世の中を生きる人間は、主に2種類に分けられると俺は思っている。マトモな人間と、マトモじゃない人間だ。
俺は勿論、マトモな人間であると自負しているし、実際に周囲の人間からもマトモだ、普通だと言われて何年も生きているのだから、マトモである事には多少の自信がある。
将来はマトモな会社に就職して、マトモな家庭を持って、マトモな晩年を過ごして、安らかに死ぬのが夢。
非日常なんていらない。例え今日の焼き増しが永遠に続くとしても、それがマトモであるならばそれでいい。
それが俺、
…………だけど悲しい事に、世の中はマトモな人だけでは回らないように出来ているらしい。
時代を動かしてきたのは、何時だってマトモじゃない人達だ。当時の価値観や固定観念をぶっ壊したりして、一波乱を起こせる"ヤベー奴"のみが歴史の先頭に立つ事を許される。
まあ、それはいい。行き過ぎた停滞が衰退を生むことくらいは俺も理解しているし、多少のスパイスとしてそういった人種も必要だろう。
………………ただな、それはあくまで俺に関わりのない所でやってくれれば、という前提が付く。だから俺は天に向かって叫びたい。
「おい、たえ。何か言うことはあるか?」
「新作のAVが手に入ったから、今日の放課後に一緒に見ようよ」
「見ねぇよ、そして紛らわしい言い方すんなよ。お前のそれ
そんな"ヤベー奴"が俺の間近に居るのは、一体どういう事なんだ?
黒くて艶やかな長髪に、何処となくクールさを思わせる風貌。そしてスレンダーな肢体と、外見は色々と兼ね備えているクセに、一皮剥けば電波気味。
それが俺の間近の"ヤベー奴"であり、名前を"花園たえ"といった。
どれくらいヤベー奴なのかというと、目が覚めたら人の部屋を勝手に物色したり、気が付いたら人の部屋を勝手にうさぎ風にデコレートしているくらいヤベー奴だ。ウサギ小屋を室内に置かないでほしい。
「部屋に不法侵入してくるのはもう何も言わない。嫌な話だけど、もう慣れたからな。
だけど、部屋の物色まで許した覚えはないぞ」
「……?ちゃんとおばさんから許可は貰ったけど」
「部屋の主である俺の許可は?」
「はい教科書、私の部屋に忘れてたよ」
「ああ、ありがとう……じゃなくて!」
恐らくは、昨日たえに拉致られた時に忘れてきたのだろう。今日の授業で使うだろうから有難いが、話は終わっていない。
「俺が言いたいのはな、勝手に部屋を物色するなっていう当たり前の事なんだ」
「うん、分かった。もうしない」
「……本当かよ」
やけにあっさりと頷いたたえに俺は懐疑的な目を向けた。今までやらかしてきた実績が実績だから、コイツの言う事にイマイチ信用が置けない。
「私、嘘つかない。優人、信じる。うさぎ、人参丸齧り。自爆、誘爆ご用心」
「……まあいいや、今回は信じよう」
こんなのにいつまでも付き合っていたら頭が痛くなるだけだ。たえと長く付き合う上で大事な事は適度にスルーする事である。真面目にやると馬鹿を見るのだから。
「信じられてあげよう」
「なんで上から目線なんだお前」
「……?今は正座してるから、私は下から目線だよ?」
「そういう意味じゃねーよ」
さて、もうそろそろ着替えないと。いつまでも花園節に付き合ってはいられない。俺の身が持たないから、早々に市ヶ谷さんに押し付けなくては。
何故か正座している、たえの横を通り過ぎて制服をクローゼットから制服を取り出す。
「たえ。着替えるから部屋から出てくれ」
「その事について、ちょっと良いかな」
「なんだ。手短に頼むぞ」
「足が痺れて動けない。びりびり」
正座あるあるといえばそうだろう。だけどよりによってこのタイミングかと、間の悪さに思わず溜息がこぼれた。
「…………こっち向くなよ」
「分かってる、向かない」
サクッと着替えてしまおう。まだ時間に余裕はあるけど、今は一刻も早くたえの隣から解放されたかった。
「あ、そうだ。忘れてた」
「まだなんかあるのかよ」
「うん。おはようって言い忘れてた。おはよう優人」
「……おはよう、たえ」
繰り返しになるが、俺はマトモな人間であると自負しているし、たえは誰が聞いてもヤベー奴だ。
だけど、こういうやけに律儀な所があるから俺はたえを嫌いになれないのかもしれない。
しかし、しかしだ。いくら律儀とはいっても、その根幹にあるのはやはり電波気味で、そして花園節だ。
そんなだから、やはり疲れるものは疲れる訳で。家を出るまでの僅かな間ですら翻弄され続けるのは異様に精神を消耗するのだ。
「すっげえ疲れた……まだ何もしてないのに」
「お疲れ様」
「なに"私は関係ありません"みたいな気取り方をしてんだ。原因の十割はお前だろうが」
「十割……じゃあ残りの九十割は?」
「は?」
今だってそうだ。自由すぎるたえを前にして、もう精神のライフポイントが尽きかけている。
「十割は私。じゃあ残りの九十割は?」
「九十割なんてねーよ。っていうか、九十割ってなんだよ」
「じゃあ、四十割?……なんか保険のテストみたい」
「四十割もねーよ。十割だけだ」
まさかと思うが、こいつ十割=10点みたいな妙な変換してないだろうな。もしそうなら九十割とか四十割とか、変な言葉にも納得がいくんだが。
「十割だけ……小テストなの?」
「違うし、まずテストから離れろ」
「駄目だよ。勉強は学生の本業なんだから」
「だから、そうじゃねーって……もうそれでいいや」
そしてお前が常識を説くな。と果てしなく叫びたい気分だった。普段は奇人変人を地で行くのに、どうして偶に常識人に戻るのか。たえ七不思議の一つである。
「しっかし……こう良い天気だと、1日が良い日になりそうな気がするな」
「私は毎日良い日だよ。毎日ハッピー」
「だろうな……」
頭もハッピーだもんな、と言ったら多分本気の右ストレートが飛んで来るので自重する。前に一度やらかした事は学習する男なのだ、俺は。
それにしても、朝からずっとたえのペースに付き合わされたせいで、俺の精神はボロボロ。すっごい疲れたし、正直もう家に引き返して寝たい。
だけど、たえに振り回されるのもそろそろ終わりだ。あの角を曲がれば、ほら見えてきた。
「あ、来た来た。おったえー!」
「こら香澄!迷惑になるんだからそんな大声出すなって……!」
おったえ!おったえ!とぴょんぴょん飛び跳ねながらこっちに手を振ってくる耳付きが1名と、それを全力で阻止しようとするお仲間が1名。それを苦笑いでスルーしつつ、こっちに控えめに手を振っているのが2名。
「香澄、今日も絶好調みたい」
「見れば分かるさ」
マイペース&マイペースなたえと仲が続いている、珍しい4名の登場だ。
「おはよう優人君。今日も付き添いご苦労様」
「おはよう沙綾。マジで疲れたからもう帰っていいか」
「駄目だよ、行こ」
「たえはナチュラルに会話に割り込むな。そして引っ張るな、香澄の相手だけしてろ」
人妻感溢れる高校生、パン屋の沙綾。変人の割合が多めの5人の中でも屈指の常識人である。実家のパンが美味い。
「お前も大変だよな」
「
「今なんて書いて市ヶ谷って読んだお前」
猫かぶり優等生、スケープゴート市ヶ谷。元引きこもりの癖に成績上位。ついでにツンデレ、金髪、低身長、巨乳という役満要素を持ち合わせているチートの塊。ツッコミ役でもあり、完全に属性過多。
「ちょっと盛りすぎじゃない?属性盛りすぎて重量過多の基準違反機体になってるじゃないか」
「いや、好きでこうなった訳じゃねーし……つーかお前、今の発言的に私の事をACか何かだと思ってるだろ」
「いや、良いスケープゴートだと思ってるけど」
「おい、そこに座れ」
マジギレ一歩手前である。AC呼ばわりされるよりはマシだろうに、何故キレられるのか。そして何故言い方がジ○ギ風なのか、コレガワカラナイ。
「むしろ堂々とスケープゴート呼ばわりされてキレない奴がいたら会ってみてーよ」
「たえとか?」
「流石のおたえもキレるだろ。そうだよな?」
「うん、私もラム肉よりマトンが好きかな」
「ほらみ……うん?」
香澄の相手をしているたえに話題を振ると、いつも通り要領を得ない返答が帰ってきた。
「今、俺と市ヶ谷さんが何の話してたか分かってるか?」
「ジンギスカンの話でしょ?今度みんなで食べに行こう」
はい知ってた。常日頃から食べる事が好きだと豪語しているだけあって、たえが人の話を聞いていない時は決まって食い物の話になるのだ。
……その癖に単語だけ拾っているのか、微妙に話題に合うような返しをしてくるのもタチが悪い。
「いや行かねーし、そもそもなんでジンギスカンなんだよ。仮に行くにしても無難に焼肉で良いだろ」
「じゃあ決まりだね。焼肉とジンギスカンを一緒にやろう」
「いやだから「だから行くって言ってねえ!?」…………後は任せた」
俺のツッコミに割り込むように飛んできた市ヶ谷さんのツッコミに後は任せ、話の中から脱出する。
そんな俺に気付かず、2人の会話は白熱していった。
「有咲の蔵で」
「ざけんな!?匂いも染み付くし、そもそもあそこの通気性分かってんのか?!」
「むせる?」
「むせるとか、むせないとかの問題じゃねえ!おたえは色々キツい匂いの中で練習したいのかよ!?」
「大丈夫。食べちゃえば、山羊も羊も豚も牛も一緒。〆は焼きそばで良いよね?」
「だーーかーーらーー!!なんでやる前提で話が進んでるんだよ!やらねえからな!」
さっき俺が市ヶ谷さんの事をスケープゴートだと言った理由がこれだ。生来のツッコミ役である市ヶ谷さんは、何かボケを見るとツッコミをせずにはいられなくなる。だから俺の代わりに市ヶ谷さんにツッコミをさせる事で俺は自由になれる。
「でも香澄はやりたがってる」
「え!?有咲の蔵で焼肉を!?」
「嘘だろ!?そして出来ねえからな!」
「……じゃあ俺はこの辺で」
「そうだね、行こ」
ワイワイやってる2人は置いておいて俺は先に行かせてもらおう。
一緒に行かないのか、と言われそうだが、たえを含めたこの5人は女子高に通う女子高生である。俺は公立の共学だから、そもそも通っている学校が違う。よって待つ義理も何もない。
「行ってらっしゃい」
「後でねー!」
「やらないからな!絶対にやらせないからな!」
人妻オーラマシマシな沙綾の行ってらっしゃいと、香澄の元気な声と市ヶ谷さんのツッコミに見送られて、俺とたえは先に電車に乗り込んだのだった。
「ふぅ……やっと一息つける」
「有咲も大変だよね」
「負担の半分くらいはお前の所為だけどな」
たえか、それとも香澄か。どちらか一方でも大人しくなれば負担も相当減るのではないだろうか。
「……それで、一ついいか?」
「忘れ物?」
「そんなところだな」
俺はいつの間にか横にいた、たえを見た。たえはキョトンとしていた。
「なんでいるの?」
「なんでって、学校に行くんだから電車は乗るよ?」
「違う。そうじゃなくて、香澄達は置いて来ても良かったのか?」
「…………………………あっ」
本人も忘れていたのか。ようやっと思い出したような素振りに、俺は溜息が出てしまうのだった。
─取り残された4人の会話─
「まったく。おたえには参っ……あれ、おたえは?」
「優人君と一緒に先に行っちゃったけど……」
「はあっ!?」
「えっ!嘘!?」
「香澄ちゃんは笑顔で手を振ってたじゃん……」
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
-
会話(いわゆる花園節・おたえ節)
-
デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
-
うさぎ(説明不要)
-
その他