甘いのはお腹いっぱいだぁ……
結婚式と聞いてイメージするのは、教会とかで純白のウェディングドレスを着た花嫁の姿なんかが一番だろう。
多くの雑誌や広告のチラシなんかにも写っているくらいだから、現代日本での結婚式はイコールで西洋式であるというイメージが着くのも仕方ないのかもしれない。
「有咲似合ってる〜!」
「うっせぇ!それより香澄、頼むからそのドレスを汚すなよ?!それ冗談抜きで高いヤツだからな!」
「有咲、顔真っ赤だよー?」
「沙綾!」
なぜいきなり、そんな事を語り出したかというと、それは目の前でドレス姿を披露している女性陣が居るからだった。
思い思いのドレスを着て、これから撮影会と洒落込むようである。
「こころんカッコイイ!」
「ありがとう!はぐみも素敵よ!」
「ウェディングドレスでカッコイイって、おかしくない……?」
「あ、あはは……美咲ちゃんも似合ってるよ」
「ありがと。りみも似合ってる」
今いる式場は、多くの日本人が想像しそうな西洋式のイメージ通りの教会然とした場所だった。当然こんな場所を使うのは今日が初めてなのもあって、なんか落ち着かない。
「はあ……」
そんな、俺には不釣り合いな気さえしてくる場所に、目の前には7人の女子。男子は俺一人と、場違い感が半端じゃない。
「……ところで、たえは?」
「おたえちゃんなら、まだ着替えてる筈だけど……」
たまたま近くにいた、りみに聞いてみても曖昧な回答しか返ってこない。あいつは何をもたついているんだろう。
「やっぱり夫としては、おたえの晴れ姿は楽しみなんだ?」
「勘違いするなよ沙綾。俺はさっさと終わらせたいだけなんだ」
…………ちょっぴり楽しみなのも否定はしないが。
「まあ良いじゃん。誓いの言葉と指輪交換だけでしょ?」
「言うだけなら簡単だよな、まったくさぁ……」
マジで初めから本格的な結婚式を執り行おうとしやがった、こころの暴走を奥沢さんと2人がかりでどうにか説得したものの、誓いの言葉と指輪交換はやる事になっていた。
正直、それだけでも面倒くさいし恥ずかしい。
「しかも何か薬指もスースーするし」
今、俺の左薬指にはペアリングは無い。雰囲気を出す為とかで、黒服さんが預かっているからだ。
付けた当初は全然落ち着かなかったペアリングも、無いとそれなりに違和感を感じるようになってしまっていた。
「どうしてこうなったんだろう」
「おたえに好かれたのが直接的な原因。間接的な原因は間違いなくお前自身だ」
「長年、たった1人の友人兼幼馴染をやってたんでしたっけ。そりゃ何も起こらない筈は無いかなって」
「分かってんだけどさ……俺は1匹ウサギだった筈なのになって……」
「狼じゃないのかよ……しかもそれ、どっちにしろ、おたえに捕まるんじゃね?」
高校一年生にして人生の墓場と名高い行為を経験するとは思わなかった。もうちょっと遅いと思っていただけに、心の準備ががが。
「そんなに嫌なら、本気で断れば良かったんじゃないんですか?花園さんも、本気で嫌がれば強制はしないでしょ」
「でもさー、たえがさー。断ろうとするとシュンって落ち込むんだぜ?そんで頷くとパアッて喜ぶんだぜ?
あいつの笑顔はどんな景色より綺麗だよコンチクショウ。たえの笑顔には勝てなかったんだよ……」
「サラッと惚気てんじゃねーよ」
ジト目を市ヶ谷さんと奥沢さんから向けられるけど、でも仕方ないだろ。勝てないんだよ。
「大体だな、今の問いは2人に香澄やこころのお願いを本気で拒絶出来るか、と聞いてるのと同じだぞ?」
「待って。そこで如何して、こころの名前が出てくるんですか」
「……なんで香澄が出てくるんだよ」
「お前ら面倒くせぇな。俺が言えた義理じゃないけど」
面倒くさい三銃士が結成出来そうなくらい、面倒くさい人達だと思った。いや、本当に俺が言えた義理じゃないけどさ。
「なんだその面倒くさい三銃士って」
「俺達のポジションが非常に良く似ている事くらいは分かっているだろう?たえに俺、香澄に市ヶ谷さん、こころに奥沢さん。
きっとこうなる運命だったんだ。こうして三銃士を結成するという運命は決まっていたんだ」
「未だかつて無いほど、どうでもいい運命ですね」
…………こうしてバカ話をしていたら、なんだか調子が戻ってきたような気がする。
何が結婚式だ、普段着がウェディングドレスに変わっただけじゃないか。そもそも、指輪交換ならお花見の時に済ませている。それの焼き増しがなんだというのか。
「よし、ドンと来いウェディングドレス。ドンと来い、たえ」
「おおー、なんだか凄いやる気だね!」
「いや、あれヤケクソになってるだけだよ」
黙らっしゃい沙綾。せっかく自分自身すら誤魔化してるんだから、そういうことは言うな。
そして香澄もキラキラした目を向けるな。お前がこの状況を作った事は忘れてないからな?
「お待たせ」
全員で適当に話していると、ようやくメインの人物の準備が終わったらしい。随分と長い準備だったなと思いながら振り向いて、ヒュッと呼吸が止まりかけた。
「結構時間かかっちゃった」
普段のように髪はストレートにしたまま、メイクだけしているようだ。だけどそれは手抜きではなく、たえの魅力を十二分に生かす為のものである事が分かる。
そしてドレス。真っ白い綺麗なウェディングドレスと、手にはブーケが握られていた。
誰しもが息を呑む。それくらい、今のたえは綺麗だった。後ろで黒服さんの1人がやりきった感を出しているから、きっとあの人がコーディネートしたのだろう。
「流石おたえちゃん……めっちゃ可愛い……」
「モデルさんみたい!」
「次に商店街で新婦役を頼まれた時は、おたえに頼もうかなぁ……」
「似合ってるわよ、たえ!」
「うんうん、おたえ凄い!」
「流石は花園さん。やっぱ美人なんだね」
「…………ほら行けよ。ドンと来いって言ってただろ?」
「あ、ごめんやっぱ無理」
「ヘタレか!?」
しゃーないやん。想像以上にヤバかったんだもん。想像の3倍くらい破壊力あったんだよ、破壊力ばつ牛ンだよ。
「さあ、2人が揃ったから、早速始めましょう!」
そんなこころの鶴の一声で、そういう流れへと変わっていく。
待ってましたと言わんばかりに参列者が座る席に移動していく市ヶ谷さん達を見て、誤魔化していた緊張感が復活してきたような気がした。
話は少し前に遡る。
腹ごしらえが済み、午後はどんなアトラクションに乗るかを話していると、思い出したかのように香澄が言ったのだ。
「それで、結婚式は何時やるの?」
その言葉に全員がキョトンとして、そして言った。
『あっ、忘れてた』
おいふざけんな。せっかく忘れられてたのに、なんで要らん気を回すんだ。
そんな俺の思いとは裏腹に話は結婚式の方向へとシフトしていき、"じゃあまた忘れない内に済ませよう"という結論に至るのに時間はいらなかった。
「遊園地が貸切って珍しいから、浮かれてたかも」
「出来ればそのまま浮かれてて欲しかったよ……」
初めて乗るリムジンで遊園地から近くに押さえてある(間違いなく貸切)という結婚式場に移動しながら、俺は迫り来る緊張に心臓が張り裂けそうになっていた。
「ふふ、もう顔真っ赤」
「沙綾はマジなのを体験した事が無いから言えるんだ」
「かもねー」
謎の余裕を持つ沙綾の余裕は崩せない。元からペースを乱すのは難しい相手だが、今は俺も動揺しているから尚更だ。
「まあ……ここまで来たら覚悟を決めろよ。おたえも何処となくソワソワしてるし、気持ちは一緒だろ?」
「黙れ元凶」
「私の時だけ辛辣じゃねぇ?!」
たえが俺と同じで緊張してる事くらいは分かっている。何年一緒に居ると思っているのか、もうお互いの癖とかまで丸分かりだっての。
その証拠にほら、コップを逆さまに持って飲み物を注ごうとしているじゃないか。
「そうだわ!せっかくだし、みんなでウェディングドレスを着ましょう!」
「おおー!良いアイディアだね、こころん!」
「着て、どうするのさ?」
「もちろん撮影会よ!」
「いやいや、もちろんって」
なんか向こうでは、こころが全員でウェディングドレスを着て撮影会をするのだと言っていた。
まさか俺が巻き込まれる筈もないので、心の中で、いいぞもっとやれと応援しておいた。
と、そんな感じのやり取りが1時間くらい前だったか。時計無いから分からんけど。
ちなみに俺も、間違いなく値段が高いタキシードを着てこの場に居る。初めて着るから何だか落ち着かない。
「では、誓いの言葉を」
黒服さん扮する牧師さんに言われて、前の台に置かれている"誓いの詞"と表題のある文章を見た。
たえと頷き合い、2人で呼吸を合わせて言う。
「「これから私たちは、幸せな時も、困難な時も、共に助け合い、明るく希望に満ちた家庭を築いていくことを、皆様の前で誓います」」
声は掠れてないか、読むスピードは早くなっていないか。そんな不安もあったが、まあ問題は無かったと思う。
おもっくそ緊張してる俺目線だから、客観的に見るとダメダメかもしれないが。
「それでは、新郎と新婦は向かい合ってください」
言われるままに向かい合う。持ってこられた俺達のペアリングは、高そうな専用のケースのような物に乗せられていた。
「では新郎から、新婦に指輪を嵌めてください」
牧師さんからペアリングを受け取って、ブーケを置いて空いた、たえの左手の薬指に嵌める。
祭りの時はあんなに緊張した筈の行為は、2回目だからか大した事もなくアッサリと入った。
「では続いて、新婦が新郎に指輪を嵌めてください」
たえの方も同じみたいで、特に緊張した様子もなくスッと指輪が通される。
なぜだか、此処に指輪が有ると落ち着く感じがした。
「自分のことじゃないのに、なんでか緊張した……」
やるのはここまでだと予め言っていたからか、張り詰めた空気が緩いものに変わる。奥沢さんの言葉を皮切りに、ざわめきが帰ってきた。
「でもいつかは、私たちも同じ事をするんだよなー……想像つかねぇけど」
「その時は、おたえからアドバイスを聞けば良いと思うよ。ねっ、おたえ……おたえ?」
「優人君。どうだった?やっぱり緊張し…………優人君?」
だけど、たえと俺は向かい合ったまま。分かっていたからだ、ここで終わらない事は。
「ねえ、こころ」
「何かしら?」
「このまま、誓いのキスまでやれないかな」
全員の目が驚愕に見開かれた。まさか、やるとは思わなかったのだろう。
「お、おい。おたえ良いのかよ?」
「うん。だって決めてたから、ここでキスまでって」
「良いんですか?」
「遅かれ早かれやる事なんだ。なら今やるさ」
「2人が良いならやりましょう!さ、続きね!」
昨日に予め言われていた事だから、ある程度の覚悟はして来たつもりだった。だけど改めて向かい合うと、言葉にするのが難しい思いが飛来する。
心なしか、さっきよりも強くなった目線に晒されながら、たえと俺は距離を詰める。
「……やっぱ緊張するな」
「うん。過去最高に緊張する」
誓いの詞、指輪交換、誓いのキス。
この三つを済ませてしまえば、書類上は違くても事実上は結婚になる筈だ。……まあ、式場にまで来ておいて今更何をって感じだが。
「でも私は嬉しいよ」
「……そうか」
これ以上の言葉は不要。
信じられないくらいアッサリと距離を詰めた俺達は、磁石にでも引き寄せられたかのように抱き合った。
この初めてのキスは、間違いなく一生涯忘れる事は無いだろう。
そう断言出来るくらい、深く脳裏に刻み付けられたのだ。
◇◇
「ただいまー……」
「おかえり。お風呂、入っちゃいなさい」
緊張感から解放されると、今まで感じなかった疲労感が異常に訴えかけてくる。母さんに言われるがまま風呂に入っていると、その疲れは多少湯船の中に消えていくような感じがした。
「弦巻って、すげぇなあ……」
多分、今日一日の感想はこの言葉に集約されている気がする。遊園地の貸切から結婚式場の貸切まで、全て弦巻の力だ。
あんなのと対等に渡り合う香澄の凄さとヤバさを改めて実感した。それと同時に、たえの一切物怖じしない所にも。
だって、天下の弦巻だぜ?よく魚のエサにされなかったよな2人とも。その無謀さを少し分けて欲しい。
「ふぁあ……っと、危ない。こんなところで寝たら死ぬっての」
風呂から上がって、リビングに麦茶でも飲みに戻る。母さんはソファに座ってテレビを見ていた。
「あー、つっかれた……」
「文句言わないの。あんた、私達の時より豪勢な結婚式挙げたんでしょ」
「待って、なんで知ってんだよ。今日の予定は話してない筈なんだけど」
「たえちゃんから聞いたわ」
……俺にプライバシーとか、そういう物は存在しないらしい。俺の行動は筒抜けか。する気は無いけど、迂闊な事は出来ないな。
「……もう寝る」
「ちょっと待ちなさい。はいこれ」
「なに?母さんが物くれるなんて珍し、い……」
母さんが投げてきたのは、コンd──
「なんつーもんを投げてきやがるこの母親ァ!?」
「なに?もしかして、それ無しでやるつもりだったの?止めなさいよ、その歳で子供できるとかシャレにならないから」
「シャレになってないのはアンタの行動だよ!」
そもそも、こんな物を貰っても何時使えというのか。使う相手なんて居ないっていうのに。
「なによ。私からの結婚祝いを受け取れないっていうの?すぐ入り用になる物を用意してあげたのに」
「すぐ入り用って……誰に使うんだよ」
「たえちゃん以外に誰がいるのよ」
「あいつ、もう疲れて寝てるだろ?」
俺だけでなく、たえも疲れているだろうから、きっともう寝ているに違いないだろうに。
しかし母さんはキョトンとしたような顔で言った。
「あんたが風呂入ってる間に来て、もうベッドで待ってるわよ」
「」
おいおいおいおい
「遅かったね」
「…………居るとは思わなかったんだよ」
たえは本当に待っていた。疲れなんて微塵も感じさせない様子で、普段から着ているウサギパジャマではなく、珍しく普通のパジャマで待っていた。
「隣、空いてるよ」
「ああ……」
ギシッと僅かなベッドのスプリングが軋む音が、やけに響く。
ああなるほど。新婚初夜って事か、今更理解した。したくなかった。
「……それ、その箱」
「ん?ああ、これな……」
結局持たされたまま、リビングを追い出されてしまった。捨てるチャンスは幾度もあった筈だが、捨てられずに部屋まで来た。
……たえ。そんな、穴が開くくらいじっと見つめてもコレは動かないぞ?
「これ、バルーンアートに使えねぇかな」
「そういえば優人、バルーンアートも出来たよね。うさぎ作れる?」
「分からん」
「そっか」
「ああ」
…………まずい、会話が続かない。俺はいつの間にか、たえと目を合わせられずに目線を下げていた。
「優人、緊張してる?」
「そりゃそうだろ。たえもしてるだろ?」
「うん。ほら」
たえは俺の片手を取ったかと思うと、それを左胸にギュッと押し付けた。むにゅっと、クッソ柔らかい感触が手いっぱいに広がった。
「えっ、ちょっと……!?」
「感じる?このドキドキ」
それどころじゃないです。
そんな叫びは、声にならずに胸の奥に消えた。
咄嗟に離さないとと思ったが、もう少しだけという思いと、手を離さないと、という思いが拮抗して動かない。
そもそも手が掴まれてるから、どちらにせよ離せない事に気付いたのは、混乱が一周してからだった。
「この距離感に昨日までは何も感じなかったのに、今はこんなにドキドキしてる」
「分かった、分かったから手を離せ」
「優人はどうかな?」
「おま……!?」
手が解放されたかと思ったら、今度は、たえ自身が俺の胸元に飛び込んできた。
左胸に耳を当てる格好で、たえと俺は密着している。腕でガッチリホールドされているから、距離を置くことも出来ない。
「…………うん。とくん、とくん、って鼓動が聞こえる」
「たえ、頼むから離れてくれ」
「あ、早くなった。どんな事でも一緒の物を感じられるって、やっぱり嬉しいね」
俺の鼓動をバンド活動と一緒にするなよ。これにはきっと、ポピパの面子も苦笑いを隠さないに違いない。
「俺の鼓動はバンドと同じか」
「ううん。ちょっと違う」
「そうなのか?」
今の話の流れ的に同じものだと思っていたから、明確な意思を持って否定されたのは意外だった。
「私、昔から変わってるって言われてて、友達なんて居なかったのは知ってるよね」
「ああ。だから高校で友達が出来たって聞いた時、なんの冗談だって思ったよ」
ずっと隣で見てきたんだから知らない筈がない。たえの雰囲気は常人には相当キツい事くらい承知している。
花園ランド、あるいは花園ワールドと呼ばれる独特の雰囲気は、合う人と合わない人が極端に別れるのだ。
「友達は大事なもの。バンド……ポピパも同じくらい大事」
「だろうな。たえの楽しそうな姿見てると分かる」
でも尚更、俺の鼓動とバンドが違う理由が分からなかった。自惚れではないが、どちらも大事な物ではないのか?
「違うよ、ちゃんと違う。……大事だけど違う」
「……どう違う?」
「優人は特別。特別な人」
たえの線引きは"大事"か"特別"かという、一見すれば殆ど違いのないものだった。だけど、その僅かな違いが重要なのだろう。
「優人とは長い付き合いだから、何でも一緒だったでしょ?私が感じた嬉しさ、悲しさ、楽しさ。全部を一緒に共有してきたから」
「だから特別?」
「うん」
ぎゅっと俺の両手を包み込むように手を取って、
「優人を好きになって良かった。私、いま最高に幸せだよ」
珍しい満面の笑み。美人がやると破壊力も数倍高く、見惚れてしまった。
「…………たえ」
「…………うん」
結論だけを述べるなら、母さんから貰ったアレの出番はしっかりあった。
そして翌日、母さんから最高にウザイ顔で「昨夜はお楽しみだったわね」と言われる事になる。
いつのまにやら、もう10話も書いてたんですね。応援ありがとうございます。
……別に終わりじゃないですよ?ネタ切れまで終わらない筈ですから。
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他