「もう落ち着きましたか?」
「……はい。」
泣いていたカナは落ち着きを取り戻し、勇輝とテーブルを挟んで椅子に座っている。
「ちょっとこれからの話をしましょう。」
「えっ?どういうことですか?」
「この宿の滞在時間もあまりないんですよ。それなのでそろそろ旅に出ようと思っているんです。」
・・・カナさんはどうするのかな?……そういえばカナさんのことをあまり知らないな。・・・
「そういえば、カナさんのご家族はどうされたのですか?」
勇輝が質問するとカナは暗い顔をした。
・・・しまった。これは失敗だったか?・・・
勇輝は質問したことを後悔した。
「それが……なにも分からないんです。冒険者になる少し前以前のことは何も覚えていないんです。気がついたらギルドに行って冒険者になってました。……親も故郷も友達も、なにもかも…無いんです。」
カナは暗い顔のまま俯く。
「記憶喪失……!そうか…。ごめんなさい。辛いことを話させてしまって。」
・・・そういうことだったのか。だから他人を求めていたのか。・・・
今までのカナの行動にもある程度説明がつく。
「いいんです。今は勇輝さんがいますから。」
カナが顔を上げて微笑んだ。
「よしっ!決めました。」
カナの顔を見て勇輝は決心した。
「あなたの記憶を取り戻す旅をします!」
「勇輝さん!?それは…。」
思わぬ答えにカナは目を見開いてあっけにとられている。
「なので、私から言わせてもらいます。………一緒に旅に出ようっ!」
・・・言っちゃったなぁ。なんかプロポーズみたいになっちゃったけど、後悔は無い!どうせ旅する予定だったし。仲間がいる旅は楽しそうだ。・・・
後悔はしていないが勇輝は恥ずかしさを必死に堪えて顔が熱くなってきていた。
「……はい!一緒に行きましょう!」
きれいな緑色の瞳に涙を浮かべながらも笑顔で応えた。
「そうと決まれば、いろいろ準備ですね。特に食料や水を集めなければ。」
「でも、馬車もないのでそんなに多くの荷物は持てないですよ。」
「大丈夫です。私の魔法で荷物はなんとかなります。」
勇輝がそう言って以前買って収納した屋台の食べ物を取り出した。
どれも買った時の状態だけでなく温度まで保たれている。
・・・これは思ってもなかったな。収納したものの状態が固定されるのか?
温度までキープされてるとは……。・・・
そんな驚きを隠して食べ物をカナに分けた。
「あったかい…。これで食料と水を保存するんですね。」
「そういうことです。食べ終わったら買い出しに行きましょう。」
二人で食べているとドアがノックされた。
「勇輝さーん。いますか?」
どうやらエリナのようだ。
「いますよ。どうかしましたか?」
扉を開けて答える。
「近くで武器屋をやってる幼馴染のファイっていうやつがいるんだけど、そいつが勇輝さんに用があるって。あいつと知り合いなの?」
・・・ファイさんが来たということはアレができたのか?……ん?エリナさんとファイさんって幼馴染だったの!?・・・
ちょっとした衝撃の事実を知ったが冷静を装う。
「はい、ヘトスさんの仲介になっていただきました。」
「えっ!あの頑固なジイさんと!?」
どうやらヘトスさんは近所で結構有名らしい。
「ええ、ちょっと頼んでいたものがあって、出来上がったらファイさんに持ってきてもらうことになってたんです。」
勇輝はワクワクしながら階段を降りていった。
エリナを置いて軽やかな足取りで入り口に向かう。
一人で飛び出してしまったと思っていたが、後ろにはカナがぴったりくっついていた。
二人が一階に降りると、受付の近くの椅子にファイが布に包まれた細長い荷物を持って座っていた。
「おう!ジジイからの届けもんだぜ!受けとんなっ!」
ファイがそう言って勇輝に荷物を手渡した。
勇輝が包んでいた布を解くと部活で見慣れたサーベルが現れた。
鞘に施されていた桜や士官学校のエンブレムの装飾も再現されている。
しかし、刀身は重く、模造刀のような鏡っぽい銀色から少し鈍い色になり、本物の武器として生まれ変わっていた。
「おおー、ジジイもいいもん作るじゃねーか。スゲー気合い入ってんな。アンタ、ジジイに何したらこんなモン作ってもらえるんだ?」
ファイがサーベルを見て驚きの声を上げる。
・・・ファイさんが、ここまでいうのならかなりの業物みたいだな。ヘトスさんに頼んで正解だった。・・・
「勇輝さん、この剣オシャレでかっこいいですね。」
後ろからカナがひょっこり顔を出してサーベルを見る。
「おっ、嬢ちゃんコイツの連れだったのか。この前は偶然後ろにいただけだと思ってたぜ。」
ファイがカナを見て声をかけると、カナはまた引っ込んだ。
「………オレ、何かしたか?」
露骨に避けられてファイはちょっとショックを受けていた。
「ああ、この人はちょっと人見知りなんです。気にしないでください。」
勇輝がフォローを入れる。
「勇輝さーん、置いてかないでくださいよー。」
エリナが遅れてやって来る。
「エ…エリナ…、よう。じゃあ、オレ帰るわ。」
エリナを見てファイは慌てた様子で帰った。
「あれー?ファイ帰っちゃった。」
エリナは不思議そうにしている。
・・・ファイさん、エリナさんとなんかあったのかな?でもエリナさんはなんとも思ってなさそうだな。・・・
勇輝はファイにヘトスさんにお礼を伝えることを頼んで見送った。
勇輝とカナは再び部屋に戻っていた。
「カナさん、ちょっとこの剣の試しに付き合ってくれませんか?」
「はい、お手伝いします!」
カナは嬉しそうに了承する。
・・・本当に嬉しそうにしてるなぁ。ちょっと癒される。・・・
「なんか手頃な依頼を探しますか。ちょっと準備します。」
勇輝は弾帯の左側に再びサーベルを下げた。
ダンプポーチはあまり使うことがなかったので用途に富んだポーチに変えた。
開きっぱなしのダンプポーチより容量が減るが、ちゃんと閉じられる方が使い勝手がいいことがわかった。
・・・9mm拳銃の空になったマガジンは適当に空いてるポケットに入れるか、収納すればいいからな。・・・
「準備できました。それでは行きましょう。」
「はい!」
二人はギルドに向かった。
「今度はコボルト3体か……弓は使わないけどゴブリンより大きくて力が強いのか。」
「今度こそ何かあったらわたしが援護します!」
二人はギルドでDランクの依頼のコボルト退治を受けて、馬車に乗っている。
今度は想定外は無いと信じたい……。
「勇輝さん、接近戦になるので無理はしないで下さいね。」
「わかりました。もしもの時は銃を使います。また怖がらせてしまうかもしれませんので、先に謝っておきます。」
再び震えていたカナの姿を思い出す。
・・・できれば銃は使いたくない。カナを怖がらせることなんかしたくない。絶対にサーベルだけでカタをつける!・・・
「そんな、謝らないでください!私のことはいいですから……。」
カナはぎこちない表情で言った。
・・・きっとカナは無理して言ってる。そんな我慢はさせないぞ。・・・
勇輝は固く決心した。
馬車を降りて二人はコボルトが出没するエリアへと歩き始める。
馬車でそのまま進んで危険に晒すわけにはいかないからだ。
周囲はあまり草が生えていない渓谷地帯で起伏があり、大きな岩もたくさんある。
隠れ場所には苦労しないのでどこから襲われるかわからない。
「カナさん、後ろは任せました。」
「わかりました!」
勇輝はいつでもサーベルを抜けるようにしながら進む。
後ろにはカナが杖を構えて耳を立てて周囲を警戒してくれている。
「ーッ!勇輝さん!あの岩の影から来ますっ!」
カナが優れた聴覚で襲撃を察知する。
その後岩の影から二足歩行のオオカミのような人型の魔物が2体剣を振りかざしながら出て来た。
グルルル……
・・・威嚇するように唸っているところからみてどうやらコイツがコボルトで間違いないようだな。あと1体どこかにいるはずだ。・・・
「カナさん!奥のヤツを任せます!倒せなくてもいいので近づけないでください。それから、あと1体いるはずなので注意を!」
「わかりました!任せてください!」
勇輝はサーベルを抜き放つ。
その刀身は鞘の装飾とうって変わって鈍く光り輝き、重厚感がある。
勇輝が剣を構えるとコボルトが横に並んで向かってきた。
2体で同時に仕掛けるつもりのようだ。
「カナさん!」
「氷よ、切り裂け!」
カナが杖を向けると先端が光り輝き氷のツブテが生成された。
それはコボルトに向かって射出された。
「ーッ!?」
コボルトは剣を振り回して氷を弾こうとするが、数が多くて捌ききれず身体に傷をいくつも作る。
しかし、それは片方だけで、もう片方には足を止めない程度しか飛んでこなかった。
2体の足並みは乱れ、氷の粒の攻撃を集中されたコボルトはその場に止まってしまった。
もう1体は進み続けて勇輝に迫る。
「カナさん、上出来です!」
勇輝はサーベルを握りしめて走り出した。
コボルトが上段から剣を振り下ろす前に勇輝のサーベルの横一閃が早く届いた。
胸下を横に深く切り込まれ、コボルトは血を吹き出して後ろに倒れた。
・・・なんて切れ味だ…、こんなあっさり切れるなんて…。・・・
「もう大丈夫です!」
勇輝がそう言うとカナが攻撃を止めて、コボルトは勇輝に斜め上から斬りかかる。
冷静に攻撃を予測していた勇輝はサーベルを両手持ちにして受け止める。
コボルトは力に任せて押し込もうとしてくる。
「ハァァアーッ!」
勇輝が雄叫びを上げて剣を上に弾く。
押し戻されて隙ができたコボルトを左の肩口から斜めに斬り下ろした。
斬られたコボルトは1体目よりも勢いよく血飛沫を上げて倒れた。
「よしっ!」
勇輝は自分の剣で始めて勝利したことに喜んで油断していた。
「勇輝さん!後ろ!」
カナが叫んで勇輝が振り返ったらコボルトが飛び出してきた。
・・・こんな近くに隠れていたのか!油断した!・・・
とっさに防御の構えを取ったが甘かったようで、コボルトの攻撃でサーベルが弾き飛ばされた。
「しまった!」
もう一度剣が振られる。
勇輝はかろうじて後方に身を引いてかわし、9mm拳銃に手をかけようとした。
・・・クソッ!魔法じゃ間に合わない…自分の決心も守れないのか僕は!・・・
心の中での迷いが9mm拳銃をホルスターから抜くのを一瞬ためらわせた。
その一瞬は戦いにおいて致命的な隙となり、コボルトの攻撃が迫ってきた。
・・・斬られるっ!・・・
勇輝は思わず目を閉じた。
「勇輝さんに手を出すなー!!」
カナの声が聞こえて目を開けると拳くらいの大きさの氷の塊がコボルトの腕を直撃して握られていた剣を弾き飛ばした。
コボルトは痛みに悶えている。
「今だ!破道の四、白雷!」
指をコボルトに向けて唱えると白い閃光が走り、コボルトの心臓を貫いた。
胸に小さな穴を開けられてコボルトはしばらく立ち尽くした後、膝をついて倒れ息絶えた。
「……助かった。」
勇輝はカナを見るとまだ興奮状態のようで、息を荒げて杖を向けている。
時折り見える犬歯は普通の人よりも長く鋭い。
「もう終わったよ。カナさん……ありがとう。」
勇輝はカナに近づいて小さな両肩に手を置いて落ち着かせる。
少しずつ呼吸がゆっくりになり、肩の力が抜けたのか杖を下ろした。
「勇輝さん………。」
カナが落ち着いたのを確認して勇輝は落ちているサーベルを拾って納刀する。
「帰りましょう。」
そう言ってカナを連れて渓谷を後にした。