それから二人はヒツジの餌やり体験やレッサーパンダのガイドショーなどを堪能した。アルパカのコーナーでは何やら真剣に観察していたルビィであったが、もこもこのアルパカを見ている内に晃太もその愛らしさに癒やされたような気がした。
ひとしきり回り終え、昼食も食べ終わったのでそろそろ出ようか、そんな頃合いだった。二人組の大人が晃太とルビィに近づき、声をかける。
「すみません。今、動物園に来ている方に取材をしてるんですけど、少しお話いいですか?」
どうやら新しい動物園の取材に来ていたレポーターのようだ。よく見ると、そのうちの一人はハンディカメラを手に周囲を撮影している。ハンディカメラなあたり、大きなテレビ局ではなさそうだが。
「え、ど、どうしよう……」
困惑した様子で晃太を見上げるルビィ。
「別にいいんじゃねーの? 俺たち、一通り回ったから大抵のことは話せるだろうし、それにお前、Aqoursの宣伝するチャンスだぞ」
「た、確かに!」
ルビィはぴょんと飛び跳ねて晃太に従った。本当に小動物みたいな動きをする。晃太は、兎なんかの小動物が好きなのは同族だからなのだろうか、と思った。
「ありがとうございます! では、この動物園でおすすめのデートスポットについて教えていただきたいのですが、カップルでご来園のあなた方は、どこが一番デートに最適だと思われますか?」
なにやら雲行きが怪しい。
「カカカカカカカ…!」
ふと隣を見ると、壊れたロボットのように同じ文字を繰り返す、顔を真っ赤にしたルビィがいた。こいつはもう使いもんにならねーな。と悟った晃太は、仕方なくレポーター達に弁解する。
「えっと、すみません。俺たちそういうんじゃなくて……」
それを聞いたレポーターははっとした顔で謝罪をした。そしてそそくさと逃げるように去っていく。その迅速さに、晃太はあっけにとられ、しばらくの間立ち尽くしてしまった。
「…………」
「……なんでお前が落ち込んでんだよ」
無表情になっているルビィに気づく。心なしか少し口をとがらせているように見えた。
「いえ、なんでもないです」
ルビィはこちらには一切目を向けず、早口でそう答えた。ふてくされてるのがバレバレなんだが、感情がすぐ表に出るところがまた子供っぽくて少しおかしい。
「いや、俺も何かこうスッキリはしねーけどさ、間違っちゃいねーだろ」
「そうですね」
ガキかよ、と少し面倒くささを感じる晃太だったが、ここでいじってもいいことはないだろうと、レポーターたちをフォローする――いや、元はといえばあいつらが悪いんだからこの言いようは間違ってたのかもしれない――が、それでもルビィの気は収まらないようで、少し不満げに、そしてどこか寂しそうにうつむいて答えた。
はあ、と心の中でため息をつく。どうやらこのままでは帰れそうにない。晃太はルビィの頭をくしゃりと撫でると、行くぞ、と言って園の出口へと向かった。
◆
「あの……ここは…?」
動物園を後にし、バイクまでたどり着いても表情に変化のなかったルビィだったが、駅前の駐輪場にバイクを停め、連れ出されたところでその様子が困惑に変わる。
「あのまま帰るほど人でなしじゃねーよ」
そう言って、晃太は併設してある自動販売機でタオルを購入した。
ここは、熱海駅の南東にある『家康の湯』。天然温泉を使用した足湯で、徳川家康
「熱海と言ったらやっぱ温泉だろ!」
それまでの空気を吹き飛ばすかのように屈託のない笑顔でルビィに語りかけた。それまで曇っていたルビィの顔に晴れ間がのぞいた。
「ありがとうございます!!」
二人は温泉のすぐ側まで近寄る。昼時も終わり、休憩がてら立ち寄る人が多いのだろうか、足湯はそれなりに混雑していた。が、順番待ちをするほどではないようだ。
晃太は靴と靴下を脱ぎ、ジーンズを膝までまくる。湯はふくらはぎの半分くらいまでのところまでしかこないため、そこまでまくれば衣服が濡れることはない。ルビィも、タイツやストッキングを履いていたならそうはいかなかっただろうが、幸いロングブーツにショートパンツだったため、問題なさそうだ。
利用客が多いため、他の客が少しでも入れるようにと晃太はルビィに近寄る。ルビィはピクリとわなないたが、両手を太もものところで重ね合わせた。
体を寄せた時に、ルビィの素足が晃太の視界に入った。その白さに、その細さに、目を奪われてしまう。
「あ、あの……晃太さん…?」
「え、あっいや、なんでもない」
しばらくして、少し恥ずかしそうに上目遣いをするルビィが晃太に問いかけた。晃太は慌てて答える。しまった、見られてた、と思うとともに心臓がバクバクしていることに気がついた。そして再び――ちらりと、だが――ルビィの方に目をやる。
ベンチのようになっている足湯の座席に、ルビィは浅く腰掛けていた。普通に座ると足が届かないのだろう。それでもまだ足が届いていないのか、それともわざとつけていないのか、湯の中で軽く足を揺らし、湯がチャプチャプと音を立てていた。改めて見ても綺麗な足をしている。寒さで白んでいるから余計そう見えるのか、その肌はまるで雪のようだ。膝小僧に少し赤みがさしているのはダンスの練習を一生懸命やっているからだろう。自分も陸上をやっていたせいか膝の皮は少し硬い。こんなにも細い足で、よくダンスなんてやっていられるな、と思う。動画を少し見たが、飛んだり跳ねたり走ったり、いつか折れてしまうんじゃないかと心配になる。
見上げると、ルビィは穏やかな笑みをたたえ、自分の足元を見つめていた。揺らしてできた波を追いかけているのだろうか。その視線は前後左右を行ったり来たりしている。髪をおろしているためか、その表情はいつもより随分と大人びて見えた。またバレると気まずいな、と思いそこでルビィから視線を外し、賑わっている熱海の駅前に視線を移した。
晃太は思う。和む、と。久しぶりに心穏やかな気持ちになれた気がする。ここ最近――期間にすると二年くらい――、こんなにも心が安らいだことはないんじゃないだろうか。目をつむって横になれば寝てしまうんじゃないか、そう思うくらいに心が弛緩してしまっているのがわかった。
ずっとこのままでもいいかもなー、なんてありえない妄想をしている時、隣りにいたルビィが晃太の袖をちょんちょんと引っ張って言う。
「晃太さん、すみません……ちょっと熱くなってきちゃいました……」
「お、おうそうか。じゃあそろそろ行くか」
よく見たら、ルビィの足は湯にあたっていた部分が真っ赤になっていた。他が白いだけによく目立つ。晃太は悪いことをしたな、と思った。自分が呆けていたせいだ。
足についた水分をタオルでしっかり拭き取り席から離れる。さっきまで座っていた場所は、すぐに別の利用者で埋まってしまった。
「じゃあ帰るか。ポカポカして寝るんじゃねーぞ。落ちたら死ぬからな」
そんな冗談に少し笑い合って、熱海を後にした。
◆
熱海から沼津までは順調に進んだ。道もさほど混んでいなく――昼は過ぎたが帰宅ラッシュにはまだ早い微妙な時間帯だったからかもしれない――、行きよりも早く沼津まで帰ってこられた。ルビィを家の前まで送り届け、別れの挨拶をする。
「結構楽しかったな」
「喜んで貰えたなら、ルビィとっても嬉しいです!」
晃太のその一言に、ルビィは弾けるような笑顔で答える。
「まあ、な。行った甲斐はあったんじゃねーの?」
純真な笑顔を当てられ少し恥ずかしくなった晃太は、あまのじゃくのような返しをしてしまい、ちょっと後悔する。どうしてこういう時に素直に誘ってくれてありがとうと言えないのだろうか。
とはいえ、いつまでもこうして家の前で話しているわけにもいかない。
「じゃーな、そろそろ行くわ。またな」
「はい……また……」
その言葉を聞いて、ルビィは少し、いやかなり名残惜しそうな目で晃太を見つめた。今朝プレゼントしたピンクのフルフェイスをぎゅっと抱きしめる。
「おいおい、そんな寂しそうな顔すんなって。なんのための『また』、なんだよ」
「!」
晃太がルビィの頭をグシャグシャにした。そしてルビィは、はっと気づいたように目を見開いて笑顔で答えた。
「そうですね! また!」
「おう、どっか行きたくなったらいつでも連絡しろよ!」
そうして、二人は笑顔で別れるのだった。
帰り道、一人になった晃太は今日一日のことを思い出していた。ルビィのやつ、意外としっかりしてるんだな、というのが率直な感想だ。おどおどして何をやってもうまくいかないような印象を持っていたが、それは失礼だったな、と考えを改める。やっぱりあの兎とのふれあいは心に残る出来事だったようだ。しかし、あいつになにか教えられるとはな。はじめての体験だったこともあるが、てんやわんやして、それを優しくなだめられたことを思い出して少し悔しくなる。でも、結構教えるのうまかったし、案外向いてるのかもしれない。それにはまだ、少し自信が足りていないような気もするが。
そういえば、今日は疲労感が少ない。これもやはり、ルビィが乗り方を調べてきたからだろう。思い出し笑いを噛み殺す。そういうとこ、真面目で可愛げがあるんだよな、と感心した。後ろに乗るのが好きだと言うのもうなずける。こういうやつなら、いくらでも乗っけてやるんだが……と心の中でため息を吐いた。
そして、なんと言ってもレポーター達だ。あいつらは引っ掻き回すだけ引っ掻き回してさっさとどっか行きやがった。と思い返すただけでとふつふつと怒りがこみ上げてくる。そのせいで足湯に寄り道するはめになったじゃないか、と思ったが、ルビィの満足そうな顔を思い出し、まあそれはいいか、と思い直した。にしても、変なことを聞いてくるレポーターだった。自分とルビィがカップルに見えたんだろうか。いや、見えたから声をかけてきたんだろうけど、なんだか不思議な気持ちだ。別に付き合ってるわけじゃないし、そもそもルビィは――――
そこで晃太の思考が止まる。
俺にとって、ルビィって、なんなんだ…?
知り合い、と言うのは少し他人行儀な気がする。友達、というのもなんだかしっくりこない。親友、これは少し違うな。恋人、では無いはずだ。というか、そもそもそんな風に思ったことはこれまで一度もない。会ったのだって数えるほどだし、たまに連絡は取り合っているが、それもそう毎日ってわけでもない。
これまでの俺はきっとルビィのことを妹分のように思っていた気がする。が、それも違うんじゃないかと思い始めた。確かにルビィのことは可愛がっているが、慕ってくれることにその気持ちを抱いてるわけではない。そもそも、何故ルビィに付き合ってやっているんだろう。
晃太は思い返せば思い返すほど、よくわからなくなるジレンマを抱えた。始まりはあの日、絡まれてるルビィを助けた日だ。でも、それは多分きっかけに過ぎないだろう。実際、当初はなんとも思ってなかった。次の日には忘れてたくらいだ。そんな時に生徒手帳を返しにルビィが学校までやってきた。終バスを逃して家まで送って……どうして終バス逃すまで喫茶店にいたんだろう それで何日かして、学校の近くでまた絡まれてて――しかしホントによく絡まれるやつだな――、また助けてやって、バイクに乗せてくれとせがまれて、夕陽を見に……
晃太はなんだか恥ずかしくなってきていた。よくよく考えたら、あれはデートだったんじゃないだろうか。今日のだってそうだ。ルビィが招待券を持っていたのは本当だったが、何故ルビィは晃太にに声をかけたんだろうか。他にも誘う相手なんていっぱいいるじゃないか。姉や二人の親友、Aqoursの他のメンバーだっている。アシを持っているからだろうか。しかし晃太はそうとは思えなかった。バイクの乗り方だって調べてきたし、ヘルメットをプレゼントしたときも嬉しそうにしてた。それに、動物園でも足湯でも楽しそうに笑ってたじゃないか。別れ際にもあんなに嬉しそうに――
そうだ、笑ってたんだ。
晃太は気づく。何故、ルビィを足湯に連れて行ったんだろう。レポーター達とのやり取りの後、彼女は笑っていなかった。そのまま帰るなんてできなかったのはそれが理由だ。ルビィの笑っている顔が、見たかったから。そこでもう一度自分に問う。俺にとって、ルビィって――――
晃太の時はそこで止まり、自宅に着くまでそれ以上何も考えられなかった。