勇輝は結局あまり眠れず、自然と5時前に目が覚めた。
「知らない天井だ……無駄に装飾凝ってる…。」
テンプレのセリフを小声で呟いて伸びをした。
・・・さて、どうしたものか…まだ外も暗いけどちょっと歩くか。・・・
のそのそとベッドから這い出て身だしなみを最低限整えると部屋の扉を開けた。
そして外に出た瞬間に目の前に人影が現れた。
「うわっ!?」
「おや、どうされましたか?随分とお早いですね。」
人影の正体は執事だった。
ローテーションで待機しているのか以前とは別の人物だった。
「いえ…あまり寝付けなかったもので、少し歩こうかなと。」
「そうでしたか、それではもうしばらくで朝日が昇りますので庭園をご覧になってはいかがですか?朝方の庭園は一味違う雰囲気を味わえますよ。」
「へぇ、それは良いですね。ぜひ拝見させてもらいましょう。」
「それでは、お気をつけて。」
勇輝は小枝を取り出してルーモスで足元とその周辺のみを照らしながら廊下を歩いて行った。
無駄に広い廊下や階段を下り、中庭に面した廊下の扉を開ける。
左側は壁だが、右側はいくつか柱がある以外は中庭に繋がっている。
まだ暗いのでほとんど見えないが、ベンチを見つけたので座って待つことにした。
「ーッ!?」
ベンチに腰掛けると冷たさと嫌な感触がした。
・・・朝露で濡れてる……見事に尻がびっしょりだ。ツイてない。・・・
若干萎えたがそのまま座って朝日を待った。
・・・あとどれくらい待てばいいんだろうな。暇だなぁ。・・・
しばらく待って濡れた服も乾いたところで退屈になっていた。
・・・ん?何か足音…が聞こえたような……いや、やっぱり足音だ。・・・
勇輝は微かに廊下を歩く足音を聞き取り、その方向を見る。
次第にはっきりと聞こえるようになってきたので近づいてきているようだ。
勇輝の位置からは何者かがやって来ると思われる扉は柱に隠れて見えない。
そして扉が開く音がした。
「ノックス!」
勇輝は慌てて明かりを消してベンチの影に隠れて息を潜めた。
なおも足音は接近してきた。
・・・結構軽い足音だな。女の人か?・・・
分析をしている間に間近まで迫ってきた足音がついに止まった。
「そこにいるのは誰?」
おしとやかそうな若い女性の声が聞こえた。
明らかに勇輝に向いていたので大人しく姿を見せる。
「失礼致しました。昨日から客としてお世話になっております永遠勇輝というものです。」
勇輝は名乗って相手の姿を見る。
暗くて顔ははっきりと見えないがスレンダーで青っぽいドレスを着た獣人の女性だった。
・・・カナと同じようなドレス?もしかして高貴なお方?・・・
「ああ、あなたが例の…どうしてここに?」
「慣れない環境で早起きをしてしまったもので、夜明けの庭園を眺めようかと思っていたところです。」
勇輝が少しおどけて答えると相手も笑みを浮かべた。
「そうですか。私と似たような事を考える方がいたなんて、奇遇ね。……あら、そういえば私はまだ名乗っていなかったわね。私はこの国の第一王女のリーンよ。…ああ、変に畏まらなくてもいいわよ。あなたはこの国の恩人になるのだから。」
そう言って王女は微笑みながら歩み寄ってきてベンチの前に来た。
「あっ!そのベンチは濡れていますよ!」
勇輝が慌てて座るのを止めようとする。
「あら、優しいのね。大丈夫よ、いつものことだから。」
リーンは右手をサッと振ると風が吹いてベンチの朝露を吹き流した。
「おお…見事ですね。私は先程座ってしまったんですよね。はは……。」
勇輝が自嘲混じりに褒めるとリーンはベンチに座りながら勇輝を見た。
「あなたも座って待ちましょう。別に気にしないから。」
リーンが手招きをして自分の横をポンポンと叩いて勇輝を誘った。
「わ…私は結構です…。」
勇輝がさりげなく断るとリーンは頬を軽く膨らませた。
「良いって言ってるんだから座りなさい。」
・・・ええー、なんで?よりにもよって王女様…従うしかないか。・・・
「それじゃあ、失礼します。」
渋々リーンの隣に腰掛けるとリーンは満足そうな顔をした。
ここまで間近に来ると顔もだいたい見えるようになる。
リーンは狐っぽい耳にティアラを乗せた長い金髪、切れ長の目をした大人な美しさを感じさせる姿だった。
「もうすぐ朝日が昇るわよ。しっかり見なさい、私のお気に入りの光景だから。」
リーンは真っ直ぐに庭園を眺めながら微笑んでいた。
「あっ、朝日が……。」
庭園の向こうから明るい光が城の合間を縫って差し込み薄暗い空間に色をつけた。
「ふふっ、これからよ。」
光に彩られていく庭園を見つめる勇輝にリーンは笑いかけた。
「これは……きれいだ。」
今まで暗闇で全く何も見えなかった庭園が朝日に照らされ、色とりどりの花々についていた朝露が光り輝いていた。
朝露の輝きと朝もやの織りなす幻想的な空間の演出に勇輝は息を呑んでいた。
「どう?きれいでしょ。よくこれを見に早起きして部屋を抜け出してるの。」
大人びた顔を崩して子供っぽい笑みを浮かべながらリーンは庭園を眺めて言った。
「立派な庭園が朝露と朝日の演出で更に美しくなるのですね。感動しました。」
「ここに私がいたことは内緒ね。といっても執事やメイドの何人かは既に知っているけどね…。」
リーンが立ち上がって、いたずらっぽく人差し指を口の前に当てた。
「はい、秘密にします。私もこれでおいとまします。」
勇輝もベンチから立ち上がってリーンに向き合った。
朝日に照らされたリーンの姿はとても美しかった。
勇輝はうっすらと明るくなった廊下を歩いて自分の部屋に戻った。
部屋の前で執事がにこやかに微笑んでいる。
「いかがでしたか?この城の庭園は。」
「とても素晴らしかったです。とても良く手入れされていて見事でした。」
「それなら庭師も喜ぶことでしょう。朝食の準備が整ったらお呼びしますので部屋でお休みください。」
勇輝は執事が開けた扉から部屋に入り、椅子に座った。
・・・ 庭園もすごかったけど、あの王女様がカナにそっくりのケーネ王女のお姉さんか…カナと違って大人びていたなぁ。・・・
暇だったのでさっき見た庭園とリーンの事を振り返っていた。
・・・あの景色と、リーン王女の楽しみを戦争で奪われるようなことは絶対に阻止しないと!カナさんと必ず依頼をやり遂げるぞ!・・・
勇輝は改めて決意を固めた。
少しして扉がノックされた。
「勇輝様、朝食の準備ができました。」
「はいっ、分かりました。」
鏡で変なところはないか確認して部屋を出た。
食堂に行くと既に長テーブルにカナが座っていた。
「カナさん、おはようございます。よく眠れましたか?私は早くに目が覚めてしまいました。」
「おはようございます。勇輝さん、私も1人だったのはちょっと寂しかったです。」
勇輝と挨拶を交わしたカナの表情は一気に明るくなった。
・・・やっぱりカナさんは笑顔が一番だな。でも最近恥ずかしがる顔はあまり見れなくなってきたな。・・・
カナも慣れてきたのだろうか、おどおどすることも減って凛としてきた。
顔を赤らめたカナの顔を見る機会が減ったことを勇輝は少し残念に思った。
勇輝はカナと向かい合わせにテーブルについた。
それからテーブルに食事が運ばれてきた。
サラダやパン、スープに至るまでどれも絶品だった。
カナは最後に何かデザートが来ることを期待していたようだが、予想が外れて何も来なかったので残念そうに耳を垂れた。
・・・分かりやすいところもまた可愛いな。あとで適当に果物でも貰ってくるか。・・・
「ごちそうさまでした。」
朝食を済ませたら側にいた執事を呼んだ。
「この後の予定はどうなってますか?」
「この後は王と大臣との打ち合わせを行い、昼前に人間の王都へと出発します。」
「そうですか、ありがとうございます。」
勇輝は席を立つとカナを呼んで玉座の間へと向かった。
玉座の間の門の前にいた兵士が勇輝とカナを見ると急いで中に伝えて門を開いた。
中に入ると護衛の騎士の数が少なくなっているが、逆に大臣と同じような格好の家臣が増えていた。
「よく来たな、何か不自由はなかったか?」
玉座に座っている王が2人に話しかけた。
「とんでもありません。ここまでもてなしていただいて身に余る光栄です。」
勇輝がお辞儀をしながら得意な社交辞令を述べる。
「そうかそうか、それならいい。では本題だが、事態は急を要するため昼前には人間の国の王都アトライアへと出発してもらう。馬車で2日ほどかかる予定だ。念のため護衛も用意する。」
王がこれからの予定を話し始めた。
「向こうに到着した後はどうするのですか?グレアム王子にお会いするだけならともかく他のことは分かりませんよ。」
勇輝が疑問に思った内容を尋ねる。
「それなら問題ない。」
「王都へは外交官として私が同行します。依頼以外のことはお任せください。」
家臣の一団の中でも若手の青年のような獣人が前に出て来た。
・・・若いな…期待の新人ってところかな?・・・
「それなら安心しました。気兼ねなく依頼に取り組めます。」
「では、他に質問は無いな?出発までしばし、英気を養ってくれ。」
「かしこまりました。」
勇輝とカナはお辞儀をすると玉座の間を出た。
「勇輝さん、どうしますか?」
カナが勇輝の方を向いて尋ねる。
「うーん、そんなに時間が無いですけど…そうだ!ついて来てください。」
勇輝はあることを思い出し、カナを連れて廊下を歩く。
階段を降りてしばらく進み、扉を開けると庭園に面した道に出た。
「うわぁ、きれいですね。」
「ここでゆっくりしましょう。」
カナは庭園の花々に見惚れていた。
勇輝はベンチに座って庭園を歩き回るカナを眺めていた。
カナは色々な花壇の前に立ち止まって匂いを嗅いだり、花をじっくり見ている。
勇輝はそれを見て心を和ませている。
「うそ……ケーネ?」
勇輝が振り向くとリーンが立ち尽くしてカナを見ていた。
少しして勇輝を見るとため息をしてベンチの側に来た。
「本当によく似てるわね。別人だなんて信じられないわ。」
「そんなにそっくりなんですか?王様は眼と耳が少し違うと言ってましたが…。」
再びカナを眺めているリーンに勇輝が尋ねた。
「そうね、ケーネは緑じゃなくて青い瞳だったわ。耳は…もう少し小さかったかしら。」
リーンが思い出すように呟いた。
「そういえば、ケーネ王女はどうして行方不明に?」
勇輝は地雷を踏んでしまうかもしれなかったが疑問に思い聞いてみた。
「去年、ケーネは外遊で他の街へと向かっていたの。その途中で魔物か盗賊に襲われたみたいで、護衛の人やメイドたちは死んでしまったのだけど、ケーネは見つからなかったのよ。それで今もまだ生きてるかもって信じてる。」
リーンは淡々と事件の詳細を語った。
その目は悲しみを写している。
「そうだったんですか……見つかるといいですね。」
「ありがとう、妹がいない今、私がしっかりしないとね。あの子を見ているとケーネのことを思い出すわ。」
わずかに微笑んでカナを見た。
その視線に気づいたのかカナもこちらを見て、側にやって来た。
「勇輝さん、この人は?」
「リーン第一王女です。ケーネ王女の姉ですよ。」
「えっ!?ケーネ王女のお姉さんですか!?」
カナがビックリして数歩後ずさった。
「そんなに驚かないで。変に気を遣わないでいいから。……あなたがカナさんね。本当にケーネにそっくりだわ。」
「私……そんなに似てますか?」
カナは恐る恐るリーンに聞く。
「ええ、似てるわ。顔も仕草も……ああ、胸は少し小さかったかしら。」
リーンが呟くように言うとカナは顔を赤らめた。
「ふふっ、もうすぐ出発なんでしょ。あなたなら大丈夫よ。家族でもない限り絶対にバレないわ。グレアムとかいうやつをこっ酷くフッてきなさい!」
「ハイっ!」
明るく振舞って激励したリーンにカナが応えた。
・・・グレアム王子……いいヤツだったらちょっと可哀想だな。盛大にフラれるとかトラウマもんだからな。・・・
もし自分がそうだったらと想像して寒気がしたのでグレアムを哀れに思った。
そして時間が迫ってきたのでリーンに別れを告げて城の中央のホールへと向かった。
ホールには王だけでなく多数の家臣や兵士が見送りに来ていた。
しばらくするとリーンも合流するのが見えた。
2人の前に王が歩み寄る。
「そなたらの働きに期待する。……頼んだぞ。」
「ご安心を、必ず任務を遂行します。」
「頼もしいな。……カナよ、そなたには本当に感謝している。」
「はい…頑張ります!」
王の激励を受けて門を出ると4台の馬車が並んでいた。
前から2番目の馬車が勇輝たちの乗るものらしく、立派な作りだった。
残りは護衛や食料などを積んでいるみたいだ。
馬車に乗り込んで窓から外を見ると街の住民たちも集まって手を振っていた。
・・・壮大な見送りだな。流石に替え玉のことは知らないよな?・・・
目立ち過ぎていることに少し不安を覚えたが、カナは恥ずかしがりながらも窓から手を振っていた。
・・・おお、なんか本当に姫っぽいな。可愛らしい。・・・
そして、城の人々や街の住民に見送られてアトライアへと出発した。