「なあおい、聞いたかよ?」
「なにが」
学校の休み時間、俺の前に座った友達は俺に、にやけた顔を向けた。この顔の時は、大体が俺にとって不幸なお知らせを持ってきた時だ。
「なにって、今度の週末にポピパがライブするって情報だよ!お前、まさか知らないのか!?」
「…………そうだったかな」
正直に言うと知らない筈がないのだが、それを言っても面倒なだけなので黙っておく。多分、バンドメンバー以外では誰より早く知っていたんじゃないだろうか。……なにせ、その場にいたからな。
「そうなんだよ!ああー、今から待ち遠しいぜ」
ガールズバンドという物が流行っている昨今、ガールズバンドにハマっている人はかなり多い。熱狂している人はグッズにブロマイドにと、凄い金額を使っている。
なんでそこまでと思わなくもないけど、他人の趣味にとやかく言うのは野暮だろう。
「本当に好きだよな」
「当たり前だろ!ポピパはな、俺にとっての……」
「ああはいはい、わかったわかった。それは今度のライブハウスで思う存分語ってくれ」
もう分かるとは思うが、目の前のコイツはポピパ一筋の熱狂的なファンだ。この前コレクションルーム(という名の自室)に案内された事があるが、あまりのグッズの量にドン引いた覚えがある。
だが、このクラスに限っていうなら、コイツはまだマトモな方。というのも……
「次のライブはアフロで行くか?」
「やめとけよ。それより髪に赤いメッシュをだな……」
「……あ、丸山がまたトチってる」
「マジ?仕方ないな丸山は」
「やっぱりロゼリアがナンバーワンなんだよなぁ」
「全てを賭けてるからな」
「世にスマイルのあらんことを」
「世にスマイルのあらんことを」
「「世にスマイルのあらんことを」」
こんな具合だからだ…………改めて思うけど、このクラスって熱狂的なファン多すぎじゃね?最後のなんて、熱狂的を通り越して狂信に至っているような気さえするんだが。
相対的にポピパ一筋のコイツがマトモに見えるとは、一体どういう事なのか。
「おい待て。俺達のような節度を守って楽しく笑顔になっている普通のハロハピファンと、あのような狂信者を一緒にするな」
「じゃあ鎮圧頑張ってくれ」
…………どこのバンドのファンにだって、ああいう輩はいるんだろうなぁ。目の前の奴だって、ポピパファンの中で見ればオカシイ奴っぽいし。
「──で、お前はどう思うんだ?」
「友達に選ぶ奴を間違えたのかもしれないな」
「待て。いきなり何を言い出すんだ」
話題を振られたから適当に答えたら怪訝な表情をされた。何がオカシイのかと俺も首を傾げる。
「もう1度言うぞ。ポピパのリードギター担当の花園さんは、絶対にクールな性格してると思うんだけど、どう思う?」
「友達に選ぶ奴を間違えたかもしれないな」
「お前、話聞いてんのか?」
「聞いてるよ。聞いた上で言ってんだよ」
何も変な事は言っていないし、二つの意味で間違ってないと思う。たえの方はもう諦めたけど、目の前のコイツは間違えたかなぁと思わずにはいられない。
なにが面倒って、コイツ、たえのファンなのだ。
「お前な、想像したことあるかよ。花園さんみたいな美人の幼馴染が居たらとか」
「無いな」
「きっと毎日、すげー楽しいぞ。起こしに来てくれたりしてさ、それで……」
(そんなに良いものでは無いんだけどなぁ)
続く話に閉口していると、不意にスマホが振動した。画面を見れば、そこには"花園たえ"の四文字が。噂をすれば影がさすとは、こういう事か。
「おっと電話だ。ちょっと席外すぞ」
「あ、おい待て!戻ったら続きを語るからな!」
「他を当たれバーカ」
「お前以外に聞いてくれる奴がいないんだよ!」
そりゃそうだろ。たえとの付き合いで気が長くなってなかったら、俺だって投げ出してるからな。気が長いことが密かな長所な俺が嫌になるのだから、俺以外で最後まで聞く奴は滅多に居ないんじゃなかろうか。
廊下に出て通話ボタンをフリックすると、向こうから聞き慣れた声がした。
「はいはい、どうした?」
《あ、優人。ちょっと良い?》
「珍しいな。急用か?」
たえが電話なんて滅多にない。大体はメールか、あるいはトークアプリか、直接言いに来るかの三択だ。
だから余程の用事なのかと思ったが……
《うん。ちょっと声が聞きたくなって》
「なんだそれ、そんな理由でか?」
思ったより大した用事ではなかったが、たえは心の底から嬉しそうな声で言う。
《ふふん。優人は知らないかもしれないけど、うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ?》
「それ、確か迷信だよな」
何故かは知らんが得意げにしている、たえには悪いが、確か迷信だったように記憶している。
たえは《あれー?》と言ったかと思うと、咳払いを1回して誤魔化してから再び言った。
《じゃあ、私は寂しいと死んじゃうんだよ?》
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
とにかく、たえは寂しいらしい。今までは1度だってこんな事は無かったのに、これも俺達の関係が若干の変化を遂げたからなのだろうか。
《それで声を聞くついでに、今日の予定も聞いておきたくてさ》
「ついでっていうか、明らかにそっちが本命だな…………そんで?聞いてどうするんだよ」
《ついさっき、今日クライブをしようって話になったんだ》
市ヶ谷さんの家の蔵でやるライブだから、クライブ。要はポピパがセットリストを全て通す練習の事である。たまーに、マジで蔵でやるライブの事を指したりもするが、基本は練習の事だ。
「なるほどな。分かった分かった、いつもみたいにタオルとか用意すれば良いんだろ?」
《そういうこと。じゃあ宜しくね》
「はいはい、じゃあ後で…………まあ用意するっていっても、タオルそのものは市ヶ谷さん家の物なんだけどな」
あの家、本当にポピパになくてはならない拠点になってんなぁ。練習場所であり、集合場所であり、合宿所であり……
キーンコーンカーンコーン
「やべっ」
……考えるのは後にしよう。
「なあ優人。俺達、これからガールズバンドのショップ巡りに行くんだけど付き合わないか?」
放課後に帰り支度をしていると、さっきの奴が俺にそう言ってきた。俺達というのは、別のクラスのポピパファンと行ってくるからなのだろうか。
だが、俺は休み時間に予定が入ったばかり。偶然だが、丁度いい口実になったな。
「いやー、悪い。今日は先約があってさ」
「マジかよ。今日こそお前に、ポピパの……そして花園さんの素晴らしさを堪能してもらおうと思ったんだが」
「悪いな」
もう充分なくらい堪能してるんだよなぁ……というツッコミを飲み込みつつ席を立つ。すると何かに気付いたのか、俺の左手が掴まれた。
「なんだよいきなり」
「いや、良く見たらお前の手……指輪してんなぁと思って」
ドキッと心臓が跳ね上がる音がした。よりによって、コイツにそれを指摘されたくなかったのだ。
「俺だって指輪くらいするさ」
「らしくねぇなあ。しかも左手の薬指なんてお前……結婚指輪みたいじゃねぇかよ」
事実を知ったら、コイツはどんな反応をするのだろう。多少の興味はあるが、流石にリスクがデカすぎる。
「実はこの歳で嫁を貰ってさー、あははー」なんて言ったら、クラスどころか学校中の非リア充を敵に回してしまう。
「たまたまだよ。女避けだ」
「女避けって、おい……お前は彼女も居ないのに、そんなホモみたいなこと言うなよ」
何を勘違いされたのか、尻を押さえて後退し始める。表向きには、俺は彼女は居ないと公言していただけに、俺がホモだと思われたみたいだ。
「そういう事にしておいてくれ。じゃあ急いでるから、明日な」
「オイオイオイ!そういう事って、つまりどういう事だよ!?」
「儚いって事だよ」
「答えになってねぇ!」
適当に受け流して昇降口まで駆け下りながら、俺は安堵の息を吐いた。
「なんとか誤魔化せたか……?」
いつかは突っ込まれる事だと分かっていたが、いざ、ああして突っ込まれると上手く誤魔化せたか不安になる。
「とにかく急がないと」
手元のスマホで開いているトークアプリには、もう市ヶ谷さんの蔵に着いたという連絡が入っていた。
俺はダッシュで学校の敷地から飛び出した。
☆☆
「終わった〜」
「お疲れ」
練習後の帰り道。たえと一緒に帰宅する。今日はセットリストを1周して、更に気になる箇所を何度も繰り返していたから、たえも流石にクタクタだろう。
「疲れたえ〜。疲れ、たえ〜……ふふふっ」
「その様子だと、まだ元気そうで何よりだ」
……ギャグでもなければ洒落でもない言葉で一人笑っている辺り、その考えは間違っていたようだ。むしろ、まだまだ行けるぜと言わんばかりである。
「いやいや、疲れたよ?」
たえはそんな事を言いながら俺に寄り添ってくる。肩に頭を乗せてくるので非常に歩きづらい。
「歩きづらいんだけど」
「手、繋ごうよ」
「ちょっと?」
そのまま手が繋がる。たえの方を見れば非常に嬉しそうで、それを見てると、強引過ぎるだろとか話聞いてとか、そういうツッコミを口にするのも無粋な気がした。
「まあ、お前が嬉しいんなら良いけどさぁ……」
「優人は嬉しくないの?」
「そりゃ…………嬉しい、ぞ」
嬉しくない筈がないんだけど、それを口にするのは躊躇われただけに、思わずぶっきらぼうな物言いになってしまった。
そんな俺を、たえは何か愛おしいものを見るような目で俺を見る。
「ねえ優人……」
「な、なんだよ」
段々と顔が近くなる。顔が赤くなっていくのが分かる俺とは違い、たえは微塵も顔色を変えないで俺をまじまじと見つめてきた。
たえが口を開く。俺達の足は自然と止まっていた。
「次はアンゴラウサギにするね」
「待って。この流れで如何してアンゴラウサギの名前が出る」
「この前まではロップイヤーかなと思ってたんだけど、やっぱりアンゴラウサギだよ」
たえは「うん、それがいい」なんて言いながら、俺を置いて歩き始めた。
あまりの意味不明な展開に思わずポカーンと後ろ姿を見送っていると、たえは少し先を歩いてから振り返って言った。
「何してるの?早く行こ」
「え?ああ。そうだな」
たえと隣り合って、俺は夜道を歩いて帰る。でもロップイヤーとかアンゴラウサギとか、どうして俺を見て"それがいい"なんて言い出したのかは分からなかった。
「うん、良く似合ってる。やっぱり私の目に狂いは無かったね」
その言葉の意味を理解したのは、風呂から上がって部屋に戻った時だ。
「……これは、お前の仕業か」
「これって?」
当たり前のように俺のベッドを占領していた、たえに俺はそう問う。俺は今着ているパジャマを指さした。
「俺のパジャマが、風呂に入ってる間にウサギパジャマに変わっていた事だ」
「似合うと思ったから」
「そんな理由ですり替えるな!」
今の俺が着ているのは、アンゴラウサギをイメージしたデザインのフード付きパジャマ。もちろん俺の私物ではない。
「まったく……男の俺には似合わないから、もうやめろって言った筈だろ?」
「なんで?とっても似合ってるし、可愛いのに」
「男に可愛いとか、なんの嫌がらせだ」
分かっている。これが、たえなりの善意の行動の結果で、本人に嫌がらせとかをする気が欠片もないなんて事は。
でも言わせてくれ。女性用のパジャマが男に似合うわけないだろうが。
「というか、だ。当たり前のように堂々としているから危うく指摘し忘れるところだったが、何故お前は俺のベッドに寝てるんだ」
しかも、もう毛布まで被って寝る気満々。完全に泊まり込む気だ。いくら家が隣だからって、色々と問題あるだろう。
知ってるか?ウチの母さんは「昨夜はお楽しみだったわね」って言いたくてウズウズしてるんだぜ。こんな母親があるかよ、全く困ったもんだ。
「お母さんとお義母さんには話してあるから大丈夫」
「肝心の俺の許可は?」
「今日泊まるね」
「確定事項なのな……」
ウサギを連れて来ていない時点で薄々と感づいてはいたけど、やはりそういう事らしい。
たえは普段は部屋にウサギを連れて来るが、泊まる時だけは決まって連れてこないのだ。
「それにしても。さっきのロップイヤーとかアンゴラウサギとかってのは、このパジャマの事だったんだな。俺はてっきり、前のお祭りの時に話してた……うん?」
「…………」
「……たえ?」
ぱったりと声がしなくなった事を不思議に思って、たえに近付いてみる。すると……
「…………」
「ね、寝てる……」
やっぱり疲れてたみたいだ。まさかこんな短時間で寝落ちするなんて思わなかったが、それくらい疲労していたのだろう。
「ほんと、黙ってれば美人なんだけどなぁ」
たえの顔にかかっていた髪を退かす。黒い長髪が、電気の明かりを受けて艶やかに煌めいていた。
「お疲れ様」
軽く触れるくらいの力で頭を撫でると、たえは少しくすぐったそうに表情を崩した。
こういう関係になると、おたえは途端に寂しがり屋で甘えん坊になるのではないか。
そんな妄想を少しぶつけてみましたが、如何だったでしょうか。暇潰しにでもなれたなら良かったです。
ところでドリフェスおたえ来ましたね。引ける気がしねぇ(白目)
この作品のどの部分を見に来てるんですか?
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会話(いわゆる花園節・おたえ節)
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デレてるおたえ(申し訳程度の恋愛要素)
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うさぎ(説明不要)
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その他