「外行くよ」
「ノックをしろとあれほど」
例によって例の如く、ノックすらしないで勢い良く扉を開けたたえがそう言った。
もう言っても無駄だと分かってはいるが、一応抗議しながら寝っ転がっていた身体を起こした。
「……で、なんだって?」
「デート行くよ」
「しれっと言い換えるな」
クローゼットから上着を出して渡してくるたえにそう返しながら、俺は仕方なく立ち上がる。
嫌がっても行くまで駄々こねられるのが目に見えているし、暇といえば暇だから付き合ってもいいか。
「まあいいけどさ。どこ行くんだ?」
「だから外に」
「そういう事じゃねーよ。外の何処だって話」
「…………花咲川?」
「誰が地名を答えろと言った」
ようはノープランらしい。決まってる時はちゃんと言ってくれるから、今のたえは間違いなく何も考えていない。ただ出たいだけか。
「まったく……じゃあ適当にうろつくか。行きたい所が見つかったら、そこに行けばいいしな」
「そうそう。それが言いたかった」
「絶対嘘だろ」
とにかく、外に出ない事には始まらない。
靴を履いて、玄関の扉を開けながら無意識に出した手をたえに握られながら、肩と肩がぶつかるくらいの至近距離を維持しつつ路地に出て宛もなくさまよう。
外は微妙に寒かったが、腕を絡ませて密着してくるたえが居れば、その寒さも幾分か和らぐような気がしていた。
「とりあえず、大通りの方行くぞ」
「おー」
ふらりふらりと歩いて大通りへ。土曜日だからだろう、多くの人で賑わっていた。
やはり家族連れが多いが、カップルらしき2人組や友達同士で来ているような一団もいる。
その人の波に流されながら、はぐれないように手を握る力を僅かに強くした。意図が伝わったのか、たえも少し強く握り返してくれた。
「そういえば、飯どうする?どっかで食ってくか?」
「考えとくよ」
「考えといてくれ」
俺は何でもいいけど、たえはどうだか。ちょっと見てみると、たえは、ぽけーっとしたような顔をしていた。まだ本気で何も考えていない証拠だ。
「……あ」
「ん?」
そんな、たえの足が止まった。目線の先には雑貨屋さんがあり、様々な動物をモチーフにした雑貨が多くショーウィンドウに置いてある。
そのショーウィンドウに近寄ったたえはその中の鶏とヒヨコをモチーフにした雑貨を見ながら、何でもないように言った。
「……鳥にしよっかな」
「そっか」
珍しいな、と思いながら頷いた。たえが外食する時は、ほとんどが牛肉を使った料理かハンバーグだから、それ以外を選ぶ光景は滅多に見られない。
「あっ……でもどうしよう」
しかし、たえの中で何かしらの葛藤があるらしく、迷いはじめる。
「…………ねえ、優人ならどうする?」
そして最終的に自分では決められなかったようで俺に話を振ってきた。
「俺か?俺は……今日は牛って気分かな」
「気分で決めるの?」
「こういうの、深く考えても仕方ないだろ。直感で決めればいいんだよ」
個人的に何を食うかで迷った時の選び方だ。ざっと見て、これだと判断したらすぐにそれを選ぶ。
深く考えると、どれも良いものに見えて決められなくなるのだ。……それを優柔不断と言われれば否定できない。
「直感で……分かった。じゃあ優人の言う通り、そうしようかな」
「そうしとけ。……それにしても珍しいな」
「あ、優人もそう思う?実は私も思ってた」
なんだ自覚はあったのか。と失礼ながら思った。そういうのをまるで自覚しないのがたえだから、てっきり今回もそうだと無自覚で決めつけていたからだ。
だけど、そうだよな。たえだって成長してるんだ。それが実感できたのが嬉しくなって、俺はちょっと笑いながら言葉を続けた。
「そりゃ思うさ。お前がまさかハン──」
「本当に珍しいよね、あのストラップ。モチーフがアンゴラウサギだよ」
おっと?
咄嗟に口を噤んで黙ってたえの目線を追ってみる。するとそこには、確かにアンゴラウサギのケータイストラップが置いてあった。
……他と比べると小さすぎて、雑貨の山に埋もれてる感じだけどな!
「普通うさぎのストラップっていったらアンゴラウサギは使われないけど、ここの店長はいいセンスして……優人どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより買うなら早く買うぞ」
「はっ!そうだった。早くしないと他の人に買われちゃうもんね」
やっぱりブレてなかった事に安心すればいいのか、それともガッカリすればいいのか。
どっちをするべきか分からなくなった俺は、取り敢えずたえに買うよう促した。
「いい買い物できた。ありがとう優人」
「どういたしまして……」
ちょっと精神的に疲れた買い物を終えて少し歩いていると、俺達のお腹が軽く鳴った。
その様子がおかしくて顔を見合わせながら軽く笑う。こういうところまで、たえとシンクロしなくてもいいのにな。
「さて、そろそろ決めようぜ。結局なに食うんだ?」
「え?」
「ん?」
俺がそう聞くと、たえがキョトンとした顔を見せた。
あれ、なにか変な事を聞いたか?と俺が首を傾げると、たえが何言ってんのさみたいな感じで言った。
「さっき鳥って言ったじゃん」
「あれ雑貨の事じゃなかったのか?!」
「なんでそう思ったの?」
おのれ花園節!と叫びたくなったのを必死に抑えて、辛うじて声を落として発言することに成功する。でも声は震えていた。
「ま、まあそれはいいだろ。それより、どういう風の吹き回しだ。普段は牛肉ばっかりなのに、今年から鳥にブームが移ったのか?」
「……あー、そうかもね」
「マジか」
冗談半分で言ったのに、これは衝撃的だ。誕生日に限らず、すき焼き……というか牛肉が大好きなたえが、まさか鳥に鞍替えするだなんて。
「言われてみれば最近は鶏肉ばっかりかも」
「えっ、そんなに?」
「そんなに。今はしょっちゅうだよ」
この言葉を聞いた時の衝撃がどれほどのものか、それを伝えるだけの言葉を俺は持ち合わせていない。
だって、昔っからハンバーグやら牛肉が大好きな電波系幼なじみの、あのたえがだぞ?顎が落ちる物だったら地中に埋まってるレベルだ。
「優人でも知ってるものだと思ってたけどなー」
「いや……知らなかった」
まさか、そんな。ちょっと見ない間にたえが牛肉から鶏肉に鞍替えしてるなんて。
そんな感じで衝撃を受けている俺に、たえはやれやれみたいな感じの顔で言ってきた。
「優人は流行りものに疎いっていうのは知ってたけど、ここまでなんて。これに懲りたら、ちょっとはテレビ見なよ」
「……まさかお前から流行りものなんて言葉を聞くことになるとはな」
「私だってそれくらいはチェックしてるよ。今は鶏肉が世間の流行りものっていうの、若い人達には常識……らしいよ?」
「はあ……鶏肉が世間の流行りものねぇ」
そう言われてみれば、頭の片隅に何か引っかかりそうな気がしないでもない。ヘルシーとか何とか……
「って、待て待て待て。世間のブームじゃなくて、お前の中ではどうだって話だよ」
「私?今は牛丼より親子丼がブーム来てる。牛丼は週一だけど、ここ数ヶ月、親子丼は食べてない気がするから」
「それブームって言わねぇよ。ただ食いたいだけだろ」
「そうとも言うね」
そうとしか言わねぇ。とツッコミを入れながら歩いていると、そこら中から良い匂いがぷんぷん漂ってきはじめた。もうそろそろお昼時だからか、多くの人々がお店に入っていっている。
「……よしっ、お昼は牛丼にしよう」
「親子丼とか鶏肉とか食いたいって散々言っといてお前……。
そういえば、お前って昔っから好きなものが出来たら、それに一直線だよな。牛丼なら牛丼だけって感じで、そこは本当に変わらない。少しは別の物でも食べたらいいのに」
さっきの時点でたえが昔からブレてない事は分かっていたから驚きは少ない。が、その変わった食生活はやはり奇妙に感じた。
週一で牛丼食べてたら、そりゃ親子丼というか、牛以外の肉が食べたくなるに決まってる。そもそもの話、週一で牛丼って中々おかしいよな。なんで飽きないんだ?
「いやいや、流石にお味噌汁とかも付けるよ。牛丼単品でもいいけどさ、お味噌汁とか漬物とか欲しくならない?」
「牛丼の話なんざしてねーよ。そういう事じゃなくて、お前の牛肉好きに対して言ってんの」
「牛肉だけじゃなくて、牛乳も好き」
「それは聞いてない」
「チーズも好きだよ。そしてチーズインハンバーグはもっと好きかな」
「それも聞いてない」
聞くまでもなく知ってるし。それに、たえが食べ物と飲み物は殆ど好きな事くらい、それなりの付き合いがある奴なら知ってるだろう。
「あ、上に乗せたのも大好き」
「知ってる」
「さすが」
「……褒められること、なのか?」
とにかく、たえはいつものように牛丼を食いたいようだ。なら俺もそれにするとしよう。嫌いではないし、チェーン店が多いから見つけるのも苦労しない。
「近場のに入るかー」
「いえー」
そう決めてから道を歩いて行くと、それほど遠くない場所に目当ての店を見つけた。
「ねえ優人」
「ん?」
「さっき、好きになったら一直線って言ったけど、その通りだと思う」
そこに入って注文した物が出来るまでの間、たえは椅子に座りながら言う。
「うさぎが好きでしょ、ハンバーグが好きでしょ、ギターが好きでしょ、優人が好きでしょ。
これって全部、ちっちゃい頃から変わってないんだよね」
4本の指を折り曲げ、最後に残った小指をどこか嬉しそうにこっちに向けた。
「ああ」
「ちゃんと見ててくれてるんだね、私のこと。今のそれ、私でさえ気付いてなかったのに」
……俺達の前に頼んだ物が運ばれてきた。最近は定食なんかを頼んで、更にご飯を大盛りにしてもワンコインと少しで食べられるのだから、学生の財布には非常に嬉しい。
頼んだ物をモグモグしながら、その合間にちらりと横のたえを見た。その頬が赤くなっているのは、いきなり温かい物を食べたからに違いない。
「自分の事なんて案外分からないもんだろ。他人から見られて初めて気づくことって、結構あるぞ」
「優人の秘密の隠し場所とか?」
「…………まあ、うん。そういう感じ」
「そっか、それなら納得。それで思い出したけどバームクーヘン美味しかったよ」
「またお前か。半分も食いやがって」
ちょうど真っ二つにされたバームクーヘンを見た時にそんな気はしてたというか、もう確信は持っていたけどさ。
つーか、安い時にちょくちょく買い集めてるお菓子コレクションを奪うの、そろそろ止めて欲しいんだが。
「私だけじゃないよ。持ってきたの優人のお母さんだし」
「母さんかよ」
「優人は無駄に溜め込んでて小腹が空いた時に助かるって」
「おい母さん」
……そういえば、来客用のお菓子って家に殆ど無い筈なのに、誰か来る度に何故か出てくるけど……あっ、そういうことか。
「覚えとけよ母さん……そっちがその気なら俺も考えがあるぞ」
こうしてメラメラと復讐に燃える優人は、秘策を手に自らのお母さんに飛びかかった……
優人と優人のお母さんによる、熾烈な争いが幕を開けたのだ──
「みたいな感じ?」
「変なナレーション入れるな」
しれっとしてるけど、お前も食ってんだろ。お前も覚えとけよ、いつか何かで仕返ししてやる。
「おやつといえばなんだけどさ、せっかくだし外で食べちゃおうよ」
「……別にいい」
早速仕返しの機会がやって来た。正直どっちでもいいんだけど、あえて嫌そうに顔を俯かせて食べるのに集中しながら、小さな声でそう返してやった。
この少し拗ね気味な姿を見たら、たえも多少の罪悪感を覚えるだろう。ふふん、俺の食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「決まりだね。じゃあ早く食べて、スイーツ探しの旅に行こう」
「人の話聞いてた?」
「聞いてたよ。別にいいって言う時の優人は、どっちでもいいって事だもん」
何故バレた。
俺がそんな事を言いたげな顔をしていたようで、たえは小さく笑って俺にこう言ったのだ。
「優人が私の事を良く見てるように、私も優人のことばっかり見てるからね。それくらい分かるよ」
という事らしい。なるほど、それもそうか。ちょっと考えれば分かることだった。
俺が悔しさと僅かばかりの嬉しさを噛みしめていると、たえの顔が耳元に近付いてきて、そして囁かれた。
「拗ねたフリしてる優人、可愛かったよ」
「〜〜〜〜っ!たえ、お前……!」
「ごちそうさま。ほら、優人もあと少しだから頑張って食べて」
拗ねたフリを見破られたばかりか、それを可愛かったなどと言われる始末。たえにしてやられるとは思わなかった俺の顔は、羞恥とかで真っ赤になっているのが自覚できるほどだった。
……少なくとも、たえには2度とこの手を使わない方がいいようだ。
くすくすといった感じの珍しい笑い方をするたえに、俺は暫く笑われ続ける事になる。
「ほら、さっさと行くぞ。どんなスイーツが食べたいんだ?」
「んー?」
「んー?じゃなくて答えろって。なんでこっち見てニコニコしてんだよ」
「ふふっ、優人可愛い」
「……何も案が無いなら俺が決めるぞ」
店から出て、ろくに答えないたえの手を引きながら、スイーツを売ってそうな場所に向かうのだった。
まあ、こんな休日も悪くない……かも?
ガチャは聞くな
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他