「散歩行こうよ」
春のある日。いつものように部屋でゴロゴロしていると、たえが部屋に飛び込んで来るなり徐にそう言った。
「別にいいけど……どうしたんだよ、いきなり」
「新曲のアイディアが浮かばなくて。気分転換に」
「その理由で俺を連れて行く意味が分からんのだが……分かった。準備するから少し待ってろ」
「40秒?」
「3分待て」
どうせ今日は何もない。強いて言うなら、これから夕暮れまで布団でゴロゴロする予定くらいしか無いから、たえに付き合って外に行くのも悪くないだろう。
たえを一旦、部屋の外に出して部屋着から外行きの普段着へと着替える。どんな季節でも着て行けるパーカー万能説を俺は唱えたい。
「財布よし。中身もよし。スマホもよし。身嗜みは……まあ、よし」
たえは玄関で既に靴を履いて待っていた。玄関には、もう俺の靴も出ていて、たえの気合いの入りようが伺える。
「行くか」
「しゅっぱーつ」
後ろからの、「どっか行くんなら、ついでに買い物も行ってきてー」という母さんの声に送られながら、たえと俺は春の街へと繰り出したのだ。
「それで、今日は何処に行くんだ?」
春休みだからか、昼間から走って行く小学生とすれ違いながら、たえに問う。
たえは「うーん」と唸りながら、空を見上げていた。何かあるのかと俺も見上げてみるが、一本の飛行機雲が青空を横切っている事以外に、変わった様子は無い。
「お腹減ったな……」
「まだ10時を過ぎたくらいだぞ」
とは言っても、たえからすれば、そもそも時間はあまり関係ない。腹が減ったら食べる。くらいの単純な思考をしているからだ。
腹が減った時が飯の時間であると、そう考えても構わないだろう。
「とにかく、何をするにしても行き先を決めないと、このまま歩きっぱなしって訳にもいかないしな。たえは何処に行きたいんだ?」
「今日は、うどんの気分かな」
「は?」
「え?」
お互いの頭に、疑問符が乱舞した瞬間だった。
「……たえ。お前、今なんの話してる?」
「お昼ご飯に何を食べに行きたいかって話でしょ?」
……確かに、何処に行きたいか。としか聞いてなかったけど。しかし、さっきも言ったが、まだ10時を過ぎたくらいである。
「流石に気が早くないか……?」
「そっか、それもそうだね」
やけに物分かりよく引き下がった、たえに疑問を持ちながらも、納得してくれたかと安堵の息を吐こうとした。
だがやはり、流石は花園たえといったところか。直後に息を飲み込むような発言を、ぶちかます。
「今は10時のデザートの時間だもんね」
「そういう事じゃねーんだよ」
そうまでして食いたいのか。そして、そんなに腹が減っているのか。
俺のツッコミなんて聞こえていないのか、たえはフラフラと歩きながらデザートの事を考え始めた。
………危なっかしいな。目の前で交通事故を起こされても困るので、仕方なく、たえの腕を掴んで引き寄せる。
たえはまだ考え事をしていた。
「杏仁豆腐、ぜんざい、大福……どれにしようかな」
「何故そのチョイス?……飯の事を考えると、軽く食べられる物が良いんじゃないか?」
全部軽い物な気はするけどな。そんな事を考えながら、たえが結論を出すのを待つ。
少ししてから、たえは閃いたとでも言うかのように、掌を握り拳でポン、と叩いて言った。
「よし決めた。有咲の家に行こう」
全力でズッコケた。
「なんでそうなった?!」
「有咲の家なら香澄達が居るかもしれないし、気分転換には持ってこいだから」
「気分転換?…………あー、新曲のアイディアがどうのって奴か」
「忘れてたの?」
「お前の花園節の所為でな……!」
たえの自由すぎる言動に振り回されて、なんだか酷く疲れた。たかが数十分の出来事なのに。
だけど、これから市ヶ谷さんの家に向かうというし、それで少しは楽になるだろう。
(それまでの辛抱だ、俺)
「ところで、ぜんざいも捨て難いと思ってるんだけど。優人はどっちが食べたい?」
「…………どっちでもいいよ」
どこまでも自由な、たえを引き連れて、俺達は市ヶ谷さんの家へと向かう事にしたのだ。
「帰れ」
そして、市ヶ谷さんの第一声がコレだった。だけど、この取り付く島も無い拒絶を、誰が責められようか。
「……だってよ、たえ」
何故なら
「だって、香澄」
ここに居るのは
「ええ〜!?ありさーー!」
たえと俺だけではないのだから。
「くっつくなぁ!そんな事しても、入れてはやらねぇからな!」
ポピパの問題児、その2人が編隊を組んで襲来すれば、市ヶ谷さんでなくても同じ反応をするだろう。
「やっぱり、途中で香澄を拾ったのは失敗だったか……?」
「でも有咲、嬉しそう」
「そうか?どう見ても困ってるか、それかキレてるだろ」
たえには、どうやら俺が見ている光景とは別の物が見えているようだ。市ヶ谷さんの、あの様子を見て、如何して嬉しそうなんて感想が出るのだろう。
「有咲は素直じゃないから」
「誰がツンデレだぁ!?」
「そんな事、誰も言ってねーよ」
俺が指摘すると、市ヶ谷さんは「あ………」と"しまった"みたいな表情をしながら言った。自爆してんじゃねーか。
しかしそうか、市ヶ谷さんはツンデレなのか。
「ち、違う!おい、ちょっと待て。そんな目で私を見るな、おい!」
「まあまあ。玄関で騒ぐのも迷惑だし、一先ず和室で話そうよ」
「おー!おっ邪魔しまーすっ!」
「オイオイオイ!?おたえはなんで、さも当然のように私の家に上がり込んでんだよ!?
そして香澄ィ!まだ入っていいって言ってねーんだけどぉ!?」
そんな市ヶ谷さんのツッコミも虚しく、2人は和室の方へと向かって行ってしまった。
残された俺と市ヶ谷さんは、何とも言えない表情で互いを見つめて、溜息を同時に吐いた。
「…………上がってけば?」
「なんか………ごめん」
「良いんだ。もう、嫌でも慣れちまったし……」
押し付けられるとか考えていた、さっきまでの自分が少し嫌になってしまうような、そんな午前中であった。
「今度、なんか菓子折りでも持ってくるわ……」
「………………頼んだ」
俺と市ヶ谷さんも、先に行った2人の後を追って和室へと向かったのだ。
「それで結局、おたえと香澄は何をしに来たんだよ」
くだらない理由だったら追い出してやる。という気迫が立ち上る質問だった。
香澄は出された緑茶をズズーッと飲んでから、満面の笑みで言った。
「分かんない!」
「帰れ」
「待って、待ってよ!だって私、おたえに連れて来られただけだもん!」
「…………おたえが犯人か」
首根っこを掴まれた香澄が慌てて弁明すると、市ヶ谷さんは引き攣った表情で、たえの方を見た。
たえは素知らぬ顔で、お茶をズズーッと飲んでいた。そうしてから、市ヶ谷さんからのジト目に気付いて一言。
「……有咲のツインテールって、クロワッサンみたいだよね」
「く、クロワッサン?」
そんな事を言われたのは初めてなのだろう。珍しく市ヶ谷さんの素っ頓狂な声が聞けた。
「え?!有咲のツインテールって、クロワッサンなの!?」
「え?そうなの有咲?」
そして伝染する勘違い。香澄だけでなく、言い出しっぺである、たえも何故かボケている。
香澄はともかく、たえは如何して言い出しっぺのクセにボケてんだ。
そんなヤベー奴2人に挟まれた市ヶ谷さんは、俯いて体をプルプルと震わせて、
「もう帰ってくれーーーーっ!」
多分、本気の慟哭だった。
「そういえば、おたえは如何して有咲の家に来たの?」
「新曲のアイディアが浮かばなくて、それで気分転換をしようと思ったんだ」
そんな市ヶ谷さんの横で、何食わぬ顔をして会話を続ける2人が、俺には悪魔のように見える。
「…………………………それで、なんで、ウチなんだよ……?」
「有咲ならヒントをくれるかなって。ほら、3人寄れば──」
「文殊の知恵か。でも、市ヶ谷さんはまだしも、音楽ド素人な俺が居ても文殊には……」
「──もんじゃ焼きって言うし」
「それ違う。合ってるの語感だけだから、すっごい間違いしちゃってるから」
お前そこまで腹減ってんのかよ。3人でもんじゃ焼いてどうすんだ、それただ3人で飯食ってるだけじゃねーか。
「と、いうかだな。ナチュラルに私を3人目に含めんな」
「えっ…………」
たえはショックを受けたような表情を見せた。珍しい表情だが、今の言葉が余程心に刺さった…………わけ無いか。無いな。たえだし。
「い、いや。もちろん頼られるのは吝かじゃねーっていうか、なんていうかなんだけど……。でもキーボードの私が、ギターのおたえに何を言えるのかって事を言いたくてな?
重ねて言うけど、別に頼られるのは嫌じゃねーっていうか……」
たえの表情を見て、悪いとでも思ったのだろう。慌てて弁明する市ヶ谷さんは面白かった。なるほど、コレはツンデレと呼ばれても致し方ない。
だけど、その弁明がすぐに無に帰る事を、たえとの付き合いが長いから分かってしまっていた。たえの事だから、この後、絶対に変な返しをするであろう事を。俺は直感で感じていた。
「有咲……
人じゃないの?」
「そうじゃねえよ!?私は力になれないから、頭数に入れるなって言ってんだよ!!」
「有咲。大福、無い?」
「人の!話を!聞けぇ!!」
とか叫びながら、バァンと大福を持ってくる辺りは凄いと思う。俺なら問答無用で家から叩き出しているところだ。
「3人に入らないなら、有咲は4人目だね!そして私が3人目!」
「……香澄、天才なの?」
「アホーーッ!!」
「……いつか、ツッコミ疲れで過労死するんじゃないかな。市ヶ谷さん」
いい茶葉を使っているのか、家のティーバッグの緑茶より遥かに美味かった。
◇◇
「追い出されちゃった」
「当たり前だよ」
むしろ大福を食べるまで待ってくれただけ有情だといえた。あの忍耐強さは見習いたい。
「それで、新曲のアイディアは浮かんだのか?」
「うん、バッチリ。でも、もう一押しが欲しいかな」
「そうなのか。それじゃあ次の目的地は?」
「ショッピングモール」
そういう事になった。たえと俺は市ヶ谷さんの家からショッピングモールへと向かう。
「ショッピングモールで思い出したけど、母さんに買い物も頼まれてたっけ。でも何を買うかは聞いてなかったような……」
「牛乳と、牛肉と、卵と、ネギだよ」
「あーはいはい、お前ん家の買い出しは聞いてないから。たえの家は、今日はすき焼きか?」
「優人の家のメニューだよ?」
「はぁ?」
たえが見せてくるスマホの画面を見ると、送り主が『優人のお母さん』になっていた。
そして本文には『今夜は家ですき焼きをするから、優人に牛乳と、牛肉と、卵と、ネギを買ってくるように伝えてくれないかしら?』と書かれてある。
「…………なんで母さんは俺じゃなくて、たえにメールを送ってんだよ」
「でも私のお母さんも、優人にメール送ってるって聞いたけど?」
「あれ間違い送信じゃなかったのか!?」
たえの母さんから、ちょくちょく送られてくる『○○買って来てね〜』みたいなメール。てっきり俺は、たえに送るものを間違えたとばかり思っていたが、ここで衝撃の事実が明かされた。
「……なんて適当なんだ、俺達の母親は」
「その分、私達がしっかりしないとね」
「たえもソッチ側だわ阿呆が」
両家でマトモなのは、どうやら俺と父さんと、単身赴任中の、たえの父さんくらいしか──いや、たえの父さんも天然入ってた気がする。
畜生、マトモなのは我が家の男陣だけか。
「えー?」
「えー?じゃねーよ花園節の権化めが。いつも苦労する俺の身になりやがれってんだ」
「でも私、まだ人妻じゃないよ」
「そういうソッチ側じゃねーから」
とにかく、すき焼きをするのなら買い物をして来なければいけない。
「でも、なんで今日は、すき焼きなんだ……?」
豪勢だなとは思う。今日は何かの記念日とかなのだろうか?美味いから良いけど、少し気になった。
そんな俺の横で、たえが何故か俺に両手を合わせて頭を下げるという奇行を始める。そして言った。
「今夜はゴチになります」
「なに?たえも食いに来んの?」
「なんかね、今夜のすき焼きは普段お母さんにお世話になってるお礼なんだって。迷惑かけてるから2人共食べに来てって」
「あー納得。花園家には世話になってるからな」
俺を置いて出張に出た時とかが最たる例か。確かに、花園家には何かある事に世話になっている。
「それじゃあ結構な量が必要になるか。かなり食うだろ?」
「私の胃袋はブラックホールだよ」
「もう少し抑えてくれ」
「私の胃袋はブラックホールだよ」
「抑えるのは声じゃなくて食欲の方だ」
そんな事を話していると、不意に強い空腹感を感じた。スマホの時計を見れば、もう12時を30分以上も過ぎ去っている。
「……まずはメシ行くか」
「じゃあ肉うどんだね」
「肉なら今夜も食うだろ?釜玉うどんとかにしないか?」
「そうだ、ぜんざいも食べなきゃ」
「話聞いてる?」
段々と強くなってくる風に吹き付けられながら、たえと俺は一先ずうどんを食べに寄り道をする事にしたのだった。
「でもラーメンも捨て難いよね」
「今日は麺類な気分なのか?」
「優人は杏仁豆腐と、ぜんざい。どっちがいい?」
「その話まだ続いてたのかよ」
この後に生まれた新曲が、後の『Alchemy』である(大嘘)
※香澄は春休みの宿題を終わらせに帰りました。
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他