勇輝とカナがマスターの部屋に突入している頃………
「あとどんくらいだ?警備は?」
「もうすぐ……だけど、警備が少し手強い。」
レイルとシャリアが地下牢を目指して走っている。
トンネルの道はマスターの部屋に通ずる道とは違って荒削りで炎の灯りが小さく薄暗い。
「造りが雑だな。」
「そうね…所詮はそれだけの扱いってことよ。」
「ケーネ王女もか?」
「……どうなんでしょうね…。あの扉の先が地下牢よ。20人足らずが囚われているはず……警備は確か雇われ者だった。」
「よし、あと少しだ…待ってろよ。」
「アル……。」
錆びかけた簡素な扉を前に2人が立ち、呼吸を整える。
そして、レイルが取っ手に手をかけるとシャリアに目配せをする。
シャリアがそれに小さく頷いて応えるとレイルが勢いよく扉を開けた。
「ーッ!?誰だ?」
目の前に広がっているのはトンネルよりもさらに暗い空間で両側にうっすらと鉄の檻が照らされている。
真ん中の通路に数人の男が剣に手を掛けて睨んでいる。
「………あ?おめぇはあのチビガキの…、面会はまだ先だろ。さっさと出ろ。もう1人は誰だ?」
1人が近づいて顔を見るとそう言った。
「俺は王女に会いに来た。通してくれねーか?」
レイルが即興で頼み込む。
「ん?そんなことは聞いてたか?」
「いや、俺は聞いてねーな。本当にあってるのか?」
男達がお互いの顔を見合わせながらざわざわし始めた。
「そんな話は聞いてないってよ。どういうことか説明してもらおうか。」
男達が剣を抜き、構えた。
「チッ…」
「意味無いじゃない…。」
「うるせー、どっちみちこうなってただろ。」
レイルがふてくされて剣を抜き放った。
「はあ…サッサと済ませるわ。」
シャリアも短剣を持って構える。
「お前ら…何をしようとしてるのか解ってるのか?あのガキがどうなってもいいのか!?」
「ーッ!」
「………あっ?……」
喚いていた男の胸元には短剣が突き刺さっていた。
少しして服に血が滲み始めてやっと状況を理解するとともに男は後ろに倒れた。
「アルには……手を出させない!」
「クソッ!コイツ…マジだっ!」
「全く……突っ走りやがって…。まあ、俺ものんびりするつもりはないけどな。」
シャリアに一足遅れてレイルも突撃する。
そうして戦いが始まった。
「がぁっ…」「ぐふっ…」
「チクショーっ!なんだよコイツら!」
歴戦のレイルと閉所での乱戦に適したスタイルのシャリアにそこいらの傭兵が敵うわけもなく次々と斬り伏せられていった。
3分も経たない内に傭兵は残り数人になっていた。
レイルとシャリアの後ろには10人ばかりの傭兵が倒れている。
「これのどこが手強いんだ?大したことないな。」
「そうね…やってみたら案外弱かったわね。」
ジロリと傭兵を睨む。
「クソ…あれはまだなのか?」「もうすぐだ、それまで…」
「何がもうすぐなんだ?」
「……うっ…。」
レイルが前に出ると傭兵達は後退りした。
「何か企んでるようだな?まさか人質でも使うつもりか?それをやったらお前ら本当に命はないぞ、俺はともかくアイツは手がつけられなくなるけどいいのか?」
「………。」
傭兵達は青ざめているが後退りを続けて距離を離している。
「まあいいさ、逃しはしないぞ!」
レイルとシャリアが再び突撃する。
「間に合った…へへ、喰らえ!」
傭兵が後ろを振り返って前を向き直すとニヤケていた。
「なんだ?」
「終わりだっ!死ね!」
そう言うと傭兵達が一斉にしゃがんだ。
その直後に"何か"がその後ろに見えた。
「チッ!」
「えっ…!?」
シャリアは突然真横の鉄の檻に突き飛ばされた。
だが、その時に数本の矢が目の前を通り過ぎるのを見た。
そして自分を見て安堵の表情を浮かべるレイルの姿も……
「うぅっ、はっ!…なんで……。」
頭を少しぶつけて閉じていた目を開くとそこには矢が刺さっているレイルの姿があった。
「大丈夫だ……急所に近い矢は防いだから大したことないさ。」
「なんで…私なんかを……。」
矢はレイルの左の肩と腕に刺さっていた。
右にいたシャリアを突き飛ばしたために左に集中していたようだ。
だらんとぶら下がっている左手からは血が流れて滴り落ちている。
「クソッ!1人仕留め損なってるぞ!装填急げ!」
「分かってるよ!急かすな!」
傭兵達が騒いでいる。
どうやらボウガンを用意していたらしい、3本の矢を同時に発射できる特別製を2挺同時に撃ったようだ。
「そんな余裕は無いわ……。」
「ギャァッ」「ごふっ…」
シャリアは無言で傭兵達を倒していく。
「た…頼む!殺さないでくれっ!」
最後の1人が尻餅をついてそれでもなお後ろに下がろうとする。
「………」
「やめとけ、コイツにはやってもらいたいことがあるからな。」
レイルがシャリアの肩に優しく手を置く。
「………分かった。」
シャリアが力を抜いて短剣をしまった。
レイルはすでに手頃な布を巻いて応急処置をしていた。
血が滲んだ布が生々しい。
「おい、ケーネ第二王女の所に案内しろ、それと全員の解放だ。鍵を寄越せ。もし、嫌ならアイツにバラバラにされるかもしれないぞ。」
「ひぃっ!わ…分かった。こっちだ。」
完全に戦意を喪失した傭兵は青ざめた顔で立ち上がった。
しばらくしてレイルと傭兵が沢山の鍵を持って戻ってきた。
「コイツで弟を解放してやれ、俺は王女の所に行く。」
レイルはシャリアに鍵を1つ投げるとまた踵を返した。
「待って!」
「………なんだ?」
シャリアの突然の呼びかけにレイルは立ち止まり顔だけを向ける。
「さっきは…どうして助けてくれたの?」
「あ…ああ、それか。」
レイルは顔だけでなくしっかりとシャリアに向き合った。
「まぁ、あれだ。せっかく用意してやった服をダメにされたくはなかったからな。本当に迂闊すぎだっての。」
「……そう、………ありがとう。」
シャリアがそう言ったのを聞くとレイルは再び奥へと歩いて行った。
それを見送ると鍵を握りしめてアルが居る檻へと走って行った。
「アル!!」
「お…姉ちゃん?どうしたの?」
檻の中には少し痩せた少年が座っていた。
「ほら、これ…この檻の鍵よ。もう自由になれるのよ!」
ガチャリと鍵を開けて中に入るとシャリアはアルを抱きしめた。
「ほんとう?本当に自由なの?」
「そうよ。もう、あんな辛い目には合わなくていいの。」
「お姉ちゃん……泣いてる?」
まだ完全に状況が分かりきっていないアルがシャリアの涙に気付いた。
「えっ………そうね。嬉しいから泣いてるのよ。ここから出て一緒に暮らせるんだから。」
「それなら、あそこの子達も一緒がいい!一緒にいろいろなお話とかしてたんだ。……だめ?」
アルが反対側の檻の方を指差して無垢な顔を向ける。
「ええ、大丈夫よ。みんな出られるから。」
「やった!」
衰弱気味なので大人しめだったが、喜んでいるのは分かった。
「それじゃ、行きましょうか。」
「うん!……お姉ちゃん、ちょっと歩けなさそう。」
アルの細い足は立っているだけで精一杯ですでに震えている。
「いいわ、背中に乗りなさい。」
シャリアがアルの前でしゃがむと背中に乗せた。
「行くわよ。大丈夫?」
「いいよ。」
2人は檻から出た。
「ここか?他の檻よりはマシなようだが…。ここの鍵を渡せ。後は全部の檻を開けろ。……サッサと行け!」
「はいぃぃーっ!」
鍵をジャラジャラと鳴らしながら傭兵は走り去って行った。
「ふう……よし!」
鍵を握り、呼吸を整えると檻の前に立った。
「誰ですか?もう食事ですか、早いですね。」
暗い檻の奥から懐かしい声が聞こえてくる。
その声はか細く、弱っていたが、レイルは本物だと確信した。
「違います。貴女を助けに参りました。ケーネ王女。」
「ーッ!なんですって!」
驚きの声とともにその主が檻に近づいてきた。
その姿は2年前に見た時よりもひどくみすぼらしくなってはいるが、特徴はあの時のままで美しさを感じさせる。
「ついに…ついに見つけましたよ。2年前のあの日からずっと探しておりました。よくぞご無事で……。」
「2年前!?まさか、あなたは……!」
王女は檻に手を掛けて顔を近づける。
「ええ、そうです。あの日、貴女が命を救った兵士です。あれからずっと恩返しをするために探しておりました。」
「そうでしたか…あなたも助かったんですね。それだけが気掛かりだったのです。そのあなたが助けに来てくれるとはすごい巡り合わせですね。」
レイルが鍵を開けて扉を開くと王女がゆっくりと出て来た。
王女がレイルの正面に立つとレイルはサッと跪いて敬意を表した。
「顔を上げてください。マスターは?」
「そちらは実力のある者が押さえています。」
「それでは…ここにいる人々をお助けしなさい。」
「はい!」
再び頭を下げて礼をするとレイルは王女を連れ立って傭兵から半分の鍵を分捕って作業を開始した。
作業をしばらくしていると反対側からアルを背負ったシャリアが歩いて来た。
「そっちも無事だったようだな。」
「ええ…そちらこそ。」
王女とレイル、そしてシャリアとアルが真正面から合流した。
「レイルさん、そちらの方は?」
「………」
レイルはバツが悪そうな顔をして頭を掻いていた。
「大丈夫……自分で言う。アル、ちょっと待ってて。」
シャリアがそう言ってアルを降ろすと、ケーネ第二王女の前に立ち、跪いた。
「私はシャリア、2年前に貴女を連れ去った者です。」
「ーッ!………そうでしたか。」
王女は静かにそう言うとシャリアは俯いたまま言葉を続けた。
「処罰ならなんでも受けます。……ですが、弟だけは助けてください!」
シャリアは声を上げて慈悲を求める。
「顔をお上げなさい。貴女に事情があったということは分かりました。レイルから貴女の協力が無ければ助けることはできなかったということも伺ってます。ですから…今後の人生で人のために尽くせるように生きなさい。それができるのならば私は何も言いません。」
「ーっ!寛大な処置、感謝致します!」
シャリアは言葉の後半では涙声になっていた。
その涙を隠すように頭を下げると、手で拭って立ち上がった。
「さあ、貴女も手伝ってください。その子は私が見ておきましょう。一緒にここで過ごしていましたから話も何度かしたことがあります。」
王女はアルに小さく手を振るとそう言った。
「本当にありがとうございます。……アル、しばらく王女様と一緒に居て。」
「うん、わかった。」
シャリアはアルを王女の近くに連れて行き、レイルと共に作業に参加した。
「結構な人数がいるんだな。ほとんどはチビや体の弱い奴が多いみたいだが。」
レイルが最後の鍵を開けてそう呟いた。
「ほとんど人質として生かされていたから……動ける人はみんな私みたいに従わされてた。早く彼らにも教えてあげないと。」
「じゃあ、こいつら引き連れて行くか?自力で歩くにはキツそうな奴が多いぞ。」
レイルは人質の予想外の多さと衰弱に頭を悩ませていた。
「とにかく、彼らにもこのことを知らせて味方にしないと……歩ける人だけでも連れて行かないと信じてもらえないかもしれないから。」
「はいはい、分かったよ。その間俺は残りの動けない奴を王女と一緒に見とくよ。」
レイルがやれやれといった感じに役目を引き受ける。
「お願い…それじゃあ、動ける人を探してくるわ。………そうだ、あなたには謝りたいことがある。」
「なんだよ。」
シャリアが真剣な雰囲気で話しかける。
「あの時のボウガンのこと……私はあのボウガンがある事を知っていた。なのに、あんな簡単な策に気づけなかった。そして……あなたに傷を負わせた。……ごめんなさい。」
「またそんなことかよ。いいんだよ、んなことは。そんなんでチビと一緒に生きていけるのか?とにかく、もっと気をつけるんだな。」
「ええ……そうね。それじゃ、行ってくる。」
レイルは左手を押さえながらその後ろ姿を見送った。