でも、めげずに書き続けます!
それまで、止まるんじゃねェぞ……私
しばらく静寂が周囲を包んでいた。
普段の声とは全く違うような声で絶叫したノースに近くの兵士もたじろぎ、レイルは額に手を当ててそっぽを向いている。
ケーネ王女は突然の大声には少し驚いたものの、それ以外の変化はない。
自身の仕える国の王族相手に無礼をはたらくという大粗相に勇輝は若干どころではない気まずさを感じ、無関係を装ってこの場を抜け出したいと思ったが、カナが当事者の一部ということで(といっても一方的に間違われただけだが)そうもいかない。
「え……だって…ケーネ王女は…え…え?…」
ノースはやっと落ち着いたと思っていたらまだ錯乱している。
・・・そりゃそうだよな。2年前にいなくなって生存も絶望視されてた王女様が急に目の前に現れたんだもんな。気の毒に…。・・・
勇輝は心の中でノースに手を合わせながら成り行きを見守ることにした。
「レイル…あの方に説明をしてくださる?」
「はいっ、わかりました。」
ケーネ王女がレイルに呼びかけるとレイルがそれに応えてきびきびとノースの前に出た。
兵士達はレイルを前に武器を下ろした。
「ノース、ここがわかったのは大方勇輝にお前の魔法を込めた紙を渡したんだろ。まあ、それはいいか。……改めて言うが、あの方は本物のケーネ第二王女だ。」
レイルがノースの肩に手を置いてはっきりと告げる。
「おいおい…冗談だろ?……本当なのか?」
レイルに触れられて落ち着きを取り戻したノースは恐る恐るといった風に尋ねる。
「詳しいことは後で話す。とりあえずは急いで野営地に戻ろう。……ちょっと"オマケ"がいるけどな。」
レイルが言葉の最後でニヤついてノースの肩をポンポンと叩くとケーネ王女とその後ろにいた集団を見る。
「「「えっ?」」」
ざわざわとしている解放されたマスターの人質たちを見てノースと兵士は急激な胃痛に襲われた。
その後たくさんの人を引き連れて街中を進む勇輝たちは終始注目を集めながらも無事に野営地にたどり着いた。
街の門を通る時にノースが衛兵と色々も揉めたりしていたようだったので勇輝は少し申し訳なく思った。
10分ばかりの交渉の末に門をくぐり抜け、野営地にたどり着いたら今度は残っていた兵士たちが大騒ぎした。
大人数を収容する想定などしているわけもなかったのでてんやわんやだった。
だが、勇輝やレイルだけでなくマスターに従わされていた者たちも積極的に協力してなんとか問題は解決させた。
流石に食料は足りなかったので勇輝の異次元空間にいれて置いた備蓄を提供した。
中でも腹を空かせて待ちきれなさそうだった人たちに調理済みで収納していた料理を出したら大絶賛だった。
ノースはケーネ王女とレイルの2人と話し合っていて伝令を飛ばしていた。
その顔は……青ざめていて、しきりに腹が痛そうにしていた。
良い胃薬が手に入ったらあげようと思った。
「いやぁ、ちょっと申し訳ないことをしてしまったと思います。」
「ははは……何を言ってるんですか。第二王女が無事に戻ってきたんですよ。良いことですよ……。」
すでに野営地は夜の闇に包まれ、料理ができるものは総動員されていて美味しそうな匂いが漂っている。
その中で勇輝はノースと話していたが、ノースの目は笑っていなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ…胃が痛い……もう楽になりたい…。いっそこの不満をアトライアの外交官にぶつけてやろうか……フフフ…。」
「ノースさんっ?!」
・・・やばい、今日一日にストレスが集中してノースさんが壊れかけてる…。カナさんだと思って話しかけたら相手が王女で、いきなり大量の人を預かって、しかも彼らをノシヨで引き取るように進言して……、極め付けはアトライアの貴族が捕まった状態でやってきたことだろう。そりゃきついだろうな。・・・
1人不気味に笑うノースから離れた勇輝はぶらぶらと歩いていると太めの木の枝に座っている人影を見つけた。
「シャリアさんでしたか。どうしたんですか、そんなところで。アル君はどうしたんです?」
適当に声をかけて尋ねるとシャリアはチラッとこちらを見てまたすぐに空の月を見上げた。
「アルならもうすぐご飯ができるからってそっちの方に行ってるわ。私は…月が綺麗だなって。今まで月明かりだけを頼りに戦うこともたくさんあったけどこうしてゆっくり眺めることがなかったからちょっと新鮮に見えたの。」
「確かに綺麗な満月ですね。」
空に浮かぶ月は元の世界で見たものと全く変わらない姿を見せている。
そのことが勇輝にほのかな望郷の念を抱かせた。
「私の故郷は自然の美しさを様々な表現で彩っていました。もちろん月も…。」
勇輝は芸術や美しい景色などにはあまり興味を示さなかったが、心身ともに厳しい鍛錬を重ねる防大生活を経て若干の変化を遂げた。
休日の夜、外出を終えて防大の寮に帰るときにふと見上げた夜空に浮かぶ月を見てなんとも言えない気分になるのだった。
もうすぐ休日が終わって再び慌ただしい平日が始まるという憂鬱な感情と雲ひとつない夜空にたった1つ輝く孤高の月への憧憬が入り混じり悲壮感にも近いものを感じるようになっていた。
その時は我ながら趣深くなったものだと呑気に思っていたが、今では元の世界との共通点として自身の支えにもなっていた。
「そうだったの…。試しに何か教えてくれる?」
「え?……んー…….どうしようかな。」
シャリアからの突然の要求に首を傾げて唸る。
しばらく唸って捻り出した記憶にちょうど良さそうなものがあったのでそれに決めた。
「見る人に…もののあはれを知らすれば……月やこの世の鏡なるらん…。大昔の偉い人が詠った詩で見る人にあらゆる物の情緒を思い起こさせる月はまるでこの世の鏡のようであるという意味です。…どうでしょうか?」
・・・防大に入る前に国語の古典で出てきた短歌だったと思う。何故か覚えていたが確かこんな意味だったはず……。・・・
記憶の隅にあったぽっと出の歌を出してちょっとドヤっているのが自分でも想像できる。
「へぇ…この世の鏡…か。面白いことを考えるものね。でも、確かに月を見て人それぞれいろんなことを思うわね。………あなたは何を思うの?」
シャリアは深く考え込むように月を見上げると不意に勇輝にそんな質問を投げかけた。
「ちょっと故郷に帰りたくなった……というところですかね。遠く離れた地でもこの月は故郷で見たものと全く変わらずに輝いているものですからね。色々と思い出させられます。」
「そう…。私は特に故郷といった感じのものはないからちょっと羨ましい…かな。」
シャリアが呟くように言うと勇輝の前に飛び降りた。
距離が近かったので勇輝は少し驚いて後ろに飛び退く。
「私はそろそろアルのところに戻るわ。あなたけっこうおもしろいのね。それじゃ。」
シャリアは勇輝にいたずらっぽく微笑むと背を向けて軽く手を振りながら歩いていった。
「帰りたい……か。」
自分の気持ちを確認するかのように一人呟くともう一度月を見上げた。
若干の霞に覆われていたがそれを物ともせず月は輝いていた。
シャリアと別れた後、勇輝も夕食を食べるために野営地の中心へと戻った。
美味しそうな匂いとまともな食事を食べられて喜びの声を上げている人々にふと温かい気持ちになった。
「あっ!勇輝さん!どこ行ってたんですか?探したんですよ。」
自分も食事を受け取ろうと急ごしらえの調理場に向かっているとカナが懐に飛び込んできた。
「おっと、カナさん…まあ、ちょっと散歩してました。」
「そうだったんですね。もうご飯ができてますから食べましょう!今日のご飯はとっても美味しそうですよ!」
勇輝の手を取って引っ張るカナはらんらんと目を輝かせて尻尾はぶんぶんと振られている。
そんな無邪気な姿を久し振りに見た気がしてほっこりした。
・・・ここに来てから王女を演じなきゃいけなかったり戦ったりと忙しかったからなぁ。年相応にはしゃいでいる方がやっぱりかわいいよな。・・・
本来のカナの姿を見て癒されていると食事を配っている場所に到着した。
手伝いをしていた少女から渡されたパンとスープを受け取ると異次元からテーブルとイスを出して座った。
「「いただきます!」」
きちんと手を合わせてパンをかじり、さっそくスープを啜ってみる。
「おぉ、確かに美味しいですね。」
見た目はなんの変哲も無い野菜のスープだが、素材の味を上手く活かして尚且つ絶妙な味付けでそれをさらに引き立てている。
「なんでも、ケーネ王女のために用意されたものを王女様がみんなにも食べて欲しいと言ってこうなったらしいですよ。」
「へぇ、そうだったんですね。とても優しいんですね。」
繊細な味に舌鼓をうちながらパンを口に運ぶと日持ちを重視していて味気のないパンでも美味しく感じられた。
カナも美味しそうに食べている。
それを見て、勇輝もまた食べ進める。
今この時だけは全てを忘れて幸せを噛み締めていた。
「そういえば、ケーネ王女が見つかった以上、私達の受けた依頼はうやむやになってしまいましたね。結局どうなるんでしょうか?」
「そうですねー、グレアム王子を振ったところで目的はほとんど達成したようなものですけど微妙ですね。」
「何より、戦争を回避しないといけませんし。マスター……カイゼル公の処遇についても色々とあるでしょうし。」
ある程度食事を終えて現実的な話に戻った二人は今回の依頼について話していた。
依頼の目的はあくまでもカナがケーネ王女を演じてグレアム王子との交渉に臨むということで、求婚を見事に叩き潰したのだから問題はないと考えられる。
しかし、本物のケーネ王女が見つかったことでその主旨が無意味になってしまったのも事実である。
「ノースさんに聞いてみますか?」
「うーん……今ノースさんは…気を病んでるからあまり仕事の邪魔はしたくないな。」
勇輝の脳裏にハイライトの消えた目で笑うノースを思い浮かべて思いとどまった。
「まあ、今日は休みましょう。考えても進展なさそうですし……ノースさんも休ませておきますか。」
「そうですか、じゃあもう寝ますね。……あっ、馬車はケーネ王女が使ってるんでした…。」
カナが急に思い出して困った顔をしていた。
「それなら私がノースさんが使っていた馬車で寝るといいですよ。ノースさんには私がなんとか行っておきます。」
・・・まあ、ケーネ王女を外で寝させるわけにはいかないよな。でも、カナさんのこともどうにかしてくれればいいのに。とりあえずノースさんをどうにかしないとなぁ…。・・・
「いいんですか…?それじゃあ、わかりました……。お願いしますね。」
何故かカナがちょっと嬉しくなさそうに答えたのに違和感を感じながらも勇輝はノースの説得に向かった。
ノースのいる詰所に向かおうとした時に後ろでカナが「そうだっ!これなら!」とか言っていたが特に気にせず進んだ。
その後ノースに馬車はカナに譲った旨を話すと「いいですよ…。どうせ徹夜するつもりですから……ふふ…。」と言った。
その時のノースの顔は見ていられなかった。
とりあえずノースの答えをイエスと解釈してカナのいる馬車のそばで適当な毛布を取り出して眠った。
今日だけで色々とあったのですぐに眠りについた。