取りあえず麻耶と会って話をするべきだ。そう思い部屋をでて101号室へ向かう。ドアの前に立つととても緊張する。恋心とかではなく、上手く話せるかという不安に他ならない。
「ちょっと深呼吸するか」
そう言って息を吸った時、急に頭に激痛が走った。
「あいだっ!」
頭を押さえてその場にしゃがみ込む。なにか特殊能力に目覚めたのかとバカなことを考えながら状況を確認する。どうやら急にドアが開き、それが直撃したようだ。
「あれ、優介だー。何してんの?アルゴリズム体操?」
ドアの陰からいつも通り長い前髪をピンでとめた麻耶が覗いている。
「頭を下げてもぶつかるだろこれは!」
そう反論したところでひとつ疑問がわいた。優介はインターホンを鳴らしたわけでもドアをたたいたわけでもない。なのに麻耶は自分からドアを開けた。ということは出かけるところだったのではないだろうか。
「えっと、どこか行くところだったか?」
「うん。スーパーに」
どこに行くのかと思ったらどうやらいつもの買出しのようだ。
「優介は?」
「あ、ああ。俺もスーパーに行こうと思ってさ」
とっさにうそをついてしまう。実際に麻耶を目の前にすると「どこか行こう」と言うことはできなかった。
「そう?じゃあい一緒に行こっか」
「そ、そうだな」
いってしまった以上このままスーパーに行くしかない。特に必要なものはないのだが強いて言うなら醤油が減っていたから買っておこう。そう心の中で言い訳しながら麻耶と一緒に玄関を出る。
この時間だと車もあまり走っておらず、あたりはとても静かなもので、それもあってか、二人の間に流れる沈黙は想像以上に気まずくなる。
「い、いい天気だな」
何か話そうと思い話題を振り絞ったところものすごくつまらない事を言ってしまった。
「え?今日は一日中曇ってるよ?」
しかもまったく見当違いのことを言っていた。講義中のパブロフ云々の時より見当違いだ。
だが、麻耶は腹を抱えて笑い出した。
「ちょ、ちょっとまってよ、それは反則だって~。あはははは!」
「そ、そんなに笑うなって!傍から見たら変な人だから!」
慌てて麻耶を止めようとするが麻耶は5分くらい笑い続けた。時折通り過ぎていく人に訝しげな視線を向けられたが気づかないフリを貫くことにした。
「落ち着いたか?」
「うん。いやあ久しぶりに大笑いしちゃったよ」
「そんなに面白くもなかったろ……」
「ううん。初デートで緊張した人のテンプレみたいなこと言うから、そんな人実際にいるんだなーって。あはは」
再び笑い出しそうになる麻耶を慌てて止める。これ以上晒しものになるのは避けたいところだ。
「それで?優介は本当は何の用だったの?」
「へ?な、なんの話だ?」
「用があったからボクの部屋のドアの前でアルゴリズム体操してたんでしょ?」
「しとらんわ!」
「用があったのは否定しないんだ」
「うぐっ」
なんというか言葉選びが上手い。さすが小説家だ。
「最近メールの返信も素っ気無かったし。なんか関係あるの?」
やはり麻耶からしてもあのメールは素っ気無いと感じたのだろう。しかもそれが今日の用に関係しているとまで推測できたのは女の勘とかいうやつなのだろうか。
「べ、別に。メールに関しては最近レポートとかで徹夜してて余裕がなかったってだけだよ。ごめんな」
「ならいいけどさ」
麻耶はあっさり納得してくれた。
「それじゃあ、何の用だった?」
「そこは引き下がらないのね……」
「言えないこと?ひょっとして襲いにきたの?」
「ぶっ!そ、そんなわけないだろ!」
相変わらずとんでもないことを言ってくる。困惑していると麻耶は今度は真剣な表情でこちらを見てくる。こうなると答えるしかないのだがそもそも具体的な内容は何一つ決まっていない。なんと言えばいいのやら。
「ええと、その……」
「……?」
ものすごい緊張感。別に告白するわけでもデートに誘うわけでもないというのに、拳を握ると手汗がすごいことに気がつく。
「お、おお」
「お?」
「俺の部屋来ない?」
今、なんと言っただろうか。優介が自分の発言内容を理解するのには数秒の時間を労した。
「部屋?」
麻耶が首を傾げる。それもそうだ、これは優介の意図していたこととはまったく見当違いのことなのだから。麻耶の世界を変えるという目的のために外出させようと思っていたのに自室に誘ってどうするというのだ。
「あ、いや今のはその……」
「何?部屋につれこんでどうするのさ?」
「誤解をまねく言い方するな!あれだよ、この前の昼ごはんのお礼に何かご馳走しようと思ったんだよ」
こうなったらヤケだ。屁理屈だが優介の部屋でもスーパー以外の外出にかわりない。とりあえずはそれでいって後々他の場所に連れて行こう。
「えー、別にお礼なんていいのにー」
「ご馳走になりたいって顔に書いてあるぞ……」
「あ、ばれた?」
最近になってわかったことだが麻耶は結構顔に出るタイプだ。うれしいときは心から笑うし、今だってすごくにやけていた。それも、優介のように嘘をつけないととかではなく純粋ゆえのものだ。そういう感性みたいなものが小説にも反映されているのだろうか。
「それで、どうする?」
あくまで他意はないことをアピールしながら問いかける。
「そうだねー、じゃあお言葉に甘えようかなー」
麻耶は特に抵抗もなく話に乗ってきた。普通知り合ってすぐの男の部屋に行くならもう少し警戒すると思うのだがこれは信頼されているのか男として見られていないのか、前者だと信じたいところだ。
「ほらほら、そうと決まったらスーパーへレッツゴー!」
麻耶に物理的に背中を押され、スーパーへと足を速めるのだった