lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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10th episode

 初デート――とルビィは言い張る――から二人の仲はぐっと近づいたようだった。これまで手探りだった晃太との距離感がなんとなくつかめたような気がして、ドラッグスターに乗せてほしいとお願いすることもすんなりできるようになった。また、晃太からも、ルビィに何気ない日常の(いち)ページを連絡することが多くなった。その度に、ルビィは心を躍らせるのだが、平静を装って返信をする。そんな日々が続いていた。

 

 そんなある日のこと。部活が終わり、着替えを済ませてさあ帰ろうと言った頃合いだ。なんだか校内が騒がしい。

 

「なんか、今日帰らずに残ってる生徒多いね」

「帰らずにって言うよりは、昇降口で何か待ってるみたいな雰囲気だけど……」

「どうしたんだろう、あ、おーい、むっちゃーん」

 

 不思議そうな顔で話していた二年生だったが、千歌が下駄箱付近で心配そうな顔をしているむつの姿を見つけて駆け寄った。

 

「あ、千歌! 練習は終わったの?」

「うん! これから帰るとこなんだけど……みんななんで残ってるの?」

 

 千歌が駆け寄ると、むつの顔がぱっと明るくなる。やはり千歌はムードメーカー的存在なのだろう。自己紹介の『太陽みたいに輝く笑顔』は伊達じゃない。

 

「それなんだけど……校門前に怖い男の人がいるって話でさ」

「え、それって不審者…?」

 

 こんな坂の上の学校までご苦労なことで……と千歌はどこか他人事だ。

 

「わかんない……でも、先に帰った子たちからは誰かを待ち伏せしてるみたいで、すっごい睨まれたって」

「睨まれた……怖いね……」

「でしょ? だから、もう少し待って、その人がいなくなってから帰ろうかって話をしてたんだ」

「そっか……怪我したら危ないし、その方が無難かもね。私達もそうする?」

 

 千歌がAqoursのメンバーに尋ねる。ルビィの脳裏に狩野川高等学校の生徒に絡まれた時のことがよぎった。あんな怖い思いをするくらいなら、少し帰りを遅くした方がマシだ。メンバーも半数は同意したようだ。

 

「ですが、いなくならなかったらどうするんです?」

 

 と言うのはダイヤ。

 

「そうね、理事長として見過ごすわけにはいかないわ」

「私ちょっと見てこようか? 今そいつがいなくなってるかどうか確認してないんでしょ?」

 

 鞠莉と果南もそれに同調した。三年生というのはこういうとき、やっぱり頼りになる。

 

「果南ちゃんが良いならいいけど……危なくないかな…?」

「だったら私も行くよ! 二対一なら向こうもそう簡単には手出しできないんじゃないかな?」

 

 心配そうに果南を見つめる千歌に、曜が申し出た。確かにこの二人なら、と千歌は思う。勝負して勝てるとは思わないが、逃げることくらいなら容易だろう。気をつけてね、と二人を見送る。

 程なくして、様子を見に行った果南と曜が帰ってきた。

 

「あ、どうだった?」

「まだいたねー」

「でもあれ、多分どっかの学生だよ。着てる服、制服っぽかったし」

 

 と話すのは曜だ。判断基準が制服、と言うのは実に曜らしい。

 

「私達も少し遠くから眺めただけだったから気のせいかもしれないけど、こっちをちらっと見てきたような気がしたんだよ。でも特に何をするってわけじゃなかったし、ホントに誰か待ってるだけかもね」

 

 案外普通に帰っても大丈夫かもよ? と果南はケラケラ笑いながらその場にいた生徒に向かって言った。安心させたいという気持ち半分、もう半分は、きっと彼女の勘なのだろう。そしてその勘は実際の所よく当たる。

 

「そうなんですの? でしたら恐るるに足りませんわね。私、注意してきますわ」

 

 それを聞いたダイヤは鼻息荒く校舎を出ていってしまった。生徒会長就任して以来の大事件――廃校の方がよっぽど大事件ではあるが――に、少し興奮してしまっているのかもしれない。生徒会長である自分がどうにかしなくては、と息巻いているようにも見えた。

 

「あ、ダイヤ! ……行っちゃった。大丈夫かな。背がでかくて威圧感はすごかったけど」

「にしてもおっきいバイクだったね。あんなのに乗って海岸走ったら気持ちいいんだろうなー」

 

 果南と曜がつぶやく。それを聞いたルビィは嫌な予感がした。背の高いバイク乗りの男子学生。睨まれたと錯覚するような鋭い目つき。思い当たる人が、一人、いる。ルビィは不安げな顔つきで花丸と善子を見る。二人共何かに気づいたような顔をしていた。そして確信する。校門の前にいるのは晃太に違いない。

 

「ル、ルビィも行ってきます!」

 

 言うが早いか、ルビィは校舎を飛び出していた。ダイヤはもう校門の前までたどり着いている。良くないことが起きそうな気しかしなかった。

 

「お姉ちゃ」

「貴方みたいな不良が、この学校に何の用ですか」

「随分なご挨拶だな。人待ってんだよ。悪いか」

 

 お、遅かった……ルビィが思った通り、校門前でバイクにもたれかかっていたのは晃太だった。ダイヤは腕組みをして、威圧的な晃太に負けずとも劣らない迫力で凄んでいる。一触即発の空気に足がすくんでしまう。

 

「あ、あの、お姉ちゃ」

「ようルビィ、遅かったな。近く通ったからさ、寄ってみた」

 

 晃太はダイヤの少し後方にルビィの姿を見つけて、ダイヤを無視するように大きく手を振った。それを見たダイヤは面食らったような顔でルビィの方に振り返る。

 

「ルビィ、あなたのお知り合いですの? 付き合いは選ぶべきですわよ」

 

 そ、そんな棘のある言い方しなくても……とルビィは思う。そんな言い方されたら誰だって腹を立てるだろう。それにダイヤは晃太のことに少しも気づいていない様子だった。少しは話をしてるはずなのだが。

 

「いちいち(かん)に障る女だな」

「そちらこそ、校門の前で待ち伏せしておいてどういうおつもりですか。ここは女子校なんですのよ。生徒たちが怖がっています」

「……そうか、そりゃ悪かったな」

「ええ、そうですとも。ご理解いただけたのならさっさとお帰りになられてはいかがですか?」

 

 ダイヤが威勢よく捲し立てるのを聞き、晃太は一瞬何か返そうと口を開いたが、そこから言葉は何も出ず、代わりに大きく息をついて視線をルビィに移した。

 

「ルビィ、わりーけど帰るわ」

 

 そう告げると、晃太はヘルメットを被ってバイクにまたがる。

 

「え、こ、晃太さん…!」

 

 慌てて駆け寄るルビィの呼びかけも虚しく、ドラッグスターは走り去ってしまう。後ろでダイヤが勝ち誇ったように、ふん、と鼻を鳴らしたのが聞こえた。そして、呆然とするルビィの背中に優しく声をかける。

 

「ルビィ、あんな格好をした輩に碌な人はいません。どういった経緯で知り合ったかは知りませんが、もう二度と……」

 

 熱くなるのが、自分でもわかった。頭に血がのぼると言うのはきっとこのことを言うんだと思う。例え敬愛する姉であろうと、今の言葉は許すことができなかった。碌な人はいない? 晃太さんのことを()()知らないのはお姉ちゃんの方じゃないか。こんなに怒ったのは産まれてはじめてかもしれない。遠くの方で冷静な自分がそう分析していたが、それで止まるほどルビィの怒りは小さいものではなかったらしい。

 ルビィは、ダイヤが言い終わるよりも前に、振り返ってダイヤを見据える。キッと睨みつけるその翠眸(すいぼう)を、ダイヤはいまだかつて見たことがなかった。

 

「お姉ちゃんの、ばか!!」

 

 そう言うやいなや、ルビィは校門をまたぎ走り出す。

 

「ちょ、ル、ルビィ!? 待ちなさい! 一体どういう……」

 

 何が起きたのかわからない、と言った様子のダイヤは、ルビィに向かって手を伸ばし二、三歩前に出たが、走り去っていく妹を呆然と眺め、立ちすくむことしかできなかった。

 

 

 

 

 ルビィは坂を駆け下りながら電話をかける。もちろん相手は晃太だ。

 

『晃太さん、すごく悲しい顔をしていた。お姉ちゃんのせいだ。謝らなきゃ』

 

 バイクを運転している最中なのは百も承知だったが、一縷(いちる)の望みを賭けて電話せずにはいられなかった。が、電話はつながらない。

 

「はあ……はあ……バス…!」

 

 坂の下にバイクが停まっていたりしていないものかと淡い期待を抱いてみたものの、当然そんなはずもなく、ルビィはいつも使うバス停までたどり着く。幸運なことに、沼津行きのバスはもうすぐ来るようだった。

 

 間もなく到着したバスに乗り、ルビィはすぐに晃太へメッセージを送る。どこにいますか、私は今沼津に向かっています。お会い出来ませんか。メッセージに気づいたら電話下さい。月並みだ。しばらく画面を眺めていたが、やはりと言うべきか、既読の通知は届かなかった。

 

 席に座り、バスの時刻表を確認する。沼津に着くのは四十五分後だった。晃太のあの様子からして、ルビィが沼津に着いたときにはもう家についているだろうか。帰宅して、すぐ連絡に気づいてくれればいいが、そうでなければ……あまり考えたくなかった。

 心配する以外にすることがなくなってしまったルビィは、つい五分前の出来事を思い返す。

 

『なんでお姉ちゃんはあんなこと。花丸ちゃんも善子ちゃんも気づいていたのに、どうしてわかってくれなかったんだろう』

 

 どうして……と逡巡していたが、やがてそれは違うということに気がつく。花丸と善子は一度会ったことがあるが、ダイヤは話を聞いただけ。それに、学校に不審者が来ていて、それを追い払おうという状況だ。そんなことを考えている余地はなかっただろう。となると、原因は誰にあるのか。そこまで考えたルビィの中でそれは明白だった。自分だ。何故あの場でダイヤを止めることができなかったんだろう、何故足がすくんでしまったんだろう。後悔してもしきれない。

 

 長い、四十五分だった。

 

 晃太から特に連絡のないまま、バスは沼津駅前へと到着する。ルビィは途方に暮れるのだが、このまま乗っていてもどうしようもないので、アテはないが降りるしか術はなかった。

 

 足は自然とあの喫茶店へ向かっていた。ルビィと晃太のつながりがある場所と言うと、学校と、あの浜辺と、そしてこの喫茶店。学校に戻る理由はない。こんな時に、あの想い出の浜辺に行くことはないだろう。となると消去法でここしかなかった。もっとも、そんなに冷静に分析したわけではないのだが。

 

 五分ほど歩いて店の裏手に到着する。秋の夕日はつるべ落としとはよく言ったもので、学校を出た時はまだかなり明るかったのだが、既に辺りは薄暗くなり始めていた。普段バイクを停めているであろう駐輪場に来たが、そこに晃太のバイクは見当たらなかった。

 

 本格的に行くアテがなくなってしまった。ここにもいないとなると晃太がいそうな場所の心当たりはもう自宅しかない。そしてルビィは――当然ながら――晃太の自宅の場所を知らない。晃太さんは私の家の場所知ってるのに私は知らないなんてずるい、と少し思ったが、今はそれどころではなかった。

 

 と、その時、スマートフォンが震えた。

 

「!」

 

 慌てて取り出し、画面を確認する。

 

「……お姉ちゃんか」

 

 メッセージの差出人はダイヤだった。内容は今どこにいるのかと尋ねる文章。晃太でなかったことに軽く息を吐き、喫茶店、とだけ返事をしてポケットにしまおうと画面を消灯状態にした。が、すぐにまた画面が点灯する。

 

「もうなんで……あっ!!」

 

 今度は着信の通知だ。表示は佐蔵晃太。びっくりして電話を危うく取り落としそうになったが、フリックで通話状態にして耳を当てる。

 

「ごめんなさい!」

 

 ルビィは謝罪の言葉とともに深々と頭を下げた。

 

「……いきなりでけー声出すなよ」

 

 すると電話の向こうからはけだるげな言葉が返ってくる。思っていたよりも大きな声だったらしい。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 今度は小声で返す。

 

「まあ良いけど……悪かったな、帰っちまって」

 

 晃太はバツの悪そうな声でルビィに謝罪をした。声の感じからして、どうやら怒ってはいないようだった。

 

「ううん、いいんです。それに、謝らなきゃいけないのはルビィの方」

「なんでお前が謝るんだ」

 

 ルビィが思ったことを告げると、晃太はそれを非難した。お前が謝る必要なんてない。お前は悪くない。そう言っているようだった。

 

「だって、お姉ちゃんが失礼なことを……晃太さん、全然悪い人なんかじゃないのに……」

「えぇ、あれお前の姉貴だったのかよ。……あー、確かに言われてみればそうかもしれん」

 

 晃太は苦笑する。どうやら晃太も彼女が黒澤ダイヤだということを認識していなかったらしい。

 

「お前ら姉妹、似てねーな」

「よ、よく言われます……」

 

 やっぱり晃太さんは意地悪だ。と思うルビィだったが、晃太の口調が思っていたよりも優しげで胸をなでおろした。

 

「まあ、喧嘩を買った俺も悪いんだよ。それよりお前、沼津の方来てるんだよな? そっちまで行くけど、どの辺にいる?」

 

 晃太は売り言葉に買い言葉だったと改めて自分を振り返った。そして罪滅ぼし、と言わんばかりに提案する。

 

「あの、いつもの喫茶店のところです」

「いつものって……お前一回しか行ったことねーじゃん」

「それは、そうですけど……」

 

 はは、と乾いた笑いが聞こえてきた。

 

「悪い悪い。すぐ行くから店ん中ででも待っててくれよ」

 

 十分ぐらいで着くから、と言い、晃太は電話を切った。

 

 よかった……そんなに怒ってなかった。ルビィは安堵の息を吐く。しかし、ここに来てくれるというのは思わぬ幸運だ。期待してなかったと言うと嘘になるけど。でも、ここまで追いかけて来てよかった。ルビィはそう思いながら、喫茶店から少し離れた川沿いのガードパイプにもたれかかる。

 十分。それだけしかいないのは店にも悪いような気がする。晃太には店内で待つようにと言われたが、それほど寒いわけでもないし、と思いルビィは外で待つことにした。怒ったり走ったりした体を醒ましたいという気持ちもあったかもしれない。狩野川の景色を見て少し落ち着こう、そんなふうに考えていた。冷たい秋風が少し上気した頬をなでた。

 

 そしてルビィは、晃太の言う通りにしなかったことを、心の底から後悔することになる。

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