この作品を読み返して思ったんですが、最近はおたえである意味が無い話ばかりを書いていた気がします。皆さんと私がこの作品に求めるのは"おたえらしさ"であり、普通の話ではない──そんな単純な事すら忘れていたようです。普通であるなら、おたえである意味も無いですしね。
今回は、そんな私の反省と決意を込めた1話です。今後もしかしたらおたえクオリティの問題で更新がスーパー滞る可能性もありますが、そこはご容赦ください。
思えば3話目辺りが全盛期だったかも……
昼休みの中庭、普段はポピパの5人が座って弁当を食べている場所に、今日は2人の来客が訪れていた。
「こころんイェーイ!」
「香澄、イェーイ!」
「……すいません。いきなり」
それは、こころと美咲。普段はC組に居る2人だが、今日は「たまには別の場所で食べましょ!」という、こころの一声と共に半ば強引に連れられて、校内を散策して食事する場所を探していた矢先に出会ったのだ。
「謝らなくても大丈夫だよ。話す人が増える分には大歓迎だから。ね、みんな?」
「うん。早速なんだけど、このレタスと何か交換しない?できればハンバーグがいいな」
「乗らなくて良いからな奥沢さん。おたえも、そんな鮫トレする奴は優人以外に居ないって言ったろ」
……歓迎はされているようだ。レタス云々は意味分からなかったが、あの花園たえだし。と美咲は思考放棄気味に納得した。
自分のところの三バカと同じか、あるいはそれ以上と噂されるおたえの相手なんて、バカ正直にやったら疲れるだけだと、美咲は直感で感じ取っていたからだ。
「それにしても、こころと戸山さんって本当に仲良いですよね」
香澄の弁当に、それはもう大袈裟な反応をして、なにが面白いのか2人で盛り上がっているのを見ながら美咲は言った。
「似た者同士……なのかな?」
「そういえばハロハピとポピパって似てるよね」
「そうですか?」
おたえがそんな事を言い出した。しかし美咲には、常識人の有咲と沙綾が上手いこと制御できている仲良しバンドにしか見えないのだが。
香澄は確かに、こころみたいな感じだけど、今のところは、おたえだってマトモそうだ。りみだって常識人寄りだし、何がどうなったら、制御不能の三バカがいるハロハピと似ているように見えるのか。
「香澄はこころみたいだし、美咲は有咲みたいに苦労してそうだよね」
「誰のせいだと思ってやがる」
「香澄でしょ?」
「そうだけど、お前も原因の一つなんだからな!」
……なるほど、無自覚なのか。これは大変そうだ。有咲の苦労を知った美咲は、自分と似た役割に親近感を覚えた。
そして同時に、何故似ていると言ったのかも少し理解できた。担当楽器の人物の性格というか、役割が似たり寄ったりだという事に気づいたからだ。
「まあまあ落ち着いて。はい、にんじんどうぞ」
「お前のせいでヒートアップしてんだけどな……にんじんは要らない」
「嫌いなの?ダメだよ好き嫌いなんてしたら」
「ちげーよ。それ貰ったら代償に何を持っていかれるか分かんねーから要らないんだよ」
流れるように話が弾む二人の横で、美咲は自分の弁当を食べようとすると、おたえの目線が美咲の弁当をロックオンした。
「それ……」
「…………」
たえの目がじっと、ハンバーグに釘付けにされていた。箸でつまめば目線も動く。食べようとすると悲しそうな目で見られる。すごく食べづらい。
「…………」
「…………」
「……あの、交換します?」
「……!うん!」
この目線に晒されたままハンバーグを食べられるだけの意志力なんて、今の美咲は持ち合わせていなかった。
ハンバーグと鳥の唐揚げというトレード(最初はにんじんを出そうとしたが、それは有咲に止められた)を終えて、るんるんなおたえを見ながら美咲は唐揚げを代わりに口にした。
「奥沢さん、負けちゃったか……」
「いや、流石にあんな目で見られたら躊躇っちゃいますよ」
もしゃもしゃと唐揚げを咀嚼しながら、美咲は久しぶりに昼休みを平穏に過ごせる喜びを噛み締めていた。
なにせ、こころの相手をしなくていい。今は香澄が請け負っているから、こころの奇想天外な言動の数々に頭を悩ませなくても良いのだ。
そう考えると、さっきからチュンチュンと少し喧しい小鳥たちの囀りも余裕を持って楽しめるというものだ。
美咲にしては静かな昼休み。こころの声が聞こえない昼休みが、こんなに静かだったとは──
「…………あれ?こころと戸山さんは?」
「さっきまで、そこで2人で盛り上がってた筈だけど……」
居ない。さっきまで盛り上がっていた筈の2人が、いない。
「………………」
静かな昼休みが、途端に嵐の前触れのように思えてきた。2人が目の届かないところに居るという事は、それはつまり何のストッパーも無く暴れているという事で……
「……これは、不味いんじゃない?」
「そうかな?昨日食べた時は美味しかったけど、口に合わなかった?」
「唐揚げの話じゃなくてですね」
「ハンバーグも美味しいよ?」
ふぅ……と息を吐いて、美咲は考えることを止めた。まあほら、誰かが止めてくれてるかもしれないし……
そして美咲は現実逃避半分、自分の興味半分で、おたえに話題を振った。
「そういえば花園さんって、ギター上手いですよね」
「それほどでもないと思うよ」
ハンバーグにかぶりつきながら、おたえはそう否定する。しかし美咲から見たおたえの腕前は、Roseliaの氷川紗夜に勝るとも劣らない腕前のように感じられていた。
「自主練とかは当然やってるとは思いますけど、それ以外で、なにか家でやってる事とかってあるんですか?」
美咲としては、まだあまり親しくないおたえに当たり障りのない無難な話題をチョイスしたつもりではあったし、実際その通りの普通の話題だった。
「うさぎのお世話とか、お風呂掃除かな」
「……ん?」
「あと部屋の掃除。優人ったら、私にナイショで大量のお菓子を隠したりしてるから、見つけて没収しなきゃいけないんだよね」
「あいつは何やってんだ」
しかし返ってきた答えは、およそギターとは関係の無さそうな事ばかり。
もしかしたら話が噛み合ってないんじゃないかと一瞬危惧したが、周囲の誰もが──それこそ常識人の有咲すらも当然のように会話に混ざってくるため、自分の質問が変だったのか?と美咲は思った。
「もちろん自主練も欠かしてないよ。それは毎日やらなきゃいけない事だから」
「ですよね。1日でもサボると、途端に腕前が落ちてたりして愕然としたりしますからね」
「そう、だから1日たりとも手は抜けない。抜く気も無いけど」
少し脱線したものの、ちゃんと質問の内容に沿った答えを返してくれた事で美咲は一安心。
おたえの天然さについては事前に知っていただけに、最悪の場合は話が成立しないんじゃないかと思っていたからだ。
「そして毎日練習してると、時々自分が上手くなったって実感出来る時が来るんだよね」
「あー、分かります。出来なかった部分が出来るようになったりすると、成長したって実感できますよね」
「そうそう!この前までは焦がし気味だった卵焼きが上手く焼けるようになった時なんか、もう感動しちゃったもん」
「…………たまご、やき?」
「知らない?卵焼き。溶いた卵を卵焼き用のフライパンに落として、こう……こうする奴」
あれ、おかしいな。さっきまで楽器の話をしてた筈なのに、いつの間に卵焼きの話になってたんだろう。
動きを付けて分かるんだか分からないんだか微妙な説明をしているおたえに美咲は戦慄した。恐るべし花園たえ。まさか会話が成立してるように見せかけて実は成立していないなんて。
「今日お弁当に入ってる、この卵焼きは私が作った。自信作」
「えっ、そうなの?」
思ったのと違う返答に戸惑う美咲の横で、りみがおたえの卵焼きに注目している。その卵焼きは、黄金色に輝いて見る者の食欲を刺激していた。
「なるほど。だから最近、おたえのお弁当に少し焦げた卵焼きが毎日入ってたんだ」
「つーか、おたえが料理の特訓してるなんて初めて知ったぞ。なんでそんな事してるんだ?」
「お父さんが単身赴任する前は、お母さんが毎日愛妻弁当を作ってあげてたんだって。それを聞いたら私もやってみたくなっちゃって」
「ああ、優人の為にか」
ちょうどその時、それほど離れていないが近くもない共学校で、1人の男子生徒がくしゃみをしたという。
それを話すおたえの顔は完全に恋する乙女の物であり、普段は滅多に見られないであろうその表情は破壊力が凄かった。女子である美咲ですら、思わずドキッとしてしまった程だ。
「でも、毎日は大変じゃない?朝早く起きたりしないといけないだろうし……」
「私は早朝ランニングで早く起きるし、オッちゃん達のご飯とかも準備するから、その時に一緒に作っちゃおうかなって」
「三日坊主になるなよー」
「へ、へー…………」
改めて話してみて美咲は思った。おたえは、ひょっとすると三バカよりも話が通じないんじゃないだろうか?
あの三バカは話を聞かないが、ちゃんと説得すれば制御はできた。しかし、おたえはどうして、そんな風に話が歪曲する?
「それにしても、彼氏に手作りかぁ……青春してるなー」
「彼氏じゃないよ。お婿さんだよ」
「そうだった。まあどっちにしても、おたえの幸せそうな姿を見てると、なんか羨ましいって思っちゃう」
そして話は色恋沙汰へと移っていく。ここにいるのは花も恥じらうような乙女達ばかりなので、そういう方向に話が進むのも仕方の無いことだった。
「沙綾も欲しいの?」
「うーん……どうなんだろ?欲しいかどうかまで言われると、ちょっと悩むところだけど……」
「そもそも出会い自体が無いだろ。ここ女子校だぞ」
「近くの羽丘も女子校だしね」
言うまでもなく花咲川は女子校で、近くの羽丘も女子校である。それ以外の共学、あるいは男子校が近くはないというのもあって、異性と接する機会はそれほど多くはなかった。
「もし欲しいなら、私が沙綾にピッタリの相手を探してあげようか?」
「えっ?!」
だからこそ、おたえのこの発言に沙綾は驚いてしまう。いや、沙綾だけではない。りみも有咲も、そして美咲も、今の発言には度肝を抜かれた。
「おま、いつの間にそんな男子の知り合い増やしてたんだよ!?」
「わ、私達と殆ど一緒にいた筈なのに……!」
「やっぱりあれなんですか?優人さん経由とかで知り合ったとかですか?!」
「優人の友達は会ったこと無いんだよね。なんか、私と会うと大変らしくて」
おたえの発言の意味は分からないが、とにかく4人は混乱した。そして男を知るとここまで変わるのか、と戦慄もした。
「ち、ちなみに、私にはどんな人が合うと思うの?」
「沙綾にはオッちゃんが良いと思うよ。オッちゃんって先走り気味なんだけど、沙綾なら上手くフォローしてくれそうだし相性ピッタリだと思うんだ」
「……おっちゃん?」
美咲の脳内には、仕事に疲れた中年男性の姿が浮かんでいた。確かに沙綾の母性はそんな男性と相性ピッタリだとは思うが、しかし流石に年の差がありすぎはしないだろうか、と。
これは美咲がおたえの飼っているウサギの名前を知らなかったからこその発想であり、知っている沙綾達は「なんでさ」と言いたげにしている。
「なんで、ここでウサギの名前が出てくるんだよ」
「だって沙綾も欲しいって言うから」
「欲しいのは彼氏であってペットじゃないよ……」
「むっ、オッちゃん達はペットじゃないよ。いずれ花園ランドを建設した時には住民の1人になる家族なんだから」
おたえ的には、オッちゃん達は単なるペットのウサギではなく、立派に"人"という単位を付けるに値する家族であるらしい。
まあ、その溺愛具合は今まで散々見てきたから分かってはいたが、まさか恋人にウサギをあてがってくるとは予想外だった。
いやでも、よくよく考えたら初めておたえの家に行った時、おたえの母親が似たような事を言っていた。つまりこれ、花園家の共通認識なのだろうか?
「あの、おっちゃんって……」
「ああそっか、奥沢さんは知らないんだったか」
「オッちゃんって、おたえが飼ってるウサギの名前なんだ。確かオッドアイだからオッちゃんなんだよね?」
「そうだよ。2色の目が綺麗なの」
なるほど。と納得すると同時、さっきの中年男性のイメージが途端にウサギに変わってしまって意味が分からなくなる。人にウサギをあてがう、その考えが美咲には分からなかったのだ。
「奥沢さん。おたえに関しては、もうそういうもんだと受け入れた方が楽になれるぞ」
有咲は何処か清々しく、しかし諦めムードを漂わせながら美咲にそう告げた。その状態が、頑張ったけど折れてしまった有咲の努力の痕跡を垣間見せているような気がして、美咲は無言で頷いた。
「たっだいまー!」
「みんな楽しそうね!なにを話しているのかしら?」
と、ここで香澄とこころが戻ってきた。手には購買の袋がある。
「あ、ちょうどいいところに。今は花園ランドが出来たらって話をしてたんだ」
「いやしてねーよ」
「出来たら、こころも招待するね」
「花園ランド?なんだか綺麗な名前ね!その時はハロハピのみんなで遊びに行くわ!」
「えっ」
美咲が止める間もなく、花園ランドという未知の世界に強制連行される事が決定した瞬間だった。
「そうだわ!その時はミッシェルも呼ばなくちゃ!でも、熊のミッシェルも花園ランドに入れるかしら?」
「大丈夫だよ。花園ランドはどんな人でも受け入れるから。家のオッちゃん達も喜ぶ」
「それなら安心ね!」
こころとおたえという、花咲川の2大異空間が揃ってしまった。なんてことだ、
「そうだ!花園ランドに来たら、こころ達にもピッタリの相手を探してあげるね」
「よく分からないけど、期待して待ってるわね!」
「任せて。うさぎマイスターの名にかけて、ハロハピのみんなに相性抜群の子を見つけてあげる」
おい、これどうすんだよ。有咲が美咲を見た。すると美咲は、疲れと諦めムードを混ぜた雰囲気と共に有咲に告げた。
「市ヶ谷さん。こころに関しては、もう諦めた方が良いですよ。言っても聞かないんで」
「…………苦労してんだな」
「市ヶ谷さんもね……」
二人の友情が少し深まったような気がする、まだ暑さの残る昼休みだった。
オッちゃんの命名理由は分からないので適当です。でも多分合ってると思う。
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他