暴れイノシシ・・・その名の通り気性が荒くて一度暴れ始めると手がつけられない。見た目はドスファンゴ。その肉は癖があるものの、調理次第で解決できる。二本の牙は装飾品などの価値があり、大きいほど高値で取引される。
視界がうっすらと広がっていく。
明るい緑色の風景の中心にぼんやりと栗色が見えた。
何度か瞬きをすると少しずつ視界がはっきりしてきて栗色の中に2つの綺麗な緑色が目に入った。
少ししてそれがカナの瞳だということがわかった。
「……カナ…さん?良かった。無事だったんだね。」
うまく力が入らないが必死に言葉を発した。
「勇輝さん…、無茶しすぎです…。心配しましたよ。」
「ごめんね……君にはたくさん怖い思いをさせた………。本当にごめん…。」
隣でうずくまって震えていたカナの姿を思い出し、謝罪の言葉を口にする。
「そんなことっ!気にしてません!あなたは私を助けるために一人で飛び出した!私が臆病じゃなかったら……。」
カナの目には涙が溜まっていた。
そしてそれが勇輝の顔に落ちる。
その涙で勇輝はカナの膝の上に頭を乗せている事に気がついた。
「僕はどうなったんだい?どれくらい経った?」
「あの後私が回復魔法で応急処置をして手当をしたんです。私の魔法じゃ完全に直せなくて…一部は氷魔法で凍らせて止血してます。」
そう言われて感覚がまだあまりない左腕を見ると一部が血が混じって赤くなった氷に覆われている。
「ありがとうございます。あなたのおかげで死なずに済みました。あなたは私の命の恩人ですね。」
そういって笑いかけた…つもりだ。
「それなら…恩返しにして欲しいことがあります!」
カナはそう言って声を上げる。
「これからも私と一緒にいてくださいっ!!」
決意のこもった言葉が届いた。
「………わかりました。それではこれからもよろしくお願いします。」
今度は本当に笑えたと思う。
そしたらカナは嬉しかったのか緊張の糸が切れたのか泣き出した。
勇輝は右手に持っていた拳銃を置いてゆっくりと腕を持ち上げてカナの頭を撫でた。
栗色の髪はサラサラしていて時々触れた耳はふわりとしていた。
そして腕を降ろすと勇輝は再び眠りについた。
勇輝が目を覚ますと木にもたれ掛かっていた。
すでに日が暮れていて森は真っ暗になっていた。
目の前に焚き火が燃えていて、見回すとカナがすぐ近くで杖を抱きしめて眠っていた。
近くに64式小銃と9mm拳銃が置いてあった。
・・・ずっと見張ってくれてたんだな。64式は収納するか。・・・
「よいしょっと、痛っ!」
ゆっくりと立ち上がると体中が痛い。
左手は木の棒と布で固定されている。
よろよろと歩き、64式と拳銃を拾って拳銃はホルスターにしまった。
そして火の前であぐらをかいて焚き火に木の枝を放り込む。
パチパチと音を立てて火が燃え上がった。
・・・見張りはいいけど腹が減ったなぁ。日が暮れる前には帰れると思ったのにな…。こんなことになるなんて。カナには迷惑をかけたなぁ・・・
眠っているカナに近づいて起こさないように優しく頭を撫でた。
・・・カナの耳はふわふわだな。犬かな、それとも狼?・・・
揺らめく炎の影に心なしかカナの表情が安らいだように見えた。
時折腹が鳴るのに顔をしかめながら見張りを続けた。
夜が明ける頃には腹の鳴る音もかなり大きくなって、徹夜明けの精神を大きく削る。
「……あれ…勇輝さん?」
その声に振り向くと眠たく目をこすっているカナがいた。
「おはようございます。左腕の治療ありがとうございました。」
「ーッ!私いつの間にか寝ちゃってた…。勇輝さんもう大丈夫なんですか?」
恥ずかしさからなのか顔を赤く染めていた。
「何か食べ物は持ってませんか?あれから何も食べてないのを思い出してしまったもので。」
腹が鳴ってこちらも恥ずかしい思いをする前に尋ねてみた。
これはちょっとした意地っ張りだ。
「…はい!ちょっと待ってください。」
カナはローブの中から小さい鞄を出してその中からパンと干し肉を出した。
「…どうぞ。」
「ありがとうございます。……うん、美味しい。」
カナが半分にしたパンと干し肉数切れを食べる。
「あのイノシシはどうしますか?」
カナが乾いたパンをなんとか飲み込んで聞いてきた。
「ちょっと試したいことがあります。」
勇輝はそう言って立ち上がるとイノシシの死体に近づいて触れて念じる。
するとイノシシは一瞬で消えて収納された。
・・・良し、成功だ。・・・
「………、今のは何ですか!?」
しばしの間唖然としていたカナが口を開く。
「私の魔法で、異次元に色々なものを出し入れ出来るんですよ。この中にはいろいろ入ってるんですよ。………ウッ…。」
ちょっと得意げに語っていると調子に乗った罰なのか腕が痛んだ。
カナはまだ驚いている。
「食事も済ませた事ですし、そろそろ街に帰りましょうか。」
「……そうですね。」
時折カナに肩を貸してもらって森を抜けた。
カナの肩は年相応に小さく、柔らかかった。
門までたどり着くと衛兵が二人を見て驚いていた。
事情を知らせると余裕のある馬車を手配してくれてすぐにギルドに行くことができた。
もちろんギルドでも誰もが目を丸くして2人を見ていた。
「大丈夫ですか…?」
受付のお姉さんが恐る恐る聞いてくる。
カナが依頼書を受付に出した。
「ちょっと腕をやられましたがなんとか無事です。確認お願いします。一応イノシシも持ってきましたよ。」
「どういう事ですか?持ってきた?牙だけでもいいんですよ。」
受付のお姉さんはまさかといった感じで話す。
「それではギルドの外に出しますね。」
勇輝がそう言ってカナに支えられながら外に出たのでギルドの職員が2人ほど付いてきた。
ドアを開けて外に出ると手を前にかざして念じた。
すると、ところどころ血が固まっている巨大なイノシシの亡骸が現れた。
ギルドの職員だけでなく通りすがりの街の人たちも皆驚いて軽いパニックになっている。
「デカイ……、こんな奴を仕留めたのか…。」
「コイツは森の主クラスじゃないのか?」
職員が驚きの声を上げている。
いつのまにか野次馬がイノシシと勇輝たちを囲んでいた。
「とりあえず手続きをお願いします。早くゆっくりしたいですし。」
勇輝が呆然としている職員に言うと彼らははっとして中に入っていった。
「カナさん、中に入りましょう。」
「はい。」
いつの間にか帽子をかぶっていたカナとギルドの中に入る。
「本当に丸ごとなんですね…。依頼達成おめでとうございます…。」
受付のお姉さんは明らかに引いている。
「こちらがもともとの報酬とそれから特別報酬です。」
カウンターから二つの袋を出して置いた。片方は小さい。
「特別報酬ってどういう事ですか?」
「今回あなた方が討伐したのは推定Cランク以上の魔物だったのと牙だけでなく丸ごとを持ってきたことに対する報酬です。」
・・・また情報ミスか………ガバガバだなぁ全く。とりあえず報酬が増えたからいいか。・・・
「それからこの結果を踏まえてお二人をランクCに昇格と致します。」
・・・ランクアップは嬉しいけどさっさと済ませてくれ。・・・
そう思いながらもギルドカードを渡してその間に報酬の袋を受け取る。
小さな袋には金貨が3枚入っていた。
「すごいじゃないですか!金貨3枚ですよ!やりましたね。」
・・・カナが大いに喜んでいるということは結構すごいんだな。・・・
そうこうしているうちにランクアップの手続きが終わったみたいなのですぐにギルドを後にした。
2人で街の中を歩いてしばらくしてすると勇輝が口を開いた。
「さて、この怪我はどうしようかな。」
「それだったらこの街の教会に腕のいい魔法使いがいると聞いたことがあります。」
「それじゃあ、教会に行こうか。」
目的地は決まったので再び歩き始める。
途中で食べ物をいくらか買ったりして収納した。
「勇輝さん、あそこです!」
カナが指差す先に立派な石造りのそれらしい建物が建っていた。
大きな扉を開けると教会らしく沢山の椅子が並んでいて正面の奥には女神か何かと思われる石像があった。
すると奥から修道女が出てきた。
あまり若くはなさそうだが、とても優しそうで不思議な雰囲気をまとっている。
「あら、どうされたのですか?」
「ちょっと腕を怪我しまして…、ここに腕の立つ魔法使いがいると聞いたもので、治療を頼みに来ました。」
「そうだったのですか。それなら私が治療致しましょう。」
・・・えっ!?この人だったのか。・・・
「本当ですか!是非お願いします。」
2人は彼女の後について行き、聖堂横のベッドの並んだ部屋に入った。
・・・ここは病院のような機能もあるのか。・・・
「それではここに座ってください。……じっとしててくださいね。」
座った勇輝の左腕に両手をかざしてそういうと、優しい光が勇輝を包んだ。
だんだんと身体の痛みが引いていき、カナが消しきれなかった傷跡まで消えていった。
そのうち左手の感覚も少しずつ戻って来た。
「……これで大丈夫です。あなた自身の力が十分にあったのでほとんど治せました。でもしばらくは安静にしてくださいね。」
「ありがとうございます!何かお礼を…。」
「何も要りませんよ。私は貴方の身体の治癒力を高めただけです。」
そう言って左腕の固定具を外すと左腕は何もなかったかのように動いた。
「すごい…、私じゃ治せなかったのをこんな簡単に……。」
カナも目の前の奇跡に驚いている。
「あまり無理をなさらないようにしてくださいね。貴方達に神の祝福を。」
修道女は2人に向かって手を組んで祈りを込めた。
「ありがとうございました!」
2人は教会を後にした。
「私は宿に行きますがカナさんはどうしますか?」
「それでしたら私も一緒に行きますっ!まっ、まだ心配なので。」
フンッ!という擬音語がつきそうな様子でカナが迫って来た。
「わっ、分かりました。」
その気迫に押されながらも軽い足取りで[猫の月]へと向かった。
すると宿の少し前で勇輝は声をかけられて横を向いた。
そこは昨日行った武器屋でファイが手を振っていた。
「アンタ昨日ジジイに会ったんだって?しかも交渉するとは驚いたぜ。なんかすごい楽しそうにしてたからちょっと引いたよ。」
「まあ、すごい興味を示していましたからね。」
「それで今朝ジジイがアンタに渡してくれって言ってコイツを渡してきたんだ。受け取ってくれよ。」
ファイがそう言うと店の奥から3本の銃剣を持ってきた。
それを手にとって鞘から抜いてみると、しっかり刃が付いている。
「確かに受け取りました。ヘトスさんによろしく伝えてください。」
「おうよ。伝えとくぜ。そういえばその嬢ちゃんはどうしたんだ?」
ファイがそう言うとカナはびくっとして勇輝の後ろに隠れた。
・・・人見知りかな。可愛い……。・・・
「ああ、この子は依頼でご一緒したんですよ。」
「そうかい、じゃあな。」
2人は店を出た。