【お試し連載】フューチャーカードバディファイト ~炎の剣士の輝跡~ 作:巻波 彩灯
色々思うところがあると思いますが、最後まで闘真達の行く末を見届けてください。
病室から出た闘真は、とにかく足早に廊下を歩いていた。自分の身に起きた事を否定がしたい為に。
だから、途中にあるロビーにも脇目を振らずただひたすらに歩く。先程の上っていた階段だって、目に映らない。
約束した事は夢なのか、単なる自分の妄想だったのか。では、以前彼女から聞いた話は全て幻想の中だったという事。
それはあり得ないと首を強く横に振って否定する。間違いなく現実だった。
ようやく闘真の足が止まる。約束果たさなければいけないのに、自分は何をやっているんだと。
例え、記憶が失っていようとも、教えてやるのだが自分だっただろうが。少しだけ心が落ち着いたが、顔はまだ伏せたまま。来た道を引き返し、今度はゆっくりとした足取りで歩み出す。
自分の心が通じるのだろうか。きちんと対話できるのだろうか。違う迷いが生まれる。らしくないと、いくら叱咤しても心が晴れない。いつまでも前を向く事ができなかった。
「相楽君」
階段付近に差し掛かろうとしている所で呼ばれる。ようやく顔を上げて、声の主と顔を合わせた。目の前には眉尻を下げて、困ったような笑みで温かく迎える千尋の姿が。
彼女の笑顔を見て、先程の汐の表情を思い出してしまう。どうすれば分からない中で、上手く笑えていない笑顔が脳裏で甦っていた。
「その様子だと、君も駄目だったみたいだね」
千尋の声音は、優しくも哀愁が漂っている。彼女も似たような体験をしたのだろう。容易に想像できるぐらい、千尋の表情は明るさがない。
闘真は首肯して、睨めつけるかように眼光鋭く正面を見据えた。普段の彼ならば、誤魔化されていた事に怒っていたところだろう。けれど、一切立腹した様子が見られない。彼女の身に何が起きているのかを知りたいという気持ちが強かった。
今できる事はあるなら、何とかしてでもやりたい。まだここで止まってはいられないから。
「……ちょっと外の空気を吸いに行こうか」
一息吐いてから、千尋が提案する。先程よりかは明るいが、まだ愁眉は寄せたまま。語勢も元来の快活さは感じられない。
彼女の提案に闘真も賛成する。ここで話題を切り出すのは、空気が重すぎる。一旦、落ち着ける場所で話を聞きたい。
だから、先を行く千尋の背を追いかけて、階段を下りていく。上った時よりも足取りは重かった。
比較的利用者が少ない出口から外へ出ると、ネイビーのストローハット、白のポロシャツにスーツパンツ姿の髭面が印象的な男性が少し離れた場所で辺りをうろつくように歩いていた。カメラを首にぶら下げ、ボイスレコーダーを手に、時折左手の腕時計を確認ながら誰かを待っている様子。
双眸に好奇心と使命感を帯びた強い光を炯々と輝かせ、口元は薄っすらと不気味な笑みを浮かべている。
「げっ、アイツ、何でいるのよ」
視線の先に男性を認めると千尋はボソリと呟く。声音もいつになく低く、嫌悪感を滲み出していた。
「知ってんのか?」
「まぁ、同業者だからね。気付かれない内に」
少し言葉を交わした後、二人は足早に立ち去ろうとする。けれど、すぐさま足音が近づく。先程の男性が気付いて、走り出したのだ。
絡まれたくないと思った千尋は、闘真の腕を掴んで駆け出していく。だが、男が追いつき、彼らの進路を塞ぐように立ち塞いだ。男性の笑みは気味が悪く、双眸は禍々しい好奇心に満ち足りている。
「相変わらず、足が速いわね」
「そりゃ、特ダネを掴みたいからな。記者は瞬発力が命なんだからよ」
男性はボイスレコーダーを片手に「ほら、被害者の子がここに入院してんだろ?」千尋に詰め寄っていく。人の距離なぞお構いなしに己が欲望を満たそうとしているよう。
「さて、何の事かしらね?」
「とぼけたって無駄だぜ、いるんだろ? 会わせろよ」
「ここにはいないし、いたとしても会わせる訳ないでしょ」
「被害者じゃなくて、加害者だからか?」
思いがけない一言に傍らで聞いていた闘真は目を見開いて驚く。だが、千尋は「何言ってんの?」と平静を保ちつつ、「あんた、また思い込みで追いかけ回してんの?」毅然とした態度で突っぱねる。語勢は強くなり、相手を威圧していく。
彼女から発せられる怒気を肌で感じ、闘真は改めて千尋の横顔を見つめる。元々吊り上がっていた目尻はさらに吊り上がり、口をへの字にして頬を歪めせていた。
彼らの関係性は完全に把握した訳ではないが、恐らくジャーナリストや雑誌か新聞の記者なのだろうと見当がつく。だからこそ、情報に対する熱が違うのだと。
そして、一つの疑問が浮かぶ。男性が言っている被害者は汐の事だろうが、何故彼女が加害者として疑われているのか。
犯人らしき人物は何となく知っている闘真だが、あえて口に出す事はしなかった。面倒な事になると、朧げに感づいているから。ただ男性に対して、眼光鋭く睨みつける。それは違うと反抗の意を込めて。
「あん? やたら目つきの悪いガキを連れてんなぁ」
「この子は知り合いから預かった子、無関係よ」
「知り合いのガキ? ますますきな臭いぜ」
「あんた、何でもかんでも決めつけて疑う癖、治しなさいよ」
千尋はまるで母親が子をたしなめるかのような語調で掣肘する。表情は険しく、眉間の皺がさらに濃くなる一方。「それだから、色んな人に恨みを買うのよ」呆れたような物言いで言葉を継いだ。
「何言ってやがる。俺達、ジャーナリストは恨まれて、なんぼだろうがよ」
男性は悪びれる事なく、言い返す。「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ?」双眸は歪んだ好奇心を映し出すように、禍々しくも炯々と輝いていた。
「そこまでして得たいもんってなんだよ?」
あまりにも男性の態度が不遜すぎて、思わず口を出してしまう闘真。話に割って入るつもりはなかったが、危険を冒してまで得たいものかと疑問に感じてしまい、気が付けば質問を投げかけていた。
バディファイトならリスクを背負って、賭けに出る場面があるから分かる。覿面にいる男性も似たようなものだろうか。
いや、それにしては無茶苦茶だ。相手がいてこその話だろうに、わざわざ相手を離れていく選択をしているような気もしなくもない。
もっとも闘真も普段の言動からは言える立場ではないが……それでも彼ですらそう考えてしまう程に、男性の言葉は圧が強いと言えるだろう。
「単純だよ。真実が欲しいんだよ、真実が」
「あんたがそうだと信じたい情報の間違いでしょ」
即座に千尋が強い語気で否定し、「そろそろどいてくれる? 私達はこれ以上あんたに関わっている暇はないんだけど」さらに突き放すように冷淡な語調で言う。腕を組んで、睨みつけている形相は険しい。
「何を言ってやがる。俺は情報を得るまで、関係者を地の果てまで追い続けるぞ」
「なら、ストーカー被害で逮捕されても仕方ないな」
永遠に続くかと思われた押し問答に、冷たく強勢な声音が割って入る。男性の背後からバディポリスの現場服に身を包んだ正成の姿が。炎天下の中、顔色一つ変えずに歩み寄っていく。
男性は正成の姿を認めると荒々しく舌打ち。「またお前か。職権乱用野郎が」小声で言ったつもりだろうが、誰の耳にも届くぐらいハッキリとした声量で毒気づく。
「職権乱用とは人聞きの悪いな。お前が、俺の邪魔をしたからだろ」
火に油を注ぐような物言いで正成は言い返す。表情は目に見えて変わっていないが、心なしかどこか呆れているようにも見える。
そして正成の一言に千尋は片手で顔を覆い、ため息を吐いていた。「何で、あんたはそう言う言葉遣いしかできないのかな……」隣にいる闘真にしか聞こえないぐらいの大きさで呟く。声音には呆れの感情が多分に含まれていた。
黙って事態を見守っていた闘真は、何故この場に正成がいるのかと訝しげに眉を顰めつつも、閉口したまま大人らの言葉を待つ。考えたい事は他にある。だから、早く終わってくれというのが本音。
「ふん、真実を得て伝えるのが俺達の義務だってのに、邪魔してんのはどっちだよ」
「真相云々の前に、無断で現場に入り込む奴を追い払うのが俺達の仕事だからな」
静かに両者は睨み合う。正成よりも小柄な男性は見上げるように相好を険しくするが、やがて正成の足元に唾を吐き捨て、「今日のところはここまでにしてやる」と言い終わる頃には立ち去った。
男性の背が見えなくなったところで、正成と改めて顔を合わせる。「災難だったな」開口一番に出た言葉がどこか憐みを含んだものだった。
「もう慣れっこよ。ただここまで面倒な事になるとは思わなかったけど」
「本当に危なかったら、ちゃんと被害届出せよ。後、俺も協力する」
「ありがとう。……っで、あんたは今日も巡回?」
「そういったところだ」
互いの語勢が柔らかい。仲の良いという事が言葉の端々から伝わってくる。
先程まで険しい表情をしていた千尋の相好は崩れ、穏やかに笑いかけていた。露草の双眸も穏和に細めている。
「お前は、あの子には会えたのか?」
いつになく正成の語調が穏やかな事に驚きつつも、「会えた」と言葉短めに返す闘真。どこをどう言って良いのか分からず、困惑や悲痛が入り混じった複雑そうな表情を浮かべる。
脳裏に思い出されるのは、先程「誰だ?」と問いかけてきた汐の姿だ。彼女の表情から言って、本当に何も分からないまま訊ねてきたのが分かる。分かるからこそ、現状をどう言えば良いのか。
「そうか」
闘真の心情を察してなのか、正成はそれ以上言及せず、「じゃ、俺は巡回に戻る」と踵を返して来た道へと戻っていった。
「私達も行きましょ。ここにいたら、干乾びちゃう」
おどけた態度で千尋が言い、闘真は無言で首肯する。そして、二人はそのまま病院の敷地から立ち去った。
「この時間帯だと、やっぱりテラス席は空いているわね」
アイスコーヒーを片手に千尋は空いている席に座り、優雅にコーヒーに口を付ける。パラソルの下、そよ風が赤みがかった茶髪を撫でていく。端正な顔立ちと穏やかなに流れる風が相まって、まるで映画のワンシーンのよう。
闘真も彼女と対面するように座り、買ってもらったコーヒーを喉に通す。口の中で苦みを持て余しながらも、どこかまろやかな味わいを感じて呑み込んでいく。ラテにしてもらえば良かったとも後悔しつつも、この程度の苦みなら飲めない事もない。
視線を上げると、覿面の千尋が驚いたように少し目を見開いていた。「君、ブラック飲めるんだ」端麗な唇から紡がれた言葉には驚嘆の色が含まれ、数回瞬きをする。
「まぁ、これぐらいなら飲める」
「へぇ、中学生なのに意外ね。背伸びなくなるわよ」
からかいの調子で言われ、闘真は眉を顰めながら「余計なお世話だ」と不機嫌そうに語調を強めて返した。彼の背丈は中学生として低い訳ではない。かと言って、特別背が高いという訳でもないが。
カフェに来る事自体なく、何を頼めば良いのか分からなかったから、コーヒーを頼むしかなかった。他にもメニューはあったが、特にこだわりはなかったし、余程変なものを食べなければ良いと考えていた。
それでコーヒー飲んで背が伸びなくなると言われても、実のところ、そこまで気にしていない。からかいの調子が汐と似ていたから少しだけ気が逆立ったが。
少しの間、また風が穏やかに通り抜けていく。氷が溶けて、別の氷と軽くぶつかる音が耳朶を打つ。
「なぁ、汐ってよ……」
闘真が違う話柄を切り出す。眉間に皺は寄ったままだが、水色の双眸は困惑で揺れていた。今口に出す事がどれだけ重いのか、今さら自覚して弁舌が動かせない。言葉が喉元で詰まってしまう。何かが壊れる気がする、そんな恐怖が裡を巣食っていた。
「彼女は、記憶喪失なのか?」
言葉を継げない闘真の代わりに、ザンバソードがカードから出現し、問いかける。彼の表情も明るくない。沈痛な思いが伝わるぐらい、悲しげに瞳が揺らめていた。
「そうよ、あの子の中の思い出は全部消えた……消えちゃっていたのよ」
彼らの質問に対して、千尋は真剣な眼差しで答える。しかし、最後に言った言葉はか細く、彼女も衝撃を受けて動揺している事を如実に表していた。露草の瞳は翳りを見せ、伏せていく。
「つまり、闘真だけじゃなくお前の顔も分からなかったのか……」
ザンバソードの言葉に千尋は「ええ」と頷き、顔を伏せたまま話を続けた。
「あの子とそこまで顔を合わせていた訳ではないけど……」
テーブルの上で組まれた両手に力を込め、「家族の事も友達の事も分からないって、何も思い出せないって」声音に暗く悲しみの色を滲ませていく。
先程までの気丈で快活なの姿はなく、目の前の困難に打ちひしがれている一人の女性が頭を抱えていた。彼女も似たような立場にいるのだと、闘真は実感して空を仰ぐ。
濃い緑色の布地が一面に広がり、青空が見えない。まるで行く手を遮る壁のよう、今の闘真の心にも一枚ガラス壁がそびえ立ち、約束を果たしたいという気持ちがあるのに、前へ行かせてくれない。
ふと、思い返す。結局汐の事情なぞ知らないままだったと。辛うじて分かっているのは友達がいない、だからバディファイトを教えて欲しいというぐらいだ。
何も知らないのに、忘れられたからショックを受けるのもおかしいのではないかさえ思ってしまう。もういっそ、このまま彼女に会わずに生きていこうか。
……いや、無理だ。やっぱりバディファイトを教えたい、一緒にファイトできる仲間を増やしたい、もっと楽しいファイトをしたいと心が訴えかけている。これを無視したら、一生バディファイトと真剣に向き合う事ができない。
けれど、今自分の言葉は彼女に届くのだろうか。伝わらない恐怖が裡を侵食し、迷いを生み出す。
咳一つもないまま時が流れる。氷が溶けていき。コーヒーと混ざり合っていくのも気に留めない程、重たい空気が彼らの中で支配していた。
「相席してもいいですか?」
沈黙の間を破るように、一人の少女が話しかけてくる。声がした方に顔を向けると、桔梗色の長い髪を二つに結び、優しげな瞳が印象的な少女――東條希がTシャツにロングスカート姿で立っていた。
「あら、東條さんじゃない。珍しいわね」
突然の来訪者にも気さくに声をかけ、「相席してどうぞ」千尋はにこやかに促す。愁眉を開いており、元の明るい表情に戻っていた。ただ少しだけ露草の瞳は笑っておらず、憂いを帯びている。
「それじゃ、お構いなく」
希は二人の間に入るように席に着く。アイスラテが入った容器をテーブルの上に置き、肩に掛けていた小さなショルダーバックを邪魔にならないように膝上にまとめた。
一連のやり取りを見て、闘真とザンバソードは不思議そうに彼女達を交互に見つめる。そして互いの顔を合わせ、二人が知り合いだったのかという疑問を共有していく。
「ふふ、ウチらの関係にビックリしているやね」
緩い笑い声が耳朶を打つ。改めて希に顔を向けていく。彼女はいたずらっぽく微笑みかけており、闘真の視線に気付くとウィンクしながら、さらに言葉を続けた。
「この人はね、ウチらが大会に優勝する度にインタビューしてきた人なんよ」
ウィンクを解くと視線を千尋の方に移し、「音ノ木坂の魅力もいっぱい伝えてくれたし、色々とお世話になった人やからね」莫逆の仲だという事を示すかのように、親しげに語っていく。常盤緑色の瞳は優しげな光を灯していた。
「一応バディファイト専門に取材している身だしね」
氷が解けたアイスコーヒーを口付けてから、千尋は話し続ける。「だから、彼女達を取材していたのよ」片眉を上げ、おどけたような調子で述べた。
少し驚嘆するが、闘真はすぐに納得する。病院で一悶着を起こした男性と知人だった事を考えると、彼女がジャーナリストなのは見当ついていたし、先程の話を聞いて希と知り合いだとしても腑に落ちた。
けれど、違う疑問が湧く。何故、希がここにいると――目で訴えかけるかように眉根を少し寄せ、鋭い眼光を彼女に向ける。
「そんな怖い顔をしているから、女の子に避けられるんよ」
「あ? 何で女子の話になんだよ?」
いきなり予想もしていないところから返答をされてしまい、闘真は困惑して口悪く返事。
顔つきが怖いのは今に始まった事ではないから、どうしようもないし、どうする気もない。というより、答えて欲しい疑問があるから構わず質問を投げかけた。
「んな事より、何でアンタがここにいんだよ?」
「たまたまお店に入る時に、二人を見かけたからやね」
ぶっきらぼうな闘真の声音に動じる事なく、希は緩やかに口の端を上げて次の句を継ぐ。「ちょっぴり意外だなと思ったから、こうして話しかけたって訳なんよ」言い終わった後、アイスラテを一口飲んで、「ところで」と話題を切り換える。
「この前、神社に一緒に来ていた女の子とは上手くいっているん?」
優しげに問いかけられた内容は、今の闘真には即座に言えるものではなかった。返答は無言で示し、如何に言い難いかを目で伝える。水色の双眸はいつもの力強さを失い、迷いを表すかのように揺れていた。
「そうやんね……」
何も言わない闘真の表情から察したのか、希の相好も少し暗くなる。つい先日に占った結果が当たってしまった……そのような言葉さえ漏れ出しそうだ。せめて、空気を重たくなりすぎないように慮ったのか、困ったような笑みを闘真へ向ける。
「今、その子がどうなっているか、聞かせてくれる?」
チラリと千尋の方に視線を送る闘真。どこから説明しても良いのか、そもそも汐の事自体を話しても良いのかも分からない。肉親である彼女に判断を仰ぐ方が、きっと問題ないはず。目つきの鋭さを保ったまま、睨みつけるような眼差しで千尋と目を合わせた。
一拍空気を吐いた後、千尋は周囲に誰もいない事を検めて、「東條さん達が言っているの子が、汐ちゃんの事なら――」前提を確認してから事の経緯を話す。流石に事件に巻き込まれた事は伏せていたが。
千尋の真剣な眼差しに応えるように、希も相好を険しくして耳を傾ける。笑って流せる程、事が軽くないのは聞いていて明白。希とて、簡単に部外者へ話す事はないだろうと料簡を立てながら、闘真も話を聞いていた。
いや、むしろ彼女だからこそ話せる話題かもしれない。嘘をついても見破られそうな気もする。そもそも闘真自身は嘘が苦手だから、誰に対してもごまかせるとも思えないが。
「その子は何も覚えていないと……」
記憶喪失の事を知り、希は考え込むように指の腹を顎に添える。全員の視線が希に集中する中、彼女は少しの黙考を経て口を開いた。双眸は優しげな光を保ちながら、闘真の顔を見つめる。
「君は約束を果たしたん?」
柔らかな語調で質問を投げかけられ、闘真は首を横に振って即答した。「何も教えてねえよ」低く絞り出された言葉は、現実を突きつけて跳ね返ってくる。何も知らないし、何も教えてない。だから、何も残らなかったのだと責め立てるように。
「もしかして、今の君だと届かないと思っているから?」
答える代わりに闘真は口をへの字にして視線を逸らす。図星だ。正直、対話できる自信がない。
たった数日間しか付き合いはないし、そこまで自分が記憶に留めている程ではなかったかもしれないと言っても合点はいく。けれど、どうしてだろうか。そんなはずはないと叫んでいる自分がいるのは。
「お姉さんからアドバイス。今を見て分からなかったら、過去を見てみるべきやんね」
まるで子供を諭すような口調で希は語りかける。彼女の言葉に闘真は「過去?」と眉を顰め、顔を向けた。
どうして過去だろうか。問題は今にあるというのに、思い出すような事なんてあるはずもない。
「君がバディファイトを始めた頃を、思い出せば良いんよ」
希の言葉を受けて、闘真は腕を組み、目を伏せて沈思する。自分がバディファイトを始めた頃の追憶を――。
バディファイトを始めたのは、まだ小学生の低学年だった頃。
当時から血気盛んで、暴れん坊だった事から友達と呼べる友達などいなかった。誰もが彼を避けていき、時には心ない罵倒や侮蔑の言葉を吐いていくばかり。琴線に触れた言葉を吐いた人間は、全員残らず叩きのめしたから余計に人なんて寄りつくはずもない。
完全に孤立していた闘真は、テレビで放送されていたバディファイトの試合を見て、強く惹かれた。
一進一退の攻防、モンスター達の激しいぶつかり合い、楽しそうな笑顔を浮かべて次の一手を繰り出すファイター。
目に映るもの全てが楽しそうだと感じ、自分もやってみたいと心が動く。そこからデッキを手に入れるまで時間はかからなかった。
コツコツと貯めていた貯金をはたいて、デッキを買い、ルールブックを一生懸命読みながら一人で回す。けれど、あの日見たワクワク感は得られない。何故だろうかと考えたが、答えはすぐに出た――相手がいないからだ。
相手を求めて、公園やカードショップに行っても同年代の子達は、闘真との対戦を避けて仲間外れにしていく。
途方に暮れた闘真は、通い慣れた公園のベンチで座り込み、握り締めたデッキをただ眺めていた。誰とも対戦できないのでは意味がないし、諦めるべきだろうかとさえ考える程に落ち込む。
そんな時だった。制服に身を包んだ高校生ぐらいの男女二人が闘真に話しかけてきたのは。
「こんな所でどうしたの?」
虫襖のセミロングにお嬢様結びした少女が優しげに声をかけ、傍らに立っていた青年は翡翠の双眸で無愛想に闘真を見つめていた。
どこにも頼るあてがない闘真は、思い切って二人にファイトの相手がいなくて困っていると告白。
闘真の告白を聞いた二人は顔を見合わせ、しばし言葉を交わした。その後、少女に「私達とカードショップ行こうか?」と提案され、断る理由もない闘真は頷いて二人に連れられてカードショップを訪れる事に。
……今にして思えば、汐も似たような心境だったのかもしれないと悟る。教えてもらう相手がいなくて、対戦する相手がいなくて困り果てていたあの頃の自分と同じ。だから、見ず知らずの自分を頼ってきたのだと。
カードショップに到着したら、闘真はファイトスペースの椅子に座らされ、対戦相手を決める二人のやりとりを眺める。
最初は少女の方が「ファイトする」と申し出たが、青年が「待て、俺がファイトしたい」とストップをかけ、しばし見つめ合う二人。
どちらでも良かった闘真は、何をしているだろうかと幼いながらに、冷ややかな視線を送っていた。
「ここはレディーファーストで譲ってもらえませんか?」
「男女平等が俺の主義だ。譲れない」
二人とも頑として譲らない。いくつか言葉を交わしても、やはり納得いく結果にならず、少女がある提案をする。
「仕方ありませんね。ここはじゃんけんといきましょうか」
「清音、恨みっこなしだぞ」
「正成先輩こそ、根に持たないでくださいね」
両者、構えて真剣にじゃんけんをする様は、傍から見れば滑稽極まりないだろう。正直、この時の闘真も何やってんだかと内心呆れていた。けれど、彼らは気にせず、じゃんけんで勝とうと必死に拳や掌などを出していく。
数合、あいこを重ねた後に勝利を収めたのは青年の方。闘真と対面するように座り、自分のデッキを取り出す。
紫檀の短い頭髪、吊り上がった翡翠の瞳に精悍な顔立ちに加えて、ワイシャツの上でも分かる体格の良さが相まって近寄りがたい印象。けれど、不思議な事にあまり威圧感はない。ごく普通の高校生にしか見えないのだ。
「どうした? シャッフルできないのか?」
一向に山札を切らない闘真に青年はぶっきらぼうな口調で訊ねる。翡翠の双眸は突き放す事もなく、静かに返答を待っていた。
我に返った闘真は、慌てて自分のデッキをシャッフルし始める。自分の手にはあまり大きさだが、器用に山札を切っていく。初めての対人戦で少しだけ緊張が走り、顔が強張っていた。
闘真の傍らに座っていた少女は、闘真の様子を感じ取ってか、冗談めかした調子で覿面の青年に語りかける。
「きっと、正成先輩の顔が怖いんですよ」
「これは生まれつきだ。そいつも目つき悪いだろ」
「他人を巻き込んじゃ、駄目ですよ」
少女にたしなめられながらも、「お前が言えた口か」と鋭利に言い返す青年。口をへの字に曲げ、からかってきた少女を睨めつける。
眼光鋭く向けられた眼差しに少女はたじろぐ事なく、「そうやって睨みつけるから怖がられるんですよ」と優しくも穏やかな声音で掣肘。微かに漏れた笑い声は、気品を感じさせ、どこかのお嬢様かと疑ってしまう程。
「ごめんね。怖がらせちゃったよね?」
紅紫の瞳に優しい光を灯しながら、少女は闘真の方へ顔を向ける。あまりにも優しそうな表情で見つめるものだから、居心地悪さに「べつに……」と闘真は視線を逸らして返答してしまった。
今まで自分に優しげな顔して話しかけてくる人なんていなかったから。幼馴染でさえ、怒った顔で迫り立て、優しげな表情を一度たりとも見た事がない。大抵は闘真が問題を起こしているからだろうと言えども。
それから青年とデッキを交換してシャッフルし、自分の手元にデッキが戻ってきたら、手札とゲージの準備を整えて「オープン・ザ・フラッグ」とフラッグカードをめくって対戦を開始する。
ファイトは場数を踏んでいる青年が優勢だった。闘真も躓いたところは、少女や青年の手助けを得ながら奮戦するが、経験の差が埋まらず劣勢に追い込まれる。
けれど、不機嫌になる事はない。初めて対戦して、あの日見たワクワク感が満腔を満たし、どんな状況だろうと楽しめたからだ。
それには、相手を弱いからと決して否定しない青年や躓いた時に優しく教えてくれる少女がいてこそ。この二人に支えながら闘真はファイトを進めていく。
「アーマナイト・ドラムでトドメだ」
結果は青年の圧勝。実力の差は歴然だったが、闘真は至って気にしていない。むしろ対戦できた喜びの方が勝って、自分が負けた事さえどうでも良くなっていた。
「楽しかったか?」
青年に問われ、迷いなく頷く闘真。とにかく楽しかったの一言に尽きる。ようやく得た対戦相手と心躍る一戦で、胸は既に満たされていた。もっと対戦したとさえ、希求してしまう程に。
「それは良かった」
初めて青年の相好が崩れる。「ファイトってのは、相手も自分も楽しんでこそだからな」僅かに口角が上がり、語調も今までよりも優しくなっていた。翡翠の瞳も先程のような鋭さはない。
闘真は食い入るように青年を見つめ、彼が次に吐く言葉を待つ。自然と真剣に聞かなければならないと心が動いていた。
「相手と対話して、心を理解する。それが醍醐味だ」
翡翠の双眸は正面を見据える闘真を捉え、幼い水色の瞳と合わせる。穏やかながらも真剣な眼差しは、先程と違った印象を与えていた。まるで弟を見守る兄を見守るように、優しく温かみのある光を発して。
言葉の意味が分からず、闘真は「たいわ……?」と聞き返す。首を傾げ、眉間に皺が寄っていく。
「さっきの俺とお前みたいに、色々と話しながら楽しむって事だ」
嫌な顔一つもせず青年は優しく答える。そして、息を一つ吐いた後、次の句を継いだ。
「相手がいてこそのファイト、だから強さばかりを求めるなよ?」
そう言った青年の顔は、いつになく神妙な表情をしていて、今でも忘れられない。
楽しいファイトをしたいなら、相手と対話する。――今の姿勢ができたのは、間違いなくこの時だと闘真は思い出し、追憶の旅から帰還していく。
過去を振り返るのを止めようとした瞬間、ふと思い出す。
先日会ったバディポリスの鉄正成と梅平清音、間違いなく自分が幼い頃にバディファイトを教えてくれた恩人達だと至る。
しかし、今はそこまでで留めておく。向き合うべき問題はそこではないから。
改めて意識を現在に戻して、希と目を合わせる。彼女は優しげに微笑んで「見つかったみたいやね」と柔らかい声音で迎えた。
希の言葉に闘真は首肯し、「やる事は変わんねえけどな」苦笑いを浮かべながら返す。今だから話せる事があるはずだと、ようやく思い至って。
「じゃ、君の手助けになるように占ってあげる」
そう言いつつ、希はバックの中からタロットカードを取り出して、山札を切っていく。ある程度混ぜたら、テーブルの上に何かしらの法則に則ってカードを並べ、もう一度山札を作る。
そして一番上からカードを一枚引いて、表に出す。旅人のような恰好をした人間が描かれたイラストだ。
「愚者の正位置……なるほど……」
出たカードを見て、希は含み笑いをしながら呟く。カードの意図が読み取れない闘真は何の事か分からず、眉を顰めて彼女を睨めつける。千尋もザンバソードも希と視線を向けていき、彼女の一手一足を見守るように注視。
「君は何も知らない、何も分からないからこそ踏み出せるんよ」
全員から注目されているのにも関わらず、希はマイペースに闘真へと視線を合わせて読み取った結果を伝える。
「知らないは、誰かとの縁を結ぶきっかけになるんよ」
そよ風のように柔らかく温かな語勢で紡がれた言葉。不思議と闘真の心に染み入り、裡から何かが湧き出ていく。
今こそ動く時だと感じて、闘真は席を立ち上がり、テラス席を去ろうとする。が、「病院の場所分かるのか?」と相棒の一言によって足を止める事に。
「分かんねえ」
振り返り、闘真は千尋に案内を求めた。彼女は苦笑いを浮かべて、「分かったわよ」と了承する。困ったような笑みは、病室で会った汐の笑顔とよく似ていた。
病院に戻ってきた闘真は、もう一度汐の病室を訪ねる。
彼女は本を読んでいたらしく、闘真の来訪に気付いてテーブルの上に置いて、彼と向き合う。
病室には闘真と汐だけ。互いに距離感を測りながら、言葉を探り合い、咳一つもない森閑とした時間が流れていく。
「……さっきぶりだな」
最初に口を開いたのは闘真だ。「お前とバディファイトしにきた」静かで柔らかい語勢で伝え、水色の双眸も今までにないぐらいに穏やかな眼差しで正面を見据える。
あの時の青年達のように上手く教えられる自信はないが、せめてバディファイトの楽しさを体験して欲しいと。
「……バディファイトって、これだよね?」
汐は、テーブルの上に置いてあったデッキケースを手に取り、闘真に見せる。それは先程、病室を出る際に落としていった闘真のデッキケースだ。
落としていた事を気付かなかった闘真は、汐の言葉に頷いて肯定するものの、どうして彼女が持っているのか分からずに訝しげな表情でデッキケースを見つめる。
「えっと、落としていったんだよ?」
鋭い目つきにたじろぎながらも汐は丁寧に答えた。「この部屋出る時に落としてたのを拾ったの」両手で大事そう抱え、緑色の瞳は見上げて闘真を見つめる。「よ、良かったら、教えてくれないかな……?」口調はおどおどしいが、双眸は好奇心で満ち溢れて、燦然と輝いていた。
もちろん、断る理由もない為、闘真は二つ返事で承諾。二人が対面できるようにテーブルを動かして調整する。
汐はベッドから足を出し、闘真は近くにあった椅子に座り、高さを調整したテーブルに対戦用シートを広げてデッキを置く。
「あ、そうだ。このカードも入れて大丈夫?」
テーブルの片隅に置いてあった一枚のカードを手に取って見せる汐。彼女が見せたカードは、『名刀 千鳥』というカタナワールドのアイテムカードだ。
そのカードを見て、闘真は彼女が持っているデッキのフラッグカードを見る。カタナワールドだと確認し、「問題ない」と告げて、フラッグカードとバディカードの置き方を教えた。
返答に安堵して汐はデッキの中に千鳥を入れ、彼に教えられた通りにフラッグカードとバディカードを裏向きにして置く。
鏡合わせのように山札を切り、互いのデッキを交換してまたシャッフルをする。
普段なら気にしなかったが、闘真は何故か鏡合わせになっている事に気付いて、汐の切り方を観察しながらシャッフル。
自身が右で切っているから、彼女は左で切っている事になる。何となくだが、汐は左利きなのではないかと料簡を立てた。普段の生活を知らないから、実際どっちなのかは分からないし、知ったところで何かに繋がる訳でもないが。
山札を切り終わった後で、手札の枚数やゲージの枚数などを伝え、準備を整えていく。
「準備は良いな?」
改めて汐と顔を合わせ、闘真は確認を取る。汐も神妙な顔つきで首肯し、万端という意を示す。
「っし、行くぞ。バディ―ファイッ!」
闘真の掛け声の後、「オープン・ザ・フラッグ」と威勢よく二人の声が病室に響いた。
「か、カタナワールド」
汐の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:無寓の刀獣 大包平
「ドラゴンワールド」
闘真の手札:6/ゲージ:2/ライフ:10/バディ:超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン
「えっと、最初はドローから?」
「いや、先攻の最初のターンは、初めからドローできない。チャージ&ドローならできるぜ」
「チャージ&ドロー?」
「手札から1枚を選んでゲージに置いて、カード1をドローするってヤツだ」
まだルールを覚えていない汐に、苛立つ事なく闘真は丁寧に教える。普段の彼から考えられないような穏やかな語勢で教える姿は、平時を知っている人間なら誰もが驚くだろう。
闘真自身は、あの頃の恩人達のようにできる限り丁寧に教えるつもりでいるから、特段不思議でも何でもない。むしろ、これでも雑すぎないか気にしているぐらいだ。
「チャージ、&ドロー」
汐の手札:6→5→6/ゲージ:2→3
第一歩を踏み出したは良いものの、また手が止まる汐。メインフェイズは一番できる事が多い分、何をしたら良いのか分からないだろう。
目敏く彼女の心情を斟酌して闘真は再び口を開く。水色の双眸に鋭さはなかった。
「最初はモンスターをコールしてみろよ」
「うん……って、どこにコールするの?」
汐の疑問に闘真はテーブルの上に敷いたシートに表記されているモンスターエリアを指差し、「レフト、センター、ライトのどれかにコールして良いぜ」となぞりながら場所を示す。
「モンスターなら何だって良いの?」
「ああ、良いぜ。ただ出せるサイズの合計は3までだからな」
手札にあるカードを見て、「サイズ……あ、これか」と汐は理解する。そして闘真に言われた通り、場にモンスターを出す。
「じゃ、レフトに『誠信の刀獣 堀川国広』をコール」
汐の手札:6→5/レフト:誠信の刀獣 堀川国広
誠信の刀獣 堀川国広
カタナワールド
種類:モンスター 属性:刀獣/日本刀
サイズ1/攻3000/防2000/打撃1
■[起動]“信念の旗本に!”ゲージ1払い、君の手札から《日本刀》1枚を捨ててよい。そうしたら、カードを2枚引く。「信念の旗本に!」は1ターンに1回だけ使える。
「誠に生きて、誠と共に散る。それが俺達の生き方さ」
美麗な犬のイラストが描かれたモンスターがレフトに置かれる。脇差を抱え、草原に腰を落として町を眺めている様子だが、モンスターの双眸はどこか悲しげだ。
「おっ、面白いカード出したな。能力を使ってみろよ」
「えっと、[起動]とか書かれている部分だよね?」
彼女が指差した先を確認して、「そうだぜ」と闘真は肯定し、言葉を続ける。
「ゲージ1枚と手札から《日本刀》を1枚選んで、ドロップゾーンに置いて発動できるぜ」
「ゲージ1払って、手札から『名刀 大和守安定』を捨てて、カードを2枚ドローっと」
汐の手札:5→4→6/ゲージ:3→2/ドロップ(日本刀の種類):0→1
「この“信念の旗本に!”って能力は、一回しか使えないから……他の事をすれば、良いんだよね?」
「おう、その通りだ。次は魔法でも使ってみろよ、手札増えてんだし」
穏やかな語勢はそのままに「魔法を使う時は、“キャスト”って言ってから使うんだぜ」魔法を使用する際の宣言も伝える。にこやかに笑いかけ、いつになく楽しそうな表情を浮かべていた。
「うん。キャスト、『明鏡止水』。デッキから3枚をゲージに置くよ」
汐の手札:6→5/ゲージ:2→5
「ええと、次はライトに『鬼斬の刀獣 童子切安綱』をコール。ゲージを2枚払うよ」
汐の手札:5→4/ゲージ:5→3/ドロップ(日本刀の種類):1→2/レフト:堀川国広/ライト:鬼斬の刀獣 童子切安綱
ライト:鬼斬の刀獣 童子切安綱/サイズ1/攻5000/防3000/打撃1
ライトに置かれたカードは。赤い甲冑に身を包んだ凛々しい犬が自身の名を冠する刀を持っているイラストが映えている。鬼を斬ったという逸話を持つ太刀に相応しい堂々とした迫力は、卓上でも伝播していく。
「童子切安綱が登場した効果で、デッキから『名刀 千鳥』を持ってくるね」
汐の手札:4→5
デッキからアイテムを手札に加えた後、汐は不慣れな手つきで切り混ぜる。カードが散らばらないように、丁寧に切って元の位置に戻した。
一連の行動を認めた闘真は、汐のドロップゾーンに置かれているカードを一瞥して、口を開く。
「ドロップゾーンに《日本刀》があるから、童子切の打撃力は1点増えて、[貫通]も得るな」
汐のライト:童子切安綱/打撃1→2/[貫通]
「次は……アイテム、装備するか? 装備するカードはフラッグカードの上に重ねろよ」
「うん、分かった。『名刀 千鳥』をゲージ1とライフ1払って装備!」
汐の手札:5→4:ゲージ:3→2/ライフ:10→9/汐:名刀 千鳥/レフト:堀川国広/ライト:童子切安綱
名刀 千鳥
カタナワールド
種類:アイテム 属性:日本刀/武器
攻5000/打撃2
■[装備コスト]ゲージ1とライフ1を払う。
■場のこのカードはカードの効果で破壊されない。
■君の場の《刀獣》のモンスター全ては[移動]を得る。
ここぞとばかりに声高く宣言して、汐はアイテムをフラッグカードの上に重ねる。
脇差ぐらいと思われる刀と雷の中を飛ぶ鞘が交差しているイラストが描かれていた。雷切と呼ばれる由縁の逸話をモチーフにしたデザインと言えよう。
さらに千鳥を装備した効果で、汐の場の《刀獣》全てに[移動]が付与される。
汐のレフト:堀川国広/[移動]
ライト:童子切安綱/[移動]
闘真はアイテムを注視し、妙にテンションが高い汐に目を向ける。彼女の双眸は、ようやく憧れのカードを使えると言うように燦然と輝く。
嬉しいのは分かるが、どうしてこのカードに思い入れがあるのかは分からない。思い切って彼女に訊ねてみる。
「どうして、千鳥を出した時、そんなに喜んだんだ?」
「えっとね、今読んでいる本にこれと同じ刀が出てきて、主人公が使っているからだよ!」
口の悪い訊ね方にも関わらず、汐は鼻息荒く返答した。直後に「本当は、その主人公と肩を並べたかったけどなぁ……」と呟き、嘆息を漏らす。
正直な言葉に闘真は苦笑いを浮かべ、彼女が今使っているデッキにそれらしきカードを入れていない事に申し訳なさが少しだけ湧く。ただ主人公の話に興味が向き、さらに質問を投げかけた。
「その話の主人公って、どんな奴なんだ?」
「こんな感じだよ」
汐はテーブルの片隅に置かれていた本を手に取り、表紙を闘真に見せる。
表紙には黒の体毛に覆われた二足歩行の犬が、紅葉柄が映える白の着流しと臙脂色の羽織を着て、左腰に脇差を差してどこかへと歩いている様子が描かれていた。
タイトルやイラストを見るに、冒険活劇ものだと闘真は察する。まだ清音に預けた本は戻ってきていないのだと頭の片隅では考えていた。安堵の思いもあるのも確かだが。
「困っている人を助けながら、姿を消した自分の君主に捜して旅をしているんだよ」
楽しそうに物語の事を語る汐。「どんな敵でも負けず、だからと言って容赦なく倒す訳じゃなくて……」ファイト中だという事を忘れているかのように滔々と話し続ける。
話を聞いている闘真は、嫌な顔を一つもしなかった。彼女の言葉や声音を思い留めようとして真剣に耳を傾けながら、微かに口角を上げ、優しげな眼差しを向ける。
まだ知り得なかった汐の話を聞けて嬉しい。こうして話しているだけでも楽しくなる。不思議とそう思えた。
今までもファイトして楽しいと感じていたが、今感じている思いは全然違う。ようやく約束を果たせたからだろうか。
「……あ、ごめんなさい。ファイト中だったよね」
ある程度まで話し終えると、汐は現在の状況に気付いて、申し訳なさそうな顔で謝罪する。
けれど、闘真は「別に良いぜ」と愉快げに喉を鳴らして流して、「汐は本を読むのが好きなんだな」楽しげに目を細めたまま言う。
つられて汐も笑顔になって「うん」と頷き、さらに言葉を続けた。
「普段じゃ体験できない事も体験できるし……一緒に笑ったり、悲しんだり、悩んだりするのって楽しいから!」
本を抱きかかえて、満面の笑みで言い切る。闘真が今まで見た中で一番嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
「そうか、だから本が好きなんだな」
対照的に闘真は静かに笑う。表情も穏やかで、鋭い目つきも優しく細められ、刺々しさはない。
胸に感じていた不安や迷いは消え、心中は穏和で温かな気持ちで溢れていた。これで良かったとそう思えて。
「んだよ? 俺の顔に何か付いているのか?」
「いや、そうじゃないよ。とうじゃなくて、相楽さんって、そんな風に笑うんだって……」
「あ? 俺だって、大声張り上げずに笑うわ。それに闘真で良い」
つい普段のぶっきらぼうな調子で返してしまう。今さらと取り繕っても意味がないと考え、そのままの調子で「年だって一つしか違わねえしな」と告げる。
少し語気が強めの言葉に驚くが、汐はすぐに笑って頷き、「闘真君って呼ぶね」と人懐っこい笑顔を浮かべて言った。
特に断る理由もない為、闘真は提案を承諾。内心、一つだけ元の日常に戻ったと実感する。
汐は嬉しげに礼を言った後、「ファイトに戻るけどさ、攻撃して良いんだよね?」自分のカードを指差して訊ねた。
「アタックフェイズに入るんだな。最初の攻撃は1回だけだぜ」
「うーん、どれにしようかな……?」
盤面を見て、汐は悩み始める。千鳥と童子切安綱は打撃力が2点、堀川国広は打撃力1点だ。
与えるダメージを重視するなら、千鳥か童子切安綱に絞られるだろう。
「せっかくなら、好きなカードで攻撃すれば良いじゃねぇか」
眉根を寄せていく彼女を見て、闘真は楽しげに笑って助け舟を出す。「攻撃するカードは横向きにしてな」声音に刺々しさはなく、凪そのもの。目元も柔らかい。
「千鳥で闘真君にアタック!」
「っしゃ、受けるぜ」
闘真のライフ:10→8
アイテムカードが横向きにされ、攻撃される。普段システムを用いたものならば、衝撃か多少の痛みがある訳だが、卓上だからそれすらもない。
卓上だからこそ個々の身体能力に頼らずにファイトできるという利点がある。いや、卓上こそが本来あるべき姿と言っても過言ではない。
その事を闘真は頭の片隅で考えていた。ファイトシステムでファイトするのも良いが、案外自分は卓上の方が肌に合っているかもしれないと。
「攻撃は一回だけだから……これで終わりかな」
「この後にファイナルフェイズっていうフェイズがあるが、必殺技持っていないならここでターンエンドだな」
「じゃ、ターンエンドだよ」
汐の手札:4/ゲージ:2/ライフ:9/汐:千鳥/レフト:堀川国広/ライト:童子切安綱
「んじゃ、俺のターンだな。ドロー、チャージ&ドロー」
闘真の手札:6→7/ゲージ:2→3
手札を見て、少し逡巡する。意外と整っている布陣である汐の盤面をどう崩すか、どうやって次に繋げられるようになるか。
散らばっているいくつかの思考を一つにまとめ、解を出したら動き出す。
「まずは、キャスト、『D・Rシステム』を設置するぜ」
闘真の手札:7→6/設置:D・Rシステム
「魔法って、場に置くものもあるんだ」
「ああ、場に置いて使えるタイミングになったら能力を発動できるのが設置魔法だぜ」
フラッグカードの近くに置いた『D・Rシステム』に対して、興味津々な汐の疑問に答えるように楽しそう笑って返す。
特に目新しいカードではないが、初心者の汐にとっては何でも新しく見えるだろう。当たり前の事だが、できるだけ分かりやすく教えないと、より一層闘真の気持ちを引き締めた。
「次はライトに『ジャハマダル・ドラゴン』、レフトに『ブレイドウイング・ドラゴン』をコールするぜ」
闘真の手札:6→4/レフト:ブレイドウイング・ドラゴン/ライト:ジャハマダル・ドラゴン
レフト:ブレイドウイング・ドラゴン/サイズ1/攻2000/防2000/打撃2/[移動]
ライト:ジャハマダル・ドラゴン/サイズ2/攻8000/防4000/打撃2
「センターに『ブーメラン・ドラゴン』をコールして、『竜王剣 ドラゴエンペラー』をゲージ1とライフ1を払って装備だ」
闘真の手札:4→2/ゲージ:3→2/ライフ:8→7/闘真:竜王剣 ドラゴエンペラー/レフト:ブレイドウイング/センター:ブーメラン・ドラゴン/ライト:ジャハマダル
闘真:竜王剣 ドラゴエンペラー/攻6000/打撃2
センター:ブーメラン・ドラゴン/サイズ0/攻2000/防2000/打撃1
いつものフォーメーション。ここでアタックフェイズに入って即座に攻撃をするが、盤面を眺める。
汐が装備しているアイテムを見て、「そのカード見て良いか?」と指差して訊ねた。汐も二つ返事で承諾して、カードを手渡す。
効果を確認した闘真は、礼を言って返し、改めて盤面を見る。これから説明する事をまとめると、口を開いた。
「アタックフェイズに入るぜ。汐、今から言う事はよく聞いておけよ」
声音を少しだけ真剣にして、話しかける。汐が神妙な顔つきで頷き、聞く体勢を整っている事を確認すると話を続けていく。
「まず自分のセンターにモンスターがいる時は、アイテムで攻撃できない。味方の背中を斬る事になるからな」
「うん……ええ!? じゃあ、闘真君のアイテムは攻撃できないよ!?」
「へへっ、それについては後で良いものを見せてやるよ」
にやりと笑い、闘真は軽い調子で言い返す。そのままの調子で「それに」と付け加え、次の句を継ぐ。
「センターにモンスター置く事は、デメリットばかりじゃない。センターに置けば、相手の攻撃も防いでくれる」
闘真の解説を聞いて、汐は理解したように首を縦に振る。闘真も汐の表情を見て、彼女が理解した事を読み取ると、視線を汐のアイテムカードに向けた。
そして指で指し示しながら、次の事を話し始める。できるだけ、語勢は穏和を保つようにしながら。
「今、お前が装備しているアイテムの効果で、お前の場のモンスターは全員[移動]を持っている」
「[移動]って……?」
「[移動]ってのは、お互いのアタックフェイズに入る時に、空いているエリアにカードを移せるって効果だ」
オウム返しの質問に闘真は指をモンスターエリアの方へ移動し、モンスターカードを指差した後に空いているエリアと移動するようになぞっていく。そしてセンターに指を止めて、再び言葉を紡いだ。
「だから、センターに置いて、自分の身を守る事もできるぜ」
その言葉を聞いて、汐は考えるように手札と自分の盤面を交互に見ると、「[移動]しないのもアリだよね?」顔を上げて質問を投げかける。緑の双眸は、好奇心を保ちつつも真剣な眼差し。
真剣な瞳を向けられ、闘真は楽しそうに口角を上げて答える。双眸は優しげに細められたまま。
「問題ねえよ。むしろ、[移動]しない方が良い時もあるしな」
汐は「なるほど」と頷き、もう一度盤面と手札を眺める。しばし思考した後、口を開いた。
「童子切安綱をセンターに[移動]させるね」
左手で童子切安綱のカードを持ち、行く手を塞ぐようにセンターに置く。赤い甲冑を身に纏った犬の剣士が、主君を守るように立ちはだかっているようにも見えた。
童子切安綱/ライト→センター
「っしゃ、まずはジャハマダルからセンターにアタックだ!」
ジャハマダルのカードを横向きにし、攻撃を宣言。「【対抗】はあるか?」汐の方へと目を向け、確認を取る。
「あるよ。キャスト、『刀技
汐の手札:4→3/ドロップ(日本刀の種類):2→3
センター:童子切安綱/[反撃]
手札から1枚を取り出し、場に出す。狼のようなモンスターが中心に描かれたイラスト。
闘真は効果を確認した後、自分の手札を見る。今場に出せるカードがない為、「ジャハマダルは破壊されるぜ」と言い、ジャハマダルをドロップゾーンに置いた。
闘真のドロップ(武装騎竜の種類):0→1/ライト:ジャハマダル 撃破!
魔法の処理が終わった後、カードはドロップゾーンに送られ、仕切り直しに。
一つ息を吐いて、闘真は「次はブーメラン・ドラゴンとブレイドウイングでセンターに連携アタックするぜ」二つのカードをそれぞれ横向きにして攻撃する。
「えっ!? そんな風にして攻撃しても良いんだ……」
驚く汐を見て、闘真は笑って「そうだぜ」と頷き、弾んだ語調で説明していく。
「2枚以上のカードで攻撃した時は、攻撃力が合計された数値になるから強いモンスターも倒せるようになるんだ」
話し終えると、再び汐と目を合わせて「【対抗】はあるか?」もの柔らかな語勢で訊ねた。
「うーん……ないから、破壊されてドロップゾーンに置くね」
汐は先程から変わらず左手で扱い、センターに置かれていたカードをドロップゾーンに移動させる。少し申し訳なさそうな表情をして、「ごめんね」とそっと呟く声が耳朶を打つ。
汐のドロップ(日本刀の種類):3→4/センター:童子切安綱 撃破!
「ブーメラン・ドラゴンの効果を発動。このカードのバトル終了時、手札に戻すぜ」
慣れた手つきでブーメラン・ドラゴンを手札に戻し、「さらにブーメラン・ドラゴンが手札に戻ったから、D・Rシステムの効果でゲージ+1」デッキの上から1枚をゲージに置く。一連の動作にぎこちなさはなく、何度も繰り返した動作だと窺える。
闘真の手札:2→3/ゲージ:3→4/センター:ブーメラン・ドラゴン→なし
「あ、闘真君のセンターが空いた!」
「へへっ、カードによっては、こうしてセンターに置いても空ける事ができるんだぜ」
と言いつつ、闘真は汐のライフカウンターを視認。彼女の残りライフと攻撃できるカードの打撃力を鑑みて、次なる行動へと移す。
「ラストはドラゴエンペラーで、レフトにアタックだ」
「う~、こっちも【対抗】はないから破壊されるよ」
汐のレフト:堀川国広 撃破!
「ファイナルフェイズをスキップして、ターンエンドだぜ」
闘真の手札:3/ゲージ:4/ライフ:7/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブレイドウイング/設置:D・Rシステム
自分のターン終了宣言をした後、思い出したかのように声を上げ、「ドローして良いぞ」と伝える。
汐は首を縦に振って、理解の意を示し、「ドロー、チャージ&ドロー!」威勢よく声を出してカードを引く。
汐の手札:3→4/ゲージ:2→3
「そういや、バディコールについて説明してなかったな」
唐突に口を開く闘真。まだ互いのバディがコールされていない状況だから、伝えるのを後回しにしていたが、汐の方はそろそろバディが出てきてもおかしくない。
いきなり発した単語に「バディコール?」と首を傾げる汐に、闘真は水色の瞳は穏やかな光を静かに湛えて答える。
「フラッグの隣にモンスターカードがあるだろ? それと同じカードを場に出した時に言える宣言の事だ」
口の端を柔らかく静かに上げながら、さらに言葉を継ぐ。「たった1回しかできない分、バディギフトでライフ1点回復できるぜ」柔らかな語気で告げた。
そして自身の場のモンスターカードを手に「バディコールする時は……」と説明を続ける。
「バディゾーンのモンスターと場に出すモンスターを入れ替えて……」
実演しながら、「バディゾーンのモンスターを横向きで置くまでやる必要があるぜ」と伝えた。実演が終わったら、元の位置にカードを戻す。ふと、違うカード同士でやってしまったなと一抹の後悔をするが、すぐに消え去った。
「ちょっと手間がかかるね」
「だから、たまにそのままバディゾーンにあるカードを横向きしちまう事があるんだよな」
苦笑いをして、闘真は言葉を返す。特別ルール違反している訳ではないが、正式な手順ではないのは確か。
自分で言っていて、少しだけ忸怩たる思いも込み上げてきて、今度から気を付けようと意を固める。
「こっから大丈夫だな?」
「どうかな……?」
「安心しろよ、何かあったら教えてやるって」
闘真の頼りがいある返答に引っ張れ、汐も元気よく頷く。そして、左手に1枚のカードを握って、場に出した。
「『無寓の刀獣 大包平』をライトにゲージ2払って、バディコールだよ! バディギフトでライフを1点回復」
汐の手札:4→3/ゲージ:3→1/ライフ:9→10/ドロップ(日本刀の種類):4→5/汐:千鳥/ライト:無寓の刀獣 大包平
カタナワールド
種類:モンスター 属性:刀獣/日本刀
サイズ2/攻5000/防4000/打撃2
■[コールコスト]デッキの上から1枚をソウルに入れて、ゲージ2払う。
■君のドロップゾーンに《日本刀》が4種類以上あれば、このカードの打撃力を+1し、[2回攻撃]を得る。
[ソウルガード]
「逸話を持たぬが、今から伝説を作ればよい」
場に出たモンスターカードは、赤い体毛に黒い甲冑を着込んだ荒々しい形相の犬の剣士。目つきは鋭く、右手に握られている刀は飾り気もないのに美しく煌めていた。
そのカードの持ち主はテキストで躓いているらしく、しかめっ面でカードを見つめる。やがて悩んでいる箇所を指差して、助けを求めるように口を開く。
「ドロップゾーンに《日本刀》が4種類って、名前が違うカードが4枚って事で良いんだよね?」
「おう、属性が《日本刀》で名前が違うのが4枚以上あれば良いぜ。ドロップゾーンを確認してみろよ」
言われた通り、汐はドロップを確認。丁寧に枚数を数えた後、プレーを再開する。
「4種類あったから、大包平の打撃力+1で、[2回攻撃]を持つよ」
フラッグカードの上に重ねられたカードにも視線を移し、「さらに千鳥の効果で[移動]も得るよ」得た能力を告げた。
汐のライト:大包平/打撃2→3/[2回攻撃]/[移動]
「『破邪の刀獣 数珠丸恒次』をレフトにコール。登場した時、場に《日本刀》がいるから、ゲージ+1」
汐の手札:3→2/ゲージ:1→2/汐:千鳥/レフト:破邪の刀獣 数珠丸恒次/ライト:大包平
破邪の刀獣 数珠丸恒次/サイズ1/攻3000/防1000/打撃2
額に巻いた鉢金と両手で持って構えている日本刀が印象的な猫型モンスターが描かれたカードは、汐の左手側に置かれる。顔つきはやる気に満ち足りているが、小柄故に可愛らしさが抜けない。
「このままアタックフェイズに入るよ!」
「ブレイドウイングをセンターに[移動]させるぜ!」
レフトにいた赤い翼竜をセンターに移し、相手の行く手を阻む壁と化す。直後、闘真はドロップゾーンを一瞥。
内心、一抹の不安がよぎる。このまま次のターンまで溜まるのだろうかと。
ブレイドウイング/レフト→センター
「まずは千鳥でセンターにアタック!」
「【対抗】はねえから破壊されるぜ」
闘真のドロップ(武装騎竜の種類):1→2/センター:ブレイドウイング 撃破!
ドロップゾーンにまた一つカードが送られ、束が厚くなる。それでもまだ足りない。もう1枚と希求する闘真。
彼の思いをよそに、汐は間髪入れず、「次は大包平で闘真君にアタックするよ!」ライトのモンスターカードの向きを変えた。
「これは受けるぜ」
闘真のライフ:7→4
ライフカウンターの台紙を受けた数値分だけずらして傍らに置く。手札と交互に見て、相手の盤面も眺める。
何もなければ凌げると微かに希望を抱くが、まだ予断は許されないと闘真は気持ちを引き締め、正面を見据えた。
「[2回攻撃]だから、もう一度スタンドして、大包平で闘真君にアタックするよ!」
「これ以上は受けきれねえ。キャスト、『ドラゴンシールド 火竜の盾』!」
竜の頭を模り、赤く燃え盛っている炎が映える盾を出して、「デッキの上から3枚をドロップゾーンに置いて、受けるダメージを0に減らすぜ」祈るように一番上から順にデッキからカードをめくる。
1枚目はモンスターと人が一緒に戦っているイラスト、2枚目はドリルを持った勇ましいドラゴン、3枚目はピコピコハンマーを両手に携えた小柄で愛らしいドラゴン。
何とか枚数が揃い、闘真は僅かに嘆息を漏らす。昨日、パックを買って当てた甲斐があったと安堵して胸を撫で下ろした。
闘真の手札:3→2/ドロップ(武装騎竜の種類):2→4
しかし、安堵したのも束の間。続けざまに汐が「今度は数珠丸で闘真君にアタックだよ!」力強く宣言する。
「へへっ、受けるぜ」
闘真のライフ:4→2
「う~、減らし切れなかったぁ~」
「へへっ、マジで危なかったぜ」
悔しげに呻る汐を見て、闘真は力が抜けたような笑い声を立てる。二重の意味で危機が訪れていたが故に、乗り越えられて安心したところ。
けれど、まだ気は抜けない。少しだけ笑い声を抑え、「ファイナルフェイズは?」と訊ねた。
「ないよ。これでターンエンド!」
元気良く返答する汐。緑色の双眸は、闘真に負けず劣らず楽しげに細められる。心底楽しいと言うのが伝わってくるよう。
汐の手札:2/ゲージ:2/汐:千鳥/レフト:数珠丸/ライト:大包平
「俺のターンだな。ドロー、チャージ&ドロー!」
闘真の手札:2→3/ゲージ:4→5
引いたカードを手札に加え、真剣な目つきで睨みつける。盤面とも鑑みて、どう動くかをまとめたら、1枚のカードを左手側に置いた。
「まずはブーメラン・ドラゴンをレフトにコールするぜ」
闘真の手札:3→2/闘真:ドラゴエンペラー/レフト:ブーメラン・ドラゴン
先程も場にいたブーメランに似た形状をしたドラゴン。カード越しでも唸り声が聞こえてきそうだ。
「次はドラゴエンペラーをドロップゾーンに置き、『超竜剣 ドラゴデザイア』をゲージ2とライフ1を払って装備!」
闘真の手札:2→1/ゲージ:5→3/ライフ:2→1/闘真:ドラゴエンペラー→超竜剣 ドラゴデザイア/レフト:ブーメラン・ドラゴン
闘真:超竜剣 ドラゴデザイア/攻7000/打撃2/[貫通]
鮮やかな青が映えた片刃の大剣がドロップゾーンに置かれ、代わりに出てきたアイテムは銀色の刃が煌めく片刃の剣。
鍔は竜の頭が模られ、緑色に光っている。刀身の周りにはオレンジ色のオーラが雷のように迸っていた。
「そして、キャスト、『ドラゴニック・グリモ』。手札を全て捨てて、カードを3枚ドロー!」
闘真の手札:1→0→3
手にしたカードの中に、勇猛果敢に大剣を振るう巨大な赤竜が大々的に描かれたイラストのカードが。バディゾーンにあるカード絵柄が寸分違わず一致している。そのカードを見て、にやりと笑った。
「行くぜ、『超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン』をゲージ3払って、ライトにバディコール!」
手際よくバディゾーンのカードと交換し、ゲージを全てドロップゾーンに置く。「バディギフトでライフ+1!」ライフカウンターの台紙もスムーズにスライドさせる。まだ数字の色は赤い。
闘真の手札:3→2/ゲージ:3→0/ライフ:1→2/闘真:ドラゴデザイア/レフト:ブーメラン・ドラゴン/ライト:超武装騎竜 ザンバソード・ドラゴン
ライト:ザンバソード・ドラゴン/サイズ3/攻10000/防6000/打撃3/[貫通]
「センターに『Wピコピコハンマー・ドラゴン』をコールだ」
闘真の手札:2→1/闘真:ドラゴデザイア/レフト:ブーメラン・ドラゴン/センター:Wピコピコハンマー/ライト:ザンバソード
センター:Wピコピコハンマー/サイズ0/攻2000/防2000/打撃1
場に出たのは、先程火竜の盾の効果でドロップゾーンに送られたのと同じカードのモンスター。
両手にピコピコハンマーを握っていおり、果たしてこれが武器と呼べる代物なのか甚だ疑問に感じる。けれど、相手にダメージを与えているという事は、武器としての役割は果たせているのは間違いない。
そのモンスターがセンターに置かれている訳だが、汐から何も言及はなかった。ブーメラン・ドラゴンの一件があるからだろう。
盤面から目を離し、闘真は顔を上げて覿面にいる汐に笑いかける。「アタックフェイズに入るぜ!」力強く声は発せられ、目つきも幾分か獰猛とも言える程に鋭さを増していた。
宣言を受けて汐が大包平に触れた途端、「[移動]の前に言っておくぞ」と留める闘真。まだ伝えていない事が盛りたくさんだと思いながら、言葉を続ける。
「俺の場には、センターにモンスターを置いても、ダメージを与えられる能力があるからな」
「うえっ!? それって、どういう事!?」
「[貫通]って言ってな、モンスターを攻撃で破壊したら、打撃力分だけダメージを与える能力だ」
再び汐がしかめっ面になる。どうするだろうかと闘真は黙って見守り、彼女の答えを待つ。少し間が空いた後、解を得た汐は口を開く。
「それでも大包平を[移動]させるよ」
意外な返答に闘真は「どうしてだ?」と聞き返す。普通に考えたら、センターに置かない方が守れるだろうに。
彼の疑問に答えるように、汐は大包平のテキストに目を落として読み取った後、もう一度闘真と顔を合わせてハッキリとした語勢で話す。
「だって、[ソウルガード]って、破壊されても場に残るよね? なら、少しだけでも防げるかなって」
カードに書かれていた説明と現状の手札を見て考えた彼女なりの答え。闘真は否定する事はなかった。
「へへっ、なるほどな。んじゃ、ザンバソードでセンターにアタック」
笑って頷き、右手側にあるモンスターカードを横向きに変える。ふと相棒が裂帛した気合を発しながら、大剣を振るう姿が脳裏に浮かぶ。そんな自分に少し苦笑い。
意識を今の状況へと向ける。テキストを読んで、泰然とした口調で伝えていく。
「ちなみにザンバソードは1枚だけで攻撃した時、バトルしている相手のモンスターの能力全て無効化にするぜ」
「へ? それじゃあ……?」
「つまり、[ソウルガード]も無効化するって事だよ」
「ズルイよ、そんなの!」
汐に文句を言われ、再び苦笑い。「ズルくはねえよ」穏やかな語勢で彼女をなだめ、次の句を継ぐ。
「って事で、3点ダメージな」
汐のライフ:10→7/センター:大包平 撃破!
「そんなのあるとは思わなかったよ~」
大包平をソウルごとドロップゾーンに置き、ライフカウンターの台紙を動かしていた時も、汐は悔しげに呻り声を上げていた。
「まだ止まらねえぜ。ドラゴデザイアの効果で手札を1枚捨てて、ザンバソードをスタンド。俺のライフも+1!」
闘真の手札:1→0/ライフ:2→3
追い撃ちをかけるように、さらにザンバソードを縦向きにする。
この意味を理解した汐は「嘘!?」と慌てふためく。手札と睨めっこして、気難しそうな表情を浮かべ、やがて顔を上げた。闘真を見つめる相好はとても悔しそうにしていた。
「へへっ、行くぜ。ザンバソードで汐にアタックだ!」
「受けるよ!」
汐のライフ:7→4
「次は、Wピコハンマーで汐にアタックするぜ」
「これも受けるよ!」
汐のライフ:4→3
「Wピコピコハンマーの効果を使うぜ。Wピコピコハンマーをドロップゾーンに置いて、俺のゲージを+1!」
闘真のゲージ:0→1
目の前に立っていた小さな竜は姿を消し、闘真と汐の間を隔てるものはなくなった。
カードが横向きになっていないのは、左手側のモンスターとフラッグカードに重ねたアイテムだけ。
これで決まれば勝てるが、まだ気が抜けない。デッキを作った張本人だとしても、相手が握っているカードは分からないから。
「まだまだ終わらないぜ。ブーメラン・ドラゴンで汐にアタック!」
「この攻撃も受ける!」
汐のライフ:3→2
「ブーメラン・ドラゴンの効果で、このカードを手札に戻して、D・Rシステムの能力で俺のゲージも+1だ」
闘真の手札:0→1/ゲージ:1→2
何とかライフカウンターの数値をドラゴデザイアの打撃力と同じ数値にする事ができた。
だが、最後のアタックは決まるだろうか。何となく決まりそうな予感はするが、相手に手札がある以上は確信は持てない。ただ決まらなくても良いと思っていた。どっちが勝っても楽しいから。
闘真は楽しげに笑って「ドラゴデザイアで汐にラストアタックだ」アイテムカードを横向きにした。「【対抗】はあるか?」優しく穏やかながらも弾んだ調子で最後の確認。これで全てが決まる。
「ううん、ないよ。これも受けるね」
汐のライフ:2→0
ライフカウンターの数値が0を示した。「まずは俺の勝ちだな!」闘真は楽しげに喉を鳴らして、水色の双眸を細める。
ようやく第一歩を踏み出したと噛みしめて。
WINNER:相楽闘真
それから二人は何度もファイトを繰り返した。汐が負ける度に「もう一回!」と言い続けているから。
闘真も快く了承して、何回でもファイトに付き合う。分からない事があったら、できるだけ分かりやすく教え、幾度もファイトに勝つ。
そんな繰り返しの果て、もう両手では数えられない程の回数をこなした頃の事。
汐が両手を上げて「ようやく勝てたぉ~!」全身で喜びを表現する。闘真のライフカウンターが0を示していた。
「へへっ、よく粘ったな」
「いやぉ~、闘真君が中々勝たせてくれないんだもん」
「そりゃ、少しでも威厳ってヤツを示したいからな」
二人は笑って話し合う。まるで長年付き合ってきた友人のように。二人の溝は、ほとんどなくなったと言っても過言ではないだろう。
「そういえば、バディファイトにも大会はあるんだよね?」
「あるぜ。どうしたんだよ?」
「うーんとね……」
いきなり恥ずかしがり、言葉を詰まらせた汐に、眉を顰める闘真。「言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ」ついぶっきらぼうな口調で言い出してしまう。猫を被る気など毛頭にないから、気にもしないが。
闘真の言葉に少したじろぎ、汐は顔を俯かせるが、やがて闘真と目を合わせて口を開く。
「私もいつか出ても良いのかなって……」
緑色の双眸は不安に揺れ、声音も震えていた。如何にも自信なさげな表情をしている彼女に、荒い語勢の言葉が返る。
「あ? 何言ってんだよ。出て良いに決まってんだろ」
普段の鋭さが戻り、闘真の目尻は吊り上がって睨みつけるかのような眼差しに。真剣な表情のまま言葉を続けていく。
「それに“いつか”って考えんな。“今すぐにでも”って思って準備しろよ」
真面目な語調で紡がれた言葉。汐は何か気付いたかのように我に返り、もう一度快活な笑顔を見せて、頷いた。
夕焼け空を背にして笑った姿に、昔を思い出して懐かしみながら闘真は静かに笑う。そういえば、出会った頃も夕暮れ時で今と変わらないような会話をしていたなと。
過去と一別し、闘真は改めて汐を見つめた。そして「一つ約束して良いか?」と笑いかけながら訊ねる。
「良いけど……何?」
「絶対、デカイ舞台でファイトしようぜ。それもとびっきりな」
「うん! 約束だよ!」
汐が左手を差し出す。小指を立て、鍵を作る。闘真も「おう」と言いながら、左手を出して、小指を絡ませていく。
夕日が差し込む病室の中、二人は新たな約束を結んだ――。
今回の話を以って、アナザーエピソード東京編完結です。
間が長く空きすぎて、更新に時間がかかってしまい、非常に申し訳ございませんでした。
終わりを迎えると言えば、バディファイト自体も8月に発売する「リバイバルバディーズ」で商品販売を終了しますね。
個人的に複雑な感情が入り混じっていますが、今はカードリストがいつまで残ってくれるのか、《戦神機》の強化があるのかが気がかりです。
特に《戦神機》は、現在メインで回しているデッキの中で未だに強化が来ていない為、この際入っていると良いのですが……。
それはさておき、東京編を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
作品自体は、まだまだ終わりを迎えていないので更新を続けますが、一つの区切りを迎えられて良かったと思います。
では、一旦ここで筆を休めます。
オリカやオリキャラの募集はもちろん、これからも温かい応援、感想をよろしくお願いいたします。