とある風紀委員といいんちょー   作:御堂 明久

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お久しぶりです、御堂です。
原作のメインストーリーもクライマックスを迎え、期待と寂しさを胸に抱えながらチマチマ執筆しておりました。
せっかく一話で主人公と歓談部の関係をチラつかせていたので、今回は風紀委員たちから少し離れた歓談部とのお話。

原作がシリアス真っ盛りである今こそ、特別温く、緩い日常を⋯⋯。



ぬくぬくほりでぃ

 以前も言ったことだが、我々グリモアの風紀委員会は休日が少ない組織である。

 当然まったく無いという訳ではないが、一般生徒と同じような完全週休二日制という訳でもない。

 休日を返上してでもこなすべき仕事などはしょっちゅう飛び込んでくるし、テロ対策のために二週分の休日が潰れ、さあ久し振りの休日だ⋯⋯、となった当日に大元のテロリスト集団が学園を襲撃してきた時なんかは、本当に一人二人くらい消し炭にしてやろうかと思った。仕方のないことなんだけどさ。

 まあ、そんな風紀委員でも、当直が無い日は休みであり。

 

 

「うおおおおおおお今日は学園も風紀委員も休みだああああああああ!」

 

「⋯⋯うるさいんだけど」

 

 

 今日がその休日。

 俺こと夏目(なつめ)(あきら)は、久方ぶりの休日の到来から上がりに上がったテンションのままに、食堂で叫び声を上げていた。周囲からの非難の視線が痛い。

 俺の正面でブルーベリージャムの塗られたトーストを頬張る男子生徒も、その例に漏れず中々に不満そうな表情をしていた。

 

 

「仕方ないだろ、休みが嬉しいんだから。俺なんかより遥かに忙しい転校生サマなら、この気持ちが分かるだろ?」

 

「僕は君ほど労働意欲低くないし」

 

「クエストの話じゃなくて、いつも女の子に囲まれて体力を消費(意味深)してる時の話だよぉ」

 

「(意味深)って何⁉︎」

 

 

 俺の対面で声を上げた男子生徒の名は佐伯(さえき)(けい)

 世にも珍しい他人への魔力譲渡を可能とする、この学園唯一の男子生徒⋯⋯、通称“転校生”である。

 容姿はそこそこ、性格は温厚、馬鹿正直、正義漢。やたらモテる上に常に周囲に女の子を侍らせているのに、まったくと言って良いほど色恋話を聞かないことから、性欲が無い、もしくは同性愛者の疑いがある(俺調べ)。

 彼より後にこの学園に転校してきた生徒なら沢山いるのに、なぜ彼だけが頑なに転校生と呼ばれるのかは謎。

 校外の人物すら彼を転校生呼ばわりしているので、俺は実は未だに誰も彼の名前を覚えていない説を推す。転校生クン可哀想。

 学園内男女比が2:8という極端な構成の中、数少ない同性の友人として、俺と彼はそれなりに良い関係を築けている、と思う。具体的には食堂でばったり会えば、こうして共に雑談混じりに朝食を摂ったりするくらいの仲。

 

 

「で、今日は何か予定はあったりするの?」

 

「んー、特にはねぇな。誰にお誘いを受けたりしてる訳でもないし。とりあえず午前中は適当に時間潰して、午後から図書館で勉強でもしようかと」

 

「意外と真面目だよね、夏目って。風紀委員の仕事だって何だかんだ言ってサボってないみたいだし」

 

 

 風紀委員の仕事に関しては、一時期見回り中に眠ってしまったりしていた訳だが。

 

 

「そりゃもう、俺の想い人が真面目な男を好むからよ。誰とは言わないけど、その娘まで(たぶら)かさないでくれよ? 誑かしたら燃やす」

 

「誰かも言わないのにそれは理不尽じゃない? ⋯⋯まあ、水無月(みなづき)さんのことなんだろうけど」

 

 

 もしかして俺の好きな人ってもう学園生全員に知られているんだろうか。先日の報道部の件以来、俺の方も大して隠そうとはしてないけど。

 しかし明言する気もないので、この場は回答をぼかしておく。

 

 

「べべべ別にアイツのことが、すっ、好きだとかそーゆー訳じゃねぇし?」

 

「君は肝心な所で嘘が吐けないよね」

 

 

 回答をぼかすどころか一瞬で俺の真意を看破された。

 なんだか気恥ずかしくなり、俺は愉しげに笑う転校生から視線を逸らしてコーヒーを飲む。ミルク適量、投入済み。ブラックを至高と思えるほど俺は老成していないし、気取ってもいないのだ。ぶっちゃけ砂糖マシマシのカフェラテの方が好きなまである。

 

 

「そういうお前はどうなんだよ。また臨時クエスト請けてたり? だったらご愁傷様だが」

 

「僕も今日はフリー。⋯⋯昼前に、(みなみ)さんに料理の練習に付き合って欲しいと頼まれてるんだけどね。もちろん、試食係」

 

 

 クエストの方がまだマシだったのではないだろうか。食せば寿命とSAN値を削られると噂の南智花(ともか)の料理の試食。モテ男にはモテ男なりの苦労があるんだな⋯⋯。

 

 

「お昼の用事が確定してないなら、夏目も試食係に任命されない? 女の子の手料理とか、君は好きそう」

 

「女の子の手料理は好きだけど、手作りダークマターはちょっとなあ。悪いが、一人で頑張れ」

 

「⋯⋯まあ、日頃お世話になってる南さんのためなら、僕の舌程度安いものと考えようか。とりあえず、君も良い休日を送れるよう祈ってるよ」

 

「おう。俺もお前が明日の太陽を拝めるよう願ってる」

 

 

 何気に南の料理が失敗する前提で話す非道な男子二人であるが、アレはもうそういうモノなのだと考えた方が、アレの存在を受け入れるのには楽なのだ。

 俺の言葉に苦笑した転校生は、弱々しい手付きでサラダに添えられていたプチトマトのヘタを摘み、口に放り込んだ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 繰り返すようだが、今日は久し振りの休日だ。前もって綿密な計画を立てていたという訳ではないが、割と浮かれている。

 どうせなら最大限時間を使って、有意義な時間を過ごしたいものだ⋯⋯と、図書館棟付近の草原で日向ぼっこをしながら考えていると。

 

 

「⋯⋯何しとんじゃ、お主」

 

「あ? ⋯⋯何だ、誰かと思えば東雲(しののめ)か」

 

 

 地面に寝転がった俺の顔を上から覗き込み、呆れたような表情で日傘を差した銀髪の少女が話しかけてきた。

 彼女も俺の友人、名は東雲アイラ。

 その容姿は年端もいかない少女にしか見えないが、その実年齢は300歳以上、脳に蓄えられた知識の量は膨大、魔法の腕は化け物レベルと、色々とんでもない生徒である。

 俺はそんな東雲に体勢を変えずに言葉を返す。

 

 

「何って、今後の予定を考えながら日向ぼっこしてんだよ。案外気持ち良くてかれこれ30分はこうしてる」

 

「確かに今日はいー天気じゃが⋯⋯(わらわ)、そーゆー退屈な時間過ごしてると眠くなるからのう。経験豊富なオトナの妾に必要なのは、癒しより刺激よ、刺激!」

 

「ばっかお前、日向ぼっこ舐めんなよ。一度やったら抜け出せなくなるから。ここから離れられなくなるから。何なら死んでも地縛霊としてココに留まるまである」

 

「お主のハマり方が若干病的で、妾、引く。そもそも妾死なんしぃ〜⋯⋯ま、そこまで言うなら試してやるかの」

 

「おう、そうしろそうしろ」

 

 

 彼女も彼女で暇だったのか、すんなりと俺の提案を受け入れ、日傘をしまいながら俺の隣へぽすっと寝転ぶ東雲。

 お互いの距離はかなり近く、「ふにゃあ〜⋯⋯」とか甘い声を上げながら身体を伸ばす、東雲のこの隙だらけの姿をただの童貞が見ていたら、即座に落ちてしまっていたかもしれないと思った。

 だが、俺はただの童貞ではなく、風紀委員に入ることで強靭な理性を得た、訓練された童貞。この程度では心を動かされることは無いし―――、

 

 

「なぁなぁ、今のどうじゃった? この距離でこの仕草! アイラちゃんの艷姿にドキッとしちゃった? ドキッとしたじゃろー?」

 

「色気が足りねぇ」

 

「チッ! 相変わらず枯れとるのう! 一度で良いから、そのすまし顔を崩してみたいんじゃが⋯⋯」

 

 

 当の東雲がこんな性格だから、勘違いのしようがない。

 サンキュー東雲。君は一人の童貞を救った。

 

 

 〜 東雲アイラ、日向ぼっこ開始から20分経過 〜

 

 

「⋯⋯そういえば妾、日差しが苦手なんじゃった⋯⋯」

 

「そういやそうだったな忘れてたわ! 大丈夫か東雲!」

 

 

 しばらく草原に寝転がって無言でいたかと思うと、東雲が青い顔でポツリと呟いた。その隣でポケットに入っていた文庫本を読んでいた俺は慌てて彼女の日傘を差し直してやる。

 

 

「ああでも、何か体が軽くなっていく気がするわ⋯⋯中々良いのう、日向ぼっこ」

 

「待て待て待て待て、まだ逝くな東雲! 満足気に目を閉じるな!」

 

 

 

 

 風紀委員副委員長である俺が学園生を一人干物にしてしまったなどと、不祥事なんてレベルではない。

 俺が焦燥と共に自分用に用意しておいた団扇で東雲を仰いだり、その小さな体を日陰の下に運んでやったりしていると、しばらくして東雲が復活した。ほっと息を吐く。

 

 

「あ、あっぶねえ⋯⋯」

 

「まったく、か弱い妾をあんな目に遭わせるとは、お主はれでぃーに対する配慮が足りぬな! そんなんだからその年になるまで彼女の一人も出来んのじゃ」

 

「自分の日差し嫌いを忘れてたのはお前もだろが! というか、俺の女性遍歴を何でテメーが知ってやがる!? 遊佐か!?」

 

「適当に言ったつもりじゃったが、やはりか。⋯⋯フッハ!」

 

 

 こ、このアマ⋯⋯!

 その綺麗な銀髪をチリチリパーマに変えてやろうかと思ったが、チリチリパーマどころか俺が魔法で塵にされる未来が視えたのでやめておいた。

 というか、既に俺は日向ぼっこで一時間弱消費したことになるのか⋯⋯。意外でもないが、俺はこういうスローライフの方が性に合っているらしい。そのうち光合成とか出来るようになりそう。

 

 

「あー疲れた⋯⋯というか喉乾いた。購買でジュースでも買って()っかな」

 

「妾はトマトジュースね」

 

「ごく自然に俺をパシリ扱いしやがるな、このなんちゃってロリ。案外元気そうだし、後で金払えよ」

 

「しゃーないのう」

 

「ふてぶてしい⋯⋯」

 

 

 先ほどの負い目もあり、日陰に寝そべったまま四肢を広げ、完全にダラけ状態に入った東雲の要望を渋々引き受け、文庫本に栞を挟んだ後、俺は二人分の飲み物を買いに購買部へと歩を進め出す。

 

 

 

 

 ⋯⋯東雲の分、青汁でも買って来てやろうか。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 グリモアの購買部には何でもある。

 ほとんどの学園生たちが口を揃えて発する文言だ。

 もちろん、本当に購買部が森羅万象、この世のすべてを保有したりしている訳ではないのだが、日用品に便利品、この先の人生で一度でも使用するかどうか怪しい物品まで、そこらの雑貨店くらいなら目ではない程品揃えが良いのは確か。

 多くの学園生の例に漏れす俺もよく利用していて、看板娘の桃世(ももせ)ももとも、仲良くやらせてもらっている。

 

 

「あ、夏目先輩! いらっしゃいませ!」

 

「おう。緑茶と青汁欲しいんだけど、ある?」

 

「もちろん! 夏目先輩、青汁好きなんですか?」

 

「好んで飲むほどではないな。飲むのは俺じゃなくて東雲だよ。アイツにトマトジュース買ってこいってパシられたから、腹いせに青汁をくれてやろうと思って⋯⋯どうにかして外観を誤魔化せないかなぁ」

 

「わあ⋯⋯っ」

 

 

 俺の所業に引いたように声を上げる桃世。

 ⋯⋯ま、まあ、傍目から見れば俺がロリっ子を虐めているように見えるが、実際はアイツの方が遥かに年上なのだ。子供が大人に仕掛ける可愛いイタズラだと思って欲しい。

 と、そこで桃世が何かに気付いたように俺に話しかけてきた。

 

 

「そういえば夏目先輩、今日は風紀委員の仕事はお休みなんですか? 学園が休みの日でも働いてましたよね?」

 

「ん、あぁ。風紀委員としての俺の休日と、学園側の休日が偶然重なってな。つまり今日の俺は自由」

 

「なるほど! じゃあ今日は、ゆっくり羽を伸ばしてくださいねっ。 あ、250円になります!」

 

「んー」

 

 

 桃世の温かな言葉に微笑みを返しながら、彼女の手から緑茶と青汁のペットボトルの入った袋を受け取る。

 

 

「あの、青汁(それ)、かなーり苦いので⋯⋯」

 

「ハハハ」

 

 

 続く桃世の遠慮がちな補足、というか東雲への気遣いについては俺の生涯で一番と言って良いほどの爽やかな笑顔で黙殺しておいた。

 よくよく思えば、東雲には以前から面倒な目に遭わされることが多かった。少しは痛い目を見れば良いのだ、あのロリは。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばし桃世と雑談を交わした後、購買部を後にし、来たる東雲への復讐への期待に胸を弾ませながら廊下を歩いていると、見知った人物とばったり鉢合わせた。

 

 

「お、海老名(えびな)

 

「あら〜、彰さん。お久しぶりです〜」

 

 

 海老名あやせ。

 俺が風紀委員としての仕事で慢性的な疲労感に悩まされていた例の時期に、息抜き(サボタージュとも言う)の場として歓談部室と美味しいお茶を提供してくれた、ある意味俺の恩人のような女子生徒である。

 あれ以来、彼女を含めた歓談部一同とは密な関係が続いている。

 

 

「これからお仕事ですか〜?」

 

「いや、今日は休み。まあ、特に予定も無いもんだから暇を持て余してるんだけどな」

 

「あ、でしたらぁ⋯⋯」

 

「ん?」

 

 

 丁度良いとばかりに両手を合わせ、ぱっと弾けるような笑みを浮かべる海老名に首を捻る。

 

 

「実は最近、刀子(とうこ)さんからちょっとお高めの茶葉を譲って頂けて。これから私たち、部室で集まってお茶することになってるんです〜」

 

「ほほう」

 

「それで⋯⋯、良ければ彰さんもご一緒にどうですか〜?」

 

 

 断る理由などあるはずもない。

 俺は二つ返事で了承し、海老名に着いて行かせてもらうことにした。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「どうぞ〜、夏目さん」

 

「サンキュ」

 

「あら、夏目さん」

 

「あっ、いらっしゃいませっ!」

 

 

 海老名に導かれるままに歓談部室へ足を踏み入れると、二人の女子生徒がそう迎え入れてくれた。

 片方の、目の覚めるような透き通った金髪が印象的な美女が【ヴィアンネ教司会】からの派遣使徒、シャルロット・ディオール。

 橙がかったブロンドが目を引くもう片方が、イギリスの魔法学園からの留学生である、エミリア・ブルームフィールドだ。

 

 俺は二人に軽く手を挙げて挨拶を返す。

 

 

「よう、 ディオール、ブルームフィールド。道中で海老名に誘われたんだけど、お邪魔しても良いかな」

 

「ええ、もちろんです。支倉(はせくら)さんからおすそ分けしてもらったこの茶葉はフランスでもかなり有名な銘柄でして⋯⋯、きっとご満足いただけると思います」

 

「以前、里中(さとなか)さんに作り方を教えてもらって作ったドーナツもまだ余ってるんです! 良ければこちらも!」

 

「お、おう」

 

 

 海老名とディオールは滅多にお目にかかれない高級茶葉に浮かれている様子だったが、ブルームフィールドはそちらより、自らが抱える大皿に載った大量のドーナツに目を輝かせているようだった。

 高い高い、テンションが高い。

 ワイワイと盛り上がるブルームフィールドやディオールを見ながら、海老名がふんわりと微笑む。

 

 

「うふふ、今日はちょっと豪勢なお茶会ね〜」

 

「いつもこんな感じで集まってんの?」

 

「毎回って訳じゃないんですけど、週末はこうして皆で集まってお茶をするのが多いんですよ〜」

 

「⋯⋯カロリーとかは」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「お昼ご飯も兼ねてるので大丈夫ですよ〜」

 

「そ、そうか」

 

 

 一瞬の間が気になったが、変に追及して楽しげな雰囲気に水を差す必要も無い。

 そもそも、コイツらは揃いも揃ってスタイルは抜群なので、言われずともそういう所には気を遣っているのだろう。料理部の(ちゃお)のように毎日ドカ食いしても、運動でカロリーを片っ端から消費していくタイプもいるようだが。

 

 

「さ、彰さん。お先にどうぞ〜」

 

「おー。⋯⋯ん?」

 

 

 海老名に促されるままに着席すると、既に席に着いていた留学生コンビが待てども待てども紅茶をカップに注がず、ドーナツにも手を付けようとしていないことに気付く。

 

 

「どしたん二人とも。飲まないの?」

 

「いえ、東雲さんを待っているのです」

 

「東雲さんも今日のお茶会は楽しみにしてましたから。もうすぐ来ると思うんですが⋯⋯」

 

「ほーん」

 

 

 なるほど、東雲。そういえばアイツも歓談部員だった。

 ディオールたちが待っている中、俺だけがドーナツを貪り食うというのも座りが悪い。

 もうすぐ来ると言うことならば、俺も東雲を待つこととしよう。

 そう、東雲を。

 

 東雲を―――。

 

 

「あっ」

 

「? どうかしましたか〜?」

 

「いや、今思い出したんだけど、さっきまで俺、東雲と一緒にいて⋯⋯」

 

「夏目ぇぇぇぇぇぇッ!」

 

「ひっ!?」

 

「きゃあ!」

 

 

 自分の頬を冷や汗が伝うのを感じながら海老名に告白しようとしたその瞬間、凄まじい勢いで歓談部室の扉が開かれ、憤怒の形相の東雲が飛び込んで来た。

 一切の前触れの無い襲撃に肩が跳ねる。ついでにブルームフィールドもビックリして声を上げていた。

 

 

「お主がいつまで待っても戻って来んから、桃瀬や他の連中にお主の居場所を聞き歩くハメになったではないか! 海老名と共に歩く姿を目撃していた生徒がいたから良かったが⋯⋯!」

 

「ごめんなさいごめんなさい、すっかり忘れてました! で、でもほら、ちゃんとお使いはこなして来たから!」

 

 

 怒髪に天を衝かせながら掴みかかってくる東雲に震えながら、俺は命乞いをするように飲み物が入った購買部の袋を差し出す。

 しかしその中に入っていたのは彼女が所望していたトマトジュースではなく。

 

 

「誰が青汁など頼んだか!」

 

「ああああそうだったぁー!」

 

 

 この時ほど過去の自分の悪戯(いたずら)心を呪った事は無い。

  もはやこれまでと、興奮した獣のように唸り声を上げる東雲にただただ恐れを為していると、海老名がスッと俺と東雲の間に割り込んで来た。

 

 

「まあまあアイラちゃん、その辺にして。それに、わたしが彰さんを急に誘っちゃったのも悪いの〜」

 

「いや、海老名。こやつの場合は単に記憶力の問題じゃぞ」

 

「うん、それは俺も否定出来ない」

 

 

 自分で言うのもなんだが、俺はあまり記憶力の良い方ではない。余程重要な事柄以外は積極的に覚えようとしない、というのがより正しいだろうか。

 つまり、海老名の非など皆無に等しいと言える。

 

 

「ま、せっかくの茶会じゃ。こんな些事で空気を悪くすることもなかろ」

 

「そうそう。落ち着こうぜ東雲」

 

「お、ぬ、し、が、い、う、な」

 

「おえんははい⋯⋯」

 

 

 何とか溜飲を下げた様子の東雲だが、一応の仕置きと言わんばかりに頬をつねられる。

 まあ、このくらいは甘んじて受け入れるべきだろう。

 

 

「東雲さん。紅茶の用意が出来ていますよ」

 

「おおーぅ、ご苦労。良い茶葉だとは話に聞いていたが、ほほ、確かに良い香りじゃの」

 

「紅茶の善し悪しが分かるのかお前。飲めりゃ何でも良いってタイプかと」

 

「⋯⋯前々から思っておったが、お主の中での妾はどんなイメージなんじゃ。どれ、ここで洗いざらいぶちまけてみろ。ほれ、吐け吐け」

 

 

 詳細は省くが、洗いざらい吐いたらまず間違いなく消し炭にされかねないので、ここは黙秘権を行使する。

 口を噤んだ俺の頬を再度ぐにぐにとジト目を作りながら引っ張り倒す東雲を見て、ブルームフィールドが湯気が立つコップを持ちながら苦笑する。

 

 

「東雲さんはとっても物知りなんですよ。紅茶についてもそうですけど、この前は200年以上も前のイギリスについて詳しく教えて頂いて」

 

「ふふん。物知りというか実体験なんじゃけどね! 妾、経験豊富!」

 

「年の功だけは他の追随を許さねぇな⋯⋯」

 

 

 女子力辺りは色んな奴に惨敗してそうだが。

 

 

「うふふ。せっかく彰さんがいるんだし、今日は彰さんについて色々聞いてみたいわね〜」

 

「うっ。何か既視感のある展開⋯⋯」

 

「水無月さんとは今ってどうなってるんですか!?」

 

「デジャヴ!」

 

 

 つい最近、報道部で散々根掘り葉掘り聞かれたことだ。

 インタビューの内容が学園内に公表される以上、言っていないこともかなりあると言えばあるのだが。

 

 

「恋愛の話は、やっぱり年頃の女子の話題の花形ですから〜」

 

「一生を左右する大事なことですから、議論も白熱しやすいのです」

 

「議論」

 

「沢山の異性にモテるのが良いか、たった一人の異性に好かれ、そやつと一途な恋をするのが良いか、ってな感じでな。んま、お主は確実に後者じゃろ」

 

「決めつけ早くない?」

 

「えっ、じゃあ、彰さんは色々な人からモテたいんですか?」

 

 

 ブルームフィールドに問われ考える。

 万が一俺が多数の女子に好かれたとしたら、多分それなりに嬉しくはあるだろう。ただ、やはり俺が将来添い遂げたいと思うのは―――。

 

 

「⋯⋯やっぱり俺も水無月だけと誠実にお付き合いしたいかな」

 

「ほほう、水無月を名指しとは、やるのぅ」

 

 

 ニヤニヤと笑いながらドーナツを摘む東雲。

 歓談部の連中にも俺の想い人はバレてるようだし、ここでの会話内容はまず間違いなく外には漏れない。ならば、一応俺はここの客なのだし、話のネタくらいは提供して然るべきだろう。

 それにしても、こいつはこのナリでドーナツなんかを食むと本当にただの小生意気な子供にしか見えないな⋯⋯。これで喋った途端に異様なほどの老人オーラが湧くのは一種の才能なんじゃないかと思う。

 

 

「立場が立場だし当分告白するつもりはないけどさ。モタモタしてたら誰かに盗られるかもと不安で不安で。いや、元々俺のモノって訳じゃないんだけど」

 

「大丈夫だと思いますけどねえ⋯⋯」

 

「それこそ風紀委員長という立場じゃから、安易に手を出す男子もおらんじゃろうしの」

 

「傍目から見ても、彰さんと水無月さんは特に仲が良いと思いますよ〜?」

 

「マジで? やだ、照れる」

 

「何事も不安ならば、誰かに助言を求めるのも効果的ですね。同性のご友人などからも⋯⋯」

 

 

 はて。同性の友人で、恋愛相談をするのにうってつけな人物。

 ⋯⋯やっぱ、アイツだろうなあ。

 

 

「転校生だな」

 

「少年はスケコマシじゃからの。適任も適任じゃ」

 

「て、転校生君に失礼ですよ東雲さんっ」

 

「転校生さんは特定の誰かと付き合ったことは無いはずだけど〜⋯⋯」

 

「よし、妾に任せろ! あやつもここに呼んでしまえばいいんじゃ。この際、夏目と一緒に話のネタにしてくれようぞ!」

 

 

 東雲が邪悪な笑みを浮かべてMore@で転校生に呼び出しのメッセージを送信する。

 内容は、

 

『かんだんぶのぶしつ、こい』

『おちやとどーなつ、ある』

『ついでに、なつめもの』。

 

 俺がお茶やドーナツよりも重要度の低い存在として扱われているのも気になったが、相変わらずこいつのMore@の扱いは上達しない。ダイイングメッセージみたいだ。

 

 

「お、返信来たぞ」

 

 

 しばし再び皆で雑談をしながら待っていると、転校生からの返信が来た。確かあいつは今頃、南の手料理の試食をしているはずだが。

 彼からの返信の内容は以下の通り。

 

『わかつた、いくよ』

『でも、今すぐはちょっとむり』

『まだてあしが、ふるえて、』

 

 

「⋯⋯大丈夫か、少年」

 

「何かあったのでしょうか⋯⋯」

 

 

 多分、こっちはガチのダイイングメッセージだろう。

 転校生が生きてこちらへ出向くことが出来たその時は、口直しにドーナツを山ほど食わせてやるべきだと思った。

 

 

「ま、転校生が来るまでは俺の恋バナは一旦休止で。⋯⋯あー、紅茶美味え。休日だけと言わず、毎日飲みたい味だな」

 

「妾もこの紅茶があれば研究が捗りそうな気がするー。そうじゃ、茶葉に時間停止の魔法をかければ⋯⋯!」

 

「風紀委員の目の前で魔法使おうってか。あと、無駄に大掛かり過ぎるだろ」

 

「チッ!」

 

 

 めちゃくちゃ不満気に睨まれた。校則違反だっつってんだよ。

 

 

「二人は平日も毎日忙しそうだものね〜。休日くらいは羽を伸ばすのが良いと思うわ〜」

 

「羽を伸ばす⋯⋯休日は反動で部屋で寝たりボーッとしてたりが多いからなあ。今日は結構出歩いてる方」

 

「妾は日々やることずくめではあるが、適度にガス抜きしとるからのう。適当なクエスト請けてー、魔法ぶっぱなしてー、ストレス発散!」

 

「ざ、斬新なストレス発散法ですね」

 

 

 パーティメンバーと雑談しながら、片手間に魔物を木っ端微塵にする東雲の姿が目に浮かぶ。

 

 

「ついでに休日の過ごし方も転校生に聞いてみるか。俺よか遥かに多忙だし、良いリフレッシュ方法も知ってそう」

 

「便利じゃの、少年」

 

「リフレッシュということならば、夏目さん。良いものがありますよ」

 

 

 そう言いながらディオールが鞄から取り出し机に置いたのは、細長い木の棒のようなものの束と、薄紫色の液体が入った小さな小瓶。

 海老名とブルームフィールドはそれらを見て、得心がいったように「これ、わたしの部屋にも置いてあるわ〜」だとか「購買部にも置いてありますよね!」だとか言っているが、俺と東雲はこれが何なのかサッパリ分からず首を捻っている。

 

 

「何これ?」

 

「リードディフューザーです。分かりやすく言えば、部屋用の香水のようなものですね」

 

 

 そう言いながら、ディオールが木の棒の束を解き、その内の何本かを小瓶の中に突っ込んだ。

 すると、瞬く間に変化が訪れる。

 

 

「おお、良い香り」

 

「一つ部屋の中に置いておくだけでも大分違ってきます。良ければお一つ、お譲り致しますわ」

 

 

 手元にある紅茶の風味を邪魔しない程度に、ふんわりと歓談部室に漂うラベンダーの香り。

 なるほど、これは確かにリフレッシュになり得そうだ。全身の筋肉が良い感じに弛緩していくのを感じる。

 

 

「お、お⋯⋯。眠くなる」

 

「お前何しても眠くなってるな」

 

 

 俺の筋肉と同じく弛緩した空気の影響か、東雲がドーナツを咥えたまま船を漕いでいた。

 吸血鬼を自称しているだけあって、夜には活発になるらしいが。

 

 

「東雲さん、そんな格好だとドーナツの欠片が制服の上に落ちちゃいますよ。ドーナツは大切にしないと」

 

「えっ、心配するのそっちなの?」

 

「エミリアちゃん、歓談部では転校生さんとイギリスの話と並ぶくらい、ドーナツのお話をするんですよ〜」

 

「愛を、感じますね」

 

「うっ。あ、あやせさん、シャルロットさん、恥ずかしいので言わないでください⋯⋯」

 

 

 ブルームフィールドが赤面しながら海老名とディオールの方に手の平を向け、静止するような動作を見せる。二人はそんなブルームフィールドに対し、たおやかに微笑んでいた。大人の余裕を感じる。

 

 

「まあ、俺もドーナツは好きだけどな。というか、甘いもの全般が好き。疲れには糖分が良いって聞くし、美味いし」

 

「ですよね!」

 

「ひえっ」

 

 

 ブルームフィールドの気迫が凄い。

 

 

「甘いものですか〜。じゃあ、今度夏目さんが来た時のために、今度のお茶菓子は甘いものを中心に買い出しておきますね〜」

 

「別にそこまで気を遣わなくても良いけど⋯⋯食いたい時は普通に店に行くし」

 

「スイーツの専門店などでしょうか?」

 

「そうそう」

 

 

 他ならぬグリモアの学園がある影響で、俺たちが住む風飛市内は企業等が集まってかなり栄えている上、交通の便も良い。

 よって、クエスト帰りなどには甘味処に寄る事が多々あるのだ。

 

 

「たまに他の学園生とかに良い店教えてもらったりしてな。その中でも転校生の情報量は凄いぞ」

 

「何でも知ってますね、転校生君⋯⋯」

 

「クエストに出る機会はとても多いものね〜」

 

 

 ことある事に有用な情報源として名前が挙がる転校生に、段々と畏怖感を覚え始めている様子の歓談部一同。

 この際、もうすぐ歓談部室を訪れるであろう転校生からは、ありったけの情報を絞り出しておくことにしよう。

 

 と、そこでコンコンコン、とノックの音が響き、聞き覚えのある男子の声が聞こえてきた。

 

 

「もしもーし。来たよー」

 

「噂をすれば、ですね」

 

「はいは〜い。今開けますねぇ」

 

 

 海老名が扉を開き、中に入って来たのはもちろん件の転校生、佐伯慶。

 

 

「よーう、また会ったな転校生クン。早速だが、俺が水無月に気に入られる方法と良い休日のリラックス方法と良い甘味処について教えろ」

 

「急に何!? っていうか、僕を呼びつけた当人はどこに⋯⋯」

 

「すぴー」

 

「⋯⋯寝てるし」

 

 

 すっかり眠りこけている東雲を見て、転校生が肩を落とす。

 そんな転校生に海老名がいつもの柔和な笑みを浮かべ、俺が腰掛けているのと同じ来客用の椅子を一つ引いてきて言った。

 

 

「まあまあ転校生さん。アイラちゃんももうすぐ起きるでしょうし⋯⋯それまで一緒にお話しましょう? お茶もドーナツもありますよ〜」

 

「ん⋯⋯じゃあ、お言葉に甘えようかな。ちょうど今は少しゆっくりしたい気分だったんだ⋯⋯うぷ」

 

「お、おう。とりあえず座って休めよ。日々の愚痴くらいは聞くぜ」

 

「すぐに紅茶を用意しますね」

 

「そういえば転校生君、さっきのMore@のメッセージは何だったの? なんだか誤字の量が凄かったけど⋯⋯」

 

「すぴー」

 

 

 話の輪の中に転校生が加わり、休日の歓談部室はさらに賑わいを増していく。

 

 この後東雲が目を覚まし、何だかんだで俺と転校生のどちらが男性として魅力的かという不毛極まりない議論が白熱することになるのだが⋯⋯それはまた、別の話。

 

 

 

 




いかがでしたか?

基本的に彰の休日は『波乱も無く、オチもなく』をテーマに構想しています。
この先ジワジワ彼の人間関係を書いていけたらなあと思ったり思わなかったり。

では、今回はここまで。感想待ってます!
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