「ここずら?」
「……うん」
その日の放課後、私達一年生は練習をお休みした。適当な理由をつけると、もしお姉ちゃんにバレたとき大変なことになりそうだったから、三人それぞれ別の理由。私は体調不良。これは朝保健室に行ったから、何もおかしなところはないだろう。お姉ちゃんが帰ってくる前に家に帰る必要はあるけど。花丸ちゃんはお家の用事、もし沼津に来ていたことがわかっても、必要なものを買いに来たとでも説明すれば通ると思う。善子ちゃんは……「私、今日ちょっとお休みするわ」と詳しい理由を告げなかった。まあ、善子ちゃんはたまにそういうことあるし、それで許されるキャラなので、問題はないだろう。
「そのサクラってのはどんなやつなのよ」
「えっと、暗い茶髪で、背は自販機くらいあって……」
「でっか!」
そして私たちは
「あ、たくさん出てきた!」
どうやら今日は終業のチャイムは鳴らないようだった。高校三年生だから、もしかしたらチャイムは関係ないのかもしれない。今の時期、自由登校の学校だってあってもおかしくはない。
「どいつ!? もう出てきた!?」
花丸ちゃんが大勢出てきた学生たちを指差し、善子ちゃんがそれを見ようと物陰から顔を覗かせる。いっぱい出てきて、ちょっと分かりにくいけど……
「……あっ!」
「いたのね!! どの辺!?」
「よ、善子ちゃん、がっつきすぎずら……」
いた。見間違えるわけがない。ひときわ目立つその長身に、しばらくの間見惚れていた。が、善子ちゃんが、「見つけたなら隠れてる場合じゃないわ、行くわよ!」と私の手を引いて校門の方へ駆け出す。信号は
「あーもう、ついてない。見失っちゃったらどうすんのよ!」
「あ、あの、佐蔵さん、多分バイクの駐輪場に行くと思うから、今見失っちゃっても大丈夫だと思うよ…?」
「あ、そ、そう、なのね……」
慌てる善子ちゃんを諭すように話す。納得してはくれたみたいだが、若干善子ちゃんの顔がひきつってるように見えたのは気のせいだろうか。
「最近この辺かわいい子がうろついてるって話だったけど、君たちかな?」
ふと、後ろから声をかけられる。嫌な予感がする。ルビィは直感的にそう思った。反応したら、ダメな気がする。
「おいおい、三人共無視しちゃうわけ? つれねーなぁ」
どうやら花丸も善子も同じことを思ったらしく――もしかしたら声をかけられたのが自分たちではないと思ったのかもしれないけど――、何も反応がなかったことに少し腹を立てた様子で、信号待ちしていた私達の前に姿を見せた。
「たしかに可愛いね」
三人組だった。ルビィが最初に絡まれた五人組とは、おそらく違う集団。しかし、同じ狩野川高等学校の制服を着ているのは間違いなかった。
「私達、忙しいんで。他を当たってくれませんか?」
凛とした声で、三人組とは目も合わせず、善子が応えた。仕方なく、と言った様子で、言葉も短く、そして早口だった。
「なになに、怒らせちゃった? ごめんって。じゃあその用事が終わってからでいいからさ、一緒に遊ばない?」
学生たちは、いかにも軽そうな態度で、馴れ馴れしくルビィ達に絡んできた。花丸は慣れていないようで、ルビィも一回経験があるとはいえ、そんなのは何の足しにもならず、萎縮してしまうばかり。善子は多少耐性があるのか、ふん、と鼻でため息を吐いて強い口調で切り替えした。
「あのね、あんた達にかまってる暇なんてないの。わかったら向こう行ってちょうだい」
それがいけなかった。
「んだよこの女」
「ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃねーぞ」
「三三だし、拉致っちゃう?」
三人組はひどく腹を立てた様子で、口ごたえをした善子の腕をひっつかんだ。
「ちょ、ちょっと! 離しなさいよ!!」
強く言えば興ざめして諦めるだろう。そう思っていた善子は自身の目論見が外れて少し慌てた。
『ダメよ、ここで弱気になんてなったら、ホントに連れてかれちゃう…!』
ふと善子が横を見ると、ルビィと花丸が肩を寄せ合って怯えているのが目に入る。
『これは、まずいわね……どうにか言いくるめて、追い払わないと…!』
先程のルビィの話を思い出し、善子はとっさにデタラメを言い始めた。
「あ、あんたらなんかね! ルビィの彼氏にギタギタにされちゃえばいいのよ!」
その場にいる全員があっけにとられた顔をする。その直後、一人は真っ赤に、一人はその真っ赤を見つめ、三人は顔を見合わせて、それでもやめなかった。
「そんなん拉致っちゃえば関係ないっしょ」
男の一人が笑いながらそう言う。他の二人もそれに同調したようだった。
ダ、ダメか……これはもう、青になった瞬間学校の方まで……でもそれだとルビィと花丸はどうなるの? 逃げ切れる?
善子のカードはもう残り少ない。一人ならまだしも、友達の無事もかかっているのだ、慎重にならざるを得なかった。
「何やってんだお前ら」
その時だった。三人組の肩に、優しく手が置かれる。男たちははっとして、ぎこちない様子で振り返った。
「さ、佐蔵先輩……」
「こいつら、俺のツレなんだけど、なんか用か?」
善子はものすごいプレッシャーを感じていた。こんなのに凄まれたら、自分だって動けないかもしれない。その茶髪で長身の男を見上げ、冷や汗を流す。
「い、いや……なんか道に迷ってたっぽくて」
「信号待ちしてたのにか?」
「えっと、その……」
「さっさと行け」
「す、すんませんっした!」
茶髪の男に凄まれた三人組は一目散に逃げていった。ん? 茶髪で長身…? 善子は思う。どこかで聞き覚えのある特徴だな、そういえば、サクラ先輩って……
「さ、佐蔵さん…!」
目の前に立っていたのは、まさに三人が探していた佐蔵晃太その人だった。
「どっかで見たことある赤毛だと思ったら……おい黒澤、何しに来たんだよ。危ねーっつったろ」
「ご、ごめんなさい……」
佐蔵はルビィの目の前に立ち、まるで父親が娘に説教をしているかのような口調で咎めた。その様子を見て善子は、へえ、見かけによらず結構良いやつそうじゃない、と思う。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございました」
先程まで肩を震わせていた花丸が、その長い髪を翻し、深々とお辞儀をする。
「い、いや、別にどうってこと……」
佐蔵はやはりこういうことには慣れていない様子で、頭をかく。そして小声でルビィに、こいつらは? と尋ねた。
「私のお友達です。国木田花丸ちゃんと、津島善子ちゃん」
「あ、私、国木田花丸です」
「ども。助けてくれて、ありがとね。津島善子よ」
「よ、善子ちゃん、佐蔵さん三年生だよ…!」
「えぇ!? そ、そういうことは先に言いなさいよ! す、すみません。助けていただいてありがとうございました」
仲の良さそうな姿を見て佐蔵は、この二人が黒澤の言っていた友達のことか、と理解する。しかし、何故このあたりにその三人が来ているのか、それが不思議で仕方がなかった。
「あんまりそういうの気にしねーから好きにしてくれ。で、お前らなんでこんな所に? 学校帰りに遊びに来たって言っても、この辺なんかなんもねーぞ」
すると、ルビィの体がビクンとはねた。そして善子と花丸は一歩後ずさる。
「ル、ルビィ、私達そろそろ行くから」
「と、途中までって約束だったけど、最後まで一緒にいちゃったし、これ以上はお邪魔かなーなんて……」
あれ、と思ってルビィが振り返ると、二人の親友はびっくりするぐらい目が泳いでいた。
「そ、そんなことないよ! 二人とも……」
「じゃ、頑張ってー!!」
「応援してるずらー!!」
もう少しだけ一緒にいてよ、と口にしかけたが、二人はそれよりも早く退散してしまっていた。もしかしたらルビィの逃げ足よりも早かったかもしれない。
「な、なんだ、あいつら……」
佐蔵もあっけに取られた様子だ。
二人とも行っちゃったけど、ここまでついてきてくれたんだ。頑張らなきゃ、とルビィは気合を入れ直す。
「あ、あの……」
「なんだよ」
走り去っていった善子と花丸の方を眺めていた佐蔵だったが、ルビィに問いかけられて真下にいる小さな赤毛に目を向ける。
「あの、バ、バイクに、乗せて下さい!!」
緊張しきったルビィにはこれが精一杯だった。色々ごちゃごちゃと話すと、何も伝わらないような気がしたし、なにより支離滅裂になってしまいそうで怖かった。
「……はぁ?」
しばらくの沈黙の後、佐蔵は怪訝そうな声を上げる。
「えっと、あの、その、だから……」
結局何も伝わらなかった、と焦るルビィは、身振り手振りを加えながら必死に説明しようとするが、上手く言葉にできない。傍から見るとただわたわたしているだけにしか見えなかっただろう。そんな様子に、佐蔵は自身が思ったことをストレートに伝えてきた。
「お前、もしかしてそのためだけにここにきたの?」
「えっと、は、はい……多分……」
「……ばっかじゃねーの」
少し照れくさそうに、でも満更でもない様子で強がりを言う佐蔵。
「ぅゅ……」
しかし、ルビィは強がりだと受け止めることはできず、ばか、と言われ少し凹んでしまった。
「OKOK、そんな顔すんな。乗せてやるよ」
落ち込むルビィの様子を見て少し悪い気がしたのか、佐蔵は慌ててフォローを入れる。実際の所、バイクで走ること自体が好きな彼にとって、乗せてほしい、と言われるのは
「ホントですか!?」
それを聞いたルビィはぱあっと顔を輝かせた。佐蔵は眩しくて目がくらむような感覚に陥るが、気を持ち直してルビィに尋ねる。
「テンションの上下激しいなおい。で、どこ行きたいんだ?」
「そ、それは……」
「まじでただ乗せてほしいってだけで来たのか…?」
「はい……」
佐蔵は、予想外の所で言いよどむルビィに僅かな
「……変わったやつ。んじゃ乗れよ。適当に走るから」
「あ、ありがとうございます!!」
満面の笑みで返礼するルビィ。その純真そうな笑顔に、やはり佐蔵は照れくささを感じる。男子校で三年近くも生活しているせいか、女子ってこんなだっけ、と思った。そして、そういえば、とあの日のことを思い出す。
「それから、怖かったのかもしんねーけど、あんま強くしがみつくなよ。あれ地味に痛ーんだぞ」
「す、すみません……」
そう言われたルビィは、まるでネムノキのように小さくなってしてしまうのだった。