lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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3rd episode

 昨日の例の場所からそう遠くはない場所にその喫茶店はあった。今は冬季営業で開放していないようだが、駅周辺にしては珍しく、オープンテラスにもできるくらい広いデッキがあり、夏にここから見る狩野川の景色はきっと素晴らしいんだろう。よく来ているのだろうか、青年は何の気なしに店内に入っていき、いらっしゃいませと声をかけてくる店員にピースサインで客の人数を知らせ、そのまま空いている席へと腰掛けた。

 

 店内は至ってシンプルな作りだ。こだわりの調度品があったり、雰囲気のある照明があったり……なんてことは決して無く、木製の椅子とテーブルいくつかと四人がけ用のボックス席が二つ、一般的な橙赤色の照明は店内を適度な明るさに照らしていた。隅には申し訳程度に観葉植物――葉に切り込みの入ったいわゆる亜熱帯系の植物だ――が置いてある。人気店というわけではないのだろう。数席しか無い喫茶店だったが、その数席にもお客はほとんど座っていなかった。

 

「紅茶一杯で良いぞ。中学生のお小遣いじゃそれでもきついだろ」

「ちゅ、中学生じゃありません! ルビィ、高校一年生です!!」

「え、まじで?」

 

 なんて失礼な。とルビィは心底思ったが、よく考えてみると半年前は中学生だったわけなので、間違えられる可能性があってもおかしくないのかもしれない。とは言え、年相応に思われていない――どう考えても中学三年生だとは思ってくれていないだろう――ことに若干の憤りを感じ、鞄の中から今日使うかもしれなかった学生証を青年に向かって突き出した。

 

「証拠だってあります!」

 

 今から思えば後先考えない行動だったかもしれない。助けてもらったとは言え、一応は見ず知らずの人だ。そんな人に名前や学校名が書かれているものを見せるのはなんとも無防備というか、とにかく軽率だったんだろう。

 

「ほ、ホントだ……」

 

 黒澤……どっかで聞いたことあるような気がすっけど……とつぶやく青年も、あまり深くは考えていない様子だった。そして眼前に突き出された学生証を眺めた青年はこう続けた。

 

「つかお前、浦女の生徒だったのか」

 

「はい……」

 

 青年は浦の星女学院のことを知っているようだった。ここからだとだいぶ離れた、しかも男子なんて一人もいない田舎の女子校。なんで知ってるんだろう、同じ中学だった女の子の友達が通っていたりするんだろうか。ルビィはそんなことを考えながら沈痛な面持ちで答える。

 

「廃校になるんだろ?」

 

 その言葉を聞いたルビィは心を読まれたような感覚に陥り、どきりとする。

 

「え、どうしてそれを?」

「結構な噂になってるぞ」

 

 そうなんだ……新聞とかに取り上げられたりしてるわけじゃないけど、同じ年代の子たちにはやっぱり大きなニュースだったんだ、と思うとともに、どうしてもっと頑張れなかったんだろう、もっと結果を出せていれば、そう思わずにはいられなかった。

 そして青年はそんなルビィの気持ちも知らず言う。

 

「どこの高校と合併するか知らねーけど、いじめられねーように気をつけねーとな」

「いじめ!?」

 

 思ってもみなかった。浦女の生徒はみな穏やかな子ばかりで、そういうのとは無縁の学院生活だったが、統合ともなると――ましてや沼津みたいな都会の高校だ――そういうことも起きたりするのかもしれない。思わぬところから急に不安になる。

 

「真に受けてやんの」

 

 が、青年はいたずらっぽい笑みを浮かべながら冗談であることを明かした。

 

「ぅゅ……ひどいです……」

 

 今ので少し雰囲気が砕けたのか、多少順番は前後してしまったが、お互いに自己紹介をする。彼の名前は佐蔵晃太(さくらこうた)狩野川(かのがわ)高等学校の三年生。ルビィにとってはどちらも知っている情報だった。ルビィもそれに合わせて名前と学校名、学年を伝える。

 

「なんであんなとこに一人でいたんだよ。あの辺りなんて何にもねーじゃん」

 

 そして話は昨日のことになる。そう言う佐蔵も、もっと言えばあの五人組も、日曜のあんな時間帯に制服でいたことに、ルビィは疑問を感じたが、それは黙っていることにした。

 

「あの日、お友達と駅の近くでお買い物する約束してたんですけど、二人共都合が悪くなっちゃって。それでなんとなく歩いてたらあの辺りまで来ちゃってたんです」

「そりゃ災難だったな」

 

 まあ、駅からあの辺まで歩くなんてあんま考えたくねーけど、と佐蔵は付け加えた。

 

 と、ここで二杯の紅茶が届いた。いつの間に頼んでたんだろう。もしかして、入店した時に二本の指を突き出してたのはそういうことだったんだろうか。佐蔵は店員に、さんきゅ、と礼を言い、受け取った一つをルビィの方に差し出した。

 

「あ、あの、昨日は本当にありがとうございました。」

 

 一旦話が切れたところで、ルビィは改めて佐蔵に礼を言う。

 

「そう何度も礼言われても……まあ、怪我とかはなかったみたいだし、良かったっちゃ良かったけどさ」

「はい。おかげさまで無事に家まで帰れました」

「……こんなこと言われたこと無いからなんて返事したらいいかわかんねーや」

 

 調子狂うな、と言わんばかりの様子で、左手で頬を擦る。そんな佐蔵の様子を見て、ルビィは第一印象で怖い人だと勝手に思い込んでいたことを後悔した。ちっとも怖くないじゃないか、ちょっと乱暴な言葉づかいだけど、こんなにも優しい人じゃないか、と。ふと、自分が中学生だと思われたことに腹を立てていたことを思い出す。同じだ。私、同じことしてる……そう気づいたルビィはとてつもなく申し訳ない気持ちになるのだった。

 

 それからルビィ達はしばらく話し込んでいた。学校のこと、勉強のこと、二人の友達のこと、その二人は同じ部活に所属していること等々。どんな部活なのか、と尋ねられたが、歌ったり、踊ったり、となぜかはぐらかしてしまった。佐蔵は演劇かミュージカルかなにかと勘違いしたようで、お前が? と意外そうな顔をしていた。スクールアイドルをやっているなんて伝えたらもっと意外そうな顔をしたに違いない。

 

「佐蔵さんは何か部活やってるんですか?」

 

 こんどは逆にルビィが何か部活をやっているのかと尋ねる。すると、佐蔵はしばらく黙り込んでいたが、

 

「いや、なにもやってない」

 

 とぶっきらぼうに答えるだけだった。なんだか少し空気が重たくなったような気がする。もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな、ルビィは直感的にそう思った。気まずくなったのか、佐蔵がちらりと左手にはめた時計に目をやり、少し驚いた様子でつぶやいた。

 

「うわ、もうこんな時間じゃねーか」

「あ! 終バス行っちゃってる……どうしよう……」

 

 腕時計をしていないルビィは店内の時計に目を移す。時刻は丁度終バスが沼津駅を出発した頃だ。よく見ると、外はもうすっかり暗くなってしまっていた。どうやら話に夢中になりすぎていたようだ。

 

 しかし困った。ここから内浦まで帰ろうと思うと、この時間帯だと車で四十分ほどかかる。歩いて帰るなんて到底無理な距離だ。財布には、ここのお代を支払うには十分な額が入っているが、タクシーを使うには明らかに不足している。最悪、タクシーで帰って、家についてから家族に払ってもらうしか無いが、そんなことをしたあかつきには、今後放課後の寄り道は禁止、なんてことになりかねない。

 

「はぁ……どうせタクシーで帰る金もねーんだろ? 乗せてってやるよ」

 

 途方に暮れるルビィを見て、佐蔵が一緒に帰ることを提案してくれた。願ったり叶ったりだ、が、どうやって帰るつもりなんだろうか。

 

「バイクだよ、バイク」

 

 ルビィは佐蔵の言っている意味が、正直あまりわかっていなかった。

 

 

 

 

 喫茶店の裏手に小さな駐輪場があり、そこに佐蔵の愛車である【ドラッグスター400 クラシック】が停まっていた。なるほど、ここの駐輪場を貸してもらっていて、それでお店の人とは顔見知りのようだ。

 

 バイクのことなど全く知らないルビィには、このドラッグスターも大きな自転車のように見えていた。かっこいいだろ、と佐蔵に問いかけられたが、そうですね、なんて適当な返事をしてしまったことを少し後悔する。

 

 ルビィは、後輪の上のシートにネットで固定してあったスペアのヘルメットをすっぽりと被せられ、後ろの座席――すごく小さいがそう呼んでいいのだろうか――に座らされている。ジャージは持ってるか? と聞かれたが、今日は生憎(あいにく)体育のない日だったため、持ち合わせてはいなかった。佐蔵は、仕方ない、と言った様子で鞄から自分のジャージを取り出してこれを履けとルビィに突き出す。突然のことに戸惑うルビィだったが、いいから履けと詰め寄られてしまい、おとなしく借りることにした。

 

「しっかり捕まれ、振り落とされるぞ。服の裾握ってるだけでも大丈夫だから」

 

 エンジンをかけ、ぶるんとひとふかし。佐蔵は状態が良好なことを確認すると、

ルビィに最終確認を行う。ルビィは言われた通りブレザーの裾を控えめに握った。

 

「んー……やばいと思ったら自分で体勢変えてくれよ。運転中は多分何言われても聞こえねーから」

 

 そう言って佐蔵がアクセルをふかした。程なくして、例の金切り声が上がったのは言うまでもないだろう。

 

 佐蔵が運転する【ドラッグスター400 クラシック】はYAMAHAから販売されていたアメリカンタイプの自動二輪だ。一般的な原動機付自転車に比べると確かに大きいが、かの有名なハーレーダビットソンなんかと比較すると、やはり流石に小さく感じる。いわゆる中型自動二輪に分類されるバイクだろう。中型の優位点でもあるシートの安定感や車体から見るパワーなんかは高く評価されているが、一方で、高速には向いていない、空冷エンジンだから熱い(暑い)なんて評価もあるようだ。

 

 しかし、後ろに乗せられているルビィはそれどころではない。何度か振り落とされそうになり、佐蔵の言葉を借りるとするなら「やばい」、そう感じたルビィは、赤信号で停車した隙に、いつの間にか強く握っていたブレザーの裾を離し、佐蔵の腰に手を回す形でしがみついた。佐蔵は驚いたのか、一瞬体をビクつかせたが、それ以上は特に何も反応することはなかった。

 

 そのまましばらく走った。佐蔵の体にしがみついているからか、それまでとは打って変わって体は安定し、周りの景色を見る余裕さえ生まれた。十一月の冷気が制服を突き抜けてその柔肌を刺激する。が、不思議と嫌な気持ちではなかった。それどころか、冷たい風を切って進んでいく爽快感に心地よささえ感じた。星明りが(さざなみ)に反射してキラキラと輝く光景は、部屋の窓から眺めるよりも綺麗かもしれない。自分の体が上気していることに気がつくのは時間の問題であった。

 

 やがて二人はトンネルを抜け、見知った場所に出る。佐蔵は一度バイクを止め、ルビィに家はどこなのかと尋ねた。ルビィは自分のスマートフォンで自宅の場所を教え、佐蔵はそれでなんとなく場所を理解したようで、再びバイクを走らせる。程なくしてルビィは自宅にたどり着くのであった。

 

「し、死ぬかと思いました……」

「叫びすぎだバカ。こんなもんで死ぬかよ」

 

 ヘルメットを返却したルビィは少し大げさに感想を述べ、佐蔵もまたそれに乗っかるように軽口で応じる。数時間前、学校の前でもじもじしていたのが嘘のようだった。

 

「あ、ありがとうございました……お陰で怒られずに済みそう」

「はは、終バスで帰るよりも早く着いたしな。そりゃ良かった」

 

 ルビィは深々と頭を下げて礼を言う。危うく寄り道禁止になりそうだったところを助けてもらったことはもちろんのこと、寒くて体は痛いし、髪の毛もぼさぼさ、でも貴重な体験をさせてもらえた事にも。佐蔵も生徒手帳を届けに行ったときよりも朗らかな笑みを浮かべながらそれに応じた。

 

「おいおい、ジャージも返してくれよ」

 

 いつまで経ってもルビィの腕の中にいる自分のジャージを指して佐蔵は言う。

 

「あ、洗って返しますから!!」

 

 そう言われたルビィは顔を真っ赤にして答えた。自分が履いたジャージをそのまま返すなんて、そんな恥ずかしいことはできなかった。

 

「ちょっと履いただけだろ? 別に気にしねーから返せって」

「ルビィが気にします!!」

 

 佐蔵は頭にクエスチョンマークを幾つか浮かべて、律儀なやつ、とつぶやき、眼前の大きなお屋敷に目を向けた。

 

「しかし、結構でかい家なんだな、お前んち」

「えっと、ルビィのお父さん、この辺の網元(あみもと)さんやってて」

「あみもと?」

 

 彼は網元という単語に聞き覚えがなかったらしく、オウム返しのように尋ねる。

 

「漁師さんのまとめ役?」

「なんで俺に聞くんだ」

「えへへ、ルビィもよくわかんなくって」

「なんだそれ」

 

 ルビィ自身も上手く説明できるほど理解はしていなかったようで、何故か疑問形になってしまう。そこで二人して少し笑いあった。

 

「ま、いいか。じゃ、帰るわ」

 

 一段落したところで、佐蔵が帰り支度を始める。ドラッグスターにまたがり、フルフェイスのヘルメットをかぶった。

 

「あ、送ってもらっちゃってすみませんでした。ルビィがバスの時間ちゃんと気づいてたら……」

「まあ俺も長く話しすぎたし、それは言いっこなしだろ」

 

 ルビィが再三にもなる謝礼と謝罪を述べると、佐蔵もまた自分に非があったとルビィのことをフォローした。

 

「……ありがとうございます。では、また」

「また…?」

 

 つい、いつもの癖が出てしまう。

 

「あ、その、すみません。ルビィ、さよならって言葉、あんまり好きじゃなくって。なんだかもう一生のお別れみたいな気がしちゃうんです。だから、お友達にもさよならじゃなくて、またねって言うようにしてて、その……」

 

 わたわたと弁解しているルビィの姿を見て、佐蔵は優しく微笑んだような――ヘルメットを被ってるから実際どうだったのかはわからないが――気がした。そしてヘルメットの下からくぐもった声でこう続ける。

 

「……いいんじゃねーの?」

「え…?」

「その、またねっての」

「えっと……」

「んじゃ、またな」

「あ、は、はい! また!」

 

 そう言って佐蔵は方向転換をして走り去っていった。その後ろ姿を見て、幾ばくかの高揚感を覚えたのは、はじめてバイクというものに乗り、美しい景色を見た、それだけが理由ではないような気がしていた。

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