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転生
カナは泣き疲れて勇輝の腕の中で寝息を立てている。
土地勘もない中一人で彷徨っていた後の安心感もあるのだろう。
勇輝はカナを優しくおぶって近くの長椅子に寝かせる。
そして勇輝は後ろの椅子に座ってしばらくカナの寝顔を眺めていた。
すると、カナにつられたのか眠たくなってきた。
・・・おかしいな…まだ朝方には変わらないのに…眠たい。・・・
抗いようもなく、無理して起きている理由もなかったのでそのまま眠ることにした。
勇輝が気がつくとそこは聖堂の中ではなかった。
真っ白なだだっ広い空間だけが広がっていた。
・・・ここは…確か…アレか?・・・
「どうですか?異世界での生活は楽しいですか?」
忘れもしない、直接頭に響いてくる優しい声が流れる。
「そうですね、それなりに充実してますよ。この世界の人たちはみんな優しくていい人達ばかりです。ここでの生活で性格が明るくなったと思います。」
勇輝は清々しい気分で答えた。
「それは良かったです。……どうしてまたこんなことになったのかって考えていますね?ごめんなさい、心を読まれるのは慣れないですよね。何故か、それは貴方に確認したいことがあったからです。」
心を読まれて若干の不愉快さを感じたが、すぐに弁明を受けて仕方ないと切り替えた。
「確認したいこと…ですか?」
「ええ、まずは貴方に伝えることがあります。一つ目は作業はおよそ1年で終わるということ。二つ目は元の世界に戻った時に今の力は失われて事故の時のままになってしまうこと。三つ目は元の世界に帰った時、異世界の人々から貴方に関する記憶は全て消される……以上です。」
「えっ!?それは…つまり…私が異世界にいた証拠が自分の記憶だけになるってことですか?力は惜しいですが、所詮は借り物ですから構いません。ただ、カナさんの記憶からも私が消えてしまうのは……。」
少し前までだったらもっと喜んでいたかもしれない…しかし、今の勇輝は自分のいた証が無くなってしまうことが認められなかった。
「そうでしたか…こればかりはどうしようもないんです。……ただ一つを除いては…。」
神さまの声が憐れみを含んだものになった。
「方法があるんですか!?それは一体なんですか?」
「それは…元の世界へと帰らずに完全に異世界に転生することです。」
「完全な転生……それで元の世界の私はどうなるのですか?」
一瞬の安堵の後にとある危惧を感じて質問した。
「とても言いづらいのですが…あの事故でそのまま死ぬことになります。それなら作業も必要がなくなり、それを決断した時点で元の世界の時間は進み始めます。そして貴方は完全に異世界の人間として生まれ変わります。安心してください、生まれ変わるといっても形だけで赤ん坊からやり直しというわけではありません。」
「あの事故で死んだことに…家族には申し訳ないなぁ。」
勇輝は自分が死ぬということを受け入れるべきか迷っていた。
しかし、それは自分がというよりは残された家族のことが心配だという面が強かった。
「ご家族に関しては…本当は死ぬべきではなかった貴方の死に直面するということになります。とても心苦しいですが……。」
「大丈夫かなぁ…大丈夫なわけないよな。お金がかからないどころかむしろ給料を貰って勉強できる士官学校に入って親孝行ができるというところだったのに、弟もフリーターだし、親の定年も確か近かった…葬式も負担になる。」
勇輝が考え込むと次々と心配事が湧き出してきた。
「やっぱり貴方は優しいんですね。……とても言い出しにくいのですが…元の世界での貴方の人生はそれなりの地位に辿り着きますが、それまでに耐え難い苦難を経験し、それを分かち合う伴侶もいない孤独なものです。とても幸せと言えないものでした。そのほとんどは貴方の優しさ故に引き起こされたものばかりです。」
神さまの衝撃の発言に勇輝は落胆とやっぱりという諦念が沸き起こった。
「いつかは…きっといつかはと思っていましたが、結局報われないのですね……。どうして……」
勇輝は涙を流し、膝をついた。
「神である私がいうのもなんですが、こんな運命は悲しすぎます!きっと先輩の誰かのせいで…こんなこと許せません!」
「生まれ変わったら…運命は変わりますか?」
涙声で一縷の望みをかけて尋ねる。
「貴方の事故に関する作業がなくなることで私の割けるリソースもできます。それで貴方の新たな人生を変えます。絶対に幸せにするとは言えませんが悲劇は極力抑えます。そしてささやかながらご家族へも加護を授けます。」
勇輝は顔を上げる。
「そこまで…していただけるのなら…迷いはありません。私は転生を選びます!」
決意のこもった口調で言い放った。
勇輝の心の中には家族だけでなくカナの姿もあった。
「貴方の決意をしかと受け取りました。これにて作業を中断して時が動き出します。貴方は転生に伴って若干の変化を生じます。大きくは変わらないので気にする必要はありません。」
次の瞬間、白い空間が眩い光に包まれ、天から羽衣を羽織った美しい女の人が舞い降りてきた。
・・・あっ、似ている。あの像に…。・・・
その姿は教会や聖堂で見た女神像に良く似ていた。
「驚きましたか?あの世界に現れる時はこの姿を見せているんです。確か1000年以上前だったはずなんですがね。」
「綺麗だ……でもこの感じ…どこかで…。」
女神の雰囲気に初めてではない感覚を感じた。
「貴方は死んで転生したということになったので以前の補填の制約も解除されます。分かりやすく言えばさらに強化されたということです。 」
「うーん、それなら魔法関連をさらに強化して魔力量も増やしてもらったらそれで構いません。」
「他はいいのですか?もう制限はないんですよ?」
女神は不思議そうに聞いてくるが勇輝は本当に十分だった。
「本当にこれで結構です。もう十分すぎるくらい神さまにはお世話になってます。忙しい中私なんかにここまでしていただけるのはとても幸せです。これで少しは仕事も楽になりますかね?」
「一人の人間に気を遣われるとは…私からは社畜オーラが出ているようですね。」
女神が微笑んで冗談を言ったので少し驚いた。
「そろそろ時間みたいですね。異世界での新しい人生を楽しんでください。それから………カナさんをお願いします。」
「えっ!?それはどういう……。」
女神は笑いかけるだけで何も答えなかった。
勇輝の体を光が包んで何も見えなくなった。
次に勇輝が目を開けるとそこは聖堂の中だった。
カナは前の長椅子で眠っている。
・・・女神さまが最後に言ったこと…まあ、言われずともカナさんは守る!・・・
決意を新たにしてカナの頭を優しく撫でる。
ここにいるという実感を噛み締めていた。
・・・全く死んだ感じはないな。嘘だと言われたら信じてしまうくらいだ。そういえば若干の変化ってどういうことなんだ?・・・
「う、うーん…。」
カナが目を覚ましたようだ。
「勇輝さん……。」
カナは勇輝の顔を見るとぽかんとした表情をした後に慌てて目を擦った。
「勇輝さん、その目…どうしたんですか?」
「えっ?私の目がどうかしましたか?」
「その…赤くなってます。」
・・・どういうことだ?何か鏡は……ここにはないな。・・・
「ちょっと待っててください!」
勇輝は異次元空間を開いて中へと消えた。
・・・確かロッカーの扉の内側に鏡があったはず。・・・
さまざまな制服などがかけられていてぎゅうぎゅうなロッカーを開き、中の服に目もくれず扉の内側を見た。
・・・あったあった、ちょっと高いな…。・・・
かなり上に鏡が付いていてそのままでは頭の端も映っていない。
・・・もっと身長があったらなぁ……。・・・
無いものを嘆いても仕方ないので背伸びをする。
「とど…け…うわっ!?」
ギリギリ自分の顔が映り、それを見てバランスを崩した。
「えっ?何今の?」
もう一度背伸びをして確認して見る。
「な…なんじゃこりゃーっ!」
某ソレスタルなんちゃらのメカニックばりの驚愕の声を上げて尻餅をついた。
・・・目が…僕の右目が…赤い…。・・・
勇輝は軽度の目のアレルギーがあり、時折目が充血したりすることはあったが、今回は白眼の部分ではなく、茶色のはずの瞳が…しかも右眼だけ赤というより紅色になっている。
「オッドアイ…こんな感じなのか…。特になんとも無いけど変な感じだな。」
日本人特有の茶色と紅の組み合わせはアニメやゲームで親しんだものとは違いコレジャナイ感が半端なかった。
・・・まさか、これが変化ってやつか?右眼が赤くなっただけ?・・・
そう思って鏡を引き続き眺めていると些細な違いを見つけた。
・・・あっ、髭が綺麗さっぱり無くなってる。・・・
毎日朝剃っても夕方くらいにはそこそこ伸びて勇輝を悩ませてきた顎まわりと鼻下の無精髭が消え去っていた。
剃った後も青くなっていたりした顎は肌色になって触ってみても全く摩擦はない。
・・・これは地味に嬉しいな。結構苦労させられたからな。・・・
一通り確認を済ませるとロッカーを閉じて外に出た。
「勇輝さん、どうでしたか?」
異次元空間を出るとカナが心配そうに駆け寄って来た。
「確かに赤くなってましたね。特に問題もなさそうなので気にしないですよ。」
「でも…何か病気だったら…。」
「大丈夫ですよ。カナさんは何もないですか?」
たいして気にしていないし、病気などではないのを知っているので話を切り替える。
「私ですか?何も…ないですよ。」
カナは急に目を逸らしてボソボソと答えた。
・・・何かあったのかな?怪しい。・・・
「もしかして変わった夢を見たりしましたか?」
「えっ!?どうしてわかったんですか?」
どうやらあの女神さまはカナにも何か接触したようだ。
「いえ、そんな気がしただけです。どんな感じでしたか?」
「えと、確か…声が聞こえて…支えてあげてって言っていました。詳しく聞こうと思ったらいつのまにか目が覚めてました。」
・・・お節介だなぁ、あの女神さまは。・・・
「そうでしたか、何か記憶の手掛かりだったらと思ったのですが…気を取り直して街を探索しますか?」
「そう…ですね。行きましょう!」
二人は聖堂を後にして街中を散策した。
「結局何も分からなかったですね。」
「そうですね。歩いていても何もピンとこなかったです。」
昼前になって二人は宿に戻って部屋で休んでいた。
ただ街を歩いていても観光と変わらないのではと思ってしまい、あまり身が入らなかった。
・・・結局散歩みたいになっちゃったな。それにしても本当に人間はほとんどいなかったな。獣人ばかりだった。ケモナーが来たら狂喜乱舞するだろうな。・・・
かくいう勇輝もその端くれなのは気にしないでおいた。
・・・本当にカナさんは何者なんだろうなぁ。・・・
ただその疑問が頭の中を埋め尽くしていた。
「とりあえず、お昼にしますか?ずっと動きっぱなしでお腹が減ったでしょう。」
「そうします。」
二人は食堂に向かい、これまた微妙な味の料理を食べた。
「味はまあ、気にしないようにしましょうか…。」
「はい…食べられなくはないので…。」
エリナの料理ほどではなかったので顔色ひとつ変えずに食べ進め、さっさと完食した。
「ごちそうさまでした。」
食堂にいた宿の人に挨拶をする。
「どうも、そういえばお客さん、これから獣人の王様のお触れがあるけど見に行きますか?」
「えっ?そうなんですか?これまたどうして?」
思いがけない情報を知り、従業員に詰め寄る。
「えーと、確か人間の国との関係についてのお話があるそうですよ。」
・・・あー、そういえば人間の王族と仲が険悪だったんだよな。何か進展でもあったのか?・・・
「いいことを聞きました。ありがとうございます。是非見に行きます。」
宿の人にお礼を言うと一旦部屋に戻って迷彩服から旅人の服に着替えた。
「獣人の王様かー、どんな人なんですかね?やっぱりお強いんですかね?」
「おそらくそれなりには武芸も秀でていると思いますけど、国をまとめることには必要ないので案外そうでもないんじゃないですか?世襲制でしたし。」
支度を整えて王宮がある場所へと向かいながら話をしていた。
・・・なんだ世襲制か、それなら王族に生まれただけで力は必要ないな、どちらかというと勉強か。・・・
異世界モノでテンプレの最も強い者が王であるという予想を裏切られて少しガッカリしたが、流石に筋違いなので気を取り直して王宮前の広場へと辿り着いた。
・・・おおー、結構立派なお城だなぁ。あそこから王様が出てくるのか?・・・
それらしいテラスを眺めているとメイドや執事っぽい人が数人出てきた。
そしてその後から鎧を着た騎士二人に護衛されて王冠を頭に乗せている身体の大きな獣人が出てきた。
「「「うおぉーー!!国王さまー!!」」」
その姿を見て周囲の人々が歓声をあげる。
・・・あれが王様か、いい体格だな。別に太っているわけでもなさそうだ。民からも慕われてそうだし、いい王様のようだな。・・・
双眼鏡で観察していた勇輝はそう思った。
「ノシヨの民よ、よくぞ集まってくれた。国王のゾディアス・エルンだ。此度皆に集まってもらった理由は人間の王族との関係についてである。」
拡声の効果の魔法か何かで広場の全員が聞こえるように演説が始まった。
「人間の王族サビーナ家は我が一族の次女であるケーネ第二王女をグレアム第一王子の嫁に希望した。しかし、ケーネは病弱で現在も国外はおろか城からも出られないのだ。それでもサビーナ家は聞き分けず一方的に態度を悪化させた。それは皆もよく知っているだろう。たが、先週の親書で新たな要求が出された。それはケーネを連れて来なければ関税を引き上げるという内容だった。あまりにも身勝手である!我々は決して屈しない!どうか人間の国の非道に負けず今は耐えてほしい。戦争という悲劇だけは必ず回避する!以上で終わる。」
王は演説を終え広場の人々を見回していたが、こちら側に顔を向けた時に動きが止まった。
そして後ろの執事みたいな人に何かを話すと護衛の騎士とともにテラスを出た。
王の演説が終わり、二人はひとまず宿へと帰ることにした。
「とても立派な人でしたね。この国はしばらくは安泰でしょうね。」
「そうですね。なんかとても頼もしく見えました。」
・・・それに比べてサビーナ家といったか、ほんとにクズだな。・・・
勇輝とカナは王の印象を話し合っていた。
しばらく色々な話をしながら歩いていると正面からテラスにいた騎士と同じ鎧を着た兵士が5〜6人ほど向かってきた。
明らかにこちら側を睨んでいる。
一団が二人の前に立ち止まると周囲に張り詰めた空気が満たされた。
「私たちに何か用ですか?これから宿に行くところなんですが。」
静寂を破り、勇輝が指揮官らしき先頭の兵士に尋ねる。
「貴様に用はない!隣のお方をお迎えに参ったのだ。」
兵士は勇輝を軽く睨むとカナの方を指した。
「えっ!?私ですか!?」
カナは予想だにしない指名に驚きを隠せない。
勇輝は後ろを見ると後方にも何人か回り込んでいたのを確認した。
・・・クソッ、囲まれてる。なんなんだ、コイツらは。・・・
「ご同行願います。……第二王女。」
「なん…だって…?」
勇輝は慌ててカナを見た。
「え…私が……?」
カナも狼狽えて勇輝の方を見つめていた。
勇輝は荒事を避けるために大人しく連行されることにした。
・・・どういうことだ?カナさんが王女だって?カナさんの正体は……。・・・
勇輝とカナは兵士に囲まれて王宮へと連れていかれた。