが悪い。今に始まった事ではないが。

「こら、年上には敬語を使うものだぞ」

 見た目相応の強い語気で女性はたしなめるが、「まっ、正成も似たようなものだから、今さらかな」あっさりと諦める。表情もどこか諦観している様子。そして、すぐに切り換えて言葉を継いだ。

「私が案内人の(たちばな)千尋(ちひろ)、よろしくね」

 快活そうな笑みを浮かべて、千尋は右手を差し出した。彼女の笑顔が一瞬汐と重なり、闘真は一瞬たじろぐ。他人の空似だろうと即座に否定し、「よろしく」と言葉短めに返事して差し出された手を握る。

「じゃ、いこっか」

 握手を解いた後、千尋に促されて、共に病院へ赴く事に。歩き始める瞬間、通り過ぎた風が妙な冷たさを帯びていた。

 

 病院に到着すると、面会受付を行う。闘真は端の方で、千尋が終わるのを待っていた。

 消毒液の匂いが漂う中、行き慣れない場所で渋面を作って周りを見渡す。老若男女様々な患者や医療関係者が行き交っており、待ち時間を潰す為に知り合いと話し込む人達の声が聞こえてくる。

 テレビの方へ目を向けると、先日いた公園の近くで起きた事件について報道されていた。まだ情報を掴み切れていないのか、情報が漠然としている。視聴している者の中からは、この病院近辺で報道関係者が何人か来ていた事も耳にした。

 どれも闘真にとって興味の薄い事ばかりだが。それでもニュースを見る度に切谷との一戦を思い出してしまう。

 楽しいという感情や高揚感が一切感じられなかった最悪のファイト。二度としたくないとさえ思ってしまう程に。

「お待たせ。さっ、行きましょ」

 受付が終わった千尋に声をかけられ、闘真はテレビから目を離す。そして、彼女から面会者用のストラップを受け取り、首にかけて歩き出した。

 病室へ向かう途中の階段、千尋が唐突に踊り場で足を止める。闘真もつられて止まり、訝しげな表情で「んだよ」と訊ねた。

 千尋は周りに人の気配がないか確認してから、口を開く。「さっき、テレビ見てたでしょ?」待っている間に見ていた事が気がかりのようだ。露草の双眸は強い光を放ち、見た目相応に気丈な印象を与えていた。

「テレビ見ていたな」

「気になる?」

「そういうアンタこそ、何でそこまで気にしているんだよ?」

「私があの子の叔母だからよ」

 思わぬ一言で闘真は驚く。「アンタ、汐の親戚だったのか」言葉に出した瞬間、納得した。でなければ、面会はそうそうに許されないなと。だから、正成が案内人として彼女を立てたのかとも。そして、彼女の笑った顔が汐と重なって見えた事にも合点がいった。

「そうよ。あの子のお母さんの妹が、この私なの」

「んで、何でテレビの事、気にしていたんだよ?」

「あの子に事件の事を思い起こさせたくない……それだけの話」

 先程の明るさは鳴りを潜め、愁眉を寄せた表情になり、目を逸らす。こればかりは闘真も賛同し、その先は口を開かなかった。正成との約束もあるし、個人的にも前向きにバディファイトを楽しんで欲しいという思いもある。

 しばし沈黙が流れる。間が持たないと思ったのか、無言のまま千尋は歩き出していく。闘真もその後を追いかけていった。

 廊下に出ると踊り場と違って、人の流れがある程度あり、窓から光が差し込まれて場が明るい。

 明るい陽射しを受けて気持ちが切り替わったのか、千尋は快活な笑みを浮かべながら、からかう調子で質問する。

「君はあの子とどんな関係なの? 友達? ボーイフレンド?」

「ちげえよ。アイツとは……何なんだろうな?」

 即答した良いものの、汐との関係に首を傾げる闘真。前にも似たような質問をされたのだが、その時も答えられなかった。ボーイフレンドはないにしても、友達としても微妙な関係。何とも言い表しがたい関係だと思い知る。

「え? じゃあ、何で汐ちゃんの所に?」

 当然、千尋は驚く。からかうつもりでいたのだが、返ってきた反応に困惑するばかり。聞き返すのも必然だろう。

「バディファイトを教えるって約束したからだよ」

 今言えるのは、それだけ。確かに言えるのは、これだけというのも不思議なのだが、闘真にとって大切な事なのは変わりない。他人から見れば、義理もへったくれもない話だが。

「そっか、なるほどね」

 最初こそは面食らって困惑していたが、千尋はやがて飲み込むと優しげに微笑んだ。「まっ、そこまで義理堅いなら、汐ちゃんも顔は覚えているわね」楽しげに目を細め、笑い声を軽く漏らす。けれど、直後に千尋は気難しそうに眉根をよせた。

 突然の変化に闘真は戸惑うが、気を取り直して訊ねる。先程から話題に挙がっていた汐の事についてだ。

「それで汐は元気なのかよ?」

「ま、まぁ、元気にはしているかな」

 どこかぎこちない千尋の返答。先程よりも焦りが表に出ているのは確かで、「や、やっぱり会いたい?」と訊ねた声音は上擦っていた。目も合わせようとしているが、泳いでしまっている。

「会いたいというか、約束を果たしてぇんだよ」

 千尋の態度に対し、眉間に皺を寄せて訝しげに思いながらも闘真は言葉を出す。何かしらあるのだろうかと訊こうと思うが、会えばきっと分かるだろうと考え、疑問は胸の内にしまった。

 それよりもバディファイトを教えて、たくさん対戦したいという気持ちが勝っていたから。

「そ、そっか」

 何とかして平静を取り戻そうとしながら、千尋は言葉を紡ぐ。「……多分、君なら大丈夫だと思いたいけど……」その声は闘真の耳元へ確かに届けられず、小さな雑音にしかならなかった。

「何か言ったか?」

「ううん、何にも。さっ、もうすぐそこが汐ちゃんの病室よ」

 先行していく千尋を見ながら、「何か変な人だなぁ」と呟きながら闘真は目的の部屋へと辿り着いた。

 

「さっ、中へお入り。私はロビーの方へいるから」

 千尋に通されて、室内に入ると個室でベッドには一人の少女が窓を眺めていた。病院着に身を包んだ少女の頭や腕には包帯が巻かれ、白さが逆に痛々しさを物語っている。

 それでも見慣れた少女の後ろ姿である事には変わりはない。闘真はショルダーバックから手渡そうと思っていたデッキケースを取り出し、静かに彼女の名を呼んだ――汐と。

「えっと、その……あなたは誰ですか?」

 呼びかけに反応して振り向き、顔を合わせてからの開口一番に出た言葉。言った本人である汐の顔はきょとんとしており、初めて闘真を見たような反応をしていた。

 あまりの対応に闘真は理解が追いつかず、「あ? 冗談でも言ってんのか?」口悪く返答してしまう。あれだけ人懐っこく「闘真君」と呼んでいた少女が、いきなり誰だと訊ねるのだから無理もない。

 けれど、闘真の希望を砕くかのように、汐がさらに言葉を継ぐ。「あなたは誰ですか?」困ったような笑みを浮かべて、優しい声音で再度訊ねてきた。今の彼女にとって、闘真は初対面だという事を告げているかのよう。

「……俺は、相楽闘真だ」

 名乗った声は酷く震えて、汐を見つめる双眸は困惑と悲しみで揺れていた。自分の事を忘れている――いや、彼女と会っていた事は夢や妄想だったのかとさえ疑いたくもなる。

「相楽さんって言うんですね。わ、私の友達かな?」

 よそよそしく汐は疑問を口にする。何かを探るのように、相手の顔色を伺いながら、「私の名前、知っていたみたいだし」と言葉を続けて。闘真に向けている眼差しに親しみはなかった。

「………わりぃ、出直してくる」

 動揺を悟られないように目を伏せ、闘真は踵を返して足早に部屋を退出する。その際、手に持っていた市販のプラスチック製デッキケースを落としてしまう。虚しげに落ちて転がる音、闘真は落とした事さえ気づかないまま出てしまった。

「ちょっと待って!」

 言葉は届かず、闘真の背は扉の向こう側へと消えていく。残されたのは汐と地面に転がっているデッキケースだけ。

 汐は、しばらく扉の先を見つめていたが、やがて視線をデッキケースの方へと移す。ベッドから足を投げ出して、立ち上がり、少し覚束ない足取りでデッキケースの元へ近づいて拾う。

 先程、闘真が落としたもの。何が入っているのだろうかと思い、蓋を開けてみた。中身はカードが大量に入っており、何種類かイラストが描かれている。何となく見覚えのあるデザインだが、思い出せない。

 ふと、テーブルの上に目を向ける。テーブルの上には本と一枚のカードが置いてあった。カードは、先程見たカード群と似たデザインをしている。書かれている文字やイラストは違うけれども。

 ぼんやりと眺めていた時、何となく頭の中で言葉は思い浮かぶ。そして、声に出してみた。

「バディファイト……」

 何も残っていない少女に残された僅かな記憶が繋がった瞬間だった――。




 今回のファイトは、今まで設けたスペックをオーバーしているカードが散見していますが、今後の展開も考えて設定したものです。
 ここまでオーバースペックなカード出しておいて、扱いこなせていないのは巻波が単に無能なだけなので、せせら笑っていただければ幸いです。

 また、今回のキーマンである人物を紹介します。書いていて、一番疲れた。

切谷 勇吾(きりたに ゆうご)/男性/24歳
使用ワールド:カタナワールド/使用デッキ:刀獣/バディ:狂斬の刀獣 竹俣兼光
容姿:青みがかった黒髪でツンツンとした短髪、黄色の瞳。黒の半袖Tシャツ、灰色のジーパンにスニーカーというシンプルな格好をしている。ある事に関しては、黒いコートを着て活動している。筋肉質で身長は176cm。
性格:少し天然なところがあるが、しっかりとしていて面倒見の良い親分肌。しかし、倫理観が狂っており、人を殺す事を何とも思っていない。また強者と立ち合い殺し合う事に楽しみを見出している戦闘狂である。一人称は「俺」。
概要:汐に“師匠”と呼ばれ慕われている青年。彼女には剣術を教えつつ、会話を交わしていく内に仲良くなった。かつて親の虐待により姉を亡くしており、その時に自分の親を殺した過去を持つ。意思を持ったカードなら具現化できる能力を持っており、バディカードでなくともカードを具現化でき、それで人を殺すことも。ただし、具現化できるのは一つだけと上限がある。

 他の方から提供されたオリキャラも含めて、オリキャラが何人か初登場していますけど、今回は切谷のみです。ご容赦ください。

 ちなみに、今回初登場したオリキャラの中で「鉄正成」というキャラクターは短編(という名の短期連載作品)で活躍しているので、余裕があればそちらも読んでみてください。
 リンクは下記の通りです。

バディファイト短編→https://syosetu.org/novel/224104/

 東京編は残すところ、後1話です。予定通りならば、次回で最終回になりますが、果たして。

 では、この辺りで筆を休めたいと思います。感想やオリカ・オリキャラの案など、お待ちしております。
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