ごちうさに男性アルバイトを放り込んでみる   作:rinta

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リハビリ作品なので初投稿です。


バイト先の常連の女子高生が超有名作家になる確率を求めよ。ただしそのバイト先のコーヒーは美味なものとする

「今日は、マスターはいらっしゃらないのですか?」

 

 

時刻は黄昏時。この木組みの町がもっとも紅く、美しく映える時間帯。場末の珈琲喫茶の店で、未だ何も書き込まれていない原稿用紙を前にした女性、青山翠が問う。

 

 

「さっきまではいたが、なんか落ち込んだ感じで俺に店を任せて出てったぞ」

 

 

「悩みごとでしょうか? 心配ですね...」

 

 

青山は手を頬に当て眉をしかめる。それだけの所作で絵になるのだから羨ましいものだ。しかも本人はそれに気がついていないときた。こんな女性に心配されるのだから、あのじいさんも果報者だ。

 

 

「人の心配よりも自分の心配をしたらどうだ。みたところ、目の前の原稿には何も書かれてないが」

 

 

「あらー」

 

 

青山は笑って誤魔化し、先程頼んだブルーマウンテンに一口つけた。

 

 

「まぁ、あのじいさんのことだ。そこらの公園で店が繁盛しないって頭抱えてんだろ」

 

 

「店員さんなのにまるで他人事のような口ぶりなんですね」

 

 

「そんなことねぇよ」

 

 

そう言って自分で淹れたコロンビアを口に運ぶ。店の物だが自腹なので何も問題ない。

 

 

「そんな心配するほど客が少ないわけじゃないし、なんなら古きよき珈琲喫茶にしては人は結構来てる方だ。つまり何も心配することなし。俺もこうやって店の売り上げに貢献してるしな」

 

 

手に持ったコーヒーカップを見せつけるように青山の目線に合わせる。青山はそれを見ると次に俺の方をジト目で睨んだ。

 

 

「あなたのそれは、サボってるだけではないのでしょうか」

 

 

「白紙の原稿用紙目の前にしてる作家にだけは言われたくねぇよ」

 

 

目線が重なり、互いが互いをにらみ合う。ハブとマングースが対峙したかのごとき緊張感がその場を支配するがーーー

 

 

「ふふっ」

「クッ」

 

 

どちらからともなく出た笑い声によりその緊張感はすぐに霧散した。これがいつもの、「ラビットハウス」の店員である俺と常連客である青山翠の日常的なやり取りだった。

 

 

「マスターもですが、あなたとのお話も私をとても落ち着かせてくれます。ラビットハウス...本当に不思議な場所ですね」

 

 

「そう言ってくれたらじいさんも本望だろうよ。客のためなら、それこそなんでもするじいさんだからなぁ...」

 

 

「えぇ、本当に...素晴らしいお方です」

 

 

青山はそう呟くと、コーヒーカップを包むように手に持ち、目を伏せた。きっとじいさんとのことを思い出しているのだろう。

 

 

(でも...実際危ないよな)

 

 

青山との話ではラビットハウスはまだ安泰だと答えたが、実際には少々危険な状態なのが現実である。周囲にはライバル店が出てきており、さらにこの喫茶店にこれといった特徴もないので、既に他店に客足を取られている。

アピールポイントがあるとするならば、美味しいコーヒーと少し変なウサギがいることだろうが、野うさぎがそこら辺を群雄割拠してるこの街ではそれすらも意味をなしていない。

なんなら本物のウサギが店のど真ん中に居座ってる茶店すらあるんだ。本当になんなんだろうかこの街は。

 

 

「私に、何か出来ることはあるのでしょうか?」

 

 

ふと、青山のそんな声が聞こえた。

 

 

見てみると青山がこの街の喫茶店事情に頭を痛めていた俺の顔を見つめていた。その瞳にはなにやら強い意思があることが分かる。

 

 

「なんの話だ? 店のことならさっきいった通り別に―――」

 

 

「いいえ、そうじゃないんです」

 

 

俺の言葉を切るように青山が首をふる。

 

 

「...私、高校を卒業したら本格的に小説を書こうと思うんです。そうしたらしばらくラビットハウスには来られなくなると思います」

 

 

青山はそう言うと、目線を手元のコーヒーへと移した。

 

 

「そうか...」

 

 

青山の報告に、俺は若干の驚きと、納得を感じた。

 

 

ラビットハウスの常連客、青山翠は近くのお嬢様学校に通い、文芸部に所属する学生だ。その文才は、学生ながらの拙さがありながらも際立っており、時折見せてくれた彼女の小説は、本をあまり読まない俺でも面白いと思わせるほどの出来だった。

彼女ほどの腕ならば小説家になることもそれほど難しくないだろう。

だから彼女が小説家を目指す、それ事態はあまり驚きはしなかった。しかし、それと彼女がこの店に来なくなることは全く別の問題だった。

 

 

「あんたは作家を目指すとは思ってたが、だがそれとこの店とは関係ないだろ。話仲間が来なきゃじいさんだって寂しがるだろうし...」

 

 

もちろん俺も、という言葉は呑み込み、青山に問いかける。彼女は貴重なラビットハウスの常連客だ。それを失うのはよろしくない。だからだと自分に言い聞かせ、俺は青山のその決意へ反発した。

しかし、青山は小さく首をふり、小さく笑みを浮かべた。まるで、自分の決意の固さを見せるように。

 

 

「私、このラビットハウスが大好きです。このお店は私にたくさんのものをくれました。美味しいコーヒーに、楽しいお話、私のご相談にお付き合いいただいたこともありましたね... 本当にここは、私にとってかけがえのない場所です」

 

 

青山はいつもと同じ穏やかな笑顔で、おっとりとした口調で話した。

 

 

「...だったら何で...」

「だからなんです」

 

 

俺の言葉に被せるように、青山は強い口調で話す。

 

 

「私、ここにいると幸せになって満たされます。おいしいコーヒーも私の心や体も温めてくれます。でも、それだけではダメなんです。それだけでは良いお話は書けない。甘えているだけなんです、結局。自分がいい気持ちになれるところで、楽しく書いているだけなんです。それでは私が見えていない、知らないことがありすぎるんです。私は、私の苦しみや哀しみ、怒りもお話に書けるようにならないといけないんです。それで初めて、読んでいる人に、私の楽しみや喜びを、伝えることができるようになるんです」

 

 

青山はそこで言葉を区切ると、珈琲に一口つける。もう時間が経ち冷めてしまったそれは、しかし青山の口を潤す程度には役割を果たし、そして青山に話を続けさせた。

 

 

「きっと私は、ここを離れたらとっても悲しむと思います。マスターの美味しいコーヒーを飲めなくて苦しむと思いますし、マスターと楽しいお話を出来なくて哀しむと思います。でも、私にはきっと、そんな時間が必要なんだと思うんです」

 

 

青山の口から出た決意に、俺は口をはさむことはできなかった。彼女はもう決めたのだ。だからその思いを否定しない。俺には否定できないのだ。

ただ、彼女が言う思い出の中に自分が存在しないことに一抹の寂しさを覚え、思わず苦笑してしまう。まぁそれを思うのは俺が傲慢なんだろうな。

 

 

「...でも、あなたとこうしてお喋りできなくなるのは、それは本当に寂しいことですね...」

 

 

...ふと彼女が零したその一言に、不覚にも胸が高鳴った。

本当に、そういうところは掛け値なしにずるいと思うよ。マジで。

 

 

「ま、好きにすればいいだろうよ...」

 

 

「...はい。そうさせていただきます」

 

 

そんな会話はどことなくぎこちないようで、しかし全く不快でないその雰囲気を出していた。こいつといるといつもこんなだな、と思いに更けコーヒーに口をつけると、俺のも既に冷めてしまっていたようで、風味のないただの苦い汁と化していた。しかし残してしまえばあとでじいさんにどやされるため、苦さを我慢し一気に飲み干した。

青山はそんな俺を眺めていたらしく、穏やかな笑みを浮かべると、俺と同じように自分のコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

「...ごちそうさまです」

 

 

「そんな苦い顔で言われても嬉しくねぇよ」

 

 

「だって苦かったんですもん」

 

 

子供のように口を尖らせて言う青山は、先ほどの真剣な表情をすでに仕舞っていた。

 

 

「この苦味の良さも分からんとは、確かに作家への道は遠いな」

 

 

「む。あなただって先程眉をしかめさせていたようですが」

 

 

「そりゃコーヒーの奥深さを味わっていたんだよ。子供には分からんだろうけどな」

 

 

ケラケラと笑いながら屁理屈を並べると、青山もあきれたように笑みを返す。

今はそれが替えがたく嬉しいと思えた。

きっとこの情景こそラビットハウスの良さなのだろう。

 

 

...ひとつ、いいことを思い付いた。

 

 

「なぁ、さっきラビットハウスに何か出来ないかって言ったよな?」

 

 

俺のいきなりの質問にカップの縁をなぞっていた青山は顔をあげキョトンとする。しかしさっきの会話を思いだし、あぁ、と言葉をこぼした。

 

 

「何か、と言っても私に何が出来るか分かりませんが...」

 

 

「出来ることあるだろ、作家さん?」

 

 

またも困り顔になる青山に含みを込めた言葉を放ち、追加のコーヒーの準備をする。青山は俺の言葉にまだ腑に落ちてなく頬に手を添えながら考え込んでいた。

そんな青山の姿はまた絵になるもので、思わず口角を上げて見とれていれば、それに気づいた青山がムッと頬を膨らませた。

 

 

「もう、人を困らせて笑うなんて趣味が悪いですね」

 

 

どうやら青山は俺が自分が困っている姿を見て楽しんでいると思ったらしい。そんな青山の的はずれな指摘に思わず俺は笑いを溢してしまう。

 

 

「悪い悪い。別に困らせるつもりはなかったんだけどな」

 

 

青山から送られるジトーっとした視線に、流石に悪いと思い彼女の目の前に出来立てのコーヒーを置く。今度のはブルーマウンテンではなくキリマンジャロだ。

青山はジト目を止めることはなかったが、自分の前に置かれたそのコーヒーには鼻孔が刺激されたらしく、多少逡巡した後取っ手に手を掛けた。

俺はそれを確認した後自分のコーヒーカップへと同じコーヒーを注ぎ込んだ。

 

 

「俺が言いたかったのは、そうだな...このコーヒーの美味しさを、お前に広めてほしいってことかな」

 

 

「このコーヒーを、ですか?」

 

 

俺の言葉に青山は反復するように返す。

 

 

「あぁ。小さな町の片隅で、渋いじいさんとくたびれたバイトがしがな一日客を増やすためにあーやらこーやら言って、そんな二人をじいさんの孫が叱って、時々不思議な女子高生が訪れてコーヒーを飲んでもらう。そんなたあいもない喫茶店のことを、お前の手で本にして多くの人に伝えてくれないか。そうなったら、じいさんも俺も、こうやってコーヒーを作る意味もできるもんだ」

 

 

そう言いきり、出来立てのコーヒーに口をつける。ミルクも砂糖も入っていないそれは、俺の口の中にコクのある苦味を広げ、多幸感をもたらした。きっとこの味こそ大人の味というものなのだろう。

 

 

「それは、とてもいい提案ですね...」

 

 

青山もコーヒーに口をつけながら言葉を落とす。その顔は先程のように苦味に耐えるようなものでなく、苦味を味わうような面持ちだった。

 

 

「私、頑張ります。作家になって、必ずこの店のことをたくさんの人に伝えます。それでそれが叶ったときに、またここに戻ってきてもいいですか?」

 

 

青山の言葉に、俺は呆気に取られた。なんともまぁ律儀な人だことだ。そんなもの、俺の答えは決まっているというのに。

 

 

「当たり前だ。そんときはとびっきり美味いコーヒーをご馳走してやるよ」

 

 

その返事に青山は安心したように顔をほころばせ、そして言った。

 

 

 

 

「楽しみにしてますよ、バイトのお兄さん」

 

 

 

 

その日から、俺が青山翠の姿をみることはなくなった。




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