私がこんな気持ちなのはどう考えても黒木が悪い! 作:昼間ネル
(やっぱり謝らなきゃマズイよな…)
通学に向かう電車の中。もともと学校はそんなに好きでもない智子だったが、今日はいつにも増して憂鬱だった。
昨日、笑美莉に呼び出された公園で智子は、彼女が何故、自分に興味を持ったのかを知る事になった。どうも偶然が幾つか重なった結果、笑美莉は智子が自分をつけ回していると感じ、智子に興味を持つに至った様だった。
笑美莉の話を聞いた智子は、只の誤解だと一蹴しようとしたが、当の笑美莉はひどくショックを受けたらしく、話の途中で帰ってしまった。
流石に笑美莉の涙を見た智子も、自分が彼女を傷付けてしまったのかと罪悪感を持った。帰宅後、笑美莉にメールを送ったものの、結局彼女から返事が来る事は無かった。
「黒木さん、おはよう」
「お、おはよう」
電車の窓を眺める智子に気付いたゆりが挨拶をしてきた。
「どうしたの、また寝不足?」
「あっ、うん。まぁそれもあるけど…」
「それも…?」
「…」
電車が学校の一つ前の駅へ着いた。智子とゆりは降りる乗客の為に道を開けた。やがてベルが鳴り、再び電車は走り出した。
「言いたくないなら別にいいけど…もしかして内さんと何かあったの?」
「まぁ、そんな感じかな…」
「そうなんだ…」
「あ、あのさ。田村さんって田中さんと喧嘩した時ってある?」
「えっ?どうしたの急に。…そりゃあ真子とは付き合い長いし、何度かあるけど」
「そ、そんな時ってどうやって仲直りしてるの?」
〈そもそも喧嘩する友達がいないから分からん…。弟なら二~三日で口聞いてくれるけど、あいつは男だしなぁ〉
「う~ん、どうだろ。気が付いたら仲直りしてる感じかな。私が悪いと思ったら謝るけど…」
〈いつも真子の方が折れてるけど…〉
「そう…」
「…黒木さん、もし良かったら理由教えてくれないかな?」
「えっ?」
ゆりの問いに驚く智子だが、実はそれを聞いた本人が一番驚いていた。
ゆりにとって、智子は偶然から知り合った只のクラスメート。それがバレンタインのチョコを一緒に作ったり、ネズミーランドで二人でティーカップに乗ったり、気が付けば自分の思い出にいつも智子は居た。
まぁ、多少おバカな所もあるが…。
京都に行った時からは想像も付かなかった。
そんな時間を共有する内に、ゆりにとって智子はいつしか自分の隣にいるのが当たり前の人になっていた。
そんな智子が最近、自分と過ごす筈の時間を削ってまで会っている友人がいる…。
最初は気にもしなかった。
だが、二人は既にメールでやり取りをする仲になっており、気が付けば放課後に会って話すまでになっている。
〈黒木さん、私より内さんといる方が楽しいのかな…〉
これが幼稚な嫉妬だと言う事はゆりも解っていた。
一方で、笑美莉と少し拗れている事に内心ほくそ笑んでいる嫌な自分がいる事も知っていた。
「…実は」
電車が駅に着いた。
ゆりと共に駅の改札を出た智子は、昨日の事を語りだした。
〈あ、黒木さんだ〉
同じ制服を着た学生が通る中、伊藤は見知った後ろ姿を見つけた。隣には同じクラスの生徒。何やら話している様だった。
〈あれは、同じクラスの…名前は何だっけ?〉
「おはよう、伊藤さん」
「あ、琴。おはよう」
駅から駆けて来たのか、息を切らせた琴美が伊藤に追い付いてきた。
「ねぇ琴。あれ、黒木さんだよね?隣の人も確か同じクラスの人だよね?」
琴美は伊藤の視線の先を辿った。
〈ん?クソ虫と…メスブタ!?〉
「あ、た、確か…田村さんだった様な…」
「ふ~ん。田村さんか」
〈アイツ、クソ虫と仲良いのか。そういえば京都の時も見たな〉
「黒木さんって、田村さんと仲良いんだね。…黒木さん友達一杯いるのかな?」
「へ、何で?」
「うん、昨日黒木さん、そこの公園で話してたの見かけて。髪短くて、目が細い人なんだけど…」
〈メス…田村と仲良いのは知ってるけど…。アイツ、もしかして私より友達いんのか?〉
「うっちー、おはよう」
伊藤と琴美の横を通り掛かる数人のグループ。その中の一人、うっちーと呼ばれた一人が、自分に挨拶した眼鏡の女生徒にうつ向きながら挨拶を交わす。
「あ、あの人だ」
伊藤が隣で喋っているグループに目を向ける。
〈アイツは…何度か見た事ある気が。ネズミーの時も見た気が…。仲良かったのか〉
「あの人、昨日公園で黒木さんと話してたみたいだけど、何かあったみたい」
「何で?」
「チラッと見ただけなんだけど、あの人泣いてたみたいで。喧嘩でもしたのかな」
「…」
〈クソ虫に何か言われたのか?って言うかアイツ喧嘩する友達なんかいたのか。羨ましい…。もし伊藤さんと喧嘩なんかしたら学校来れないわ…〉
「…琴?」
「あ、うん、何があったんだろうね」
「…で、ちょっと怒らせちゃったみたいで」
昼休み。昼食を取る智子は、ゆりから話を聞いた真子に昨日の事を簡単に説明していた。
「そうなんだ…」
〈何と言うか…喧嘩の原因がいかにも黒木さんらしいな〉
「とりあえずメールで謝ってみたら?」
「もうしたみたい。でも、内さんからの返事無いんだって」
「…そっか」
〈それにしても、ゆりがこんなに積極的に人に関わるなんて珍しいな。前だったら絶対面倒くさそうにするのに。やっぱり黒木さんって凄いな…〉
真子もそこまで智子と仲が良い訳ではなかったが、智子と関わった事で、ゆりは以前よりもよく喋る様になった。自分の知らないゆりの一面を見る事もあった。
真子にとっても、智子は知らず知らずの内にゆりと同じ位大事な友人になりつつあった。
そんな智子が困っている。真子は何とか力に成れないか思案を巡らせた。
「良かったら、私からメールしてみようか?」
「え?田中さんが?」
「うん。私うっちーとLINEしてるし」
「そうしたら?黒木さん」
「うーん…」
真子と笑美莉が仲が良いのは智子も知っていた。その真子が仲介に入ってくれるとなれば、笑美莉も無下に断る事はしないだろう。
願ってもない提案に、智子は是非お願いと言葉が喉元に出かかった時、ズキッと心が傷んだ。
〈本当にそれでいいのかな…
〈田中さんから私も反省してるって言ってもらえば、多分内さんも許してくれるかもしれないけど…
〈もう今迄みたいにはいかないだろうな…。もうメールもくれないし、昨日みたいに話す事もない。学校で会っても挨拶する程度になっちゃう…。
〈…アレ?それって前に戻るだけじゃん。それが何の問題なんだ?別に問題なんか無いだろ?問題なんか…〉
「あ、あの田村さん。せっかくだけど、い、いいよ」
「え?」
〈問題だろ!それでいいのかよ!?〉
「やっぱり自分で…メールしてみるよ」
〈アイツ、私と違って他にも友達いんのに、わざわざ私なんかと友達になろうって言ってくれたんだぞ!
〈考えてみれば田中さんもよく分かんないけど、友達になろうって言ってくれた。もしかしたら何か誤解してんのかもしれないけど、そんなのどうでもいいだろ!
〈大事なのは私がどうしたいかだろ。絵文字は私にわざわざ話し掛けてきてくれたんだ。今度は私が行く番だ。それで嫌われたって、もともと嫌われてたんだ。元に戻るだけだ!〉
「でも黒木さん、朝メールしたけど返事来なかったって…」
「う、うん。でも、もう一度会えないか聞いてみる。もともとそんなに仲が良かった訳じゃないし…。駄目でも前みたいに戻るだけだから…」
「そう…。うん、そうだね。その方が良いかも」
「うん…」
結局、智子の力に成れなかったのは残念だったが、今の智子はさっきまでの後ろめたい顔から、何かを決意した様な表情に変わっていた。そんな智子を見た真子は、智子の言葉通り、それが一番の解決策なのかと思った。
〈黒木さん、別に内さんと喧嘩したままでもいいじゃない。そんなに内さんと仲直りしたいの?〉
もし、真子が今のゆりの表情を見たら、その変化に気付いたかもしれない。
〈ん?〉
伊藤と一緒に弁当を食べる琴美が、何気に教室入り口のドアに目をやると、笑美莉が友達と通り掛かった。それだけなら気にもしなかっただろうが、笑美莉の目線は教室のある一点に向けられていた。
〈何だ?〉
そのまま笑美莉達が後ろのドアの前を通り過ぎて行く…にも係わらず、笑美莉は首を真横に向け、姿が見えなくなる迄、教室を覗いていた。
〈よく分かんないけど変な奴だな。何考えてんのか分かんない顔してるし〉
「トイレ行ってくるね」
「あ、私も行く」
弁当を食べ終えた伊藤が席を立つと、琴美もそれに付いていく形で席を立った。
〈げっ!〉
廊下に出た琴美は、たった今教室の前を横切った筈の笑美莉に出くわした。琴美と視線が合った笑美莉は何故か慌てて自分の教室へと戻って行った。
〈あれ、アイツ今通り過ぎたよね。わたしの部屋(3-5)に用があんのか?〉
「…」
〈もしかして、アイツに…?〉
帰宅時間。授業を終えた生徒達が友達と喋りながら、帰宅の徒に付こうとしていた。
「ピロン!」
「どうしたの?メール?」
笑美莉の机からスマホの着信音が鳴った。それに気付いた宮崎が笑美莉に尋ねた。
自分の友人達は、今目の前で喋っている。それ以外でメールをしてくる知り合いがいたっけ?そう思いながら笑美莉はスマホを取り出し画面を見た。
たまたま笑美莉の横にいた友人が眼鏡から画面を覗きこむ。そこには『黒木』の文字が。
「え、黒木って…例のあの人?」
「ちょっとトイレ!」
「あ、うっちー」
画面を見られた笑美莉は、まるでそれを隠す様に教室から出て行った。
その場に取り残された彼女の友人達は、お互い不思議そうに顔を合わせる。
「…最近うっちー、ちょっと変だよね」
「うん。ネズミーの時もどっか行っちゃうし、昨日も忘れ物したって一人で帰っちゃったし」
「黒木さんってあったけど…。うっちーあの人と仲良かったっけ?」
「ネズミーの時は田村さんと一緒にいたの見たけど…。そういえば黒木さんのグループだったっけ」
「もしかして、うっちー黒木さんと友達になったのかな」
「…」
「ねぇ、今日さ…」
『今日の放課後、
昨日の公園に来てくれませんか?
昨日の事をちゃんと謝りたいです。
それで許してもらえないなら、
それでも構いません。
最後にもう一度、ちゃんと
会って話がしたいです。 智子』
〈謝る?あっ、そうか。私昨日、途中で帰っちゃったんだ〉
実の所、笑美莉は怒っている訳ではなかった。正直呆れはしたものの、あの時笑美莉が泣いたのは全く別の理由からだった。
帰宅後、智子から何通かメールが着たのは知っていたが、泣き顔を見られた手前、何事もなかった様に話すのは些か照れ臭く、結局智子に返事を出せずにいた。
〈そっか、アイツ私が怒って帰ったって勘違いしてんだ〉
智子には少し悪い事をしたな、とは思いつつも笑美莉は内心、嬉しかった。
〈ふふ、初めてじゃん。アイツから会おうなんてさ〉
笑美莉はほくそ笑みながら、智子に返事を送った。
〈うわっ!またいた!〉
トイレに入った琴美は、鏡の前でニヤニヤしながらスマホを持つ笑美莉に出くわした。
トイレに入った琴美に気付いた笑美莉は、スマホをポケットに入れると、トイレを後にした。
「あ、あの。私、内さんに用事あるから先に帰って」
鞄を背負いながら、智子はゆりと真子に言った。
「あ、うん。…もしかして、うっちーから返事着たの?」
「うん。会ってくれるって」
「そう。大丈夫だよ。うっちーもきっと解ってくれるよ」
「そ、そうだといいけど。じゃあ明日ね」
「うん、じゃあね」
二人に手を振って、智子は教室を後にした。
「ふふっ、黒木さんとうっちー、仲直りできるといいね」
「…うん。そうだね」
真子とゆりは鞄を持つと、教室を出て行った。
「ごめん、今日用事があるから先に帰ってて」
笑美莉が宮崎達、いつものグループに切り出すと、いつもとは違う答えが帰ってきた。
「うん、分かった」
「じゃあね、うっちー」
「…?うん、じゃあね」
いつもだったら、どこに行くの?と疑問に思う皆が、今日に限っては何も言ってこない。理由を尋ねられた時の為に幾つか、答えを考えていた笑美莉だったが、すんなり帰れるならそれでいいと、疑問を持ちつつも教室を後にした。
「…」
宮崎達は、笑美莉が教室から出て行くのを見送ると、示し合わせた様にゆっくり教室を後にした。
「ん?」
「お?」
学校を出たすぐ先で、智子は琴美と出くわした。
「よ、よう」
「あ、あぁ」
暫く無言で見つめあっていた二人だったが、クルッと駅の道へと歩き出した。
「何だよ、今日いつも一緒にいる奴いねーのか?」
「あ、伊藤さんか?部活だよ」
「何だ、見捨てられたんじゃなかったのか」
「なワケねーだろ!!」
〈…ったく、相変わらずムカつくヤローだな〉
「…」
「そう言えばあんたさぁ…。最近、内さんだっけ?あの人と仲良いの?」
「あ、別におまえに関係ねーだろ」
「別に私だってどうでもいいよ!…ただ、伊藤さんが昨日、内さんが泣いてるの見たって言うから、気になったんだよ」
〈え?見られてたの!?〉
「…もしかして、喧嘩でもしたのか?」
「…似た様なもんだよ」
「そっか…」
並んで歩く二人だが、急に智子は別れ道で立ち止まった。
「…?駅こっちだろ。帰んないのか?」
「ちょっと用事があんだよ」
「…じゃあな」
「あぁ」
琴美に背を向けると、智子は公園へ向かった。
「じゃあね、ゆり」
「うん」
バス通学の真子と駅で別れたゆりは、駅の階段を登り始めた。が、その途中で立ち止まり、今来た道を振り替える。
〈黒木さん、今、内さんと話してるのかな…〉
暫く何かを考えていたゆりは、登った階段をまた降り始めた。
琴美と別れた智子は覚悟を決めて、公園に向かった。だが、角を曲がって所で、思わぬ知った顔が目に入り、条件反射で隠れてしまった。
〈アイツら確か、絵文字の友達だよな?何でこんな所にいんだ。こっち公園だぞ?〉
宮崎達は声を潜めながら、何かを話している様だった。幸い話に夢中で、後ろを付ける形になる智子には、気付かない様だった。
〈アイツらも公園に用があんのか?何で?絵文字が呼んだのか?〉
彼女等の一人が公園のベンチに座る笑美莉を発見した。
〈会ったら何て言おう。別に怒ってないって先に言った方がいいかな…〉
智子よりも先に公園に着いた笑美莉は、昨日のベンチへ腰掛けていた。
〈やっぱり何で泣いたのか聞かれるかな?…恥ずかしいな〉
「うっちー!」
「え?」
笑美莉の背後から宮崎達が声を掛けた。すっかり自分の世界に入っていた笑美莉は、目の前に来る迄彼女達の存在に気付かなかった。
「え!え?何でここに?」
「もう、うっちー、隠さなくてもいいよ」
「うっちー、黒木さんと友達なんでしょ?」
「え、それは、その…」
正直、笑美莉は智子と仲良くしている事を隠しているつもりは無かった。いずれは皆にもその事を話そうと思ってはいた。だが、当の智子にその意思があるのか、本当に自分と友達になる気なのかは、まだ分からない。それがハッキリするまでは、皆に黙っているつもりだった。
〈オイオイ、何で友達連れて来てんだよ?あんなにいたらこっちも話せねーだろ。まさか昨日の事が許せないから、吊し上げするつもりか?〉
公園の入り口を避け、ベンチの側にあるトイレの後ろまで近付いた智子は、ひとまずこの場に潜む事にした。もし、笑美莉が彼女達と一緒に自分を待つつもりなら、今日は諦めよう。そう思いつつ、智子は笑美莉達の会話に耳を傾けた。
「でも意外だよー。うっちーと黒木さんが仲良かったなんて」
「べ、別にまだ仲がいい訳じゃ…」
「分かってるって!」
「え?」
「あの人、いつも一人だったじゃん。だから、うっちー友達になってあげようって思ったんでしょ?」
〈…〉
〈え?〉
〈もしかして、私、勘違いしてた?〉
〈絵文字、私と仲良くなりたいんじゃなかったの?〉
〈私がぼっちで可哀想だから、憐れんでただけなの?〉
〈…!〉
智子は音も無くその場を離れると、公園の外に出た。
鞄からスマホを取り出すと、笑美莉宛にメールを打った。
『ごめんなさい、
急用ができたので、今日の約束は無しで。
自分で呼んでおいてすみません。
今まで楽しかったです。
さようなら』
「うっ…」
スマホの画面に、智子の涙が零れ落ちた。
5話位で終わらせるつもりでしたが、もう少し掛かりそうです。