lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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14th episode

 一月は往く、二月は逃げる、三月は去る、とはよく言ったものでこの二ヶ月間はあっという間に過ぎ去っていった。紅や白の梅の花がまだ少し青さを感じる甘い香りを漂わせ、寒かった冬に春の兆しを感じさせる。加えて今日はぽかぽか陽気。絶好の行楽日和だ。

 

「綺麗だったね」

「ああ、やっぱり季節物ってのは良いもんだな」

 

 今日は朝から出かけるぞ、と連絡を受けた私はお花見に連れて行ってもらった。今年は冬が寒かったからか、修善寺の梅林はまだ見頃が続いていた。私は勝手に、晃太さんはこういうの興味ないかな、って思っていたから場所のチョイスに少しびっくりしたけど、高台から見える満開の紅白梅と、その後ろにそびえ立つ雄大な富士山を見ていたらそんなことも忘れてしまった。

 

「そこまで寒くなくてよかったな。後ろ、大丈夫だったか?」

「うん! もうバッチリだから!」

 

 ライダースジャケットの襟をピッと整えて胸を張る。もうこの服もずいぶん着慣れたものだ。そりゃあたまにはふりふりのお洋服を着たくなるときもあるけど、それだけがオシャレじゃない。それに、晃太さんとお揃いっていうのがすごくドキドキする。一緒に買いに行ったこのジャケットとジーンズはとってもお気に入りだ。

 

「それにしてもあんまり混んでなくて良かったぁ。時間が早かったからかな?」

「ちゃんと座って飯食えたし、鮎の塩焼きもうまかったしな」

「お弁当より?」

「うそうそ、うまかったよ。ありがとな」

 

 晃太さんはよくこういうことを言う。だんだん慣れてきてしまった自分がなんだかちょっと悔しい。私達はお昼ご飯――早起きして頑張って作った――を食べるまで観梅(かんばい)を堪能して、今は私の家の裏、記念公園を通り抜けた先にある浜辺で穏やかな海を眺めている。山から海へ。贅沢なデートコースだ。けれど、今日はここでお別れ。お昼までしか遊べないから朝から出かけたらしかった。

 

「ルビィ、お前に言わないといけないことがある」

「なんですか?」

 

 少し、改まったような口調で晃太さんが言う。

 

「手術の日が決まった」

「ホント!? いつですか!?」

 

 その報告に、嬉しくってぴょん、と飛び跳ねてしまった。彼の手を取って、それがいつなのか尋ねる。

 

「今月」

 

 え、今月、ってもしかして……

 

「ああ、だから、応援には行けない」

「……そっか」

 

 少し、残念だ。今月の中頃にはラブライブ!の決勝がある。晃太さんの応援があれば百人力だと思ってたけど、どうやらそれは叶わないらしい。

 

「すまん」

「ううん、ちょっと寂しいけど、大丈夫! 頑張るビィするから!」

 

 でも、会場でじゃなくても絶対応援してくれる。そう思ったらなんだか力が湧いてくるような気がした。でも、晃太さんは、大丈夫だから、と伝えた私の顔をどこか悲しそうな表情で見つめている。クスリともしてくれないことにちょっと違和感を感じた。

 

「で、来週、九州に引っ越すことになってる」

「…え?」

 

 突然のことで頭が回らなかった。

 

「いつか言おう、そう思ってたんだけど、すまん」

「え、どういうことですか…?」

 

 引っ越す? 九州に? 離れ離れになっちゃって、もう会えないってこと? そんな悪いイメージだけがぐるぐると駆け巡った。

 

「俺の手術、成功率あんまり高くないんだ。だから、少しでもいい先生のとこで受けたくて。リハビリも含めて、結構かかりそうなんだ。早くて三ヶ月、かかると、それこそ一年、くらい」

「一年……」

「ああ」

「…………」

 

 ずっと会えないわけではない、ということがわかり、私は少しだけ安堵する。でも九州だと、北海道よりも遠い。一番大好きな人が、誰よりも遠いところに行っちゃう、そんな喪失感を抱えた。もちろん手術は受けてほしい。成功することも心から願ってる。そう思っているけれど、それでも、離れ離れになっちゃうなんて、寂しいよ……

 

「で、これをお前に預けたい」

 

 晃太さんがポケットから何かを取り出した。そして私に差し出す。

 

「これ、ドラスタちゃんの……」

 

 それは晃太の愛車である【ドラッグスター400 クラシック】のキーだった。何度目かのデートで買ったパールちゃんのキーホルダーが付いてるから間違いない。

 

「だからその間、こいつのこと、頼む」

 

 私は躊躇った。これを受け取ってしまったら、晃太さんは行ってしまうんだろう。いや、受け取らなくても行ってしまうのは間違いないんだけど、でも、これを受け取ってしまったら、何かが終わってしまうような気がして、視線の先にある鍵をじっと見つめていた。

 

「頼む」

 

 晃太さんが鍵を持つのと反対の手で、私の手を握る。顔を上げると、不器用な笑顔が私の瞳を見つめていた。ああそうだ、晃太さんもつらいに決まってる。だったら私も――

 

「……うん、分かった。ルビィに任せて!」

 

 私は決意を固め、鍵と一緒に晃太さんの手を握り返した。さっきまでの不自然な笑みは、目を細めた満足そうな微笑みに変わっていた。

 

「任せるビィ、ってか?」

「それはちょっとないかな」

「なんでだよ!」

 

 私達はそこで手を握りあったまま笑っていた。すごく、幸せな時間だ。ずっとこの幸せな時間が続けばいいのに。でも、それではいけない。私は、私達は、前に進むって決めたから。

 

「あはっ。でも、任せて。ちゃんとお世話するから。ずっと、待ってるから」

「海岸通りでか?」

 

 私の表情に、言葉に、少し恥ずかしくなったのか、晃太さんは私から視線を外し、照れくさそうに茶化した。確かにあの曲で、ずっと待ってる、って言ってるところがあるけど、でも、とっさにCYaRon!の曲が出てきてしまうところがすごく可愛い。そんなことを心の中で思いながら、私も海へと向き直った。晃太さんに体を預ける。

 

「晃太さん、すっかりファンになっちゃったよね」

「ルビィが歌ってる曲だけな」

「……そういうこと、サラッと言うの、ずるい」

「ルビィもいつもやってくるからその仕返しだ」

「もうっ!」

 

 意地悪を言うつもりが、逆に返されてしまった。顔が熱い。向き合ってなくてよかった。ギュッと手を握りあったまま――恥ずかしさで汗ばんでないかな…?――そんなじゃれ合いを続けた。さっきまでずっと遠くにいたあの綿あめのような雲が、少し形を変えて私達の正面まできている。しばらくして、晃太さんがポツリとつぶやいた。

 

「そろそろ行くか」

「うん」

 

 私達はそう言いつつも、少しの間名残惜しむように海を眺めていた。春とはいえど、まだ海風が冷たい。時折吹く強い風は、これから旅立とうとしている私達の背中を押してくれているように思った。よし、行こう。

 

 二人はほぼ同時に歩き出す。その足取りはとても緩やかではあるが決して重くなどない。この時間を噛みしめるように静かに、一歩ずつ進んで行った。ドラッグスターまでたどり着くと、晃太は、すぐそこだから、といい、バイクを押した。ルビィはその隣を寄り添うように歩く。浜辺からルビィの家まではとても近い。公園を横断してしまえばすぐだ。しかし、この二人にはそれは永遠に感じられただろう。かしこに咲く紅白の梅の花笠(はながさ)が二人の新しい門出を祝福しているようだった。やがて到着したルビィの家の前でバイクを停め、晃太が手を振る。

 

「んじゃ、またな!」

「うん! またね!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 あれから二ヶ月。私達Aqoursはラブライブ!優勝、晃太さんの手術は無事成功。いい事づくしだ。お互い結果が出た時は電話もした。会うことはできなくても、声は聞ける。それでもやっぱり少し寂しいけれど、ドラスタちゃんもいるから。

 ボディを拭いたり、お父さんにエンジンをかけてもらったり、きちんとドラスタちゃんのお手入れをしている。あの日、玄関の前に置いてあるドラスタちゃんを見た時、お母さんとお姉ちゃんは目が飛び出るくらいびっくりしてたけど、お父さんが車庫の一角を貸してくれて、そこで保管している。晃太さんからは乗ってもいいぞって言われてるけど、重くて持ち上がらないからそれは無理だと思う。それに、私の特等席は運転席じゃないから……なんて。ホントはちょっと動かしてあげた方が良いみたいだけど、いざとなったらお父さんにお願いしよう。それとも、免許、取りに行こうかな? あ、でも足が届かないからどの道無理かもしれない。

 

 最近の私は、晃太さんと初めて行った喫茶店でどうしてるかなって考えることが増えたみたい。絶対新曲のせいだよね。いや、曲が今の私の気持ちに引っ張られてるのかもしれない。ホントはこういう意味の曲ではないんだけど、ところどころ思い出してしまうような部分があってどうしても気持ちがこもってしまう。たまに電話はするけど、会ってた頃のことを思い出すと少し寂しい。とってももどかしい気持ちだけど、声が聞けるだけマシ、もう後数ヶ月の辛抱だ! と思って我慢しようと思う。それにもしかしたら明日にでもひょっこり……なんてこともあるかもしれないし。

 

「ルビィちゃんおまたせ」

 

 今日は久しぶりに三人でお買い物。花丸ちゃんは花柄のワンピースにカーディガンを羽織っていて、普段どおりの格好だ。一方善子ちゃんは紺のトップスに短いタイトスカートとロングブーツ。頭には白いベレー帽を被っている。少しおしゃれしてきたかな? 堕天使ヨハネはもうすっかり鳴りを潜めていた。私は白い七分袖のブラウスにピンクのロングスカート。上着、着てくればよかったかな?

 二人には――あとお姉ちゃんにも――進級する直前くらいにあれから何が起きたのかきちんと説明した。上手く隠せてたと思ってたんだけど全部お見通しだったみたいで、すっごくすっごく怒られた。お姉ちゃんはその後優しく私の頭をなでてくれて、花丸ちゃんと善子ちゃんは泣きながら私のことを抱きしめてくれて、私は自分の愚かさを痛感させられた。自分のことに手一杯で周りが見えなくなっちゃうのは直さなきゃな、と思う。そしたら、お姉ちゃんみたいな大人の女性になれるかな?

 でもそれももう一ヶ月以上も前の話で、二人とは久しぶりに遊ぶ気がする。最近、それぞれ忙しくって――特に善子ちゃんは色々頑張ってるみたいだし――なかなか一緒になにかする機会がなかったから、私は今日の日をとても楽しみにしていた。揃ったところで、私達は他愛もない会話をする。

 

「先月くらいから、私達と遊ぶ時、いっつも先にきてここで待ってるのね、ルビィ。どうして?」

「ふふ、秘密!」

「なによそれ! 教えなさいよ!」

「善子ちゃんが色々喋ってくれたら教えてあげるよー!」

「ぐ……そうやってからかって…! 今に見てなさい!!」

「善子ちゃん、過去の行いは未来の自分に降りかかってくるんだよ」

「ずら丸まで!」

「あはは! さ、二人共、行こ!」

 

 私はぬるくなってしまった紅茶を一気に飲み干した。そして、親友二人の手を引きながら駆け出す。二人はちょっとびっくりしたみたいだったけど、すぐに自分の足で駆け出した。一瞬だけ、後ろを振り返る。『cafe lollipop』、このお店にも感謝しなきゃ。そう心の中でつぶやき、棒付きキャンディの名を冠する喫茶店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐蔵 晃太 様

 

 お元気ですか? ルビィは元気です。

 

 お手紙なんて年賀状くらいしか書いたこと無いから、なんて書けばいいか全然思いつきませんでした。

 

 ルビィは今、併合した沼津の高校に通ってます。晃太さんの高校ではないけど、結構近くて、たまにふらっと近くを通ってみたりもします。

 

 お家に帰る前に、あの浜辺で夕焼けを見に行くこともあります。また二人で見たいです。

 

 今はまだ、全然会えないくらい遠いところにいるけど、絶対会える。そう信じてるから、だから、全然寂しくなんて無いよ。いつか会えるその日を、心待ちにしています。

 

 黒澤ルビィ

 

 P.S. あの時助けてくれて、ドラスタちゃんに乗せてくれて、夕焼けを見せてくれて、そして、ルビィのこと好きになってくれて、どうもありがとう。

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