おまたせしました、今回で第一章は完結です。
因みに質問にありましたが、いい機会なので明言しておきますけど、「幻術で操り情報を引き出すほうが早いのに何故しないのか」の答えは、しーたんの道徳観的にモラルに反しているから出来るけどしないが正解です。
奴的には任務でも緊急事態でもないのに他人に幻術をかけ情報を盗むのは、金がほしいから銀行強盗しようとか、プロボクサーが喧嘩でコブシ使ったほうが早いからとプロの技使うのと同じくらいNG行為なのでしないのです。つまり犯罪だと思っているからやらない。
要は根が真面目野郎なんですよ。風俗に嫌悪するくらい。斜め上暴走ヤンデレシスコン男だけどな。そんな感じです。
「オレの勝ちだな」
そんな飄々とした声と共に吐かれた勝利宣言を、周囲に集まっていた生徒達は一同ポカンとした顔で受け止めた。
「ちょ、ちょっと、これどういうこと?」
そんな風に困惑しつつのキュルケの問いはまさにこの場に集まった生徒達……ギーシュとルイズの決闘、後にギーシュとルイズの使い魔である青年うちはシスイとの勝負にと模様を変えたが、それでも果し合いを見たいと、本来学園内で『貴族同士の決闘が禁止されている』ことを知りつつも、決闘に気づき介入しようとしてきた教師を足止めをしてまで集まった彼らにとってこの結果は不満であり、不可解なものでしかなかったのだから。
そんな皆の心を代弁するかのようなキュルケの言葉に、二つ名を『瞬身』と名乗った青年はポリと後頭部を掻きながら、なんでもないような顔と声音で「どういうことって……見たまんまだ」とそんな誰もが納得できないことを口にした。
そう、これは決闘……のはずだった。
とはいっても本気で命の奪い合いをするわけではなく、要は魔法でどちらが先に「参った」と言わせるかというゲームのようなものであり、本来の意味で決闘と呼んでいいのかは疑問極まりない。だが貴族同士の遊びなんて始終そんなもんだ。まあ、言うならばこれは決闘という名のただの喧嘩である。
娯楽欲しさに見物に集まった生徒達とて人死にが出るとは思っていないからこそ、こうも呑気に構えていたわけではあるが、しかし喧嘩ということはある程度実力が拮抗していなくては面白くない。
まあ、対魔法も使えない平民と貴族という組み合わせならば、平民が貴族になす術もなくぼこられる姿を見るのも一興ではあるが、それは平民が「自分たちより下なんだ」ということを再確認することが出来るが為に、己らの自尊心を満たせるから好む、というだけの問題であり、双方共に魔法が使えるというのならば話はまた別だ。
魔法を使えるもの同士の決闘となれば、同じメイジ同士ある程度はいい勝負であってほしいというのが人間心理だ。たとえば瞬殺のような終わりなど誰も望んでいない。能力が拮抗しているからこそ、どちらが勝つんだろうと観客はワクワクと心を躍らせながら愉しむことが出来るのだ。
そして、決闘が禁止されていることを知りながら、一部の教師の介入を塞き止めてまでこの決闘を見ようと集まった生徒達の心理はまさに、そういう類のものだったのである。
にも、関わらず、この決闘は……青銅のギーシュと瞬身という二つ名の使い魔の戦いは5秒で終わった。いや、あれを戦いと呼んでいいものか、きっと見物に訪れた娯楽を持て余した貴族の子弟たる彼らは全員否定するだろう。
「あれは戦いなんかじゃなかった」
と。
何故なら、彼らは杖一つ交わすことがなかったからだ。
ギーシュは、決闘開始の口上を述べた途端、ピタリとその動きを止めた。
あれほどやる気だったのにどうしてなのか、杖を振りお得意の青銅のゴーレムを取り出すことすらなく、ただその場に突っ立っていたのだ。理由など誰にもわかりやしない。ただそんな周囲が困惑に包まれていた中、もう1人の当事者であり、ギーシュの対戦者であったシスイは、そんな風に動かない巻き毛の少年に悠々と歩み寄り、彼の手から造花の薔薇の形をした魔法の杖を取り上げた。
そして自分の勝ちだと、名乗りを上げたのだ。
周囲からしたらわけがわからないとしか言えない。
そして男が勝利を宣言して間も無く、ギーシュは気を失ったのか、グラリとその身を傾けた。そんな少年を倒れないようにシスイが片腕で支える。そんな2人の元に、人垣を掻き分けて、金髪の巻き髪と雀斑が印象的なスラッとしたやや長身の少女が「どいてっ」と鋭く声を発しながら現れた。
「ギーシュ!」
気の強そうなアクアマリンの瞳に確かに焦りと心配の色を乗せながら現れたのは、決闘事件の発端にもなった人物の1人でもあるモンモランシーであった。
ギーシュの浮気に腹を立て、彼にワインをぶっかけ去った身ではあるが、どうやらこの場に居たことといい、なんだかんだいって彼を心配していたのだろう。不貞をやらかし、怒っていた筈の相手を心配して駆けつけるなんて人が良い子なんだなと思いつつも、苦笑してシスイは言う。
「心配しなくても、気絶してるだけだよ、お嬢さん」
そういってギーシュをモンモランシーのほうへと受け渡した。
それに、赤い大きなリボンをつけた金髪の少女は、確かめるようにギーシュの状態を見て取り、そして自分の恋人であった少年が男の言うとおり気絶して今は眠っているだけだと確認を取ると、一瞬ほっとした息を吐き、それから衆目の目があったことも思い出したのだろう、キッと怒りに赤く顔を染めながら少女は想い人の対戦相手であった青年を睨み付けた。
「あなた……!」
そんなモンモランシーの反応を前に、シスイはポリポリと頬を掻きつつ、困ったような顔をして言う。
「余計なお世話だったな、悪い。でも本当に体に害はないから」
「何かあった時には訴えるんだから! 覚悟してなさいよ!」
そう言いながらキツク睨み付けつつ、不審そうな瞳を向けてくる少女に対し、苦笑しながら彼は言った。
「そのときはお手柔らかに頼むよ」
「ふんっ」
そういってそっぽを向くと、もうモンモランシーは目の前の男に対する興味を失ったのだろう。彼女はギーシュにレビテーションの魔法を掛けると、彼を連れてこの場から立ち去った。
「はいはい、見ての通り見世物はこれで終わりだ。散った、散った」
そういって、パンパンとシスイは両手を叩き、生徒達に演目の終わりを告げる。
「早くしないと授業が始まるぞ。あんまりもたもたしてっと、先生方にチクっからな? 嫌ならおとなしく次の授業に出るよーに。先生方に怒られるのも単位落とすのも嫌だろ。じゃな、解散!」
その言い方といい、仕草といい、まるでどこぞの教師かなにかのようであったが、そんな風に言う姿は妙に板についており、一種の貫禄があった。
……まあ、余談ではあるが、男は元の世界でつい数週間前までは
しかし理由は分からないまでも生徒たちの多くはその男の教師染みた雰囲気に飲まれ、またこれ以上居座っても何も面白いものは見れないと思ったのもあって、普段は平民になどまず従うことのない彼らの多くが男の言に従い、続々とヴェストリの広場を後にしていく。
そんな決闘騒ぎの思わぬ終幕を前にして、赤い髪が印象的な少女、キュルケはぼやくようにこの騒動についての感想を述べた。
「なんだか拍子抜けだったわね」
「……」
そんなキュルケの隣で、肩までのブルーの髪と瞳をした小柄な少女、タバサは考え込むようにして沈黙で返す。
タバサはこのギーシュとシスイと名乗った男の戦いを介して、シスイという男の戦力などを推し量るつもりだったが、何もわからなかった。まるでこれではただの茶番だ。宛てが外れた、と一瞬思ったが、即座にそんな自分の考えを否定して、彼女は考える。
(ギーシュに何をしたのか全くわからなかった)
そう、それだ。
決闘開始と同時にギーシュはその動きを止め、シスイが勝利宣言をした途端にあのクラスメイトは気を失った。いくらギーシュがたかが学生のドットメイジとはいえ、何もされていないのに硬直し、気絶などするものなのだろうか?
つまり何もしていないようにしか見えなかったとしても、していたということなのだ。あれは。
(私が追いきれない速さで何かした……)
そして男への認識を決定する。
(うちはシスイは危険……要注意人物)
そんな風に情報を胸に刻み込み、そしてタバサは、まだ何事かをぼやいている親友と共にその場を後にした。
残ったものは喧騒の去った後の広場だけだ。
そんな中でシスイは確認するように広場中に視線を飛ばしながら、ふぅとため息を一つこぼす。
……途中何者かの魔力と視線を感じた。まあ、十中八九あの学園長だろうと、あたりをつけつつ、呼び出されたり何か言われたりすんのかなあ、揉め事は嫌なんだけどなあなどと、どこか暢気なことを黒の青年は考える。
そんなシスイの元に、この2日間でもっとも接することの多かった少女の声がかけられた。
「ちょっと」
「ルイズ」
少女の声に反応し振り向くと、そこにはやや釣り目がちの大きな鳶色の瞳に不安じみた色を乗せた彼のこの世界での主の姿があった。
おそるおそるといった感じでルイズは訊ねる。
「ねえ、あんた……何をしたの?」
それに何を訊ねたいのか理解したからだろう、シスイは「ああ、そのことか」と小さくこぼすと淡々とした声で説明した。
「なあに、ことの経緯は聞いていたからな。二股野郎にちょっとしたお仕置き兼ねた悪夢をプレゼントしてやっただけだよ。ま、眼が覚めたら自分から泣かせた女の子たちに謝罪に行くようになるさ」
因みに余談ではあるが、シスイは挨拶やマナーといったことに関してはともかく、基本的に自分の考えを人に押し付けることは好ましくないと思っているため公言したことは殆どないが、二股や浮気の類は大嫌いな男である。
二股や浮気など、付き合っている相手に不誠実な行為だと思っているし、ハーレムなんてもっての他。別に好きな相手が出来たんならきちんと別れてからそいつと付き合え、それが出来ないんならもげてしまえとか大真面目に考えるようは潔癖な男だった。
え? ラッキースケベ? ちょっとした誤解だ? そもそも惚れている女がいるのに、誤解されるような行動するほうが悪くね? それと婚前交渉するんならちゃんとゴムをしろ。自分で孕ませといて責任も取れないようなやつはくたばれ。好きな女を泣かせるな。惚れた女がいるやつがフラフラすんな。
そんな思考回路の男である。彼のギーシュに対する認識がどんなものなのかは言うまでもない。
「ひょっとして、その眼、使ったの?」
ルイズはそれでシスイが昨晩説明した幻術とやらをギーシュに使ったのだということに気付き、まさかといった目で青年を見上げる。
「ガキの喧嘩にわざわざ眼まで使うかよ、馬鹿らしい」
そんなルイズの反応に対し、ぼやくようにイジメかっこ悪いとそう呟いて、その使い魔は口をへの字に曲げた。
「それより……」
そういった途端、スゥッと男の雰囲気と表情が変わる。
それは、先の決闘に割り込みギーシュとの対戦相手を変わる際にも見せた顔だった。
押し殺したような怒りが見える顔で、男はルイズに向き合う。そしてシスイは手を振り上げた。
その瞬間、ルイズは叩かれる! と直感し反射的に目を瞑った。
パンと乾いた音が続く。
しかし、痛みはどこにもない。そのことを少し不思議に思いつつ、ルイズがそろりと瞳を開くと、そこには怒ったままの表情を浮かべた男が、自分の右手で自分の左手を叩いて少女を見下ろしている姿があった。
「なんで、オレが怒っているのかわかっているか?」
……怖い。
反射的にルイズは思う。けれど、男の言に生来の負けん気が芽を出して、ルイズは精一杯の虚勢と共に負けじと叫ぶ。
「な、何よ、あんたには関係ないじゃない」
「本当にそれ、本気で言ってんのか?」
男の目に宿る怒りがより強まる。その姿がよくよく知っている誰かさんにかぶって、ルイズは戸惑いながらたじろぐ。
なんというか、今の男のかもし出す雰囲気が……酷く覚えのある種類の迫力だったのだ。
そう、あの人程怖くないといえば怖くないけど、強いて言うなら家庭の頂点に立っていた我が家の女傑のかの烈風がお説教モードの時にルイズに見せていたアレのような。
「危険なことはするなってお前は親に教えられなかったのか?」
ゴゴゴゴと、擬音をつけるならそんな感じの音付きで炎をしょっている(幻覚)使い魔を前に、ルイズは小さくなりながら、それでも言葉を一生懸命捜しながら紡ぐ。
「だって」
「ルイズ」
絶対零度の微笑で、にっこり笑いながら男はルイズの名を呼んだ。
その笑顔と雰囲気が本当に誰かさんと似ていて、ひっと、思わずルイズの口から引き攣ったような声が漏れる。
「悪いことした時は?」
そういって男は笑いながら怒るという器用な真似をしつつ、ガッシリとルイズの小さな頭を掴んで言った。
そしてルイズが答えなかったからだろう、もう一度男は言った。
「悪いことをした時は?」
「ご、ごめん……なさい」
その母親の如き怒りを見せる男に押し負け、ルイズはポロリと謝罪の言葉を漏らした。
同時に気付く。
(あ……わたし、言えた)
どうやって謝ればいいんだろうとずっと考えていたのに。
(そっか。こんなに簡単だったんだ……)
そう思って知らず安堵を感じていたルイズを前に、シスイはルイズが謝ったからだろうか、その怒りの仮面を脱ぎ捨て、目尻を緩ませたかと思えば、ルイズの小さな体をすっぽりと包み込み、ギュウと抱きしめ呟いた。
「無事で良かった……」
一抹の感慨と共に吐かれたそれは、その体の体温も相俟って本当に、安心したといわんばかりの言葉で。
どうしてなのか……全く似ていないはずなのに、その男の行動と台詞でルイズは自分をいつも可愛がってくれていた2番目の姉を思い出していた。
そして戸惑いがちにルイズは問う。
「ねえ、ひょっとして……心配してくれてたの?」
その質問に対し、シスイはガバっと腕を放すと、目をキッと吊り上げながら怒鳴るように言う。
「心配? するに決まってるだろうが、馬鹿!」
「な、なによ、平民のくせに怒鳴らないでよ」
その当たり前のように告げられた心配していたという台詞に、戸惑いながら嬉しさを覚えつつ、しかしそうしてルイズはそんな風に嬉しいと感じてしまった自分を誤魔化したいかのように、頬をやや羞恥で赤らめながら、そんな風に怒鳴り返した。
「怒鳴るに決まってるわ! 人に散々心配かけやがって、この馬鹿娘!」
「馬鹿って何よ!」
「ていうか、鼻っ柱強いのはいいけど、無茶すんなよ、心臓縮み上がったじゃねえか。女の子なんだからあんまり危険なこととかするなよ」
あまりな馬鹿馬鹿連呼に流石にちょっとむかついたルイズだったが、そういって言う男の声が、後半はただ自分を案じて諭すようなものだったから、そんな男の言葉を大人しく聞き入れた。
「でも、あー、もういいよ。無事ならそれでいいよ、もう」
そういって男はもう一度、ルイズを抱きしめた。
それは年頃の男が年頃の少女を抱きしめている光景というより、まるで迷子になってた子供を見つけた親が我が子を抱きしめる光景によく似ていて、それが嬉しいんだか悔しいんだか哀しいんだかわけがわからず、グチャグチャの感情で、ルイズはポロポロとその鳶色の瞳から大粒の涙をこぼし始めた。
「なによ、どうせ、わたしなんてあんたにとっては行きずりの相手でしょ! わたしなんて……」
そんな風にルイズが泣き始めたことに気付いたからだろう。ルイズを抱き込んだ男は一転、オロオロとうろたえながら言う。
「な、泣くなよ」
「違うもん……泣いてなんかいないんだもん、うぇえええん」
自分でもなんで泣いているのかなんて、ルイズにだってわかっていなかった。
ただ、どうしようもなく、感情が溢れて仕方なかったのだ。
そんな風に小さな子供のように泣くルイズを前に、シスイはガシガシと後頭部を掻きながら、ほとほと弱ったような声音で漏らす。
「ああ、もうクソお前卑怯だぞ。男ってのは女子供の涙にゃあ弱いイキモンだってのに、ああもう……」
そうして、男はポンポンと、リズムをつけるようにルイズの背中を緩く叩きながら、小さな妹をあやす兄のような声で言う。
「ルイズ、泣くな」
「泣いてないったら! 放っておいてよ。どうせ、あ、あんたなんて、わたしを置いて帰っちゃうくせに。わたしなんて……どうでもいいくせに」
それは、昼にも言われた言葉と同じで……ルイズの不安はようはそういうことなのだ。
そして、ここでシスイもそれに気付いた。
(そうだ、オレはここからいずれいなくなる)
そう思い、ルイズの使い魔となることを了承した後も、あくまでもこれは仮初の主従とそう思って一時の付き合いとして考えてきた。
彼にとって一番大事なのはここではなかったから、だからこそ一時の付き合いであり、ここは通過点に過ぎないと。
そのこと自体は間違っているとは思わない。何故なら彼の一番はとっくに決まっており、そのために家族とすら思ってきた人々をも手にかけたのだから。
しかし……。
(オレはルイズを見ていなかった)
たとえ通過点に過ぎなくても、一番にどうしてもなることが無いにしても、いずれ立ち去るとしても、それでも今ここに居る彼女を、ここで生きているルイズと真っ向から己は向き合おうとなどしていなかった。彼女はここにこうして生きていて、己もまたここに居るのに。
己はルイズを「主」と呼びながら蔑ろにしていた。
いずれ消えるからと、それで「今」を蔑ろにしていい理由にはならないのに。
そのことに漸く彼は気付いた。
ルイズの抱える不安は、涙は、悲しみは、己が彼女と向き合わなかったからこそ生じた代償であったのだと。
「……悪かった」
ポツリと、そう漏らす。
たとえ一時的な付き合いだろうと、それでも己は今ここにいる。そして、今の自分は彼女の使い魔だ。それを蔑ろにしてはいけなかったのだ。
向き合おうと思った。
否、向き合わなければいけないとそう思った。
覚悟を決めた。
それはこの世界で生きていく覚悟ではない。3年以内に帰る、その目標を変える気は微塵も無い。それでも、この世界にいる限り、彼女の隣にいる限りは、ルイズから逃げない、眼を逸らさない。そういう覚悟だった。
「なあ、ルイズ、オレが帰りたいのは、帰らなきゃいけないのはルイズに不満があるからじゃない」
「うそ」
ゆっくりと教え諭すような声で吐かれた青年の言葉を前に、いまだ涙止まらぬ顔のルイズは信じられないと言わんばかりの声で否定の言葉を押し出す。そんな少女を前に、静かな声音でシスイは己の偽りなき気持ちを告げていった。
「嘘じゃない。そうだな、確かにオレの一番はルイズじゃない、それはどうしようもなく本当のことだ。オレにとって最も守りたいもの、優先順位一位は既にある。だからオレはいつかは必ず帰らなくちゃいけないんだ。何故なら、その守りたいものはオレの夢そのものだから」
そして9年前の自分の中で夢が生まれた日のことを思い起こす。
「自分に立てた誓いをオレは嘘にしたくないんだ」
夢のキッカケとなった、自身も参加した第三次忍界大戦のことを。
多くの人が死んだあの戦。自分の両親や担当上忍、親友もまたあの戦で亡くした。
大人だけではなく、幼い子供まで戦力として駆られ死んでいった。
自分が始めて殺した相手も、己より3歳か4歳ほど年上の、まだ15歳にもなっていないような子供だった。
だから、己は幼くして里と平和を愛するイタチに賭けたのだ。
イタチは幼いのにまるで火影のようにものを考えられる上に、優しくて聡明な子だったから。
こいつなら、自分には出来なくても、幼い子供が戦に駆られることもなく、笑って生きていけるような里に出来るんじゃないかとそう思ったのだ。
……幼い子供が死ぬ姿も、戦場に出される姿も、吐き気がするくらい嫌いだった自分はうちはイタチという存在に夢を見た。
それが己の夢の根源だ。
「それはきっと、お前にとって他の子と同じくらい魔法が使えるようになりたいという願いと同じくらい譲れなくて、俺にとっては大事なことなんだ」
……その夢さえ叶うのならば、命さえ惜しくないくらいに。
「だからといって、お前のことがどうでもいいとか、そういうことじゃないんだ。……ただ、今まではあまりちゃんと向かい合っていなかったとそう思う。それは謝る。ごめん……本当にごめん」
「何よ……それ」
そう言って、ルイズは頭を下げ謝る青年を前に、再びポロポロと涙をこぼし始めた。
自分が嫌だったわけじゃないと知って嬉しいのか、それともやっぱり自分は一番じゃないということが哀しいのかわからなくて、涙の理由なんて自分が一番わからない。
それでも、ただ泣けたのだ。
「ふぇ……ふぁああん」
「泣くなよ……」
そういってまた困ったように、シスイはルイズの小さな頭を幼い子にやるそれのように撫でながら、取り出したハンカチで彼女の目元をそっとぬぐう。
「ううう……ひっく、だから、泣いて、泣いてないわよ、バカッ子供扱いしないでよ」
「拗ねて泣くのは十分子供だろ。ガキをガキ扱いして何が悪い」
「うるさいわよ、ぅえ、ああ、ひ、く……うわあああん」
そういって益々声を上げて泣き始めるルイズを前に、苦笑しながら、シスイは彼女の体を抱きしめて、ポンポンとあやすようにその背を叩いた。
「ああ、もうわかった。泣いてもいいから。だから、気が済むまで吐き出しちまえ、聴いてやるから。な?」
ああ、吐き出してもいいんだ、許されるんだ。
そう思ったらたまらなくなって、ルイズは今まで言わずに溜め込んでいた言葉を、涙混じりにところどころ喉につっかえながら、それでも語りだした。
「わ、わたし、ね……悔しかったの。ゼロって、見返したかったの」
「うん」
シスイは彼女をあやす手をそのままに、静かな声音で相槌を打つ。
「ギー、ギーシュに勝ったら、そした、ら、わたし、戦えるって、あんたがいなくても、一人でも大丈夫だって、そう思った、の」
「うん」
「わた、わたし、証明、したかった」
「うん」
ポンポンとリズムをつけて自分の背を叩く手の優しさに安堵を覚えて、ルイズはポロポロと言葉を零していいく。
「嫌なの、なんで、使い魔のあんたは魔法つかえ、て、わた、わたし、は使え、ないの? どうして……」
「うん」
「わたし、やなの。ただ、守られ、やなの。わたしも、わたしもね、戦えるように、なりたい。ひとりでもちゃんと、立って戦えるようになりたいの」
「うん」
「わた、わたし、強くなりたい……誰よりも強く、ゼロなんてもう、言われないくらい」
「うん」
どれほどの時間そうしただろう。
どれだけ語っただろう。
それはわからない。
ただ、それでもルイズはもう自分の心を隠したりはしなかった。
シスイもまた、それを否定したりはしなかった。
「それでね……」
「うん」
やがて陽が赤らみ始める。
それでずいぶんな時間こうしていたんだなということに気付かされ、恥ずかしいのか照れくさいのかわからなくなって、ルイズはその小さな顔をほんのりとピンクに染める。
長いこと子供みたいに泣いたせいか、乾いた眼が痛くて、頬がカピカピだ。そんな年頃の娘としてちょっと恥ずかしいルイズの姿を前にしても、彼女の使い魔たる青年は何も言わなかった。
そんな自分より頭一つ分以上大きな青年を見上げ、彼女は問う。
「本当に、わたしのことが嫌なわけじゃないの?」
「嫌じゃないよ」
それにシスイは静かな声でそう答えた。
「わ、わたし、意地っ張りだし」
「可愛いくていいんじゃないか?」
「すぐ八つ当たりしちゃうかもだし」
「いいよ。それくらい」
「魔法使えないし、やっぱりゼロだし……」
「そうでもないと思うけどな……魔力量凄いし」
そんな男の返答に、吃驚したようにまん丸に目を見開きながらルイズは思わず問う。
「そ、そうなの?」
「多分、自分の属性に目覚めてないだけなんじゃないのか? てか、本当にゼロだったら異世界から人召喚したり出来ないだろ……」
シスイの赤く変化する目は写輪眼といって、幻術を見せる眼でもあるが、魔力(正確にはチャクラだが)の動きを見ることが出来る眼なのだという。魔力の流れを見ることが出来るというのがどういうものなのか、ルイズには想像するしか出来ないが、ようは自動式のディテクト・マジックのようなものなんだろう。
正直、自分の魔力量が凄いと言われても、万年劣等性として扱われてきたルイズとしては信じがたいものがあるが、それでも魔力を眼で見ることが出来るという男の言葉だ、全くの嘘ってことはないだろう。
「そうなのかな」
だから、そうだったらいいなというニュアンスでルイズはそう呟いた。
「そうだよ」
「そう、よね。わたし、お母様とお父様の娘だものね。本当にただのゼロなわけないわよね。だって、わたしラ・ヴァリエールだもの。まだ目覚めてないだけ……そうよね」
「うん」
その二度目の肯定に希望がわいてきて、ルイズの心に明るい気持ちが灯る。
が、ふとある考えが脳裏をよぎって、ルイズは聞きづらくて訊ねれなかったそれについて、不安げに口にした。
「ねえ……本当は後悔しているんじゃないの? わたしと……コントラスト・サーヴァント交わしたこと」
そのルイズの言葉に、なんだかキョトンとした顔を見せる男に対し、彼女は矢継ぎ早に述べる。
「だって、あんたがわたしと契約を交わしてくれたのって、そうしないとわたしが留年しちゃうって知っちゃったからでしょ?」
「それは……否定はしない」
そういって罰が悪そうに男はうつむく。
そんな青年を見上げて、ルイズは午前中に男に苛立ち混じりに吐き出した内容を、あの時とは違って確認するように落ち着いた声音で訊ねた。
「やっぱり。それって同情? 本当はあんたはわたしじゃなくても良かったのよね」
「それは」
「違うって言うの? じゃあ、何が違うっていうのよ。あんたが契約交わしてくれたのは留年するかもしれないわたしがかわいそうだったからなんでしょ。 別の子でも別に良かったんじゃない」
言いながらも、少しルイズは傷ついていた。
自分だから、ではなく、誰でも良かったというのは、わかっていても堪えるものなのだ。
そんなルイズの心も知らず、シスイは「うー」とか「あー」とか言いながら頭をガシガシと掻きまわし、それから頬を赤く染めつつ苦みばしった声で叫んだ。
「うー……あー、もうしょうがないだろ。オレは既に知っちまったんだから!」
そしてシスイは語る。
「確かにそりゃ全く知らない相手がどうなろうとオレには関係ねえよ! そんな見ず知らずの他人を誰彼構わず助けられるほどオレの手は広くないし、慈愛の精神に溢れているわけじゃないからな。けどな、既にオレはお前のことを知っちまったし、関わっちまったんだから、それを今更なかったことには出来ないだろうが! お前がオレを使い魔に出来なかったらどうなるのか、聞き知っといて見過ごすなんて罪悪感で気分悪いだろうが、オレが!」
そう男は、文句あるかとばかりに一息で言い切った。
それは冷静に考えたら……考えなくともかなりエゴイスティックな答えだった。
他人のためではなく、「見過ごしたら自分が気分悪いから」助けるなんて、自己中心的にもほどがある答えといえる。
だけど、寧ろルイズはその返答に今ほっとしていた。
他人のため、なんて答えを初対面同然の男に言われてもルイズは信用出来ない。だけど、それが自分の為だというのなら、それなら悪くないと、そう思ったのだ。
「確かにオレは帰らないといけないところはあるし、絶対帰る気だけどな、それでも今すぐ帰らなきゃいけないほど事態が逼迫しているわけでもない。だから、そのなんだ……帰る方法と手段が見つかるまでは、お前の傍にいてやる。使い魔として、守ってやる」
そういう姿は、先ほどまでの兄貴然としていた姿と全然違って、まるでただの1人の不器用な少年のようで。
それを見てひょっとしたら自分は何か思い違いをしていたのかもしれないと、ルイズは思った。
「オレは、お前の使い魔なんだろ?」
そういって照れくさそうに青年はそっぽを向いた。
(こいつ……器用そうに見えて、実はすっごい不器用なんじゃ……)
昨日出会ったばかりのこの使い魔は、器用でなんでもこなせるようなそんなイメージがあったけど、どうやらそれは正しくないみたいで。
いや、寧ろこの姿は……。
「ひょっとして……あんたって馬鹿?」
「ああ、そうだよ、馬鹿だよ、悪いかちくしょー!」
そういってガーと吼える姿は吃驚するくらいガキ臭かった。
「ていうか、皆まで言わせるなよ、恥ずかしいだろうが!」
「あんた、顔真っ赤よ?」
「う、うるさい。オレは元からこういう体質なの! てか、ジロジロ見んなっ」
「なにそれ……」
思わず、ルイズの口元から笑みがこぼれ、次第にそれは大きくなり始める。
「笑うなー」
「だって、あんた……おかしいわよ」
耳まで真っ赤に染めて抗議をしてくる青年を前に、遂にはもう駄目、たまんないとか言いながら腹を抱えて笑い転げながらルイズは思う。
(こういうのも、悪くないのかもしれない)
そしてこれからを思い、ルイズはその提案を提示する。
―――――わたし達はあまりにも違いすぎて、けれど不器用で遠回りなそんなところばかりがそっくりで。
「ねぇ」
―――――この先ももしかしたら分かり合える事は出来ないのかもしれない。
「もう一度、初めましてからはじめましょう?」
「君の使い魔になったうちはシスイだ」
―――――それでもわたし達には言葉がある。
だから。
「あなたの主になったルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ルイズでいいわ」
―――――たとえ分かり合えなくても、理解しようと努力をしていこうと思う。
互いに、互いの存在が恥じなきものであるように。
並び立つ、明日の為に。
「よろしく」
瞬身の使い魔・第一章、了。
第二章へ続く