lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

1 / 16
1st episode

 少し湿り気を帯び始めた初夏の風が足元を通り抜ける。

 半袖にするにはまだ肌寒い五月の始め、世間はゴールデンウィークで賑わっている中、誰もいないカフェテリアで、一人の少女が穏やかな笑みを浮かべて座っていた。

 オープンテラスから狩野川(かのがわ)が望めるその喫茶店で、赤い髪を二つに結った少女は、しばらく前から二人の友人を待っている。沼津で集まる時は、この喫茶店で集合時間の少し前から待つことが定番になってしまった。

 

 集合時間までまだ少しある。少女はその笑みをたたえたまま、ちょうどあの日も二人を待ってたんだっけ、と頬杖をついて半年ほど前のことに思いを馳せていた。

 

 

―――――――――――――

 

 

「善子ちゃんはともかく、花丸ちゃんまでドタキャンだなんて……」

 

 すっかり寒くなってしまった日曜の沼津を、黒澤(くろさわ)ルビィは一人、途方に暮れたように歩いていた。乾いた木枯らしが過ぎ去っていく。

 

 朝の天気予報で一段と冷え込むと聞き、白いセーターの上にはベージュのダッフルコートを羽織った。首にはタータンチェックのマフラー。褐色のスカートの中は黒タイツ。やっぱりデニール値が高いと幾分か温かい。沼津へお出かけだったということもあり、頭のツーサイドアップは黒いリボンで結っていた。自分なりに少しはオシャレしてきたのだが、ふいになってしまって残念でならない。

 

 廃校は決まってしまったものの、ラブライブで優勝して浦の星女学院の名を後世に残すという新たな目標を掲げたAqours(アクア)。今日はそのグループメンバーの、同じ一年生である国木田(くにきだ)花丸(はなまる)津島(つしま)善子(よしこ)の三人で沼津へウィンドウショッピングに行く約束をしていたのだが……二人からはそれぞれ

「ルビィちゃんごめん! お寺の用事で今日は出られそうにない……」

大悪魔(サタン)からの命令が脳裏をよぎり、すんでのところで消滅を回避。故に沼津への転移は不可能……(ルビィ的翻訳:お母さんからの言いつけを忘れていて、怒られる前に思い出したから、今日は沼津へは行けません)」

との連絡が、つい先程入ったところだった。

 

「どうしよう……お買い物、してもいいんだけど、ルビィ一人で行っても悩むだけで何も買えなさそうだし……」

 

 自身のイメージカラーでもあるピンク色のカバーを付けたスマートフォンを見つめながら、何を探すというわけでもなくただ歩く。駅前を過ぎ、商店街に入るがそれも過ぎ、きっと家の中でてんやわんやしているであろう善子の家も通り過ぎ、次第に周りに映る景色から販売店は減っていた。

 

「あ、こんなとこまで来ちゃった。何か買うにしても、帰るにしても、駅の方まで戻らなきゃ」

 

 港の方まで歩いてきてしまってから、もう三十分も歩いていることに気がついた。この辺から内浦(うちうら)まで帰るには、少なくとも善子の家のあたりまでは戻らなければバスはない。ルビィは慌てて回れ右をする。

 

「って」

 

 直前までスマートフォンを覗いていたからか、はたまたよく周囲も確認せず方向転換をしたからか、すぐ後ろを歩いていた五人グループの学生の一人とぶつかってしまった。短髪、長髪、長身、小柄、それぞれ違った特徴を持つ五人ではあったが、全員がブレザーの制服を着崩しており、そしてこぞってガラの悪そうな学生だった。

 

「あ、ご、ごめんなさ」

「ってーな。ちゃんと周り見て歩けよガキ」

「あーあー、怒らせちゃった。お嬢ちゃん、謝っといたほうが良いよ~」

 

 ルビィが謝ろうとするも、間髪入れずに怒気(どき)を放つのはぶつかってしまった学生。それを残りの学生が面白おかしく(はや)し立てた。

 

「あの、その……ご、ごめ」

「ん~聞こえないなぁ~? もっとおっきな声ではっきり言わなきゃ」

 

 男たちはルビィをからかって面白がっているのか、もはや聞く耳を持たない、そんな素振りだ。ルビィは思う。花丸ちゃんと善子ちゃんにはドタキャンされて、三十分も無駄に歩いて、怖い男の人に絡まれて、あぁ、なんてついてない日なんだ、と。

 

「あれ、この子結構可愛くない? ちょっと子供っぽいけど俺的にはありかな」

「はは、お前ロリコンかよ!」

「あ、えっと、ぅ……」

 

 男子学生たちの勢いはとどまるところを知らない。どんどんヒートアップしていった。男性恐怖症のルビィにとって、見知らぬ男に――しかも五人も――囲まれるのは苦痛で仕方なかった。早く解放してくれ、涙を目にためながらじっとこらえているその時だった。一人の学生が、ルビィの顔を覗き込んでつぶやく。

 

「おい、この子、今流行りのスクールアイドルの子じゃね? 何つったっけ、あくあ?」

「えまじで?」

 

 幸か不幸か、Aqoursの名はこんなところにまで知れていたようで、この一言を皮切りに、男達は代わる代わるルビィの顔を覗き込む。ついにはスマートフォンでAqoursについて調べ始め、女子校出身だと知るやいなや、お祭りでもあったかのようにはしゃぎ始めた。

 

「こいつ女子校じゃん! 仲良くなって可愛い女の子紹介してもらおうぜ!」

「いいねいいね、どこ行く? とりあえずカラオケ?」

「い、いや……やめてください……離して…!」

 

 男たちは矢継ぎ早に誘いの言葉をかけ、嫌がるルビィを無理やり自分たちの輪の中心に入れようとする。ルビィは必死に抵抗するのだが、男達がそれを意に介す様子はない。いくら部活でトレーニングしているとは言え、ルビィは女の子なのだ。腕力で勝つのはやはり難しい。それでも、せめて口だけでもと拒絶の意思を見せていた。

 

「せっかく誘ってるのにノリ悪ーな。来いっつってんだよ」

「きゃっ!?」

 

 しかし、男達はそれを良しとは、当然思わない。苛つき始めたのかルビィの扱いも段々と粗暴(そぼう)になってきた。ルビィは、はじめにぶつかった男に手首をきつく握られ、ぐいと引き寄せられる。急に引っ張られたせいかバランスを崩し、ルビィの体は前のめりに。勢い良く引っ張りすぎたのか、それともルビィの動きが予想外だったのか、唯一支えていた男の手はルビィから離れてしまった。支えを失ったルビィは一瞬宙に浮き、たたらを踏んで転倒してしまう。が、硬い舗装の上に倒れ込むことはなかった。

 

「おい、こんな小さな子いじめて何が楽しいんだよ」

 

 通りかかった学生だろうか。ルビィを囲んでいた男達と制服を同じにして、長身で茶色い長髪の男が、ルビィの体を受け止めていた。

 

「ちっクソ佐蔵(さくら)かよ」

「あーなんかもうどうでもよくなってきた。帰るか」

 

 ルビィを囲んでいた男たちは、佐蔵(さくら)と呼ばれた青年を見るや、口々に不満を漏らし、と同時にルビィへの興味も失ったようで、一人、また一人とその場から立ち去っていった。

 

「おいチビ、なんでこんなとこ彷徨(うろつ)いてんだよ」

 

 ガラの悪い五人組が立ち去ったことを確認すると、佐蔵(さくら)はルビィを地面に立たせ、憐れむような目で見つめ、口を開く。

 

「あ、あ……」

 

 対するルビィは、恐ろしさのあまり何も言えないでいた。口からは言葉にならない音が漏れ出るばかり。青年は呆れた様子でこう続けた。

 

「あー、もういい。これに懲りたらこんなとこ来るんじゃねーぞ。わかったらさっさと帰れよ」

 

 青年は、そう言い終えるとルビィの肩を、ぽん、と一度叩き、あの五人組が向かったのと同じ方向へ歩いていった。

 

 怖かった。ルビィの頭の中はそれしかなかった。恐怖から解放された安心感からか、歩道の真ん中でしばらく座り込む。幸いにも、ルビィがへたり込んでいる間にこの道を通る人は誰もいなかった。

 

 どれくらい時間が経っただろうか――ルビィには永遠にも感じられていたが――、放心状態だった心に、ようやく周囲の様子を気にする余裕が生まれ始めた。慌てて立ち上がり、服についた砂や塵を払いながらあたりの様子を伺う。

 

 ルビィは、よかった、誰もいない……こんなとこ見られたら恥ずかしくって死んじゃうよ……とひとりごちた。口に出してしまう辺り、まだ本調子ではないようだ。もっとも、本調子でも口に出してしまいそうではあるが。

 

 ふと、足元に何か小さな本のようなものが落ちていることに気がつく。本は葉書(はがき)よりも少し小さく、ポイントカードよりは少し大きい。そしてグレーのブックカバーのようなものにくるまれていた。私、こんなの持ってたっけ、と、少しかがんで拾い上げ、くるりと回して表紙に目をやる。そこにはカウンターレリーフで、簡素な校章とともに狩野川(かのがわ)高等学校と刻まれていた。

 

 

 

 

「これ……どうしよう……」

 

 無事に家までたどり着いたルビィは、すぐさま自分の部屋まで戻った。顔色までは元に戻らなかったのか、帰ってそうそうに姉である黒澤(くろさわ)ダイヤから「何かあったの?」と聞かれたが、「なんにもないよ」と答えておいた。あまりに生返事だったのか、ダイヤからは不思議そうな目で見られたが、彼女もそれ以上は追求してこなかった。

 

 ベッドにうつ伏せになったルビィは、生徒手帳だった小さな本を手の中でくるくると弄ぶ。中身は一応、(当然?)確認した。

 

 手帳の持ち主は佐蔵晃太(さくらこうた)、高校三年生のようだ。生徒手帳らしく顔写真までしっかりついており、先程助けてくれた青年のものだと思われる。きっと何かの拍子に胸ポケットから落としてしまったんだろう。きっと私を受け止めてくれたときに違いない、とルビィは思う。

 

 

 もちろん、渡しに行くべき。ルビィもそれくらいの常識はわきまえているつもりだ。が、どうしても、あの恐ろしい体験を思い出してしまう。五人の男に囲まれる。無理やり連れて行かれそうになる。きつく握られた左手首が、まだ痺れているような気がした。

 

 調べてみた所、狩野川(かのがわ)高等学校はルビィが絡まれた場所からそう遠くない所にあるらしい。あそこから徒歩にして三分程度の場所に立地している。その割にあまり学生が周辺を歩いていなかったのは、学校の目の前にバス停があるということと、沼津駅が反対方向だったことが理由だろうか。

 

 あの辺りまで行くのはそこまで苦ではないのだが、ルビィが気にしているのは、その狩野川(かのがわ)高等学校が男子校だったということだ。ただでさえあのような怖い生徒がいる学校だと言うのに、生徒全員が男子。考えただけで体がこわばるのがわかる。

 

「でも、返さなきゃ。きっと困ってるだろうし」

 

 ぱたぱたと動かしていた足を止め、もう一度手帳を開く。年度の初めに撮ったであろう青年のバストアップの写真が視界に飛び込んできた。

 一重まぶたの鋭い目つき。長身であることが実物の威圧感を更に増長させていた。写真撮影のために気合を入れていたのか、髪は先程会ったときよりもきれいに染め上げていて、セットもどこかよそ行きの様相をしている。制服については、着崩してはいるものの、あの五人組よりはいくらか整えた様子だった。

 

佐蔵(さくら)晃太(こうた)さん」

 

 写真の横に、お世辞にも綺麗とは言い難い字で書かれた名前を指でなぞる。珍しい名字だった。

 

 高校三年生かぁ。先輩だったんだ。お姉ちゃんと同い年だ。なんてことを考えながら彼のことを思い出そうとした。

 

 と、ここでルビィは助けてくれた恩人なのに記憶が曖昧なことを思い出す。写真を見ても、多分、こんな感じの人だった、と思う……程度にしか覚えていなかった。あの時はパニックになってはいたが、まさかここまで覚えていないとは。そういえば、ろくにお礼も言っていないような気がする。いや、しっかり顔も覚えてないほどだ、言っているわけがない。

 

「ルビィ、起きてます? お夕飯の支度ができたみたいですわ。参りますわよ」

 

 まだ結論も出ないうちに夕飯の時間になってしまったようで、部屋の外からダイヤの呼び声が聞こえる。

 

「今行くよ、お姉ちゃん」

 

 ルビィは手帳をサイドテーブルの上に置き、部屋の外で待つダイヤの元へと向かうのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。