瞬身の使い魔   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はとうとう1万文字オーバーしちまいました。
んで、しーたんの本領も今回あたりで発揮というわけで、次回でギーシュ編は完結です。


11話

 

 

 カコーン、とそんな小気味の良い音と共に木材が二つに分かれ両断されていく。

 空は晴天で嫌になるほど気持ちのいい天気だ。

 男が薪割りを頼まれた際に学園から借りた斧を振り上げるたび、使い魔としての証であるルーンがピカピカと光り輝き、斧は正確に木材の中心を振り抜いていく。

 一息に叩き折られる木材が奏でるその音も、手際も、天気に負けぬほどに清々しいものだ。

 なのに……そんな心地のいい天気や音に相反して男……昨日ルイズの使い魔となったうちはシスイという異世界からの来訪者は、鬱々とした気持ちを持て余していた。

 

 思い返すのはつい1時間ほどに別れた主のことだ。

 教卓をその『魔法』によって爆発させ、クラス中の皆から罵倒されていた小さな少女。

 彼女は教室から飛び出す直前、己に向かって『顔も見たくない』と言った。

 その背を追うことは出来なかった。

 

 おかしいとは思っていたのだ。

 様子が変だということには気づいていた。

 けれどその理由を、彼は彼女に言われるまで気づかなかった。

 彼女は、己に嫉妬していたのだ。

 魔法がまともに使えない自分と、忍術を使える己の使い魔を比べて、そうして傷ついていたのだ。

 まるで泣きそうな顔で怒鳴った彼女の心の裏側にあったのは、恐怖、焦燥、嫉妬、劣等感、羨望、拒絶、そして―――――不安。

 多分、おそらく自分が吐き出した言葉に一番傷ついていたのは彼女、ルイズ自身だったのではないだろうか。

 必死なあの姿は、痛ましくて見ていられなかった。

 同時にそれらの心を、おそらくは自分の矜持故にだろうが、先の時まで隠して、不満があっただろうにそれを己にぶつけることもなく接してくれた彼女に敬意も覚える。

 だが、本当の意味では彼は結局いまだ自分の主がどんな人物なのかよくわかってはいなかった。

 

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 ヴァリエール公爵家の三女にあたる西洋人形のように美しい容姿をした少女。愛くるしいが、大きな鳶色の目は勝気であり、公爵家の娘にしてはややぞんざいな物言いだが、その姿や立ち振る舞いは自然と品と華がある。

 そして、『ゼロ』と呼ばれ、周囲に嘲笑され続けてきた少女。

 彼女は魔法が使えないとされている。それは初歩魔法とされているコモン・マジックですら爆発という結果に終わるだけで、本来の効果を彼女の魔法が発揮することはないからだ。

(魔法が使えないだって……?)

 しかしそれをシスイは周りのやつらは節穴なのかという感想と共に思う。

 あの爆発は、どう考えても彼女が起こした『魔法』じゃないか、と。

 本当に魔法に失敗したんだとしたら、爆発なんて起こるはずが無いし、ルイズの爆発の威力は脅威だ。なにせ最小限の魔力だけで起爆札を使うのと同じ効果を出すことが出来るのだから。あれが魔法じゃないならいったい何なんだ、と思う。

 たとえ一点特化でも極めることさえ出来たら、それはそれで才能だ。

 だがまあ、よく考えてみたら彼女があれを魔法と認めたくない理由もわからないではない気もする。

 なにせ、彼女は公爵家の御令嬢だ。

 いまだ土魔法の講義しか聴いてないが、この世界において魔法とは日本での科学並みに生活に根付いたものであり、決して戦闘だけの手段というわけではない。

 自分が15年育ったあの世界……NARUTO世界とでも呼ぶべきあの世界では、医療忍術などの少数の例外を除けば、その能力と手段は戦闘のためのものであり忍術はそっちに特化しているのだ。

 一部の家系にのみ伝わる特殊な技……たとえばうちは一族の「写輪眼」などがそうだが、血継限界といわれているものも、大抵戦闘特化なものであり、その力を恐れるあまり酷い所では戦争が終わり彼らが用無しになった途端、反乱を恐れて粛清されるレベルで戦闘特化しているのである。

 あの世界ではルイズの爆発もまた戦場向きの能力であり、彼女の持つような能力はさぞかし歓迎されることだろう。そしてルイズがあの世界で育ったのなら、その使い道は戦争の道具だ。年齢や性別なんて、それこそあの世界では関係がない。強いものが勝者なのだ。

 だが、この世界ハルケギニアは違う。

 決して魔法は破壊だけを与えるものではない。この世界の魔法は土魔法教師のシュヴルーズが説明したように、創造をも司っている。人々の生活を豊かにするものでもあるのだ。

 なにより彼女は公爵家の娘なのだから、将来的に戦場に行く立場ではなく、周囲に大事に守られる、そういう立ち位置にいるのだ。

 だというのに関らず、自身が唯一使える魔法が破壊にくらいしか活用出来ないような力というのは屈辱なのだろう。

 シスイにしても、彼女みたいな幼げな少女には、人を守り照らすような力のほうが相応しいのではないかと思う。創造の力ならいざ知らず、破壊の力なんて彼女のような少女が持つべき力じゃない。

 だが、皮肉なものだ。

 ルイズがシスイに対して投げかけた台詞、そこには嫉妬と羨望の色があった。

 爆発以外の魔法が使えない彼女は、魔法……正確には忍術だが、を使える自分が羨ましくて仕方ないようだった。

 しかし、彼女が羨んだ忍術……あれは人を騙し、殺す為の手段なのだ。

 あれはそういう「技」だ。

 忍者なんて生き物は、誇り第一の貴族なんて人種からはもっとも程遠い。

 シスイは、己は人殺しだ。

 人を殺し壊すための武器であり、兵器なのだ。

 それこそ、何十人、何百人と、与えられた任務のままに、いや……一部は自分の意志で殺し、幻術を使って敵の精神を崩壊させたことも両手の指じゃ足りないほどにある。諜報、潜入任務だけでなく、己が過去に与えられてきた任務の中には暗殺や拷問といった行為なども含まれていたのだ。

 生きるとは、誰か別の人間の可能性を絶つということだ。

 彼が殺してきた中には、ルイズくらいの年齢の女の子だっていた。

 任務といえばそれまでだ。けれど、実体はどんな言葉で取り繕おうと人殺しだ。忍術とは、そのために使ってきた武器の名称なのだから。

 多くの人間に傅かれ、守られ生きていく、そんな立場と人生を約束されているルイズが羨望するほど綺麗なものではないのだ。寧ろ、こんなものに憧れるべきではない。

 己など、彼女のような眩しいほどに綺麗な少女が嫉妬するほどの価値などありやしない。

 所詮己は影を生きるもの、―――――忍びなのだから。

 ルイズの羨望はお門違いだ。

 

 彼には、シスイにはルイズのことはわからない、理解出来ない。

 あまりにも彼女と自分は違いすぎるから、取っ掛かりさえ見つけられない。

 こんなに一人の人間を相手に思い悩むことなんてこれまで殆ど無かった。

 人間関係にこれまで、彼はこれでもかというほど恵まれていたから、あんなふうに周囲に蔑まれ続けて劣等感に凝り固まった相手に何が効果的なのか検討もつかない。

 そりゃ、中にはナルトという里中に憎まれ蔑まれていた子供に手を伸ばして、それが原因で懐かれたこともあったが、夕食に誘って一晩泊めたくらいで特別なことはしていないし、何故かいつの間にか懐かれてしまったという認識だったので、ナルトのケースはあまり参考にはならない。

 なにより、彼女は……短い付き合いだが、プライドが高い少女と思われた。彼にとってはルイズくらいの子は庇護欲を誘うだけの普通に可愛らしい女の『子供』にしか見えないが、子ども扱いして解決したら火に油を注ぐことになりそうだなということくらいはわかっている。

 だがしかし自分が凄いなんて思えないのに、凄いならそれ相応に振舞えといわれても無理だし、失望なんて別にしていないのに失望してるんだろと言われても、どうしろと?

 こんなタイプは……パターンは初めてだ。

 

 そんな風に考え思い悩みながらも、順調に薪割りを続けている時だった。

「シスイさん!」

 そんな風に焦った声をあげる今朝知り合ったばかりの少女がやってきたことに気づき、シスイは手を止め彼女に振り向いた。

「シエスタさん?」

 それは学院で雇われているメイドのシエスタだった。今朝、水を運ぶのを手伝った際に世間話を少々交わした間柄なため、昨日ここに来たばかりの身としては、今のところ最も会話を交わした使用人仲間、といったところだろうか。

 そんな彼女が額から汗をたらしながら、素朴で可愛らしい顔を蒼白で染め上げ「た、大変です!」と言いながら駆け寄ってきたのだ。

 ただ事じゃないなと判断し、斧を丸太に突き刺し固定すると、シスイもシエスタのほうに歩み寄った。

「落ち着いて……何があったんだ?」

 そういって落ち着かせるような笑みを向けた。

 

 言うまでもないが、シエスタとシスイは今朝知り合ったばかりのほぼ他人同士といえる間柄である。

 それなのにシエスタが彼を頼ろうと思ったのは何故か。それは物語の渦中の人物たるルイズが彼の主だということもあった。だけど、一番の理由は、「彼が魔法の使える傭兵」なのだと、今朝名乗っていたことが原因にあった。

 シエスタのシスイへの第一印象は、噂とは全然違うな、というのと、面白い人、というものだった。

 傭兵とはいうが荒っぽいところはなく、平民とは言うが、学園で働く他の使用人に比べてみても、その所作に粗野なところはない。なにより、落ち着いて茶目っ気のある物言いといい、コミュニケーション能力が高く、社交性のある人なのだなとシエスタは思った。

 ……メイジに対抗するにはメイジしかいない。少なくとも魔法の使えない平民は貴族様が杖を振り上げても、ただ震えてやり過ごすことしか出来ない。

 そして、ミス・ヴァリエールは大貴族の娘とのことだが、魔法が使えないという噂だった。しかし、彼女がギーシュとの決闘を受けたのは、平民である自分を庇ってくれてのことだ。……実際は違うが、それでもルイズが出てきてくれたお陰で助かったシエスタの目にはそうとしか見えなかった。

 そんな大恩ある方を見捨てるわけにはいかない。

 そこで思い出したのがシスイの存在だったのだ。

 彼は魔法の使える傭兵なのだという。そしてその性格は今朝の印象だけでも温厚、社交性に富み、気がまわる人といったものだった。

 傭兵ということは場慣れしているということだろう。喧嘩や諍いにも慣れているはずだ。口もまわるようだし、この人ならばもしかしてあの2人の決闘を仲裁して止めることが出来るんじゃないかと、そんな一握りの可能性にかけて、シエスタはこうして駆けてきたのだ。

「実は……」

 シエスタは手短に先ほど起きた出来事を要点をまとめ、話す。

 すると、シスイは優しげで温厚そうな表情から顔を引き締め、真面目な顔に切り替えて、「それでヴェストリの広場は?」と訊ねた。

「あっちです、あ……!」

 そうシエスタが指をさすと、次の瞬間、男の姿はまるで風のように掻き消えていた。

 

 

 * * *

 

 

 自分が悪いことくらい分かっている。

 だけど、どうしてこんなことになったんだろう、とルイズはボンヤリと思う。

 

「来たかい」

 そう口にして、気障ったらしい口ぶりや振る舞いが普段は鼻につくクラスメイトは、今は怒りで燃えるような碧い目をして自分にそう返す。その顔にいつもの余裕はない。

「ゼロの君が逃げずに来たこと、今は一応褒めておこう」

「褒めなくていいわよ」

 本当はわかっているのに、自分が悪いってわかっているのに、なのに意地っ張りで捻くれたこの口は皮肉った言葉ばかりを紡ぎだす。

 ギーシュはそんなルイズの言葉を受けて、ヒクヒクと口元とこめかみを引き攣らせ、それでも相手がいくら普段は馬鹿にしている相手とはいえ、小柄な少女だからだろう、なんとか表情を取り繕うと言った。

「先ほどは僕も頭に血が上っていたからつい決闘だ、と言ってしまったけどね。一応君はレディだ。僕だって女の子相手に暴力を振るうのは忍びない。だから、最後のチャンスをあげようじゃないか」

 そういってギーシュは自分が寛大な男であることを演出するように、気障ったらしい仕草でそれを言った。

「自分が悪かった。そう一言謝りたまえ。そうすれば僕もそれ以上君の失言を追求したりはしない。それで手打ちとしようじゃないか」

 そのギーシュの言葉に、周囲から「おいおい、ここまで来てそれはないだろー」とか「俺らの楽しみを奪う気かー」などのブーイングの野次が飛ぶが、それに対しギーシュは「君たちは黙っていろ! これは僕とルイズの問題だ!」と怒鳴り返し、それからルイズを見下ろしつつもう一度訊ねた。

「さあ、どうする」

 おそらくこれは破格の待遇なのだろう、と思う。

 ギーシュ・ド・グラモンは女好きの生徒だ。たとえそれが普段見下している女の子相手でも、女の子を相手に殴るのは気が進まない、それはきっと本当なのだ。

 そしてここで謝ったら、先の失言を忘れ水に流すというのも、嘘ではなく本当にそうするつもりなんだろうとは思う。ギーシュは馬鹿だが、そこで約束を反故にするほど屑じゃないのだから。

 それに、ギーシュは土のドットメイジでしかないが、本人は代々軍人を輩出してきた武門の名門であるグラモン家に育ち、青銅のゴーレム「ワルキューレ」を複数操ることが出来るため、ドットメイジの中では戦闘に長けているほうといえた。

 流石にルイズ相手にいくつもゴーレムを出したりはしないだろうが、複数で袋叩きにされたら身体能力はそこらの女の子と大して変わらないルイズはただではすまない。

 ルイズが使えるのは、あの謎の爆発を起こす失敗魔法だけだ。それでも威力は折り紙つきだから、失敗魔法に頼るのは屈辱でも、使えばそこそこ渡り合えるのかもしれない。だが、問題はルイズはあの失敗魔法を上手くコントロールすることが出来ないということだ。

 いくら威力が凄くても当たらなければ意味が無いし、至近距離で爆発が起これば、ダメージを受けるのはギーシュじゃなくて術者であるルイズになるだろう。それがわかっているからこそ、ギーシュは失敗魔法の爆発の威力を知っておきながらルイズに決闘を申し込めたともいえる。

 多分、このまま戦っても高確率で負けるのはルイズのほうだろう。

 それに、自分がギーシュに対して言いすぎた自覚だってある。

 ギーシュの提案はまさに渡りに船と言えた。

 だけど……。

(嫌よ……)

 謝りたくなんて、逃げたくなんてない。

 もう誰にもゼロだなんて、言われたくない。

 自分は証明したい。

 あの使い魔に守られなくても、己は1人でも戦えるのだって。

 それは、悲願であり、羨望だった。

「死んでも嫌よ」

 

「……そうか」

 道は決別した。ギーシュはフッと笑うと、芝居がかった仕草で自身の魔法の杖たる造花の薔薇を振りながら、高々と宣言を下した。

「諸君! 決闘だ!」

 その言葉に反応し、会場となったヴェストリの広場に集まった面々が、やっと見世物が始まったとばかりに歓声を挙げる。

 ルイズと、ギーシュが広場の中央で対峙する。

 逃げ道なんてない。その緊張感に息を呑みながら、胸の杖を握り締め、その大きな鳶色の瞳でルイズがギーシュを見上げると、そんなルイズの反応に気づいたのだろう、金色の巻き髪をした少年は嘲るような調子で軽口を口にする。

「今更怖気づいたのかい?」

「誰が、誰によ。寝言は寝てから言いなさいよね。それとも本当はあんたが怖いのかしら?」

 そう強がりを口にする少女を見て、ギーシュはその決闘開始の口上を口にしようとした。

 その時だった。

 

 ―――――一陣の風が吹いた。

 

 正確には、風ではない、だけど、あまりに速過ぎてそう映ったというだけの話だ。

 決闘をしようとしていたルイズとギーシュ、その間に桃色髪の少女を庇うようにして立つように、確かに直前までいなかった筈の男が立っていたのだ。

 それは不吉な気配と血の匂いを纏って昨日ルイズに召喚された、傭兵だとかいう黒い青年だった。

 その登場に誰もが驚いた。中でも主であるルイズは、まさか彼が来るとは思っていなかったのだろう。信じられないようにその鳶色の目を見開いて、「どうして……」と呆然とこぼしていた。

 それを聞き、一瞬だけチラリとルイズのほうに目線をやると、シスイは「そのことについては後だ」そう召喚してからこの方最も冷たい声で答えた。そんな昨日見た姿を思わせる男にビクリとルイズの肩が跳ねる。しかし、もうシスイはルイズを見てはいなかった。

「確か君は……ルイズの使い魔の傭兵君だったね。無礼じゃないかな? 人の決闘に割って入るなんて」

 言いながら、ギーシュはヒヤッとしていた。先ほどの動き、いつ男が現れたのかギーシュには全くわからなかったからだ。しかし、相手は平民の傭兵だ。そんな男に一瞬でも怖気づいた自分が許せなくて、ギーシュは気を取り直したように、態度を取り繕いながらそういった。

 その少年の言葉に、シスイは苦笑しながら、極冷静な態度と相手を刺激しないようやや下手に出た物言いで次のように言った。

「そうだな、そのことについては謝罪する。だが、使い魔とメイジは運命共同体だ。主の危機を見過ごすわけにはいかないだろう。それに、君も女の子相手に杖を振るのは気がひけるんじゃないか? 主、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールに代わり、オレが君の相手をすることを赦して欲しい」

 それは決闘相手を変わって欲しいという申し出だった。

 

 いくら自分の誇りを汚した相手とはいえ、ルイズは女の子だ。自分の家名やゴーレムまで侮辱した、彼女が自分に向かって吐いたあの言葉はとても赦せるものじゃなかったが、それでもギーシュとてルイズのような女の子を痛めつけることにはここまで来ても気が引ける。

 それぐらいなら能力こそ未知数だが、この得体の知れない男と戦うほうがどれだけ痛めつけても良心が痛まない分マシだと思えた。決して、ヴァリエールの威光に後が怖くなったとかではない。……まあ、全く考えなかったかといったら、嘘だが、おそらくルイズの性格じゃ負けても実家に泣きついたりはしないだろうし。

 故にふっと笑み、余裕を取り繕った態度で述べた。

「……良いだろう」

「ありがとう」

 そのギーシュの了承の言葉に、口元に薄っすら笑みを浮かべそう黒き青年は返す。

 しかし、それで納得できない人間がそのすぐ傍には居た。

「ちょ、あんた何考えてんのよ!?」

 だって、これは自分とギーシュの問題だ。

 彼が割って入る理由なんてないし、これで怪我をしたとしてもルイズの自業自得なのだ。元よりこの決闘が起きた理由だって、ルイズの身から出た錆だ。それをあんたが尻拭いすることはない、とそんな心境で挙げたルイズの声に、シスイは一睨みすることで黙らせた。

(……ッ!)

 自分に胸倉を掴まれ、彼の立場から見たら理不尽な八つ当たりをされている時でさえ見せなかった、男の怒りに思わずルイズは言葉を飲み込む。

 あの時でさえ怒らなかったのに、今の男は確実に怒っていた。

 しかし、男はもう自分に見向きすらしていない。

 

 そんなルイズを見つけてだろう、「ちょっと、ちょっと、ちょっと」なんて聞き覚えのある忌々しい隣人の声がルイズの耳に届いたのに、いつもなら不快な筈の彼女の声がまるで救いのように少女には感じられた。

「もう、ルイズ、あんた何やってんのよ、ほらこっち来なさい」

 キュルケだった。

 赤毛のグラマラスな天敵のはずの少女は、そんな呆れたような声を上げてルイズを引っ張り、ギーシュたちの邪魔にならない位置まで引き下がる。それにルイズは動かされるままに従った。

「全く、前から馬鹿な子だと思ってたけど、今回のあんたの馬鹿さ加減には本当に呆れかえったわよ。って、何よやけに大人しいじゃない。さっきまであれだけギーシュ相手に啖呵切ってたくせに」

 そんなことを言いながらキュルケは不気味なものを見るような目でルイズを見た。

「……ほっといて」

 そんな軽口にほっとしたように赤毛の少女はため息をつくと、馬鹿にしたような口調を装いながら言う。

「ま、そんだけ憎まれ口が出るんなら安心ね。殿方同士の決闘の場にいつまでも居座るってのは淑女としてはしたなくてよ。って、どうしたの? タバサ。あんたが本から顔を離すなんて珍しいじゃない」

 そう言ってキュルケが見た方向には、巨大な杖を脇に抱え、閉じた本を胸元に抱えた一人の少女がいた。

 小柄なルイズよりも頭半個ほど小さく、水色の髪に眼鏡を掛けた小さな少女は、ガリアからの留学生でキュルケの親友であるタバサだ。見た目10歳ほどだが年齢は15歳。二つ名は『雪風』であり、学院でも数少ない学生トライアングルメイジだが、ルイズは彼女のことはよく知らないし興味もない。

 しかし、この親友が滅多に本から顔を離さないことを知っているキュルケは、彼女がジッと男たち……正確にはうちはシスイを見ていることに驚いた。

「あの人……」

「なぁに? タバサはああいうのが好みだったの? それならあたし協力して上げても……」

「ただの傭兵じゃない」

 タバサの反応に、ひょっとしてやっと春が来たのかとキュルケらしい色ぼけた反応に対し、タバサは極冷静な声で分析するようにそう声を上げた。

 これは親友であるキュルケにすら秘密なことだが、タバサは北花壇騎士団としてこれまで数多の任務を与えられ、実戦を潜り抜けてきた実力者である。そのタバサから見ても男は異様だった。

(あなたは、何者?)

 教室ではあの一瞬でルイズとシュヴルーズを連れて爆発から退避して見せたあの男。他は爆発の混乱でそこまで頭がまわっていなかったようだが、タバサの目までは誤魔化せない。

 敵か、味方か。

 もし敵にまわるなら、どう始末をするべきか。

 タバサには守るべき人がいる。だからいざという時は、何者をも排除する。

 だから、万が一の為に、タバサは男を見極めようとそう考えていた。

 

 

 とりあえず、ルイズが離れたのを魔力反応で確認して、シスイはひとまず安堵の息を知られないように零す。それから、再び目の前の少年に視線を移した。

 巻き髪にフリルのシャツ、赤い造花の薔薇を構えた気障ったらしい容姿のその少年は、芝居がかった仕草と口調でその口上を述べた。

「まずは主を慮ったその配慮と忠義に、君に敬意を表して名を名乗ろう。僕の名前はギーシュ・ド・グラモン。代々軍人を輩出してきたグラモン伯爵家の四男で、二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ」

 そういって気障な仕草で少年は優雅に笑んだ。

 が、その笑みは気障ったらしいとはいえ美少年の彼にはこの上なく似合ってはいたが、ギーシュが口にした内容を前に、シスイは少し別方向に思考をずらし、多分周囲から見たらそんなことを考えている場合か、と突っ込まれそうなことを考え出していた。

(やっぱりか、やっぱりこの世界では、『二つ名』もセットで名乗るものなのか……ていうか他人に呼ばれるだけならともかく、自分で自分の二つ名自ら名乗るとか、本当恥ずかしくないのかよ……)

 ……すわ決闘だというこんな時に、そんなことを思いながら表面に出さないように頭を悩ませている彼は、ひょっとすると天然なのかもしれない。だが、シスイはその自分の思考が他者とずれていることに気付いてはいなかった。極大真面目だった。

「使い魔君、君は?」

(どうする?)

 つまりこれは名乗れってことなんだろう。そしてこの男もそれを待っている。そう彼は判断をする。

 しかし……。

(名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。けど……二つ名もセットなのがこの世界では常識なんだよな……?)

 自分で自分の二つ名を名乗るなんて恥ずかしさのあまり憤死出来ると思ったが、それでもこの世界のルールならば仕方ない。そう思って青年は自分の思考を無理矢理納得させる。

 郷に入りては郷に従えという。正直なんの羞恥プレイだよと愚痴りたくなるほど、恥ずかしすぎて少しでも気を緩めたら赤面してどもってしまいそうだったが、それでもシスイはなんとか名乗りを返した。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢が使い魔、うちはシスイ。二つ名は『瞬身』だ」

 その名乗りに周囲がざわめく。

「瞬身だって?」

「二つ名があるって、あいつメイジだったのか!?」

 そんな言葉があちこちから沸き起こる。

 ギーシュは一瞬、まずい相手に喧嘩を売ったか、と内心焦ってはいたが、表面は必死に普通を取り繕っていた。そんなギーシュに対して、対戦相手たる男は尋ねた。

「なぁ、ミスタ・グラモン。訊ねていいか?」

「なんだい」

「オレはこの国の人間じゃない。だから、間違いがあったら困る。そのため聞いておきたいんだが、この国における決闘の勝利条件と敗北条件はどうなっている?」

 懸念したこととは違う質問にほっとしながらギーシュは答えた。

「ああ、そんなことか。決闘の勝利条件は、「降参」と告げるか、相手の杖を落とすかだ。そういえば君の杖は? 二つ名を名乗ったということは君もメイジなのだろう?」

 その言葉に、すっとシスイは懐から空き時間に木の枝を削って作った杖もどきを取り出して見せた。勿論、この世界の魔法が使えないシスイはそれで魔法を使うわけではない。だが、この世界では杖なしで魔法を使ったら異端とみなされるらしい。それを聞いていたためにカモフラージュとして作った代物だった。

 現にギーシュや生徒達もそのシスイお手製の杖もどきを見て、納得したような顔をしているから、こういうはったりはやはり大事だ。

「他に質問はないかね?」

「ああ……よくわかった」

「それじゃあ始めよう」

 

 そう声をかけた途端、ギーシュは奇妙な感覚を味わった。

(なんだ、これは?)

 一体自分の身に何が起こったのかわからず、彼は焦る。

 先ほどまで、自分はヴェストリの広場で、ルイズの使い魔となった青年と対峙していた筈だ。なのに何故、自分はこんな暗闇にいるのだろう。どうしてここは真っ暗なのだろう。これは一体どういうことだ。

 やがてボウと闇の中から見覚えのある人影がギーシュのほうに向かってやってきた。

「ギーシュ様……」

「ケティ! 良かった、戻ってきてくれたんだね。ここはどこなんだろう。とても暗いんだ。嗚呼、麗しのケティ、君の燠火でこの場所と僕を明るく照らしておくれ!」

「嫌です」

 栗毛の愛らしい顔をした少女はそうはっきりと拒絶の言葉を吐いた。それに、ギーシュの顔が凍る。

「ギーシュ様、何故ミス・モンモランシーという者がありながら、わたしに手を出したのですか?」

 そういって蔑むような顔で、彼女はギーシュを見た。

「あなたは最低です。見損ないました。もう声をかけないでください」

 そう口にして、彼女は暗闇へと去っていった。

「ま、待ってくれ、ケティ!」

「ギーシュ……」

 そう焦るように声をかけるギーシュの後ろから、これまたよく知っている女生徒の声が届き、ギーシュは彼女のいるほうに振り向く。

 そこには感情が失せたような顔をしたモンモランシーの姿があった。

「やっぱり、あんたはあの一年生のほうが好きなのね。わたしのことは遊びだったのね」

「違うんだ、モンモランシー。君への愛は嘘じゃない!」

 必死に声をかけるギーシュをこれまで見たことがないくらい冷たい目で見下しながら、金髪をカールさせた少女は告げる。

「嘘ばかり。あなたの言葉なんて信用できない。あんたのために香水まで用意したわたしが馬鹿だったみたいね。人を弄んで捨てて最低ね。あんたの言う薔薇って何?」

 そういってモンモランシーの姿もまた暗闇に消えていった。

「待って、待ってくれ、ケティ、モンモランシー……」

 次に暗闇の中から現れたのは自分をいつも可愛がってくれていた3人の兄と父の姿だった。

「ギーシュ」

 ギクリと整ったギーシュの顔が強張る。

 いつも暖かく自分を迎えてくれていたはずの家族たる4人は、先の2人のガールフレンド達同様に冷たい目でギーシュのことを見下しながら「一部始終は見ていた」とそんな最後通告のような言葉を投げた。

「見損なったぞ」

「え?」

 一瞬何を言われたのかギーシュは理解出来なかった。

 なにせギーシュの女好きは遺伝のようなものだ。複数の女にこなをかけるのはグラモン家の伝統のようなものだった。現に父も兄も女好きなのだ。なのに彼らは皆蔑むような目でギーシュを見下し言う。

「何故、彼女たちを追いかけてやらなかった?」

「何故、自分だけのことしか考えなかった」

 そういって彼らは己を責める。

「だって、ですが、ば、薔薇は多くのレディを楽しませるもので……!」

 そう取り繕うようにギーシュが答えると、国軍元帥たる父は、戦場にも響く大音声で「馬鹿者!」とギーシュのことを叱り付ける。

「女を泣かせて何が薔薇だ! 自分の姿がどれほど醜いのかお前はわかっておらんのか!?」

「メイドの女の子に責任転嫁をしたそうじゃないか、ギーシュ」

「お前に傷つけられた女の子はあの2人だけじゃないのだぞ」

 その言葉を合図のように、ぼうと暗闇にあの黒髪のメイドの姿が浮かびあがってきた。ギーシュに動揺が走る。彼女は泣いていた。

「貴族様を怒らせて生きてなどいけません……」

 そういってハラハラと泣きながら、彼女は首を括ろうとしていた。

「ま、待ってくれ!」

 そんなつもりじゃなかったんだ、少し叱り付けて胸が晴れたらそれで終わりにしようとしただけなんだ。そうは思ってもその言葉は喉が渇いて張り付いて言うことは出来なかった。やがて彼女の姿も消えた。

「自分の自尊心を優先して、女の子を傷つけるだけ傷つけて、自分が傷つけたレディに対し責任を取ろうともしない。そんなやつ、我が子でもなんでもない」

「お前なんか薔薇なんかじゃない」

「女の子を泣かせるだけのお前はグラモン家の恥だ」

「ぼ、僕は……」

 そして、打ちひしがれるギーシュを残して、父も3人の兄の姿もまた、暗闇へと消えていった。

 

「う、うわああああーーーー!」

 残ったのは暗闇と、大きな悔恨、それだけだった。

 

 

 続く

 

 

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