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ファイに別れを告げて宿に2人は向かった。
扉を開けると小さなベルが鳴る。
「ハイハーイ!宿屋[猫の月]でーす!…あれ?勇輝さんですか。お帰りなさい!今お母さんいないんですよねーっと………後ろの人は誰ですか?」
おばさんではなく娘が出てきた。
相変わらず元気だが、勇輝の後ろに隠れたカナのことが気になっているようだ。
「カナさん?悪い人じゃないから隠れないでください。」
優しく言うとゆっくりと下を向いて杖を持っていない手で帽子を押さえながら勇輝の後ろから出てきた。
「うぅ、カナです…。よろしくお願いします…。」
・・・こりゃ完全に人見知りだな。娘さんみたいな陽気な人は最初はきついだろうなぁ。ちょっと分かるな。・・・
勇輝も元の世界では同年代の陽気な女性は苦手だった。
なぜなら彼女らには無邪気さは無く、口を開けば他人の悪口やからかうようなことばかりで勇輝はうんざりしていた。
・・・娘さんは悪い人じゃないんだけど、時間がかかるかな。・・・
「カナちゃんって言うんですね。魔法使いなんだ!どんなのが使えるの!?」
「うぅー………。」
宿屋の娘は妹ができたかのように次々と話しかける。
カナはうつむき続けてちょっと可哀想に思えてきた。
・・・まずいな。ちょっと可愛いけど助けてあげるか。・・・
「ごめんなさい、カナさんは人見知りで話すのが苦手みたいなんですよ。」
勇輝がカナの斜め前に出るようにして口を開いた。
「そうだったんですか。…カナちゃん、ごめんね。勇輝さん、お昼はここで食べますか?」
「はい、そうさせていただきます。あと、カナさんの分もお願いします。」
「ハーイ!それじゃあ、食堂で待っててください。」
娘はそう言って店の奥で行った。
それから2人で食事を食べた。
今度はあったかい食事だったが、おばさんではなく娘が作ったようでちょっとクセがあった……マズイとは言っていない。
食事を終えた後は自分の部屋に入ったが、なぜかカナもついて来た。
「あのー、カナさん?………休みますか?」
仕方ないのでカナも部屋に入れた。
・・・あれ?これって女の子を部屋に連れ込んでない?ーッヤバイ!いや、僕は大丈夫、大丈夫。絶対何もしない!・・・
重大な事態に気がついたがもう既に遅く、自分の良心を信じるしかない。
「…カナさんはどうされるのですか?私はしばらくここで療養します。」
出来るだけ動揺を悟られないように気持ちを落ち着かせて言った。
「私は……勇輝さんのそばにいたいです。」
ちょっとうつむいて赤い顔をしながら呟くように答えた。
「えっ?」
驚きが口に出てしまったが、もともと表情があまり作れない勇輝の顔は変わらない……はず。
「ダメ……ですかぁ?」
カナが少し顔を上げてこちらを見ながら頼りなさそうに聞いてきた。
・・・ダメだ、可愛すぎる。二次元ならともかく三次元でこれは耐性がなさすぎる!だが、ここまで言うのを断ったら可哀想だよな。恩返しに約束しちゃったし。・・・
「………いいですよ。けど本当に何もないですよ。」
「いいんです。私がそうしたいんです。」
・・・まさか、ここまで懐かれるとは…。本当にいいのか?・・・
勇輝は装備を全て外して、9mm拳銃のみを残して収納した。
拳銃は念のため枕の下に入れておく。
今までの疲れからそのままベッドに入り込む。
「それじゃあ、好きにしてください。」
「はい。」
カナは椅子に座ってベッドに寝ている勇輝を見ている。
・・・本当に大丈夫か?どうしてここまで…。・・・
考えても埒があかないので無理にでも目を閉じて眠ることにした。
しかし、疲労がたまっていたのですぐに眠りについた。
勇輝が目を覚ますと何やら手に何かの感触があった。
それはほのかな温もりがあった。
・・・なんだこの感触は!?・・・
勇輝はゆっくりと顔を向けるとそれはカナの手だった。
彼女はテーブルに突っ伏して眠っているようだが、勇輝の手をしっかり握っている。
腕時計をみると4時間くらいは眠っていたようだ。
身体の調子も悪くない。
勇輝の手を握っているカナの手を優しく払ってベッドから起きる。
・・・よし、起きてないな。風邪を引かないようにしてやらないとな。・・・
「ありがとう。」
カナの背中にゆっくりと毛布をかけるとローブの裾から栗色の尻尾がのぞいていて、時折揺れていた。
・・・そういえばカナの後ろを見たことがなかったけど、こんな尻尾があったんだ。……可愛いな。モフりたいけど起こしちゃいそうだから諦めよう。・・・
ちょっとだけ残念だった。
名残惜しそうに振り返ってカナの背中を見て、勇輝は部屋を出た。
・・・そろそろ夕食の時間のはずだ。・・・
腕時計を見てそう思いながら食堂に行くと既に何人か来ていて食事が出るのを待っていた。
癖で人があまりいない席に座って待つこと数分で食事が運ばれ始めた。
「お待ちどおーさん!今日のメインはお母さん特製のイノシシの肉を煮込んだ香草煮だ!スパイスで臭みのない逸品だよ!」
宿屋の娘がそう言いながら皿を持ってくるとテーブルの所々で歓声が上がった。
・・・イノシシってもしかして…まさかね。けどみんなの反応を見るにかなりうまそうだ。・・・
勇輝の前にも皿が運ばれてきた。
スパイスでほんのりと赤くなったスープの中に大きなイノシシの肉や野菜がゴロゴロと入っている。
「いただきます!」
勇輝は勢いよく食べ進めた。
・・・うますぎて箸が止まらない!……箸じゃないけど。・・・
この味が気に入った勇輝は滅多にしないお代わりをした。
「あのー、すいません。」
「ハーイ!どうしたんですか?勇輝さん。」
お代わりを食べ終えて娘を呼んだ。
「この料理を1人分用意してくれませんか?部屋に持っていきたいのですが。」
「もちろんいいですよ。けど、食べ終わったら食器はすぐ持ってきてくださいね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
勇輝は料理を持って部屋に音を出来るだけ立てないようにして帰った。
夕食の皿を持ってそっと部屋の扉を開けて中に入った。
明かりを点けていないので窓から入る月明かりだけが部屋の中を照らしている。
部屋の真ん中のテーブルと椅子には毛布を被ったカナの背中が寝息をたてながらかすかに上下していた。
やましいことはないが抜き足差し足で歩いてテーブルの空いているスペースに持ってきた料理を置いた。
しかしこの判断は間違っていたかもしれない。
皿を置いた途端にカナの耳がピクッと動いた。
・・・ヤバイ…。・・・
「うぅーん、スンスン……。」
カナの敏感な嗅覚が目の前の料理の香辛料の匂いに反応した。
そして目を覚ましてゆっくりと体を起こした。
「ふぁ〜〜…。」
両手を上げて大きく伸びをしてあくびをする。
背中にかけられていた毛布が落ちたのも気付いていない。
・・・まだ寝ぼけているみたいだな。彼女のためにもこっそり部屋を出よう。まだ間に合う。・・・
音を立てないようにスッと部屋を出てドアを少しだけ閉める。
「あれ?勇輝さん?……これは…勇輝さん!」
ドアの向こうで様子を伺っているので料理と毛布のどちらに反応したのかはわからないが、勇輝がベッドにいないことは確実に気づいたようで不安そうな声を上げたのがわかった。
少ししてから勇輝はドアを音が聞こえるように開けて中に入った。
「勇輝さんっ!」
カナは振り向いて勇輝に飛びつくようにして抱きついた。
「ごめんなさい。また眠ってしまってました…。目が覚めて勇輝さんがいなくなってて…不安になりました。」
抱きついているので表情はわからないがローブの中の尻尾が動いているのは見ることができた。
「大げさですよ。とにかくあんなところで寝てたら風邪を引きますよ。食事をもらってきたので是非食べてください。今度の料理はとても美味しいですよ。」
カナは勇輝を離してテーブルの上の皿を見る。
「私のためにですか?…ありがとうございます!」
少し離れていてもカナの嗅覚は料理の匂いを捉えて、そのいい匂いに目を輝かせていた。
「いただきます!」
毛布を拾いながらカナを見ると美味しそうに料理を食べていた。
尻尾もローブの中で揺れているようだ。
・・・可愛いな。でもこの後はどうするんだろ?・・・
勇輝はカナがこの後はどうするのか気になっていた。
「ごちそうさまでした!美味しかったです。」
「それは良かったです。作った宿の人も喜びます。では私が食器を下に持って行きます。」
「いえっ!悪いですよ。私が持って行きます。」
「構いませんがあの娘さんのところですよ。」
「ふぇ?うぅ……。」
やっぱり苦手なのかとても迷っている。
・・・ちょっと意地悪だったかな。・・・
「それじゃ私が持って行きますけどカナさんもついて来てください。」
「……はい!」
カナは一気に元気になった。
食器を持った勇輝の後ろにカナがぴったりとくっついて食堂へ向かう。
「すいませーん。食器を片付けに来ました。」
「ハーイ!こっちで預かりまーす!」
恒例の娘が皿洗いの途中だったのか手をエプロンで拭きながら出てきた。
もれなくカナが後ろに隠れる。
「あれ、カナちゃんまだいたの?お母さんの料理どうだった?」
「お、美味しかった…です。」
まだ怖がっているが返事はできた。
「そう、お母さんも喜ぶよ。」
勇輝は部屋に戻ろうと後ろを向く。
「あっ、勇輝さん!ちょっといいですか?」
娘に呼びかけられて振り返る。
「ちょっと勇輝さんに話したいことがあるんですがね…。カナちゃんもお話しする?」
「うぅ……。」
「カナさんは先に部屋に戻っておいてください。すぐに戻りますから。」
「…はい。」
カナは小走りで部屋に戻っていった。
「それじゃあお話ししましょうか。」
勇輝が娘と向き合うと娘がテーブルに座った。