今回の話で漸く原作20ページに当たるまでのイベントが昇華できたような気がします。
……うん、ここまで長かったね。
次回からはちゃんとルイズさんも目立ってくる予定です。
「断る」
その東方から来たという傭兵、うちはシスイはきっぱりとした声で、ルイズの使い魔になってほしいという学園長直々の申し出を拒否した。
まさか断るとは思っていなかったのか、その言葉を聞いて春の使い魔召喚の儀式引率教師のコルベールは思わず固まる。
そしてそんなコルベールを横目に、やはりと思いつつ、表面はともかくオールド・オスマンの気配も今までのやや友好的なそれから雰囲気が少し変わった。それは慎重に真意を探るように。
けれど、そんなオスマン学園長の変化に気付いていながらもシスイは尚も平然とした顔のままだ。トリステインきっての偉大な魔法使いを前にしても、怯えも戸惑いもそこには一切見受けられない。
そんなシスイを値踏みするようにじっくりと見ながらオールド・オスマンは問うた。
「ほう……何故、と聞いてもいいかのう?」
「その子の使い魔になることにオレに一体何のメリットがある?」
淡々とした声で、しかしまっすぐにその黒鉛の瞳をこのトリステイン魔法学園の学園長に向けながら、そう口にするシスイ。
そんな青年の様子に、少しだけ面倒くさそうにも思える視線を向けながら、こちらもまた先ほどまでの飄々した様子と一転して気怠そうな声で言う。
「ヴァリエールほどの大貴族の使い魔となるんじゃ。衣食住には一生事欠かんぞ」
「生憎、庇護されないと生きていけないほど軟弱じゃないんだ」
それは本当だろうな、とオールド・オスマンも思った。
実際に戦闘を交わしたわけではない故に推測でしかないが、物腰や肉の付き方、歩き方その他を見てみてもおそらくこの男は魔法が使えなかったとしてもそれなりに強いのだろう。それに加えて魔法も使えるという話だ。食に困っているものならこのような健康的な肉の付き方はまずしない。それを思っても元から衣食住に困る生活を送ってなかったということなんだろう。
傭兵ギルドに所属しているといってたし、傭兵なんて通常ただの荒くれ者のハイエナのような連中が主流ではあるのだが、この落ち着きようといい、衣食住に困ったことがない宣言といい、この男が所属していたというギルドは相当に優秀なところだったのだろう。と、なると国相手にも取引できる程度には大きな組織出身だと思われる。それならばわざわざ大貴族の傘下に入ることにメリットを見いだせないという話もわからんでもない。
それに……おそらくあのコートの下には武器が複数仕込まれている。ここから着の身着のままで放り出されたとしても、仕事道具が揃っているのならば、やろうと思えば、用心棒や盗賊退治の賞金稼ぎなど、この男が職に困ることはないのだろう。
だが、それではこちらが困るのだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。断るってどういうこと!?」
今更ながらに慌てたのだろう、先ほどの男の発言を受けて今まで小さく固まっていたルイズが声を上げる。可哀想に、その顔色は蒼白で指先が震えている。
そんな彼女をチラリと振り返って、男は変わらず淡々とした声でそれを言った。
「今言った通りだ。別にオレは誰かの庇護下にいないと生きていけない程軟弱じゃない。それに……はっきり言っておくが、オレは別にオレの命が1番大事でもない」
「……ッ!」
その言葉に思わずルイズは言葉を飲み込んだ。
その少女の様子に、ひょっとして脅かしすぎたのかと思ったシスイは僅かに頬を緩めると……そんな表情をすると途端に何故だか幼く見える……それでもはっきりした声で、出来るだけ攻撃的には聞こえないよう穏やかな口調で、諭すようにこう口にした。
「とはいっても、別に死ぬつもりもない……というか、まだ死ぬのは拙いもんでね。オレは、元の場所に帰らなくっちゃいけないから。……少なくとも3年以内に」
そう右手を握りしめながら口にした男の姿は、何かの悲壮な決意を固めているようにも見えて、事情を知らないルイズとしてはどう反応していいのかわからなかった。
そんな2人のやりとりを見ながらオールド・オスマンも考えていた。
今この男は、「まだ死ぬのは拙い」とそう答えた。それは裏を返せば「拙く無い時」が来たら死ぬつもりだと言ったも同然の言葉だ。この青年にはなんらか目的があり、その時までは生きなければいけないとは思っていたとしても、それさえ済めば自分の生に執着がないとは、なんとも難儀な若者だ。
自分の命に未練がない……命知らずの実力者ほどタチの悪いものはない。これは厄介な手合いじゃな、とそんな風に思った。
「オレにはやらなきゃいけないこと……いや、やりたいことがある。だからオレはなんとしても3年以内にあの場所に帰らなくっちゃいけない。そして『それ』はオレにとっては自分の命よりも大切なことなんだよ。だから、使い魔が必要だというのなら余所を当たってくれ」
その言葉を聞き、余所を当たれってどうしろというのよ! とルイズは内心で怒鳴りたいような泣きたいような気持ちでいっぱいだった。
メイジが召喚する使い魔はサモン・サーヴァントで呼び出した相手だけだ。次の使い魔を呼び出したい時は前の使い魔が死ぬしかないのだ。つまりは目の前の男が死ななければルイズは次の使い魔を召喚することは出来ない。
だけど、言えなかった。
こんな真剣な顔をして、帰らないといけないと、やらなければいけないことがあるそれが、自分の命よりも大切なんだと言われたら何も言えなかった。
命より大切って何?
貴族にとっては誇りがそれに当たるのだろう。ルイズだって、貴族としての誇りは掛け替えのない宝だと思っている。だけど、この男は平民なのだ。魔法がいくら使えるといっても平民なのに、なのに何故命より大切なものがあると口にしてしまえるのだろう。
悔しいとルイズは思った。
自分には目の前の男を引き留められる理由がないと思ったらとても苦しかった。
だって、彼女にあるのは、ヴァリエールの名と家だけなのだ。
公爵家の息女なのに魔法もまともに使えない。何をやっても爆発して失敗ばかりの『ゼロのルイズ』。
そんな自分がこんな顔をして、帰らないといけないという男に対してどう引き留めればいいというのだ。
ルイズは泣きたい気持ちでいっぱいになった。
そんなルイズを助けようとした……のかは知らないが、学園長であるオスマンはふむ、と口ひげを撫でると、落ち着いた朗らかな声で確かめるように次のようなことを言った。
「のう。シスイ君。君がつまりミス・ヴァリエールの使い魔を引き受けられないのは、やらなきゃいけないことがあってそのために元の場所に3年以内に帰らないといけないからなのじゃな?」
それに、ややあってからゆっくりと一つ頷き、シスイは述べた。
「……ああ。そういうことになるけど……貴族に逆らったとして追っ手をかけるっていうんなら好きにしていい。オレはそれでも構わないぜ。その時は顔を変えて市井に混ざるだけだ」
少しだけ悪ぶるように、しかしどこか物悲しげに見える顔でそう口にする黒き青年に対し、オールド・オスマンは苦笑を浮かべながら、少しだけ慌てたように否定の言葉を紡いだ。
「そうではない。追っ手を向ける気などありゃせんよ。ただのう、なんでもないように君は帰るというたが、そう簡単に帰れるのかのぅ?」
「……」
その言葉にシスイは沈黙した。やはり、帰るアテがあったわけではないらしい。
「そもそも、サモン・サーヴァントはハルケギニアのどこかにいる生物を使い魔として召喚する魔法じゃ。通常使い魔は死ぬまで主と一緒じゃから送還の魔法などない。そして君は東方出身というが、東方にいく為には砂漠とエルフ共が待ち構えている。君がどれほど強いかは知らぬが果たして1人で帰れるのかのう?」
「それは……」
それに答える言葉を彼は持っていなかった。
何故なら、彼は東方出身とコルベールの話に合わせて口にしたが、実際は東方ではなく異世界から召喚されたわけであり、自分が帰るべき場所はこの世界から見れば異世界そのものなのだ。そのことを彼自身知っているしよく分かっている。
それでも、どうにかして帰らないといけないから、その方法を見つけることが、たとえ砂漠の中から1枚の金貨を見つけるのと同じくらい低い確率だろうと、それでも探すつもりはある。この世界に骨を埋めるつもりは欠片もない。だが、探すといっても帰るためのアテがあるわけではないのだ。
この世界のまま……元の世界、NARUTO世界とも呼ぶべきあの場所に帰れず一生を終える可能性だってあるし、そのほうが確率としては高いくらいなのだ。
「……」
彼は言葉を無くした。ぎゅうと、拳を握りしめ、悲痛に眉根を寄せながら、痛みに耐えるように唇を噛み締める。
それでも、彼は言った。
「それでも、オレは帰らなくちゃいけないんだ」
「何故そこまで?」
その時、出来るだけ言葉を挟まないように学園長と目の前の青年のやりとりを見守っていたコルベールがつい、と言った調子で口にした。
ひょっとして答えてもらえないんじゃないかと自分で聞いておきながら思ったコルベールであったが、意外にもというべきか、シスイは今度はコルベールに視線を合わせながら言った。
「オレが帰らなかったら疑われる奴がいる。それに……」
殺したい奴がいるんだ、という続きの言葉は飲み込んだ。そこまでは話せないし、話す義理もない。
どちらにせよ、話はこれで打ち切りだ。
そう言わんばかりの黒き青年を前に、学園長は白く長いヒゲを撫でながら、学園長は場を和ませようと思ったのだろうか、呑気に聞こえる口調で困ったように次のようなことを言った。
「しかしのー、君がミス・ヴァリエールの使い魔になってくれないと困るんじゃよ。のぅ、シスイ君。要は君は3年以内に戻れさえしたらいいんじゃろ。それに帰り方がわかっておるわけじゃない。ならば、3年だけでいいんじゃ、それまででいいからミス・ヴァリエールの使い魔を引き受けてはくれんかの。代わりと言っちゃなんだが、君が帰る方法は私共も探すのを手伝うと約束するぞい」
それは使い魔として破格の待遇とすら言えた。
けれど、だからこそ警戒心を内で広げながら、黒の青年は問う。
「何故、そこまで?」
魔法……正確には忍術を使えるとはいっても、この世界の規定に照らし合わせるのならばシスイはせいぜい中流家庭出身の平民がいいところだ。対して学園長どころか生徒も教師もこの学園に勤めているのは貴族である。そしてこの国は貴族と平民の身分差というものは異邦人であるシスイにはやや理解し難いほどにはでかい。帰る方法を探すのを手伝おうなどと、わざわざ一平民の為にそこまでするのは不審とさえ言えた。
そんな風に内心警戒をしているシスイに対し苦笑しながらオールド・オスマンは言う。
「だってのぅ……君が使い魔にならんかったらミス・ヴァリエールは留年じゃしな」
それは初耳だった。
いや、もしかしたら小説「ゼロの使い魔」にも書かれていたのかもしれないが、くどいようだが彼がそれを読んだのは15年以上前の前世でのことである。そんな細かい設定全く欠片も覚えていなかった。
シスイは思わずピンクブロンドの髪をした少女のほうを反射的に振り返る。
少女、ルイズは不安そうな白い顔をして自分を見ていた。
まるで見捨てないでと言ってるかのようなそれに、罪悪感がシスイの中で広がる。
それに落ち着けと、シスイは自分に言い聞かせた。
自分にとって最優先順位はとうの昔に決まっている。それを覆すことだけはしたくはない。
しかし……。
「オレがその子の使い魔にならなかったら、その子は留年するのか……」
「年寄りとしては、若者の未来を閉ざすような真似は避けたいもんじゃ。わかってはくれんかの?」
留年、それがどれほどのものなのかはシスイにだってよくわかる。
前世では3流高校に入り、(両親の死を切っ掛けに中退したとはいえ)4流大学にも進学したが、元々彼はあまり学業成績はよくなかったので、真面目にテスト勉強をしても何度も赤点を取りそうになったし、酷い時は自分が留年してしまう夢に悩まされたこともあった。
それに現世でも、
留年することは辛いことだ。出来れば留年などしないに越したことはない。
再び彼はルイズの顔を見た。
不安そうに揺れる鳶色の瞳に華奢で小柄な体に幼い面差しは、彼女を実年齢より3つも4つも幼く見せた。自分が使い魔にならなかったら、この子は他のみんなが進学する中1人同じ学年をやり直すことになるのだ。そう思うと、こんな子供を見捨てるのかという罪悪感がどんどん強まっていく。
なんともいえず居心地が悪い。
「他の使い魔を召喚することは……」
「残念ながらサモン・サーヴァントは呼び出した使い魔が死なんと次の使い魔を呼び出せないのじゃよ」
「知らなかったのですか?」
学園長の言葉に次いで不思議そうな声音でコルベールにそう言われる。
それに対し、少しトチッちまったかなと思いつつも、冷静を心がけながら、シスイは言った。
「生憎、オレは学校で魔法を習ったわけじゃないからな」
アカデミーで忍術を学んだ身としてはこれは嘘だったが、習ったのは忍術だ。という意味においては学校で魔法を習っていないのは本当とも言えた。そんな類のことをシレッという青年に対し、オールド・オスマンは再び好々爺のような人好きのする笑顔と声音で諭すように言った。
「のぅシスイ君。君が元の場所に帰るまででいいんじゃ。ミス・ヴァリエールの使い魔になる件引き受けてくれんかの」
それにややあって、ため息を一つ吐いてから彼は……。
「わかった」
そう答えた。
「ただし、条件がある」
そう言って彼は使い魔を引き受けるにあたり、5つの条件を出した。
その条件とは、一つ、3年以内に帰る方法を探すこと。
二つ、使い魔として必要なものはそちらで用意すること。
三つ、あまりに理不尽な命令は許容しかねる。
四つ、この学園に留まる以上、1日数時間でいいので厨房で働かせてくれ。働きに応じて小遣い程度でいいので給金もくれ。食事は賄い食をくれたらそれでいい。
五つ、帰る方法が見つかるまでは使い魔としてルイズのことを最優先に守るが、命を賭けることは出来ない。
といったものだった。
最初は条件があるとかいうのでどんな無茶を言われるかと身構えた学園長だったが、聞いてみれば拍子抜けするほどに大したことのない条件ばかりだ。
最後の条件にしろ、元々3年以内に帰らなければいけないと、やることがあるといっている男なのだ、そりゃ帰らないといけないのに命をかけることは出来ないだろう。
それに物腰といい、気配や足音の断ち方といい、それなりに強いと思われる。その相手が命はかけないとはいえ守るとはっきり宣言したのだから、その結果には期待してもいいだろうと、そんな風に学園長は判断した。
それに、第一の条件に至ってはこちらからも申し出たことと同じだし、第二の条件は寧ろ使い魔ならば当然叶えられるべきものだ。暗黙の了解という奴で条件とすら呼べない。
「良いじゃろう。それくらいでいいならお安い御用じゃ。ミス・ヴァリエール、君もそれでよいな?」
「は、はい!」
突如というべきか、話の中心人物でありながら、生徒であるという遠慮からか殆ど喋らず大人しくしていたルイズは自分に振られた話題に慌ててそう答えた。
そんな少女を「うむ」と満足そうに見やると、続いてオスマン学園長は付けられた条件の中にあった一つである、どうにも疑問が尽きないそれについて尋ねた。
「しかしのう、どうにもわからんのじゃが……何故厨房で働きたいんじゃ? 期間限定とはいえ君はミス・ヴァリエールの使い魔となるんじゃ、君の食事代は経費から出るんじゃぞ? というか君、料理が出来んの?」
そんな質問に対し、シスイは少しだけ困ったような顔をして言った。
「流石に全部を全部年下の女の子の厄介になるのはな……」
その言葉を聞いて、ああ男としてのプライドか。若いのうなんて学園長は思った。
「それに、使い魔として必要なものはともかくとして、下着や普段着の替えくらい自分の金で買いたいし、料理にしろなんにしろしなかったら腕というのは衰えていくものだからな……劣化防止のためにも触れていたいんだよ。料理……というか家事全般については一通りは出来る。1人暮らしが長かったからな。それと一応厨房でバイト……働いたこともあるから皿洗いや野菜の皮むきとか下っ端に与えられる仕事ならまず大丈夫だ」
と、そんなことを淡々と言った。因みに厨房で働いたことがあるのは本当だ。これも前世の記憶になるが高校1年の夏休みやGWなど、ギターを買うために従兄が働いている飲食店でバイトして皿洗いやレジ打ちなどをしていた。現世では職業忍者だったためバイトなどをすることはなかったが、それでも潜入捜査の際にちょろちょろと店員に化けて店に入り込んだりしたものだ。
だからこそそう答えたのだが、まさか平民とはいえ、魔法を使えるような人間が厨房で働いたことがあるとは思ってなかったのだろう、少しポカンとした顔で彼ら3人はマジマジとシスイの姿を見た。
その視線に彼は思わず気恥ずかしくなって顔を赤らめた。そんな照れたような男の態度に益々奇異なものを見るような視線が集まった。
……初対面であり、シスイを傭兵を名乗る暗殺者と判断しているコルベールや学園長にとっては意外なことこの上ないが、彼は基本的に恥ずかしがり屋でやや赤面症だった。
まあ、こうしてても埒があかない。そう思ったオールド・オスマンは咳払いを一つして、気持ちを入れ替え、話を再開させることにした。
「ゴホン、まあともかく、シスイ君もミス・ヴァリエールの使い魔になる件を承諾してくれたんじゃ。さあ、ミス、コントラスト・サーヴァントを交わすんじゃ」
促され、ルイズは目の前に立つ男と学園長に交互に視線を合わせる。
「えっと……ここでですか」
「そうじゃ、何か問題があるのか?」
問題はあるといったらあるし、ないといえばない。それでもコントラスト・サーヴァントの方法をわかっているルイズからしたら色々複雑な気分だ。目の前の男をじっくりと見上げる。
こうしてきちんと顔を見たら、シスイは中々良い男といえるのかもしれなかった。
キリリとつり上がった一本睫とやや大柄な鼻に厚めの唇とクセっ毛が特徴的で、背もそれなりに高く体格はコート越しに見てもしっかりしている。釣り目といっていいが、下がり気味の眉と穏やかな……どこか少し困ったような表情を浮かべているせいだろうか、きつい印象はなく、美形とかではないが、そこそこ整った顔立ちと言えた。
これまで律儀に質問されたことには答えているところといい、多分、悪い相手、というわけでもないのだろう。
それでもこれからしなければいけない行為を思えば気が重い。まあ、それでも使い魔を引き受けてもらえなかった場合を思えば、するほうがずっといいわけではあるが。
一方のシスイといえば、コントラスト・サーヴァントを結ぶこと……即ち、ルイズの使い魔になることを承諾したはいいが、肝心の方法についてはわかっていなかった。多分その辺も読んだとは思うのだが、正直覚えていない。そのため、気むずかしい顔をして自分を見上げる少女に対してどう反応するべきか困っていた。
そんなシスイの葛藤を知っているわけではないのだろうが、ルイズは言った。
「ねぇ、あんたちょっと屈んで」
ルイズの身長は153サントだ。それに対し、シスイの身長は177サントある。このままでは届かない。
何故屈む必要があるのかは青年にはわからなかったが、それでもこれから自分は暫くこの子の使い魔とやらをやるのだ。「わかった」そう口にして腰を落とし、ルイズと視線の高さを合わせた。
その仕草が妙になれていることが少しだけ気にかかったが、ルイズはそれでもなんでもないよう自分に言い聞かせて、そして杖を一振りしてそれからコントラスト・サーヴァントのための呪文を唱えた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンドラゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
ルイズの小さな杖がシスイの額に置かれ……そして、そこになってルイズが何をしようとしているのか今更ながらにシスイは気付いた。
「ェ……?」
ルイズの形の良い小さな唇が近づいていた。
(思い出した)
そういえば、そうだった。契約の方法とはキスだった。何故そのことを忘れていたんだ、と内心自分を罵倒しつつも、しかし条件付きとはいえ使い魔になることを1度了承した以上、逃げるわけにもいかない。シスイはとりあえず覚悟を決めて目を瞑った。
やがて小さなルイズの唇がややかさついているシスイの唇の上に重ねられ、それから少しの間を置いて離れて言った。
(……いくら仕方なかったとはいえ、こんな小さな子とキスしてしまった……やべえ……へこむ。死んだ母さんや父さんに顔向け出来ない。オレ軽く最低じゃないか……)
いや、契約する以上どうしようもなかったとはいえ、なんというかちょっとショックだった。因みに彼はロリコンでもなければこれがファーストキスというわけでもないが、だからこそ罪悪感が酷かった。
自分が性犯罪者に成り下がったような気がしてどうしようもないし、それに彼は元々潔癖の気があり、恋人以外の女性とキスしたりそれ以上のことをするのは抵抗がある人間だったので、余計に初対面の少女とキスをしてしまったと悩んでいるわけだが。
しかし、その時彼の体に熱が走り、その思考は中断された。
「……ッ」
酷く熱く、体の中の何かを書き換えられているのだと思った。これがルーンを刻むということか。うっすらと彼の額に汗が滲む。
忍びとして鍛錬を積んでいる為この程度ですんでいるが、これは素人が受けたらたまらないだろう。少しだけ彼は本来ルイズに呼び出されただろう少年(名前は忘れた)に同情した。
やがて数秒とたたず、体の熱が収まり、左手の甲に見慣れぬ暗号のような文字が浮かび出てきた。
「珍しいルーンですね。ちょっとスケッチしてもいいですか?」
コルベールはマジマジとシスイの手の甲を見ながらそう尋ねる。それに青年は「え……ああ、構わない」とそう答えた。
詳細は忘れたが、これが伝説のなんとかの証だったような気はするが、シスイ自身はよく覚えていなかったため、1度きちんと専門家が調べた方がいいのだろうと思ったための答えだった。それに帰り方を見つけるのを協力すると申し出ている相手に、これしきも許さずにおくというのは不誠実だとも思った。
サラサラとコルベールはルーンを書き写す。それが終わったことを見取ったからだろう。オスマン学園長は、実に清々しそうな朗らかな声で締めの言葉を口にした。
「さて、これでシスイ君は正式にミス・ヴァリエールの使い魔となり、ミスは2年に無事進学となったわけじゃ! いやぁ、実にめでたい! これからの諸君らの活躍に期待しておるぞ!」
学園長室を後にすれば、すっかり日は暮れ始めていたようだった。今は廊下でルイズとシスイの二人っきりだ。
「ねぇ」
桃色の髪の少女は黒き青年に話しかける。思えばこうしてちゃんと話しかけるのは召喚してすぐの時以来だ。
「あんたは、本当にわたしの使い魔になったのよね?」
それは確認するような言葉。契約を交わしたとはいえ、それでも彼が使い魔を「断る」と言ってからまだ1時間も経っていないのだ、不安なのだろう。その証拠のようにぱっちりとした鳶色の瞳がやや戸惑うように揺れている。そんな少女を見て、シスイはすっと姿勢を落とし、目線を彼女に合わせながら、右手を差し出して、安心させるようにだろう、仄かに笑みを浮かべながら言った。
「今日から君の使い魔となったうちはシスイだ。これからよろしく頼む」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、今日から貴方の御主人様よ。……特別に手を許して上げるわ。よろしく」
そうして本日誕生した、この仮初めのような主従は握手を交わした。
続く