ようこそ花園ランド   作:因幡の白ウサギ

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つまり、心臓バクバク。



我が心は跳ね回る

 香澄たちPoppin Party、通称ポピパは、まあまあ人気なバンドグループだ。

 

 大きな大会で成績を残したりはしていないのでRoseliaほどの人気も知名度もないが、その代わりに地域密着型であるみたいだ。ファンの密度というか、その辺りが非常に強いのが特徴らしい。

「要は、Roseliaとかパスパレは全国区のアイドルで、ポピパはご当地アイドルみたいなもんなんだよ!」と前に友人が熱弁していた。

 

 で、そのファンの密度という意味不明な何かがなせる技なのか。香澄達のライブが終わると、チョココロネの山がファンから差し入れられる事が多い。

 貰ったはいいけど量が多すぎるという事で、俺が連れてこられた回数は数知れず。

 

 お陰でチョコを見ると少し胸焼けがするようになってしまった。チョココロネに罪はないし、ファンの好意だから無下にも出来ないんだけどさぁ……。

 

 これはポピパだけなのかというとそうではなく、たえからの又聞きになるが、ファンが付くような他のバンドも似たようなものらしい。

 中でもアイドルバンドのパスパレは凄まじいようだ。聞いてはいないが、多分Roseliaも似たようなものなのだろう。

 

 ……どこにでも、熱狂的なファンは居るという事なのかな。その熱意には感服する。

 

「じゃーん。どう?似合ってるかな」

 

「似合ってるけどチョココロネのポーズはどうなんだ」

 

 謎のドヤ顔でチョココロネのポーズとやらをしながら、たえが着替えた衣装を見せつけてくる。

 昨日届いたばかりらしい新品を着たたえは、上機嫌にくるりと一回転した。

 

 今度やるライブに使うらしいが、なんで喫茶店で使えるような感じの衣装なんだろうか。いや、まあ似合ってるし良いんだけど。

 

「それにしても、チョココロネありがとうライブだったっけ?ファンに日頃の感謝を伝えるって、それ自体は良い事だと思うけど……そのために衣装新調するのって、正直どうなんだ?」

 

「今回だけしか使わないって訳じゃないし、それに衣装の種類があるとテンション上がるよ」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんだよ」

 

 たえが俺の隣に座って、まだ着替えている4人を待つ。市ヶ谷さんの部屋で着替えているらしいが、着替えるのにそれほど時間の掛かる衣装ではない筈だし、もうそろそろ来るだろう。

 

「それにしても、着替えるんなら此処で着替えれば良かったのにさ。俺が外で待つだけでいいんだから、そっちの方が効率的だろ」

 

「でも香澄が有咲の部屋を見たいって言ってたし、どっちみち有咲の部屋で着替えることになってたんじゃないかな」

 

「ふーん。ほい麦茶」

 

 表面に水滴が出て来ている容器から麦茶を2人分注いで、一つをたえの前に置く。俺が自分の分を一気飲みしていると、たえは近くに置いてあったカバンから何かを取り出した。

 

「ありがとう。はい、きのこの里」

 

「少し間違ってるぞ」

 

「はい、きのこの里」

 

「認めないつもりかお前」

 

 暑い外を歩いて来た時に溶けだしていたのか、チョコの部分がデロっとしつつあるきのこを一つ口に放り込み、一気に甘ったるくなった口の中を再び麦茶で流す。

 

「あー……甘い」

 

「チョコなんだから甘いよ」

 

「うん。いやまあ、そうなんだけどさ……最近どうも甘ったるい物ばかり食ってる気がするな」

 

 お陰で最近、甘くないものの方が好きになりつつある……というか、普通に苦めの物を身体が欲するようになってきていた。

 

「缶コーヒーとか買ってくるか……?」

 

「あっ、それで思い出した。私ちょっと行ってくるね」

 

「……?行ってらー」

 

 俺のボヤきにたえが反応したかと思うと、そのまま蔵から出て何処かへと向かう。

 そうしてたえが出てから10秒も経たない内に、香澄達が戻ってきた。

 

「今おたえとすれ違ったけど、衣装着たまま何処に行ったんだ?」

 

「さあ?行先は言ってなかったから俺にも分からん」

 

「ふーん。…………まっ、別にいいか。おたえの事だし、どうせすぐに戻ってくるだろ」

 

 どうせ予想するだけ無駄だという事を経験から分かっている皆は特に気にせず、たえが戻ってくるまで雑談に興じる事にしたらしい。

 たえが居ないから練習できないって事なんだろうから、あいつにはサッサと戻ってきて貰いたいものだが……。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

「おい香澄。それ私のセリフだからな?つーか、なんかお前ん家みたいなくつろぎ方してるけど、ここ私ん家だぞ」

 

 たえが戻ってきたのは、それから3分くらい経過してからだった。まるで自分の家みたいにくつろいでいる香澄にツッコミを入れながら、市ヶ谷さんは何かを乗せたお盆を持っているたえを見た。

 

「なに?ばあちゃんが何か持ってけって言ってたのか?」

 

「そういう訳じゃないよ。ただちょっと、飲み物の種類を増やそうと思って…………はい、どうぞ」

 

 そう言いながらたえがテーブルの上に置いたのは、黄金に輝く二つのランプだった。

 

『…………………………』

 

「ささ、遠慮しないで飲んでいいからね」

 

「……あの、おたえ?これは一体……」

 

 自信満々な顔をしているたえの前で、もう見慣れつつある困惑顔の4人。俺はというと、無言で麦茶を自分のコップに注いでいた。

 沙綾が代表して、たえがたった今置いたばかりの二つのランプを指さして問うと、たえは自信満々に答えた。

 

「見て分かるでしょ。魔法のランプ」

 

「ああ、うん。やっぱりそうなんだ……」

 

「いやいやいや!?やっぱりそうなんだ、じゃねーよ!何でこんなもんが有るんだよ!!」

 

「家から持ってきた!」

 

「ドヤ顔で言うことじゃねーからな?!」

 

 それはもう、光り輝かんばかりのドヤ顔だった。

 りみと香澄は手を伸ばし、しかし躊躇いがちに手を引っ込めるという動作を繰り返している。触る勇気が無いのだろうか。

 

「でも家じゃ好評だったんだよ、このランプ。お母さんもお客さんに飲み物出す時はコレ使ってるんだから」

 

「おたえん家はそうだろうな、おたえん家はな」

 

「という訳で、はい飲んで。多分こっちがコーヒーで、多分こっちが紅茶の筈だから」

 

「何でそんな微妙に不安になるような事を……普通に蓋開けて確認すれば良──」

 

「ダメだよ有咲!」

 

 たえが市ヶ谷さんの手を掴んで止めた。疑問の目を向けた市ヶ谷さんに、たえはゆっくりと首を左右に振りながら、こう言った。

 

「どっちか分からない状態で注ぐ瞬間が、一番の楽しみなんだから」

 

「まるで意味が分からねぇ」

 

 市ヶ谷さんの言葉に、たえ以外の全員の心がシンクロした。

 

「……分かったよ。蓋を開けないで注げば良いんだろ?まったく……」

 

「でも中身は紅茶かコーヒーって分かってるんだからダメージは無いよね」

 

「変な物が入ってるよりは余程マシ、か」

 

「有咲ストーップ!」

 

 そう言いながら左のランプを手に取ろうとした時、それに待ったをかけた者がいた。香澄だった。

 

「今度は香澄かよ。なんだ?」

 

「私がやりたい!」

 

「はぁ?まあ、別にいいけど……何でだ?」

 

「ワクワクするじゃん!」

 

「…………そうか」

 

 市ヶ谷さんがそれだけ言って引き下がると、香澄はどれにしようかな。なんて言いながら指を交互にさし、右のランプを取った。

 

「これに決めたっ!」

 

 香澄が自分のコップに向けてランプの先端を傾けると、そこから橙色っぽい、明らかに紅茶の色ではない液体が飛び出してきた……。

 

「…………えっ」

 

 これには香澄もドン引きらしく、急いでランプを水平に戻してテーブルの上に置く。

 俺達はコップの半分くらい入った液体を見た後、たえに目線をやった。

 

「おたえ……これは……?」

 

「ごめんごめん。間違えてキャロットジュース入れちゃってたみたい」

 

「どうやったら紅茶とキャロットジュースを間違えるのかと小1時間問いただしたい」

 

「キャロットって……流石おたえちゃん、ブレないね」

 

「それほどでも」

 

「褒めてねぇから」

 

 何故か照れたたえは左のランプを持つと、流れるような動作で俺のコップに向けてランプを傾けた。

 俺が止める間もなく、今度はランプから黒っぽい液体が飛び出してくる。

 

「はいコーヒー」

 

「ああ……ありがと」

 

「お礼を言うのはこっちだよ。優人が缶コーヒーの話をしなかったら、このランプの事を忘れたままだったから」

 

「それはそれでどうなんだ」

 

 ランプからコーヒーが注がれていく光景はシュールで、かつランプの用途を致命的に間違えている。

 俺は前も見ていたから耐性があるけど、初見なら並々ならぬ違和感とインパクトがあるだろう。

 

「こうしてるとさ、なんだか喫茶店でアルバイトしてるみたいに見えない?」

 

「喫茶店にランプは無いって点を除けば、そう見えるかもな」

 

 今の衣装がそういう感じだからか、言われてみればそういう感じに見えなくもない。

 

「やってみたいな、喫茶店」

 

「良いんじゃないか?お前そういうのやっても似合いそうだし、接客の経験はあるだろ」

 

「でも開業資金どうしよう……」

 

「やるって本気で開業する方なんだ?」

 

 アルバイトの話してたから、てっきりそっちかと思ったんだが、どうやら違ったらしい。たえは想像を膨らませているらしく、香澄の言葉など耳に入っていない様子だった。

 

「そうなったら、まず優人に手伝って貰わないといけないよね。マスターとして」

 

「結構真面目に考えるのな……でももしやるなら、きっとそうなるんだろうな」

 

「香澄達にも手伝って欲しいな」

 

 アイスコーヒーで口の中を苦くしながら、たえが語っているのを聞き流す。まあまあ本気で考えているのか、それとも雑談として話しているだけなのか、俺には分からない。

 

「良いねそれ!喫茶店でライブとかやってみたいかも!」

 

「ライブの出来る喫茶店……そういうの有りそうだけど、無いのかな」

 

「名前とか考えてるの?」

 

「お店の名前?うーん……」

 

 指を顎に当てて少し考え込む仕草をしながら、たえは言った。

 

「……うさぎでいっぱいの喫茶店。つまり、ラビットハ──」

 

「それ以上いけない」

 

 なんか凄い悪寒が走ったので、たえの口を手で塞いで無理やり止める。その衣装でその単語を口走るのは、何かヤバい事が起こりそうな予感がした。

 

「どうしたの優人」

 

「いや、なんかさ。それだけは言わせちゃいけない気がして……」

 

「優人君って時々変なこと言うよね」

 

「香澄にだけは言われたくない」

 

 酷い!とか言ってる香澄の前で、もごもごと何かを言っていたたえは俺の手を剥がすと、ジト目を向けられた。

 

「びっくりした」

 

「ごめん」

 

「だめ。許しません」

 

 尤もなお叱りだった。たえは俺の右肩に寄りかかってきたかと思うと、そのまま全体重を俺に掛けてくる。

 

「もう、言ってくれれば心の準備が出来たのに」

 

「だからごめんて」

 

「罰ゲームとして優人には私を支えて貰います。どーん」

 

 俺が身体の向きを変えてたえの肩を掴み、ゆっくりと体重を預けさせる。俺を椅子の背もたれみたいに寄りかかってきたたえは、俺の胸に頭が来るようにしていた。

 

「落ち着く……」

 

「見た感じ随分と慣れてるけど、やっぱ家でもやってるの?」

 

「そりゃまあな。俺達このまま横になって寝たりもするし」

 

「寝たり…………」

 

 そもそもこの体勢、たえが昼寝する時の体勢を起こしたものに過ぎない。そして、この体勢を取るという事は、たえが安心しきっている証拠なのだという事を俺は知っている。

 だから俺はそこから間接的にポピパへの信頼を見て取れて嬉しくなるのだ。たえがそれほどまでに信頼する程の友人を多く得られたという事なのだから。

 

 であるから、顔を真っ赤にしたりみが想像しているような意味はない。と訂正しようとするより先に、たえが思い出したかのように言った。

 

「ああそうだ。優人にもう一つ、お礼を言わなきゃいけない事があったんだ」

 

「……そんなのあったか?」

 

「あった」

 

 すりすりと自分のお腹をさすっているたえに言われてから記憶を漁ってみるが、特に何も思い当たらない。俺がうんうん唸りながら何かあったら考えていると、たえがおもむろに爆弾をぶち込んできやがった。

 

「私、できたよ」

 

 飲み物を口に含んでいた4人が一斉に吹き出した。俺は口に含んでいなかったが、代わりに凄いパニくった。

 

「は?え?!」

 

「あ、優人の心臓が跳ね上がった。うさぎみたいにぴょんぴょんってしてる」

 

「オイオイオイ、冗談にしてもキツいわおたえ」

 

「嘘だと言ってよおたえ……!?」

 

「おたえちゃん、嘘だよね!?」

 

「もうエイプリルフールは過ぎたよ!ジョークにしてもキツいって!」

 

 のんきに早くなった俺の心臓の鼓動を聞いているたえにこぞって詰め寄ると、たえはきょとんとした顔で更に爆弾を投げてくる。

 

「嘘じゃないよ。優人が当ててくれたから、お陰で何とか出来たんだ」

 

「オイオイオイ、おいおいおいおい。死んだわアイツ」

 

「へえ……ゴム抜きでかぁ。大したもんだね」

 

「待って、待ってくれ!俺は無実だから!」

 

「いやでも当てたって」

 

「優人君……とうとう我慢できなくなっちゃったんだね」

 

「待てって!りみも誤解だから!」

 

 ヤバい。何がヤバいって、沙綾の俺を見る目がヤバい。麺棒で人を殺せる目をしてやがる。

 

「たえ、誤解だよな!何かの間違いだよな!そうだと言ってくれよ!?」

 

「そんなこと言われても。私、優人以外とはしてないし……」

 

「望みが絶たれたーっ!!」

 

 ああ、これは死んだな。物理的にも、社会的にも。

 そんな諦めにたどり着いた俺は、気づけば四方向を立っている4人に囲まれていた。

 

「有咲裁判長。判決は?」

 

「死刑」

 

「異議あり!」

 

「却下。被告人は静粛に判決を受け入れろ」

 

 なんて無体な。しかし、原因は意図しないにせよ俺にあるのだからぐうの音も出せない。

 

「私からも聞きたいんだけど、みんな何をそんなに慌ててるの?」

 

 そんな時、たえが片手をあげながらそう言った。その様子は完全に普段通りで、まさか事の深刻さを当の本人が理解していないのか?と思ってしまう程だ。

 

「だって、おたえに子供が出来たって……!」

 

 香澄が何かを堪えながらそう言うと、たえは今度こそキョトンとした。そしてそのまま、信じられないとでも言いたげな顔で俺達にこう言った。

 

「…………そんなこと一言も言ってなくない?」

 

『えっ?』

 

 俺達は顔を見合わせた。いやでも、流れ的にそういう方向だったんじゃないのか?

 俺達の困惑を他所にたえは起き上がって自分のバッグを漁ると、そこから一枚の紙切れを出して俺達に突きつけてくる。

 

「まあいいや。ほら優人、お陰で出来たよ!小テスト!」

 

「セーーーーッフ!!」

 

 それは、数学の小テスト用紙だった。

 

 それを確認した途端、思わずプロの審判ばりのキレキレな動作でコロンビアポーズ。多分、今の俺の前には【無罪】のテロップが出ているに違いない。

 

「えっ?じゃあさっき、お腹をさすってたのは一体……!?」

 

「ちょっとお腹の調子が悪くて」

 

「紛らわしいんだよ!!」

 

 市ヶ谷さんのツッコミが、これ以上にないほど鋭く冴え渡る。そんな市ヶ谷さんなんて見向きもせずに、たえは自慢げに話を続けた。

 

「優人が"この辺じゃね?"って張ったヤマが見事に当たったお陰で…………?どうしたの、みんな」

 

「良かった…………神は、まだ生きてたんだな」

 

「正直、今回ばかりは完全にアウトだと思ったよ……」

 

 脱力した市ヶ谷さん達は力なくへたり込む。これから練習があるというのに、その前に気力を使い切った感があった。

 俺も本気で安堵の息を吐き出しながら、なんだかこの5分程度で精神が酷く疲れたのを感じていた。

 

「……ところでお前らさ。勘違いする言い方したたえが原因とはいえ、俺に死刑判決出してたよな」

 

「私は信じてたよ優人君」

 

「あ、私も私も」

 

「私も!」

 

「……私も」

 

「お前らの手のひらはドリルか何かか?」

 

 さっきまで死刑判決出してた奴とは思えない手のひら返しの速さに、思わずそう呟いてしまった俺は悪くないだろう。

この作品のどの部分を見に来てるんですか?

  • 会話(いわゆる花園節・おたえ節)
  • デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
  • うさぎ(説明不要)
  • その他
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