「きらりはさ、自分が優しさを求めることを怖がってるの」
杏は、抽象的ながらも親友の抱えたものを打ち明けてしまっていた。
あいと真奈美にはわかる。杏もまた、こう見えて助けを、優しさを求めているということに。
「あの子は、自分が弱さを見せたことが、助けを求めたことが周りに脅威と見なされたことがトラウマで、それ以来どんなにいじめられてもニコニコしてるようになっちゃったんだ。……馬鹿だよね、不器用だよね、自分が当たり前に享受しても良いはずのものまで一緒に捨てちゃう手段しか思い浮かばないなんてさ」
親友の過去を振り返る杏には、その痛みが、きらりが表に出さない分の痛みの一端が身体の芯で感じられた。故にきらり自身であるかのような「自嘲」すらした。
「あの独特の振る舞いは、本来の、弱さを当たり前に持ってて優しさと助けを必要としていたはずの『諸星きらり』と、何をされようと無害であることに徹する『諸星きらり』を切り離すためのものなんだと思う」
そうでもしないとあの子は耐えられない、耐えられるほど強くはないんだ、杏はそう続けるのに、数回喉を潤し直すことを要した。
「……自分の行いに見合った優しさを欲する、苦しくなったら助けを求める、耐えられなくなったらありのままの弱さを見せる。みんな当たり前のことでしょ? それなのに、あの子はそれが出来なかった。周りがそれを許してくれない時期が長過ぎたんだ。だから、それが許される状況にあることを十分に自覚できない」
「……でも、杏くんの前ではありのままの自分を僅かながら見せていた。私たちもそれに気づいたが、杏くんは今まで、きらりくんに自らの存在を以ってして居場所を提供することに徹していた、というわけかな?」
「……そうだよ。私は、そういう最低の人間なんだ。あの子が、それが優しさを求めてるんだってことすらわからない感情のままに接する。ただそれに応えるだけの簡単なお仕事。それで心地良さを得てたんだ。流石はニートアイドル、怠惰の極みだよ。あの子に何の前進も解放も与えない。共依存の甘美さを共有してきただけ」
杏とてわかっている。きらりが自分にだけ本当の気持ちを無意識下にさらけ出したのが、対称なようで自分ときらりに似ているところが……当たり前の権利を封じていた経験があるからであることくらい。でも、だからこそ依存したいのは杏も同じだった。似ている杏には、完全なる外からの力で殻を破ることはできなかった。
「……なるほど。それで、これからはどうだい?」
と、木場真奈美。自信があるようで、責任感も強い態度だ。自分たちの行動が決して悪い結末を招かない、そう信じながらも、失敗したら自ら腹を切る、そういう意志のもとに問うている。
「……まあ、私だけで踏み出せた可能性は小さかったし、私との関係性を無視しても、きらりがあのまま自分の中に『当たり前』を溜め込んでいったら、いつかどうなるかわからない。今回、あいさんと真奈美さんが彼女に、自分を疑う機会を与えてくれなかったら、私はいつ限界を迎えるかもわからないきらりと共依存を続けてたよ」
杏は改めてあいと真奈美に向き合う。
「今回ばかりは素直に礼を言うよ。ありがとう、一番堅い殻を……きらりと私の殻の合わさってるところを破ってくれて」
杏がここまで深々と頭を下げるのは、普段の彼女からは考えられない。もしかしたら、この種の素直さは、きらりにとっての当たり前の優しさと同等に、彼女にとっては異常なものかもしれない。
彼女がきらりをいかに大切に思っているか、最早彼女にとってきらりが自身の一部にも等しいことを端的に、しかし雄弁に物語っている。
「礼には及ばないよ。いつもの癖で勝手にやったことさ。それに……ここから先は、君たち二人の戦いだからな」
「……知ってる」
「自分が封じていたものの正体を知ったきらりは不安定になるかもしれない。それを支えられるのは君だけだ」
そう、もしかしたら荊があるかもしれない道だ。でも、このまま行ってもきらりの殻の中で膨張したものはいつか噴出していただろう。早い方が、立ち直りも早いはずだ。
あいと真奈美はきらりの殻に空気抜きのための穴を開け、杏はその穴から歪に亀裂が広がらないように管理し、支えるのだ。
「もっとも、私たちだって協力は惜しまない。一度乗った舟だからな」
「……うん、遠慮なく頼らせてもらうよ」
杏は親友を救うために、二人の紳士の手を借りることを恥じない。
プライドとかそんなのはどうでもいいんだ。確実に、きらりを支えていければ。
共依存に甘んじて問題を放置してきた私にできる贖罪はそれしか無い。
双葉杏は、まず自らの殻を破る。