「ずら丸」
「なんずら?」
二人がルビィを映画に誘い、でも断られてしまったあの日から一週間が経っていた。
「臭うわ」
「えぇ!? おら、ちゃんとお風呂入ってるずら!」
「そうじゃないわよ!!」
「え、じゃ、じゃあ……善子ちゃんまさか……」
「私もちゃんと入ってる!! じゃなくって、ルビィよ」
「ルビィちゃんもちゃんと入ってると思うけど……」
話が噛み合わないことに少し苛立っている善子が見つめる先には、もう一人の親友、
「だからそうじゃないわよ……ルビィ、なんか最近様子がおかしいと思わない?」
「なるほど、そういうことずらか」
あれから一週間、二人は親友の様子に違和感を覚えていた。
「なんか上の空のことが多いのよね。話しかけても気づかないこと増えた気がするし」
「それは確かにまるも同感ずら」
ルビィは元々すこし抜けた性格ではあるものの、ここ最近の彼女の様子は明らかにおかしかった。いつも考え事をしているような様子で、何もないところで転びそうになったり、授業中指名されても何を聞かれたのかわかっていなかったり――もっとも、何を聞かれていたのかわかっていても答えられないことの方が多いのだが――、Aqoursの練習をしていても今までなら間違えなかったようなところを、例えば一番なのに二番の歌詞を歌ってしまったりと散々だ。
これを見て、善子はずばり宣言する。
「これは……男よ!!」
「善子ちゃん、それだけはないずら」
間髪入れずに花丸がそれを否定した。
「なんでよ!!」
「だって、ルビィちゃんだよ?」
「……たしかに」
そう、ルビィは男性恐怖症なのだ。そう簡単に男性と仲良くなるとは到底思えない。花丸はそう考えたのだ。それには善子も同意した。
「でも、どうしちゃったんだろう……心配だな」
とは言え、今もなお、自分の席から窓の外を見つめ
「ずら丸、今日暇?」
「予定は何もないけど……もしかして善子ちゃん」
なんとなく、そんな気はしていた。自分の中にも少なからずその選択肢はあったのだろう、実行に移すかどうかは別問題ではあるが。花丸は思わせぶりに尋ねてくる善子に、こちらも思わせぶりな返答で応じた。
「尾行するわよ!」
善子はなんだかとても楽しそうだった。
◆
ホームルームの途中で、Aqoursの活動は三年生の都合で全体練習はお休みになり、各自自主練にするという旨の連絡が届いた。この時もまた、ルビィはHR中に着信音を鳴らしてしまい先生から注意を受けるのだが、それはこの際置いておこう。
いつもなら自主練だろうと真っ先に屋上へ向かうルビィだったが、花丸と善子の二人に、今日は用事があるから先に帰るね、と告げると足早に下校してしまった。先週に引き続き、練習がない日は必ず用事が入ってしまっているのだ。花丸と善子は、ルビィに気づかれないようこっそりと後をつける。
どうやら彼女は沼津方向へ向かうようで、善子は、しまった、なら練習に行くふりをするんじゃなかった、と少し後悔する。沼津方向に行くには当然バスに乗る必要があるのだが、そうもたくさんバスが出ているわけではない。ルビィに気づかれずにバスに乗ることなんてできるのだろうか。そんな不安を抱える二人だったが、どうやら考えすぎだったようだ。今のルビィにそんな余裕はなかったらしく、なんともあっさり同じバスに乗ることができてしまった。それも後ろの席に。
「流石に気づかれちゃうかと思ったけど……」
「この娘、ホントに大丈夫なの?」
ルビィに気づかれてはいけないと小声で相談する二人だったが、それもいらぬ世話だったのかもしれない。ルビィには、一緒のバス停で降りても気づかれることはなかった。
バスを降りてからは、ルビィと五メートル程度距離をとり、なるべく体を物陰に入れるようにしながら素早く後ろをついていく。尾行の基本だと善子が言うと、逆に目立ちすぎるから最近は小説でもこういう書き方はされなくなってきてると花丸が返し、少し気まずい空気になってしまった。
駅を過ぎ、商店街を過ぎたあたりで、善子は自分の家の方に向かってるんじゃないかと少しヒヤヒヤしたが、それも通り過ぎたときホッと息をつく。横目で見ていた花丸に、自意識過剰だ、とたしなめられてしまったが、花丸もどこか安心した様子だったので食って掛かることはしないでおいた。
と、そこで尾行対象が立ち止まる。善子と花丸も慌てて近くの物陰に身を潜めた。
「ルビィちゃん、何見てるのかな?」
立ち止まったルビィもあまり物陰とは言い難い場所ではあるが、少し身を隠したような体勢で何かを眺めている。割りと近所に住んでいる善子にはその先に何があるのか心当たりがあった。
「あそこって、確か男子校よね…?」
「ルビィ、もしかして誰かに脅迫されてたりするんじゃ……」
「えぇ!? そんな、ルビィちゃんが何か悪いことするなんて考えられないよ!」
花丸の言う通り、確かにルビィは悪事をはたらくような娘ではない。まあ、善子は胸中で、ダイヤさんのアイス勝手に食べたりしてるじゃない、と思うのだったが、それは身内の話で、花丸が言っていることとは少しずれているような気もした。そんな問答をしていると、学校から終業のチャイムが鳴り、と同時に大勢の生徒が大群をなして校舎から一斉に出てきた。
「あ、不良っぽいやついっぱい出てきたわよ!!」
一見して不良だ、とわかるような格好の生徒ばかり。するとそれに呼応するようにルビィの挙動も落ち着きなくなってきていた。
「ルビィちゃん、すごくキョロキョロしてるけど、誰か探してるのかな……」
その様子はまるでリスかプレーリードッグのようで、不謹慎ながらも可愛いと思う花丸。しばらくして、様子が変化したことに善子が気づいた。
「あ、動き止まった」
「探してる人、見つけたのかな…?」
ルビィは今までの落ち着きのなさは何処へやら、一転して全く動かなくなった。もしかしたら目だけは動いていたのかもしれないが。
「……動かないわね」
「……うん、動かないね」
しばらく――と言っても一分にも満たないような気はするが――じっとしていたルビィだったが、探していた人とは違ったのか、それとも見失ってしまったのか、がっくりと肩を落とし、踵を返して来た道を戻ってくる。こちらに向かってきたことに二人は一瞬焦ったが、案の定、ルビィは二人に気づくことなく、目の前を通り過ぎていった。
「……なんかすごく落ち込んでない?」
「……うん、すごく落ち込んでるね」
そんな顔を間近で見た二人は、揃って同じ感想を抱く。どうやらこれは脅迫されてたり、なんてことではなさそうだ。
「ずら丸、ルビィってば、もしかしてここ最近毎日ここ来てたのかしら」
「もしそうなら、最近放課後付き合ってくれなくなったのと合点がいくずら」
そうして、二人は同じ答えにたどり着く。
「ずら丸」
「善子ちゃん」
「「ここは一つ、私/おら達が一肌脱いで…」」
ほぼ全く同じことを口にしたことに少し驚きはしたが、それも一瞬で、途端に両者とも俗に言う『悪い顔』でお互いを称え合った。
「くっくっく……考えることは同じね。流石我がリトルデーモン」
「黄昏の理解者と言って欲しいずら」
「あそうと決まれば」
「あ決まれば?」
「明日めちゃくちゃ冷やかすわよ!!」
「わー! 待つずら!!」
思いがけないおもちゃを手に入れてしまった二人は小走りで帰路へと着くのだった。
◆
「ルビィちゃん、最近何かあった?」
「え、ええ!? と、特に無いけど……」
翌朝、登校から授業が始まるまでの間に善子と花丸は、自分の席に座ってぼーっとしているルビィに声をかけた。どうやら放課後まで待ちきれなかったようだ。
「だったらどうしてボーっとしたままニヤついてたりするわけ?」
「うそ!? ルビィそんな顔してた?」
「うん」
善子は、まあ嘘だけどね、と心の中で思う。慌てるルビィにすかさず花丸が追い打ちをかけた。
「沼津でずっと同じとこうろうろしてたし、何かあったんじゃないかって心配してたんだ」
「見てたの!?」
椅子に座っていたルビィだったが、見られていたことの驚きと恥ずかしさで、思わず立ち上がってしまう。
「たまたまね」
「いつ!?」
「昨日ずら」
「花丸ちゃんも!?」
ルビィは善子と花丸の顔を交互に見ながら、口をパクパクとさせている。小動物のようだったり、魚のようだったりと忙しい娘だ。
「そりゃそうでしょ。あんた最近付き合い悪いんだもの。ずら丸と沼津で遊んでたらたまたま見かけたのよ」
「え、えっと……その時ルビィ、何、してた…?」
見られていたことがわかると、ルビィは急にもじもじしはじめて、バツが悪そうにそう聞いてきた。楽しくなってきてしまった花丸は、少し脚色を加え、仰々しく答える。
「落ち着き無くウロウロして、どこかをしばらく凝視した後、落ち込んだ様子でトボトボと去っていったずら」
「ぜ、全部見られてる……」
ルビィ自身にも多少は可怪しい自覚はあったようで、終わった……とがっくりうなだれて、そっと自分の席へと着席した。そこで花丸は少し声色を変えて優しくルビィに語りかける。
「ルビィちゃん、正直に話して欲しいずら」
「え、えっと……その……ルビィ……」
「一体何があったのよ。悩みがあるなら相談しなさいよ」
天使のような悪魔の微笑みをたたえる花丸に戸惑うルビィ。善子もそれに便乗し、悪魔のような天使の言葉を囁いた。ルビィには二人の善意が痛く、善子はその困り顔を見て喜び、花丸もまた、意地悪な自分たちを許して、と心にもない懺悔をするのだった。耐えきれなくなったルビィが、ついに口を割る。
「……しょ」
「しょ?」
「正直に話します……」
「うんうん」
観念したルビィに、善子と花丸はずいと近寄って、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
「ルビィね、病気かもしれない」
「うんうん……うん?」
その返答は全くの予想外だった。ルビィは、何か勘違いをしている。二人の予想が大当たりだったことはすぐにわかった。
「最近ね、ボーっとしちゃうことがすごく増えたんだ。それも決まって佐蔵さんのこと考えてるとき。またお話したいな、とか、バイク乗せて貰いたいな、とか。で、お願いに行こうと思って最近ずっと佐蔵さんの高校の前で待ってたりするんだけど、佐蔵さんの顔を見ると、胸がきゅーって痛くなって、動けなくなっちゃって……ルビィ、どうしちゃったのかな……」
「ず、ずらぁ…!」
「はぁ……」
純粋無垢な少女の告白に、花丸はゆでダコのように赤くなってしまう。おらはなんて穢れた人間なんだろう、そう思わずにはいられなかった。善子も、その純粋さに自分の行いを恥ずかしく思いはしたが、それ以上に純粋すぎるルビィにため息をこぼす。
「え、え、善子ちゃんはなんでそんなため息なの? 花丸ちゃん顔赤いけどどうしたの?」
「そのサクラってのがどこのどいつなのかとか、バイクの話は一体どこから来たのかとか、色々突っ込みどころはあるけど、とりあえずルビィがここまでおバカな娘だとは思ってなかったわ……」
少し顔を赤らめながらも、あたかも意に介さない様子で肩をすくめてみせた。
「ひ、ひどい!」
「ルビィちゃん、『待ってて愛のうた』の歌詞、覚えてる?」
がーん、という効果音がぴったりなショックの受け方に、少し吹き出してしまいそうになった花丸だったが、ルビィに自分の気持ちをわかってもらおうと、自分たち、Aqoursの歌を引き合いに出して説明を始めた。
「え、お、覚えてるけど……」
「Cメロのとこ、歌えるかな」
「う、うん……~♪」
教室内に生徒もいたため、小さな小さな声だったが、ラストのサビ前である七人の掛け合いの部分を、優しく美しい歌声で歌い上げる。
「そこ、どうして胸が痛いんだろ」
「胸が、痛い……」
ルビィは自分の胸に両手を当てて目を閉じる。そしてこれまでのことを思い返していた。
私は、どうして胸が痛いんだろう。色んなこと、もっと知りたい。そうだ、これはそんなラブソング。私達が、初めて歌った――
「じれったいわね。ルビィ、あんた、そいつのことが好きなのよ。考えるだけでボーっとして、会いたくて学校の前まで行っちゃうけど、勇気がなくて動けなくなっちゃうくらいにね!」
「ルビィが、佐蔵さんのこと、好き…?」
待ちきれない、と言った様子で善子が口を挟んでくる。好き。男性に向けて初めて口にする言葉――お父さんには言ったことがあるかもしれないけれど――に、少し違和感を覚える。そしてその違和感はどんどんと大きくなっていき、やがて彼女の全身を支配した。
「善子ちゃんはせっかちだなぁ……こういうのは自分で気づくからロマンチックなのに。……おめでとう、ルビィちゃん。まるは応援してるよ」
トドメの一撃だった。ルビィの頭の中であのときのことが走馬灯のように駆け巡る。助けてもらったこと。生徒手帳を拾って一晩どうするか考えたこと。渡しに行ったら想像と違って優しい人だったこと。バイクに乗せて家まで送ってくれたこと。
あぁ、そうだ、あの時私は、佐蔵さんの腰に抱きついて――
「ピ……」
「あっ」
「ピギィィィィ……」
「わー! ほ、保健室ー!!」
そこまで考えたところで、ルビィの頭はオーバーヒートしてしまったようだ。いつもの金切り声すら出なくなり、机に突っ伏してしまったルビィは、二人の友人の手で保健室へと運ばれるのであった。
◆
「ルビィ、どうしたらいいの…?」
「さ、さあ。私にはわかんないから……ずら丸はどうなのよ」
「お、おら!? おらもちょっと……」
ショートしてしまったルビィを連れて、保健室へ来た善子と花丸。ルビィは程なくして目覚めたが、『おせっかいごころ』が湧き上がった二人は、一時間目の授業をサボる形でルビィに付き添っていた。
「何もったいぶってんのよ」
「い、いや、おらの話じゃなくて、今はルビィちゃんの話だから……」
「た、たしかに……ずら丸と一緒のことしてうまくいくビジョンが浮かばない……」
花丸と善子はルビィにはわからない話をしていた。何かな、二人だけの秘密なのかな。そう思うと少しもやもやする気がしたが、今はそれどころではなかった。
「とにかく! まずは会ってお話するところからずら」
善子ちゃんの言葉を遮って、花丸ちゃんがルビィの両手を握る。きっと勇気づけてくれてるんだろう。
「で、できるかな……」
今までできなかったことだ。ジャージを返しに行った時すんなりできたのは、やはり『ジャージを返す』という目的があったからだろう。あの時、もうちょっと話ができれば少しは違ったのかもしれないが、今となっては後の祭りだ。迷惑じゃないだろうか、とか、やはり考えてしまう。
「心配なら途中までついてってあげるわよ」
「善子ちゃん…!」
花丸が握ったルビィの両手に、善子も手を重ねた。
「途中まで、だよ?」
花丸も、もう一度ぎゅっと握り返す。なんていい友達を持ったんだろうか。自然と笑みが溢れる。
「花丸ちゃん…! ありがとう!! 二人とも大好き!!」
「……これをその彼にできたら良いんだろうけど、そううまくはいかないわよね」
善子の言葉に、ルビィは自分の顔が再び赤くなるのを感じた。そんな自分の様子を見てくすくすと笑っている二人が、ちょっぴり恨めしくもあった。
2018.10.2
しゅーゐちさん(@syu_ichi1125)から頂いた挿絵を掲載いたします。
「最近ね、ボーっとしちゃうことがすごく増えたんだ。それも決まって佐蔵さんのこと考えてるとき。またお話したいな、とか、バイク乗せて貰いたいな、とか。で、お願いに行こうと思って最近ずっと佐蔵さんの高校の前で待ってたりするんだけど、佐蔵さんの顔を見ると、胸がきゅーって痛くなって、動けなくなっちゃって……ルビィ、どうしちゃったのかな……」
【挿絵表示】
しゅーゐちさんありがとうございました!!