瞬身の使い魔   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は一章と二章の間の話の番外編というわけで閑話その2となっております。
次回から第二章がはじまります。
因みに瞬身の使い魔は全五部構成になっております。
ではどうぞ。


閑話:シスイの1日

 

 

「……ん」

 AM3時半―――――。

「朝か」

 学園の誰よりも、日が昇るよりも随分と早い時間にルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔となった青年うちはシスイの朝は始まる。

「んっ」

 まずは軽い柔軟体操をこなし、十分に体を解して疲れをとる。

 それから水汲み場で水を汲み、顔を洗って歯を磨く。ここまでの所要時間が約15分。

 それらが終わると、彼は学園の外にある森のほうまで探索に出かけ、10分ほどの瞑想をした後影分身を相手に人気のない森の中で組み手を交わす。

 時にはオーク鬼やワイバーンに遭遇することもあるが、シスイの強さのレベルが本能でわかるのか、それともシスイが気配を殺しているがために存在自体に気づいていないのか、自ら襲ってくることはあまりない。が、本々あまり知能の高くない幻獣故に襲い掛かってくることが皆無というわけではなく、その場合は返り討ちにしている。

 そうして5時を過ぎ、朝日が昇りだしたぐらいのタイミングで探索と朝の鍛錬を切り上げ、既存の薬草や毒草などを適当に森から頂戴し、それらを抱えて学院へと帰還する。

 尚、森から帰った際、水浴びをして汗を流し、体臭を消すことも忘れない。

 

 AM5時半―――――。

 学院の水汲み場にて、ルイズと己の汚れものを、タライと洗濯板とハルケギニアに来て3日目に作ったシスイお手製のソーダ灰を使って洗濯を行う。冷たい水で洗濯を行うのは色んな意味で効率が悪いので、厨房で譲って貰った古い鍋と火遁術を使って、水浴びの際に予めお湯を沸かせて準備している、鍋の中身を冷水に混ぜ、ぬるま湯にして洗う。

 マッチや火打石がなくても手軽に素早く火をつけられるので火遁術は本当に便利だ。シスイは自分の戦闘スタイル上、バトル中に火遁術を使うことは滅多にないのだが、サバイバル他に対応する時の使い道として火遁術を重宝している。

 え? 忍術を火付けなんかに使うなよって? いや、使えるものは使えっていうしこっちのほうが効率的なんだからいいじゃん? みたいな脳内言い訳も沸いてくるが、まあ、細かい事はいいのだ。

 ともかくそうやって10分か15分ほどで洗濯を済ます。

 二人分なので大して手間でもない。

 そして、その洗濯物がフリルやレースがふんだんにあしらわれた年頃の少女の下着だろうと気にはしない。

 そもそも前世では両親が死んでから妹が大学に入学するまでの約4年半ほどの月日、妹の洗濯物(下着含む)を自分の洗濯物共々纏めて洗っていたのも干していたのも、妹が取り込んでくれた洗濯物をアイロン掛けしていたのも全部彼だ。

 日本の現役女子中学生及び女子高生の下着を当たり前のように取り扱っていた彼は、女性物の下着には慣れていたし、ある意味鈍感なのだろう、自分にとって恋愛対象外の人間の下着を洗ったところでそのことについて何か思う感性を持っているわけでもなく、彼にとっては下着だろうとブラウスだろうと洗濯物という意味では大差ない存在だった。

 故に彼にとっては、自分が今洗っているそれがうら若い娘の下着であるということはさして重要ではなく、その洗濯物の汚れが落ちているか、落ちていないか、ということのほうがよほど重要なことであった。

 流石に18歳の年頃の男子として、洗濯が好きなんて自分でも思いたくないのでシスイ自身は「洗濯が好きなのか」と言われたら否定をするが、なんだかんだいってシスイは清潔好きの綺麗好きな性分である。

 部屋や家が汚れていたら掃除したくてソワソワし出すタイプだし、任務遂行中で無理な時はあきらめるが、それでも出来る限り体を毎日清めたいし、汚いのを汚いままにしておくことにはストレスさえ感じる。

 そんな彼は自分の手で汚れたものを綺麗にしていくという行為に充実感と達成感などを覚えるタイプであるため、口では否定するが洗濯をして服を綺麗にするという行為にわりと満足感を覚えつつ、一方でそんな性癖を持つ自分に見ないフリをしながら、今日も上機嫌そうにピカピカに洗いあげた選択物を洗濯竿に干していくのであった。

「ふんふんふん~~~♪」

 まあ……いくら気分がいいからといって、年頃の娘の洗濯物(下着含む)を干しながらつい鼻歌が出るのは変人そのものだったが、そこはご愛嬌ということで。

 とりあえず、某餓鬼大将と違って彼の歌が聞くに堪えぬどころか、上手いほうに属していたのは不幸中の幸いだった。

 

 AM6時―――――。

 洗濯物を終えた彼は一旦使用人宿舎の裏に向かい、学院から借りている調理服に身を包んだあと、厨房へと顔を出す。

「おはようございます」

 なぜ厨房に顔を出したのか、といわれたらそれは初日に学園長と交わした約束が原因といえる。そう、彼は当初の約束どおり、料理長であるマルトー親父の指示の元野菜の皮むきや皿洗いなどの仕事に従事するために顔を出したのである。

 朝の厨房は忙しい。まさにこれぞ料理人の戦場だ、そんな中でありながら仕事の合間をぬって、40がらみの肥え太った体型の立派なあつらえを着込んだ親父がシスイを迎え入れた。

「おう、来たかッ」

 そういってニカッと笑ったこの人こそ、トリステイン魔法学院の料理長を務めるマルトー親父である。

 人柄をいえば豪快で切符がよく、魔法学院で雇われている身ながら貴族と魔法が嫌いで、下手な貴族よりも給料もいいため羽振りも良い。

 そんなマルトー料理長は基本的には人情家で厨房の使用人たちにも好かれている人望家であり、人の良い親父である。しかし、前途の通り彼は魔法と貴族が嫌いだ。

 そのためここで働き出した初日は、シスイが平民とはいえ魔法が使える傭兵だという話を学園長から聞いていたせいだろう、シスイの存在に対し複雑なものを感じていたようで、今ほど友好的ではなかったのだが、この青年が思ったよりもずっと真面目に働くのと、あとは主であるルイズが馬鹿な貴族の息子たるギーシュに絡まれていたメイドのシエスタを助けてくれた、という話をシエスタから感激交じりに聞かされたせいなのか、その使い魔であるシスイに対する好感度も大分上がったようで、今では顔を見れば笑顔で話しかけてくれるようになった。

 今では同じ学院内で働く者としての、信頼さえ感じるようになったともいえる。

 そんな気持のいい豪快な笑顔付きで挨拶をしてくれたマルトー親父に対して、シスイもまた笑顔で柔らかく返す。

「おはようございます、マルトーさん。今日も良しなにご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします」

 そういってペコリと一度頭を下げると、他の使用人達にも挨拶したり挨拶されたりしながら、自分の持ち場へと向かう。

「おはようございます、シスイさん」

「おはよう、シエスタさん。今日もお互い頑張ろう」

「はい」

 他のメイドや使用人たちも今では大分打ち解けた態度で自分に接してくれるようになった。中でも一番仲良くしているのは一番最初に知り合った黒髪のメイドのシエスタだろうか。

 彼女はルイズに自分は助けられたと思っているのもあって、(ルイズに後で尋ねたら「メイド? そんなのわたし助けたかしら。覚えてないわよ」とか憮然とした顔で言っていたが)ルイズに対し恩義や尊敬じみたものを抱いているらしく、その使い魔である自分を通して時折ルイズのことについて知りたがった、そんなまっすぐで一生懸命で純粋な様に少し前世の妹を思い出して、懐かしく思いつつも心癒されていたりするのはここだけの秘密だ。

 どちらにせよ、使用人たちとは上手くやらせてもらっていると思う。

 そのことをありがたく思いつつ、彼は今日もひそかにこの世界ハルケギニアのことについての情報を集めつつ、厨房仕事に勤しむのであった。

 

 AM7時―――――。

 シスイのこの魔法学院での本職はルイズの使い魔を務めることであるため、この世界で生活する限りはそのことがもっとも最優先される。そのため、他の使用人と違って1時間で彼の朝の仕事は切り上げられることとなる。

 それからマルトー親父から受け取った特製の賄い食を受取って朝食をすませるのだ。その平均所要時間は約5分か10分。軍人スタイルばりの早食いである。

 本当は食事はゆっくりととるほうが胃や腸にも優しいわけだが、この後にも彼には仕事が待っていることを考えたらゆっくり食事をとるわけにはいかないだろうという判断だった。

 そうして食事がすむと、皿を皿洗い場まで置いて厨房を後にし、使用人宿舎の裏側に向かう。

 そこで先ほどまで身につけていた学院から借りていた調理服を脱いで机の端に丁寧に畳んで置き、それから水汲み場に向かう。

 そこでバケツに水を汲んだら、ルイズの部屋に向かうのだ。

 そして部屋にたどり着くと、二度のノックのあと彼女の部屋に入室。この世界での主となった少女に起床を促し、彼女の朝の支度を手伝い、着替えが終了したルイズを食堂まで送り届けた後に、彼女が食事をしている空いた時間で手持ちのクナイなどの装備品の点検と手入れなどを行っていく。

 そして午前中の授業はずっとルイズの供として彼女の授業について回るのである。

 

 ルイズの受ける授業を彼女と共に聞き入り、この世界のことについて学ぶと共に、教師の語る内容と黒板の文字を眺め、比較などをしながらひっそりとハルケギニアの文字を覚えていく。

 何故そんな面倒なことをしているのか。

 それはこの世界の住人ではないシスイは、この世界の文字がわからないためである。

 言葉が通じているのに何故文字はわからないんだ? と言われそうだが、言葉がわかるのはおそらく使い魔召喚の門を通った影響かなにかで付加された、特典のようなものであろうとシスイは睨んでいる。

 つまりシスイとルイズをはじめとするこの世界の人間は、同じ言葉をしゃべっているようで違う言葉を喋っているのだ。それがおそらく自身が召喚された時に付加された翻訳魔法か何かで言葉を発するたびに即座に翻訳して互いの耳に届けられ、意思の疎通が出来るようにされているのだろう。

 とはいえ、おそらくはその翻訳魔法の恩恵は言葉に関してだけだ。文字については使い魔としての特典対象外なのである。

 そうである以上、文字は自分で覚えるしかない。言葉だけしゃべれたらいいじゃん? と安易に考える人間も世の中いるのかもしれないが、文字を知っているか知っていないかだけで格段に手に入る情報量にも違いが出るし、なにより文字を朗読して意味を教えてもらえたとしても、自身が文字を知らなければその朗読内容が正しいか誤っているかさえわからないのだから。

 よく考えたら(実は無理矢理もぎ取った任務だったとはいえ)うちは一族抹殺事件を起こした自分は元の世界ではお尋ね者であり、事件を起こしたばかりの自分に対する追っ手も執拗と思われる。それを考えたら暫く雲隠れすることになるこの状況は却って好都合と言えるのかも知れないのもあり、またこの世界で交わした約束も相俟って数ヶ月はルイズの傍にいる見通しではあるが、いつまでもこの世界に居座るつもりなどシスイには欠片もない。

 この世界にいれるリミットとしてどんなに長くても3年以内には元の世界に戻りたいと思っていて、1年以内にはなんらかの帰還方法を見つけたいと思っている以上、文字を覚えることは急務とさえ言える。

 とはいえ、いくら文字を覚えたいとシスイが思っても、この世界の文化水準は中世ヨーロッパクラスがいいところであり、平民が文字を覚えるということは滅多になさことのような気がしたので、自ら教えを請いにいくことは不自然ではないかという気がした。

 なにより異邦人である彼はあまり自分の弱みとなることを他者に見せたくはなかったのだ。何がきっかけでどうなるかわからない以上、慎重を期したい。焦って自分の弱点を他者に知らしめるような結末は遠慮したかった。

 オールド・オスマン学園長あたりは自分が元に戻れる方法がないか探すといってくれたが、ああ見えて強かそうなところ含め、正直まったく信用していなかったし、アテにもしていないし、弱みを見せたくもないし、ルイズには明かしたが学園長に自分が異世界から来たことを言う気もない。

 信頼できるような出来事があればまた別だが、今のところシスイは学園長に異世界から来たことを提示する気も、文字がわからないという弱みを正直に明かす気も微塵もなかった。

 つまり、彼にはこの世界の文字を覚えたくとも、頼る相手がいないということである。

 

 もしかしたら、ルイズには頼っていいのかもしれないし、彼女の性格なら素直に教えを請えば教えてくれるような気もしたが、自分のことでルイズの勉学の時間を奪うのも気が引けた。

 そこで彼が考えたのが授業を通して文字を覚えるという行為である。

 そもそもシスイは座学は苦手とはいっても、それは比較論の話であり、なによりうちはシスイという肉体と頭脳の持つスペックは高い。

 写輪眼とは筆跡や相手の動きをコピーしたりなどといった行為が得意な目であったし、これでも記憶力だって悪いわけでもないのだ。

 なにせ、木の葉で与えられる任務の中には暗号を覚えたり暗号を解読したりといった任務もあったのだから。脳筋では忍者は……いや、上忍は勤まらない。なので授業を通じて文字を覚えるという試みは地味に時間がかかる非効率なものではあっても、そこまで無謀な試みではなかった。

 幸いにも言葉自体は通じているのだ。まったく知らない言葉を一から覚えることに比べたら、言葉がわかる分文字だけを覚えるのは早く済むことだろう。

 その証拠のように、この世界にやってきて今日で調度一週間となるが、児童向けの本くらいならもう自力で読めそうな感じであった。

 

 AM11時半―――――。

 ルイズの授業の共から抜け出しシスイは昼の厨房勤めに向かう。

 尚ルイズから事前に許可を取っているため、この昼の勤めが終了次第夕方までは彼には自由行動時間が与えられている。

 シスイはルイズの使い魔ではあるが、いつか元の世界に戻るという誓いを立てているため、それに配慮したルイズが二日目ギーシュとの決闘騒ぎがあった日の夜に許可を与えたものだった。

 尚、余談ではあるが、あの日の決闘騒ぎのことについてオスマン学園長は知っているとシスイは睨んでいるのだが、不気味なほどに沈黙を続けており、いまだ呼び出しのひとつすらかかることはない。そのために余計に学園長に対して警戒心を強めていたりする。

 とにかくここでも1時間ほど厨房で働き、賄い食を朝よりもゆったりと取った後、ルイズの部屋に向かい、彼女の部屋の掃除と、朝に持ち帰った薬草や毒草を煎じたりなどして薬剤&毒作りを行う。今でこそ平和そのものだが、いつ何があるかわからないため装備の補充はかかせない。なにがあってもいいように、状況に対応出来るだけの道具を用意するのは忍びとしての習性であり、生き延びるために己に課した義務のようなものであった。

 それらが終われば、次にシスイは口寄せで自分の使役契約動物である鳩を呼び出し、遠くまで飛ばす。どこに飛ばすのかは、その日によって様々であり、南に飛ばす時もあれば西に飛ばすこともあり、時には多い茂った森や農村に飛ばす場合もある。

 そして、感覚を共有し、飛ばした先の光景を我が物として視る事によって、厨房で手に入れる耳の情報とこの目の情報を擦り合わせることによって、この国や世界のことについて生態系や地理に人々の生活水準や文化練度についても学んでいくのである。

 ……とはいえ、あまり長時間行って、本体を無防備にさせるわけにはいかないので、せいぜいそれらの口寄せ動物を使っての探索活動は1日20分~1時間が限度だったが。

 それらが済めば、この世界の人々との交流タイムである。

 

 PM3時―――――。

 学院で働く使用人達も一休みとなるこの時間、シスイは厨房へと顔を出していた。

「ほう、こりゃすごいな」

 マルトー親父が珍しそうに目をパチパチとさせながら、シスイが作ったそれを感心したように見入る。その隣で、今のところもっとも仲のいい使用人仲間といえる黒髪とソバカスが愛くるしいメイドのシエスタが目を輝かせながら「本当にこれいただいていいんですか? シスイさん」といってそのシスイが作ったそれを見つめていた。

 そんな二人の反応……正確には2人だけではなく、ほかにも何人もコックやメイドがいたが、に苦笑しながらシスイはいう。

「何、マルトー料理長には色々教えてもらっていますし、ちょっとしたお礼です」

 そういって笑う。その先に、用意されているのは何の変哲もないクレープだった。

 ただし、上に粉砂糖を振りかけただけの至ってシンプルな西洋式のクレープではなく、日本人ならお馴染みの具材がたっぷりと入った日本式のクレープである。

 そもそもこの話のキッカケはシエスタがシスイが東方の出身だ、とまわりに話したことが原因だった。

 元々シスイが料理人というわけではなくとも、料理をする男だということは既に厨房では知られていることだ。そもそも料理も出来ないやつが厨房勤めを志願するはずがないので、これは当たり前といえば当たり前のことである。

 そこで興味を持ったのがマルトー親父である。親父は料理人であり、そうであるなら未知の料理があれば知りたいと思うのが料理人として当然の好奇心である。そのため、東方出身だというシスイに「東方ではどんな料理を食べるんだ?」と尋ね、よかったら作ってくれないかと言われた。

 これにはシスイも少し困った。

 彼は日本の家庭料理なら大体のものは作れるし、どちらかというと彼の舌が和食好みなのもあって和食のほうが得意なのだが、この世界……正確にはこの国には、米も味噌も醤油も麹も大根も昆布や鰹も流通していないっぽかったからである。

 これらなくしてまともな和食なんて作れたもんじゃないし、料理は作れるといっても調味料まで作れるというわけじゃない。シスイは専門家じゃないのである。せいぜい自力で作れる調味料なんて鶏がら出汁やマヨネーズにドレッシングとかくらいのものだ。マヨネーズは和食ではないが。

 とはいえ、期待を無碍にするのは心苦しいし、なにより自分を信頼してくれている相手にいくら必要だからとはいえ、勝手に情報を取るような真似をしといて何もお礼をしないというのは罪悪感を感じる。

 だから、シスイは和食はともかく、この国で文化水準的に食べられていなさそうなメニューで、かつ自分に作れる料理をチョイスして作り方共々試食品を数品彼らに提供していたのであった。

 ちなみに昨日のメニューは唐揚げとてんぷらだったが大好評で、今度食堂に出すメニューに加えてみようとはマルトーの親父談である。

 そして本日のメニューはクレープだった。尚この世界では香辛料は貴重であり、砂糖も貴重品なことから彼が今日作ったクレープは、フルーツとクリームたっぷりのお馴染みおやつ用クレープではなく、ハムやウィンナーチーズにマヨネーズなどを合わせてクルクルと巻いた軽食タイプのクレープだ。

 それらを口にして、目を輝かせながらシエスタは言う。

「美味しい! シスイさんこれ美味しいです!」

「ふーむ、手軽に食べれて、作り方も簡単でこりゃいいな。しかし、このソース? 見たことねえがこいつも美味いな」

 そういいながら、マルトー親父は感心したようにクレープに対しての考察を続けている。他の使用人も「美味しい」「うまい」と口にしながら、わらわらとクレープに群がっている。好評のようだ。

「そうですか、嬉しいです」

 といいながら、笑って対応しつつシスイは心の中で切なさを覚える。

(嗚呼…タクアン食いたい……)

 料理を作るのは好きだ。美味しいと喜んでくれたらこっちだって嬉しくなる。しかし、こうやって西洋風の日本ものは再現出来るのに、純和物には再会出来ないことが酷く寂しく切ない。

 あの味を、あの美味さを出来ることなら周囲にも伝えたい。そして、もう一度自分でも食べたい。

(……餡子(アンコ)も食いたい……愛していたんだ、だんごを。煎餅食いたいなぁ……餅の感触も懐かしい。嗚呼、白米、味噌汁、タクアンに鯖の煮付け……今はなにもかもが恋しい)

 お尋ね者になる覚悟は出来ていた。命を狙われる覚悟だってとっくに出来ている。

 しかし、こんな風に異世界に召喚されて、好物の和菓子やタクアンと離れ離れになることは想定していなかった彼は、和食ホームシックにかかっていたのだった。

 

 PM4時半―――――。

 朝干しておいたルイズと己の洗濯物を取り込み、彼女の部屋に届けた後、再び彼は魔法学院の調理服を身につけ厨房に立ち皿洗いと野菜の皮むきなどに勤しむ。

 トリステイン魔法学院は貴族専門の学校だけあって食事はいつだって豪勢だ。当然その分厨房の負担も他の施設とは比べ物にならない。

 そうして2時間ほどバタバタと忙しなく働いた後、賄いの夕食をとり、同僚に上がることを告げて、本日取り込んだばかりの替えの下着とタオルと携帯式の垢すりを抱えて学院から離れた川に向かい、水浴びをする。

 その際、垢すりで全身の汚れもこそぎ落とし、頭髪もくまなくキチンと洗う。シャンプーや石鹸がないのは残念だが、仕方ない。そもそも川の水をあまり汚すわけにもいかないためそこは妥協をしている。

 因みに魔法学院には風呂も備え付けられており、香水が入った温水プールみたいな貴族用の風呂と、サウナ式の平民用の風呂が存在しているのだが、シスイはそのサウナ式の平民用の風呂に入る気はなかった。なにより忍びである自分の体をあまり一般人に見せたくはなかった。

 シスイは忍びにしてはあまり怪我をしないほうとはいえ、職業柄いくつかの傷や火傷の痕は当然のようにある。そんなもの見ても気分いいものじゃないだろうというのも理由にはあったが、なにより異邦人であるという意識が故に、そういう無防備な弱みとなる自分の姿を不特定多数の前に晒したくなかったのだ。

 そうして今日もシスイは風呂の時間を水浴びで済ますのであった。

 

 PM7時半―――――。

 これより9時半頃までの2時間ほどは主たるルイズとの交流タイムである。

 とはいえ、毎度おしゃべりをするというわけではない。

 確かにルイズがシスイの世界のことについて質問したり、その日あった出来事について話しては、「ゼロとまた馬鹿にされた。悔しい、今に見てなさい」とか「キュルケの奴がまた偉そうに」とかそんな風に憤慨するルイズをシスイが慰めたり、逆にシスイがルイズにこの世界のことについて尋ねたり、今日あった出来事について気になったことなどをシスイがルイズに話したりこともあったが、ルイズが机に向かってひたすら勉強を続け、シスイはルイズの部屋の一角に置いている自分の整備品を装備したり、毒や解毒剤をはじめとする薬物の点検などをしてただ静かに過ごして互いに干渉せず終わることもある。

 そして、ルイズが着替え、彼女が眠りの準備をする頃になるとシスイは、「じゃあ、おやすみ」とまるで幼い妹を前にした兄のような微笑を浮かべながらルイズに声をかけ、そしてコートを一枚羽織った状態で彼女の部屋を後にするのだ。

「うん……お休み」

 彼が自分の部屋に留まらないのはいつものことだ。初日からそうだった。シスイがルイズの部屋で寝泊りすることは無い。

 どこに行くのか、何故自分の使い魔なのに出て行くのか、未だにルイズは青年に尋ねられずにいる。

 出会ったばかりの頃の二日間に比べると、言いたいことを言いたいだけ言ったせいかシスイとルイズは当初より随分と仲がよくなったし、軽口も叩き合えるようにはなったが、それでも未だに距離の掴み方については互いに計りかねているところがあった。

 もしかしたら……怖いのかもしれない。

 下手なことを言って、せっかく築いたこの関係を壊すのが。

 そう思う自分がいることにルイズは気づいていたが、しかし「どこにいくの」とやはり今日も訊ねることは出来ず、そんな自分の臆病さに少しの情けなさと何も語らない男に対する寂しさを覚えながら、ルイズはただそうして出て行く己の使い魔たる男の背中を見送るのであった。

 

 PM10時―――――。

 学院内を駆け、適当に人気のない学院敷地内の壁を背にシスイは双月を見上げながら、眠りにつくことを試みる。

 ……こうして、一人になると笑みの仮面ははがれ、ただ彼の記憶に巡るのはほんの1週間前に起こしたうちは虐殺事件と、彼らとの思い出や、うちはイタチとのことなどだ。

 ―――――優しい人たちだった。

 一族限定の閉鎖的なものだったとはいえ情が深くて、両親が第三次忍界大戦で死んだあともまた、一族のみなは己を家族として暖かく包んでくれた。寂しくないからね、私たちがいるからと、何かあったら遠慮せず言うんだよと、そんな風に幾度も声をかけられ、頭を撫でられ、多くの愛情に包まれてきたとそう思う。そうだ、シスイは彼らのことが好きだった。

 たとえその彼らを殺したのがシスイ自身であったとしても、慕っていた気持ちや思い出まで消えるわけではない。

 たとえ一番ではなくても、それが故に己が彼らを切捨てたのだとしても、それでも二番目が大事ではないわけではないのだ。出来ることなら死んでほしくは無かった。それもまた本心である。だからこそ、何度も説得に赴いてクーデターを決意する彼らを止めようとしたのだから。

 そしてふと思い出す。

 あの日、自分と一族の考えが完全に決別し、彼らを殺す決意をした日、イタチの父でクーデターの主犯であったうちはフガクに『アンタは、自分の娘や息子の幸せよりも、一族のメンツのほうが大事だっていうのか!!』そういって己は怒鳴りつけ、馬乗りになって男を殴りつけた。

 しかしうちはフガクは逃げるでもなく、眼を逸らすでもなく、そんな自分に向かって揺ぎ無い決意に満ちた目で言ったのだ。

『オレは、うちはフガクだ。これがオレの選んだ道なのだ』

 そう答えた彼に、確かに己は同じ穴の狢であったのだとそう思った。

 しかし、あれは……どういうことだったのだろうか。

 その日、一族の会合で配られる飲食物に痺れ毒を混ぜ、集落に痺れ毒を振りまいて、そうして動けなくした一族のものを殺して廻った。そんな中で、動けない体ながらにまっすぐにシスイを見上げ『これが……君が選んだ道、か』と訊ね、それに是と己が答えた時、これから自分の命を奪おうとしているシスイを相手に『…………イタチを頼む』と我が子を託していったその真意は一体なんだったのか。

 あの人が一体どういうつもりでそんな言葉を残したのか、シスイには未だにわからない。上手く理解なんて出来そうもない。

 だが、理解をしたくないと思う自分がいるのもまた事実だ。

 そうして今日も過去の記憶という名の悪夢が始まる。

 シスイが仕掛けた痺れ毒で満ちた集落で崩れ落ちた人々。それを老若男女を問わず殺して廻った自分。己を殺そうとする男を見ながら信じがたい眼をして「どうして」「信じていたのに」と問ういくつもの視線と、急所に埋め込んだ刃を握り締めたあの感触。濃厚な血のにおい。

 そうして任務に出されていたはずだったのに戻ってきてしまって己を見たイタチの、まるで全部を理解したかのような罪悪感で満ちた苦しげな姿と、「騙していたのか」と叫ぶ憎悪に駆られるサスケの瞳。

 許さないと叫んだ幼い子供の声は今も耳にこびり付いている。

(赦さなくていい)

 赦されたくもない。この罪は己だけのものだ。

 自分がエゴイストの酷い男だってことくらい自覚している。

 この罪を抱え、生きて、死んでいく……そうありたいとそれは羨望とさえ言えた。

 しかし、嗚呼、やはり今日も……眠れそうにはない。

 そうして悪夢の中で次の目覚めを待つのだ。

 悪人は悪人らしく、せめて何も感じてない鈍感な能天気野郎のようにそうやって踏みにじりながら生きていこう。目が覚めたら、いつもの己の仮面を被ろう。

 何も感じていない卑劣な男のように。

 この悪夢も全て己の為だけの子守唄なのだから。

 今日も、夜の終わりは近い。

 

 

 了

 

 

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