lollipop sweet heart   作:@ぷくぅ

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7th episode

「えへへ……」

 

 ルビィはスマートフォンを眺めながら、自分の机で惚けていた。

 

「ねえ、善子ちゃん」

「皆まで言うな、ずら丸よ」

 

 目の前には、ナイスアシストを決めた二人の選手が立っている。

 

「迎えに行ってやるよ、かぁ…!」

 

 しかし、ルビィはそんなことお構いなしだ。心なしか、目の下にクマができているようにも見える。

 

「でも、やっぱりそうだよね」

「ま、レアなルビィが見れていいんじゃないの?」

 

 やれやれ、と言った様子で善子と花丸は顔を見合わせた。レア、というよりも、初めて見る顔かもしれない。

 

「あ、でも、連続でなんて迷惑だよね……」

 

 晃太と連絡先を交換したことのがよほど嬉しかったのか、ルビィは昨晩あまり眠れなかった。ベッドには入ったものの、晃太の連絡先を開き、画面が消灯状態になるまで眺めてはまた起動しを繰り返し、まるで禅問答のようだった。

 

「上手く行ったんだろうけど……こんなの他のAqoursメンバーに見せられないよ」

「鞠莉なんかに見せたら思いっきりからかわれそうよね」

 

 しかし、親友二人から見ても、今の彼女は明らかに異常だ。このままではメンバー中に知れ渡るのも時間の問題。いや、時間の問題にするほど時間がかからないかもしれない。

 

「ぅゅ……でも、どんなタイミングで連絡したら良いんだろ……困ったなぁ……」

 

 当の本人は全く自覚がないようで、どうやら今はどうやって次の約束を取り付けようか、というステージまでたどり着いたようだった。一晩経ってこれだ。落ち着くまでにはあと何日かかることやら。

 

「思いっきりからかってた善子ちゃんが言う?」

「なによ、ずら丸も一緒になってやってたじゃない」

 

 善子と花丸はと言うと、親友がこれほどまでに幸せそうにしている姿を見て、本当は素直に祝福してあげたいのだが、若干、後悔していなくもなかった。ちょっと、上手く行き過ぎたのかもしれない。

 

「それは……そうだけど……」

「いやまって、ずら丸もからかうくらいなんだから、Aqours全員からからかわれる可能性が…!」

 

 これは、まだまだ私達が力を貸してあげる必要がありそうだ。二人とも、全く同じことを考えていた。とりあえず今は、ルビィを落ち着けることが先決だ。いつもなら早く来てほしい放課後だったが、今日に限っては来るなと思うばかりだった。

 

 

 

 

 変なやつに懐かれてしまった。

 ウチの高校の奴らに絡まれていた小さな女の子。最初は――制服姿を見るまでは――小学生かと思っていたが、実は高校生だったのには驚いた。そしてなにより、あんな小さくておどおどしたやつがアイドルやってるなんて、何かの間違いじゃないかと思った。

 気になって幾つか動画を見てみたが、そこには俺の知ってる黒澤ルビィと同じ顔した別のやつがいた。本当に同一人物なんだろうか、とも思ったりしたが、きっと同一人物なんだろう。ギャップを感じずにはいられなかった。ステージの上ではスイッチが入るタイプなんだろうか。

 

 歌とか踊りとか、ましてやアイドルになんて全く興味のなかった俺だったが、ルビィが所属しているAqoursを見て、少し調べてみたりもした。どうやらこないだ言っていた『ラブライブ』とやらは甲子園のようなものらしい。地区大会があって、県大会があって、そして全国大会がある。先日行われた県大会をAqoursはみごと一位で通過し、全国大会に駒を進めたみたいだ。どうせコピーバンドみたいなものだろうと高をくくっていたのだが、そのパフォーマンスを目の当たりにした途端、急にウチの軽音楽部が安っぽい部活に思えてしまった。

 

 ルビィとは、あれから連絡をとりあうことが増えた。乗せて欲しくなったら連絡しろ、とは言ったが、そうでなくても連絡していいとは言ってないんだが――そうでなければ連絡するなとも言ってないが――、なんてことない連絡や近況がたまにメッセージアプリを通じて送られてくる。別に無視してもに良いはずなのだが、あのがっかりした表情を思い出すと、指が自然と動いてしまうのだった。

 

ぴろん

 

 デフォルトから変更していない味気ない着信音が通知する。どうせルビィだろう。

 

「なになに……今日は部活で苦手なステップが上手にできました、ふーん」

 

 ルビィから届くメッセージは概ね部活のことか、友達――国木田花丸と津島善子――のこと、あとお姉ちゃんのことも多い。当初言っていたバイクに乗せてくれと言うのは一度も来ていないが、どういうことなんだろうか。

 なんて返そう。あまりそっけない返事で悲しませるようなことをしたいとは思わない。

 

「かといって、苦手なステップって言われてもなぁ。俺見たことねーからなんとも言えねーし」

 

 よかったな、ラブライブ頑張れよ。ダメだ、これはこないだ送った。すごいじゃないか。うーん、すごいかどうかもわからないのに無責任すぎないか? 毎回こうだ。返事が思いつかなくて結局寝落ちしてしまう。

 

「今日ぐらいは今日の内に返事してやんねーとなぁ」

 

 ルビィは無邪気すぎてどうにも年相応に見えない。もし、俺に年の離れた妹がいたとしたらこんな感じなんだろうかと思う。ただ、もしそうだとしても毎回毎回次の日になるまで返事できないのは良くない。しばらく考えてから、とりあえず今回は、良かったな。次もうまくいくと良いな、と送っておくことにした。

 

ぴろん

 

 再び通知。ルビィからだった。今度は先程の返事として、ありがとうございます、と、晃太さんも頑張ってください。そして、あいつの『頑張るビィ』に似たポーズをした動物の画像が送られてくる。よくこんなの見つけてくるなと感心した。

 

「頑張れって、俺部活やってないんだけど」

 

 ルビィはきっと、部活のことに対して頑張れと言ってきているわけではないんだろう。部屋の隅に飾ってある盾やトロフィーが、恨めしそうにこちらを見ている気がした。

 

「無理だって、今更」

 

 何度も反芻(はんすう)した言葉を再びつぶやく。もう、いいんだ。それに俺にはバイクがあるじゃないか。そう思った途端、無性に走りたい衝動に駆られた。ルビィのせいだ。俺はルビィに、お前のせいで走りたくなったから走ってくる、とメッセージを残し、スマホをポケットへと滑り込ませる。きっと次開いたら謝罪のメッセージが何件か入っているんだろう。そしたら出先で撮った写真でも送ってやるか。そんなことを考えながら、俺はドラスタが置いてある車庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

 あれからまたしばらく経った。日中、晃太から返信が返ってきたりすると嬉しさを隠しきれていないルビィであったが、一応メンバー間でも話題になることはなかった。どうやら善子と花丸はなんとかルビィの調教に成功したらしい。メンバーくらいならなんとかごまかせる程度にはなっているようだ。

 

「ルビィ、ちょっと宜しいですか?」

 

 ただ一人を除いて。

 

「ふぇ…? お姉ちゃん?」

 

 襖を隔てて楚々(そそ)とした声がルビィに呼びかける。

 

「お話したいことがあるので、入ってもいいですか?」

 

 なんだろう、珍しい。勉強机に向かっていたルビィはすぐさま襖を開ける。そこにはお茶とお菓子を乗せたお盆を持つ、部屋着姿の姉が怖いくらい優しい顔をして立っていた。

 し、しまった。ルビィは直感的に身構える。この表情はお説教をするとき――勝手にお姉ちゃんのプリンを食べてしまったときなんかがそうだ――にすごく似ている。しかし、よく見るとお盆にはダイヤの大好物である抹茶プリンと、ルビィの大好きな洋菓子屋さんのスイートポテトが。怒られるわけではない、のだろうか。

 開けてしまった手前、やっぱダメ、なんてことを言うわけにもいかず、そのままダイヤを招き入れた。

 

「……座らないのですか?」

 

 少し、様子を見がてら立ち尽くしていたルビィにダイヤが声をかける。いつもと調子が違うため、得も言われぬ気持ちが沸き立つが、ルビィは素直に従い部屋の中心に置いてあるちゃぶ台の前に着座した。

 

「あ、お茶とお菓子を持ってきましたの。ルビィの大好きなスイートポテトですわよ」

「あ、ありがとう……」

 

 召し上がれ、とダイヤはルビィにお茶とお菓子を差し出す。普段なら大喜びするところなのだが、今日のところはどうにも勘ぐってしまう。なにか、あるぞ、これは、と。

 

「あら、あまりお腹減っていませんでしたか? 最近勉強も頑張っているようでしたし、差し入れついでに少しお話しようかと思ったのですが……」

 

 少し残念そうに顔を伏せたダイヤを見つめ、お姉ちゃんはよく見てるな、とルビィは思う。実際の所、最近勉強机に向かう時間はとても増えた。ただそれは、実は晃太から返事が来るまで宿題をし、返事が来たらそれに返信し、また返事が返ってくるまで宿題の続きをするといったとても不純な理由、なのだが。

 

「そ、そうかな…?」

「私の所にあまり聞きに来なくなったので、はじめは遊んでいるのかと思いましたが、頑張っているようで何よりです」

 

 流石私の妹、とダイヤは嬉しそうに語る。晃太からの返事を待っているので、ダイヤの所に聞きにいくなんてできないし、そもそも机に向かっている動機が動機なだけに胸が痛んだ。

 

「練習でも調子良さそうですわね。今日のあのステップ、すごく上手くできていたと果南さんも褒めていました」

 

 これは素直に嬉しい。自分でも、晃太に報告してしまう程度には上手くできたという自負があっただけに余計だ。飲み込みの早い善子ですら苦戦していたステップだったことも、彼女より先に習得できたという自信につながっていた。

 

「衣装作りにもだいぶ貢献しているようですわね。曜さんも感謝していましたわ」

 

 そういえば放課後、全体練習がおやすみのときとか、ユニット練習のはずが千歌が梨子に捕まってしまって――言い方が悪い。悪いのは千歌ちゃんだ――、曜と二人になってしまったときとか、衣装作りを手伝っていた。曜のスピードには全然ついていけないけど、そんなふうに思ってくれていたのはすごく嬉しい。手伝って良かったと思う。

 

 思えば、ここ最近様々なことにおいてとても調子がいいことに気がついた。部活でのこともそうだが、勉強をしていても集中力が続いている気がする。もちろん晃太から返事が来た時はそちらに意識が向いてしまうのだが、またすぐ戻ってこれている。朝もダイヤに置いていかれることが減った。目覚ましよりも早く起きるようになって、アラームをかけるのをやめたのはつい先日からだ。

 

「私、正直驚いていますの。急にルビィが『()()』になってしまったような気がして」

 

 ダイヤは緑茶を一啜りして、言葉を切る。そしてルビィをまっすぐ見つめ、こう言った。

 

「なにか、きっかけでもありましたの?」

 

 ルビィは雷に打たれたかのような錯覚に陥った。ダイヤは藪から棒にこんなことを聞いてくるような人間ではない。果南や千歌のような鋭い嗅覚は持っていないし、鞠莉のようにカマをかけてくることもしない。が、逆に言うと、こう聞いてくるということは、自分の中に何か根拠がある、そういうことだった。

 

ぴろん

 

 ルビィが何も言えずにいると、幸か不幸か、ピンクのスマートフォンがメッセージの受信を知らせる。

 

「電話、鳴っていますわよ」

「う、うん……」

 

 ルビィはやおら立ち上がって勉強机の上に置いてあるスマートフォンを手に取る。晃太からだった。ちらりとダイヤの様子を伺ったら目があってしまい、少し気まずい。

 

「お返事、してあげて下さい」

「わ、わかった」

 

 ルビィはささっと晃太への返信を綴る。慌てたからか、晃太さんも頑張ってください、なんてよく意味の分からない事を返信してしまったが、頑張るビィのポーズでごまかしておくことにした。

 

「お返事、したよ」

 

 そういってルビィはちゃぶ台の上にスマートフォンを伏せて置く。もう音がならないようにサイレントモードにしておいた。ダイヤは一瞬スマートフォンに目をやったが、すぐに視線をルビィへと戻した。

 

「そう」

 

 沈黙。普段なら別に気にならないはずなのに、今日の沈黙はとても重たかった。ダイヤからは怒りとも取れるプレッシャーを感じる。おかしい、さっきまで、私は褒められていたはずなのに。何か間違ったことをしたのか、どこか可怪しいところがあるのか、重圧に耐えきれなかったルビィは、恐る恐るダイヤに尋ねた。

 

「変、かな……最近のルビィ……」

「あらルビィ。変、と言うのは少し字が間違っているのではなくて?」

「?」

 

 対するダイヤは、悪戯な笑みを浮かべて手に持っていたスプーンを置いた。ルビィはダイヤの言っている意味が理解できず、小首を傾げる。その様子に、ダイヤはますます意地悪そうな顔で続けた。

 

(なつあし)ではなく、(こころ)なのでは?」

 

 なつあしじゃなくて、こころ…? 字が間違って……

 

「おおおおおお姉ちゃん!?」

 

 気づいたときにはもう真っ赤になっていた。

 

「ふふふ、どうかしましたか?」

 

 珍しくダイヤが破顔する。その顔は、さっきまでの威圧的な雰囲気とは打って変わって和やかで優しげなものだった。

 

「い、いつから…!?」

 

 慌てふためくルビィを他所に、ダイヤは呆れと母性の混じったため息を吐き答えた。

 

「わかりますわよ、何年ルビィのお姉ちゃんやっていると思っているの?」

 

 あ、う……さすがはお姉ちゃんだ……やっぱり隠し事なんて、できないんだな。ルビィは改めてそう思う。

 

「ごめんなさいね、意地悪をしてしまって。ですが、お姉ちゃんにも相談できないことができてしまったことにちょっと寂しさを感じてしまって……」

 

 申し訳なさそうに言うダイヤだったが、その表情は全然申し訳なさそうではなかった。そして、しょんぼりしているルビィを見て、こう付け加える。

 

「私も、恋愛経験はありませんのでいいアドバイスができるかはわかりませんが、話くらいなら聞いてあげることはできますから」

「……へ?」

「思い煩ってる妹に救いの手を差し伸べるのは姉として当然のことですわ!」

 

 ダイヤの目は、エリーチカのことを話しているときより輝いていたかもしれなかった。

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