ようこそ花園ランド   作:因幡の白ウサギ

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生きてますよ、辛うじて



重たさは人それぞれ

 

「おいでー。みんなおいでー」

 

 学校終わり。花園家の前を通ったら、庭からたえの声がした。

 

「うさぎの餌やりか?」

 

「あ、優人。おかえり、今日は遅かったね」

 

「まあちょっと委員会の仕事がな。ああはいはい、騒ぐなお前ら」

 

 餌に夢中になってたウサギ達が、俺を見た途端にぴょんぴょん駆け寄って来て鳴き始め、前足でペチペチし始める。

 そんなウサギ達の波をかき分けるようにしてたえの横に座ると、うさぎ達もやって来た。

 

「そうだ。オッちゃん達にご飯あげるの優人も手伝ってよ。はいこれ」

 

「分かった。よしよし、ほらご飯だぞー」

 

 たえと手分けしてご飯を与えていく。昔からウサギを飼ってる花園家が横にあるから、うさぎの餌やりに関してはそれなりに自信がある。

 他の動物?猫にマタタビと猫じゃらし持って接近しても逃げられるのに、餌なんてあげられるわけないだろ。

 

 いやほんと、なんでウサギ以外には好かれないどころか威嚇されるんだろうな。体質にしては酷すぎやしないか?

 改めて自分の極端な動物との相性について考えながら動いていると、いつの間にか全てのウサギにご飯が行き渡っていた。

 

「これで全員にあげられたかな」

 

「大丈夫だと思うぞ」

 

 うさぎ達が黙々と与えられたご飯を食べている。それを改めて見ると、これって動物園とかで見るような光景だよなと不意に思った。一般家庭で、ここまでの数のウサギを飼っている家なんて花園家を除いて他には無いだろう。

 

「こうして黙ってたら本当に和む光景なんだがな」

 

「黙ってなかったら?」

 

「押し潰してくる恐怖の集団になる」

 

 今でこそ笑って済ませられるけど、昔は理由も分からず押し潰されるのが怖くてしょうがなかった。そんな俺をたえは羨ましそうに見てたけど、何度変わって欲しいと思った事か……。

 

「たえちゃーん。オッちゃん達にご飯あげ終わっ……あら優人君じゃない」

 

「どうも。お邪魔してます」

 

 たえの母さんの野々絵さんがリビングから顔を覗かせた。俺に気付くと軽く手を振ってくれたので俺も振り返す。

 

「お邪魔なんて、そんな堅苦しくしなくて良いわよ〜。私達、もう家族みたいなものなんだから」

 

「それは、そうですけど」

 

 俺が答えに困っていると、野々絵さんは何かに気づいたようにハッとしながら言った。

 

「ということは……つまり、優人君は実質的に私の息子って事よね」

 

「…………まあ、そうとも言えますね」

 

 にこにこしながら野々絵さんが近寄ってくるのに、俺は凄い嫌な予感を感じながら後ずさった。あれは凄く碌でもないこと考えている顔だ。

 

「たえちゃん、キャッチよ!」

 

「ぎゅーっ」

 

「なっ!?しまっ……!」

 

 そのまま後ずさって家に逃げ帰ろうと思ったのだが、たえが後ろから羽交い締めしてきて動きを止めてきた。そんな俺達を、オッちゃん達が食べるのを止めて見ている。

 

「くそっ、放せ!」

 

「やだ。死んでも離さない」

 

「そういう放せじゃねーし、しかも重すぎるわ!」

 

「むっ失礼な!私、別に重くないよ!!」

 

「体重の話なんざしてねーよ!」

 

 どうだと言わんばかりに体重を掛けてきた。……確かに、たえが言う通り軽い。軽いんだが……色々当たってんだよなぁ。

 散々たえと色々しといて今更なに恥ずかしがってんだと言われそうだけど、心の準備が出来てないのに不意に身体接触するとドキッとするに決まってる。

 

「ああもう、分かった!分かったし逃げないから放せ!」

 

「ふふん、私の勝ちだね」

 

「……そもそも勝ち負けなんてねぇよ」

 

 野々絵さんに言われて捕まえてただけだろうに、いつの間に俺との勝負に変わったんだろう。

 

「じゃあ負けた優人には何をしてもらおっかな」

 

「ちょっと待てぃ!!」

 

 しかもなんで勝手に勝ち負けを決められた挙句、罰ゲームまでやらされる流れになってんだよ!

 

「どうして罰ゲームなんてやらされるんだ!俺はやらんぞ!」

 

「……うん。優人には、うさぎパジャマを着てもらおうっと」

 

「嫌だっての!あれ女性用のだって言ってるじゃねーか!」

 

 着れるけど、自分でも分かるくらい微妙だ。たえはそんな俺とペアルックとか言って写真取ろうとするし、それをポピパのグルチャに上げもする。

 ちなみに市ヶ谷さん曰く「最初に見た時は腹筋が爆発した」らしい。つまり、それくらい似合ってないって事だ。

 

「大丈夫。ぜったい可愛いから」

 

「お前のセンス絶対おかしいよ」

 

「若いっていいわねー」

 

 そんなやり取りを近くで見ていた野々絵さんは、そう言って微笑んだ。そして野々絵さんは、その微笑みを浮かべたまま何の脈絡もなくこんな事を言い出す。

 

「ねえ優人君。私の事、ちょっとお母さんって呼んでみない?」

 

「何を言ってるんですか、いやマジで」

 

「照れないで、さあカモン!」

 

「野々絵さんってそんなキャラでしたっけ」

 

 淡々と流さないとこの先生きのこれない事を経験から学んでいる俺は、これ以上ないほど適当に野々絵さんの発言を流す。

 少し悪い事をしてるなと思わないでもないけど、こうしないと疲れ果てるのは俺なので申し訳ないがセメント対応で流させて貰っているのだ。

 

「あっ、もしかして練習してないから照れて言えないとかかしら?」

 

「お母さんって呼ぶのに練習なんてするもんですかね」

 

 気恥ずかしさがあるのは否定しないけど。だって親しいとはいえ他人様の母親だし、生まれてから母さんと呼んでるわけじゃないから違和感も感じる。

 ……そういう意味では、練習が必要というのも間違いではないのかもしれない。

 

「私も練習しなきゃ。息子さんをたえちゃんに下さいってね」

 

「それ色々と間違ってますよ」

 

「そうだよお母さん」

 

「お、おお……たえが言うのか」

 

 珍しくたえも賛同してくれた事に軽い驚きを覚える。普段は野々絵さんと結託してるんじゃないかってくらい俺を困らせるのに、今日は比較的まともなのだろうか。

 

「優人は嫁入りなんだから、そこ間違えたら駄目だよ」

 

「本気で言ってるならキレるぞお前」

 

 とか思ってた俺は実におめでたい奴だったらしい。でもまさか5秒と経たずに前言を翻す羽目になるとは思わなかったぞ。

 

「優人は私の嫁」

 

「うっせえドアホ」

 

「アホって言った方がアホなんだよ」

 

「いまアホって言ったろ」

 

「優人もアホって言ったよね」

 

 たえのアホ。優人のアホ。そんな感じにお互いにアホアホ言い合っているのを、野々絵さんは楽しげに見つめていた。

 

 

 

「私の好きなところってどこ?」

 

 その日の深夜、たえから突然そんな事を聞かれた。

 2人で寝ると流石に少し狭いベッドの上で、俺は横のたえを目線をやる。

 

「どうした藪から棒に」

 

「ちょっと気になっちゃって。優人は何処を見て私を好きになったのかなって」

 

 たえがこういう質問を投げてくる時は、大体が自分の中に生まれた不安から目を逸らしたい時だ。俺はその不安を解消させるために、たえの頬に手を置いた。

 

「全部っていって納得するか?」

 

「するけど、もう少し欲しいな」

 

 たえの綺麗な指が俺の鎖骨の辺りに置かれる。つーっと動いた指は俺の喉を伝って、そのまま唇に到達する。

 たえは直後にその指を俺の唇から離し、自分の唇に強く押し当て、その指をまた俺の唇に戻してきた。

 

「間接キス」

 

「そうだな」

 

 頬を優しく摘んで柔らかさを堪能しながらそう返すと、どういう訳か不満顔だ。

 

「もっと反応してよ」

 

「間接じゃないキスなんて何度もしてるんだぞ。逆に反応に困る」

 

 ついさっきまで何度もしていた事だし、今更その程度で恥ずかしがったりはしない。初心な俺はとうの昔に消え去っているのだから。

 

「うーん。そういえばそうだった」

 

「まったくお前は……」

 

 俺の手はたえの頬を離れ、たえの指と逆に首を伝って鎖骨の方へ降りていく。そのまま降りていった手は、たえの心臓の鼓動を感じられる胸で止まった。

 たえのキメ細かい素肌は、俺の手のひらに言いようもない心地よさを伝えてくる。

 

「えっち」

 

「知ってる」

 

 真顔で返すと、たえはぷっと軽く吹き出した。唇に触れていた指が動き、今度は俺の頬をツンツンとつつき始めた。

 

「ここで新事実。実は私、少し大きくなったんだよ」

 

「なにが?」

 

「えっち」

 

「聞いただけじゃん……」

 

「ニヤニヤしてる。分かってるんでしょ?」

 

 もにもにと手を動かしていると、ツンツンしてくる速度が早くなった。俺が手を止めると、たえはその手を引き剥がしてきて、そのままガッチリと俺の手をホールドしてくる。

 

「もう、仕方ないなぁ優人は。でも私以外にやっちゃ駄目だよ」

 

「やらないやらない」

 

「ならよろしい。花園ランドでの終身刑で許してあげよう」

 

「許すのハードル低いなオイ」

 

 ……いや、高いのか?いかんな、分からなくなってきた。相当毒されてるみたいだ。

 

「そうかな。優人が思ってるほど甘くないよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ。先ず朝はしっかり早く起きてランニングしてー、それから夜まで労働してもらってー、お風呂入ってご飯食べて寝てもらう。ふふん、過酷でしょ」

 

「ただの健康的な一般家庭の日常じゃねーか」

 

 そうとも言うね。とたえが笑う。そうとしか言わねーよと返すと、何がおかしいのか笑みを見せてきながら言った。

 

「優人って面白いね」

 

「お前にだけは言われたくなかった」

 

 お前が言うな。の方が正しいのかもしれない。

 どちらにしろ、たえが言っていいことではないのは確かだろう。他人から見れば、たえの方が遥かに面白い人だろうから。

 

「酷くないかな」

 

「酷くない」

 

 常夜灯の薄暗い光が艶やかな黒髪を照らしながら、その存在を主張してきている。

 長く艶やかな黒髪に、整った顔立ち。いわゆるモデル体型な上にクールビューティと呼ばれるように変化を見せなさそうな真顔……

 

 ほんと、たえを構成する要素を抜き出して見れば完全に凄い美人なのに……どうして声を出すと残念な内面が余ることなく飛び出してくるのか。

 まじまじと見つめなくても外見の良さが分かるだけに、その残念さが際立っている。

 

「……お前ってさ」

 

「うん?」

 

「綺麗だよな」

 

「そんなに褒めても人生しか出せないよ」

 

「うわぁ重い」

 

 ぽっと顔を赤らめたたえには悪いが、正直今の発言は自分でどうかと思った。振り返ってみると話がおもむろに飛んでるし、しかも出てきたのが容姿を褒める言葉って完全に気持ち悪い奴じゃないか。

 

「何も乗ってないよ」

 

「重いって物理的な意味じゃなくてだな」

 

「私が重いって言うんだね?酷いっ」

 

「だからそうじゃなくて……」

 

 溜息を一つついてから、シミ一つ無い天井を見上げる。もう嗅ぎ慣れたたえの部屋の匂いが鼻腔をくすぐった。

 たえの部屋は大抵の人の予想に反して、何処も彼処もウサギまみれ……というわけではない。ヘッドボードの上にウサギのぬいぐるみが置いてあるとか、壁にウサギの絵が飾ってあるとか、そういう感じで控えめにしか無いのだ。

 

 ……しかしいつ見ても思うが、たえの部屋って広いなぁ。俺の部屋より広いし、しかもビデオデッキやらスピーカーやら完備してやがる。

 

「……ふんっ」

 

「おわっと」

 

 たえの部屋を見える範囲内で観察していたら、唐突にたえが俺の腰に手を回して引っ張ってきた。

 頬をぷくっと膨らませているたえはギャップからか本来の三割増しくらい可愛く見えたが、どうして急にそんな事をするのか……

 

「……まさかとは思うが、自分の部屋に嫉妬したとかじゃないよな」

 

「ふーんだ」

 

 思い当たる事を適当に言ったら図星なのか目を逸らす。なんで自分の部屋にまで嫉妬してんだコイツ。

 たえは目を逸らしたまま、深刻そうな声色で呟き始めた。

 

「……夜って、実はあんまり好きじゃないんだ」

 

「急にシリアスめいた雰囲気醸し出して誤魔化せると思うなよ?」

 

「静かだし、真っ暗闇で先が見えなくて、気付けば後ろも分からなくなって……」

 

「無視かい」

 

「そう思うとトイレに行けなくなるよね」

 

「しかもオチがそこか」

 

 なんつーしょうもない話を……。もうちょっとカッコよかったら誤魔化されてやろうかとも思ってたけど、オチがそれだと誤魔化されてやる訳にもいかない。

 

「……あ。今の歌詞に出来そうじゃない?」

 

「いいんじゃないか?タイトルは夜トイレに行けない歌に決まりだけど」

 

「実はタイトル案も閃いた。うさぎは月を見上げて夜を駆ける。とか良いかも」

 

「いやいやいや。トイレに行けないってイメージがどうして…………ああ、駆けるってトイレ目掛けて?」

 

「トイレ目掛けて」

 

 たえは頷いた。アホか。

 

「……もう寝ようぜ。明日が辛くなる」

 

「もう今日だよ優人。こんにちわー」

 

「うっせ」

 

 俺が大あくびをすると、たえにも伝染ったらしくたえも大あくびをした。深夜帯の謎テンションのせいなのか、そんな些細な事が面白く感じた俺たちは、眠気が来るまで顔を見合わせて笑っていたのだった。

 

この作品のどの部分を見に来てるんですか?

  • 会話(いわゆる花園節・おたえ節)
  • デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
  • うさぎ(説明不要)
  • その他
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