ギーシュ編とか言いながら、漸く今回ギーシュの登場です。
因みに瞬身の使い魔はハートフルストーリーの予定ですが、ここでいうハートフルとは、和製英語の「心温まる」と英語圏の意味の「苦痛を与える」「有害な」の両方の意味でハートフルストーリーなんですが、ギーシュ編である第一章は基本的に後者の意味合いが強いですね。多分この話で一番清々しいパートはルイズさんが話を引っ張り出す四章くらいからなんじゃないかな。
そんな感じですが、どうぞ。
あの場から離れ、1人で廊下を歩いていると、次第にルイズは冷静な心を取り戻し始めた。
けれど、だからこそ彼女は自己嫌悪で胸をジクジクと痛めながら、泣きそうな顔で落ち込む。
(わたし……なんてことを言ってしまったんだろう)
どう考えても……あれは八つ当たりだった。
確かに腹は立ったのだ。
どうして何も言わないのか、自分には何かを言う価値すらないのかと、卑屈に歪んだ心は男の言葉や態度全てを悪い方向へと捕らえた。
だけど、だからといって当たっていいわけがなかった。
だって、彼は何もしていない。
寧ろ、自分を助けてくれたのだ。あの……失敗魔法であるルイズが起こした爆発から。
本当なら、ありがとうと礼を述べるのが筋だろう。
だけど、礼も言わず、ただ自己嫌悪に陥り自分の世界に篭るルイズを目にしても彼は怒らなかった。自分が起こした失敗魔法の尻拭いをさせられても、逆に自分を気遣う始末だった。
(もしかしたらあいつもみんなと同じなのかもしれない……)
人間口ではなんとでもいえる、なので心までは分からない。
だから、どんなに従順に振舞って、気遣いも口先だけのもので、本当は自分に不満があるのかもしれない。否、不満がある可能性のほうがずっと高い。……なにせルイズを丸ごと認めて、叱りもせずそのまま愛してくれた人なんて二番目の姉くらいだったのだから。だけど、本心ではどうあれそれでも彼は……ルイズを『ゼロ』と馬鹿にしなかった。
たとえそれが本心からのものじゃなかったとしても、それでも彼が自分を気遣ってくれたのは確かなのだ。それを劣等感と自己嫌悪から出た八つ当たりと嫉妬で台無しにしたのは己のほうだ。
(謝らなきゃ……)
でもどう謝ればいいのだろう。どうすればいいのかわからなくてそんな自分が本当に嫌になる。
なんだかんだいってルイズは大貴族の娘なのだ。謝罪なんて、先生や両親など少数の相手以外にしたことがない。寧ろ、自分に誤りがあったとしても、平民に貴族が謝罪するなんて彼女が生きてきて身につけた常識の中には存在していなかった。
寧ろ、上が簡単に自分の過ちを認めてはいけないのだと、そう教えられてきたのだ。
そして、あの使い魔は魔法が使えるといっても、身分は平民で、傭兵なのだ。
(どうしよう……)
下のものへの謝罪の仕方などルイズは知らない。
でも、本当はすぐにでも謝ってしまいたい。
ごめんと、悪かったとそう言いたい。
だって、いくら気に食わないと言っても彼は……うちはシスイは自分の使い魔なのだ。
使い魔と魔法使いはただの主従ではない、パートナーなのだ。
たとえ気に入らなかったとしても変更など出来ない。使用人のように気に食わないからさよならなんて、そんな簡単な存在じゃない。
何より彼は……自分の魔法の唯一の成功例でもある。
今までいろんなことがありすぎてそこまで頭が廻っていなかったが、彼が現れたのは即ちルイズのサモン・サーヴァントの魔法が成功したということを意味したし、彼の左手に現れたルーン文字も、コントラスト・サーヴァントが成功したということを示す。つまり……。
(なんだ、わたし、ゼロじゃなかったんだ)
今更気づくなんて、と自嘲したような笑みを浮かべながらルイズは思う。
そして同時にこうも思う。
(じゃあどうして、他の魔法は成功しないのかしらね……)
物心がつき、魔法を習いだしてから今まで、子供が使うようなコモン・マジックから四系統の魔法まで全てが爆発という結果だけを残して失敗してきたルイズ。
そのことで母から説教を受けることなどしょっちゅうで、使用人に陰口を叩かれたり、一番上の姉に馬鹿にされたり、けれど魔法が出来ない自分はそれに反論をすることが出来なかった。
それでもルイズが一番わけがわからなかったのだ。
努力をしていないわけじゃない。寧ろ努力だけなら人一倍しているという自負がある。それなのに一向に成功しない魔法。何故起こるのかわからない爆発という現象。どうして自分だけがこうなのか、答えがあるというのならばそれこそ教えてほしい。
自分よりも身分が低い、貧乏な下級貴族の子供ですらドットレベルの魔法は使えるのに、なのにどうしてコモン・マジックさえ出来ないのか、と。
それは、孤独だった。
誰とも分け合えない孤独だった。
自分を可愛がってくれて、自分を丸ごと受けとめてくれる病弱な二番目の姉さえ、魔法に関してはルイズの参考にはなりえない。
この世にルイズの同類などいないんじゃないかと、そう彼女には思えた。
だから……。
(分かって貰おうなんて、甘えなのよね……)
先ほど自分が男に向かって放った言葉を思い出しながらルイズはそう考える。
『あんたなんかにわたしの気持ちはわからない!』
その台詞は逆にわかってほしい、無理だろうけれどそれでも理解されたいという心の裏返しなのだ。そうでなければ、ただ悲しげな顔で自分を見るばかりで何も言わなかったあの男にあそこまで苛つく筈がない。
だって、今まで誰も自分のことに理解してくれる人がいなかったのに、それがいくら使い魔だからといって昨日今日あったばかりのぽっと出の青年に理解しろなんて、横暴にもほどがある。ちっとも現実的じゃない。
それでも、ルイズは……肯定に、理解者に飢えていた。
自分だけの使い魔に夢を見ていた。
当然、人間を想定していたわけではなく、妄想の中の自分の使い魔はいつだってドラゴンとかグリフォンにマンティコアなどの大型幻獣であったが。それでも無言で隣にある使い魔に支えられ、理解されるそんな光景を夢見ていた。
使い魔とメイジは一心同体。互いに互いが誇りであるようなそんな理想的な主従を作りたかった。
確かに、彼は自分が望んだ使い魔とはいえない。
だけど、彼は自分の使い魔なのだ。
自分の使い魔は彼しかいない。
だというのに、こうやってひどい言葉を投げかけて八つ当たりしてしまった自分が歯がゆかった。
しかし……。
(どうしよう……)
『あんたなんて……顔も見たくない!』
ルイズはそう言い捨ててあの場を去ったのだ。
きっともう仲を修復するなんて無理だ。少なくとも、ルイズだったら自分がそんなことを言われたら、そんなことを言ったヤツと仲良くやりたいとは思わない。
……自分たちはもう無理なのかもしれない。
そう思うと尚更落ち込んで、ルイズは心苦しくなった。
その時……。
キュルルル……と、そんな感じのかわいらしい音がなった。その発信源に気づき、ルイズは頬を赤らめ俯く。
こんな時だというのに、どんなに落ち込み辛い気持ちになろうと、どうやら腹は減るものらしい。
よく考えてみれば今はお昼時だ。こんな時に、と自分に対する呆れるような気持ちもあったが、いくら考えても答えなんて出ないのだ、なら諦めて大人しく食事にいくべきかとルイズは思考し、食堂に向かって足を進めた。
あの使い魔は……顔も見たくないといった使い魔は、昨日の契約通り食堂で働いているのかしら、とそんなことをぼんやり考えながら。
もしも、先の自分の言葉を受けて、それでももし男が自分のことなど気にとめてない態度で、笑って食堂で働いている場面を見たりなどした日には、きっとルイズは立ち直れない。それくらいの自覚はある。
だからどうか会いませんように、と思いつつ、彼女はアルヴィーズの食堂へと入っていった。
その騒乱に彼女が気づいたのは、いつも通りの貴族の食卓に相応しい、豪華絢爛な食事もあらかた終わり、デザートがメイドの手によって配られ始めた頃だった。
その中心にいるのは2人の人物で、そのうち片方はハルケギニアでは珍しい黒髪のメイドで、もう片方は馬鹿で気障な伯爵家のドラ息子とルイズが認識している、同じクラスのギーシュ・ド・グラモンという生徒だった。
制服を改造しフリルでいっぱいのシャツに、金髪の巻き髪でバラを胸ポケットに刺しているその姿はとても馬鹿っぽいとルイズは思うのだが、まあ黙っていれば美形であり、正直ルイズにはギーシュなんかの何がそんなにいいのかさっぱりだが、一部の女子はこの男に熱を上げているらしい。
そんな伯爵家の馬鹿息子がメイドなんかと何やっているのよ、馬鹿らしいと思いつつ、鬱々とした気分のままルイズはその一部始終を眺めていた。
そして判明した騒動の内容はルイズじゃなくても呆れかえるには十分すぎるほどの内容だった。
どうやらあそこでペコペコ謝っているメイドが、ギーシュの落とした落し物を届けたのが発端だったらしい。
それは同じクラスの金髪の少女、モンモランシーが特別に調合した香水で、ギーシュは当初「それは自分のものじゃない」といってとぼけて見せ、戸惑うメイドから小瓶を受取ろうとしなかったそうだが、周囲のギーシュの取り巻きだか友人だかといった生徒達が、「それはモンモランシーの香水だ」と口にしたことにより、すわお前が付き合っているのはモンモランシーとかという話になった。
しかし、その発言を聞いていたらしい栗毛の可愛らしい一年生の生徒が、ギーシュの頬をひっぱ叩き、泣きながら出て行き、続いて出てきたモンモランシーに「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」と鬼の形相で頭にワインをぶっかけられ、「うそつき!」という言葉を残されて去られたとのことである。
つまりは二股をかけていたギーシュが、自分の自業自得で2人の少女を傷つける形で振られたというだけの話なのだが、問題はそれをギーシュが瓶を拾った少女に責任を転嫁させたということだろうか。
つまり、こんなことになったのはお前が瓶を拾ったせいで、僕の責任じゃない、とまあそういうことだ。
「馬鹿らしい……」
貴族が平民に責任転嫁するなんてそこまで珍しいことじゃない。誇りある貴族はともかく、貴族の意味も碌に考えずただ平民には何をしてもいいんだ、と思っている馬鹿息子や馬鹿娘が自分がちょっと気に食わなかったからというだけで、平民に制裁するのは珍しい光景じゃない。
だけど、つい先ほどまで身分は『平民』である自分の使い魔に対し、謝りたいのにどうすればいいのかわからなくて、自己嫌悪でいっぱいだったルイズはそれに酷く苛立った。
もしかしたらギーシュが自分の責任なのにそれを平民のメイドなんかに責任転嫁している様が、先の授業で自分を助けてくれた相手にも関らず、自分の使い魔たる青年に礼を言うどころか、嫉妬と劣等感から八つ当たりしてしまった自分の姿にかぶってしまい、同属嫌悪で腹が立っているだけなのかもしれない。
それでも、顔面を蒼白にして死にそうな顔をしながらペコペコ謝るメイドも、やりすぎたかなという顔を浮かべながらも今更自分が言い出した言葉をひっこめなさそうにしつつ、それでもいいや相手は平民だ、瓶を拾ったのが悪いんだ、僕は悪くないと薄々自分のほうが悪いと気づけながらも自己弁護を図るような態度をとっているギーシュにも、とにかく腹が立ったのだ。
だからそれは、哀れな子羊たるメイドの彼女を助けたいなどという善意などではなく、寧ろ真実は真逆の位置にあった「同属嫌悪に対する苛立ち」という心理から、ルイズはそれらに口出しをした。
「責任転嫁してんじゃないわよ、ギーシュ。あんたが悪いんじゃない」
黙っていれば精巧なビスクドールか何かのように整った顔に、冷たい色を乗せ、ひやりと凍えそうなほど冷たい声を上げながらルイズはそうギーシュとメイドの諍いに割って入った。
まさかルイズが口を出すとは誰も思っていなかったのだろう。ぎょっとしたような気配があちらこちらから漂う。だが、ルイズといえば、いつもの高慢とさえ思える勝気で豊かな表情はどこにいったのだろうと思えるほど、整っているからこそぞっとするほど昏く冷たい眼光でただギーシュを見下しながら、優雅に長くて光に透けるピンクブロンドを後ろに流した。
「……ルイズ?」
その見た目こそ一級品だが落ちこぼれと認識していたクラスメイトの常ならぬ様子に、戸惑うように確認の声を上げるギーシュに対し、少女は内心で『馬鹿面』と毒を吐きながら鼻を鳴らし、言った。
「あの一年生に振られたのも、モンモランシーに振られたのも、全てあんたの自業自得じゃないといったのよ。それになに? さっきから見てたら平民とはいえ女の子相手にみっともないわね、ここはアルヴィーズの食堂……貴族の為の食卓よ。神聖な食堂を汚すような真似するのはやめてくれる? あんたと一緒だと思われたら不愉快だから」
その言葉に、周囲に居たギーシュの取り巻き達は、一拍の間をおいた後、爆笑し囃し立てた。
「その通りだ、ギーシュ! 二股をかけたお前が悪い!」
「たまにはゼロも言うじゃないか!」
その言葉にギーシュの頬に赤みが走る。みれば、こめかみもヒクヒクとしていた。
まあ、これは当然といえば当然だ。貴族は対面を気にする生き物だ。それが普段はゼロと馬鹿にし、下だと見ていた女の子にこれだけ衆目の前で言われれば、いくら女の子には甘い……というかだらしないギーシュでも怒りを覚えないはずがなかった。
「ゼロの君が随分言うじゃないか? ひょっとして魔法が使えないもの同士平民の彼女に同情でもしたのかい?」
「は? 同情? 随分と貧相な発想ね。わたしがどうして同情なんてするのよ。馬鹿じゃない。わたしはただね、あんたのアホな言動と行動が果てしなく不愉快だって言ってんのよ。頭沸いてるんじゃないの?」
「頭沸いてるだって?」
「ああ、それはいつものことだものね、悪かったわ。あんたは女の子のことしか頭にないもんね。それで無力なメイドにまで八つ当たりしてるんだから、武門の名門が聞いて呆れるわ。ワルキューレだっけ? 自分のお人形のおっぱいでも吸って『ママー、僕ふられちゃったのー。でも僕チンは悪くないのー』とか言いながら泣きつけば?」
それは深く考えて言った台詞ではなかった。
ただ、苛立ちに任せて適当に思いついた台詞を流すように口にしただけであり、ルイズ自身はちょっとした皮肉のつもりだったといえる。
しかし、どんなに普段気障ぶった真似をしても、武門の名門に生まれ育ったギーシュにとっては、自分の家と戦乙女の名を冠した己の操るゴーレムには強い誇りを持っている。武門の家の生まれとして、『命よりも名を惜しめ』というその家訓は彼の胸には深く刻まれている。
つまり、家やゴーレムを引き合いに出されたら、皮肉や冗談ではすまないのだ。ルイズはその気無くギーシュの逆鱗に触れた。
「…………取り消せ」
「は? 何? 何マジになってんの? あんたが弱い相手に威張っているだけのロクデナシなのは事実でしょ。実際その瓶を拾ったのがその子じゃなくて、あんたより格上の上級生や教師だったら同じことを彼らに言った? 本当グラモン元帥もお気の毒にね。こんな馬鹿息子を持ってさぞかし苦労されたんでしょうね」
一方で、ルイズも己が言い過ぎてしまったことに気づいていた。
しかし今更後には引けないと思ったし、内心では彼のプライドを傷つけたことについては謝りたいような心境ではあったが、それでも貴族が一度自分が言った台詞を取り消すというのは中々出来ることではないのだ。
故に勢いに任せるままに、更にギーシュの誇りに傷をつける言葉を続けてしまった。ギーシュに苛立った理由が『同属嫌悪』だったというのが、そのあたりにもよく現れていた。
「ゼロのくせに、父上を侮辱する気か!?」
「ゼロ、ゼロ、ゼロうるさいわね! あんたそれしか言えないわけ!? そのゼロの失敗魔法を恐れて机の下に隠れていたやつがビービー煩いわよ! そのゼロと見下しているわたしに、あんたなんてどうせ敵わないくせに!」
「……良かろう」
自分でそんなことを言いつつ、嗚呼言ってしまったと憤った態度を取りつつ、内心では深く落ち込んでいたルイズに対し、ギーシュは怒りのあまり一周廻って冷静な態度と、堅い声音でそう口にした。
「そこまで言われては男、ギーシュ・ド・グラモン引き下がるわけにはいかない。ルイズ・フランソワーズ、僕は君に決闘を申し込む」
その言葉に内心でルイズは揺れた。
確かに無力なメイドに八つ当たりをしているギーシュに腹が立ったのは事実だった。その姿が、まるで先ほどまでの自分の使い魔に対する態度を鏡で見せ付けられたような気がしたからだ。
けれど、ルイズはギーシュにここまでのことを本当は言う気はなかった。
決闘なんて、そんな大事にする気なんてなかった。
ただ、少し文句を言ってやろうとそう思っただけなのだ。
しかし、ギーシュの碧い瞳は決意に堅く燃えている。
周囲もまた「おい、ゼロのルイズとギーシュのヤツが決闘だってよ」と、そんな風に既に食堂中に話が広がっている。
今更後には引けない。
たとえ魔法が碌に使えなかろうと、女の子だろうと、それでも結局のところルイズもまた体面と誇りがなにより大事な貴族の1人であり、落ちこぼれでも杖を持つ者の1人だった。
「望むところよ! あんたなんて、わたしの魔法でギッタンギッタンにしてやるわ!」
「ヴェストリの広場についたら、決闘開始だ」
そう2人は啖呵を同時に切った。
その場には既にもう渦中の人物であった黒髪のメイドの姿はなかったが、誰もそのことを気にとめてはいなかった。既にこの話の中心人物はメイドとギーシュではなく、ギーシュとルイズへと移っていたのだから。
そしてそのメイド……シエスタは今走っていた。
「はぁはぁ、た、大変です!」
とんでもないことになった。その発端は自分だと思いながら、可愛らしい顔を蒼白に染め、この騒乱を鎮められるだろう可能性を持つ人物を求め、彼女は駆ける。
「シスイさん!」
そして決闘が始まる。
続く