「香澄ェ!お前は私にとっての新たな光だぁ!」とか言わせようかとも思ったけど、脈絡なさすぎたから止めました。
「香澄、麦茶飲むか?」
「んー……」
「香澄ちゃん、チョコ食べる?」
「んー……」
さっきから香澄が、聞かれたことに「んー……」と答えるだけの機械と化している。練習の時も音外しまくってたし、何かあったのか?
俺達が言葉には出さずに心配している香澄に、たえが何かを持って近寄った。
「香澄、うさ耳着けるよ」
「んー……」
「えいっ」
「うわぁ!?」
言質を取ったたえは、躊躇いなく香澄の頭にうさ耳をドッキング。香澄が自前の角……?とうさ耳の2つを頭から生やしている光景はとてもシュールだ。
「な、なんだおたえかぁ……もう脅かさないでよ」
「つーか、おたえはどさくさに紛れて何やってんだよ」
「香澄がボーッとしてたからつい」
「え?私、そんなにボーッとしてた?」
気付いてなかったのか、香澄は首を傾げながらそう言った。頭の動きに合わせてうさ耳もぴょこっと揺れる。
たえはそれを見て「おお……」と呟いた。
「すっごい揺れてる……」
「え!地震?!」
「地震?じゃあ机の下に隠れないと」
2人が漫才じみたやり取りでテーブルの下に潜ったのを、市ヶ谷さんは冷たい目で見ていた。
「アホか」
「地震なんて起きてねーから。はよ出てこい」
「でも香澄が地震って」
「でもおたえが地震って」
「「…………あれ?」」
テーブルの下から這い出てきた2人が疑問符を浮かべまくってる状況。この2人にツッコミ役が居ないといつまでもボケ続けてそうだ。
「香澄ちゃん……今日どうしたの?なんか、練習もあんまり調子よくなかったけど……」
「…………へ?どこか間違えてた?」
「かなり間違えてた」
たえと香澄が揃うとボケが無限ループするのは普段通りだから良いとして、今日の香澄はどこか上の空だ。ソワソワしてるというか……
「なんというか、遠足前の子供みたいな落ち着きのなさだったぞ」
「あー。なんか見覚えあると思ったら、それがしっくりくる表現かも」
「なにか面白いものでも見つけたのか?」
沙綾が頷く横の市ヶ谷さんの問いに、香澄の目がキラーンと光った……ような気がした。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!実は………………」
「実は?」
「……ちょっと待って。えっと、どこだっけ…………」
「……まだ?」
「おたえは待ってやれよ!?」
「……あった!じゃじゃーん!」
香澄が手間取りながら開いた雑誌には『都内花火大会おすすめスポット特集』という記事が載っていた。
「花火大会ねぇ……」
「この近所でもやるんだって!知ってた!?」
「うん、まあ……毎年の恒例行事だし」
「わりと盛大にやるよね」
規模が大きく縁日も出る。そして人も大量に来る。近所からだけでなく、他県からも来るからだ。
「もう、みんな知ってたなら教えてよ〜〜」
「町内のあちこちに花火大会のポスター貼ってあるし、普通は気付くだろ」
「私は気付かなかったけどね!」
「だろうな」
「むっ。それどういう意味?」
香澄のジト目という珍しいものを向けられた市ヶ谷さんは、露骨に目線を手元の譜面に落としながら言った。
「で、行きたいとか言うんだろ?」
「うん!みんなで行こうっ!」
「やめとけ。人が多すぎて花火なんてロクに見れたもんじゃねーぞ。あんまりにも人が多すぎるから、途中で花火を見に来たのか人を見に来たのか分からなくなるくらいだからな」
「でも行きたい!」
香澄の意思は硬いようで、市ヶ谷さんを説得しようと「ねー有咲ー。ねーってばー」と下から顔を覗き込もうとしている。
市ヶ谷さんは顔を赤くしながら、譜面に顔をくっつけるくらい近付けて香澄から覗き込まれるのを避けていたが、不意に何かに気付いたのか「ん?」と言って香澄を見た。
「確か花火大会って今週末のはずだよな……?」
「そうだよ!だから──」
「今週末って、みんなで夏休みの宿題をする約束だったよな?」
「────…………さらば!」
「おい、そこに座れ」
市ヶ谷さんが逃げ出そうとした香澄の肩を掴んで無理やり地面に座らせる。香澄が市ヶ谷さんの顔を覗き込もうとしゃがんでいたのが仇になり、香澄は逃げられなかった。
「そういえばそうだね。香澄、宿題終わってるの?」
「そ、それはもちろん!」
「もちろん?」
「………………まだです」
ガックリ項垂れた香澄は、しかし直後に勢いよく顔を上げた。忙しい奴だ。
「でもほら、昨日までの私と今日の私は別人だから!だからノーカン!」
「意味分かんねーよ」
「有咲。昨日までの私は犠牲になったんだよ……花火大会に行くための犠牲、その犠牲にね」
「犠牲か」
「うん、犠牲」
「つまり、どういうことだ?」
「つ、つまり……犠牲の犠牲になったんだよ!」
さっぱり意味がわからないけど、とにかく香澄は花火大会に行きたいらしい。
「でも宿題は終わらせないと、成績まで犠牲になっちゃうよ」
「ゔっ、それは……」
「もし宿題が終わってないとなったら、あの先生……黙ってないよね」
「ゔゔっ!」
沙綾とりみの追撃で、香澄はみるみる窮地に追い込まれていく。宿題やってないのが悪いからフォローはしないけど、ちょっと可哀想に思えてきた。
「決まりだな。花火大会は諦めて、宿題を終わらせ──」
「ちょっと待ってよ!」
「……何だよ?」
香澄がシュバっと綺麗に手を挙げた。その顔は何か打開策を見つけたらしく、希望に満ちていた。
「つまり、今週末までに宿題を終わらせれば花火大会に行けるんだよね!?」
「……まあ、そうなるな」
「じゃあ終わらせる!花火大会までに、絶対!」
自信満々に言い切った香澄。しかし、そんな香澄を見る俺達の目は冷ややかだった。
「……あれ?みんな、なんで信用してくれないの?」
「日頃の行いじゃない?」
「やめろたえ。香澄が泣く」
「泣かないよ!!」
サラッとドギツイ発言にみんなの顔が引き攣ったものの、言ってる事はあまり間違っていない。遅刻の常習犯が「明日から遅刻しない」と言っても信用されないのと同じことだ。
「わかった……じゃあ私、今から生まれ変わる!この瞬間から、私はただの戸山香澄じゃなくて……ニュー戸山香澄になるよ!」
「お、おう」
「そして宿題も終わらせるから……だから行こうよぉ〜」
「分かった分かった。終わらせたらね」
沙綾の言葉に、香澄は「やったー!」と喜びをあらわにしてぴょんぴょん跳ね出した。
「まったく……でも終わんなかったら行かないかんな!」
「分かってる分かってる!じゃあ明日からやろうよ、今日は持ってきてないから!」
「お前、絶対に忘れんなよ!?」
「……終わるかな?」
「香澄が頑張れば終わるんじゃないか?残ってる量にもよるだろうけど」
たえと2人で話していると、市ヶ谷さんが俺達を見た。
「ていうか、そう言うおたえと優人はどうなんだよ。もう終わってんのか?」
「とっくに終わってる」
「残念だったね有咲。優人はその辺、実はしっかりしてるんだよ」
「実はってなんだお前」
昔っから意外だ何だと言われてきてるけど、そんなにか?そんなに俺はサボりそうに見えるのか。
「へえ……なんか、意外だな」
「お前ら後で覚えてやがれよ」
お前らとは、そっちで意外そうにしてる沙綾とりみも含めている。香澄は……あんまりにも正直に「もう終わってるの?嘘!?」とか言ってるから逆に許せるけど。
「じゃあ明日から、宿題を終わらせるぞー!おー!」
『おー』
気の抜けた声が、蔵の中に響いた。
◇◇
「準備できた?」
「ああ、一応」
というわけで花火大会当日。気合いとか執念っていうのは恐ろしく、なんと本当に花火大会までに宿題を終わらせる事に香澄は成功した。
執念って凄い、俺は素直にそう思った。
「優人。その浴衣姿とってもカッコいい」
「俺の浴衣姿なんて毎年のことだろ。もう見慣れてるだろうに、かっこいいとか今更言うことでもなくね?」
みんなには言っていなかったが、実はこの花火大会に俺達は毎年行っている。
といっても目当ては花火ではなく縁日の方だ。縁日屋台の遊びの腕は、この花火大会で鍛え上げてきた。
「ううん。なんか今年の優人は、去年よりずーっとカッコよく感じるよ」
「……そりゃどうも」
「ところで、私はどうかな?」
たえは紫陽花の柄があしらわれた浴衣だ。持っている巾着袋がうさぎの柄なのが、いかにもたえらしい。
「綺麗だよ。お前の魅力を完璧に活かしてる」
「そっか。ふふ、嬉しい」
我ながら歯の浮くような言葉だなーと思ったが、顔をちょっぴり赤くしてたえは微笑んだ。それが可愛らしくて、照れから思わず目を逸らしてしまう。
「…………ほら、行くぞ。みんなが待ってるだろ」
「照れた?」
「照れてない」
「照れてるでしょ」
「照れてない」
俺が差し出した手を握ったのを確認して、俺達は待ち合わせ場所の駅前へと歩き出した。
『おおー…………!』
そして駅前で香澄達(全員浴衣姿)と合流した時、たえの姿を見た4人から歓声が零れ出た。
「おたえ、やっぱり浴衣似合うね」
「そうかな?」
「うん。古き良き日本美人って感じ」
りみと沙綾がたえを褒めている横で、香澄がソワソワしているのを市ヶ谷さんは宥めている。
「香澄。そんなに焦らなくても、花火大会は逃げないっての」
「でもでも!もうみんな向かってるよ!?」
我慢出来ないのか、とうとうその場でぴょんぴょんと跳ね始めた香澄。その様子はまさしく、親に早く行こうとせがむ子供のそれだった。
……向こうに同じことしてる子供も居るしな。
「優人、なんで笑ってるの?」
「香澄と向こうの子供が同じことしてるなーって思って」
「あ、マジだ。これってつまり香澄の我慢弱さは小学生レベルって事か?」
「むしろ、お祭りを前に我慢できるみんなが我慢強すぎる可能性もあるよ!」
『それはない』
満場一致の否定に、香澄が「えー!?」と言うのを、沙綾は向こうの子供の母親みたいな慈愛の篭った目で見ながら言った。
「分かった。じゃあ、そろそろ行こっか」
「いえー!みんな早くぅー!」
「ばっ!?香澄、浴衣で走るなー!!」
ダッシュで人混みの中に突っ込む香澄と、それを追い掛けて小走りに人混みに紛れる市ヶ谷さん達。
「俺達も行くぞ」
見失ってしまいそうなので早歩きで追い掛けるかと思いながら進もうとすると、腕を絡ませているたえが動かない。
「たえ?」
「優人、子供好き?」
たえはさっきの母子を見ていた。その母子が見えなくなるまで後ろ姿を見ていたが、見えなくなってから俺にそう聞いた。
「好きでも嫌いでもない」
「じゃあ少ない方がいいかな」
「何の話だ」
たえは1人で頷いてるけど俺には何の事だか分からず、ただ首を傾げる事しか出来なかった。
ただ一つだけ確かに言えるのは、これで完全に香澄達とはぐれたという事だけである。
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他