音が、聞こえる。
何かの、音が。
(........................ナニ、コノ、音ハ................)
『それ』は、静かに目を覚ました。........................冷たい。とても、冷たい。『それ』がまず感じたのは、『冷たさ』だった。
(周リハ................ドウナッテイル?)
『それ』は、まず首を――正確には、『艦首』と呼ばれていたものを――動かそうとして諦め、仕方なく自分の周りに意識を巡らせる。........................どうやら『自分』は、砂のようなものに『躯体(カラダ)』を横たえているらしい。
(モット................ナニカ、ナイモノカ。)
『それ』は次に、目を開いた。................一面の『蒼』が、久しぶりに見開かれた『それ』の視界を襲う。
(ココ........................ハ................)
『それ』は、頭を必死に働かせて、『自分』の記憶を――目覚める前の、そう、『自身』が眠りにつく前の記憶を、辿り始める。................思い出すのに、そう時間はかからなかった。
焼け付く『砲身』、五月雨のように打ち付ける『砲弾』、逃げても逃げても迫り来る『敵』、見えなくなっていく『仲間達』。そして................横腹に突き刺さる『魚雷』と、染み込んでくる『海水』。水底へと誘われる『喪失感』と、泣き叫ぶ『みんな』。そして、『私』は『沈んだ』。
(........................ワタシ、ハ................)
その時、頭上の水面が震える。ハッと意識を上に向けると、降り注ぐのは鉄の『弾』。................あの日『私』へと降り注いだのと、同じ。
(................思イ出シタ........................コノ、音ハ................)
かつて自分が放ち、沈め、そして自身にも浴びせられた『砲弾』。そう、頭上で鳴り響く不愉快なこの音は。
(戦イノ、音........................................イ、イヤダッ、モウ................戦ウノ................)
『彼女』は満足に戦うことも出来ず、水底へと沈んでいった。................戦いたくない、なんて、口が裂けても言うことは許されなかった。戦わなきゃ、仲間も自分も喪われる。................だから、主砲を乱れ撃った。けど........................。
(................マダ、戦イガ続クノナラ................私ガ、止メルッ!!)
『彼女』は静かに躯体――いや、身体を『起こす』。華奢(きゃしゃ)な『足』で、砂を踏みしめて『立つ』。握り直したその『手』には、かつての主砲が『握られていた』。
水底を蹴って、水面へと一直線に飛び上がる。色づいていく海の色を眺める余裕も無く、ただ水面を目指す。................この戦いを、止めるため。
................見えた。水面を割るように飛び出すと、そのまま水面に『立つ』。................船が、2隻。片方は、全てグレーに塗られてて、もう片方は、それよりはるかに小さな小型船。どちらも、『ヒト』が『彼女』のことを眺めていた。
やがて、グレーの船の主砲が火を噴く。その目標は、立ち尽くす『彼女』。その弾は、『彼女』を掠めてその『皮膚』を切り裂く。
(........................痛イ................ナンデ、ナンデ................戦イヲ、ヤメナイノッ................)
そうしている間にも、砲火は彼女を襲う。................当たってもさほど痛くはないけど、それでも『彼女』は心の内で泣き叫ぶ。
(........................モウ、ヤメロヨォ!!)
不意に身体が動いていた。主砲を振りかざすと、グレーの船へと砲撃する。狙い違わず中心を射抜かれた船は、誘爆だろうか................火柱を上げて、入れ替わりに水面へと『還される』。................もう1隻は、既にどこかへと消え去っていた。
(........................ナンデ................ナンデミンナ、戦ウノ................)
頭を抱えた『彼女』は、暫くその場に立ち尽くす。
「おー、派手にやったな。」
突然会場に響いた声に『彼女』は振り向く。そこに立っていたのは、全身を黒の艤装に包んだ『ヒト』................いや、海上に立てるのだから、『彼女』と同じものなのかもしれない。
「................だれ、だ。」
思わず口を開いて、『彼女』は主砲を向ける。................まさか、さっきの船の仲間か。
「おっとっと、主砲は下ろしてよ。................ほら、私も手ぶらだから。」
と、ホールドアップして見せる。
「........................なんの、ようだ。」
自分はこんな『声』なのかと若干驚きつつも、主砲を少しだけ下ろす。
「................さっきの戦い、見せてもらった。................君も、『船』だった、そうだろ?」
「っッ、なぜ、それ、を................」
「わかるのさ................私もまた、元は『戦艦』だから、さ。」
相手がサッと手を振ると、どこからか主砲が現れる。................それだけじゃない、副砲に高角砲まで、こちらを向いている。
「................驚かせたか。................私は、10日程前だろうか、この近くで目を覚ました。........................驚いたね、この間まで主砲を焼き付かせる程撃ち込んでいた私が、こうしてニンゲンのような身体になるなんて。」
「........................ニン、ゲン................」
そう言われて、『彼女』も水面に映った自分の姿を見る。........................確かに、手も足もある。胴体もある。顔もある。
「................不思議なこともあるもんだ。ところで、この後どうする?」
「この、あと................」
『彼女』は首を振る。........................行く宛も、戦う相手も、何も見えない。
「........................なら、さ。私と一緒に来ない?........................一人でいると、また襲われるかも、だし........................もしかしたら、私たちと同じように『ニンゲン』になっている『船』があるかもしれないし........................」
『彼女』は、無言で首を縦に振る。................どうせ行く宛も無い。
「........................決まり、ね。」
2隻の航跡が、海をかき乱してすぐ消えた。