俺の隣人であり、幼馴染であり、そして腐れ縁な不思議メルヘン少女"花園たえ"。
天然で、ちょっと電波気味で、普段から何を考えているのか全く分からない彼女は、突拍子もない事を、いきなり言って周囲を困惑させる事が多い。
本人からすれば、ちゃんと筋道の立った考えの元に発言をしているのだろうが、その考えが常人と半歩ほどズレているから大惨事になるのだろう。
「明日、買い物行こうよ」
さも当然のように俺の部屋に入り浸り、勝手にウサギを放し飼いにしている、たえが不意にそう言った。
俺は読んでいるマンガから目線を動かさず言う。
「香澄達と行けばいいんじゃね」
全員とまではいかなくても、誰か1人は連れて行けるだろう。わざわざ俺が行く意味は薄い。
「香澄は補習があるの。りみも有咲も沙綾も、香澄の為に残るって言ってる」
「じゃあ、お前も残ればいいじゃん」
「駄目だよ。明日は大事な日なんだから」
マンガのページをめくる手を一旦止めて、ボーッとしていた頭で思考を回す。明日は何かあったか?
「明日ってなんかあった?」
「チョコで世界が割れる日、かな」
「チョコ?」
チョコっていうと、あの黒っぽくて甘かったりビターだったりするアレか。それで地球が割れる日?
「そう。明日は街中がチョコの濁流に飲まれる日なんだよ」
「なにそれ、ハルマゲドン?」
「モテない人にはそうかも」
「…………ああ、バレンタインか」
なるほど、貰える者と貰えない者の間で割れるのか。分かりづらいわ。
「でも、なんでバレンタインに買い物に行くんだよ。普通バレンタインって、予め買ってあったり、作ってあるチョコを渡す日なんじゃないのか?」
「忘れた」
たえの言葉に、思わず溜息を吐いてしまった俺は悪くないと思いたい。
だって、曲がりなりにも現代を生きる女子高生が、お菓子会社と女子の為にあるようなイベントを忘れるって有り得るのか?
「だから買いに行くのか?バレンタインの当日に」
「うん。香澄の補習は時間が掛かりそうだし、なら丁度いいかなって」
「…………それさ、マジで俺が行く意味あるか?」
たえと俺は通う学校が違うから、待ち合わせの時間や場所を調整する必要がある。
そんな面倒な事をするくらいなら、たえが1人で行ってきた方が早いと思うんだが。
「あるよ。だから来て」
だが、たえは譲らない。こうなると俺が頷くまで"選択肢があるように見えて実質一択な選択肢"のように繰り返すのが目に見える。
「分かったよ。仕方ない……現地集合で良いか?どうせショッピングモールだろ」
「いいよ。着いたら電話するね」
「メールかSNSにしてくれ」
分かった。と頭上から聞こえる、たえの声を聞いて今更に俺は思った。
「ところで良いか?」
「なに?」
「なんで俺の上に乗ってんの?」
今の俺は、ベッドに、うつ伏せになってマンガを読んでいる状態だ。たえは、そんな俺の上に更に乗っかっていて、うつ伏せである。凡そ恋人でもなんでもない年頃の男女の距離ではない。
「ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど……」
いくら幼馴染っていっても、流石に限度があるんじゃないだろうか。そんな俺の思いは、しかし、たえには通じなかったらしい。
たえの微かな呼吸に髪を擽られながら、俺は何とも言えぬ気持ちになっていた。
「お前。誰彼構わず、こんな事をやってないだろうな」
「こんな事って?」
「こんな風に、過剰なスキンシップをしてないかって聞いてんの」
たえは「んー?」と悩み、「んー」と呻き、「ふぁぁ……」と欠伸をして、「ZZZZZ……」と寝息を立てた。
この間、僅か30秒である。
「おい、おい。起きろ、人の上で寝るな」
一瞬、ベッドから叩き落としてやろうかとも思ったが、翌日の報復が怖いので止めた。たえがマジギレすると手に負えないのだ。
なので仕方なく、たえの頭を手でペチペチと叩く。たえが反応を返すのには少し時間を要した。
「んー……あれ?なんで優人が敷き布団になってるの?」
「誰が敷き布団だコノヤロウ。話の最中で寝やがって」
「何の話をしてたっけ。明日から、おじさんとおばさんが出張に出るから、少しの間だけ優人が家に来る事だっけ?」
「いや、違うけど……マジ?俺、まだ何も聞かされてないんだけど」
「カレンダーに書いてあったよ」
んー?と、今度は俺が首を傾げるハメになった。リビングに貼られているカレンダーに、そんな予定が書いてあった記憶は無い。
「私の家の」
「なんでさ」
なんで俺の家の予定が、花園家のカレンダーに書き込まれている?いや、今回の予定は花園家に関係がある事だから分からなくもないが、そうなると何故、家のカレンダーには何も書いていないんだ。
「だから明日から、よろしくね」
「マジかー………また兎の下敷きにされるのかー」
「皆、優人の事が大好きだから」
たえの家に行くたびに、兎が大挙して俺を押し潰そうと迫って来る。たえ曰く、好かれている証拠らしいが、潰される側の俺は結構大変なのだ。
リビングのソファとかに座っていると、気が付いたら膝上が兎に占領されているとかザラである。
「そっちも気になるけど、今話してる内容は、俺以外に、こんな感じでスキンシップをしてないかという事だ」
「保湿クリームとかは塗ってるよ。後は、夏場は日焼け止めとか」
「……スキンケアの話なんて誰もしてねーよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
……まあ無いか。無いよなぁ、たえだし。そもそも女子高に通っている、たえが誰に過剰なスキンシップをしていようと、それで俺が困る訳じゃない。むしろ目の保養とさえ言える。見れないけど。
「なんで気にしたんだ……?俺は」
「確かに。男の優人が、女の私がやってるスキンケアを聞いても、あまり参考にはならないかも」
「……そうだな」
やっぱ面倒くさいわ、たえの相手。
日常生活でも相手を
◇◇
さて翌日。ショッピングモールにやって来た俺は、真っ先にペットショップへと向かう。
何故なんて言うまでもなく、たえが生息している場所が主にペットショップだからだ。
たえをショッピングモールで見失った時は、ペットショップか迷子センターのうち、近い方へ向かえ。とは、長年の経験から来る俺の教えである。
「たえ、やっぱ此処に居たか」
「あ、優人。遅かったね」
そして予想通り、たえはペットショップを歩き回っていた。うさぎ用なのだろうか、色々と持っている。
「それ、買うのか?」
「うん。オッちゃん達が喜ぶと思って」
「ふーん……まあいいや。そこで待ってるぞ」
売り出されている犬や猫を、少し離れた位置からボーッと眺めながら暫く待ってみる。
何故か俺は兎にしか好かれず、近寄るだけでも威嚇されてしまう特異体質だから、あまり近くには寄れないが……それでも、犬猫の姿は疲れた俺の心を癒してくれた。
「お待たせ。半分持って」
「はいはい」
渡された荷物を持って、たえと俺はショッピングモールの中を歩き始めた。
「それで、何処で買うんだ?」
「何を?」
「チョコだよ。香澄達に渡すバレンタインデーのチョコを買いに行くって、昨日に話しただろ?」
「チョコ……そうだった」
まさか、本来の目的を忘れていたのか?……忘れてたんだろうなぁ。たえだし、良くある話だ。一つの事に熱中するあまり、他の事を忘れてしまうのだ。
「しっかりしてくれよな。元々は、そっちが目的だろ」
「うん。じゃあ行こう」
という訳で、特設のチョコ売り場に移動する事になった。エスカレーターを使って下の階に降りながら、俺は(そういえば、友達がチョコ貰えないって嘆いてたなぁ)なんて考えていた。
「チョコ、いっぱいあるね」
「まあ、そりゃチョコ専用の売り場だからな」
チョコ売り場に人は、あまり居なかった。バレンタインデーの当日、しかも放課後に来る人の方が珍しいのだから、これは仕方ないだろう。
「色々あって迷っちゃいそう」
「でも早く決めないと。香澄が補習終わるまでに買うって話だったろ?」
「買う物は決まってるよ。実は下見は済んでるんだ」
「そうなのか?」
「うん。一昨日に来て、見てたから」
「へー…………ん?」
ここで俺は凄い違和感を覚えた。"一昨日に来て、見てた"?
「……一昨日に来てたんなら、その時に買えば良かったんじゃないのか?」
「……天才なの?」
頭痛が痛くなった。
なんで、こんな簡単な事を思いつかないのだろう。流石にメルヘンが過ぎるぞ、花園たえ。
「……凡才だよ」
「盆栽……有咲なの?」
「その盆栽じゃねーから」
「でも優人、有咲に似てる」
「性別すら合ってないのにか?」
俺を、あの属性過多な引き篭もり優等生と一緒にしないで欲しい。そもそも、たえは何処を見て俺と市ヶ谷さんが似ていると言っているんだ?
「結構似てるよ?2人とも、アンゴラウサギみたいな所とか」
「……そうか」
早く買い物を終わらせよう。それしか、俺の心の平穏を保つ方法は無い。
「そういえば……もう一つ聞いておきたいんだが、買う物が決まってるなら、さっきはなんで"迷いそう"なんて言ったんだ?」
「ああそれ?それは帰った後で、オッちゃん達と遊ぶオモチャの話だよ?」
「……なんでチョコ売り場で、うさぎのオモチャの話が出るんだ」
相も変わらず、本日も花園節は好調なり。
俺が売り場の入口で待っていると、たえは二つの紙袋を持って帰ってきた。
「はい。バレンタインプレゼント」
「今買った物を渡すのか……まあ、ありがと」
比較的に小さい方の紙袋を貰った。これで今年もチョコレートは、たえの分の一つのみだ。でも、沢山貰っても返すのが面倒だから、これくらいが丁度いいのだろう。
「じゃあ、帰ってから食べること、に…………」
「じーっ」
……たえの目線が、貰ったばかりの紙袋に集中していた。
「…………」
「じーっ」
紙袋を右に動かせば、たえの目線も右に動く。
紙袋を左に動かせば、たえの目線も左に動く。
「もしかして、食べたいのか?」
「うん」
いっそ、清々しいまでに綺麗な回答だった。一切取り繕う事すらしないのが、たえらしいといえばらしい。
「分かったよ。じゃあ早速、食べるとするか……お?」
すぐ近くの休憩ポイントに座って、紙袋からチョコレートを取り出す。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけど──」
そのチョコレートは、俺の知る、たえらしからぬチョイスの形をしていて
「──それ、本命チョコだから」
具体的に言うと、ハートの形をしていた。
「いやいやいや!?ちょっ、待て!本命って、おま、ええ!?」
「なんで動揺してるの?」
「いやだって、本命って、えっ?嘘だろ?!」
たえの頭に疑問符が浮かんでいるのを他所に、俺は今の言葉の意味を必死に考える。
え?本命って、つまり、そういう事なのか?いやでも、たえにそんな素振りは見られなかったし、でもバレンタインで本命って事は……ええ?!
「いいから食べようよ」
「お、おう……せやな」
たえがスッと近寄ってくる。昨日まで、これが当たり前のような距離感だったが、今は異様に気恥ずかしい。
そんな気恥ずかしさを誤魔化すように、チョコにかぶりついた。
「あむっ………………チョコだな」
「私にも頂戴」
「……ほらよ」
「あむっ」
……たえ。お前はなんで、俺が食べた場所を食べ進めるんだ。他にも食べれる箇所はあっただろう。
偶然なんだろうけどさ、でも、なんで今そこを食べるんだ。関節キスを意識しているのは俺だけか。
「ちょっとビターな感じ?でも美味しい」
「ああ、うん。なら良かった、な……?」
「さっきから、どうしたの?変な優人」
お前のせいじゃい。なんて言っても、たえには分からないだろう。およそ人の気持ちとは無縁の奴だからな。
だから俺は、たえの追及を誤魔化すために、もう一つの紙袋を指さした。
「んで、そっちの袋は……香澄達のか?」
「そう。こっちは
…………おや?
「ちょっと待て。本命チョコって意味、分かってるか?」
「それくらいは分かるよ。好きな人にあげるチョコでしょ?」
………………つまり、これは
「糠喜びぃ……っ!」
「どうしたの?急に頭抱えて、さっきから変だよ。病院行く?」
いつもの事だけど、いつもの、たえだけど……!よりによって、この日、この瞬間に花園節を発揮しなくても良かったのに──!
そう考えると、このハート型のチョコが凄く虚しく見える。
俺だって普通の男子高校生なのだから、たえクラスの美少女(たえは容姿だけならトップクラスだと思う)から本命と言われて期待してしまうんだ。
それが例え、不思議メルヘン少女"花園たえ"からだとしても……っ!
だが……そうだ。俺の知る花園たえは、そういう奴じゃないか。
天然で、ちょっと電波気味で、常人とは半歩ズレた考えから放たれる発言で人々を混乱させる……俺のよく知る、花園たえじゃないか。
「まあ、いいか。早く帰って来いよ?」
「え?一緒に帰るよ」
「いや、そのチョコ渡して来いよ」
…………別に、落ち込んでなんかない。本当だぞ。
─その後のポピパの話─
「はい、本命チョコあげる」
「わーい!おたえ、ありがとー!」
「チョコ……!」
「いや本命って……意味分かってんのか?しかもあのチョコ、贈答用だよな?ショッピングモールとかで買える奴」
「買ってきたんじゃない?さっきチョコ用意するの忘れたって言ってたし」
「有咲、見て見て!うさぎ型だよ、うさぎ型!」
「うさぎ型?んなバカな……マジで、うさぎ型だと……?!これ贈答用の筈だよな!?」
「うさぎだけで、ハートみたいな、他の形が1個も無い辺りが、おたえらしいね……」
「そう言われれば、そうだけどさ……なんか納得いかねぇ。なんで、うさぎ型の贈答用チョコなんて有るんだよ」
「でもこれ、高かったんじゃないの?今日はバレンタインなんだし、まだハート型の方が安く買えたと思うんだけど」
「高かったけど、無いものは、あげられないから」
「……どういう事だよ?」
「ハートは一つだけ」
「は?」
「有咲ー!おたえー!沙綾ー!皆で早く食べようよーっ!」
「香澄が呼んでる。行こ?」
「あ、おい。ちょっと待て!一体どういう事……行っちまった」
「私達も行こうか。早くしないと、りみりんが全部食べちゃいそうだし」
「いや、りみでも流石に無いだろ……にしても、ハートは一つだけって、どういう意味なんだ?」
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他