どうも、御堂ですー。
今回せっかくのイヴ回ということで、冬樹姉妹の誕生日の内どちらかの日に投稿出来れば良かったのですが、こんな中途半端な時期での投稿となってしまいました。不覚!
とある日の平日。
現在俺を含めて二人しかいない風紀委員室内にて、俺こと
「あ゛っづいぃぃぃぃ⋯⋯」
「⋯⋯何て声を出しているんですか」
それに反応したのは、いつも通りの真顔で淡々と書類仕事に取り掛かっていた、俺と共に風紀委員室にいたもう一人の学園生、
突然机に突っ伏し瀕死状態に陥り始めた俺に困惑しているのか呆れているのか、彼女の正面に位置する俺の席から僅かに身を引き、訝るように声を掛けてきた。
が、当の俺としては、そんな冬樹にマトモな反応を返すことすら叶わない。俺は生気を失ったような表情のまま。
「仕方ないだろ暑いんだから。夏になったらこの程度の気温普通に超えてくるのは分かってるんだけどさ、昨日までとの落差が、ね?」
ちなみに現在の気温は25度前後を行ったり来たりしている感じ。
既に夕方になり始めの時刻であることを考えると、5月にしてはそこそこ高いと言えるのではないだろうか。
「⋯⋯まあ、こういう日もあります」
「俺は人一倍暑がりなのー。こんな日にこんな単調な作業してたら溶けるぜ、俺の脳が」
「知りません。無駄口を叩くエネルギーを仕事に回せば、早く終わるんじゃないですか?」
「正論言うのズルい」
にべもなく俺の戯言を切り捨てる冬樹。
と言っても、構図としては完全に駄々をこねる子供(俺)とそれを窘める大人(冬樹)なので、俺の方は素直に引き下がるしかない。
人間って何でどうにもならないって分かっていても、「暑い」とか「寒い」っていつまでも言っちゃうんだろうね。
繰り返すが、現在ここ、風紀委員室には俺と冬樹の二人しかいない。
他のメンバーはクエストやら何やらで全員席を外しており、今日の分の書類仕事など、色々こなしておくべきタスクが全て俺のみに回されそうになったその時、冬樹が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、今の状況が出来ている。
元々水無月にスカウトされる形で風紀委員会に加入した冬樹は少々特殊な立場にあり、今まで見回りなどの通常業務をこなすことは多くなかった。というか、ほぼ皆無だったと言って良い。
それが今ではこうして⋯⋯。
「⋯⋯巣立つ雛を見守る親鳥の気分だ」
「な、何ですか突然。なぜ涙目になっているんですか」
「なんでもないです」
再度俺から身を引き始めた冬樹に応える。というか、女の子にそういう反応されると、俺のガラスのハートが砕けちゃうからやめてください。
いつまでもふざけていては終わるものも終わらないので、書類仕事に集中することにした。さて⋯⋯。
「3、4月分の拾得物、没収品の記載と。冬樹、没収品とか放り込んである箱ってどこにあったっけ」
「確か氷川さんの席の後ろ辺りに⋯⋯、あぁ、ありました。手渡すので受け取ってください」
「あの冬樹が俺を手伝ってくれてる⋯⋯!」
「なぜさっきからあなたは急に泣きだすんですか!? 正直、気味が悪いです!」
うん、流石に自分でも過剰反応し過ぎだと思う。というか、いくら嬉しいからと言ってもいつまでも昔の冬樹と比較するのは失礼だし、自重するべきだろう。
俺は学園生たちの遺失物、校則違反による没収品などを一時保管しておくための箱を冬樹から受け取り、自らの机の上に置いた。
ドスン、と重厚感のある音。冬樹から受け取った時に感じた重みといい、この箱の中にはかなりの量の物品が入っているようだ。
「実は、これ開ける時って毎回ワクワクするんだよな。何が出るかなー、って感じで」
「趣味が悪いですね」
「またまたそんなこと言ってぇ。仕事が一段落付いたら、コッチ手伝う?」
「さ、さりげなく自分の仕事を押し付けてこようとしないでください」
「バレたか」
そろそろ仕事が終わりそうな(とてもはやい)冬樹と他愛のない雑談を交わしつつ、最初の物品を箱から出す。
物品にはそれぞれ風紀委員室に届けられた日時が書いてある紙が貼り付けられているため、
遺失物の方は、あまりにも長い間落とし主が現れなかった場合は処分することになっているが、そうならないよう定期的に掲示板に遺失物の情報を掲載したりしている。
それを見たり、自発的に持ち物の紛失に気づいた学園生が風紀委員室を尋ねてくるのも日常茶飯事だ。
さて、それはそうと箱の中からは何が出てくるかな⋯⋯。
ドロリ ←ドロドロに溶けた焦げ茶色のナニカ
「ひいっ!? 何だこれ!?」
「だから大きな声を出さないでくだ⋯⋯、何ですかそれは。あまりこちらに近づけないでくださいよ」
「お前さっきから俺から距離取りすぎだろ! もっと仲間に寄り添ってくれ!」
「風紀委員の皆さんに寄り添うことはあれど、今のあなたに寄り添いたくはありません!」
「何だ差別か!? 俺だって風紀委員の一員だぞ⋯⋯って、何かコレ若干粘性もあって気持ち悪いんだけど! ウェットティッシュ! ウェットティッシュ取って!」
「もう、仕方ないですね⋯⋯!」
お互い軽くパニック状態になりながらも、俺は冬樹からウェットティッシュを受け取り、手に付着した謎の物体を拭き取ることに成功した。
⋯⋯今気付いたけど、これアレだわ。
「あー、チョコレートだなコレ⋯⋯。よく見ると銀紙が張り付いてる」
「チョコレート? ⋯⋯思い返すとその箱、直射日光が思い切り当たる所に置いてありましたね。それで溶けてしまっていたという訳ですか」
「位置の前に、菓子類を遺失物としてこの箱の中に入れておく奴がおかしいだろ」
「昨日遺失物として回収したモノのようですね。もう返せませんが」
冬樹がチョコレートの残骸に付いていた紙から、辛うじてといった様子で日付を読み取りそう言う。
え、これって後々同じもの補充しとけとか言われないよね? チョコレート惜しさに風紀委員室に押しかけて来る奴なんていないよね?
と、とにかく次だ。
「よっと。⋯⋯コレは」
箱の中から出てきたのは小さめの棒のようなモノ。
白と黄土色のツートンカラーで構成されており、俺もソレの名前には覚えがあった。
「⋯⋯
「いや、これはココアシガレットだな」
「また菓子類ですか! というか、そんなものを拾得物としてカウントする必要ありますか!? ゴミ箱で良いでしょう!」
「俺に言うんじゃねぇよ! これとかさっきのチョコレート入れたの多分
「そんな小さなモノをピンポイントで取り出した、あなたに非があります!」
「理不尽!」
横暴を地で行くような物言いで俺を糾弾する冬樹と、それに真っ向から反抗する俺。この野郎、自分が凄ぇ神妙な表情で「⋯⋯嘆かわしいですね」とか言っちゃって恥ずかしいからって。
俺が巧妙に服部に罪を擦り付けてやろうと奮闘していると、冬樹が憤然とした様子で正面からこちらの方へと回り込んで来た。な、何ですか、実力行使ですか!?
「もうあなたには任せておけません! 私が箱の中身を調べます、あなたは私の書類をまとめておいてください」
「やだやだ! お前に回された仕事、全部面倒そうだったもん! 二人でやろうぜ、その方が平和的だ」
「あなた結局仕事がしたくないだけでしょう⋯⋯!」
釈然としない様子でこちらを睨みつけてくる冬樹。
が、しばらくすると冷静さを取り戻したのか、数分前の自分を恥じるように頬を赤らめ始めた。
「あなたとは話したくありません⋯⋯」
「えっ、いきなり酷い」
「あなたと話していると、すぐあなたのペースに乗せられてしまうと言うか⋯⋯。詐欺師の才能でしょうか」
「人の進路をロクでもない方向に確定させようとするんじゃないよ。俺は将来、出来るだけ働かずに済む職業に就くって決めてるんだ」
「矛盾も甚だしいですね」
人はその内部に多くの矛盾を孕む生き物なのだと、近所のお婆さんが言っていた。
そもそも今の俺がサボりたいだの面倒だの言いつつ働いてる時点で、矛盾は今さら。俺は適度にサボれて周囲もハッピー、そんな都合の良い職業を探しています。
「で、そんな職業あると思う?」
「仕事をしてください」
戯言に付き合うつもりは無いとばかりに冷たい視線を向けられた。あれれー? おかしいなー? 最近態度が柔らかくなったと思ってたのに、ボクに対してはむしろ当たりが強くなってないカナー?
さめざめと涙を流しつつアホなことを考えていると、俺の横に立っていた冬樹が箱の中から何かをひょいと摘み上げた。すっかりこの箱に興味を惹かれたらしい。
そんな冬樹の手の中に収まっていたのは。
「チュッパチャプスですね」
「この箱ってもしかして、お菓子掴み取り用の箱なのか」
縁日とかにある一掴み何円みたいなヤツ。
まだ包装も解かれていない日本一有名な棒付き飴を手の中で弄びながら、「これ、どうします?」と視線で問うてくる冬樹。
と言っても、どうするもこうするもないのだが⋯⋯。
「これも保管だな⋯⋯。こんなモン誰かが取りに来る可能性も低いし、処分することになるのが分かってるのに大事に取っておくんだもんなあ」
「廃棄することになったらあなたが舐めれば良いんじゃないですか」
「実は拾得物の私物化はご法度なんすよ」
そんなことは彼女も承知しているのだろう、瞑目しながら肩を竦める冬樹。こいつ冗談とか言うんだな。
―――そんな冬樹が、菓子類が連続で置かれ、段々駄菓子屋の陳列棚の様相を呈してきた拾得物の保管棚にチュッパチャプスを並べようとした時。
ガラッと大きめの音を立てて風紀委員室の扉が開かれた。ノックしろノック。
「誰かいるか?」
「あん?
「あー、かもな。珍しいっつーか初めて
来訪者の正体は少々クセのある髪を背中まで伸ばした長身の少女、朝比奈
彼女も彼女で以前は触れるもの皆傷付けるギザギザハートみたいな奴だったが、今では言葉遣いこそ粗暴なものの、かなり丸くなった節がある。
こいつの態度の軟化にも、かの転校生クンが関わっているというのだから恐れ入る。風紀委員より風紀委員してるじゃないですかあの人ー。
さて、それは一旦措いておくとして。
「そうだっけか。んで、なんか用? 愛しのさらちゃんなら、さっきグラウンドで散歩部の連中と一緒にいるのを見たけど」
「ぶん殴るぞテメー。俺の目当てはそれだ、それ。冬樹が持ってる飴だよ」
「は?」
朝比奈の指摘に呆気に取られた俺は、知らずの内に間抜けな声を漏らしていた。
「⋯⋯これですか」
「それ」
名指しされた冬樹も幾分か困惑した様子で自らの手を見つめる。
確かに朝比奈はいつも棒付き飴を咥えているイメージがあるっちゃあるが⋯⋯。
「お、お前、落とした飴をわざわざ風紀委員室に取りに来るほど腹が減ってたのか。食堂行けよ」
「ちげーよバカ! 腹が減ったから取りに来たんじゃねぇ、これはアレだ!」
「どれだよ」
「⋯⋯⋯⋯さ、さらから貰ったモンなんだよ。期間限定の味だって言ってプレゼントしてきて⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯。
「やっぱり
「普通に舐めるんだよ! ニヤニヤすんな気持ち悪ぃ、邪魔したな!」
冬樹から飴を受け取った朝比奈は赤面しながら俺に罵声を浴びせ、あっという間に風紀委員室を出ていった。
相変わらず、不良を自称する割に随分と可愛らしい一面がある少女である。
ちなみにあくまで微笑ましさからニヤつく俺を見て、冬樹は心底引いたような顔をしていたことをここに記す。正直もう慣れてきた。
「さーて、仕事に戻るかー⋯⋯」
「まだ拾得物は沢山あります。テンポよくいきましょう」
そんな冬樹の言葉を受け、俺たちの業務スピードはさらに加速していく。超スピード!
そんな訳でしばらくダイジェスト形式で。
「これは⋯⋯宝石? 本物ということはないでしょうし、恐らくレプリカ⋯⋯」
「パワーストーンだろ。前同じやつを
「よろしくお願いします」
「何だこれ、学園生の人形か? 手作りっぽいけど誰かに似てるような気がすんな。この帽子とか見覚えがある」
「⋯⋯
「おい、どこかからか地鳴りみたいな足音がしないか。『秋穂ォォォォーーーーッ!』って絶叫も同時に近づいて来てるような」
「応対よろしくお願いします」
「おいふざけんな、妹が絡んだアイツの相手は俺でも疲れるんだぞ!」
「転校生さんの写真が出てきました⋯⋯」
「――――」
「夏目さん、起きてください。傷は浅いです」
「ちくしょう、いつか絶対復讐してやる⋯⋯、なあ冬樹、俺のアゴ歪んでない?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ええ、何も問題ありません」
「(ガラッ)ダーリンの秘蔵写真を落としてしまったんよー! ⋯⋯あれ? ど、どうしたん彰はん。アゴが歪んで少ししゃくれとるんよ」
「冬樹ィ!」
「携帯ライトですね」
「こういうのって何かスパイ道具みたいでカッコイイよな」
「理解しかねますが⋯⋯ん、電池が切れているようですね。ライトが点きません」
「誰のか知らねーけど、サービスで新品の電池に取り替えといてやるか。それ貸して」
「はい」
「サイズ的に単三か。さて、入れ替えと⋯⋯ん? よく見るとこの構造、ライトというか⋯⋯」
「(ガラッ)やあ、久しぶり夏目くん。突然で悪いんだけど、ここに僕のペンライト型カメラが届いてはいないかな」
「「⋯⋯⋯⋯」」
「⋯⋯まだ盗撮には使っていないよ?」
「キャラメルの箱です」
「散々やって
ダイジェスト解除。
何と言うか、うん。お、落とし物一つにも個性が出るって凄いよね! 僕そんなグリモアが大好き!
短い間ながらも既に俺も冬樹も
輪ゴムでまとめられた、二枚の長方形の紙切れのようなものだ。思いの外しっかりとした材質で作られており、表面にはやたらとファンシーでキラッキラした背景に、ウサギをモチーフにした二匹のキャラクターが実にキュートでフレンドリーなポーズをとっている。
キャラクターたちの名前はハートとロップ。すなわちこの二枚の紙切れは。
「
汐ファン。正式名称、
誰もが憧れ、夢に見たような、ファンタジーでラブリーな世界。大人も子供も、みーんなが幸せになれる夢のような場所、まさに日本が世界に誇る夢の楽園である。
そしてその内部には普段は入れないシークレットアトラクションというものが存在しており、その招待券は入手困難なことで知られている訳で。
「まあ、これならすぐに持ち主が現れるでしょう」
「価値が価値だし、落としたことに気付いたら血眼になって探すだろうな⋯⋯。それまで風紀委員室開けとく?」
「構いません。個人的に調べておきたいこともありましたし」
そう言って冬樹は風紀委員室に備え付けられた、過去の事件の資料等々が収められた棚を開き、一冊の資料を取り出し、読み込み始めた。
俺個人はそこまで仕事熱心なタイプではないと自認しているものの、一応ここにある資料の内容はすべて頭に叩き込んである。
だが、きっと冬樹が読み取ろうとしているのはそんな表面上の情報ではなく、もっと奥に潜む「ナニカ」なのだろう―――。
ちなみに俺は折り紙を折って遊んでいた。
「何を作っているんですか」
「うわビックリした。見てたなら言えよ、てっきり資料に集中してたのかと」
「いえ、最初は集中していたのですが、それは⋯⋯」
「さっき瑠璃川が妹の人形持ってたの見て俺もそういうの作ってみようかと思って。そんな訳で、はい、折り紙版ノエル人形。似てない?」
「気持ち悪いです」
「ひどい!」
にべもなく切り捨てられ、喉の奥から悲哀の声が漏れる。
でも、よくよく思うと友達にプレゼントするためとはいえ、その妹をモデルにした折り紙をせっせと折るのは変態の所業としか思えない。やだ、俺ってば気持ち悪い⋯⋯。
俺が傷心と自己嫌悪の狭間で揺れ動いていると、折り紙をしばらくじっと見た後に微笑み、そっと懐にしまう冬樹の姿が視界の端に見えた。
「⋯⋯シスコン?」
「何か言いましたか」
「ひえっ」
後輩の威圧にビビり倒す先輩の姿もそこにはあった。
冬樹との俺との関係は最初からこんなモンなので、今さら情けないとも思わないが。⋯⋯ああ、周囲から思われてる? それは仕方ないね。
とはいえ、これ以上睨まれても堪らないので、俺も明日以降処理する予定だった書類に手を付け始めた。
「仕事の量も日に日に増えてきてるよなぁ⋯⋯。最近は色々立て込んできてて参るぜ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「あの、冬樹さん。俺もう折り紙とか折ってないんで、そんなじっと見つめるのやめてもらっていいですか⋯⋯」
これが水無月が相手だったならバチコーン☆と親愛を込めたウインクをかまして、その後のつっけんどんな態度を愉しむまであるが、冬樹の場合恥ずかしいとかの前に普通にプレッシャー。
一体何をそんなに見つめてくることがあるのかと視線で問うてみると、冬樹は珍しくキョトンとした表情で、首をくてんと可愛らしく傾げつつ答えを返してきた。
「いえ、なぜ夏目さんは風紀委員会に入ったのだろうとふと思いまして。あなたはそこまで積極的に学園を良くしようと思うタイプには見えませんし、かつての私のように点数稼ぎのためだけに加入するような方でもないように思えます」
「大体事実なんだけど、そう聞くと俺って何にも興味が無くてやる気も無いロクでなしみたいに聞こえるな」
「大体事実なんでしょう?」
「ちょっと? こんなところで今日イチ可愛い笑顔見せてくるのやめてくれる?」
今日イチどころか、冬樹のこんな華やかな笑顔は月イチでも拝めるか怪しいレベルだ。めっちゃ複雑。
さて、問いの答えだが。
「あくまで当時の割合だけど、学園のため皆のためってのは2割ってとこだったな。残りの8割はヒ・ミ・ツ♥」
「ああ、委員長のためですか」
「勘づいても言わないで欲しいなあ!」
改めて他人に言われるとかなり恥ずかしい。
当の水無月が俺の助けなど滅多に必要としないくらい勤勉かつ有能であったのも相まって、その恥ずかしさは
俺が羞恥から悶えていると。
「⋯⋯まあ、誰かのためにそうやって、適切な距離を保ちつつ行動を起こせるのは、あなたの美徳だと思います。たまに鬱陶しいですが」
「最後の一言いる? じゃあ今も、先輩と後輩の適切な距離を保ちつつ、頭を撫でたりするのが良いかな」
「私を中心とした半径300mの内に入ってこないでください」
「すんません調子こきました」
俺は両手を挙げて降参の意を示す。
⋯⋯適切な距離を保つのが美徳、か。
時々、他人のパーソナルスペースにずけずけドカドカのっしのっしと土足で踏み込み、何だかんだで心の棘を取り払ってしまう、かの転校生クンのことを羨ましく思うことがあった。
必要以上に相手の心の内を覗き込み、そのままうっかり藪の中に潜んでいた大蛇に丸呑みにされるなんてリスクを負うような真似はとてもじゃないが俺には出来ないと今でも思う。
けれど、俺は今のままでも良いのだと、冬樹のおかげで思うことが出来た気がする。
サンキュー冬樹、君は一人の先輩を救った。
⋯⋯あとはもう少し優しさを前面に出してくれるようになったらパーフェクトだ! 頑張れ冬樹、スマイルだ冬樹!
◆ ◆ ◆
風紀委員室を開けていられる限界の時間が近付いてきた。
汐ファンチケットの件は後日校内放送でも流すとして、今日のところは解散することとなった。
一応副委員長である俺が鍵を預かっているので、冬樹が部屋を出た後に扉を閉め、施錠する。
外はすっかり暗くなっているので、女子寮まで送ろうかと冬樹に申し出てみたが、半ば予想していた通り丁重にお断りされた。
そんな訳で、俺と冬樹は校舎から出る途中まで一緒に並んで歩くこととなる。
「あー働いた働いた。本当、今日はサンキュな、冬樹。お前がいなかったら多分今頃俺は灰になってた」
「大袈裟な⋯⋯」
「俺は感謝と謝罪と愛の言葉には嘘を吐かないって決めてるんだけどなあ。大切な後輩相手なら、なおさら」
「そうですか、嬉しいです。思わず今夜委員長に『夏目さんから「お前は俺の大切な女だ、嘘は吐かない」と言われました』と自慢してしまいそうなほどに」
「意図的に俺の言葉を曲解するのやめてね?」
俺の抗議を華麗にスルーして歩を進める冬樹。愛の言葉とか言われて怒っちゃったのかしらん。もしかしてこれ、先輩から後輩へのセクハラ発言とかに認定されるんですかね。
マジでそうなってはたまったものではないため、適当な雑談を以て冬樹の記憶から俺のセクハラ疑惑発言を消し去ろうと試みる。沈め埋もれろ我が失言。
「なんつーかアレだ。こんだけ頑張ったんだし、ご褒美に何か一つくらい良いこと無いもんかね」
「⋯⋯何を馬鹿なことを。そもそも、あなたが日々頑張っているのは何かしらの見返りを求めてのことではないのでしょう?」
「そうやって僕のデリケートな部分を揶揄してくるのやめてよ!」
くすりとイタズラっぽく歪められた口の端から、冬樹が俺の風紀委員会加入の理由について言及してきているのはすぐに知れた。
こいつ、あくまで表面上は他人に無関心な風を装う奴だと思っていたが、俺に対してだけなんかキャラ違くない? ぶっちゃけあまり嬉しくないんですけど。
「あーあーあー、そーですねそーですね。俺は見返りは必要ないですいりませんー。ってことは、見返りがいるのはお前だけだな。お手伝いのお礼に何か奢る?」
「忘れているのかもしれませんが、私も一応風紀委員です。本来やるべき仕事をこなしただけで見返りなんて―――」
と、そこまで話したところで、冬樹が何かに気付いたように廊下の奥へと視線を留めた。
夜の校舎の廊下でナニカに気付くってホラー感満載で嫌だなー怖いなーと、内なる
「バカバカ、わたしのバカぁ⋯⋯って、アレ? お姉ちゃんと彰さん!? な、何でここに!?」
「それはこっちの台詞だっての。今何時だと思ってんだよ」
「あなたは一体何をやっているの⋯⋯」
慌てたように問いを投げかけてくる冬樹と遭遇した。
もちろん時期尚早な怪談よろしくドッペルゲンガーの類と遭遇した訳ではない。
俺の隣で呆れたように額に手を当てる冬樹の白金色の髪よりも幾分か濃いめの蜂蜜色の髪に快活そうなオーラを身にまとう元気っ娘、冬樹ノエル。冬樹イヴの妹である。
⋯⋯⋯⋯で。
「おら白状しろ、一体何してた。場合によっちゃー、この場でキツいお仕置きだぞ」
「ぶぇっ、べっつにー? 何でもないよー?」
「⋯⋯ノエル?」
「ひゃう!? し、汐ファンのチケットを失くしたことに今さら気付いて、いても立ってもいられずに風紀委員室に取りに来た次第です! ごめんなさいでした!」
背後に猛吹雪を幻視しそうなほどに冷え切った冬樹の視線を受けたノエルが竦み上がり、瞬時にそう自白した。実の妹から見てもあの目は怖いんだな⋯⋯。
⋯⋯汐ファンのチケット?
「なあノエル。それって、シークレットアトラクションの招待券付きのペアチケットか?」
「そうそう、それ! やっぱり風紀委員室に届いてたんだ! やった!」
「やった、ではないわ。そもそもそんな大切なものを落とすなんて―――」
「まあまあ。で、ペアチケットってことは誰かを誘う気だったんだよな? 誰なん?」
俺が冬樹の言葉を遮るようにそうノエルに問うと、冬樹がちろっと責めるような視線を向けてきた。
ちゃんと叱る時は叱らないとこの子のためにならない。
そんな姉心からの抗議なのは分かるのだが、もう少し待って欲しい。
と、そこでノエルからの返答。
「それはもちろん、お姉ちゃんだよっ!」
「え?」
「ちょっと前に雑誌の懸賞の一等でペアチケット見つけてね? 本当に当たるとは思ってなかったんだけど、まさかまさかの大当たりで! これはお姉ちゃんを誘って二人で行くしかないと思った訳です!」
「え?」
「えっ?」
まるで状況が飲み込めていない様子の冬樹と、彼女の反応に疑問符を返すノエルが鏡合わせのように「え?」だとか「ん?」だとか首を傾げ合う。
このままだと堂々巡りになりそうなので、冬樹の脇腹を軽く小突いて返事を促してみる。
一瞬身体をビクリと震わせ、なぜか顔を真っ赤にしながらこっちを睨みつけてきた冬樹だが、すぐに俺の意図を察したようにノエルの方へと視線を再度向けた。
「ノエル。とりあえず今日は遅いし、寮に戻りなさい。明日チケットは取りに来ればいいわ」
「うっ。わかったー⋯⋯」
「その後に、当日の予定を話し合いましょう」
「お姉ちゃん大好きっ!」
「っ!? の、ノエル!?」
冬樹の返答に瞳を輝かせたノエルが、ゼロフレームで姉の胸へと飛び上がって抱き着いた。
「ちょ、離れて⋯⋯! 夏目さんが見てるから⋯⋯!」
「お構いなく」
「私たちが構います!」
「仲良し姉妹だよ!」
ノエルの方は対して気にしていないようですけど。
まあ、何にせよ。
「良いことあったな、冬樹!」
「うるさいですよ!」
可愛い妹に抱き着かれたままこっちに突っかかって来ようとする冬樹をひらりと躱し、俺は二人きりの時間を邪魔しないようにという、聖人君子もかくやという純粋な気持ちから静々と寮への帰路へと着くのだった―――。
主人公とイヴの関係性としては主人公がガンガン距離を詰め、それにイヴが半歩ほど距離を空けつつ軽口や適当な雑談を交わす仲と言った所でしょうか。
分かりやすく言うと落ち着きのある先輩(イヴ)とヤンチャな後輩(主人公)です。年齢が逆転している⋯⋯?
では、今回はこれまで。感想待ってます!