TS魔王「I'm your mother」勇者「Nooooo!!」   作:トマトルテ

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TS魔王「I'm your mother」勇者「Nooooo!!」

「俺は……お前の言葉を信じないッ!」

「そうか…まあ、それもいい。全てを嘘とするのも1つの幸せだろう」

 

 2人の人間が暗い玉座の間で向き合っている。

 1人は勇猛果敢が人の姿を取ったような少年、勇者ゼラニウム。

 もう1人は美人薄命という言葉がピッタリな儚げな美女、魔王ゼニアオイ。

 

「もう何もしゃべるな、魔王! ……俺は勇者でお前は魔王。ならばすることは1つだ」

「その通りだ、勇者よ。この首を取ってみるがいい。そうして君の強さを証明してみせてくれ」

「…ッ。言われずともだ! 行くぞ、魔王ッ!!」

 

 先程聞いてしまった話を振り掃うように雄叫びを上げ、剣を振りかざす勇者。

 その様子に悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべる魔王。

 不俱戴天の仇とも言える勇者と魔王の戦いにしては、いささかおかしな空気。

 

 その理由の全ては勇者と魔王の関係。いや、魔王の数奇な人生にある。

 魔王はそのことに自覚があるため、戦いに身を入れることが出来ずに過去を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

『大いなる力にはそれだけのリスクがある。お前はそれを身をもって知ることになるだろう』

 

 魔王は転生者だ。俗に言う神様転生で特典を貰っているようなテンプレ転生者である。

 ついでに言えば、美少女になりたいという願望を持っており現世では女性となった。

 ここまでならばよくある話で終わっただろう。

 

 しかし、魔王に。否、転生者に力を与えた神は転生させる前に一言付け加えた。

 それが上の言葉である。

 

「リスク…それは一体?」

 

 当然リスクというものが気になった転生者は神へと尋ねる。

 その問いかけに対して、神は人間如きには見えることの無い顔を酷く歪めて口を開く。

 

 

『お前を殺す宿命を持った者が必ず現れる』

 

 

 神の言葉に転生者が呆然としている間に、神は笑いながら彼女を転生させた。

 

「……私を殺そうとする者か。フン、殺しに来るのなら逆に殺し返してやるだけだ」

 

 異世界でゼニアオイという名の少女に生まれ変わった転生者は心に誓う。

 自分は死にたくないのだから、殺しに来る相手ならば何人であろうと殺してやると。

 そうして彼女は第2の人生を歩み始めた。

 

 初めは見えない暗殺者を恐れて目立たない様に生きていた彼女だが、徐々にそれも薄れていく。

 チート能力で殺されないように防御を固めていたが、それも徐々に無くしていった。

 よくよく考えれば、普通の人間も誰かに殺される可能性はあるのだ。

 通り魔かもしれない。単なる事故かもしれない。もしかすれば、徴兵される可能性もある。

 そもそも、この世界の住人では余程下手を打たなければ、チート持ちの自分を殺せない。

 

 そう考えて、不安に思うのが馬鹿らしくなった彼女は人生を楽しむことにした。

 

「元男だった私が幼馴染みの妻になるとはな……人生とは不思議なものだ」

 

 せっかく性転換したのだからと、彼女は恋愛をしてみることにした。

 幸い、特典の能力で家事能力はカンストしており、顔も悪くなかったので彼女は非常にモテた。

 その中から彼女はいつも一緒に居た幼馴染みを選び、幸せな結婚生活を送り始める。

 

 それこそが破滅への引き金だとも知らずに。

 

「妊娠というものはこうも大変なのだな……自分の足の爪すら切れなくなるとは」

 

 夫と愛し合った果てに自らの腹に愛の結晶を授かったゼニアオイ。

 幸せの絶頂だった。家族さえいれば他には何も要らないと思えた。

 だが、そんな幸せも全ては悲劇の前触れに過ぎない。

 

『耳寄りの情報だ。まもなくお前を殺す者が生まれる。今回は特別にそれが誰かを教えてやろう』

「まだ、生まれていなかったのか……。しかし、今更とは。この子を守らないといけないのに」

『何、その心配はいらんさ』

 

 突如として告げられた事実に、彼女は生まれる子供のためにもまだ見ぬ刺客を必ず始末せねばと覚悟を固める。しかし、彼女の夢枕に現れた神は、顔の見えぬ唇を邪悪に歪ませながら彼女に教えてやるのだった。刺客の名を。

 

 

『お前を殺す者は―――お前の腹の中に居る息子だ』

 

 

 さあ、どうする? お前は自分の息子を殺すか?

 

 神がいやらしい笑みを浮かべながら尋ねてくるが、彼女の耳には全く届かなかった。

 自らの子供が自分を殺す運命を背負って生まれてくる。

 信じたくなどなかった。全ては神の戯言だとして無視していたかった。

 

 だが、子どもが腹の中で大きくなる度に、そんな希望的観測は潰されていく。

 

「お腹の蹴り方がおかしい……完全に私に危害を加えようとしている」

 

 通常の胎児とは違う、相手を壊すためにあらん限りの力での蹴り。

 チート持ちの彼女でなければ、間違いなくダメージを負い、最低でも流産をしているだろう。

 もはや疑いようがない。この子は間違いなく自分を殺す宿命を持った存在だ。

 

 そもそもの話。チート特典で強化された彼女を殺せる者はこの世界には居ない。

 だとしたら、彼女を殺すには最低でも同等の力を持った者が必要になる。

 そうなれば条件絞られる。同じ転生者か、彼女の力を引き継げる子どもしか居ない。

 

 もはや選択肢はない。子どもを殺さなければ、いずれ彼女を殺す存在へと成長するだろう。

 

「だとしても…私は―――この子を殺せない…ッ」

 

 それを分かっていながら、ゼニアオイは息子を殺すという選択をしなかった。

 理由は簡単。彼女が、母親だったから。

 

「私は母親だ……どんなことがあってもこの子を守ってみせる…!」

 

 自らが腹を痛めて産み落とす我が子を殺す覚悟など、彼女には到底できなかった。

 男から憧れてまで女になったのだ。女性の象徴である子を産む行為を放棄など出来ない。

 否、例え男のままだったとしても、自分の子を殺すことなど耐えられるわけがなかった。

 

「どうか愛がありますように…どうか希望がありますように…どうか光がありますように…ああ、愛しい我が子よ」

 

 我が子に託すのは希望、未来、幸福。

 ゼニアオイは考える。

 息子が親殺しの大罪を背負う運命から逃れられないのならば、その運命を良いものにしようと。

 

「まずは、私が悪にならなければならない。この子が悪になるなど断じて許せないのだから。私には力はある。そうだな…魔王にでもなってみるとしよう。そうすれば、この子は気の狂った親殺しではなく、魔王を滅ぼす英雄だ」

 

 きっと、神の引いた残酷なレールのゴール地点は決して変わらないのだろう。

 しかし、その道のりを出来るだけ色鮮やかにしてやることはできる。

 ゼニアオイが世界を脅かす魔王となれば、殺人も正当化されるはずだ。

 

 そうと決まれば何も迷うことはない。

 自分のためではなく、愛する我が子のために多くの人間を殺そう。

 悪逆非道の限りを尽くし、世界に魔王の名を轟かせるのだ。

 

 その果てに、成長した我が子に殺される終着点にたどり着けば、愛し子の未来は守られる。

 

「大丈夫さ。君はお母さんが絶対に守ってみせる。だから……安心しておくれ、可愛い坊や」

 

 狂気に満ちた慈しみの声を零し、彼女は自らの腹を愛おし気に撫でる。

 

 その一か月後にゼニアオイは1人の男児を生んだ。

 彼女はゼラニウムという名を息子に与えると、夫に託してどこかへと失踪してしまう。

 そして、ゼラニウムが5歳の誕生日を迎える頃に、魔王と名乗る邪知暴虐の王が現れる。

 

「さあ、可愛い坊や。私の下に来るがいい。

 魔王を殺して栄誉を、富を、幸福を、全てを手に入れろ。

 愛しい坊や。私の幸せそのもの……」

 

 魔王が現れ、さらに10年の歳月が流れた時。

 名をゼラニウムとつけられた少年が、魔王を討つべく勇者として立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 そして、そこからさらに1年の時が流れた今日。

 1人の女の願いと祈りが成就されようとしていた。

 

「本当に…強く…大きくなったな…ゼラニウム……」

「ふざ…けるな…ッ」

「私の愛し子……」

 

 剣に心臓を貫かれた状態で、ダラリと力なく勇者にもたれかかる魔王。

 どこからどう見ても勝敗は明らか。

 だというのに、両者の顔は全く逆のものに見える。

 勇者が顔を苦しみで歪ませ、魔王が酷く幸せそうな顔をしているのだから。

 

「魔王……何故、親であると黙って俺と戦わなかった? 俺の手が鈍ることにでも期待したか」

「ふふふ…まさか……私はただ…覚悟を持って殺して欲しかっただけさ。何も知らずに…親を殺したと……後で後悔して欲しくなかった」

「俺のためだとでも戯言を言うつもりか…?」

「その通りだよ…全ては愛しい坊やのためさ」

 

 魔王はゆっくりと、血に塗れた手を伸ばし勇者の頭を撫でる。

 ゼラニウムの白い髪が赤い血で赤く染まっていくのを、ゼニアオイは嬉しそうに眺める。

 

「坊やが幸せになってくれれば……いや…坊やがいるならば私は幸せなのだよ」

「だったら、なんで魔王などに…ッ」

「ふふ…それも坊やのためさ。私は君に英雄になって欲しかった」

 

 息子には神のことは伝えない。

 仮に息子がそのことを知れば、全ての運命に操られていた事実に絶望するかもしれない。

 ひょっとすると、神へと復讐を企てるかもしれない。

 

 だが、それは避けねばならないことだ。本来、神は人間如きが触れられる存在ではない。最初に転生した時のように気まぐれに人に恵みを与え、気まぐれに悲劇をもたらす。そうして、出来る人の生き様をまさに演劇として楽しんでいるのだ。人間が神などに関わって良いことなど1つもない。だから、息子には秘密にしておく。

 

「悪を討つ正義の使者として、誰からも望まれ、誰よりも気高く、何者にも負けぬ。そんな存在となることを私は君に望んだ。そして、君は見事にそれに応えてみせた。母として誇りに思うよ……」

「俺は…俺は! そんなものを望んでいたわけじゃない…ッ! ただ、魔王を打倒さねば、殺さねばと、強迫観念にも似た感情に突き動かされて来ただけだ!」

 

 血を吐くような息子の独白に、母は少しだけ悲しそうな顔をする。

 全てはゼニアオイが転生をしたことが始まりだ。

 しかし、転生をしなければ息子とは会えなかった。

 ああ、人生とは実にままならないものだなと、彼女は内心で笑う。

 

「安心しなさい…可愛い坊や。それも…今日で終わりだ」

 

 もう時間はほとんど残されていないのか、ゼニアオイの手が頭から滑り落ち頬で止まる。

 しかしながら、それで問題はないだろう。子が母を殺すことでこの呪いは解き放たれる。

 ならば後は、子の未来に母としての祈りを託すだけだ。

 

「ゼラニウム…私の愛しい坊や。どうか君に光を…どうか君に希望を…どうか坊やに愛を……」

 

 最後の最後に母親らしい願いを残し、ゼニアオイの体から力が完全に消える。

 二度目の死は愛する息子の腕の中で。

 その事実に満足しているとでも言うように、彼女の顔は酷く穏やかなものなのだった。

 

「死んだのか…魔王が…俺の母親が……」

 

 母の亡骸を抱き留めながらゼラニウムはポツリと呟く。

 その心からは、彼女を必ず殺さなければならないという憎悪が綺麗さっぱりに消えていた。

 だとしても、今までの人生全てを彼女を殺すために費やしてきた事実は消えない。

 

 

「ごめんなさい…お母さん。俺は……あなたの愛を信じられない」

 

 

 故に少年は、母からの愛を受け取ることが出来ず、静かに涙を流すのだった。

 




ゼラニウムの花言葉:赤色は「君ありて幸福」白色は「私はあなたの愛を信じない」
ゼニアオイの花言葉:「母の愛」「恩恵」

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