日付が変わってもお構いなしにゲームに没頭した結果優介がベッドに入ったのは明け方だった。結局あの後は麻耶にボコボコにされ、ひょっとしてこれはクソゲーなんじゃないかと疑念を抱くまでになった。
もっとも麻耶がチートめいた強さを見せた訳ではなく優介にも勝つチャンスは何度も訪れていた。それでも負け続けていたのはあの時の麻耶の言葉が気になって集中できなかったからだ。
『ボク、優介の書いた小説読んでみたいな』
なんで麻耶はそんなことを言ったのだろうか。優介が小説を書く。そんなことは考えても見なかった。だが、落ち着いて考えてみると麻耶の小説のパターンに気付いたりプロットを先読みしたりしたのは優介だった。それは以前隆盛が言ったように作家の才能なのかもしれない。麻耶に「できる」と言われてそれは確信に変わり始めていた。その一方で不安になる自分もいた。才能なんて自分には無いと思って、普通に生きていけばそれでいいと思っていた自分が。
「ああくそっ!深みにはまるやつだこれ……」
ベッドの上でもがく。寝ようとしても考えすぎて寝られない。
仕方ないので携帯にイヤホンをつなぎ音楽を聞くことにした。しばらく聞いていると自然に優介の意識は眠りに落ちた。
翌日、講義は2講目からですっかり油断していたせいで寝過ごした優介が学校に着いたのは昼休みの最中だった。朝昼兼用になったご飯を食べ、続く講義もあまり身に入らなかった。
「それでは今日はここまで。よく復習しておいてください」
気が付くと講義は終わり、先生が前の扉から出ていくところだった。机の上を見ると優介のノートは真っ白だった。大きくため息をつき、ノートをかばんにしまう。そうしていると急に視界にA4の紙が入ってきた。
「これ、今日の課題だって」
それを渡してきたのは悠里だった。そしてその横には隆盛も立っていた。二人とも心配そうにこちらを見ている。
「どうしたんだよ優介。今日は一日中ボーっとしてたけど」
「別に……隆盛だって講義中は寝てるじゃないか」
「俺が言ってるのは受講態度云々じゃねーっつの」
いつもならめったにお目にかかれない隆盛のツッコミだ。
「そうだよ、だいたい桜井が講義サボったのって初めてじゃん」
悠里も疑問を投げかけてくる。
「あー、その……昨日は朝方まで麻耶の相手してて、そんで寝不足」
回らない頭でなんとか説明を試みる。
「はあ!?」
「おやおや」
しかし、言い方が悪すぎた。悠里も隆盛も明らかに誤解して受け取ってしまったようだ。
「あ、あ、朝までってそんな……え、だってそれって……」
悠里は面白いくらいにしどろもどろになっている。いや、実際は全く面白くもないのだが。
「おめでとうございます優介パイセン。今日は赤飯だな」
隆盛はびしっと敬礼のポーズをしている。最初は二人の反応に理解が追い付かなかった優介だが、だんだんと自分が何を言ったのかを思い出してきた。
「……あ」
ようやく優介の頭はいつもの機能を取り戻した。
「ち、ちがう!そういうことじゃない!」
慌てふためきながら訂正する。だが二人は聞く耳を持たない。
「何が違うのよ!桜井のバカ!変態!発情期!」
「ちがうんだって!だいたいハイツ諏訪部でそんなことしたら隣近所にまる聞こえだろ!」
「なるほど、現場はあそこではないと」
隆盛はもうだいたい察しがついているだろうに茶化してくる。本当に悪質だ。
「だからそうじゃなくって!ただ格ゲーやってただけだって!ほら、お前が俺の部屋に置きっぱなしにしてるやつ!」
「あーあれな。なに、狭霧ちゃん強かったの?」
「始めたばかりで追い抜かれたよ」
「それはいつか対戦してみたいもんだねえ」
隆盛はそういってゲームのキャラのパンチモーションの真似をしてみせる。
「ちょっと待った!」
だが、悠里はまだ興奮した様子だ。
「な、なにかな?」
「ゲームってことは、一晩中桜井の部屋にいたってこと?」
「そ、そうだよ」
「ほ、本当に何もしてないの?部屋に二人きりだったのに?」
「してないよ!お願いだから俺を信じてくれ!」
「……へたれ」
悠里はボソッとなにか言ったが聞き取ることはできなかった。一応話は信じてくれたようで、それ以上は何も言ってこなかった。
「にしても、よく狭霧ちゃんが部屋から出たな」
「確かに、いつもスーパー以外にはいかないんじゃなかったの?」
「いや、単に隣の部屋だしハードル低かったんだろ」
隆盛はわざとらしく肩をすくめながら「やれやれ」とリアクションをとる。そんな反応をされても答えにはなっていないのだが。そんな中、チャイムが鳴った。それは次の講義の開始を告げるものだった。
「隆盛、お前次講義とってなかったか?」
「あ、そうだった。すっかり忘れてたわー」
「相変わらずのいい加減さだな……」
「そんなに言われると照れるぜ☆」
「褒めてねえから!」とツッコミを入れようとしたがなんだかそんな元気もなかった。その間に隆盛はさっさと教室を出て行ってしまった。たしか隆盛の時間割だと次は「スポーツと心理学B」の講義が入っていたはずだ。別に必修でもないのだが隆盛は一年の時に同じ講義のAをとっていたのを憶えている。
「俺も行くかな」
優介はこの後ヒトコマあけて講義がある。その間暇なので休憩スペースでコーヒーでも飲むことにした。教室を出ると悠里も一緒に出てきた。どうやらさっきの会話での興奮は収まったようだ。
「悠里は今日はもう終わり?」
「うん。後は部活で夜はバイト」
「そうか、大変だな」
そこで別れるものだとばかり思っていたがなぜか悠里は優介と同じ方向へ歩いてきた。
「部活じゃないの?体キャンいくなら反対の扉から出たほうが早いんじゃないか?」
「まだ少し時間あるし、桜井で暇つぶししようかなって」
「人をおもちゃみたいに言うな!」
「そうだよね、おもちゃは女の子を連れ込んだりしないもんね」
悠里はいたずらっぽく笑う。それには反応せずに優介は休憩スペースから外の広場に目的地を変えた。深奥大学は無駄に敷地が広く、新入生なら最初の1カ月は迷子になる可能性を考慮して生活しなければならない程だ。中でも敷地の真ん中にあるこの広場は特に大きい。転々と配置されたベンチに自販機、日によっては近所のクレープ屋が出張してくる。中央には三角のオブジェがあり、周りを水が囲っている。優介は自販機でトマトジュースを買う。悠里もその後にカフェオレを買って二人は近くのベンチに腰掛ける。
「今日もいい天気だね」
悠里が空を仰ぐ。
「そうだな。やっぱり本州だとあったかくなるのが早いな」
「そっか。桜井は北海道出身だっけ」
「ああ。向こうだとまだ少し肌寒い日があるかな」
「でもいいじゃん、夏は快適でしょ?」
「隆盛にも言われたことあるけど、それ勘違いだからな」
実際には北海道の夏だって関東とたいして変わらない。涼しいと思われているのは単に冬が寒いというイメージが先行しているだけなのだ。暑いときは本当に暑いのだ。
「まあ、そんな話をするためについてきた訳じゃないんだけど」
「おい、自分から言ってきたんだろ……」
悠里は返事はせずにカフェオレでのどを潤す。
「じゃあ、何の用だったんだ?」
「桜井、なんか悩んでる?」
「……!」
一瞬言葉に詰まってしまう。
「質問に質問で返すなよ」
「今の間は肯定として受け取るよ」
「だからなんでそうなる」
「桜井の事はわかるから。これでももう1年の付き合いだし」
優介は再び言葉に詰まる。確かに悩みはある。いや、悩みと呼べるようなものだろうか。もうほとんど答えは出ている。単に不安なだけ、自信がないだけなのだ。そういう意味では誰かに聞いてもらうのはありかもしれない。
「麻耶がさ、俺の書いた小説が読みたいって」
「狭霧さんが?昨日ってこと?」
無言で頷く。悠里はそれにたいして笑うわけでも驚くわけでもなく真剣な顔で続きを促してきた。
「麻耶は、俺になら面白い作品が書けるって、隆盛もやってみなきゃわからないって言ってた」
もっとも隆盛に関してはどこまで本気だったかわからないが。
「そっか」
「悠里はどう思う?」
「私なんかより、桜井がどう思ってるかじゃない?」
「っ……」
多分悠里には優介自身がどうしたいかわかっているのだろう。その通りだ。誰かに委ねるなんてただの甘えだ。誰かの言葉はきっかけにはなるけど理由にはならない。ここで「いいんじゃない」なんて言うのは本人の為にはならない。自分でしっかり決めて大学進学をした悠里だからこその考えだ。
「俺も……いや、俺はやってみたい。自分の可能性を試したい」
誰かに背中を押してもらうのではなく、自分から歩き出す。そう思っての言葉だった。
「そっか。桜井がやりたいなら私は応援するよ」
悠里はそう言ってほほ笑む。
「悠里ってそんなふうに笑うんだな」
「え?どういう意味?」
「いや、だっていつもはむすっとしてたり怒ってばっかりだから」
「ちょっと、何それ!そんなことないし!桜井のバカ!」
そう言いながらもむすっとしているが、あんまり言うともっと不機嫌になってしまうかもしれない。話題を変えることにした。
「部活の方はどう?確か7月に大会だっけ」
「うーん。新入生をいれたフォーメーションとかがまだ上手く機能しなくて。練習あるのみかな」
「そっか」
「うん」
そこで会話が途切れる。カフェオレを飲み終えた悠里が立ち上がり、ゴミ箱に缶を捨てる。
「あのさ」
立ち去ろうとする悠里を呼びとめる。
「なに?」
「大会、見に行ってもいいか?」
「え、ええ!?」
「駄目なのか?」
「駄目って訳じゃないけど……なんで急に?」
悠里は前髪をいじりながら聞いてくる。
「なんていうか……頑張ってる悠里を見たい、というか」
「というか?」
「一緒に頑張りたいなって。俺は小説で、悠里はバスケで」
優介の小説がいつ完成するかはわからないが、それでも何か指標が欲しかった。自分が頑張るための目標が。
「そっか、一緒に……」
「流石に図々しかったか?」
「ううん。そんなことない。それじゃあ約束ね!一緒にがんばろ!」
そういって悠里は嬉しそうに鼻歌を歌いながら部活へと向かっていった。