lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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2nd episode

「きちゃった……」

 

 ルビィは狩野川(かのがわ)高等学校の近くまで来ていた。名前の通り、狩野川(かのがわ)に近いこの学校は、生徒数も学校の規模も浦の星女学院より断然大きい。駅から歩いていくのは少し遠く感じるが、学校の前にはバス停があるためか――浦女(うらじょ)のバス停は学校前ではなく学校の下、坂のふもとだからあれを登ることを考えると比べるまでもなく楽だ――、そういう面では人気が出ても不思議じゃない。ただ、そういう面倒事を嫌った生徒が集まるせいか、風紀はあまり良くないみたいだった。普通なら絶対近づかない、それどころか回り道してでも避けて通ろうとするような見た目の男子学生たちが、大声で談笑しながら下校していくのが目に映る。

 

 服装も昨日の五人組と左程変わらないような生徒が多く、シャツの裾をだらしなく出しており、第一ボタンはおろか第二ボタンまで開けている。それに合わせるようにネクタイを半端に締め、ズボンは下着が見えてしまうかと思うぐらい下げて履いている、いわゆる腰パンと言うやつだ。上着のブレザーは腰に巻いていたり肩だけ羽織っていたり、いろいろだが、しっかり袖を通してボタンを留めている生徒は一人もいない。ルビィには何故こんな格好しているのか不思議でならなかった。

 

 パラパラと下校していく生徒たちの中に昨日の五人組は見当たらなくて少し安堵する。浦女からここに来るまで少し時間がかかったから、その間に先に帰ったのだろうか。また会ったら今度こそ絶対連れていかれてしまうだろう。それとも、周囲にこれだけの目があれば大丈夫なのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、学校前、と言いつつも学校から道路を挟んで向かいの歩道に立っている電柱の影からこっそり――少なくとも彼女はそのつもりのようだ――様子をうかがっていた。

 

 あの日の夜、私は夕食を終えて、部屋に戻ってからもう一度考えた。でも、答えは全然まとまってくれない。そうだ、花丸ちゃんと善子ちゃんに一回相談してみよう。それからでも遅くない。そう決心、いや決断を先延ばしにし、床に就いたのである。

 今朝、それとなく花丸に尋ねてみた。

 

 

―――――――――――――

 

 

「花丸ちゃん、もし、もしだよ? 知らない男の子の生徒手帳拾ったらどうする?」

 

 自分の席につき、分厚いハードカバーを読んでいた花丸だったが、ルビィの突然の問いかけに本を伏せ、少し逡巡してから答えた。

 

「うーん、とりあえず渡してあげようとは思うけど……どこの誰かもわからないんだったら警察に届けるかもしれないなぁ」

 

 警察、それも一つの方法だ。ルビィはやはり相談してよかったと思い始めた。が、花丸はそんなルビィを他所に話を続ける。

 

「でも、おらが警察に届けたとして、落とした学生さんが警察に行かない限り返ってくることはないだろうし、もしおらが生徒手帳を失くしちゃったとしたら、諦めちゃうかもしれない」

 

 確かにその通りだ。警察に届けても、持ち主のもとに自動的に戻ることはない。そしてルビィは佐蔵(さくら)の雰囲気から、なんとなく警察には行かないような気がしていた。もっとも、身元のわかるものが届いたら、少なくとも生徒手帳であれば学校に連絡があってもおかしくはないのだが、ルビィや花丸にはそこまでの考えはなかったようだ。

 

 となると、やはり自分で届けるしか無いのだろうか。

 

『うう、やっぱ怖い。誰かについてきてもらおうかな……でも、そうなるとどうして拾ったのか話さなくちゃだし、こんな話したら絶対やめておいた方がいいって言われそうだし……どうしたらいいんだろ……』

 

 ルビィは花丸の前でしばらく考え込んでいた。花丸はその様子に、あ、生徒手帳拾ったのルビィちゃんなんだ、と理解したが、詳しく話してくれないということはあまり詮索しない方が良いだろうと考え、ルビィが落ち着くまで待つことにした。と、そこに後方から善子が現れる。

 

「ルビィ、何湿気(しけ)た面してんのよ」

 

 後ろから勢い良くルビィに飛びついた善子は、そのまま肩と頭を抱え込み、ルビィをホールドする。もう慣れたもので、痛い、とか、苦しい、ということはなくなっていた。

 

「え、ごめん善子ちゃん。ルビィそんな変な顔してた?」

 

 頭をロックされているので、善子の方は向けないルビィだったが――なら一体善子ちゃんはどうやって湿気た面だって判断したんだろう――、とりあえず声だけで返答する。

 

「なんかこの世の終わりって顔。あ、もしかして昨日ドタキャンしたこと怒ってる?」

「そんなことで怒ったりしないよ」

「どうかしら」

 

 すこしおどけた様子の善子は、そう言うとルビィのホールドを解除し、今度は花丸の方へ駆け寄った。

 

「だからね、昨日ずら丸と相談して決めたのよ。ルビィ、今日は昨日のお詫びに、一緒に映画でも見に行かない?」

 

 善子はそう言って、花丸と顔を見合わせ優しげに微笑んだ。善子ちゃんはやっぱり善し子ちゃんだ。でもどうして映画なんだろうか。

 

「くっくっく……今日は毎週月曜の映画割引の日。加えて学生証提示なら更に十パーセントオフ! これを逃す手はないわ!」

 

 善子はいつの間に取り出したのか、自身の学生証を高らかに掲げ、したり顔でルビィに詰め寄る。

 

「リトルデーモン四号よ、どうだ、来る気はないか?」

 

 決まった、と口から漏れそうなドヤ顔を披露する善子。花丸はその様子を見て相変わらずにこにこと笑っていた。

 

「ずら丸も何か言いなさいよ! あんたもドタキャンしたんでしょ!」

「あはは、ルビィちゃん、昨日はごめんね。おらは善子ちゃんと違って忘れてたわけじゃないんだけど、じっちゃにどうしてもってお願いされちゃったから……だから今日埋め合わせできたら良いねって善子ちゃんと話してたんだ」

 

 私も遊ぶ約束を忘れてたわけじゃない! とまくし立てる善子を尻目に、花丸はそのにこにことした表情は崩さず、でも少しだけ申し訳なさそうにルビィに話す。二人共、そんなこと思ってくれてたんだ、とルビィは頬を緩ませた。

 

「うん! 誘ってくれてありがと! 学生証、持ってきてるかな……」

 

 と、ルビィは鞄の中を探し始めたが、すぐに手が止まった。

 

 そうか、学生証。

 

 生徒手帳も同じような役割を果たしてくれるに違いない。となると、佐蔵晃太(さくらこうた)さんも、例えば今日映画を見に行こうと思っても割引サービスは受けられない。割引サービスくらいなら問題はないかもしれないが、他にもいろいろなところで困ったことが起きてしまうかもしれない。人助けしたのに手帳をなくして困ったことが起きるなんて、そんな話があって良いのだろうか。

 

「……二人共、ごめん。今日はちょっと用事があるんだった……」

 

 そう思ったときには友人二人からの誘いを断っていた。花丸も善子も――特に善子は――すごく申し訳なさそうにしていたが、また別の機会に三人で遊びに行こうと約束をして、朝のホームルームの時間を迎えた。

 

 

―――――――――――――

 

 

「ホントに佐蔵さんに渡せるか心配になってきた」

 

 観客一人ひとりの表情をしっかり覚えられる程度には視力も記憶力も良いルビィだったが、今回は顔はうろ覚え、道路を挟んで向こう側だから見つけられたとしても渡す前に見失ってしまう可能性もあった。

 

「……いや、絶対に渡さなきゃ!」

 

 彼は命の恩人だ。と言うと少し大げさに聞こえるかもしれないが、実際にルビィの中ではそれと同等か、それ以上の恩義を感じていた。ここまで来たら当たって砕けろ、旅の恥はかき捨て、なるようになれ、だ。

 

 と、そこに見計らったかのようなタイミングで見覚えのある長身で細身の青年が校門から出てきた。ひときわ目立つその身長は二メートルくらいあるのだろうか。少なくとも、自動販売機くらいの高さなのは間違いない。身長もさることながら、頭髪が周囲の学生と違いおとなしめのダークブラウンで、服装もこれまた周囲の学生に比べまだきちんと着ていることも目立つ原因の一つだったのかもしれない。ともあれ、目的の人物は彼で間違いなさそうだ。心配が杞憂に終わって何より。

 

 学校前の横断歩道にかかっている信号が、うまい具合に青に変わる。彼がもし、昨日と同じ方向へ帰るというなら、学校を出てすぐ東へ向かうはずだ。見失う前に渡さなきゃと、ルビィは小走りで青年の元へと向かう。いつの間にか恐怖心は薄れていたが、それは彼女の意識の外だった。

 

「あ、あの!」

 

 道路の幅員はさほどなかったため、青年にはまだ学校の塀が続いているうちに追いつくことができた。ルビィは青年の背中に精一杯大きな声をかける。

 

「ん? あ、昨日の……」

 

 どうやら青年はルビィのことを覚えていたようだった。赤髪のツーサイドアップなんてそうそういないし、つい昨日のことだったからかもしれない。でも少し嬉しく感じるのは何故だろうか。

 

「き、昨日は、助けていただいて、ありがとうございました……」

 

 あまり男性と話す経験がないルビィは、緊張のあまりだんだんと尻すぼみになっていった。話し始めは勢いでどうにかなっていたのだが、いざ話すとなると何を喋って良いのかわからない。とりあえずはお礼を言って、目的である生徒手帳を返そう。

 

「あぁ、そんなこと。たまたま通りかかっただけだから。まあ、ラッキーだったな」

 

 青年はそこまで言って、はたと我に返る。

 

「……でもなんでここに? 俺がここの生徒だって知ってたのか?」

 

 言われてみればその通りだ。ルビィは拾った生徒手帳からある程度の情報を得ている。が、彼は何も知らない。これではまるでストーカーじゃないか。(いぶか)しむのも至極当然のことだ。ルビィは慌てて弁明する。

 

「あ、あの、それで、昨日、あそこにこれが落ちてて……困ってるんじゃないかって思って……」

 

 そしてルビィは、佐蔵の生徒手帳をカバンから取り出した。それを見ると青年は、一瞬目を見開き、胸ポケットをまさぐる。何も入っていないことを確認してから、落としてたんだ、とつぶやいた。

 

「んなもん捨てといてくれてよかったのに。まあわざわざ届けてくれたんだから受け取っとくけど……用事はそれだけか? だったらさっさと帰りな。この学校不良ばっかだから、昨日みたいなことになっても知らねーぞ」

 

 照れ隠しなのだろうか、少し顔を赤らめた青年は荒っぽくそれを受け取る。言葉は乱暴だが、ルビィのことを心配してくれているようだった。そんな様子を見て、この人はホントは不良とかじゃないのかな、だったら嬉しいな、ルビィはそんなことを思い始めた。自然と口から言葉が紡がれる。

 

「あ、あの……それでルビィお礼がしたくって……」

「はぁ?」

「で、でも……」

 

 んなもんいらねえよ。また絡まれる前に帰りな。と諭す青年に、ルビィは自分でも驚くほど食い下がっていた。

 

 ルビィと青年がやり取りをはじめて数分が経っていた。赤髪のツーサイドアップの少女と自販機くらいの背丈の青年が歩道の真ん中で話し込んでいたら嫌でも目につくだろう。周囲から、あの女の子誰、佐蔵に妹なんていたっけ、あいつまたやらかしたんか、などと声が上がるようになっていた。

 

「……おい、じゃあどっかでお茶でもおごれ。それで気が済むか?」

「は、はい!!」

 

 その状況を見かねた青年が折れる形で、突然思いついたルビィの目論見は成功することとなるのであった。


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