とある風紀委員といいんちょー   作:御堂 明久

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どうも、御堂です。
たまに何をとち狂ってか挿絵を描こうとするのですが、その度に壊滅的な自身のセンスを目の当たりにして我に返るというサイクルを繰り返したりしてます。自分で挿絵描ける人すごい。

今回はまた風子さん回となっておりますー。


盤上逢瀬

「夏目ー。一局どーです?」

 

 

 とある日の平日。

 他の委員たちが出払っており、書類同士が擦れる音くらいしか聞こえてこなかった風紀委員室にて水無月(みなづき)風子(ふうこ)は、仕事が一段落したので椅子の上で身体を伸ばしパキポキと背骨を鳴らしていた俺こと夏目(なつめ)(あきら)に対し、流し目と共に何かを摘むような仕草をして見せた。

 彼女がその合図を以て示す意思は一つと決まっている。俺は頷きを以て了承の意を示した。

 

 

「ん、おっけー」

 

 

 突然だが、俺と水無月は暇な時にアナログゲームで対戦して遊ぶことが多い。

 出会った時からアナログゲーム好きだった水無月に誘われる形で『アグリコラ 牧場の動物たち』や『パッチワーク』等々のアナログゲームに触れていった俺は、次第にその魅力に囚われ、のめり込み、その腕を磨いていった。

 んでもって、無駄に所蔵量の多いことに定評のある風子印のアナログゲーム倉庫から引っ張り出される頻度がもっとも多いゲーム。

 それがこれ。

 

 

「久しぶりだな。最後にやったのっていつだっけ? 1ヶ月くらい前か」

 

「えーまー。ですから今回は、元を取るつもりでたっぷりと楽しみましょ。⋯⋯よーしゃは、しませんよ?」

 

「ハッ! 弱い風紀委員長ほどよく吠えるってな! 戦績は今のところお前の方がやや優勢だが、今日こそ圧勝してやるから覚悟しとけよ」

 

「ひひ。楽しみにさせてもらいますよ」

 

 

 水無月はいたずらっぽく微笑みながら、言わずと知れた世界的人気を誇るボードゲーム⋯⋯チェスの駒が入った木箱と盤を、自らのデスクの傍にある棚から取り出した。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「⋯⋯ふん、ふん」

 

 

 自軍の兵士を薙ぎ倒しながらへと進撃してきた黒祭服の僧正を見据えながら、水無月は抜けるように白い指をちょいちょいと虚空に遊ばせつつ思案を始める。

 しばらくした後に、彼女が操る白甲冑の騎士(ナイト)に俺のビショップが打ち倒された。

 その光景を見ても、俺は計算通りだとばかりに眉一つ動かさない。

 ⋯⋯ウソです、正直先の自分の一手が悪手だったことに気付いて内心めちゃくちゃ動揺してます。ポーン一体じゃ割に合わないんですけどー!

 そんな俺の焦りを知ってか知らずか、水無月は実に愉しげに話しかけてくる。

 

 

「いやー、やっぱりアンタさんとの対局は面白いですねー」

 

「あー?」

 

「いえね、氷川みたいに手堅い感じもいーんですけど、アンタさんみたいに、じょーせきから外れた動きを度々とるのにちゃんと強いってのは、中々得難い相手なんですよ」

 

「型破りのアッキーと呼んでくれ」

 

「⋯⋯その通り名、アンタさんは嬉しーんです?」

 

「いや、あんまり⋯⋯」

 

 

 冷静に考えると絶妙にダサい。水無月の一手による動揺から思考が乱れてきているようだ。水無月、恐ろしい子!

 というか、俺が定石を意図的に無視するようになったのは、定石をなぞった進軍を目の前の少女がすべて事も無げに捌き切ってしまうのが原因なんですけどね? そこで王道をさらに磨くのではなく、裏道を探し始めるのが俺という男。

 付け焼き刃だって鍛え続ければ立派な名刀になるのだ。多分。きっと。

 

 

「それで、今のでウチはかなーり優勢になったよーに見えるんですが。ここからアンタさんがどう盛り返してくるのか、楽しみですね?」

 

 

 ⋯⋯時間はかかるかもね⋯⋯。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ水無月」

 

「はい?」

 

「今日のお前はまた一段と可愛いなあ。リボン替えた?」

 

「いつも通りのですが」

 

「知ってる。じゃあ化粧かな?」

 

「ノーメイクですけど」

 

「うん、知ってる」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「ほい、チェックメイトです」

 

「待って! 待ってくれ! まだ手はあるはずだから! もう少しだけ考える時間をください!」

 

 

 往生際悪く粘ってみようとしたが、水無月による無慈悲な決着手によって俺の目論見は脆くも崩れ去る。

 序盤は凡ミスをかましてしまったが、その後はなんとかリカバリーしてほぼほぼ理想的な動きを出来ていたと思うのだが⋯⋯、結果はこのザマだ。

 この風紀委員長、大抵いつも風紀委員の仕事してるか授業受けてるかなのに、なんで腕が鈍るどころかより一層磨かれてるんですかね? いや、日々の過ごし方で言うと俺も大して変わらねぇな。

 

 

「おやおや、夏目。今日はウチに勝ち越すつもりじゃーなかったんで?」

 

「くっ。性格悪ぃぞ、水無月ぃ⋯⋯」

 

「まさか。ウチはいつだって慈愛に満ちてますよー」

 

 

 水無月は冗談めかした様子でそう言って笑う。可愛いなちくしょう。こんな可愛い奴と長時間対面しなきゃいけない時点で俺の不利が確定してない? 心乱されまくるでしょこんなの⋯⋯。ズルいよ⋯⋯。

 そんな彼女の蒼玉(サファイア)の瞳の奥にからかうような色を見い出し、俺の方もジョークを交えた物言いを返す。

 

 

「アレだよ、俺は風紀委員の中でもとびきりの俗物だから、何かご褒美が無いと気合いが入らないタイプなんだよ。具体的に言うと長期間の休暇とかね!」

 

 

 長い休みを貰えたら、いつもは実家に帰ってしまう水無月を誘って街に繰り出してみたいという願望もあるため、半分本心だったりする。

 まあ、こんな戯言、当の水無月はいつものように呆れたような表情で一蹴するのだろうけど⋯⋯と、思っていると。

 

 

「ふむ⋯⋯。ご褒美、ですか」

 

「おん?」

 

 

 俺の予想に反して水無月が顎に手を当て、何やらうんうんと唸り始めた。

 どうやらまた何か考え始めたようだが、対局中よりも余程熟考しているように見える。もしかしてアホなことを口走った俺の除名を検討しているのだろうか。焼き土下座ぐらいなら躊躇なくやってみせるから許して欲しい。

 俺が愛着ある部屋との別れを予見し泣きそうになっていると。

 

 

「いーでしょ。その希望呑んであげます。相手が強けりゃ()えーほど張り合いも出てきますからねー」

 

「は?」

 

 

 何言ってんだこいつ。

 

 

「自分で言っといて何ですかその反応⋯⋯。次アンタさんが勝ったら希望通りご褒美をあげると言ってるんです。そーですね⋯⋯アンタさんのゆーことをウチが何でも一つ聞く、ってのはどーです?」

 

「その提案乗ったぁッ! フハハハ、今の言葉、もう取り消し効かんぞ!」

 

「効果てきめんですねー」

 

 

 何か水無月が言っているような気がするが、それももはや耳に入らない。何でも一つ⋯⋯! あの水無月が、『何でも』一つ!

 もちろん、度の過ぎた命令を下せば風紀委員である彼女からの軽蔑は避けられないし、そもそも受け入れられることすらないだろう。ただ、それを差し引いてもなお心が躍るフレーズである。夢が広がるなあ!

 かつてないほどやる気が(みなぎ)り、頭が冴えていくのを感じる。こんな不純なゾーン初めて見た。こいつホントに風紀委員?

 

 

「さぁ、二戦目といこうか水無月。今の俺は過去最強と言っても過言じゃねーぞ」

 

「普段の仕事もこれくらい張り切って取り組んでくれると助かるんですが⋯⋯。ま、今くらい仕事の話をするのはやめときましょ」

 

「え⁉︎ なんか言った⁉︎」

 

「駒並べるの早いですねー⋯⋯」

 

 

 対局開始ー!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「はっはーん⋯⋯。これは、これは」

 

 

 第二戦目開始から約20分後。

 まだまだ趨勢(すうせい)は分からないとはいえ、現時点では俺が水無月に対し僅かだが優位に立っていた。

 視える、視える、水無月の次の動きが視える。

 明らかに俺の秘められし力が覚醒していた。これがバトルアニメだったならば処刑用BGMが流されていたところだ。まだ序盤も序盤なので、今BGMが流れだしたら大層鬱陶しいことだろう。チェスの一戦は長いのだ。

 

 

「どうしたよ水無月ー。さっきから及び腰じゃありませんかぁー? なんすかー、ビビってんすかぁー?」

 

「初戦でこっぴどくやられたのに、そこまで開き直って人を煽れる胆力はすげーと思いますよ⋯⋯」

 

 

 チェスにおいて盤外も戦場であることはあまりにも有名。俺はいついかなる時も無駄によく回ることに定評のある口と鍛え抜かれた表情筋を以て、全力で水無月を煽り倒していた。

 煽り顔に気合いを入れすぎて顎が外れかけた。以前冬樹(ふゆき)と共に拾得物の整理をしていた際に風紀委員室を襲撃してきた瑠璃川(るりかわ)春乃(はるの)から喰らった筋違いアッパーカットの影響で、顎に変形癖がついてしまったのかもしれない。そのうちケツアゴになったりしないことを切に願う。

 俺が学生らしく将来の不安に身を震わせていると、水無月があくまでマイペースに駒をスイッと動かした。あれだけ必死に煽ったのにまるで通用していないのが虚しい。

 

 

「ほいっと。はい、アンタさんの番ですよ」

 

「むっ」

 

 

 厳しい一手。

 

 

「ちくしょう。まだこんな力を隠し持っていやがったのか、水無月⋯⋯!」

 

「隠してたつもりはねーんですが」

 

「んもー、主人公の覚醒回は無双タイムって相場が決まってるのにぃ」

 

「型破りのアッキーさんはテンプレート通りの展開なんて望まねーんじゃねーですか?」

 

「その通り名やめて!」

 

 

 時間経過と共に段々恥ずかしくなってきた。

 水無月からの先ほど煽りの仕返しを受け、危うく精神崩壊を起こしかけながらも何とか駒を動かす。

 しかし、その手は彼女も読んでいたのか、すぐに手を返してくる。これまた真綿で首を絞めるようなイヤーな手。

 

 

「く、ぬぅ」

 

「あー、これはまた、ウチの勝ちですかね?」

 

「ふん、調子に乗っていられるのも今の内だぜ! 見てろ、すぐに圧倒してやんよ」

 

「ちなみに、ウチが勝ったらアンタさんに何でも一つウチの願いを聞いてもらうんで、そのつもりで」

 

「初耳なんですけど?」

 

 

 知らぬ間にえらい条件が付け加えられていた。なに、私に何させる気なの! エロ同人みたいなことさせる気じゃないでしょうね、エロ同人みたいなこと!

 

 ⋯⋯⋯⋯。

 

 水無月相手ならそれはそれで悪くないなと思いました。きめえ。

 それはそれとして、正直二連敗は避けておきたいところだ。俺はさらに思考を加速させる。

 

 水無月の戦法は序盤中盤でじっくり布石と罠を張り巡らせ、終盤に気付いたら負けていた! ってな感じで相手を追い込み殺すタイプ。

 基本受けに回り、カウンターを返しながら粘り倒す俺にとって、彼女のように刃を隠され続けるような戦法をとられると、終始神経を使わされることになる。ほんとにつらい。

 ただ、チェスにおける序盤の仕込みなど、普通はパターンが限られてくるものだ。

 俺が経験に基づいてチェックしておいた、水無月の各仕込み場所に視線を巡らす。

 

 

「こいつか!」

 

「⋯⋯おおー」

 

 

 複数の駒の裏に潜んでいた、残しておくと後々確実に痛い目を見るであろう布石となる駒を見つけた。

 それを俺が討ち取ると、水無月が思わずといったように感嘆の声を漏らす。

 

 

「やるじゃねーですか夏目。よしよししてあげましょーか?」

 

「⋯⋯わぁい。お願いしまーす」

 

 

 水無月がまたも冗談めかしつつ、ファインプレーを決めた俺の頭を撫でるような動作をとってきたので、俺はあえてそれに乗る形で頭部を差し出してみた。

 

 

「えっ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯あの」

 

「はよ」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 水無月風子、一瞬の硬直。

 そして。

 

 

「何してんですか夏目。変な格好してねーで、ちゃんと盤を見てくだせー」

 

「焚きつけた本人が梯子(はしご)外すのは良くないと思いまーす!」

 

「なんのことでしょーか?」

 

 

 ちょっとこちらが攻勢に出てみれば瞬時に逃げた水無月に猛抗議してみるも、当の彼女は若干赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向き、素知らぬフリをし出した。こんにゃろう。

 しかし自分の順番が回ってきてしまえば、長時間ゴネるような真似も出来ない。

 俺は全力で不貞腐れつつ、三度盤面を見つめ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合も中盤に差し掛かり、盤面が混沌としてきた。

 ⋯⋯何となく。なんとなーくではあるが⋯⋯。

 

 

「俺、押されてる気がする」

 

「どーでしょーねー」

 

「白々しいぞぉ。チクショウ、まだ何か仕込みを見逃してたのか」

 

 

 相変わらずキュートでルーズな見た目に反して内面が()()()()な奴だ。

 常に最善手を選択しているはずなのに劣勢に持ち込まれる自軍を見ていると心がへし折れそうになる。ちょっと因果律ねじ曲がってません?

 このまま黙って考え続けても為す術もなく捩じ伏せられてしまいそうだ。俺は一旦思考をクリアーにしようと、自駒を動かしつつ水無月に世間話を持ち掛けてみることにした。

 

 

「水無月、水無月。実は俺、最近ちょっとした悩みがあってさ。チェスしながらで良いから聞いてくんない?」

 

「は? いえ、別に構いませんけど⋯⋯」

 

「サンキュー。⋯⋯例えばの話なんだけどさ。水無月が小さい子供で、遊園地にいるとするじゃん? んで、さらに途中で迷子になってしまったとする」

 

「はい?」

 

「んで、しばらくして母親が見つけてくれました。さて、それは次のうちのどのアトラクションの近くだったでしょう?

 A:観覧車

 B:ジェットコースター

 C:お化け屋敷

 D:メリーゴーランド

 さあ、お前の答えを聞かせてくれ」

 

「アンタさんの悩みなんですよね?」

 

「はい」

 

 

 真顔で問われたのに対し堂々と嘘を吐いてみたものの、死ぬほど訝しげな表情をされた。

 しかし悩みを聞くと言った手前無回答というのも気が引けたのか、眉根を寄せながらも答えてくれた。

 

 

「D⋯⋯、ですかねー。特にりゆーはねーですが」

 

「ほーん」

 

「⋯⋯で、これ一体何なんです? 絶対悩みとかじゃねーでしょ」

 

「以前間宮(まみや)に教えてもらった心理テスト。『心の奥底の自分の本当の気持ち! 好きな異性のタイプがわかる心理テスト』だそうです」

 

「何てモンやらせてんですか!?」

 

 

 水無月が瞬時に頬を紅潮させて掴みかかってきた。ちょっと! やめてください! 駒が落ちるじゃないですか!

 ちなみに水無月が選んだDに該当するのは『優しくて身の周りの人を大切にし、いつも朗らかで愛想がよい人』。参考になりました。

 

 

「落ち着けよ水無月。第一、お前はこんなモン信用するタイプじゃないだろ。戯れだよ戯れ」

 

「他ならぬアンタさんにやられるのが嫌なんですよ!」

 

「心外だな、誰にも言いふらしたりしねーよ」

 

「いや、だからアンタさんに一番⋯⋯あーもー!」

 

 

 平素より飄々としている彼女にしては珍しく⋯⋯も最近なくなってきた狼狽っぷりを露呈させながら、ヤケクソ気味に駒を盤上に打ちつける水無月。

 だが、そんな状態でロクに盤面を見ずに手を返せば、何かしらの綻びが出るのは必然!

 

 

「ルーク取ーった!」

 

「あっ⋯⋯!」

 

 

 まさに怪我の功名。

 今まで散々煽っても水無月には効果無しだったのに、心理テストでここまで手が乱れるとは思わなかった。水無月の弱点は心理テストと見つけたり。

 

 

「よし水無月、心理テストもっとやろうぜ。次はあなたの理想の結婚生活がわかるテスト」

 

「もうやらねーですよ」

 

 

 その後、水無月は俺の出題に一切付き合ってくれなくなってしまった。一瞬で弱点克服されちゃってるじゃないですかー。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 さて、いよいよ対決も終盤に差し掛かった。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 中盤までの和やかなムードはどこへやら、俺も水無月も無言で食い入るように盤面を見つめ、先読みに先読みを重ねていく。

 息抜き程度の気持ちで対局を始めても、結局はガチ対局になってしまうのが俺たち二人の性ということなのかもしれない。ただの負けず嫌いとも言う。

 

 

「⋯⋯んー」

 

 

 水無月がこめかみに人差し指をぐりぐりと当てながら呻き声を漏らす。かわいい(あきらの しゅうちゅうりょくが ぐーんとさがった!▼)。

 そんな風に真剣に頭を悩ます水無月を見て、ふと思う。

 彼女が勝ったら、俺にどんなお願いをする気なのだろうか?

 

 

「ウチが何を要求するつもりなのか、ですか?」

 

「⋯⋯あー、声に出てた?」

 

「普通に話しかけてきたのかと思いましたよ。もしかしてアンタさん、隠し事とか出来ねータイプなんです?」

 

「この前転校生にも似たようなこと言われたなあ。基本的に隠し事とかしないし、よく分からん」

 

 

 流石に知られたら一巻の終わりみたいな機密情報を漏らすことはないだろうが、俺自身について知られて困るようなことはほぼ無いと言っても良い。自然、情報管理も緩くなっているのかもしれない。

 

 

「それで、答えはぁ?」

 

「教える訳ねーでしょ。あ、でも、アンタさんがわざと負ければ確実に答えを知ることが出来ますけど⋯⋯どーします?」

 

 

 そう言うと水無月はしなを作り、クスリと蠱惑的に笑う。

 妙に色っぽい仕草に鼓動が早まり、彼女の瑞々しい唇やデフォルトで乱れた制服の裾から覗く白くきめ細やかな柔肌、鎖骨に視線が行きかけるが、それを理性で必死に押し留める。

 代わりに俺はへらりと笑みを返し。

 

 

「⋯⋯実際に手ぇ抜いたら不機嫌になるクセに」

 

「そんなこたーねーですよー」

 

 

 肩を竦める水無月だが、こいつの性格上態度や口調には表れないとしても、勝負事で手を抜かれればまず間違いなく機嫌を損ねる。

 こいつとの付き合いはそれなりに長いのだ、それくらいは分かる。

 

 

「それに」

 

 

 俺は水無月の(キング)の周囲を自駒で包囲しつつ、先ほどよりも些か悪どい感じで歯を剥いて笑う。

 

 

「このままいけば勝てそうなんだ。わざわざ勝てる勝負を捨てる奴はいねーよ」

 

「にひ。最後まで勝負はわかんねーですから、油断はしねーよーにすることをオススメしますよ」

 

 

 そう言いながら挑戦的に笑う水無月の姿は、今日一番に魅力的に見えた。

 

 そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェックメイト、だよな」

 

「⋯⋯ふむ」

 

 

 俺の駒に挟まれ、逃げ場のない水無月のキング。盤面を何度も確認したが、これ以上逃げる手はないはず。

 同じことを水無月も悟ったのか、彼女はふっと息を吐き。

 

 

「確かに、これはウチの負けですねー。次の手はどーやっても躱せません」

 

「いよっしゃあッ!」

 

 

 思わず立ち上がり、全力でガッツポーズをする。

 今日だけでなく、このところ水無月との対局では負けが込んでいたため、久しぶりの勝利に喜びを隠し切れないのだ。何なら歓喜のあまり、ちょっと小躍りしたまである。

 そんな俺を見て、水無月はおかしそうに笑う。

 

 

「ほんと素直ですねー」

 

「良いんだよ、俺はこれで。あー楽しかった!」

 

 

 満面の笑みで席に座り直し窓の方を見てみると、既に夕日が窓から差し込んで来ており、いつの間にか風紀委員室が琥珀色に染まっていたことに気付く。余程熱中していたようだ。

 俺は駒と盤を片付けながら。

 

 

「すっかり遅くなっちまったな。そろそろ帰ろーぜ水無月」

 

「ちょっと待ってくだせー」

 

「くえっ」

 

 

 突然水無月に後ろ襟を引っ張られた。お前そうやって人呼び止めるのって癖なのん? その割には俺以外にやられた奴見た記憶無いんですけど?

 俺が不満を込めた眼差しで水無月を見ると、彼女も彼女で実に胡乱げな視線をこちらに向けていた。なに、どしたん。

 

 

「命令。アンタさんが勝ったってことは、ウチに一つだけ何でもゆーことを聞かせる権利を得たってことです。後々に持ち越すのもややこしーんで、この場で消費しちゃってくだせー」

 

「⋯⋯ああ、あんまりにも勝利が嬉しかったから忘却してたわ⋯⋯」

 

「アンタさんって案外単細胞なんです?」

 

 

 めちゃくちゃ失礼な感想を抱かれていたが、そもそもその命令権のためにやる気を出していたのに、その目的を忘却するのは確かにアホと言わざるを得ない。ドーモ、アメーバ彰デース。

 さて、それは措いておくとして、思い出したら思い出したでまた興奮してきた。

 いやー、何でもかー。あの水無月に何でもかー!

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 

「⋯⋯やべ、何も思いつかね」

 

「えぇ⋯⋯」

 

 

 いやだって、あんまり振り切ったお願いとかしたら普通に嫌われるかもだし⋯⋯。

 そういうのを除けば、正直現状には既に満足しているため、特段水無月に要求したいコトというのは存在しない。なんと無欲なことか。思わず内心で自画自賛してしまう。

 が、水無月にとってそれは歓迎出来ることではないらしい。

 

 

「何ですかそれ。何でもですよ? なーんーでーもー」

 

「いや、んなこと言われてもなぁ」

 

 

 若干不貞腐れ始めたような水無月に焦りが募り、俺は何とか願い事を捻り出そうと試みる。

 しかしやはり出てこない。俺はそれを再び水無月に伝えようと―――。

 

 

「まっ⋯⋯たくっ、もー」

 

「ッ!?」

 

 

 ―――したところで、突如体がふわりと浮遊したような感覚を覚える。

 気がつくと俺は、水無月に押し倒されるような形で床に背中を着けていた。

 

 

「ほんとーに?」

 

「⋯⋯は、え? 水無月?」

 

「ほんとーに、ねーんですか? 彰さんが、ウチにお願いしたいこと」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 熱に浮かされたような表情の水無月と目が合い、息が詰まる。

 彼女の柔らかな身体の生々しい感触が制服越しに伝わってくる。

 脳を痺れさせ、蕩けさせるほどに甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐってくる。

 彼女の潤んだ瞳の奥から覗く理性は、イチゴジャムのようにドロドロに溶けているように見えた。

 

 

「ウチは今、ただの水無月風子です」

 

 

 風紀委員長という身分による障害は取り払った。

 そう宣言した水無月に、俺の理性は完全に焼き切れて。

 

 

「い、以前転校生に教えてもらった良い店があるんだよ。スイーツがどれもこれも絶品って話で」

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ほほう」

 

「そこに今度の休日一緒に行かないか? ほら、お前いつも休日には実家に帰るじゃん。一日だけどうにか空けてくれよ、それが俺の命令ってことで!」

 

 

 瞬時に再構築を果たした。

 

 あ、あっぶねぇ⋯⋯。何がとは言わないが色々危なかった⋯⋯! とにかく危なかった⋯⋯!

 あの状態の水無月と長い間対面するのは本当にマズい。俺の本能がそう警鐘を鳴らし、以前歓談部で転校生から聞いたオススメのスイーツ専門店の話を思い出したことで、水無月への願い事を絞り出すことに成功した訳だが。

 

 

「⋯⋯ま、いーでしょ。親もたまには友達と遊んで来ても良いとは言ってくれてますし、予定を空けるのにそこまで苦労はしねーと思います」

 

 

 気付けば、俺から離れて立ち上がった水無月はすっかりいつも通りの様子に戻っていた。

 これでとりあえずは一安心。その上休日デートの約束まで漕ぎ着けられたぞと俺も体勢を戻しつつ、密かに安堵していると。

 

 

「ね、夏目」

 

「っ。な、何だ? 水無月」

 

 

 水無月がすすす、と身を寄せてきた。

 まだ網膜に焼き付いている水無月の瞳がフラッシュバックし、体が硬直する。

 そして彼女は俺の耳元に口を寄せ、一言。

 

 

「⋯⋯⋯⋯へたれ」

 

 

 思い切り脱力してしまった。

 虚脱感に身を任せて床にへたり込む俺を見て実に愉しげに笑う水無月が、鍵を机の上に置いて軽快な足取りで風紀委員室の出口へと向かって行く。

 

 

「んじゃ、お疲れ様でしたー。ウチは一足先に帰らせていただくんで、鍵はよろしくおねげーしますよ」

 

「ああ、はい。お疲れ様でした⋯⋯」

 

 

 やっぱ、こいつには勝てねぇわ⋯⋯。

 

 俺は風紀委員室から出ていった水無月を死んだ目で見送りながら、しみじみとその事実を噛み締めるのであった。

 

 

 

 




今回はなんだか私の妄想が振り切れた感があります。当作品の風子さんにはキャラ崩壊注意のタグを付ける必要性もあるやもしれません。
書き終えてから気付きましたが、彰をヘタレ呼ばわりしている割には風子さんも大概だと思います。似た者同士なのでしょうか。

では、今回はここまで。感想待ってます!
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