lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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13th episode

「緊張してる?」

「ううん」

 

 函館の大きな交差点に私達二人は立っている。片方の通りは通行止めになっているけど、もう片方は車が行き交っていて、今もすぐ横を走り抜けていった。

 

「ルビィも、不思議と落ち着いてる。お姉ちゃんが近くにいるからかな」

「それももちろんあるけど、それだけじゃない」

 

 イベント開始の合図を待つ私達は、お互いの気持ちを確かめ合う。理亞ちゃんが、重ねた手をぎゅっと握り返してきた。

 

「貴女がいたから、ここまでこれた」

「理亞ちゃん……」

 

 私も、同じ気持ちだ。初めは理亞ちゃんの為に、と思っていたが、いつの間にか理亞ちゃんからも力を分けてもらって、今ここに立っている。

 

「届けよう。大切な人に」

 

 自然と声が合わさった。きっと、届く。そう信じて、私は持てる全ての力を出し切るんだ。後悔しないために。

 

 いかにもクリスマスソングらしいイントロが街に響き渡る。それがイベント開始の合図だ。街の明かりを受け、スパンコールの入った衣装がキラキラと光った。この曲は、ここが肝心だ。私と理亞ちゃんのデュエットから全員につなげる大事な前奏。大丈夫、振りは激しくないし、ハイトーンの練習も十分積んできた。私は、歌詞に合わせるかのようにまっすぐ前を見つめて自分のパートを歌い上げる。

 

 街路樹に取り付けたイルミネーションが、曲に合わせて次々と点灯していく。その度に、お客さんからは歓声があがった。でも、驚くのはまだ、これから! イルミネーションがすべて点灯した瞬間、大通りがカラフルな照明で色づく。石張りの道路は、一瞬にして大きなステージへと変貌を遂げた。曲のテンポが上がり、理亞ちゃん得意のラップで『隠された力』を覚醒させる。……いくよ!!

 

 聖良さん、お姉ちゃんと続いて、グループ別のパートへ。頑張る、負けない。私達の想いをストレートにぶつけているこの歌詞には自然と力がこもった。それはお姉ちゃんや聖良さん、他のAqoursメンバーも同じ気持ちだ。始めなきゃ、何も始まらない。当然だけどその一歩踏み出すのには勇気がいる。私は、その一歩をステップに変えて、強く踏み出した。力を溜めて一気にサビへと持っていく。理亞ちゃんが、任せて、というようにウィンクしてみせた。コールで更に勢いをつける。

 

 サビにもコールが取り入れてあることに気がついたお客さんが一緒になって腕を振り上げてくれる。これぞライブの醍醐味だ。この一体感はライブじゃないと出すことができない。逆に、お客さんの反応があってはじめて完成する。狙い通りだ。私にも、私達にも自分たちが目指すようなライブを作ることができた。感極まってしまい涙が出そうになったが、それを笑顔でかき消した。

 

 曲は終盤へと向かう。スローテンポに戻ったあと、隊列を組んで足を片方ずつ上げながらゆっくりと動く。目をつぶって、浮かんできたのはやはり晃太さんの顔だった。見てくれてるかな。きっと見てくれてるよね。照明が少しずつフェードアウトしていく。一度はきらびやかに輝いていたイルミネーションがすべて落ち、僅かな照明と街明かりだけが周囲を照らしている。それを合図に私達は中央に集まった。

 

 目覚めよう。私達の新しい世界へ。魔法の言葉を唱えながら私達は陣形を組み直した。曲の終了とともに、イルミネーションが再点灯する。今度は緑と黄色を基調としたクリスマスツリーをイメージした配色だ。私達Saint Aqours Snowはその一番上に掲げる大きな星になって、お客さんへ、函館の街へ、想いを届けたい人へ、精一杯輝きを贈り続けた。

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

 北海道でのライブは大成功だった。また、あの十一人でライブがしたい、そう思えるようなライブで、会場は大盛り上がり。ネットでの反響も凄まじかった。何より、私も理亞ちゃんも、お姉ちゃんたちにきちんと想いを伝えられた。……そして、ほんのちょっぴりAqoursの宣伝もできた。

 

「長旅でお疲れでしょう。ゆっくりご入浴なさって、今日はもうお休みになられると良いかと思います」

 

 ライブを終えた翌日。家についたのはもう夕方になっていた。最近は日が落ちるのも早く、六時を回った今では辺りはすっかり暗くなってしまっていた。お手伝いさんが私の荷物を受け取ってくれる。

 

「あ、それから」

「なに?」

 

 靴を脱ぎ、()がり(かまち)に踏み入ったところで、お手伝いさんが思い出したように話しかけた。

 

「最近毎日お嬢様はいるかと訪ねてくる者がいます。あまりよい雰囲気をした者ではなかったので、いない、とだけ答えておきましたが、近くの浜辺にバイクを停めてしばらく佇んでいるようです。どうか近づかないようお気をつけ下さい」

 

 えっ。

 私は立ち尽くした。

 

「今、なんて……?」

「ええ、危ない輩がうろついているようなのでお気をつけくださいと……」

「それってどんな人!?」

 

 体が密着してしまうくらいまで詰め寄って捲し立てる私の様子に、お手伝いさんは困惑しているようだった。

 

「ええと……茶髪の男性で、背は……そうですね、百八十センチくらいでしょうか。目つきの鋭い者でした。服装も乱れていてあまり良い印象は受けませんでしたが……あ、お嬢様!?」

 

 私は走り出していた。バイク乗りで私を訪ねてきたと言う時点でほぼわかりきっていたことではあったけど、間違いない。晃太さんだ。

 近くの浜辺というと、きっとお家の裏にある記念公園沿いに違いない。そう思った私は急いで家の裏へとまわり、公園の中を突っ切った。もしかしたら今日も来てて、まだ待ってるかもしれない。いや、そうに決まってる。私はそう、なにか確信めいたものを胸に秘め、ひたすらに走った。公園を抜ける。浜辺は目の前だ。

 

「ルビィ…?」

 

 肩で息する私を見て、短髪の男の人が言う。

 

「帰ってきてたのか」

 

 月明かりが、私達二人を照らしていた。雰囲気は変わってしまっていたけれど、間違いない、晃太さんだ。耳まで隠れる程長かった髪をバッサリと短くし、まるで陸上選手のようだった。もしかしたら、以前はこんな髪型をしていたのかも知れない。

 

「晃太さん……」

 

 私が呆然としていると、晃太さんはどこか清々しい笑顔を浮かべ、こっちへ来い、と手招きした。私はそれに従って、彼の隣に移動する。

 

「あ、あの――」

「ライブ、見たぜ」

 

 私の言葉を遮って、晃太さんが語りかける。

 

「お前の頑張り、伝わってきたよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言う私。ちらりと見えた晃太さんの表情は言葉とは裏腹にどこか硬かった。まるで、何かを決心したような、覚悟を決めたような、そんな表情。そして、大きく息を吸い込んで深呼吸を一つ。意を決したように口を開いた。

 

「俺、さ。怪我、治してくるわ」

「え?」

 

 その言葉に、思わず晃太さんの顔を見つめる。ぎこちない笑顔がこちらを覗き込んでいた。

 

「ライブ見て、負けてらんねーなって思った。逃げてたんだ、どうせ手術なんかしても、昔のようには走れねーって。でも、できないなんてやんなきゃわかんないよな」

「それ、Awaken the powerの……」

 

 そして晃太さんはサビの部分をスローテンポでハミングする。私はそれに合わせて歌詞を紡いだ。冬の浜辺に二人のセッションが木霊する。月と星しかいないステージで、私達二人はワンコーラスだけ歌い上げた。どこへ行こうか、どこへだって行ける。そんな気がしていた。

 

「ありがとな。お前に出会えてよかった」

「そんな……」

 

 輝く星空を見つめ、晃太さんが言った。それは私のセリフだ、と言いたかったが、どうにも言葉にできない。また、晃太さんに会えて、お話ができて、私はそれだけで満足だ。自分から連絡を断っておいてなんて身勝手なことだろうか。でも、幸せだった。私も晃太さんと同じように、頭上で煌めく星空に目を移す。

 

「お前に出会う前は、なんだかくすぶっててさ。そりゃいきなり怪我で陸上を取り上げられたんだから、グレるのもしょうがないだろって心の何処かで自分を肯定してきた。苦し紛れにバイクで走り回ったり、一匹狼気取って斜に構えたり、そんな二年間だった」

 

 晃太さんはぽつりぽつりと語り始めた。

 

「あの日、お前に出会ったのは運命だったんじゃないかって、そう思う。こんな事いう柄じゃないってのは自分でもよくわかってるけど、今は、そう、思うんだ」

 

 運命、その言葉に私はドキッとする。もしそうだったなら、私も嬉しい。いや、そうであってほしい。そう願わずにはいられなかった。

 

「お前に出会ってからさ、ずいぶん変わったと思うよ、俺。おかげで後輩から丸くなったなんて言われたこともあったけど、それよりも大事なものを見つけた気がする」

 

 気づくと、晃太さんは星空から私の方に視線を移していた。私もそれに合わせて晃太さんを見上げる。その真っ黒な瞳に吸い込まれそうだった。

 

「全部、お前が教えてくれたんだよ。ルビィの一生懸命頑張るひたむきさ。最初はがむしゃらになって走ってた昔の自分を見てるようだった。でも違った。俺は、志半ばで折れちまったけど、お前は強かった。廃校が決まっても、それでも、学校の名前を残そうって必死になって……」

 

 晃太さんは一度言葉を切り、そしてくしゃりと顔を歪めて言う。

 

「こんなチビに負けてらんねーなって思ったんだよ!」

「ち、ちび……」

「はは、冗談。……でも、負けてらんねーなって思ったのは嘘じゃない。現実から目を背けて逃げてるだけ、それではダメだってわからせてくれたのがお前なんだよ」

 

 声の調子はすぐに元通りになった。ぽんぽん、と二度ほど私の頭を軽く叩き、そして再び見つめ合う。

 

「そうやって、ルビィは俺のことを救ってくれた。俺も、ルビィの力になりたい。助けになりたい。迷惑かもしれない。押し付けがましいかもしれない。でもそう思ってここにいる」

 

 そこで晃太さんは一つ息を吐いた。その唇は心なしか震えているようにも見える。私の心臓も早鐘を打っていた。聞きたい、けど、聞きたくない。そんな葛藤をしている私に、晃太さんがはっきりとした口調で告げた。

 

「ルビィ、好きだ。俺と付き合ってほしい。もっと、お前のそばにいたい。ずっと、一緒にいたい」

 

 温かいものが頬を伝っていくのがわかった。晃太さんが慌てた様子でこっちを見てるのがわかる。痛かったらごめんなさい。でも、ずっとこうしていたい。私は晃太さんの胸に飛び込んでギュッと抱きしめた。そのがっしりした胸板はやっぱり男の人なんだなと思わせる。おかしいな、私、男性恐怖症だったはずなんだけど、と今更ながらにそんな事を考えた。

 

「な、何泣いてんだよ!?」

「だって……嬉しくって……ルビィも、ずっと前から好きだった。ルビィも大好きです!」

 

 彼の胸に顔を埋めながら、ずっと想っていたことを口にした。もう、伝えることはないと思っていた想い。(せき)を切ったように溢れ出した想いは、涙とともにこぼれ落ちる。はじめてバイクに乗せてもらったときから、ううん、ホントは助けてくれたときから好きになってたのかもしれない。私の想いを聞いた晃太さんが優しく頭をなでてくれている。生まれてはじめてこのまま時が止まればいいのに、と思った。

 

「……ありがとう」

 

 そう言うと、晃太さんは私の肩を掴んでその胸から引き剥がした。そして、まっすぐに私を見つめる。

 

「ルビィ、キス、していいか?」

「……はい」

 

 少し背伸びをした。それでも彼には届かず、彼も少しかがんでくれた。お互いの距離がだんだん近くなり、私はそっと目を閉じる。吐息がかかって少しくすぐったい。

 キスの味とはどんな味なのか、という質問を目にしたことがある。それはイチゴ味だったり、レモン味だったり、ミントの味だったり。味がしないなんて答えもあったりした。

 私の初めてのキスは少ししょっぱい涙の味がした。

 

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